PART4 テレキャスタービーボーイ
人々が気楽に会話できるよう、しかし他の客にまで声は届かないよう計算して配置されたテーブル。
高い天井を彩るシャンデリアたちには魔力の光が宿り、食事をする人々の手元を優しく照らしている。
テーブルの間を行き来するウェイターたちも超一流、どんなに小さな挙動も見逃さず、最上級のサービスを提供していた。
ここはシュテルトライン王国の中でも最高クラスの会員制レストラン。
そこらの貴族では入ることもできない、超VIPだけが入店を許される聖域。
当然ながら単なる功績だけでは会員になれない。血筋とコネと金が必要だ。
わたくしことマリアンヌ・ピースラウンドにとっては、ピースラウンド家特有の社交界浮きまくり現象のせいでまったく縁のない場所だった。
他の会員に連れてこられなければ、死ぬまで来ることはなかっただろう。
ではなぜそんな場所に入れているのかというと。
「乾杯」
「……かんぱーい」
目の前にいる、ナイトエデン・ウルスラグナがここの会員だったからである。
テメーふざけんなよ。わたくしという大貴族の敵でありながら何を権力得とんねん。
「ここは本当におすすめでね……今日は最高のコースをお願いしたよ」
「わたくし口説かれてます?」
「……?」
「嘘でしょう!? こんな高級店に女性を誘って自信満々にコースの説明なんて始めたら、どう考えてもこっちに気がありますわよ!? アナタそういうの絶対にしちゃダメですからね!?」
場所が場所じゃなければ机をぶっ叩いて叫んでいるところだ。
しかし周辺のお客さんたちも歓談中であったため、わたくしは小声で叫んだ。
「はは、外の世界だとそういう意味があるんだね。これはミリオンアーク君に怒られてしまうな」
「友達みたいな感じであいつの名前が出て来るの、ちょっと面食らいますわね……あの、わたくしが記憶喪失の間、一回戦ってませんでしたっけ?」
その辺の話はロイから聞いている。
わたくしを探す手立てがなさすぎて、知ってそうなナイトエデンを襲撃したらしい。
我が婚約者ながら血の気が多すぎるだろ。情報山賊じゃねえか。
「ああ、戦ったよ。彼は素晴らしい素質を持っている……婚約者として君も誇らしいだろう?」
「ハァ? なんで他人からロイについて評価されなきゃいけないんですか?」
「えぇ……?」
普通に無理。そういうの嫌。
これは完全にお気持ち案件だわ。わたくしはそれが嫌なのでやめてください。
何故ならわたくしは宇宙であり、つまり法であり、よってアナタにはやめる義務が生じるからです。
「ま、まあそれなら話を変えるけど……今日は元気がなかったように見えたけど、大丈夫かい?」
「アナタに普通に心配されるの、違和感しかありませんわね」
「そうかい?」
「……いやアナタ個人がわたくしを心配するのはいいんですけど。立場というものがあるでしょう?」
わたくしとこいつが仲良くしてるの、こいつの側近みたいなおっさんはよく思ってないみたいだしな。
ん? いやでも仲良く……仲良くしたっけ? 一緒に劇見てお茶したぐらいだな。
じゃあ友達か、仲良いわ。
ただ今回は特に、アーサーの言葉が正しいのなら、彼らウルスラグナ一派は王国に対するクーデターの準備をほぼ終えていることになる。
つまり、わたくしと彼は近日中に戦う可能性が非常に高い。
そんな相手のことをなぜ気遣う? 器が宇宙みたいに大きいこっちはともかく、どうして友達のような顔ができる?
「それはそれ、これはこれというやつさ……ま、私は君と雑談できる機会を逃したくない、と思ってもらって構わない」
「好感度高すぎてビビりますわね」
その時、料理が運ばれてきた。
わたくしとナイトエデンは、ナイフとフォークを手に取る。
「ここは素材の目利きから一流だよ。損はさせない、君の舌も満足するはずだ」
「わたくし、料理にはかなりうるさいですからね」
「知ってるよ」
肩をすくめるナイトエデンは、礼儀作法が完璧だった。
一応これでも貴族なので、食事の時の作法は一通り学んでいる。いくつかの流派もマスターしたので、彼の動きを見た瞬間に判別がつく。
ナイトエデンは現代調とはかなり違うものの、古式礼法を忠実に、かつ美麗にこなしている。
……いやおかしいなこれ。わたくし文献で見たことがあるだけだぞこの形式。
気品はある。見惚れてしまうような美しさもある。
だが致命的に古い。
なんというか、映画史上の価値は分かるけど、映像もストーリーも古くてエンターテイメント作品としての鑑賞には耐えられない旧作、みたいな感覚だ。
「ナイトエデン、アナタお家だとそのやり方でご飯を食べてるのですか?」
「ん? そうだが?」
歴史が止まった家、というほかないな。
ちょっと悪いんだけど、古臭いとかそんなことを言ってる場合じゃない。古代ギリシアの人が街中にいたら、感動とか感心とかを抱く前に恐怖が勝つだろ。
「へえ、なるほどですわね……」
「変なのかい?」
「いえ、別に」
「変なのか……」
どうやら態度に出てしまっていたらしい。
ナイトエデンはしょんぼりしていた。
「いやまあいいんじゃないですかね?」
「そっか……」
なんか微妙な空気になってしまった。
とりあえず粛々と食事を進めていやここ旨っ!! めっちゃ旨いんだけど!!
こういう雰囲気の店じゃなかったら思いきりがっついてたぞこれ。
「お気に召したかい?」
「かなりですわね。わたくしも会員になりたいですわ」
「それは重畳。あとで申し付けておくよ」
やったぜ。
……いやナイトエデンの紹介っていうのはかなり気に食わねーけどな。
まあ、食事も進んだ。
お皿を下げてもらった後、次が来るまでの箸休めタイムに、話の方も進めよう。
「で、わたくしを呼びつけた理由はなんですか」
「うん? いやこれといって理由があったわけではないんだけど……」
ガチ気まぐれかよ。
思わず舌打ちが出そうになった。じゃあわたくしの貴重な時間をこいつ相手に浪費している暇はない。帰ってチョコ作りに勤しまないと。
「そうなんですわね、じゃあ帰りますわ」
「まあ待ってくれマリアンヌ・ピースラウンド。少し、世界の話でもしていこうじゃないか」
世界の話?
一瞬腰を浮かせかけたわたくしだが、その言葉を聞いて黙って座りなおした。
「それは興味がありますわね。端的に述べるなら……アナタたちウルスラグナ一派が、どのような世界を目指しているのかが気になります」
「質問としては本質をつかみ損ねていると言わざるを得ないな。君が聞くべきはこうだ――『今の世界を肯定してはいけない理由を教えてくれ』」
言葉遊びしてんじゃねーよ。
「世界を変えなきゃいけない、と思ったことはないかい?」
「ずっと思ってますわねそんなこと」
この世界の構造が終わってるのは百も承知だ。
「戦わずに得られる結論などありません。しかしそれにしたって、いささか戦いすぎなのが今のこの世界ですわ。わたくしとアナタだって、本当に結論を得るために戦う必要があるのか怪しいでしょう」
というよりは、こいつの戦いの果てに、こいつが結論を得られる確証が一切ない。
敵だと分かっていても彼に対しては不安が勝つ。
「アナタの現状は、ウルスラグナ家の便利な戦闘マシーンなのではありませんか?」
「……サトウさんの一件以来、君は我々に対する疑念を増したようだね」
増したというかなんというか。
根本的に歴史事実をすり替えていたり、ナイトエデンを閉じ込めるようにして世界に関する情報を遮断させていたり。
「親が子にすることではありません。アナタを救世装置にしたいのなら納得ですが、同時に、そんなことをしている連中に世界が救えるはずがないでしょう」
「そうか。傍からは、そう見えるんだね……」
ナイトエデンは目を伏せて黙りこくった。
次に運ばれてきた皿の料理をじっと見つめながらも、その手は動かない。
「だけど……それは、私が戦いを止める理由にはならない」
「…………」
「誰もが不都合に目を閉じるのが当然になっている。むしろ、上手く目を閉じることが大事になっている……自分に関係あることであっても、そうじゃないと自分に言い聞かせながら日々を過ごすのが、世の中の正解になっているんだ」
ああ、そうだ。
その通りだよナイトエデン、お前の言葉はおおむね正しい。
「「だから――」」
「丸ごと全部変えなきゃいけないんだ」
「一つ一つ変えていかなきゃならないんでしょう」
彼とわたくしの言葉は、一周回って笑えてしまうほど、残酷に異なっていた。
「……君とはいつも、結論が違ってしまうね」
「そう恥じることではありませんわ。わたくしという最新にして最高の計算能力を誇る超絶ハイパースーパーコンピュータ覇王デラックスと同じ結論を導き出せる者などそうおりませんので」
「な、なんだい今の長い名前!? か……かっこいいじゃないか……!」
わたくしは本当にこいつに対しては心配が勝つな。
中二を拗らせまくっている自覚はあるものの、こいつは小学生レベルの感性で止まっちゃってるんだよなあ。勘弁してくれよ。
「さ、話も一段落しましたし、料理を食べましょう。冷めてしまいますわ」
「ああ、そうだね。悪かったよ」
互いに肩をすくめて笑い合う。
真面目な話が終わって、さっきよりも少し打ち解けた気がする。
結論が違おうとも友達は友達だ。
友達なら、メシぐらい付き合ってやってもいい。
「これも美味しいですわね……あっそうですわ。アーサーは、戦えば多分アナタが勝つと言っていましたわ」
「そうなのかい? 当然私だって、勝つつもりではあるが……む、これ美味しいな。素材の味だ」
「それ言っておけばなんとかなると思ってません? 実際わたくし、アーサー相手に戦えるビジョンがないんですが、アナタはどうしますの?」
こちらの問いに、彼はフォークを止めて数秒黙った。
それから顔を上げて、なんか背後にヤギを浮かべながらペラペラと喋り始める。
「『烈嵐』は汎用性に長けているものの初期型なだけあって最大出力という面で限界がある。そこを補うためにアーサー・シュテルトラインは敵を分子に分解する技を開発していたけど、基本的にはその分子干渉をクリアすれば出力差で勝てると思うんだよね。だから全身を光にして突っ込んで爆破しようと思ってる」
「は?(huhcat)」
顎が外れそうになった。
なんて? 全然意味わからん。
「お、これも美味しい。ほら、食べたまえ」
「いや光の国からやって来た戦士じゃないと使えなさそうな技を平然と言い放たれてそれどころじゃないんですが……」
「おいおい、私はナイトエデン・ウルスラグナとして究極系に近いと評価されている存在なのを忘れていないかい? たとえ心臓を砕かれたとしても、それぐらいで死ぬと思われていたのなら心外だなあ」
「心外じゃなくて人外なのでは……」
人間やめすぎだって。
心臓を砕かれたら流石に死んどけよ!
「うむ。このスープも素材の味を感じるね」
「アナタさっきから料理を褒める語彙が一本過ぎません? それだけで戦ってます?」
「とは言われても、そのために言葉を学ぶ機会なんてなかったんだが」
「学ぶって……ああもういいです。じゃあ、チョコとか唐揚げとかラーメンとか、ちゃんと男子の必修科目通って来てます? 来てるわけないですわよね」
「どれも名前ぐらい聞いたことあるさ。味覚成分だって把握している」
こいつマジ何も分かってねーな。
「それらを食べてみなさい。無理そうならまあ……近日中には、食べる機会がきっとありますわ」
「?」
首を傾げるナイトエデン。
わたくしは呆れかえりながらも、頭の中の渡す相手リストに一名、長ったらしい名前を追加するのだった。
◇
レストランを出て、マリアンヌとナイトエデンは肩を並べて夜の街を歩いていた。
眉目秀麗な二人の組み合わせに、すれ違う人々は思わず頬を赤らめて立ち止まり、何度も振り返ってしまう。
冬の夜に突如咲き誇った、二輪の美しき花。
絵画に切り取られてもおかしくないような、そんな瞬間だった。
当人たちも楽しそうに会話している。
「だからそこでですね! キラとアスランがですね! フェンス越しに話すんですが正体に気づいていると分かってしまうと駄目になってしまうのでお互いのことを知らない体でですね!」
「それはまた……二人の友情は不滅であると同時に、その時だけは表に出せないのか……なんという悲劇だ……」
本当にマリアンヌもナイトエデンも楽しそうだった。
しばし歓談しながら歩みを進めていた二人は、やがて中央部から少し離れたところで、それぞれ別の方向に視線を向けた。
「おっと、ここでお別れのようだね」
「あら残念ですわ。まだこの話はここからが面白くて……折り返しの折り返しぐらいでしたのに」
「いくらなんでも長過ぎるな。まあ、楽しみにしておくよ」
それを言ってからナイトエデンは後悔した。
次に会って、どちらも無事で済むはずがない。
「……ナイトエデン、一ついいでしょうか」
「うん?」
「クーデターでクリスタルを奪って、何がしたいんですの?」
マリアンヌの問いに、ナイトエデンは微かに目を見開いた。
すべてを知っていたのか。
「……クリスタルは象徴として必要という話だ。本質的には、アーサー・シュテルトラインを討てば我々の目的は達成される。それだけだよ」
「ふーん。でもあのジジイを倒すのは、まずわたくしを倒してからですわ!」
マリアンヌは大仰な身振りでターンし、背中を向けてからビシと天を指さした。
芝居がかっていながらもサマになっているその姿を、ナイトエデンは少しぼんやりしながら見つめていた。
(そう、だ。私は……ぼくは、アーサー・シュテルトラインを討つのが役割だ。正しい秩序を人々に与えて、この世界を救わなきゃいけない……だけど)
だけど。
ナイトエデンにとって、玉座からあの老いぼれを引きずり下ろすという一族の目標は、既にどうでもいいものだった。
彼の眼中にあるものはただ一つだけ。
(ぼくは――君を、マリアンヌ・ピースラウンドを否定しなければならない。君という存在を、君の言葉を全否定しなければ、前に進めない……)
ナイトエデンの黄金色の瞳が向く先。
宵髪赤目の少女が、その髪をふわりとなびかせて振り向く。
月夜に照らされるその姿から目が離せなくなる。
ナイトエデンはその感情の萌芽の名前を知らない。
世界を守る救世の男に、世界を滅ぼす極光の少女が。
その柔らかな唇を動かして静かに言葉を紡ぐ。
「だから、次に相まみえた時はお互いに全身全霊ですわよ」
「……え?」
「前にも言ってたじゃないですか。決着をつけなきゃいけない立場にあるって。殺し合いはカンベンですが、殴り合いならお任せあれですわ!」
たゆんと胸を張って鼻息を荒げるマリアンヌ。
たとえクーデターになるのだとしても、最後は命のやり取りではなく、自分の正しさを証明するための拳のぶつけ合いになるのだと、彼女は確信している。
ナイトエデンは微笑んだ。寂しい微笑みだと見抜かれないよう必死に、いつも通りの、救世主の笑みを浮かべた。
きっと殺し合いになる。
確信があった。
確かに単なる戦いなら、彼女が望むような意思のぶつけ合いになる。
だけど――彼女が自分の前に立ちふさがるときはきっと、多くのものを背負った状態だから。
「ああ、楽しみにしているよマリアンヌ・ピースラウンド。死ぬまでやろう……」
冗談じみた言葉にマリアンヌが噴き出しそうになった。
それが本当に彼の真意だったのだと知る日は、そう遠くないのに。
何も知らず、ただ、彼が冗談を言えるようになったのだと思って、喜んで笑っていたのだった。
◇
ナイトエデンとの食事を終えて寮に戻ったわたくし。
話し合いをするというのは大事なことで、アーサーの野郎から背負わされた重荷が幾分か楽な気持になっていた。
ああそういや遺言を受け取った、とまでは言ってなかったなあ。
言うべきだったかな、全身全霊で戦うとはいえ、諸々共有しといて部分的な協力ができれば、被害も極力減らせるはずだもんなあ。
そんなことを考えていた。
というのも、現実逃避のためである。
「というわけで獲りに行くわよ! チョコレートオオカブトムシを!!」
寮に戻った瞬間に、訳の分からないことを言うリンディに捕まってしまっていたからだ。
こいつ何言ってんだ。おかしくなったのか?
「リンディ、そういうのはきちんと説明していただきませんと分かりませんわ」
「いいから行くわよ! 明日よ!」
全然話が通じねえな。
ほとんど掴みかかってきている彼女を押しとどめつつ、わたくしは視線でユイさんに助けを求める。
現聖女であり教会の頂点に立つ彼女は、苦笑いで首を横に振った。
「すみません、本当はこんなことしたくないと思うんですけど、リンディさんは今、マリアンヌさんをエミュレートして、普段のヤバすぎるほど面倒な巻き込み事故をしかけてくるのをやり返しているんだと思います」
「ユイさん? わたくしこんな風に迷惑な巻き込みをした覚えはないのですが?」
〇みろっく ユイの言葉全部ぶっ刺さってて草
〇遠矢あてお こいつ巻き込み事故専用車両の自覚がないのカス過ぎるな
〇無敵 異世界鬼越トマホーク
え? 傍からはこう見えてんの? 嘘だろ?
「というわけで行くわよ! ミリオンアークとユートとジークフリートも既にアポ取ってあるわ!」
「なんて無駄のない無駄な根回し……! 本気ですわね!」
その両眼に炎を燃やすリンディ。
たとえこれが単なる仕返しだったのだとしても、まあやる気にあふれていることあふれていること。
しょーがねえ、付き合ってやるか。
わたくしはリンディの頭を撫でくり回しながら、ユイさんとそろって肩をすくめた。
……で、チョコレートオオカブトムシって何?
〇火星 つよさ300、たいりょく100、こうげき120、テクニック80、性格アタックタイプ
イオンの遊戯場!?
お待たせしてしまっていてすみません
まだまだ頑張ります
別作品である『かませ役から始まる転生勇者のセカンドライフ~主人公の追放をやり遂げたら続編主人公を育てることになりました~』の書籍版が来月発売されます
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