PART1 閃光少女
星々が無数に煌めく宇宙の真っただ中である。
通常なら無重力空間に投げ出され浮遊するしかないところ、不思議な引力に守られ、わたくしは透明な地面の上に佇んでいる。
周囲にはこちらを取り囲むような形で並ぶ机や椅子。
どれもわたくしより高い場所に置かれ、座っている宇宙人間たちがこちらを見下ろす。
その中の一体、背中に弓矢を背負った存在が片手を挙げた。
『それでは体内宇宙合同全マリアンヌ会議を開始します』
「なんて??」
わたくしは被告人や証人が立たされる場所に突っ立ちながら、愕然とした。
目が覚めたらこれである。ルシファーの野郎に呼びつけられる時とどっこいどっこいだ。
「これは……どういうことですか」
『マリアンヌ・ピースラウンドの内部に発生した宇宙を構成する諸要素同士で、整合性を取りつつ秩序を再形成するのが本会議の目的です』
普段通り、エーテル仮定領域を通して未知の言語で語り掛けてくるサジタリウスさん。
口調は優しいものの、聞いてるこっちの頭がおかしくなりそうな説明だった。
「マジ何言ってんですか。ていうか知らない人めっちゃいますし」
見渡せば、恐らくわたくしの宇宙の中にいるのであろう存在たちが揃って席に座っている。
その中でも異質な存在感を放っている、一人の宇宙人間が目についた。
「アナタは……スコーピオンさん?」
見た瞬間、直感的に把握した。
まだ見ぬスコーピオンフォームを担当しているのであろう、邪悪な気配を漂わせる宇宙人間。
そいつは地獄兄弟みたいなギプスをつけ、椅子に座ったまま一言もしゃべっていない。
「その姿は一体何を……」
『馬鹿な真似が出来ないよう自分自身を罰している』
「えっ何それ? ヤバ……」
完全に矢車さんじゃねえかよ。
なんでわたくしの宇宙の中に矢車さんがいるんだよ。
問い詰めようにも、彼はこちらを一顧だにしなかった。
『それでは会議を開始します』
サジタリウスさんがそう告げると同時、目の前に映像が映し出される。
それは記憶喪失の純情可憐な少女が、運命的に出会った少年と共に暮らし、人々を関わっていく光景だった。
わたくしがマリアとして行動していた時間の映像である。
『マリアンヌ・ピースラウンドは記憶を失い、シュテルトライン王国の教会に対して攻撃的活動を行う一派に拾われました』
そうそう、超巨大雪だるまで王城を攻めようとしたらロイに破壊されて、そのまま地面に落っこちたんだよな。
で、記憶を失ったわたくしはリョウという少年に拾われた。
彼はかつてユイさんと共に、カルト教団にて無刀流を習得し、人間の壊し方を習った、いわば彼女の弟分だった。
リョウ率いる一味は、クリスマスの大礼拝を舞台として、次期教皇がユイさんとリョウどちらになるかという戦いを仕掛けた。
結果として勝負はユイさんの勝利に終わり、教皇となった彼女はリョウ一味もまた、教会勢力へと組み込むことを決定した。
ここは完全な大団円である。
『シュテルトライン王国内部の勢力争いは、我々には関係ないので割愛します』
「あら」
わたくしとしては一番大事なところだったのだが、全カットされてしまった。
まあこいつら、記憶ないわたくしが強盗事件に巻き込まれた時、わたくしに危害が加えられそうになったら普通に顕現してきたからな。
あれわたくしが止めてなかったら、王都をちょっと蒸発させてたんじゃないの?
『我々はその際、七聖使が一席である『大和』と協力して、『混沌』と二度目の交戦を行いました』
サジタリウスさんが淡々と事実を羅列していく。
リョウ一味を率いていたのはリョウだが、そのリョウと共に暮らしていたのは、カルト教団で彼に教えを施していた男、ジン・ムラサメである。
無刀流宗家である彼は、同時に他人の悲鳴や苦痛を食事のように摂取しなければ気が済まない人格破綻者でもあった。
彼は今回、姉弟のように互いを想っていたユイさんとリョウを殺し合わせることに楽しみを見出していたらしい。
そんなジンが狙っていたのは二人の殺し合いだけではない。
教会の頂点に君臨する教皇が代々受け継いできた権能、『大和』の奪取である。
実際に一度は彼が完全な支配下に置き、その力を用いて騎士団相手に暴れ回った。甚大な被害が出なかったのは奇跡に近い。
だが──我らがユイさんは『大和』を奪い返し、七聖使としての完全覚醒を果たした。
素晴らしい。流石。本当に流石としか言えない。
彼女が覚醒した瞬間って本当に宗教画なんじゃないの?
あっ教皇だからマジで宗教画になっちゃうのか……
なんにしても、教会地下区画での戦闘は、ジンさんにユイさんが勝利した。
しかし本番はそこからだった──ジンさんが協力関係の一環として、ナイトエデンの野郎から貸し出されていたという『混沌』が暴走して顕現したのである。
あの野郎、ロクでもないやつにヤバい権能を貸し出しやがって。どういうつもりなんだよ。
『問題の一つはここです。我々の宇宙はただでさえ急速に展開され、一つの宇宙として確立していました。しかしそこに、太陽の概念が持ち込まれたのです』
「え、元々はなかったんですか?」
『存在しましたが、あくまで一つのパーツでした。外部より共有された太陽の概念はこれよりもはるかに強固であり、我々の世界に存在する太陽を上書きする形で収まっています』
あ、一応受け取りには成功したのか。それはよかった。
『過負荷に耐えつつ演算は完了し、太陽は新生しました。我々は以降、問題なく太陽の恩恵を享受することができるでしょう』
「はえー」
『……ですが同時に、太陽よりも大きく、そして根深い問題も発生しています』
そこで言葉を切って、サジタリウスさんはじっとわたくしを見つめた。
ん、なんだ。まさか見惚れてるのか?
『我らが母にして我らが唯一の信奉先。あなたはこの一連の騒動、どう思いましたか』
「どうって……かなり当事者だったんですが……」
腕を組み、唸る。
大半はマリアとして活動していたからなあ。
「まあ、マリアだったときは結構楽しかったですわよ。新鮮でしたし、周囲の人々も良い人ばかりでしたから」
マリアとしての記憶、あの狭苦しいアジトで暮らしていたころを思い返せば……驚くほどに、楽しい思い出が多かったのだと痛感する。
「それでも、わたくしの居場所は別にあります。ユイさんが、ロイが、みんながいる場所ですわ」
──口にしてから、ハッと理解した。
「……なるほど。今のが必要だったのですね」
『ええ。単なる言葉以上に、あなた自身の発言は我々にとって大きな意味を持ちます』
この謎極まりない会議は、自分を再定義するためのものだったのだ。
マリアという人格を融合させた今、ジェミニの時とは比にならないぐらいの負荷がかかっていたのだろう。
「だったら最初にそう言えば……まあ、それはできないということなんでしょうけども」
わたくしは、わたくしを取り巻く各人の中でも、最上段の隅っこにひっそりと座る彼女をチラ見した。
彼女は、わたくしが浮かべないであろう優しく儚い笑みを浮かべた後、丁寧に頭を下げてくる。
誰かを──彼女にとって、短い間でも確かな弟分だった少年を、よろしく頼むと言わんばかりに。
これが赤の他人だったら自分でやれってぶん殴るところなんだけどなあ。
一応わたくしだし、そういうわけにはいかないか。
「ったく、仕方ないですわね。貸し一つですわよ」
指さしてそう告げると、彼女は嬉しそうに笑みを深める。
顔のパーツは同じなのに、こうも受ける印象は違うんだなと驚きしかない。
「それはそれと……あの仮定惑星摂理っていう技、再現しようとしても全然できないんですけど。あれどうしたらできるんですの?」
問い詰めようとするも、だんだんと視界がぼんやりしてきた。
宇宙人間たちのいる場所から、わたくしの意識が退去し始めている予兆だ。
「はあ!? ちょっと!? 追い出そうとしてますわよね、やること終わったからって即座にポイしようとしてますわよねえ!? 主人格はわたくしなんですけど! この宇宙の創造神にして唯一神たるわたくしの意識を外にポイするなんて到底許されない愚行ですわよ!?」
『やられる寸前のラスボスみたいでウケますね笑』
サジタリウス、テッッメェ!!
いやちょっと待ってくれよ、マジで知りたいんだよコツをさ。
『……マリアンヌ・ピースラウンドさん』
「あ、分かってくれましたかサジタリウスさん」
『今、大いなる危機が訪れようとしていることを、我々は予期しています』
違うじゃねーか! もうなんかシメの言葉に入っちゃってるじゃん!
こいつらといいルシファーといい、なんでわたくしの意識を呼びつけるだけ呼びつけて、あげくの果てには最後に意味深なことだけ言って追い返すんだ。
もう少しこっちの事情に寄り添ってくれよ。
『ナイトエデン・ウルスラグナこそ、次に対峙する敵です。気を付けてください、彼の権能は我々と致命的なまでに相性が悪い』
「……相性良かった相手っていましたっけ」
『…………』
「…………」
『……次なる戦いに、備えるのです』
「オイ」
ついに視界が閉ざされ、わたくしはわたくしの宇宙から締め出されるのだった。
◇
「ていうことがあったんですわ」
「君それ本当にどうなってるんだい……?」
年明けの教室。
マグロと戦ってわたくしの誕生日パーティーをやった年末年始が終わり、学校は無事に始まった。
こう、簡単に流していい密度ではなかった気がするが。
というかついこの間やったのではなく、なんか二年ぐらい前にやった気がするが。
でも二年前だとわたくしの誕生日をもう一回挟んでいるのであり得ないはずなのだが。
「マグロってだいぶん前に倒しましたわよね」
「はあ? 何言ってんの、あんなふざけたことしといてもう昔のつもり?」
「これは多分あれだろ、終わったことだからって言い訳するつもりだろ」
わたくしの席に集まっていたリンディとユートが文句を言ってくる。
最初に話を聞いてくれていたロイも顔を引きつらせるばかりだ。
「あはは……あれがだいぶん前だったら、私が教皇になってからもうずいぶんたってますよね……」
また、制服姿のユイさんも、いつも通りに可愛らしい笑顔で傍にいた。
現教皇である彼女だが、神父たちの取り計らいによって、年が明けてからは今まで通りに学校に通えている。
なんでも死ぬ気で、なんとしてでも彼女に学校を卒業するまでは普通の暮らしをさせようと教会内部の意見が一致したらしい。
新参であるリョウ一味もその方針に(主にリョウが目を血走らせる勢いで)強い意欲を見せたことで、他部署の連中とぐっと連帯感を持ったんだとか。
「いい意味で人々の中心にいる人ですわね、アナタは」
「??」
わたくしは彼女の頭をよしよしと撫でた。
目を白黒させたユイさんは、よく分からないけど撫でられてるのはヨシ! と目を細めてうっとりし始める。
視界の隅でロイが唇をかんでいるのは無視した。お前はどっちかって言うとわたくしを撫でろよボケ。
「ま、とりあえずしばらくは何事もなさそうよね」
「何を言いますかリンディ、たるんでいるのでは?」
教皇の頭を撫でまわしながら──だんだんとユイさんが物理的にふにゃふにゃになってきた、ユートがギョッとする程度には柔らかくなっている──親友に向かって嘆息する。
「アンタが何もしなければ何もないんじゃないの」
「それ言いましたね? もう一回記憶喪失いっときます?」
「絶対に嫌」
リンディは全身を使って拒絶した。
彼女だけではない、ロイとユート、そして瞬時に姿かたちを取り戻したユイさんも残像が出る勢いで首を横に振っている。
「じょ、冗談ですわ。まったく冗談の通じない人たちですわね」
「マリアンヌさん?」
「はい、わたくしが悪かったです……」
ユイさんの口から出たとは思えないほど低く冷たい声に、わたくしは椅子の上で縮こまった。
悪かったとはちゃんと思っているのだ。
「ともかく! まだ1月ですが、既に戦いは始まっているのですわ!」
「何がだよ」
本当に分かっていなさそうなユートの言葉に、肩をすくめる。
「まあアナタのような陰キャには分からないでしょう」
「あったま来たぜ。何だっていうんだよ」
「当然! バレンタインデーですわ!」
わたくしは椅子を蹴り飛ばして立ち上がり、教室の天井をビシィと指さした。
何事かと振り向いたクラスメイト達が反応を示す。
『またピースラウンドさんがイベントに乱心してるな』
『またいつもの発作か……』
『今回は何するんだろうな、王城ぐらいデカいチョコ作るのかな』
『馬鹿やめなさい! あの人が大きなものを作ろうとしたらみんなで止めるって約束したぐらいなんだから、変に刺激しないの』
『チョコ受け取ってくれるかな……ピースラウンドさんとハートセチュアさんの間の空気……』
『関係性が好きってそういう物理的なことは指さないんじゃない!?』
ロクでもねえ反応ばっかりだった。
大丈夫かこのクラス。
「ああ、確かにあとひと月を切ってるんだね」
「もちろんですわ。今年も腕を振るいましょう」
「それは楽しみだ」
既にもらえることを確信している様子で、ロイはゆったりと、余裕たっぷりに微笑む。
チッ……ムカついてきたな。こいつだけチョコ抜きにするか。
「というわけでユイさん、リンディ、今日から修行ですわ」
「修行って、チョコ作りの練習じゃないんですか?」
「こいつは毎年試作品を作ることを修行と呼んでいるわ」
「へ~、頭おかし……凄いですね」
「今なんて言いかけました?」
ユイさんがさっと顔を逸らした。
この子、教皇になってから明らかにこう、わたくし相手にモノを言うようになっている。
正直全然歓迎なんだけど、時々鋭いレバーブローを打って来るんだよな。
「まあとにかく……やりますわよ! 調理室は既に借りたのでクラスの希望者も使ってヨシですわ!」
今回ばかりは、我ながら平和なイベントになりそうである。
ナイトエデンが動くことを宇宙人間たちが予期していたのは気になるが、こっちからできることは少ない。
今はただ、やつの対策戦術を練りつつも、この日々を過ごしていこうじゃないか。
わたくしの今にみんながいて、みんなの今にわたくしがいる。
それだけで、ひたすらに十分なのだから。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。
コミカライズが先月も更新されています、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。
単行本第2巻が近日出る予定ですので、そちらもお願いいたします。
https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686




