表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

55/294

PART28 その大悪魔、本性は……

 ゆっくりと、視界が光に満ちていく。

 明るさを認識して、そこで初めてわたくしは意識を失っていたことを自覚した。

 記憶が残っているのは、あの大悪魔ルシファーとかいうカスを論破し、そのまま地面に叩きつけたところまで。


「う、ぎぃ……」


 声を上げて、上体を起こそうとする。

 全身を激痛が走った。ちょっとマジで洒落にならない痛み方だ。骨が折れてるとかそういうレベルじゃねえ! 内臓残ってる!?


「あ、起きないで! 今回復させてるからストップ!」


 真上から降ってきたのはリンディの声だった。

 もう反論する気力もなく、頭を元の場所に戻す。

 これ角度からして膝枕されてんな……


「ああもう、騎士団の人たちからありったけのポーションもらって飲ませて、魔法使える人全員で回復打ち込んでもこれ!? どんな戦い方したのよあんた!」


 道理でおなかが膨れてると思ったわ。

 ていうかどんな戦い方って、自分の身体を一つの宇宙と仮定して、無数の流星を体内に発生・活性化させて……ええと、演算リソースを解放して現象再現を細胞スケールに圧縮することでタキオン粒子の擬似再現を狙ったんだけど時間流体の認識には失敗して、存在固定プログラムの改変というか上位権限を解放して……

 ………………何? 今わたくし、何考えてた?



〇適切な蟻地獄 あーよせよせ、それ考えちゃ駄目だよ

〇red moon 認識次元上がってたぽい?

〇101日目のワニ 廃人なりたくなかったらそこでストップ



 えっ何? 怖い怖い怖い。

 なんか触れちゃいけないものに触れていたっぽい。やべー。



〇脚本家 ルシファーは最強キャラじゃなかったのかよ……!?

〇日本代表 ばーかばーか!

〇脚本家 うっさい! もう帰る! 覚えてろよ!

〇日本代表 二度と来んなばーか!!

〇火星 上のやりとり、職場の同僚思い出してホッコリした

〇みろっく 職場の精神年齢低すぎない? 大丈夫?



 それはそれとしてコメント欄ではレスバがついに終わっていた。

 レスバ? もういくとこまでいっちゃったレスバだな。いつまでやってたんだこいつら。

 何にしても、いくら戦闘が終了したからといって、ぶっ倒れ続けているわけにもいかない。


「ふ、ぎぎぎ……」

「ちょっと!?」


 気合いで起き上がる。

 ぶっ倒れそうになったのをリンディが支えてくれた。


「あーもう! 回復かけながらじゃないと動けないわよ!」

「わかって、います……ありがとう、リンディ」

「……ッ。別に、私、こんなことしかできないし……」


 は? 別にいいじゃん。すげーけどな回復の精度。

 立ち上がって周囲を見渡せば、さながら野戦病院の有様だった。怪我した騎士たちが横たわって並び、救護班に治療を受けている。闘技場は半壊状態。しばらくは使えないだろう。

 見知った顔を探せば、いた。


「有り得ない! 有り得ない! 有り得ない!」


 なんだか可哀想なことになっている弟王子を見つけた。

 お前かよ。


「有り得ない! 有り得ない! 有り得ない!」

「……あの人、ずっとああなのよ。呼び出したっていっても、ああなっちゃうとね……」

「くだらない……」


 わたくしは体内に魔力を循環させると、リンディの肩を借りながら弟王子の元に歩いた。

 顔に影が差してから、やっとこっちを見る。

 涙を流しながら有り得ないと叫び続けるその男に対して。


星を纏い(rain fall)天を焦がせ(sky burn)極光よ、今こ(vengeance)の手の中に(is mine)

「えっちょっ、マリアンヌ?」

「起きなさい馬鹿!」


 三節詠唱流星げんこつを食らわせた。

 

「イッデェッ!?」

「まだ、続けますか?」

「ヒィッ……ひ、ひ、ひえっ……何この人怖い……」

「はあ? 煽ったのはそっちでしょうに!」


 やたら怯えた様子を見せた後、彼はきょろきょろと周囲を見渡す。


「って、これ、何だよ……!?」

「何だよって、アンタがやったんでしょうが」

「お、俺がッ!? 馬鹿言うなよ! 俺は選抜試合を見に来て……あ? えーとそれで……」


 ふぅん? なんかやっぱり、妙なことになってんな。

 わたくしが起きているのを見て、慌ててロイやジークフリートさんたちが駆け寄ってくるのを見ながら。

 どうにも──喉に小骨が刺さったような、そんな違和感が拭えなかった。








 無事か、大丈夫かと問い詰められ続け十分ほど。

 マリアンヌは完全に飽き飽きしていた。


「ええ、ええ。無事ですわ。完全勝利しましたもの」

「そうは言っても────」

「完全勝利と来たか。その分、随分と派手にやったのう、ピースラウンドの娘」


 重い声だった。

 一同ガバリとそちらに顔を向けて、慌てて(マリアンヌを除き)平伏する。


「国王陛下! ご無事で……!」


 並んでいるのは礼服を着込んだ、国王アーサーと、ハインツァラトス王国の王であるラインハルトだった。

 二人の王は手に持っていた物を地面に落とし、脚で乱雑に蹴り転がす。


「護衛の騎士たちはよくやった。だから悪いことをしたわい、わしたちが彼らを庇うなど、心臓が縮み上がったろうに」


 返事はない。誰も、口を利く余裕がなかった。

 ごしゃりと地面に転がったそれを見て、マリアンヌたちは絶句していた。

 だってそれは、先ほど死力を尽くして討伐した存在とうり二つ──否。まったく同じ外見だったからだ。


「……ルシ、ファー?」


 スパリと綺麗に断ち切られた上半身が3つ。

 よく見ればアーサーもラインハルトも、若干頬が煤けている。


「端末顕現と言っておったからの、恐らく他の場所にも顕現していると見て、慌ててケリをつけてきたが……此方ももう終わっておるとはな」


 アーサーは苦笑し、隣に佇む、隣国の王を見やった。


「ラインハルト。どうやら我々も老いたようだの? 二人がかりでこちらが一体処理するのと同速度とは、なんとも情けない」

「逆だ、アーサー。子供たちの頑張り過ぎだ」


 事態を理解して、流石に誰もが言葉を失った。

 国王二人は、マリアンヌたちが死力を尽くして1体を倒している間に、3体を狩っていたのだ。


「それで、ん? ピースラウンドの娘よ、どうだったかの。手応えは?」

「……最終的には、口論でも戦闘でもわたくしが勝利しましたが……今までにない難敵だったのは事実です。それを3体相手取っていたとは、驚きですわ」

「まあ、わしとラインハルトは慣れておるからの」


 何でもないことのように言われて、閉口するしかない。


「じゃが、一体討伐したのは賞賛に値する。よくやったの」

「……ッ。馬鹿にしているのですか?」

「けんか腰になるな。事実だ──よくやったな、若者たちよ」


 その言葉に。

 視界の隅で、ユイ、ロイ、リンディが歯を食いしばって俯いたことに、マリアンヌは気づかなかった。


「召喚術式をあらかじめこの闘技場に展開していたと見えるが、ラインハルト」

「分かっている。我々の落ち度だ……皆を危険に晒した」

「責めてはおらん。今後の話じゃ」

「ああ。お前に一発殴られて目が覚めた。既に我が国の騎士団に、巫女のいる神殿を制圧するよう伝令した」

「発端はそこか……」


 国王同士が腕を組み、難しい表情で唸っていた。

 その時。


「自壊、してる……?」


 騎士の一人が声を上げた。

 見れば、アーサーたちが討ち取ったのと比べ損耗の少ない、マリアンヌが打倒したルシファーの端末が自壊を始めていた。

 身体の端から、ゆっくりと光の粒子になっていく。


「────────」


 その光景が、目に入った瞬間。

 マリアンヌは即座に『流星』の展開準備をスタートさせ、戦闘態勢へ移行した。コンマ数秒遅れてアーサーとラインハルトも魔法を展開する。


「え……マリアンヌ?」

「あの器が耐え切れないほどの何かが入って来ているということでしょう!?」


 過程をすっ飛ばして結論だけ叫んだ。

 沈黙はコンマ数秒。全員が自分の得物に飛びついて構えた。


「防御陣形! 撤退準備! 最悪の場合はオレが殿になる、その際に学生は引きずってでも退避しろ!」

「いかん! お前さんも退避じゃ!」

「しかし陛下……!?」

「くどい! ピースラウンドは残れい!」

「言われなくても!」


 全身に魔力を循環させ、だがマリアンヌは内臓を灼くような痛みに、呻き声を上げて崩れ落ちた。

 アーサーは唇を噛み、彼女の前に飛び出した。


「変更じゃ、そなたも────」

「ご冗談を!」


 歯を食いしばって、痛みに耐える。

 全身を業火に包まれているような激痛。反動は決して軽くない。だが、こんなところで無様に引き下がれない。

 マリアンヌが必死に魔法を形成し、国王二人が攻撃魔法を発動させようとして。



「よせ」



 一瞥だった。

 それだけで、視界の隅で国王アーサーと国王ラインハルトの攻撃準備が霧散した。


「……は?」

「力の加減には、自信があるが……人間が壊れないラインの見極めは、慣れていない。次は身体ごと砕けてしまうかもしれん」


 声の主は、物言わぬ骸だったはずの、大悪魔の端末。

 だが違う。先ほどまでとは何もかもが違った。違いすぎた。


「分かるだろう、禁呪保有者たち。ここで戦えば……そうだな。1%は、そちらが勝つ可能性はある。この端末を破壊できる。だが、99%で死ぬぞ。賢明な判断をしろ」


 理解した。理解するしかなかった。

 今度こそ勝てない。直感も理屈もなく、否応なしに、分かってしまう。

 次々に騎士たちが膝をつく。重力が何十倍にもなったかのようだった。息苦しい。身体が動かない。精神が叫んでいる。もっと根底にあるものが、悲鳴を上げている。


「端末を呼び出されたと思えば、全てが撃滅されるとは……面白い。おれの意識を浮上させるに値する何かがある、そう判断した」


 その言葉は致命的だった。

 深紅の瞳が、荘厳な黄金色に書き変わっていく。

 ルシファーの端末がゆっくりと立ち上がる。


 端末? 否。

 まさしくそこにいるのは。



 端末の中に意識をインストールした────大悪魔ルシファー本体!



 アーサーは静かに計算した。99%で死ぬ。分かっていた。

 ならば1%を最初に引けるよう工夫する。それこそが人間の生きてきた過程だ。

 しかし。


「愚かな。何度やっても結果は同じですわ!」


 ルシファーが目を細めた。

 ただ一人、恐怖に震えることもなく、口を閉ざすこともなく。

 真っ先に、大悪魔の正面に躍り出てきた黒髪の少女。


「おれを前にして、虚勢ではなく……いいや。そもそも虚勢を張るのが最も無理なことか。お前は心の底からそう思っていると言うことだな、マリアンヌ・ピースラウンド」

「ええ、勿論そうですわ! 大悪魔だろうと、わたくしが何度でも──……あれ? わたくし、名乗りましたか?」


 圧倒的な存在感で、周囲の世界そのものを軋ませながら。

 突如としてその威圧をフッとかき消して。


「当然だろう。目当てはお前だ。今回はお前と話をしに来ただけなんだ」


 地獄を統べる大悪魔は、なんてことはないように告げたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
[一言] テンプレ言動量産型ラスボスの霊圧が消えて、代わりに厄介オタクラスボスの霊圧が
[一言] そういや今まで端末でしたね…ここからが僕ヤバオタク八丸佐々木哲平ゲーミング意識高い系ラスボスの本領か
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ