PART5 悪逆鮮血ムーンライト
月明かりも差さない、薄暗い路地。
カサンドラ・ゼム・アルカディウスはそこを一人で、軽い足取りで歩んでいた。
(……ふふっ。ほんの息抜きのつもりだったのに。友達ができてしまったわ)
思い出すは黒髪赤目の少女。
名前だけは聞いていたが、実際に会えば異様に波長が合った。
それこそ、十年以上の付き合いがある相手のように打ち解けることができた。
(ああ、楽しいわマリアンヌ。次は何をお話ししようかしら。火属性が好きと言っていたわね。少々苦手意識があるのだけど、これを機に勉強し直してみようかしら──)
風が吹いた。
カサンドラは足を止める。その顔に一切の感情はなかった。
「見つけましたよ、元皇女殿下」
影が形を持った──そうとしか表現ができなかった。
闇の中から、軽装備の若い騎士が突然姿を現わしたのだ。
「あら、あらあら……私、今大変に機嫌が良いの。邪魔しないでほしいのだけど」
「何を、そんなのんきな……貴女だ。貴女とその仲間が、同胞を殺戮した! 騎士団一個師団を突然虐殺し、国外に逃亡した……!」
カサンドラはそこでやっと、男の貌を見た。
覚えがあった──重用されている、次世代を担うと目された騎士団の若きエースだった。
「カサンドラ元皇女、貴女と貴女直属の憲兵部隊『ラオコーン』には殺害命令すら下されています。既に立場は取り上げられていますが、皇帝陛下の血筋なのは確か……各国への手配はまだしていません。今投降するならば、まだ母国で裁判を受けることができますが」
「ふふふっ。どうするの? そうしたら、貴方はご友人の仇を討てないわね。投降してしまおうかしら……あら、怖い顔。冗談よ」
彼女は優雅に微笑むと、ドレスに包まれた両手を広げる。
それは月の差さない暗闇で、闇と同化した黒い翼が広がるようだった。
「だけど闇討ちしなかったのは、良心が咎めたから? それとも……逆に殺されちゃうのが怖かったかしら?」
「……ッ!! もう喋るなァッ! 吹き飛ばし、巻き上げ、空へ誘え──!」
巻き起こる疾風。
三節詠唱でありながら、卓越した技量は実に七節詠唱にも等しい破壊力を生み出している。
並大抵の魔法使いであれば、全力の防護を張っても易々と貫かれてしまうだろう。
「あらあら、まあまあ」
魔法が起動されると同時。
彼女を取り囲む形で潜伏していた騎士たちが姿を現わす。
己に突き付けられた無数の切っ先を見て、カサンドラは悲しそうに眉尻を下げた。
「なんて不躾。礼儀というものを知らないのでしょうか」
「黙れ、裏切り者! 皇帝陛下の温情あって生き長らえていたというのに、反逆とはなんたる不敬か……! おぞましい悪逆の血筋はやはり根絶すべきだったのだ!」
その言葉を聞いて、カサンドラは唇を少しだけつり上げた。
「ええ、ええ……生まれながらの悪逆令嬢と、皆さん呼んでいましたものね」
卓越した使い手。
それも騎士と魔法使いを兼ねる超常の部隊に囲まれているというのに。
カサンドラは天に左手をかざして──それきり興味を失ったように、笑みを消した。
「星は眠り、天は静まり、地は安らぐ」
先手必勝。
騎士たちが同士討ちしないよう完璧な配置で突撃する。
迫り来る刀身がカサンドラの瞳に映し込まれた。
だがそれでも遅い。
「────赦しの明星を、今ここに」
路地の壁面に鮮血が飛び散った。
頬を染める返り血を指に取り、カサンドラはそっと舌に乗せる。ただ興味が湧いたからだった。嗜虐的な笑みもなければ、他者を殺めることへの恐怖もない。
だからそれは、単なる作業。
虐殺が始まった。
マリアンヌは月の光を全身に浴びて歩く。
カサンドラは月の差さない路地裏を歩く。
マリアンヌは足下の草花を避けて、微笑みながら歩く。
カサンドラは血溜まりに靴を浸し、微笑みながら歩く。
夜空を見上げながら/一瞥もなしに首を刎ねながら、少女たちは想う。
多くの人々に慕われながら。
屍山血河を築き上げながら。
「────カサンドラさん、次はいつ会えるでしょうか」
「────マリアンヌ。次に会えるのは、何時の日かしら」
新たな友人を得た歓びを、二人の悪役令嬢は噛みしめていた。
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