PART2 チョコレイト・ディスコ
来るバレンタインデー。
わたくしとユイさん、そしてリンディは学校の調理室を借りて顔を合わせていた。
「というわけでチョコを作っていきますわ」
「はーい」
「はあ……」
エプロンを身につけたユイさんが笑顔で拍手して、リンディが嘆息する。
バレンタインを前にして恒例の、調理練習会である。
本番はまた後日やる。今日は試作品を色々と作っていく時間だ。
「別にいいけど、チョコ作るためにわざわざ時間作るの、毎回やってて飽きないわけ?」
例年バレンタインクッキングに付き合わされているリンディが疲れ切った様子で問う。
毎回違うレシピを試したりしているものの、自分での調理そのものをダルがっている彼女からすればいい迷惑なようだ。
「これって毎年やってるんですか?」
「そうよ。アンタがここに来る前からずっと付き合わされてんの」
「へえ……自慢ですか」
「……っ!? ち、違うわよ!?」
目から光を消したユイさんに数歩歩み寄られて、リンディが両腕をブンブン振って否定した。
ロイとは違って完全に意図しない形でのストライク送球である。
ていうか雑談の範疇に地雷が埋まり過ぎている可能性が高いな。
「はいはい、どうでもいい話は置いておきなさい、さっさと始めますわよ」
手をパンパンと叩いて、注目を集める。
「チョコ作りに必要なのはやはり熱ですわ。手早くチョコを溶かして型に流し込み、オーブンなどを駆使して思い通りの形に成型する……この手順を何度も反復して慣れていくことが大事です」
「なるほど……」
湯せんのために用意した鍋を手に取って、ユイさんは一つ頷く。
「熱ですか……」
瞬間だった。
ユイさんの手元で鍋がどろりと融解した。
ていうか反射的にわたくしが宇宙を展開してユイさんと周囲から遮断しなかったら、多分床が融け落ちていた。
「あっ……すみません、ちょっとフレアが漏れちゃいました」
「…………」
「…………」
わたくしとリンディは揃って引いた。
気を抜いたら金属を融かす女、引かない方が無理だろ。
「融けた鍋って修理できる……?」
「これ放置しておくとわたくしたち揃って怒られますわよね、なんとかやってみますわ……」
T-1000と化してしまった鍋を受け取り、わたくしは流星を流し込んで再整形し始めた。
やったことないし全然やり方が分からん。何だこれは。
「す、すみません、ご迷惑を……」
「謝る前にアンタはもっと制御できるようになった方がいいんじゃないの?」
「できないわけではないんですけど、気を抜いちゃってたりするとこういう感じになるんですよね」
「人に向けられてないだけありがたがるべきかしら……」
おっ、なんかいい感じになって来たかも。
明らかに神秘を注ぎ込み過ぎて調理器具としては最強クラスになりつつあるが、まあええやろ。
焦げ付かない鍋ってめっちゃ偉いし。きっと家庭科の先生も泣いて喜んでくれるに違いない。
「ふう……できましたわ」
「アンタ物の修理までできるようになったの? ついでに自分の頭も直しなさいよ」
「張り倒しますわよ」
額に青筋を浮かべて、わたくしは流星鍋を机の上に置く。
やたらと軽いのは架空の質量をxとして、きわめて小さな数字を代入しているからである。
何を言っているのかは自分でも分からん。感覚的にはこういう感じ。
「で、アンタは今年何を作るわけ?」
とりあえず鍋の修理も終わったので、三人で材料を確認する。
お菓子作りに必要そうなものは大体取りそろえたはずだ。
「フフン、今年は五芒星チョコですわ!」
「なんか凄い怨念を感じるんですけど……」
失礼だな。
こう……いい効果があるかもしれないだろ。
「リンディはどうです?」
「私は普通に作るつもりよ。多めに作って個包装で配る予定」
そう言って彼女は三つのチョコパウダーを手に取った。
よく見れば色合いが微妙に違う。
「三種類ですか」
「そうよ」
リンディはチョコパウダー三種類用をすり鉢にあけると、丁寧に混ぜていく。
手慣れているとかではなくプロの手つきである。
あれ? わたくしが付き合わせているはずのこの女、普通にわたくしより上手じゃない?
「二種類だけだと風味の尖り方で食い合わせが悪いんだけど、ミソはこの三つ目ね。緩衝材みたいに働いてくれるのよ。アンタの私生活に最も必要な存在でしょ?」
「……? リンディのことですか?」
「仕方なくやらされてるだけよ!? 必要か不必要かで言ったら──」
「まあ、必要ですわよねえ」
当然の事実を述べると、リンディは顔を真っ赤にして口をパクパクと開閉させた。
背後でユイさんの方からじりっと熱を感じたが、今回ばかりは制御できていると信じよう。
物理的に太陽の女、今までよりも格段に扱いがダル過ぎるな……まあユイさんだしいいか。
「そ、そんなこと言われたって……」
何やらぶつぶつ言いながら、リンディの手がさらに加速していく。
パウダーを伸ばしていくようにして生地の形へと移行し、チョコレートの香りを立てていく。
手つきによどみはない。明らかに、昨年よりもレベルアップしていた。
「…………」
「何よ、そんなにじっと見てきて」
「アナタ、わたくしの知らないところで練習してません?」
「そそそそそんなわけないでしょ」
馬脚を露したな。
ノー勉で成績がいいのは高校一年生までだ。大学受験には通用しねえ。
お前の手つきにはチャートを何周もしている凄みがある。
図星だったのだろう、リンディは目を泳がせながらも作業をスピードアップさせる。
わたくしはユイさんと視線を重ね、二人そろって肩をすくめた。
この中で最も隠れて勉強しているとしたら間違いなくこの女だしな。
「にしてもパウダーを……なるほど、根本的に違うものでも、二つなら喧嘩をするけど三つなら調和する……新フォームに使える気がしますわね、その発想」
「アンタにそういうヒント本当に与えたくないんだけど!?」
リンディは悲鳴を上げて、わたくしから守るかのようにボウルを抱きかかえて隠した。
「気を抜いたらなんでもかんでもヒントにして! それで変なことしたら私のせいなのよ!?」
「変なことってなんですか変なことって」
宇宙に新たな概念を与えて神秘を創造していると言ってくれよな。
わたくしisGOD。
「ユイさんは?」
「わ、私はこういうの初めてなので……簡単って聞いたから、生チョコっていうのにしようかなと」
「なるほど、いいんじゃないですか」
もちろん当日まではもたないが、練習にはちょうどいいだろう。
見た目がおしゃれな割には、意外と作るの簡単だしな。
「シンプルで作りやすいですし、時間が余れば一緒にパウンドケーキでも作ってみますか」
「パウンドケーキ……?」
「ふふ、まあ作ってみてのお楽しみです。多分食べたこともありますわ」
目を丸くするユイさん。
これで立場は教皇っていうんだから驚きだ。
「じゃ……リンディに置いていかれないよう、わたくしたちも作業を始めましょう」
「はいっ!」
「とりあえず踊りますか」
「はい?」
パチンと指を鳴らせば、調理室に音楽が流れ始める。
わたくしの周囲に顕現した流星ビット……ではなく流星スピーカーから流れる、サイケなBGMだ。
「え、これなんていう曲……?」
「フリーBGMサイトから引っ張ってきました」
「何から何したって?」
厳密に言えば覚えてるフリー音源を気合で再現した。
まあ異世界だし歌詞使ったら取り締まりに来るような怖い団体もいないんだけどな。
毎晩自分の部屋でガンダムシリーズの主題歌を歌ったり歴代仮面ライダーの変身ポーズを取ったりしているわたくしからすれば、こうしてかつていた世界を思い出させる代物に触れることは大変健康にいい。
「さあ! お菓子作りの前にまず踊りますわよ!」
「は? 踊るわけないでしょ」
「いいえ躍るのが先ですわ!」
目を見開いてドン引きするリンディの手からボウルをひったくり、ふんわりと流星ラップをして机に置く。
これで両手はフリーだ、踊れるな。
「さ……さっきから何を言ってるんですか?」
ユイさんの疑問に対して、わたくしはポケットからサングラスを取り出しながら告げる。
「わたくしがレーザービームのように生きる最強の令嬢だから、ですわ!」
「答えになってないですよ!?」
「答えになってないんだけど!?」
さあ、フロア熱狂の時間だ!
◇
女子三人が調理室を借りているという話は、朝の段階でクラス全体が知っていた。
参加したがる生徒もいるにはいたしマリアンヌは歓迎の姿勢だったが、マリアンヌ以外の全員が暗黙のうち参加はしないと決めていた。
というのも、これはユイの立場が冬休み前と後で大きく変わったことが理由にある。
今までは庶民出身の一般生徒だった彼女が、気づけば現教皇になっていたのだ。
即ち、冷笑的に揶揄される境遇にあった彼女は一転し、魔法使い勢力に入っている者からすれば絶対的な不倶戴天の仇となったのである。
ジークフリートはユートだけでなくユイの護衛も管轄し、また動員される騎士の数も増えている。
魔法使いの学園に騎士がいること自体が不愉快だという声は、ジークフリート以外のメンツは潜伏の形をとることで一応の決着を見た。それでも火種はそこかしこに点在する。
元々マリアンヌたちが所属していた一年一組は、まあ……言ってみればマリアンヌグループが起こす騒動やら何やらを受けて感覚が完全に切り替わっているので、騎士と魔法使いの対立? あったっけそんなの……そんなことよりジークフリートさんカッコいいよな! 新刊はこれ(夢小説)で決まりだ! みたいな連中ばかりになっている。
それはユイにとっては救いだったし、クラスメイト達にとっても救いだった。
(はっきりって、今のタガハラ嬢相手に暗殺が上手くいくとは思えない。正面からオレが殺しにかかっても死なないんじゃないか。だから、最も恐ろしいのは……)
調理室の外の廊下に佇むジークフリートは、腕を組んで顔を伏せる。
(タガハラ嬢への嫌がらせを、マリアンヌ嬢がいるタイミングでやられること。これが一番まずい。考えたくもない)
単なる嫌がらせへの報復として物理的に天が割れる可能性すらある。
今までよりもいっそうユイを溺愛するようになっているマリアンヌを見ていれば、これが自分の考え過ぎだという指摘が余りに楽観的であると断言できる。
(故に、しばらくは徹底的に護衛することになる。クラスのみんなにも説明し、了承してくれてよかった)
すっかり顔なじみとなった一組生徒たちは、ジークフリートにむしろねぎらいの言葉や、手伝えることがあれば言ってくれとまで告げていた。
いい子たちだ、未来の光だ、そう騎士は思わず笑みをこぼす。
──いやいやいやいやいやあなたがユイさんを庇って嫌がらせを体で受け止めたりしたらピースラウンドさん2倍キレて学校消し飛びますからね!! そりゃ手伝いますよ!!
という生徒たちの内心の悲鳴は、無論届いていなかった。
「とはいえ、流石に三人でいることが分かっていれば何事もないか」
廊下に近づいて来る人影は先ほどからまったくない。
今日ばかりは骨折り損で終わってくれるだろう、と騎士は息を吐いた。
それからすっと、視線を横に向けた。
綺麗に磨かれた廊下に座り込む形で、調理室の外を陣取っている男子生徒が二人。
制服の上にマントを羽織った貴公子、ロイ。
改造学ランを身にまとった第三王子、ユート。
まずジークフリートは、正座して目を閉じ、何かを口へと運ぶジェスチャーを繰り返しているロイを見た。
「ミリオンアーク君、何をしているんだ?」
「マリアンヌからもらったチョコを食べているんです」
「いや、そこにチョコはないが」
「あるんですよジークフリート殿……この場に物質的なチョコがあるかどうかは、些末な問題なんです」
「いや……えぇ……?」
ほとんどトランス状態に近いロイの姿に、ジークフリートはドン引きした。
いつも通りと言えばいつも通りかもしれないが、王子様顔でこの気色悪い言動をされることに慣れたりはしない。むしろ見るたびに悪化している気がする。
「あー……ミリオンアーク君は、元気そうだな。それに比べてユート、随分としょげているじゃないか」
とりあえずすぐそばに座っているユートへと水を向ける龍殺し。
しかし隣国の第三王子は憮然とした表情で腕を組み、かなり機嫌の悪そうな様子だった。
「何かあったのか」
「まあな」
あまり見たことのない様子を訝しむ騎士に、王子が肩をすくめる。
「マリアンヌのやつが言うには、俺は陰キャ? ってやつらしいんだが」
「……細かい意味までは把握できないが、あんまりいい意味ではなさそうなのだけは分かるよ」
「陰キャはバレンタインと縁がないんだから、このわたくしからもらえることを光栄に思えって言われたんだよ」
のろけか? とジークフリートは聞き返しそうになった。
顔にも声にも出さないが、かなり気分を害した自分を自覚している。
しかしユートの表情からして、これは自慢話ではないのだろう。
「それがどうしたんだ。お前としては、嬉しいはずだが」
「冷静に考えてみろよ。バレンタインってのは、大昔の戦争の終戦記念日だろ?」
「ああ、オレもそう習っている」
「なんで好きな相手にチョコを贈るんだよ。おかしいだろ。何一つとして理論が成立してないぞ」
自分は正しいことを言っているという友達の顔を見て、ジークフリートは眉間をもんだ。
マリアンヌの言葉の意味が分かった。こんなひねくれた考えを大真面目に口にするぐらいなら、確かに彼女のチョコに大喜びしていた方が百倍ぐらい健全だ。
結果としては想い人からのチョコレートを想像から錬成する男と、バレンタインに拗ねまくっている男がジークフリートの前には並んでいた。
これでシュテルトライン王国でも上から数えた方が圧倒的に早い異常戦力メンバーなのだから始末に負えない。
「あー……」
頭をかいて、ジークフリートを数秒唸った。
「今の君たちは……その……」
彼にしては珍しく言いよどむ姿に、ロイとユートは眉根を寄せる。
さらにはしばらく悩んだ末、紅髪の騎士が首を横に振ったのだ。
「……いや、世の中には言わずともいいことはある」
「よせよジークフリート、俺たちはダチだろ。正直に言ってくれ」
らしくない姿に、ユートは真剣な面持ちで言葉を促した。
目に見えて躊躇しつつ、
「……今の君たちは、かなり気持ちの悪い童貞だと思う」
「想定の百倍ぐらい強い言葉が来た」
ロイが胸を押さえてうずくまった。
あまりの破壊力に、客観視を得意とするユートですら苦悶に顔を歪ませている。
「だが、気にすることはない。それくらいの年頃なら、バレンタインの時に非常に気色悪くなるのは風物詩のようなものだ」
「じゃあジークフリート、お前はこのバレンタイン、昔はどういう感じだったんだよ……!」
せめてもの抵抗に、ユートは騎士の恥ずかしいエピソードを暴露させようとする。
かなり情けない姿に仲間であるはずのロイすら白い目を向けた。
バレンタインの話と聞いて、ジークフリートは腕を組み数秒考えこむ。
「いや……恥ずかしいことに、オレは昔、バレンタインというものをいまいち知らなくてな。チョコレートを贈られても、騎士学校のみんなに、頂き物だから一緒に食べようと誘いをかけていたんだ」
『うわぁ……』
天然モテ男のエピソードをぶちかまされて、二人は渋い声で呻いた。
「流石にみんなに怒られて、きちんと一人で食べたよ。普段はお調子者だった同期のやつまで、完全に無表情でオレに引いていたからな……今思えば、オレもオレが信じられん」
「それはよかったですね……でもこれ、恥ずかしさのベクトルが違いませんか? 僕らはますますみじめになっていませんか?」
「腹立ってきたな。試作品もらおうぜ」
いうや否や、ユートは立ち上がって調理室のドアに手をかける。
「入っていいんですか?」
「二人なら問題ないだろう。というか君たちが廊下が待機してたのが不思議すぎるぐらいだ」
護衛である騎士の了解も得たので、ロイとユートはにっこにこの笑顔で調理室のドアを開けた。
そこは宇宙だった。
暗闇の中で眩い光が走り、聞いたこともない音楽が爆音で鳴り響いていた。
マリアンヌの宇宙を調理室に沿う形で展開することで外部と遮断していたんだろう、とすぐジークフリートは理解した。
それ以外のことは何一つとして分からなかったが。
よく目を凝らすと、女子三人はチョコ作りを完全に放棄して踊り狂っていた。
どこから取り出したのかも知らないが、揃って真っ黒なサングラスをかけ、調理室に流星ミラーボールの光を展開させて踊りまくっている。
多分放っておいたら本当に踊り明かすんじゃないかというぐらいのノリだった。
「…………」
「…………」
「…………」
ユートは黙ってドアを閉めた。
それから、助けを求めるように、縋るかのような視線をジークフリートに送った。ロイも同じだった。
こんなところで大人としての役割を求められたくなかった、と騎士は内心で嘆いた。
しかし、そんなことを言っている場合ではない。
たっぷり十秒ぐらい悩んで、彼は言葉を絞り出す。
「あれが無理なのだから、オレたちは揃って陰キャということでいいんじゃないか?」
「その説に賛成です」
「だな。ロイ、メシ食って帰ろうぜ」
とぼとぼと立ち去っていく二人の背中を見送った後、ジークフリートは嘆息した。
教会の礼拝にダンスが取り入れられたりしたら嫌だなあ、と少し心配になった。
コミカライズ版単行本の第2巻が本日発売です!!!!!
どうぞよろしくお願いいたします!!
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↑合わせて一迅プラス様にて連載中のコミカライズ版が更新されています
番外編、ジークフリートさんの1日です
中隊長大変だね…たいへ……いやこれサラリーマンなんじゃないか…?みたいな話です
良かったらいいねよろしくお願いいたします!




