INTERMISSION18 いつかまた、夕焼けを見て思い出す(後編)
結局手紙が見つかったのは、競技会が終わろうとする時間になってからだった。
「まさか君が、競技会を蹴って手紙探しに奔走しているとはな」
治安維持目的の騎士団詰め所にて。
部下を連れて休日を謳歌していた私服姿のジークフリートは、手紙を片手に唇を微かにつり上げる。
「申し訳ありません。ジークフリートさんのお力を借りることになるとは」
「いや、いいさ。確かに警邏中の騎士たち全員に通達を出してまで探すことになるとは思わなかったが……見つかったのなら、みんな喜んでいるさ」
マリアンヌは圧倒的なコネと権力による物量作戦で手紙を見つけていた。
〇ミート便器 宿屋のおじさんとか汚職してる神父とか全カットかよ!
〇日本代表 こいつ、規定イベント全部カットしてローラー作戦でサブクエ終わらせやがった!
最短記録にカウントして良いのか悪いのかコメント欄が議論で紛糾する中。
マリアンヌたちは、終わっているであろう競技会の会場へ歩いていた。
空がオレンジ色に染まっている。気づけば半日を手紙探しに費やしていた。
「ごめんなさい。僕のせいで……」
「気にしないでいいわよ。勝手にやっただけだし」
「そうだよ。カルファスくんも、よく最後まで諦めずに探したね」
二人が気にするなと言っても、少年の足取りは重く、ついには立ち止まってしまった。
「……意味ないのに。僕なんかのために、お姉ちゃんが出場できなくなって……」
やはりカルファスの表情は晴れない。
一行より先を一人で歩いていたマリアンヌは、嘆息して足を止めた。
競技会会場の屋敷は目前だった。
「カルファス、よくお聞きなさい」
「……?」
振り向くことなく、マリアンヌは背中越しに語る。
「いいですこと、カルファス。本当に強き者とは、誇りを失わない者のことですわ」
夕焼けの下。
マリアンヌは燃えるような空を見上げて、そう言った。
「……誇り?」
「ええ。自分自身を、見損なってしまわないこと。アナタが今ここにいるという事実が、いくつもの奇跡を経ているのを忘れないこと。大事なのはそれだけですわ」
マリアンヌが振り向く。
その、驚くほどに優しい笑みを見て、ユイとリンディはぽかんと口を開けた。
「カルファス。お父様を笑顔で迎えてあげなさい。彼はきっと……アナタがいるから諦められないのではなく、アナタがいるからこそ、立ち上がれるのですわ」
ちょうどその時。
屋敷の門が開いた。競技会に参加あるいは観戦していた人々がわっと外に出てきてから、優勝最有力候補でありながら棄権扱いとなっていたマリアンヌの姿を見てざわめく。
その人混みをかき分けて、一人の男性が前に進み出た。彼の顔を見てカルファスがあっと声を上げる。
「パパ!」
「カルファス……」
メガネをかけた、いかにも冴えない外見の男性だった。
だが今は、彼は誰よりも誇らしげな笑みを浮かべていた。
「カルファス────勝ったぞ!」
「……!」
マリアンヌはふっと微笑むと、カルファスの元に歩み寄って、背中を優しく押す。
「行ってあげなさいな」
「……うん!」
元気よく駆け出し、彼が父親の胸に飛び込むのを見送って。
ユイとリンディは、マリアンヌの隣に並び微笑む。
「良かったですね。お父さん、勝ったって。親子ってああいうものなんですね」
「多分ね。ああいうの……自分も、って思うのはおこがましいけど。ああいう家庭も世の中にはある、っていうのが、救いに感じちゃうわ」
「少し羨ましく思ってしまうぐらいですわね。自分の身に置き換えても、想像することすらできない……ああいうのを、幸福と呼ぶのでしょう」
〇宇宙の起源 おい急に重力発生させてくんな
〇TSに一家言 あっそうかこいつら機能不全家族×2と人工聖女か!
〇無敵 考えてみればこの三人全員家庭終わってるの草
三人してしんみりしていると。
「それはそうと────忌々しい虫けらがいたものですね。墜ちろ」
不意にマリアンヌが右腕を振るった。
バヂ、と雷撃の弾ける音。
マリアンヌが展開・射出した流星の直撃を受け、カルファスの父めがけて、指向性を持って打ち出されていた稲妻が空中で霧散する。
「な……!?」
発生源であった、人混みに紛れていた一人の魔法使いは、狼狽の声を上げて後ずさった。
「気に入らない相手へ、ちょっとした仕返しのつもりですか?」
人混みが割れた。
マリアンヌの指摘は的を射ていた。その魔法使いは、まさに今日カルファスに敗れた魔法使いだった。
試合では執念ともいえる粘り強さに、根負けする形で黒星を喫した。
「ああ、まったくもって……同じ雷撃魔法でも、こんなにも、見るに堪えないのですね」
恐ろしいほどに底冷えした声だった。
誰も悲鳴を上げなかったのは奇跡だった──無様な姿を見せられないとプライドが踏ん張ったのか、或いは叫ばなかったのではなく、叫ぶことすらできなかったのか。
「……お姉ちゃん」
カルファスは静かに彼女を呼んだ。
夕焼け空に黒髪をなびかせ、上品なブラウスを着こなした美少女。
燃えたぎる炎の色をした瞳は、しかし今は見る者を凍てつかせる絶対零度の氷焔。
「救いようがないほどに愚かですわね。プライドすらないとは、残飯食らいの負け犬がお似合いでしょう」
見ればカルファスをいじめていた少年が、その魔法使いのすぐ傍で、怯えた表情でマリアンヌを見ている。
フンと鼻を鳴らし、マリアンヌは黒髪をなびかせて右手を掲げた。
「リベンジしたいなら、表舞台で正々堂々となさい! そうでなければ、今ここで────心の芯すら折れる、本当の敗北を教えて差し上げましょう!」
マリアンヌの言葉を聞いて、魔法使いは泡を食って立ち去っていった。
子供は愕然としたようにその背中を眺める。それから何度かマリアンヌと交互に視線を走らせて、慌てて父親を追っていった。
「……しょうもないやつ。いちいち相手にしなくてもいいでしょ、あんなの」
「気が済まなかったので。さ、帰りましょうか」
用事は終わったとばかりにマリアンヌはユイとリンディを連れて帰ろうとする。
「お姉ちゃん!」
ピタリと、足が止まった。
振り返ればカルファスがはにかんで、父親の隣でこちらに手を振っている。
瞳に映し込まれた、夕暮れの下で天に手をかざす彼女の姿を。
きっとカルファスは一生忘れない。
「また、ね」
お世話になったと分かり、父親がぺこぺこと頭を下げている。
そんな優しい家族の姿に。
マリアンヌは満面の笑みで──チョキを出した。
「わたくしの勝ちですわね」
「あんた本当にいい加減にしときなさいよ」
〇日本代表 負けたら死ぬんか?
〇第三の性別 う~ん……これはおねショタ!
〇無敵 このおねショタ、まず煽り方のレッスンとかしそうで嫌なんだよ
夕暮れ空の下、流石にそれはあんまりだ、とユイとリンディは嘆息するのだった。
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