私は覆面BL作家なんですが?
ここ、スウェット皇国は、今でこそ平穏な観光国と認知されているが、一昔前は大戦の最前線でもあり、敗戦国でもあった。
国土を荒らされ、疲弊しきっていたところに乗り込んできたのは戦勝した大国、アクエリ連邦。
しかし、辛抱強く情に厚いスウェット人の気質により、小競合いがありつつも奇跡的に王族は残され、友好な関係を築き上げた。
そして、スウェット国の復興は歴史的にみて、発展目覚ましいものだった。
まず、大きく改革したのが教育だ。
アクエリ国から警戒されていた魔力を、破壊や工作ではなく、日常に馴染む穏当な術式への移行を徹底した。
法で破壊や戦での利用を禁止し、国の復興のために使うよう号令を出したのだ。
失ったものを取り戻すべく貪欲に外国の知識も取り入れ、交通網の整備などが全国に広がり、平和と共に文化の華が開いていった。
そうして、現在、スウェット皇国は諸外国が憧れる文明国となっている。
「我が国は、なんと素晴らしいことか」
「そうですねー」
一応、お付き合いとして相槌を打ってみるけれど、 なぜ、仮にも社会人として過ごしている自分が、見知らぬお爺さん達に自国の歴史講義を受けなくてはいけないのか。
「平和なのは、いいことだ。私らの青春は……いや、すまない。私のことなどどうでもいいな」
ですねぇ、とは、苦労してきただろう世代を相手に言えるわけがなかった。
とりあえず、勧めるのを躊躇っていた老舗のお菓子を乗せた器をそっと押し出してみた。
「ありがとう、お嬢さん」
ああ、私のお楽しみが……とは思いつつも、もぐもぐと幸せそうな皺を目尻に浮かべられては、こちらも笑うしかない。
お爺さん達が持ってきてくれたものだから文句は言えないのだけど、なぜ、全種、味が違うものを買ってきたのか問いかけたい。
「それで、私に仕事の依頼をしたいということでしたが?」
「すみません。年寄りは、昔話を始めると長くなっていけませんね」
そう言ったお爺さんは、若い頃はさぞかしモテたのだろうという風格を残していた。
もう少し早く出会っていたらと思うと、残念でならない。
「乙女様は、この国の出生率が年々下がっているのをご存知でしょうか」
「……はい」
こう見えても、作家の端くれとして世間の情勢には敏感な方だ。
あと、念のために説明しておくと、乙女様というのは本名でもアダ名でもなく、ペンネームだ。
乙女莱夢という、妄想に浸るために、あえてキラキラネームをつけている。
ついで、覆面作家として活動しているので、この名前で呼ばれたことは一度もない。
担当だって、本名で呼ぶ。
「これは、昨今の我が国で大きな問題と言っても過言ではありません。だからといって、国から子どもを作れと命令するわけにもいかないのが現状です」
そりゃ、そうだ。
スウェット皇国は、敗戦の反省から個人の尊厳を一番に掲げて発展してきたのだから。
まあ、創作物でなら、わりとある設定だし、私も似たような作品を出したことがあるのだけど。
「そもそもは、結婚率が下がっているのがいけないのだ。今の若い者は自分の時間が減るだの、束縛されたくないだのと、恋人さえ作らないではないか。なんと嘆かわしい」
突然憤慨しだしたのは、白髪頭のちっちゃいお爺ちゃんだ。
見た目の可愛らしさに反して、激情家らしい。
「国防総監殿、乙女様の前ですよ」
ナイスミドルに注意をされて、失礼と形ばかりに口を閉じてくれたのはありがたい。
ありがたいけど、この私に依頼したいとやって来たのが国防総監のお爺ちゃんとナイスミドルの大蔵大臣。
ついでに、最初に長々と歴史を語ってくれたのは宰相様だというのだから笑ってしまう。
いや、他人事じゃないので笑えないですけど。
「それで、なぜ私のところに?」
つい先程、デビューからお世話になっている担当が仕事の依頼だと連絡してきたので待っていたら、このお爺さんズが一緒だったとかどういうことか。
「もちろん、乙女様に小説を書いてもらうためです」
宰相さんが、キラキラした眼差しで見つめてくるけど、とっても怪しい。
「乙女様。どうか、若者達がこぞって恋って素敵、俺も私も恋愛がしたいわ、トキメキるんるん! という気持ちになれる物語を創作してくださいませんか」
「はい?」
国を挙げて大々的に宣伝するとか嬉々として語ってくれているけど、宰相様、問題はそこじゃないです。
「あの、失礼ですが、皆様は私の作品を読んだことがありますか?」
途端に、三人が三人とも目を逸らしてくれた。
おい。
「残念ながら、私ではご期待に応えられないと思いますので、他の方にあたってください」
「いや、困る。乙女莱夢でないと駄目だ!」
国防総監のお爺ちゃんが前のめりで怒鳴ってきた。
そこで、私も我慢の限界がきた。
基本に人見知りだけど、ケンカっ早い頑固さも持っているのが私だ。
「勝手なことを言わないでください!」
私が言い返したことで、お爺さんズは目を丸くしているのはわかったけど、止める気にはなれなかった。
「私は覆面作家なんです。権力か何か知りませんけど、担当を使って個人の住宅まで押しかけてきて、仕事を受けろってなんですか? だいたい、相手の作品も読まずに都合のいい話を書けだなんて、作家をなめすぎです。仕事を受けるかどうか、決めるのは私の権利。下手に出れとは言いませんが、相手が半人前でも最低限の礼儀というものがあるんじゃないのですか」
言ってやったぜ! とすっきりしたのは一瞬のこと。
国を支えるお偉方の、しかも、だいぶ年配の男達に揃ってしょげ返られては、私の方が苛めっ子みたいで居心地が悪かった。
「すみません、普段は私としか打ち合わせしたことのない作家ですから」
助け船を出してくれたのは、担当のラカダさんだ。
できれば、連れてくる前に助けてくれると嬉しかったのですけど。
「ラム。ちょっといいか」
「いいですよ」
むしろ、こっちの台詞ですから。
「なんで、あんな大物を連れてきたんですか」
「色々あるんだよ、色々と。ラムだって、うちの会社がつぶれたら困るだろ」
「……なぜ?」
「それが、うちの週刊紙、前の号で大貴族のスキャンダルすっぱ抜いただろ」
「ああ。創刊以来の売り上げを叩き出したとか」
「まあな。だが、その時の取材の仕方で揉めに揉めて、賠償金どころか廃刊の危機なんだ」
「ぬあぁ、マジですか!?」
「残念ながらマジです。なもんで、お偉方の依頼は渡りに舟なわけ」
「だからって、なんで社運のかかった問題が私に回って来るんですか」
「そっちも、色々あってな」
遠い目をしたラカダさん曰く、王家の末っ子王子のためなんだとか。
その王子様が、とある貴族のご令嬢に恋をしたらしいのだけど、告白する前に向こうの結婚が決まってしまいそうな人気者なので困っているらしい。
だったら、さっさと告白してくださいなと思うのだけど、末っ子王子は姉や兄より先に幸せを掴むわけにはいかないと言い張っているらしい。
「……それって、一ミリも私に繋がってこないですよね」
「いやいや。その一番上の姉姫様が、莱夢先生の大ファンなんだと」
「え、まさか、それで、作品も読まずにに依頼しに来ちゃったとか?」
「みたいだな」
「ちなみに、作品の傾向は?」
「誤認してるし、教えてない」
「でしょうね」
なにせ、私が書いているのはBLだ。
男の子達が真剣に好きだ嫌いだと言い合って、くっついたり離れたりするお話なので、少子化対策には絶対になり得ない。
知っていたら、あんなお爺さんズが揃って健全なピュアラブストーリーを所望しにくるわけがなかった。
「そんなわけで、頼む、ラム。我が社を救うと思って引き受けてくれ」
「ラカダさん。私に、そんなの書けると思いますか? というか、たとえ書けたとしても姉姫様の気持ちが変わらなかった場合、私はどうなるんですか」
これでも商業作家として、多少好みでなくとも出版社からの依頼に応える気概はある。
それで評判が悪かったら、一人で落ち込むだけの話だけど、こんな大きな依頼だとそれだけで済むはずがない。
「自分好みのカップリング作で駄目になるなら覚悟もできるけど、守備範囲外の設定で作家生命抹殺じゃあ、悔やんでも悔やみきれません!」
「さすがに、それはない。うちとしても、ラムにそこまで責任を負わせるわけないだろう。ただ、今回の依頼を受けてくれたら、うちとしてはありがたいし、次回作は好き放題に書かせてやれる」
「……信じていいんですか?」
「俺も、依頼人達の願いが叶うかはともかく、莱夢先生ならどんな作品でも手は抜かないと信じていいんだろう?」
普段は気ままで面倒くさい作家を相手に宥めすかすばかりの使いっ走りな担当風情だけど、こういう時は人生勝ち組の高学歴なエリート様なのだと実感する。
「わかりました。引き受けます。その代わり、身の保証の他に、あのお三方には依頼作以外は絶対に私の作品が目に触れないようお願いします!!」
「お、おう……」
そんなわけで、BL覆面作家の私が正統派な恋愛ものを国家の威信を指先で引っかけつつ創作することになってしまった。
「よろしく頼みますぞ、乙女嬢」
宰相お爺さん、そんなキラキラした顔で期待しないでください。
精一杯、頑張っても駄目な時は諦めてくださいね。
「では、我々は失礼しましょう」
ナイスミドルな大臣様のおかげで、国防総監殿の必要以上に熱そうな握手からは逃れられた。
ありがとうございます。
最後は精一杯の愛想で、にこやかに手を振って帰ってもらうと、ようやく生きた心地が戻ってきた。
「はあ。なんで私が……」
しかし、そうか。
姉姫様は貴腐人だったのか。
というか、これは国家的には内緒にしといた方がいいのでは?
ともかく、頑張った私は、正当な報酬として残りのお土産菓子を抱えてむさぼった。
「至福ー」
この時の私は、当然、まだ知らなかった。
信じられない厄介は、まだこれで終わりではなかったことを。
翌日。
「おはようございます」
「はい?」
「ああ、失礼しました。はじめましてと言うべきでしたね」
朝から自宅にやってきたのは、妙に眩しい好青年だった。
その背後で、ラカダさんが身ぶり手振りで謝りまくっていた。
ということは、昨日の関係者なのだろう。
「どなたでしょうか」
「ゼロ コークスと申します。昨日は、うちの祖父達が失礼しました」
まさかの孫だった。
「……ちなみに、どなたの?」
「小柄なわりに恐い顔で声の大きい方です」
とっても意外だ。
あの国防総監様から、子どもから年配者まで、まんべんなく好感度の高そうな清潔感溢れる青年へと系譜が続いているとは。
「こちらこそ、大変失礼いたしました。昨日も、突然の依頼に戸惑っていたとはいえ、随分と生意気なことを言ってしまいました」
寝る前に自分の対応と彼らの肩書を思い返して、青ざめたのは当然のこと。
謝りたい、けど、会いたくはない現状で、こうして身内が来てくれたのは、ある意味、いい機会だった。
「わかりました。では、最初の仕事は、祖父達と再度顔合わせする場を整えることでよろしいでしょうか」
「は?」
ツッコミどころがいっぱいあって、何から確認すべきかわからない。
「あー、ラム、ラム。実はな、彼は莱夢先生が心置きなく執筆できるようにつけられたアシスタントだそうだ」
「はあ??」
「お好きに使ってください、先生」
いや、無理だから。
ゼロの如何わしい台詞に反した爽やかすぎる微笑みに、作家的直感で、絶対上手くやれないと思った。
「すみませんが、私にアシスタントは不要です」
「そうですか、わかりました。今日のところは引き揚げます。もし、必要を感じましたら、いつでもお呼びください」
「……あ、はい。ご苦労様でした」
あのお爺さんズからの派遣にしては、ゼロ青年はあっさり帰っていった。
これで、ひと安心だとほっとしたのも束の間、数日後には事態を知った末の王子に招かれて彼の存在を必要とする状況に迫られるとは思いもしなかった。
ついでに、紆余曲折の上、ありふれた特別な仲になるなんてことも、妄想力の豊かさを武器にしている作家でさえも見通せるわけがないのだった……。




