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2話『開かぬ西の扉』

 ウィルが朝目覚めると、窓の外は一面の雪景色になっていた。暖炉の火は消えて、吐き出す息が一段と白く見える。


「寒い。これだけ降るのも珍しいな」


 窓を開ければ冷たい空気が一気に流れ込み、寒さに身を震わす。


「さてと。酒でも買いに行くか」


 馴染みの商店へと足を運ぶ。道ゆく途中、ビオと出会って小銭を投げる。凍えるほどの寒い中、今日はどこで演奏しようかと街を歩き回っていたらしい。


「まあせいぜい頑張りな。俺は酒を買ってくる」


 生憎だが金は余っている。毎日酒を買う程度には。


 しかし商店は閉まっていた。昨日までは店主の息子が店をやっていたはずなのだが。いつも通り井戸端で話し込む主婦たちに耳を傾けると、どうやら主人も疫病に罹ったらしい。


「またか。収まっていなかったらしい」


 仕方なく少し遠い店まで歩いてゆく。鉱山と魔術で成り立っているこの街には、何層かの区画に分かれているのだ。中層まで足を運び、酒を売っている店を訪ねる。


 しかし、その日ばかりはどうしたことか、どの店も閉まっている。


「ちっ、現実逃避も出来ねえや」


 他にやることもない。店は開かない。


「隣町まで出かけてくるか」


 仕方なく厚着をして、物騒な街の外に出るために剣を腰に差して門を出ようとする。


「おい、お前!」


「なんだ?」


 これは!と門番が敬礼をする。


「ウィル様ではないですか!」


「俺を知っているのか」


「もちろんでございます! あなたはこの街の英雄です。近頃は酒に溺れ……あ、いや、すみません! 決してそのようなーー」


「いや、いい。事実だ。俺は隣町に酒を買いに行こうと思っている。通してくれるな?」


 門番は困ったように笑う。


「それはちょっと、上が人を出すなって言っているんですが……」


 ふむ。どうやらまだ閉じ込められているらしい。


 が、門番は1人。魔術の監視もない。


「門番さんよ、家族はいるかい?」


「ええ、一応妻子がいます」


「美味いもんでも食わしてやるといい」


 そう言って銀貨を渡す。


 喜んでいる隙にしれっと門を通り抜け、街道を行く。街道の分岐から東の街に向かおうとしたが、その日は何故か橋が壊れていたり、野犬の群れが現れたりと、東に行くことすらままならない。


「なんなんだ……西に行くしかねえか」


 仕方なく引き返し、西の街道を進む。東が嘘だったかのように何事もなく到着した。


 ここでウィルはひとつの予感のようなものが働いていたのだが、気が付かないふりをして酒のある店へと向かう。


 しかし今度は祭りの時期なのか、店は出払っていて誰もいない。


「これはあれだな、うん」


 完全に開かぬ西の扉を目指せと言っているな。俺は言いなりになどならぬ。と街を引き返そうとするも、なんと街道に山賊が大群で現れたと走って逃げてきた者が現れた。


「はぁ。これはもう従うしかないのか」


 空を見上げる。昨日の雪が嘘のような快晴だ。


「わかったわかった。開かぬ西の扉を目指すよ」


 この時期に野宿はキツイだろう。砕くとしばらくの間炎を発する石を大量に買い込んだ。それから寝袋に保存食の干し肉にロープなどを買い込む。


 なんと皮肉なことに、酒を買おうとしていた金額ぴったりの買い物だった。


 男はそれから噂を頼りに開かぬ西の扉を目指した。野党に何故か気に入られたり、足が挟まって動けない人間を助けたのはまた別の話だ。


「魔術ってのを開発した奴は頭がいいな。きっと俺たちとは作りが違うんだろうよ」


 返事をしない小鳥に向かって話しかける。小鳥はうるさいとばかりに飛び立っていった。


「話だともうすぐ着くらしいが、見ればわかるのか? 取り敢えず大きくて重い樫の木の扉だってことはわかった。あとはそれを待つ群衆で判断するしか無いか。そこに入った後の話はされなかったな。あの炎の声……何者なのか」


 パチパチと爆ぜる魔術の炎に感心しつつ眠りにつく。きっとその先に救いがあると信じて。


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 昼は太陽を、夜は星を頼りに歩みを進める。適度に休み、それなりに頑張って開かぬ西の扉を目指した。


 幾日が経ったであろうか。冬の寒さは猛威を振るい、街道には雪が降り積もっている。ウィルはと言えば、足に火の石をくくりつけ、雪を溶かしながら街道を歩いているのだった。


 文明の力とでもいうべきか、はたまた超自然の力なのか、人間が編み出した魔術は不思議と受け入れられているのだ。望みが叶う魔法は信じられず、目の前の不便さを変える魔術は信じられる。人間の信心とは何なのであろうか。


 ともかくウィルは妻と再び話すことを、半ば期待し、半ば信じ難いと言いつつも西を目指す。


 そしてついには【開かぬ西の扉】へとたどり着いたのだった。


「ここが開かぬ西の扉……!」


 雪が積もる街道の脇に、その扉はあった。巨大な分厚い木の扉である。身の丈が180ほどのウィルから見ても、およそ自分の3倍はあろうかと言う扉である。


 何よりも不可思議なのは、雪降る凍えるような中で、人々が扉の前に座り込んでいることだった。暖はとっているとは言え、今は真冬である。いったい彼らは何を叶えたいのであろうか。


 ウィルは気持ちでは負けじと群衆を掻き分け、先頭へと身を捩じ込む。


 遠目ではわからなかったが、木の扉には随分と丈夫そうな木の蔓が這っている。これでは開かぬ西の扉と言われても仕方がないだろうて。


「アンちゃんは新入りですかい?」


 猫背の小男が話しかけてきた。


「ええ。なんでも、ここにきて扉に入れば願いが叶うとか」


「ええ。あっしはしかと見ましたとも。ここに入っていった大男が嬉しそうに帰っていくところを。しっかし何かしら物を持って出てきた人間は見たことがないですねえ。どういう仕組みになっているのやら。せいぜいアンちゃんも頑張ってくだせえ。競争相手はほらーー」


 大勢いやすからね。


 小男は群衆に消えていった。


 それからぼちぼちと人数が増えつつ、7日ほど経ったであろうか。食材が何処からともなく運ばれてくる。扉を作った貴族であろうか。その食材から各々食事を作って飢えを凌ぐのだ。不思議なその光景に、次第に違和感を感じなくなる。


 そしてついにその時は来た。


 俄かに騒がしくなる群衆に耳を傾けると、どうやら扉が開く知らせが来たらしい。なんでも白いカラスが現れると、すぐに扉が開くんだそうだ。


 その時、ミシミシと木の軋む音とともに、扉表面を伝う蔓が引っ込んでゆく。扉の脇に全てが引っ込んでしまうと、ほんの少しだけ扉が開く。


「「「うぉおおおおお!!!!!」」」


「なっ!?」


 群衆が一気に押し寄せる。必死の形相で扉に群がる群衆。負けじとウィルも扉へ取り付く。


 何ヶ月も外で開くのを待ち、ある程度疲労の溜まっている群衆に比べ、ウィルはまだ来て間もない。さらにウィルは鉱山で働く英雄と呼ばれた男。難なく扉まで到達し、片足を踏み入れようとした時だった。


 群衆の足元から子供が転がり出てきた。


 誰も入らないように両手で扉を押さえつつ、ウィルは子供に問う。


「坊主、お前さんは何でこんなとこに来てるんだ?」


「と、扉の向こうに行ったきり戻らない母さんを探すんだ! だから、入らなきゃ……でも」


 こちらを見上げる子供。


 はぁ。しゃーねえな。


 こうなっては放って置けないウィルは、子供を先に通してやることにした。


「行けよ坊主。俺は次でいい」


「で、でも」


「俺が行っちまったら入れないぞ。永遠にな。だから今行け。子供は大人より優先されるべきだからな」


 そんなこんなでお礼を言いながら子供は扉を抜ける。


「俺も入れるんじゃないか」


 子供が通ってすぐにウィルは片足を突っ込む。


「これなら」


 すると突然蔓が伸び、両手足を万力の如く締め上げてきた。


「ぐぅ!」


 そのまま弾き出される。扉は大きな音を立てて閉まってしまった。


「あれも魔術だってのか。いや、魔法か? 人間じゃないなありゃあ」


 扉は再び閉ざされた。次の機会を待つしかないと座り込むウィルに、何人もの人間が近づいてくる。


「お前さん立派だな」

「善良な人間ね」

「かっけえぞ兄ちゃん」


 初めのうちは子供の一部始終を見ていた人たちの褒め言葉だったが、次第に後ろにいて噂で聞いた人間たちがやってきた。


「俺様は病気でな、苦しいんだよ。だから次は俺様に譲ってくれるよな?」

「出てきたら金をあげよう。だから、分かるな?」

「私は中にあるお宝を売りたいのよ。入れてくれたら少し譲るわ」


 人間の醜いこと醜いこと。大多数は願いを叶えるためにウィルに手助けを頼んでくるのだ。


 ウィルは全てを断りながら次の機会を待った。2週間が経った頃、扉が開いた。今度もウィルは先頭に行き、扉に取り付く。


「今度こそ」


 扉に入ろうとした時だ。よぼよぼの老人が転がり込んで来た。ウィルは気になり声をかける。


「ご老人、一体どうしてこんなところに?」


「これは、お子さんをお助けになったウィル様ではないですか。実は私は1年前からここにいるのですが、今まで入れない始末でして」


「何を叶えに来たのですか」


「私には持病に苦しむ妻がおりまして、家内のために万能の薬を探しにやってまいりました。家にいる家内は甥に面倒を見てもらっているのですが、心配で心配で。甥も歳なもので、いつ何があるかわからないのです。おっと、こんなお話をして申し訳ございません。扉にお入りくださいませ」


 はぁ。仕方ない。


 こうなっては放って置けないウィルは、老人を先に通してやることにした。


「行ってくださいご老人。俺は次でいいですから」


「し、しかし」


「俺が行っちまったら入れません。永遠にです。ですから今行ってください。ご老人は若者より優先されるべきですから」


 そんなこんなでお礼を言いながら老人は扉を抜けて行った。


 再び閉ざされた扉。その後は前回同様の有様だった。何が違ったかと言えば、時間である。2週間経てど2ヶ月経てど扉が開かぬ。


 およそ3ヶ月が経ったであろうか、ついに扉の開く時が来た。


 蔓が引っ込み、ほんの少しの隙間が開いた。ウィルは3ヶ月間待ち続けたことに苛立ちを覚えながらも扉に取り付く。


「来た! 今度こそだ!」


 足を片方扉に突っ込む。すると群衆を掻き分け、丁度ウィルより少し年上、30代ほどの柄の悪い男がやって来た。


「退いてくれ。俺は扉を通らねばならん」


 ウィルを押し除け通ろうとする。驚いたウィルは扉を押さえつけると、男と目があった。


「なんだ」


「そっちこそなんだ。俺が今入るところだ」


 随分と偉そうな態度である。よくよく見れば一昨日来た新入りである。


「アンタは何で入ろうとしてるんだ?」


 ウィルが問いかけると、男は何故か偉そうに答える。


「死んだ妻を呼び戻すためだ。お前なぞに分からぬだろう。俺は死んだ妻のために来たんだ。さあ、そこを退け」


 死んだ妻を。それは俺とて同じことだ。2人に扉を譲り、何ヶ月も待って来た。それをこいつに奪われようとしている。


 心の中の自分が語りかけてくる。


『もう何ヶ月だ? もういいんじゃないのか? 妻が死んだように見えない男だぞ。次に扉が開くまでに2年掛かったらどうするつもりだ。この機会は逃さぬ方が良い』


 そう、そうだ。このまま永久に譲るわけにはいかない。それにこの男、老人でも子供でもない。頼んでくるでもなく退けと言ってくる。


 ウィルは待ちくたびれたのだ。男の手を掴んで言い放った。


「悪いが譲ることはできないな。俺はもう何ヶ月も待ってんだ。自力で扉に入ればいいだろう。じゃあな」


 片足だけでなく、今度こそ全身を捻じ込んだ。待ったとは思えない程あっさりと扉を通れた。


 振り向いて扉の隙間から外を見る。


 男はいなくなっていた。

2話目です。あと数話で完結します。


☆☆☆☆☆を押していただけると励みになります!感想なども大歓迎です!


よろしくお願いします!

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