一話 流刑の地で魔女と罵られます
「ふざけんな!!!!!こんな魔女と一緒にいられるかよっ!」
一人の男が声をあげると、呼応するようにほかの男たちも罵声を公爵令嬢ヴァルサルカに浴びせる。
黒い髪、黒い瞳、そして黒いドレス。どっから見ても魔女そのものだ。しかも、彼らが恐れおののくのは無駄に高い闇の魔力。100年に一人の割合でしか生まれない闇の魔力保持者は、そのほとんどが何らかの犯罪を引き起こしている。街を壊滅させたり、ドラゴンを召喚したり、まさに生きる破壊兵器である。
彼らが怯えるのも無理はないだろう。
「お前たち騒ぐのはその辺にしておけ!ヴァルサルカ嬢は来る隣国ヴィスティバルガルトとの防衛線に備えて本営から送られてきた最終兵器だ。ヴァルサルカ嬢には物見やぐらの一つに住まわせる。屯所には置かないから安心しろ」
将軍のセリフに兵士たちは沸き立った。
「たしかに闇の魔力なら兵器としてサイコーだよな!」
「さすが将軍だぜ!!」
将軍は部下の喜ぶ顔を見てほほ笑んでいる。対してヴァルサルカの目は死んでいる。だが、彼女のことを『兵器』としてしか見ない彼らは気付かない。
ヴァルサルカは一人の奴隷に案内されて雪原にポツンと立っている櫓のところに連れてこられた。奴隷は入り口まで連れて行くと説明もなしに駐屯地に戻っていく。よっぽどヴァルサルカと一緒にいたくないんだろう。
「こんな魔女みたいな姿だったら怖いよね……」
「さぶ……」
櫓の奥は粗末なベッドにシーツが一枚。机などもなくただ寝るだけの場所だった。雪が降る極寒の土地で毛布や暖炉がないのは致命的だ。凍死しろと言っているようなものである。
兵器として使えたら万々歳。でもさっさと死んでくれた方がありがたい。そんな思惑が透けて見える。
「もっと早く前世を思い出してたらこんなことにはならなかったのかなあ」
ヴァルサルカには前世の記憶がある。正確には前世と前々世だ。前々世はこれと似たようなヨーロッパの世界で王妃をやっていた。記憶はほとんど薄れているけど、わりと幸せだったように思う。前世は日本という国で女子高生をやっていた。ここでも割と幸せに過ごした。事故にあわなければ公爵令嬢ヴァルサルカとして生まれることもなかっただろう。
悪の大魔女ヴァルサルカ。
乙女ゲーム『~貴公子と聖なる乙女~』のラスボスかつ悪役令嬢だ。ヒロインである異母妹ユマを苛め抜き、悪事に手を染めてヒーローである王太子に断罪される。流刑地では王太子と異母妹を恨み、魔力が暴走して一帯を消滅させてしまう。そして闇の眷属を召喚して王都を襲い、ヒロインと王太子たちが魔女となったヴァルサルカを打ちやぶり、聖女としての力を目覚めさせたヒロインは皆から望まれて王太子妃になる……。それがゲームのシナリオだ。
ユマを苛めなければ、今頃はあったかいお布団で寝れたのかなあ。
ふと、公爵の屋敷を思い出してみる。火のともった暖炉、温かい食事、笑い合う家族……だが、そこにヴァルサルカはいつもいなかった。
ヴァルサルカの母は小国の王族で、父の公爵とは完全な政略結婚だったらしい。早世した母の記憶はあいまいだが、屋敷に肖像画の一つもないし、彼女についてきた侍女はヴァルサルカが物心つく頃にはもうおらず、ヒロインの母である愛人が女主人として屋敷を切り盛りしていた。
異母妹のユマは四か月違いで妹というには年が近すぎたし、華やかなユマが苦手で距離を置いていたのだが、いつのまにか『異母妹を苛めている』と噂されるようになった。
「この姿が怖かったのかも……」
ユマと会うのも数えるほどしかない。なにしろ、ヴァルサルカはいつも離れのボロ屋敷に住んでおり、専用の侍女なんていない。人とのかかわりなんて飼い犬のエサやりにでも来たと言わんばかりの態度で、メイドが残飯を持ってくる程度。
闇の魔力保持者と判明してからは駒として扱いが良くなったけど、孤独なのは変わらなかった。
「だから、優しくしてくれた王太子に依存しちゃったんだよね……」
王太子の婚約者になった瞬間だけは鮮明に覚えている。幸せになれると思ってあのときは最高に嬉しかった。
今世では嬉しいことはそれくらいしかなかったし、前世の幸せな記憶がなければ、今は絶望で魔力を暴走させてもおかしくない。
せめて闇の魔力を目覚めさせる前に記憶が戻っていれば、王太子の婚約者になることもなく、婚約破棄されることもなく、流刑にされることもなかっただろう。
「大魔女にはなりたくないなあ……。破滅しかないから……」
寒さに凍えながらヴァルサルカは蹲って泣いた。




