二話 前世の記憶。そして魔女と罵る兵士たち
ヴァルサルカは前世の夢を見た。
といっても日本ではなく王妃だった時の記憶。
聖女リューネとは友人でよくお茶会を楽しんだ。ところが、ある日訪れてきた彼女は真っ青な顔で王妃のヴァルサルカを抱きしめた。
「あなたの未来に良くない影があるの!ずっとずっと遠い未来にあなたは恐ろしく酷い目に遭うの……!だから、もし困ったことがあればこの呪文を唱えて……!どこにいても、何があっても精霊が助けてくれるから」
リューネはの形のいい唇がゆっくりと動く。
夢はそこで切れた。
ヴァルサルカが目を開けるとシミだらけの天井が目に入る。いきなり残酷な現実に引き戻されてヴァルサルカは泣きたくなった。
ぐうとおなかが鳴る。
昨日からヴァルサルカは何も食べていなかった。食事を乞おうにも、駐屯所からの出入りは固く禁じられており、またヴァルサルカを訪ねるものもいない。
背筋が凍った。
飢えて死ねと。言外に言われているのだ。
ぽろぽろ。
あつい滴がヴァルサルカの目からこぼれる。
夢の中のリューネの言葉が頭の中でこだまする。
だが、リューネの魔法はどれも強力で、制御できる自信がない。闇の魔力みたいに暴走してしまったら、結末は同じじゃないだろうか。
それならば使い慣れた闇の魔力の方がまだマシだ。前世の記憶もあるし、食事を用意するくらいできるだろう。
闇の魔力は保持者が少ないため、研究は進んでおらず指南書もない。だが、それは今世に限ったことで前々世では万能魔力として重宝されていた。
色で考えるとわかりやすい。白は膨張ないし反射。黒は収縮ないし吸収。すなわち、四次元ポケットばりになんでも収納できるのが闇の魔力のすごいところである。お出かけ先で「あれがないわ!」「大丈夫。私、闇の魔力保持者だから!」と何気ない日常で大変役立つのである。
さらに制限はあるが触ったことがあるものであれば、ブラックホール内で生成もできる。
「寸胴に入ったあったかいスープ!」
ヴァルサルカは頭の中でイメージして叫んだ。すると空間に突然寸銅が現れ、ヴァルサルカは床に落ちる前に受け取った。スプーンを忘れたが、温かい食べ物はそれだけで活力になる。
ゆっくりと味わって至福の時間を過ごす。
いろいろな記憶が混ざり合って混乱しているが、おなかが満たされて少し安心した。
闇の魔力はその万能さゆえに魔力消費が激しい。攻撃魔法なら制限なしにばんばん打てるのだが、生成となると二日間は魔法が使えなくなる。
色々考えて使っていかないとな……。
ヴァルサルカはスープを啜りながら反省した。
■
「いたっ……」
ベッドで座っていたヴァルサルカの頭に痛みが走る。あわてて起き上がると、櫓の外から兵士たちが小石を握りながら怒鳴っている。
「魔女め!」
「さっさとこの地から消えろ!!」
容赦なくぶつけられる言葉と石礫にヴァルサルカの心と体は痛む。
だが、今のヴァルサルカには幸せな王妃と温かい家庭で育った日本人の記憶がある。
私は魔女になんかならない!
ヴァルサルカは櫓を出て兵士たちの前に立った。
まさか出てくるとは思わなかったのか、彼らはヒっと情けない声を出して後ずさる。
「私は魔女ではないし、魔女になる予定もありません。私は、ここに兵器として派遣されてきました。言うなれば皆さんの盾であり、鉾です。守るべきあなたたちを傷つける気はありません」
ヴァルサルカがそう言うと、彼らは互いを見合わせてとまどい始めた。
「ほ、ほんとうに俺たちの味方なのかよっ……!」
「そのつもりでここに来ています」
「それじゃあなんで魔法兵団を蹴散らしてくれなかったんだ!」
「村が一つまるごと占領されたんだぞ!俺たちは討伐に行けと命令された!なんの魔力も持たない平民の俺らがな!」
彼らは死の恐怖をヴァルサルカへの憎悪に変えて怒鳴った。
その足はがくがくと小刻みに震えている。
ヴァルサルカは一つの疑念を抱いたが、それを口にするのははばかられ、代わりに提案をする。
「お話はわかりました。では、あなた方の隊に私を連れて行ってください」
ヴァルサルカの言葉に兵士たちは驚き、またいぶかしむようににらんだ。信頼されていないのはわかっているので、ヴァルサルカはこう言った。
「場所さえ教えていただければ、私だけでまいります。村を解放し、兵団を追い払えばいいのですね?」
「ああ、だがあの兵団は一筋縄じゃいかない!」
「そうだ。あの血の黒騎士で有名な残虐非道の魔法兵団長がいるんだ!」
まるで死にに行けと言っているようなものだ。さきほども思ったが、あえて言わなかった。
血の黒騎士の名前はヴァルサルカでも耳にしたことがある。戦場では命乞いした兵をも血祭りにあげた残虐非道の男。
ヴァルサルカもさすがに足がすくむ。
だが、ここでのヴァルサルカの仕事は戦うことなのだ。
震える体を叱咤し、ヴァルサルカは言い切った。
「わかりました。村を救いましょう!」
ヴァルサルカの堂々たる姿は魔女などではなく、まるで王妃のようだった。




