三話 騎士との出会い
「な、なあ。本当に行くのかよ」
「殺されるぞ!」
「お気になさらず。それにあなた方今朝と言っていることが変わってますよ」
ヴァルサルカが言うと兵士たちはしどろもどろになった。
言っていることが180度変わってて少しおかしかったが、ヴァルサルカの決意が固いと知ると、村の近くまで連れて行ってくれた。
村の入り口には魔法兵団の騎士が警邏にあたっていた。兵士たちを戻した後、ヴァルサルカは真正面から村へと歩いた。
「止まれ!何者だ!」
「私は交渉に参りました。兵団長に面会を求めます」
ヴァルサルカはひるまずに答えた。
もともと、ヴァルサルカは醜い女ではない。というかむしろ絶世の美女だ。しかし、人と目を合わすことを恐れて前髪で目元を隠し、いつも縮こまっている彼女は、腰の曲がった魔女そのものだった。
しかし、今は堂々と胸を張り、長い前髪は両サイドに流されて美しい顔があらわになっている。気品と威厳を感じさせる彼女の姿に、敵国とはいえ兵団の騎士たちは見ほれた。
「……すぐに兵団長に取り次ぎます。おもてなしができませんがこちらにどうぞ」
ヴァルサルカを名のある高貴な女性だと認識した騎士は優雅に礼を取り、村の中へと案内した。
村の一番大きな建物……おそらく村長の屋敷だろうが、そこを兵団が占拠しているようだった。村人たちは教会に押しやられているらしく、窓からは子どもたちの姿が見えた。だが、怯える大人と違って子供たちは楽しそうに笑っている。
ヴァルサルカは騎士に伴われて屋敷の奥へと進んだ。
「団長!和平交渉の使者が参られました!」
「お初にお目に……」
挨拶をするためにカーテシーをして口を開いたヴァルサルカだが、目の前の男を見て息が止まった。
血のように赤い瞳。
燃えるような紅蓮の髪。
鍛えられた体を焦げ茶の鎧で覆い、愛剣グランベルベドを携える。
ヴァルサルカは彼を前にしたとき、体中が震えた。愕きと恐怖。嬉しさと悲しさ。さまざまな感情がヴァルサルカの中を駆け巡る。
「騎士……リーベンハイト」
彼は乙女ゲーム「~貴公子と聖なる乙女~」の攻略キャラだ。ただし、二作目の。
彼はある理由で大切な人を失ってしまった上、冤罪を被せられた不幸担当のキャラだ。寡黙でクールな彼は国の命令で聖女を浚うが、彼女の心に触れて人間らしさを取り戻す。
「あなたは……私を知っているのか?」
リーベンハイトは不思議そうにヴァルサルカを見つめてくる。
「え、あ、いえ。違います。気のせいです。間違いです」
慌てて言いつくろったが、名前まで当ててしまってはもう遅い。
「もしかして聖女様ですか?聖女様は予知もされると聞きました!」
別の騎士がヴァルサルカに問う。
「いえ、聖女じゃありません。でも予知……もどきはできます」
もういい。開き直った。
「私、魔女なので!」
鼻息荒く答えると、周囲が沈黙に包まれた。きゅうに恥ずかしくなって顔を伏せると、
「ッ」
小さく笑いがもれた。
あのリーベンハイトが笑っている。
「あ、あの……?」
「いや、失礼。では美しい魔女殿。あなたは私とどのような交渉をお望みかな?」
優しげに笑うリーベンハイトに思わずときめいてしまう。この顔はゲームのスチルで一回だけあって、この顔を見たさに何度もプレイした。
でも、この顔を向けるのは彼の最愛の妹……アンネマリア。
そう思った瞬間、ヴァルサルカは口走っていた。
「アンネマリア様!アンネマリア様の侍女の名前はマーラではありませんか!?」
なんの脈略もなく飛び出た名前にリーベンハイトは目を丸くする。
「確かにそうだが……?」
「至急、マーラを拘束してください!アンネマリア様はご病気なのではなく、毒を飲まされているんです!」
悲鳴のようなヴァルサルカの叫びに、リーベンハイトは目を見開き、そして見る見るうちに顔を赤く染め上げた。怒りを帯びた表情はぞっとするほど怖く、ヴァルサルカは体が震える。
「ベンネヒート!屋敷に鳩を飛ばして町医者にアンネマリアを見せろ!マーラと侍医を捕らえて尋問して黒幕を吐かせろ!」
獅子の咆哮のような声が屋敷に響き渡る。名前を呼ばれた騎士はすぐに動いた。
リーベンハイトはふうとため息をつくと、さきほどとは打って変わって優しい顔を見せた。
「怖がらせて申し訳ありません。あなたのおかげで長年の憂いを取り除けそうです」
「い、いえいえ。お役に立てたなら何よりです……。で、落ち着いたところでお話に入りたいのですが」
話の腰を真っ先に折ったのはヴァルサルカなので気まずい思いをしながら水を向けると、リーベンハイトは頷いた。
「この度の侵攻の理由をお教えください」
ヴァルサルカが尋ねると、リーベンハイトは驚くべきことを言った、
「この国の王都から我が国に魔女討伐の依頼が来たのです。どうやらこの地が極悪非道の魔女の流刑地となったようです。王都で殺すのは恐ろしいから、遠く離れたこの地で処刑したいとのことです。私もまた聞きなので詳細は知りませんが」
苦笑するリーベンハイトにヴァルサルカはなんとこたえていいものか迷った。
「そんな危険な任務にあなたのような優秀な騎士様が?」
「私だからこそ殺せるというのもあったのでしょう。アンネマリアの特効薬をエサに私は命じられるままに人を殺してきました。殺す技術だけならありますから」
痛みをこらえる顔でリーベンハイトは答えた。
「それに魔女相手では私も無傷というわけにはいかない。弱った私なら殺せる……そういう算段なのでしょう」
ゲームでは魔女となったヴァルサルカの魔力暴走の際に一人だけ生き延びている。聖女の資質を持つアンネマリアの加護があったからだが、それがきっかけで魔女の一味と誤解されてしまう。
押し黙るヴァルサルカにリーベンハイトは怖がらせたと誤解した。
「ああ、ご心配なく。あなたを危険な目には遭わせません。魔女とは山を越えた場所で戦いますから、魔力が暴走してもこちらに被害はないでしょう」
リーベンハイトは責務として魔女と戦おうとしている。
王都が魔女についてどんなことを書いたのかわからないが、側近の騎士たちが思いつめた顔をしていることから、相当ひどいことが書かれているんだろう。
「そういえば、あなたのお名前を聞きそびれていました。ご存じかと思いますが、私はリーベンハイム・フォン・ベルベディアです」
胸に手をあてて挨拶する彼は騎士然としてかっこいい。
それに応えようとヴァルサルカは裾を指先で持ち上げて、カーテシーをした。
「お初にお目にかかります。レンドーラン公爵が長女、ヴァルサルカでございます。そして、王都で噂の魔女ですわ」
「え?」
「魔女ですわ」
にこと笑う。
リーベンハイトはもとより、他の騎士たちはぽかんと口を開けて……。
笑い出した。
「失礼。ヴァルサルカ嬢は冗談がお好きなのですね。麗しいお姿からは想像もつきません」
まったく信じていないリーベンハイトにヴァルサルカは少しカチンときた。真実を言っているのに信じてもらえないのはトラウマがえぐられる。
「本当ですってば。ほら、闇の炎が燃えてますでしょ」
真っ黒い炎を手のひらで転がしながらヴァルサルカが言うと、リーベンハイトは息をのんだ。
しばらくののち、
「申し訳ありませんでした。王都からの情報がどうやら間違っていたようです……」
と頭を下げて謝ってくれた。