PART3 擬態
王城に呼び出された。
わたくしはいたって普通の学生なので、呼び出される先として適切なのは職員室のはずだ。
しかし帰りのHRの終わり際、担任である合法ロリ先生(精鋭騎士部隊を蹴散らせるぐらい鬼強い。よく考えたら属性盛りすぎじゃない? ガンダムTR-6かよ)に呼び止められ、なんか王城に行ってこいとか命令された。
「陛下がピースラウンドさんをお呼びらしいですよ~。直々に呼び出されるなんて、今度は一体何をしたんですか?」
「何もしてないし行きたくないんですが……」
あのジジイ、もうちょっと優しく呼び出せよ。
いきなり王様からの命令が飛び出したせいで、クラスのみんなが顔を引きつらせてるじゃねえか。
「バレンタインも近いですし、ちょっと忙しいので……」
「……? 何を言ってるんですか?」
ロリ先生が首を傾げる。実に可愛らしい。
まあ国の頂点からの呼び出しをバレンタインでかわすのは我ながら無理があった。流石に苦しい。
「バレンタインが大事なのは分かっていますが、本来の意味も忘れないようにしてくださいね~?」
どうやらわたくしがチョコを渡したり受け取ったりすることに浮かれている、と勘違いしているようだ。
一応この世界におけるバレンタインとは、遠い昔にあった大きな戦争の終戦記念日である。悪い魔法使いによって起きた戦争を、二つの国が力を合わせて終わらせたらしい。
その際、正義側に立った二つの国の代表同士が結婚し、一つの国としてまとめあげ──シュテルトライン王国が誕生したんだとか。
冷静に考えると色々怪しい逸話である。二つの国が合体して一つの国に! ……いやそれ言うほど簡単じゃねえだろ。
そもそも悪い魔法使いって誰やねん。
「じゃあ今日はユイと二人だけね」
隣の席で話を聞いていたリンディが、せいせいすると言わんばかりの表情で言う。
ここ最近放課後を使ってやっている、チョコ作りの修行のことを指しているのだろうか。
わたくしは思わず、反対側の隣に座っていたユイさんを見た。彼女もまた、何とも言えない表情でこちらを見てきている。
「マリアンヌさん、これって……」
「ええ。とんでもないやつですわね。ツンツンしておきながらチョコ作りに参加する気満々ですわ、なんならわたくしいなくてもやるって一番モチベーション高いまでありますわよ」
「あ…………ッッ、ちょっ! ち、違うわよ! あんたがいないからって帰ったら負けた感じがするでしょ!?」
こいつ可愛すぎるな。結婚する?
「まあ、マリアンヌさんがいないと色々教えてもらえないですし。今日は振り返りにでもします? それなら男子組も呼べると思いますし」
「軽く流したわねアンタ……まあいいわよ。馬鹿どもを呼んでお茶会にでもしましょうか」
馬鹿ども、と言われたロイとユートは、教室前方で苦笑していた。
ジークフリートさんも含めて三馬鹿と呼んだ方が収まりはいいものの、残念なことにあの人は馬鹿ではない。ちょっと天然なだけだ。
「えー……なんかそれ普通に羨ましいのですが? わたくしだけあのジジイに呼び出されてユイさんとリンディのお菓子食べられないの、普通に嫌なんですが?」
「不敬罪になりたくなかったらさっさと行ってきなさい」
「直接ってことは、結構大事な話かもしれませんし」
しっしっと手で払ってくるリンディと、微かに不安そうな表情を見せるユイさん。
言われてみればアーサーから直で呼び出しを食らうなんてめったにあることじゃない。それなら、ますます行きたくなくなってきた。
いくらわたくしが禁呪保有者で大悪魔の因子持ちだったとしても、毎度のように騒ぎの渦中にいるわけじゃねーんだよ。
「ったく、チョコ渡して終わりの平和な一日にすればいいじゃないですか。なんだってバレンタイン近辺でトラブルの気配がするんですの」
マグロ漁が終わってからこっち、大きな戦いは発生していない。
珍しく一か月以上の休息期間に入っていたというわけだ。
このままずっと休ませてくれ。わたくしだって、わたくしに歯向かうアホが生えてこない限りはむやみに拳を振るったりしないのだ。
「はあ……行けばいいんでしょう行けば。まったく。ユイさん、長持ちするやつ作ったらタッパーに入れて寮に持ち帰っておきなさい!」
「はーい」
わたくしは仕方なく、本当に仕方なく、カバン片手に席から立ちあがった。
向かう先は王城、アーサー・シュテルトラインの居場所。
もうこのまま反乱起こして攻め上がってやろうか。やんないけど。
何事もなければいいんだけどどうせ何事かあるんだろうな、もうあるとかないとかじゃなくて、ありすぎてるんだろうな。
チョコと人生は甘めに限りますな。マリアンヌでした。
◇
放課後、わたくしは無駄にデケェ王城の中をえっちらおっちら歩いていた。
アーサー相手なので、高層階にある謁見の間まで行かなきゃいけないのだ。
本当に勘弁してほしい。流星エレベーターで天井ぶち抜いて移動しちゃダメか?
「あ、ピースラウンド様、こんにちは」
「どうも」
すれ違う人々が挨拶してくれる。
わたくしのことを知る人間が、学園祭での騎士団との騒動やら対抗運動会でのあれこれやらでぐっと増えた気がする。
王城にも、ほとんど顔パスで入れたしな。
悪役令嬢が王城に顔パスで入れたらダメじゃね?
いや、逆に権力との癒着みたいな感じで、これはこれで悪役令嬢っぽいか?
そんなことを考えながら進んでいるうちに、だんだんと人気がなくなってきた。
入ることの出来る人間が制限されている場所、つまり王族たちが仕事をしている階層である。
流石にお邪魔したことはないが、政務に追われている王子三人の書斎が並んでいる。
一つ一つがちょっとしたパーティーでも開けそうな大きさだともっぱらの噂だ。
まあ、仮眠室とかも兼ねてるってこの間グレンが言ってたけど。
仕事が激務過ぎて書斎で仮眠を取る王子、あまりにも夢がなさ過ぎる。
今回はスルーして、歩を進める。
王子たちの部屋を通り過ぎると、いよいよ他に人気がなくなってきた。
肌を突き刺す冷たい感覚に、我知らず緊張感が高まる。
具体的に言えばちょっと心当たりがあるタイミングで職員室に呼び出された時みたいな緊張だ。
「失礼、呼び出されたので、入っても?」
たどり着いた謁見の前では、扉の前に二人の男性が佇んでいた。
選抜された精鋭魔法使いっぽいな、立ち振る舞いからしてもう強そう。
「念のためですが」
「はーい」
武器の類いがないか、魔法使いたちがこちらの体を軽く確認する。
意味ないっしょとは思うが……必要な手続きってやつなんだろうな。
「問題ありません」
「どうも。アーサー……陛下は何の用事で?」
魔法使いさんたちは一瞬ものすごい勢いで頬をひきつらせた後、顔を見合わせた。
「いやあ、我々も知らないんで……あと、呼び方がちょっと……」
「あ、すみません」
「いえいえ、その、色々聞いてますんで、大丈夫だとは思うんですけど。他の人いるところだと、ちょっと抑えめにしてもらえると……」
めっちゃまっとうな指摘を受けてしまった。
もう説教とかじゃなくて指摘。明らかにわたくしが間違ってるしな。
「はい、すみません……」
俯いてしょげながら、開かれた扉をくぐって謁見の間に入る。
玉座に腰かけたジジイが、偉そうにこっちを睥睨している。
「よく来たのう」
「アナタが呼び出したんでしょう?」
いつも通りふてぶてしい態度だ。見てるだけで腹が立ってくる。
「で、何用でしょうか。前置きとか要らないんで、速く本題に入ってくださいます?」
「それは前置きを言われてからにしてくれんかのう……まあよい」
アーサーが玉座から立ち上がり、窓の外へと目を向けた。
「では本題に入る。他言無用で頼むわい」
あっ面倒事だ。帰りてえー……
「我がシュテルトライン王国は、ほとんどの者が知らんが、大陸最大のクリスタルを製造・保有しておる」
「クリスタル?」
急にファンタジー世界御用達のふわっとワードが出てきたじゃねえか。
ああいや……コメント欄で一回出てきた気がするな。なんか変なエンドにつながるやつ。学園祭が終わった後に出てきたんだよな確か。
ぶっ壊されてどうこう、みたいなの。何だっけ。
わたくしは確認のためにコメント欄を立ち上げようかと一瞬悩み、やめておく。
お父様やナイトエデンは、文字を読めてはいなかったがコメント欄自体は明確に視認していた。アーサーもどうせ見えてしまうだろう。
「大陸最大ということは他にもあるようですが……何です? それ。いかにも大事なものって感じの顔ですが」
「そうだわい。あれこそが、我がシュテルトライン王国が保持する最大の切り札よ」
へぇ~。切り札ってことは兵器なんだ。
ゲームとかで出てくる時は、大体生活を支えるものみたいな扱いなんだけどな。
「なんかビームとか出せるんですか?」
「拡散性を突き詰めた試作戦略兵器第一号……遠い昔、初代国王アルフレッドが自ら造り上げた決戦兵装。クリスタルを介することであらゆる魔法を拡散することができる、例えば単節火属性魔法で大陸を火の海にしたりのう」
「はあ???」
とんでもねー馬鹿兵器じゃねえか!
さすがに自分の顔が引きつるのが分かった。ていうかマジで他言無用過ぎ。
「なんてものを保持してるんですかこの国」
「国王の前で言うことか?」
呆れた様子のアーサーだが、どう考えてもわたくしが正しいだろ。
そんなんだから微妙に外交の場で浮いてんだろ。また戦闘狂の国がなんか言ってるよみたいな扱いを受けてるの、知ってるんだからな。
「で、そのクリスタルがどうしました? 暴走でもするんですの?」
適当に予想を言ってみたが、アーサーは首を横に振った。
「暴走したところですぐに修正できる、それなら随分と楽な話だわい」
「じゃあ奪われるんですかね?」
「おお、流石に勘がいいのう。その通り、近日中にクリスタルを狙ってウルスラグナ一派が蜂起すると分かった」
「……………………は?」
流石に、絶句した。
ちょっと待ってくれよ。
王城まで攻め上がってやろうかとか言ってる場合じゃなかったんじゃん。本当に攻め上がろうとしている馬鹿共がいるんじゃん。
「ウルスラグナって、ナイトエデンが所属している一派ですわよね」
「そなたは現当主と何度か交戦しておったのう。そうじゃそうじゃ、あやつらがようやく蜂起の準備を追えたらしい」
与えられた情報を元に思考が加速する。
今まで、グルスタルクが蜂起し、リョウ一派が教会の内部抗争を起こし、シュテルトラインは立て続けに危機に見舞われてきた。
そう、認識していた。
だが────違うのか。
「今までの争いはウルスラグナが用意した布石……?」
「……! 一瞬でそこまでたどり着くか。ただの馬鹿ではなく戦闘馬鹿なだけはある」
「全然褒めてませんわよねえそれッ!」
褒めとる褒めとる、とアーサーが笑う。
それが誉め言葉なんだとしたらもう人間関係の構築下手過ぎ。
稼げる好感度も稼げねえよ。
「じゃあ陛下、クーデターの情報を事前に把握しておいて、なんでそんなに冷静なんです? もう手を打っている?」
「んー……もう少し早く来るかと思っておったがな、そなたらの働きで随分と遅れたようだ」
わたくしの働き?
なんだろう、何かしたっけな。わたくしの道を阻むやつを殴って黙らせていたぐらいなんだが。
しかし、それはどうでもいい。
というかこのクーデター、起きる起きないはともかくとしてめちゃくちゃ重大な問題がある。
クーデター軍の前に立ちはだかるのが、この最強ジジイであることだ。
「まあ……アナタが何を考えているのかは、分かりませんが」
いつも策謀を張り巡らせてばっかの陰湿ジジイの考えなんて分かるはずもない。
わたくしは腰に手を当てて嘆息する。
「正直アナタが負けるところなんて想像できませんわね。わたくしは助力して、クーデターが勃発した際にウルスラグナ勢力と戦えばいいんですの? だとしたらナイトエデンの野郎はわたくしがぶっ飛ばしますわ。いい加減あいつの顔面にグーを入れたいところでしたし……」
「ん? いや、負け戦を手伝う必要はなかろう」
「負け戦?」
「ナイトエデン相手に、わしは負けるだろうからのう」
…………?
「え? 何て言いました?」
「負けると思うが?」
アーサーは当然のことのように言い放った。
「今回のナイトエデン・ウルスラグナは本物の中の本物でな……いや厳密には偽物なんだが、限りなく本物に近い。初代ナイトエデンに最も迫っているじゃろう」
脳裏をよぎる、あの男の顔。
アブない勢力に所属しているという一点でだいぶん人生を損している、というのが現状の印象だ。
対立勢力のエースというか一応代表? なのは分かっているが。
しかしそれでも、わたくしが全力で敵対する相手ではない、はずだ。
というか強いのは分かってるが、アーサー相手だぞ。
このジジイが簡単に負けを予想しているという状態を、脳がまったく受け付けていない。
「こちらは権能の規模も数も負けている。『全能』はそれを上回る『全能』相手には勝てん。まあ順当に負けるわい」
すっと、体温が下がっていくのが分かった。
間違ってもこの男からは聞こえるはずのない、信じがたい言葉だった。
「ず、随分とハッキリおっしゃるじゃないですか? でもアナタ、強いでしょう?」
「あの男に……『開闢』を十全に使いこなす男に勝てる者など、そうはおらん。確率としてはそなたの方が高かろう」
何言ってんだこいつ。
さっきからマジで、何言ってんだよ。
「シュテルトラインは一度崩れるじゃろう。継ぐならマルヴェリスで決まりだわい、支えてやってくれ」
「さっきから何言ってんですかアナタはッ!?」
丸ごと一つの宇宙を抱え込んでいるはずのわたくしの脳が、まったく事態を把握できていない。
「クーデターの際は、敗走を許す。むしろ迎え撃って勝とうとは思うでない、一度退いて体勢を立て直せ。その際に、そなたが中心戦力となるのだ」
「だから、一回負けることを前提にして、どうして……!」
「分かるじゃろう、ピースラウンドの娘よ」
彼は玉座にもう一度座って、こちらを見た。
その両目に少しだけ、寂しげな、あるいは霞んだ……形容しがたい光が宿っているのが見えた。
「これは、遺言というものだわい」
◇
王城を出て、トボトボと王都を歩く。
行き交う人々の顔は明るい。活気に満ちている。
国王が自ら、いったん国が崩壊することを確信しているとは誰も思っていない。
いやそもそもあの話、わたくしに何故話した?
わたくし以外には誰が知っている?
考え出すとキリがない。
一人、歩き続ける。
あまりに突然の言葉だったし、呑み込めているはずがない。
だからこそ、気配を察知するのが遅れた。
「随分と元気ないじゃないか」
明確にこちらへ投げかけられた言葉だと分かった、人混みの中でも。
わたくしは足を止めて、ゆっくりと振り向いた。
そこにいたのは真っ黒なスーツ姿に、長い金髪の男。
「ナイトエデン……」
どいつもこいつも本当に。
わたくしの都合や気持ちなんて無視して、勝手に顔を出しやがる。
わたくしと彼は王都の真ん中で、行き交う人々の中で静かに視線を重ねる。
バレンタイン当日。
崩壊した王都の中で、殺し合い、すべてをかけて削り合うことになる男と。
片方が死ぬ前の、最後の遭遇だった。
コミカライズ版、先月末に更新されています!
たまたまコミカライズもWeb版もアーサー回みたいな感じになりました
https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686
単行本2巻も出てます
よろしくお願いします




