PART10 そのお茶会、空気悪く
「特級選抜試合に、私が?」
ユイの素っ頓狂な声が教室に響いた。
授業を終えた放課後、HRでのことだった。
「そうです~。所謂、国と国の外交の一環ですが~……今年は両国から二名ずつ、代表に相応しい若手を出して戦うコトになりまして~。国王陛下から、タガハラさんに打診が届いています~」
「あ、いえ、概要自体は知っているんですけど……って、国王陛下から!?」
担任の言葉に、教室が一層ざわめく。
特級選抜試合。隣接するハインツァラトス王国と毎年行っている、両国の若手をそれぞれの国王の御前でぶつけ合う催事だ。
「例年はもっと大人数の、大々的な催し物なのですが~。今年は教会再編などもあって、規模を縮小して、関係者のみで内々に行うそうで~。今年は、国王陛下が是非、タガハラさんとミリオンアーク君を選出したいとのことです~」
ロイの名前に限れば、当人も含めて全員当然だと思った。
名家ミリオンアークの嫡男。御前試合でも圧倒的な強さを誇る、貴族院勢力きっての若手エースだ。
場合によっては箔をつけるのも兼ねて、将来的に軍属・将軍クラスの抜擢すら現段階で噂されている傑物。
(ロイ君は、当然だ。だけど、何故私が……)
思い当たる節は、なくはない。
いいやむしろユイにとっては望むところだった。王国の二大勢力は貴族院と教会だ。その片方がトップの事実上の失脚とあって、王国は対外的には弱体化したと見られている。
禁呪同士の激突などという馬鹿げた真相は伏せられているものの、教皇は権威を失い、聖女は悪魔を失い禁呪を十全に行使できなくなった状態で幽閉されている。
(……だからこそ。次代の聖女がここにいるぞって、私が喧伝する絶好のチャンス)
ユイは考える。この流れ、余りにも自分にとって都合が良すぎると。
(何よりも、本来は指名されるべき人が他にいる)
「あらあら、まあまあ」
隣に座る黒髪の令嬢。
深紅の瞳を面白そうに細めて、彼女はユイの肩に手を置いた。
「随分とまあ、責任重大ですわね。失敗は許されませんわよ?」
「……ッ」
わざとらしいプレッシャーだった。
本来、誰もが予想するのは、誰もが国家代表に相応しいと考えるのは、彼女だ。
御前試合無敗にして、その名は国外にも轟く才女。
「マリアンヌさん……」
「ええ、ええ。お察しの通りですわ。国王陛下には、事前に辞退を申し出ましたわ。そして……適任なら他にいる、とも付け加えております」
明言こそしていないが、つまりは彼女、マリアンヌ・ピースラウンドがユイを推薦したという示唆。
「ふふっ。可哀想なユイさん。無様な敗北は、今度こそ、教会が立ち直れないほどのダメージになりますわ。もちろん勝てば手っ取り早い復興の兆しとなるでしょう。ですが……アナタに、できますか?」
ぞわりと背筋を悪寒が走る。
マリアンヌの目は笑っていなかった。
「……意地の悪い言い方だね」
ロイが肩をすくめて苦笑する。
だが。
教室にいる誰もが。学年代表の雑務をなんだかんだでこなし、出来の悪い生徒には魔法を放課後教え、そして真っ直ぐ自分の生き方を貫く彼女を知る誰もが分かっている。
「……ありがとう、マリアンヌさん」
ユイは席から立ち上がり、拳を握った。
「やります。私は未来を背負う者として。ここにいる同世代の代表として。必ずや、勝利の栄光を掴んでみせます!」
瞳に炎を宿して、次期聖女が宣言する。
「いいね。勝とう、必ず……」
ロイもまた立ち上がり、そして、教室の窓際に腰掛ける男を見た。
「フッ……簡単には負けてやらねえぜ?」
隣国ハインツァラトス王国の第三王子。
当然のように、ユートもまた特級選抜試合に出場する。
火花が散った。
その様子を教室最後段の席から眺めながら。
マリアンヌは不敵な笑みを浮かべ、唇をつり上げた。
【あれぇ!? 結構真剣にいびり倒しましたわよね今!? なんで感謝されてますのー!?】
〇鷲アンチ そら(勝てばリターン超でかいチャンスを譲り渡して発破かけるようなこと言えば)そう(背中を押したと思われて感謝される)よ
〇無敵 お前悪役令嬢向いてないよ
マリアンヌなりのユイに対するイジメは、普通に失敗した。
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【ゆっくり】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【していきますわよ】
『434,644 柱が待機中』
【次の配信は十分後を予定しています。】
〇第三の性別 特級選抜試合とかあったね
〇TSに一家言 原作だとユイ出場しないんだっけ
〇恒心教神祖 原作はロイとユートの決闘イベント扱い
〇鷲アンチ まだインフレしてない頃じゃん
〇適切な蟻地獄 禁呪の顔見せイベントみたいなもん
〇火星 禁呪のやばさとそれに対抗するロイのヒーローさとそれを見守るユイの構図だったな
〇日本代表 出場辞退は意外だったわ
〇red moon 確かに。相手ブチのめしそうなのに
〇みろっく ハインツァラトスのもう一人の出場枠誰?
〇ミート便器 モブ騎士(一応向こうのエース)
〇外から来ました ジークフリートさんの下位互換
〇みろっく ボロクソ言うやん
〇無敵 でも強いよ、普通に強いはず
〇日本代表 ただネームドが軒並み異常なインフレ起こしてるからなあ……
〇TSに一家言 今のうちに合掌しとこ
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放課後の魔法学園。
校舎から少し離れた、来賓用の迎賓館にわたくしたちは来ていた。
「よく来てくれた」
「いえ。こちらこそ願ってもない機会ですわ」
玄関口で待ってくれていたジークフリートさん相手に、スカートの裾をつまんで恭しく一礼する。
顔を上げると、彼は凄く微妙な表情になっていた。
「どうかされまして?」
「いや……こうして見ると、本当に立派な令嬢なんだな、と……」
「何やら含みのある言い方ですが、もっとストレートにおっしゃったらどうです?」
「頭のおかしい女には到底見えない」
「ケンカなら爆買いしますわ」
〇ミート便器 事実だろ
〇red moon 受け入れろ
キイィィィィ~~~~! ムカつきますわ!!
怒りの余り1677万色に発光しつつイニDの曲を爆音で流しながら高速回転しそうになってしまった。
「ちょっと、何突っ立ってんのよ。私たちが入れないんだけど」
後ろに振り向くと、腕を組んでリンディがわたくしを睨み、隣でユイさんが苦笑している。
「まあまあ、リンディさん。マリアンヌさん、ジークフリートさんとのお話が楽しいんですよ」
「ふぅん? 中隊長クラス相手がコネになるのかしら」
当人の前でなんてこと言うんだお前。
「フッ……そうだな。オレはいわゆる中間管理職に過ぎない。だが、マリアンヌ嬢とは立場を超えて、仲良くできると思っている。オレの勘違いだったかな?」
「ん、まあアナタならよくってよ」
実際、騎士とか中隊長とか関係なしに、彼とは相性が良い。
「ふん……良かったじゃないの」
露骨に機嫌を損ねた様子で、リンディはわたくしを押しのけるようにして迎賓館の奥へずんずん進んでいく。
「ちょっとリンディ、そちらではなくってよ!」
「はあ!? 知らないわよ!」
「わたくしにキレるのはおかしいでしょう!?」
見当違いの方向へ進む彼女を引き留めに、わたくしはやむなく駆け足で追いかける羽目になった。
「何か、オレは粗相をしてしまったかな?」
「あはは。羨ましいんですよ。マリアンヌさんと対等の立場で語り合えるって、凄いことだから……」
「そうか。それは光栄だ」
「ええ。本当、本当に……羨ましいです……」
「…………」
リンディを連れて戻ると、取り残されていたユイさんとジークフリートさんが歓談していた。
歓談? なんかジークフリートさんがやたら冷や汗をかいてるけど。
「……マリアンヌ嬢」
「はい?」
「背中には、気をつけておきなさい」
「はあ? 流星ガードはともかく、不意打ちされても簡易な防護障壁ならコンマゼロ5秒未満で出せますわよ?」
「いやそう意味じゃ、ああもういいか……」
やたら疲れた様子で、彼は迎賓館の奥へわたくしたちを案内した。
案内された先では、テーブルを囲んで十名ほどの騎士たちが佇んでいる。
「紹介しよう。我が中隊の部下たちだ。ユートの護衛として、選抜メンバーを連れてきている」
一糸乱れぬ動きで、騎士たちが敬礼した。
パッと見て……まあ、単体なら相手にならないか。だが統率はしっかり取れている。
「簡素な茶会とはなってしまうが、是非、今後も仲良くしてくれると嬉しい」
隣でリンディが息を吐いた。
「これって、貴族院と教会で、手を結ぼうって話よね?」
「早急な対応が必要だとは思わない。だが、世代が変わっていく中で……改めるべき点もまたある」
何でもないことのように言ってのけて、ジークフリートさんは椅子に座った。
わたくしたちも顔を見合わせてから、それぞれの席に着く。
「ええ。そうですわね。加護ある騎士と、魔法使いが手を組む。国のことを考えるなら、一枚岩であることに越したことはありませんわ」
「あんたがそういうこと言ってると違和感凄いわね」
「張り倒しますわよ」
軽口を叩きながらも、対応が意外と良いなと思った。
次期聖女であるユイさんにはもちろんだが、わたくしとリンディ相手にも椅子を引き、素早く茶を用意してくれている。
気になるといえば、空席が一つあることか。
「おっ、来てたのか」
声と共に、部屋にヌッとユートが入ってきた。
空いていた席にどかっと腰を下ろすと、彼は真っ直ぐにわたくしを見やった。
「いやあ、マリアンヌたちと俺の護衛が茶会を開くって聞いてな。こりゃ面白そうだと思ったんだ」
「はぁ……」
おいおい。なんかこの部屋、ちょっとした談合になってきたぞ。
王国を二分する教会と貴族院に属するメンバーだけじゃなくて、隣国の王子まで来やがった。
〇適切な蟻地獄 G7かな?
〇外から来ました こ れ は ひ ど い
いやわたくしもこんなことになるとは予想外だった。こんな、こんなはずでは……!
誰もの表情が強ばっている。肩肘張ってるんだ。
自然体なのはわたくしとジークフリートさんとユートぐらい……ああいや、最後は違うか。
「成程。ですが大した話をするわけでもありませんわ。本当にただのお茶会……」
言いつつ、空気ちょっとやべえと思った。
完全に死んでいる。そりゃそうだ、大物が多すぎる。
えっ……お茶会の空気が最悪過ぎる件について!?
〇無敵 スレ立てたらなんとかなると思うなよ
はい。なんとかします……