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PART7 夜鷹の夢

今話からCHAPTER7はずっと著しいユーモアの欠落が発生するのでご注意ください。

 バレンタイン当日の深夜。

 あとは寝て朝起きて登校し、放課後にチョコを渡せばいい。

 それで今年のバレンタインは任務完了である。


 しかし、わたくしは貸し切り状態である女子寮のキッチン――少し前は他の女子たちもいたが、流石に寝てしまった――にて、一人腕を組んでいた。

 目の前に置かれたのは、綺麗にラッピングされる前の箱。

 中に収められたチョコレートはハート形で、表面に文字が描かれている。


 お手製のチョコペンで連ねた文字列はちょっとした手紙ぐらいの長さだった。

 ロイ・ミリオンアークへという宛名から始まったその文章は以下の通り。




『日頃ありがとうございます。口先では悪しざまに言うことが多いですが、わたくしは本当にアナタの存在に助けられていますわ。これからも一緒にいてくださいな。

 あの日、雲の上まで迎えに来てくれた恩を忘れてはいません。またああして二人で、最高の景色を見に行きましょうね。

 親愛なるアナタの婚約者、マリアンヌ・ピースラウンドより』




「いや好きでしょコレ!!!!」


 わたくしは完成したチョコレートに流星チョップを叩き込んだ。

 バキイ! という派手な音と共に、右手の小指と薬指が複雑骨折する。


「イイッダアアアアアッ!! いったぁっ! いたいっ! いたいんですけどぉっ!」


 キッチンの床で一人ゴロゴロと転がる。あぶねえ、他に人がいなくてよかった。

 作成過程でふんだんに神秘をつぎ込んでいたチョコは容易くこちらのチョップを弾き、わたくしの右手を完全に破壊してきた。


「あったま来ましたわ! こうですわよ! こう(rain fall)!」


 流星を通して指二本を再生した後、単節詠唱の流星を顕現させ、チョコ目がけて叩き込む。

 ボガン! という神秘的な音と共に、流星の砲撃が砕け散った。

 チョコ側は無傷である。


「どういう硬度してますのこれ……」


 作っておきながら怖くなってきた。

 人間の口に入れるものじゃない。歯が全部へし折れてしまうだろう。

 雪だるまといい、なんかものを作るの辞めた方がいいかもしれん。


 ていうかこれ、完成度が最も高いのでロイに渡す用だったんだけど。

 マジで大丈夫じゃない気がしてきたぞ。

 事前に伝えておけばあいつ七聖使モードになって食べてくれるかなあ。


 ……いや、実はロイだけではない。

 ユイさん、リンディ、ジークフリートさん、ユートにもそれぞれチョコにメッセージを載せようとしたのだが、先ほどの通りガチで書いたラブレターみたいな文言になってしまったのだ。

 この調子だと全部こんな感じだろうなこれ。


「まずい……まずいですわ。ちょっと神様たち助けてもらえます?」



〇火星 いいから渡せーッ!そのまま渡せーッ!

〇トンボハンター 今更そんなことで止まるな

〇つっきー こっからこねくり回したところでいい方向にはいかないから諦めろ



役に立たないカス共(イオク・クジャン)!」



〇無敵 これヘイトスピーチだろ



 神様たちに心温まるやり取りをしていただいた後。

 わたくしはもう諦めて、『流星で酔っ払ってラリって書いた文言なので気にしないでください』という言い分で押し通ることを決めたのだった。




 ◇




 というわけで放課後である。


 朝の段階で担任と一緒に来たアモン先生が『チョコレートは栄養価が高いので生徒同士で交換するのは望ましい。禁ずる理由もない。吾輩には縁のない話だが、好きにするといい』と言い放つほど、バレンタインデーであることを誰もが意識している。

 わたくしも普段より膨らんだカバンを授業中チラチラ見てしまったしな(ロイはわたくしの二十倍ぐらいチラチラ見てきていた)。


 まあアモン先生の言葉に対しては、担任のロリ先生が凄い顔をしていたのが気になるが。

 なんというか、『お前それ本気で言ってんのか??』みたいな表情だった。

 一体どうしたというんだろうか。


「んんっ、さて……」


 まあ授業はいつもと変わらなかった。

 そうして放課後になれば、いつメンがわたくしの席まで集まって来る。


「時間だね」

「ええ」


 ロイとユイさんは微笑んでいた。明らかに威嚇目的だ。

 こちらからは机が邪魔で見えないものの、二人の足元からはドガドガバキバキビリビリと異様な音が響いてきている。電撃ボタンが導入された新しい太鼓の達人みたいだ。

 足の踏み合いに権能を使ってんじゃねーよ。


「余波で教室吹っ飛びかねないと思うんだけど、あれ放置してて大丈夫なの?」

「大丈夫だぜ。俺が高温の水蒸気を部分的に展開して衝撃を蒸発させてる」

「アンタの器用さは素晴らしいけど、そんな使い方をしていていいのかしら……」


 やれやれと肩をすくめるユートの言葉に、リンディは結構引いてた。

 この男、熱に関することならなんでもできますよ感を、雪山でのチョコレートワイバーン遭遇事件以降さらに強くしている。せっかく上位互換っぽい空気を吸っていたユイさんが応用力で負けまくって、アライJr.に部屋から出ていかれた時の勇次郎みたいな顔になってたしな。


 ……冷静に考えてユートだけは、わたくしのことを『なんにでも流星をかける女』とか罵倒する権利はないと思う。

 あいつ、なんでもかんでも『灼焔(イグニス)』のちょっとした応用だ(キリッ)しときゃいいと思ってる節がある。そんなんだからわたくしとラーメン屋を経営する羽目になるんだよ。

 まあそんなことはどうでもいい。


「それと、ジークフリートさんもこちらに」

「オレか?」


 きょとんとした顔で紅髪の騎士が歩いてくる。先ほどまではユートの護衛のため、教室の外からこちらを見守っていた。

 この流れでわたくしがアナタだけハブったら流石に頭おかしいだろ。

 さっきまで帰りがけの生徒たちから普通にチョコもらってたの見てたからな。許せねえ……マジで許せねえ。え? わたくしより先にジークフリートさんにチョコ渡してるの普通に考えてあり得なくないか? どういう神経してんだよマジで。


「それではチョコをお渡ししますわ」


 人数分は作って来たよとちゃんと伝えると、全員にっこり微笑んでくれた。

 わたくしも微笑んだ後、親指で教室の壁を指さす。


「ではあっちに別室を用意していますので、呼んだら一人一人順番に来てもらえますか」

「これなんかの面接じゃねえよな?」


 ユートが一転して渋い顔になって告げる。

 わたくしもそう思う。

 でもみんなに渡してこの場で開封されたら、わたくし死ぬじゃん。仕方ないことなんだよね。


「なるほどそういう緩急の付け方をしてきたか、やはり油断できないね」


 ユイさんともう半分ぐらい取っ組み合いになりながらも、ロイはその爽やかな顔だけはこちらに固定していた。

 見た目キモっ。ていうかユイさんに暴力振るってんじゃねーよ殺すぞ。それ以上の暴力が返ってきていたとしても、殺すぞ。


「順番はとても大事だからね。順番だけじゃない、完成度とか、あとは装飾の手の込みようとかも……」

「ミリオンアーク、どこでもいいから一つは自分が一番になれるように予防線を張るのはやめなさい。みっともないわ」


 リンディに叱られて、ロイはユイさんとの牽制合戦をやめて身を小さくした。

 しかし耳を傾けると『まあチョコのサイズとかも気になるね』とか呟いている。全然反省していない。


 ったく、しょーがねーな。

 こいつトップバッターと大トリ、どっちだと喜ぶんだ?


(マリアンヌ、悪いことは言わねーからロイは大トリにしてやってくれ。ユイはトップバッターだ、多分二人ともそっちの方が喜ぶと思うぜ)

(ユート!? 脳内に直接……!?)

(『灼焔』のちょっとした応用でな)

(本当に殺してやりましょうか)

(急に何!?)


 キイイイイイイ!

 同じ禁呪なのに汎用性を見せびらかされている! 汎用性ハラスメントだ!

 わたくしに対するハラスメントは犯行の罪質犯行の動機犯行の態様(執拗性・残虐性など)結果の重大性(被害者の数など)遺族の被害感情社会的影響犯人の年齢前科犯行後の情状など全てを鑑みても死刑!


 内心でそう叫んでいる時だった。

 ふと、全員が動きを止めた。



 ……チリ、と首筋を嫌な予感が火花のように焦がした。

 今までの幾度もの戦いを通して、みんなが学習している。



「何だ?」


 ロイが剣呑な声を出して周囲を見渡した。

 異変はない。生徒たちは普段通り。


「今、何か……」


 ユイさんが首を傾げた、その刹那だった。



 ――――ゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウゥッ――――



 学園全体がビリビリと揺れると同時、鼓膜をつんざく盛大なサイレンが鳴り響いた。

 何事かと全員目を見開き、直後に気づく。


 王城方向から吹き上がる威圧感。

 魔力と神秘を混ぜこぜにした破滅的な気配。



〇みろっく えっナニコレ

〇日本代表 あ、ちょっと待ってお嬢これ……

〇火星 ダメダメダメ王都クーデター編で鳴るやつこr



 ブツリ、とそこでコメント欄が消えた。

 何度開こうとしても開けない。外部から強力なジャミングが働いているのか?


「なんですかこのサイレン……って、ジークフリートさん?」

「今すぐ避難するんだ」


 紅髪の騎士は、見たこともない怖い顔をしていた。

 悪竜と戦っていた時より、よっぽど怖い。緊張している。


「有事のサイレン、ってことですか。だったら僕たちも」


 即座に助力を申し出るロイ。

 しかしそれに対して、ジークフリートさんは首を横に振って声を潜めた。


「違う、ただのサイレンじゃない、これは最上位警報……王都の機能そのものが停止しかねないほどの危機的状況という意味だ……」

『……ッ!?』


 驚愕に一同が息をのむ中で。

 わたくしだけが、いやでも理解させられた。


 今、か。

 今、始めやがったのか!


「チョコの受け渡し会はいったん延期ですわ!」

「あっ、マリアンヌ嬢!?」


 制止の声を無視し、走り出す。


「マリアンヌさん!? これは――!?」

「皆さんは避難誘導の補佐! それと多分()()()()()()()()()!」


 走る。走る。足元から流星を撃発させて加速し学校を飛び出す。

 王都を見やった瞬間、あちこちで同時に爆発が起き、火の柱と黒い煙がいくつも立ち上った。




 それが――シュテルトライン王国史上最悪の一か月間。

 王国として事実上崩壊していた、悪夢の2月の始まりだった。




 ◇




「……フン、なるほどのう」


 シュテルトライン王城、謁見の間。

 魔法の余波でズタズタになり半壊した部屋で、アーサーは己の血で頬を濡らしながら呟いた。


「どのような準備をしているのか、どのように勝ち筋を作っているのか。気にはなっておったが、それを引っ張り出すとはのう」


 彼が睨む先。

 そこには顔に脂汗を浮かべ荒く息を吐くナイトエデン・ウルスラグナがいる。

 目立った傷はないが、スーツは幾分か煤に汚れていた。


「……当然だ。私はナイトエデン・ウルスラグナ、光にして救済。だから、敗北は許されない。どんな手でも打つ」

「墓暴きをそうやって擁護するのは初耳だわい」

「墓を暴く必要もなかったがな」


 その場に響く、三人目の声。

 先ほどまでナイトエデンと共にアーサーへと襲い掛かり、老いた国王に深手を負わせた張本人。


 今までマリアンヌも遭遇したことのある、副官兼副当主としてナイトエデンを補佐していた男。

 しかしその見た目は――否。

 生物としての体は、まるきり別の人間。



「見て分かっただろう? 『混沌(カオス)』の力は我々ウルスラグナ家が所有している」



 それはかつての戦友、グレイテスト・ワンの体だった。



「その体を、使うとは……」

「『混沌(カオス)』は暴走的な活動中、つまり死滅してはいないということだ……その人間としての体は、マクラーレン・ピースラウンド並びにマリアンヌ・ピースラウンドとの戦闘後、半壊した状態のところを我らで回収していた」


 だからこそ彼らは、教会の内変時に『混沌』の権能を一部貸し出すことができた。

 暴走的に活動する身体を所有し、ついには他者の意識をその身体へと送り込み、こうして完全に掌握した。


「不愉快だのう」


 低い声でつぶやくも、既にアーサーの体は半分ほどがつぶれていた。

 右半身は真っ赤になった服の残骸しかなく、肉体もほとんど吹き飛ばされている。

 残った左側も、腕が肘から先で斬り飛ばされ、だらだらと赤い血を垂れ流したままだ。


「我らの勢力は全員、『混沌』と『開闢』の権能を重ねがけしている。抵抗の余地はない」

「フハッ……かすめ取った力と、意思を奪い飼い慣らした力でよく吠えるわい……」

「そちらこそ、敗者がよく喋る」


 響く爆発音と悲鳴。

 王都にて、ウルスラグナ家の勢力が魔法使いや騎士たちを驚異的なスピードで駆逐している証拠だ。


「蜂起と同時に主な拠点とそれらをつなぐラインを破壊。既に有事の際の動きは知っていた、もうロクに連絡や連携も取れないだろう。各個に潰していけば、この国を守る剣も盾もすべてが壊れる」

「……支配者として成り代わるのではなく、単なる破壊が目的なのか?」

「まさか。一度なかったことにしなければならないんだ、偽りの王国を排して我々ウルスラグナ家が、真なるシュテルトラインをもう一度作り直す」


 そこまで言って、副官はアーサーから窓の外へと視線をやった。

 王都のあちこちで起きた火が、既に燃え広がっている。

 二つの権能による加護を受けたウルスラグナの兵士たちは、一切の容赦なく魔法使いと騎士を殺して回り、王都を荒らしまわっていた。


「いいのか? 愛していないだろうが、国民たちや……君が期待していた子供たちへ、遺す言葉もないのか?」

「お前らへの呪詛はある。思い上がったな、貴様らが世界を支配するなど三百年早いわい」

「そうか。時間の無駄だったな」


 アーサーの捨て台詞を聞いて、グレイテスト・ワンの体を借りたウルスラグナ家副官は頷いた。

 ナイトエデンが腕を振るうと同時、光が凝固して剣の形を取り射出。

 アーサーに殺到したそれらが風の防壁を瞬時に食い破り肉体を破壊。

 頭部と胸部に集中的につき込まれた剣群が、心臓と脳を完全に破壊した。


「終わりましたね」

「……まだ、始まりさ」


 疲れ切った様子のナイトエデンは、気合を入れなおすように頭を振る。


「指揮を預ける。国民たちへの情報伝達もすぐさまやってくれ、無用な犠牲は出したくない……軍の方は仕込みが起動すればすぐ終わる、騎士団は我々で潰さねばならない。そして最大のイレギュラーも同様だ」

「行くのですか」

「ああ、当然だ。彼女を迎え撃つのは私以外にあり得ない」

「……他のセクションの制圧は順次進めます。ナイトエデン様もご武運を」


 そう言って二人は背を向け合い、それぞれの戦場へと向かおうとした。

 だがナイトエデンはふと足を止めた。


(……本当に殺してしまった)


 アーサーを、シュテルトラインの統治者を殺した。

 もう止まれない、始まった、自分の手で始めてしまった。


(何人死ぬ?)


 窓の外を見る。

 戦闘の余波で上の階層がほとんど吹き飛んだ王城の下、人々が暮らす街が燃え盛っている。

 こんな、こんな光景が、自分たちが行動した結果なのか。


(あれ……待ってくれ。武力衝突、ではなく、最初は……)


 くらりと頭が揺れる。

 不安。何をしているんだ。どうして。

 自分はただ、ただ人々が幸せになるにはと。誰かを幸福にするために生まれたんだと。


 そうだあの日拾ってもらった時に。

 あれ? 拾ってもらった? 違う、自分は生まれながらの。


「あ――――?」


 足元の感覚がおぼつかない。

 ナイトエデンは我知らず、泣きそうな表情で勢いよく振り向いた。


「ち、()()――……ッ」

()()()()()()()。その呼び方は、なされないようにしてください」


 返事はすぐに来た。

 かつてシュテルトラインの英雄と呼ばれた男の体になっても、自分を育ててくれた男の声だと認識できた。

 だから大丈夫だ。


「…………分かった」


 自分もただ、成すべきことを成せばいい。




 ◇




『我々はシュテルトラインの真なる支配者、ウルスラグナ家です』


 公共放送ラインを使って王都に響く、男の声。

 わたくしはそれを聞きながら、群衆の間をかき分けて走っていた。


 この声、『混沌』から聞こえたのと同じか!?

 じゃあ敵はあの力も使ってる!?

 ていうか王城の拡声機能を使ってるってことは、まさか王城の制圧は完了してるのか!?


 パニックで逃げまどう人々の流れに逆らって走りながら、内心で疑問が次から次へと噴き出る。

 ていうかアーサーはどうしたんだよ。

 まさか、もう……?


『皆さんに真実をお伝えするため、我々は蜂起しました。既に王城の占拠は完了しており、旧国王アーサーも死亡しています』

「……ッ!?」


 さすがに足を止めて、放送を響かせている機器をギョッと見た。

 アーサーが? 死んだ? 何も、知らないうちに? 誰が? どうやって?

 ……違うそんなの分かってる。


「ナイトエデン……!」

『武器を捨てた者には、攻撃いたしません。市民の皆さんは落ち着いて、戦闘から遠ざかるよう移動してください。今起きている戦闘は、旧王国勢力が抵抗しているものです。順次制圧しますので、市民の皆さんは――』

「うるっさいですわ!!」


 右腕を振るって、魔力弾で放送機器を破砕する。

 要するに、あいつらは随分と迅速に物事を進めていくタイプだったってわけだ。

 周囲を見渡すが、動けない人々などお構いなしにあちこちで戦闘が起きている。


 その中に一つ、見知った姿を見つけた。

 黒のスーツを着込み、長い金髪を揺蕩わせ、騎士や魔法使いを打ちのめして回る青年の姿。


 ……真っすぐ王城を目指す予定だったが、やめだ。



 ――星の煌きを纏い(rain all)偽天を焼き焦がし(sky done)大地を芽吹で満たそう(glory true)

 ──宣せよ(shouting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 ──正義(justice)純白(white)執行(execution)聖母(Panagia)

 ──悪行は砕け(sin break )た塵へと(down)秩序は新(judgement)たな姿へと(goes down)

 ──さだめの極光は(vengeance)唯ここに(is mine)



 詠唱完了と同時に魔力の翼を顕現させる。


「……ッ!? これは!」

「ナイトエデンッッッ!!」


 向こうがハッとこちらを向いた時にはもう遅い。わたくしの拳が、やつの顔面に直撃。

 余波で大地が引き裂かれ、空気の弾ける音が遅れて響く。

 吹き飛ばされたナイトエデンの体は、近くの半壊した家屋に突っ込んでいった。


「ま、マリアンヌ・ピースラウンドか!? 援護に!?」


 ナイトエデンに追い詰められていた騎士が、こちらを見て驚愕の声を上げた。

 わたくしは振り向いて、背中越しに騎士へと声をかける。


「逃げてッ! この地点の防衛はもう無理ですわ! 他の騎士との合流を優先しなさい!」

「あ、ああっ……いいや! まだ避難できていない市民がッ」


 言葉の途中で。

 騎士の首から上が吹っ飛んでいった。

 向こう側で、見れば見たことのない隊服を着た男が、こちらに手を向けている。


「……っ」


 ばしゃ、と倒れ込んだ騎士の体から広がる血の池。

 それがわたくしの靴に絡まって赤く穢す。


「なん、で……?」


 続けざまにわたくしを撃とうとした男が、横合いから突っ込んできた騎士に弾かれた。

 また戦いが起きている。あちこちで誰かが傷つき、死んでいる。


「なに、を…………」


 理解できない。

 こんな、こんなこと、なんで。


『現政権は、その始まりから皆さんに嘘をついていました。本来の支配者である我々を封じ込め、人々を欺き続けた、あさましい存在なのです』


 演説が王都に雄々しく響く中で。

 わたくしは目を見開き、歯を食いしばりながら、彼が吹き飛んでいった先を見つめる。

 手ごたえは十分だったが、それ以外の全てが不十分だと分かっていた。


「来たか、来てしまったか、マリアンヌ・ピースラウンド……!」


 やはり、光は消えない。

 蒸発させるような勢いで家屋たちを消し飛ばして、金髪の青年がこちらを見る。


「アナタはッ! アナタは何を、何をやっているんですかァッ!!」


 無傷のまま立ち上がるナイトエデンを視認して、悲鳴がこぼれる。

 視界に映るものすべてが信じられない。


 燃え盛る王都。転がる死体。

 人々の日常が、幸福が、蹂躙されてゴミクズみたいに吹き飛ばされていく。


 この光景を生み出したのが、ナイトエデンなのか。

 争いをなくしたいと願いを共にしていたはずの、この男がやったのか。

 本当に? そんなわけがない、何か事情があるんだ。止めに来たけど間に合わなかったとか、そんな理由がきっとあるはずなんだ。


「……来てほしくなかったよ、君には」

「……ッ!」

「もう勝ち目はない。というか、すべて終わったあとなんだ」


 スーツの汚れを手で払いながら、ナイトエデンは虫唾が走るほど冷たい声で告げる。


「君がひっくり返せないよう、すべてを迅速に完了させた。君が盤をひっくり返してしまう暇を与えずに、数手ですべてを詰ませることができるように計画した。国王は死んだ。魔法使いの軍も騎士団も、対応策が機能している」


 周囲を見渡す。散発的な戦闘音は、始まってすぐに終わる。

 治安を守ろうと前に出た魔法使いや騎士が即座に絶命させられているのだと、いやでも理解させられる。


「シュテルトラインは国王を喪い、王都を破壊され、国家としての機能を完全に喪失した。大切な人たちと一緒に、どこかへ逃げるべきだ」

「それをやった連中が、どのツラを下げてのたまっていますのッ!」

「……ああ、本当にその通りだね」


 力なく微笑もうとして、彼は奇妙に表情を歪めた。

 癪に障る。こちらからの訴え全部を、聞いてるけど聞いてない。


「アナタの理想はこんなものだったのですか! こんな炎と血を敷き詰めた街並みが、本気でアナタの理想なのですか!?」

「…………」


 ナイトエデンは何も言わない。

 ただその手に、光の剣を顕現させるだけ。


 ああそうかい! 言い訳すらしねえのかよ!

 普段なら偉そうな言葉をペラペラ並べるだろうが!

 それすらしないのなら、自覚があるってんなら、ブッ飛ばすしかねーなあ!!


「こんなものは願いではありません! 流星でも、ましてやヒカリなんかでは決してありません!」

「…………ッ!!」

「アナタがやっているのは単なる野望の実現! 暴力を振るって、恐怖で人々を覆い尽くしているだけ――世界を変えるのではなく、世界を傷つけて壊すだけの蛮行ですわ!」


 彼を指さした後、わたくしは拳を構えた。

 燃え盛る瓦礫の町の中で、唇を一度強く強くかんで、それから。


「だから、歯ァ食いしばりなさい! ブン殴って止めますわ!」

「…………やってみなよ、やれるものならね」







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[良い点] 展開の緩急で風邪引きそうなレベルでシリアスさんが大活躍してやがる……何故ベストを尽くしたのか、コレガワカラナイ。 [気になる点] ナイトエデンに心の隙があるなら、そこからマリアンヌが注入さ…
[良い点] 副官のゴミは何がしたいのかわからん、国民にとって王家の真偽とか犬のクソ以下だぞ どうやろうが現在の生活は壊れるし、そもそも騎士たちにも家族が居て、社会の一部になってるのにな [気になる点]…
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