PART19 その鼓動、マグマに等しく
瞳を閉じて。
ユイ・タガハラは、自分自身に問いかけていた。
(──私に、資格はあるだろうか)
深く。
胸の奥深くに、語りかける。
(──私に、意思はあるだろうか)
答えなど返ってくるわけがない。
必要なのは、前へ踏み出せるという確信だけ。
(嫌いだった。聖女に選ばれたところで、意味なんてなかった)
過去の闇は深く、未だ振り切れない。
存在理由は自分でなく、他者に決められるものだった。そう言われただけで存在したし、そう言われなければ存在できなかった。
(だけど私は、違う私になりたいって。今までの私じゃなくて、ああなりたいと思えたんだ)
瞳を閉じればいつでも浮かぶ、その姿。
脳裏に焼き付いた、流星の少女。
(誰よりも気高く。誰よりも真っ直ぐに。そう、流星のように生きること!)
夜空を切り裂く流星があるのなら。
それを目印にして、果てのない暗闇だって歩いて行ける。
ユイは彼女にそう教えてもらったのだ。
(私の心臓を動かす原動力は、きっと──!)
聞こえる。
もう聞こえている。
私はここに生きていると叫ぶ、心臓の音が!
だから。
ユイ・タガハラは、もう二度と、自分に嘘をつきたくなどない。
そして──開眼。
視線を重ねられ、銃口を向けられたような悪寒がユートの全身を舐めた。
「……ッ!」
次期聖女の双眸に宿った、静かな、静かすぎる炎。
己が身に纏ったものとは対極の、冷たい焔──!
「……二重祝福」
ユイが小さく呟いた直後、だった。
大地が爆ぜた。何の予備動作もなく、真正面からユイが間合いを殺していた。
「な──」
「熾ィィッ!」
最小限の動きだけで腰肩腕へ順番に力を伝導・爆発的に増大させ、最後には拳を以て叩きつける。
空気の破裂する音すら響かせて、ユイの神速の一撃が放たれた。
避けることも察知することもできないまま、ユートの鼻面へ正確無比に右ストレートが吸い込まれる。
「──────────」
音すら置き去りにした拳の衝突は、接触時と衝撃伝導時の二回分の音がほとんど同時に聞こえた。それはあたかも、空間自体が悲鳴を上げているような、歪で軋んだ音だった。
気づけばユートは宙を舞っていた。
「が……ごッ!?」
数十メートルにわたってノーバウンドで吹き飛ばされ、外壁に激突。
余波に左右数十メートルにわたって壁がヒビを走らせ、根元から崩れ落ちていく。
客席に座る来賓たちが絶句する中。
「だから……だから、ユートさん。今から貴方を殴ります!」
ユイは焦げ跡一つない右手を握り、胸の前に掲げて叫んだ。
「もう殴ってない?」
「もう殴ってるな……」
リンディとジークフリートは、『これは彼女の中では殴るに入らないのだろうか』と、ちょっと震えた。
「……こぷ、っ」
血の塊を吐き捨て、ユイは眼光を鋭くする。二重加護の反動で身体内部がめちゃくちゃになっていた。
大なり小なりの動揺が広がっていく中、それでもユイは不動の構えを崩さない。
視線の先では、ユートが砂煙のヴェールに包まれながらも、確かに存在するのだ。
(…………なぐられた、のか)
砂煙が口の中に入る。
視界がぐらつく中、ユートは恐る恐る右手で自分の頭を触った。
(……なくなった、かと、おもった……)
ひとまず生きている。それだけ分かれば良い。
衝撃こそ甚大だったが、まだ動ける。意識の照準を絞り、一息にユートは砂煙から飛び出した。
「ユイ・タガハラ……! やはり本物だな、お前の強さ!」
「ええ、そうです。私は自分が本物であることを! ここに存在することを高らかに謳い上げましょう!」
次の瞬間。
それを知る者たちが一様に目を丸くした。
ユイは右手を、天を衝き上げるように伸ばし、その人差し指を天頂へビシィと伸ばしたのだ。
「私はユイ・タガハラッ! 流星を目指し、流星に追いすがる女! 私の存在証明のためには、打倒するべきは、今のあなたじゃ意味がないッッ!!」
今だけはあの姿を借りよう。
心奪われ、焼き焦がされるような想いを向ける、あの少女に肖ろう。
「だから本気で戦ってください! 本気で……本気の、その先で戦えッッ!! ユートミラ・レヴ・ハインツァラトス──!!」
ここに次期聖女は、拳を突き上げ君臨した。
「必殺☆悪役令嬢パンチver八節詠唱版ッッ!!」
「ぐわあああああああああああああああああああああああッ!?」
「兄上ェェ──────────!?」
流星アッパーが直撃し、第一王子が天高く舞い上がった。
じゃあな。後でお前の弟も打ち上げて双子座にしてやるよ。
こうしてポルックスとカストルは星座に召し上げられたのだった。
〇鷲アンチ 双子座の主要恒星数は8なんだよなあ
〇適切な蟻地獄 俺たちが見てる前でよくもまあ神話捏造できるなこの女
〇ミート便器 喧嘩売る相手間違えるだけでここまで変わるのか……
〇red moon 原作だとユート√で結構な強敵だったのにな、この二人
【ん、いやまあ、実際そのへんの雑兵よりは遙かに強いと思いましたわよ? ですが、相手が悪かったようですわね】
〇無敵 相手の頭が悪かった?
【っせーですわね! マジムかつきましたわ今の!】
大体頭は良いんだよわたくし。
今だって数発牽制撃って向こうの防御上限把握してから八節パンチ叩き込んだし。はい頭脳プレー。わたくしのIQ五億!
そうこうしているうちに、天高く打ち上げられた向こうの王子が、重力に引かれ地面に舞い戻ってきた。
ベシャ、と第二王子がそれを受け止めて地面に潰れ、なんか死体の山みたいになる。
勝ったぜ。わたくしは天を指さし勝利の勝ち鬨を上げる。
「わたくしを相手取ろうという分不相応な夢を見るのは自由ですが、実行に移すなど無知蒙昧の極み! 何故ならばッ! わたくしはこの世界で最も選ばれし存在! 王子だろうと何だろうと関係なく平伏なさい! 最強は! そして最優最高最善最新、総ては! わたくしのためにある言葉! わたくしこそが──最強最優最高最善最新令嬢ッッ!!」
「最悪の間違いだろ!?」
「お黙りなさい」
さっき瞬殺した部下たちがそこらにぶっ倒れているのを眺めながら、王子の片割れが絶叫した。
左手の指をくいっと動かして、わたくしの周囲をビットのように公転していた『流星』でまだ元気な方の王子の頭を小突く。
「イッデェッ……おか、おかしいだろお前ッ! なんで選抜されてないんだよ!?」
「出場権を譲ったからですわよ」
「ゆゆゆ譲るゥ!? 譲ることあんのこれ!?」
「まあ、別にいいかなって……」
「そんな軽いノリで譲るもんじゃねえから出場枠! つーか御前試合しか経験ないって話なのに、なんでそんな場慣れしてんだ!?」
「え……だって御前試合、普通に殺傷できる出力でやりますわよ。大人が割って入るために控えてますけど絶対じゃありませんし。ていうか死亡事例ありますわね確か」
「おかしい! お前らの国の御前試合は明らかにおかしい!」
えっ……そうなの!?
こっちの世界だとこれが普通なんだ、うわあ野蛮とか思ってたけど、あのジジイの倫理観が狂ってただけ? やっぱあいつ頭おかしいよ。
思わず嘆息してから、わたくしは兄に心臓マッサージを施している弟を眺める。
美しい兄弟愛だなあと思った。
〇第三の性別 その兄弟を永遠に引き裂きかけてるのはお前なんだが……
〇日本代表 片方だけが死んだら寂しいからとか言ってもう片方も殺しそう
ひでえ言い草だと思った。
わたくしは額にビキバキと青筋を浮かべながらも、そこらでぶっ倒れてる王子たちの部下をイイ感じに組み上げ、テーブルと椅子にして優雅に腰掛ける。
魔法で水出して茶葉出して温めてはいインスタント紅茶!
【あとは、ユイさんが勝てば一件落着ですわね】
〇TSに一家言 一件落着って何が?
〇みろっく 落着したの見たことなし
【え、これゲームでも選抜試合あったんですわよね。国と国のバトル、勝利するのが当然なのでは?】
〇苦行むり いや……こうなんていうか……
〇101日目のワニ 勝敗だけじゃなくて国同士の策謀とか、個人の葛藤とか、そういう方が大事なイベントなんですけお……
【は? 勝たなきゃ意味ないじゃありませんか。勝ってから考えるべきですわ。他の面でどれほどアドバンテージを得たとしても、試合に勝てなければそれら一切に価値などありませんわ】
〇外から来ました それはそうなんだけど、それはそうなんだけどお!
〇第三の性別 こんなに恋愛ゲームの才能ないやつおる?
〇火星 さっさと無双アクションゲーの世界に帰ってくれ
好きで恋愛ゲームの世界に来たわけじゃねえんだよなあ。
インスタント紅茶を一口すすり、息を吐いて天を仰いだ。どうやら蘇生に成功したらしく、弟王子は兄王子の名を呼んで抱きしめていた。美しい光景だ。良かったね。
もう一発殴れるドン!