PART21 疾走の決着
ユイさんとリョウ、気絶している先生の三人と共に地上へと帰還したわたくし。
大聖堂は色んなものが破壊された影響なのか、デカいステンドグラスから差し込む月の光以外に明かりがない。とはいえ他人の顔が見えないほどではないし、足元に気を付ければ大丈夫だろう。
「おかえりと言う暇もなくトラブルを持ち込まないでくれないか」
地下深くで『混沌』が出てきたからボコしといたよと報告したところ、ジークフリートさんはめっちゃくちゃ重い溜息をついた。
「トラブルが勝手に向こうから飛び込んできたのです。きちんと始末もしましたわ」
「冷静に考えてほしいんだが、大聖堂が半壊した時点で大問題なのに地下深くの太古の聖堂に臨海学校で戦った『混沌』が再顕現し、すべて決着がついたとか言われても我々はどうしたらいいんだ? 情報量が多すぎて処理しきれないぞ」
「……? 喜べばいいんじゃないですかね、わたくしの帰還を」
それはまあそうだが、とジークフリートさんが頭をかく。
周囲の騎士たちも後処理のダルさにげんなりとはしつつも、すれ違いざまにお帰りとか無事でよかったとか声をかけてくれた。
追放志望としてはマイナス5億ポイントぐらいあるなこれ……
「あっそうですわ。いったん今の話は横に置いておきまして」
「置かれると結構困るが、何だ?」
「わたくしがいなくて寂しかったエピソードを5つお願いしますわ」
「……ふむ」
ニヤニヤ笑いながら言うと、紅髪の騎士は腕を組んで唸った。
「君がいない、次にいつ会えるか分からないと考えると……眠るのが難しかった。それと、日常業務の面でも集中を欠いてしまうことが多々あったな」
「…………………………あ、そですか」
「後は警邏中、君が好きそうな食べ物を見つけた時などに──」
「あもういいですいいです十分です!」
心臓ぶっ壊れるかと思った。
顔アチ~。勘弁してくれ。完全に相手間違えたわ。
「ちょっと、こっちには挨拶なし?」
ジークフリートさんの恐るべき攻撃力に冷や汗をかいていると、背後から声をかけられた。
振り向けば疲れ切った様子のリンディとユートが、ベンチだった木片の山にだらしなく腰かけている。その頂点では我が婚約者がそっぽを向いていた。
「ただいまですわ、リンディ、ユート。全部終わらせてきましたわ」
「全部アンタが始めたことなんだからアンタが終わらせるのは当然でしょ」
「あの超巨大雪だるまをどうして止めなかったんだってめちゃくちゃ言われたんだぞ。本当に止めりゃ良かったぜ」
再会の喜びよりは疲労の方が強そうな声である。
何だこいつら。わたくしの帰還だぞ、踊り狂って喜べよ。
「ああそれとユート、アナタの心配は解消されますわ」
「あん?」
「実はわたくし、ユイさんの『大和』とリンクして、超巨大雪だるまの改良案を思いついたのですわ!」
「絶ッッッ対にやめろ」
「『大和』とリンクって何? アンタまた変なことしたの?」
散々な言われようだ。
とはいえ会話しているうちに、二人の表情はほころんだものになっていった。
「ちゃんと帰ってきたっていう一点だけは褒めてやるわ」
「ああ。よく戻って来たな、マリアンヌ」
親友と戦友に改めて帰還を祝福され、こちらも頬が緩む。
ユートが差し出した拳に、こちらも拳をこつんとぶつけた。
「流石にずっとフラフラしてるわけにも行きませんからね。で……」
わたくしは視線を上げて、瓦礫の山に座り込んでいるロイを見た。
「なんでアナタこっち向かないんですか」
「いや別に……」
「まさか拗ねてます?」
「そういうわけじゃ……」
じゃあ何なんだよ。
わたくしは足元で小さく流星を炸裂させて、木材の山のてっぺんまでふわりとジャンプする。
「ちょっとロイ、こっちを──」
至近距離まで近づいてから分かった。
耳まで真っ赤になってる。
「は……? なんで……?」
「いや……マリアンヌだな、と思って……」
こいつ、今更どういう照れ方してるんだ?
「……よかったよ、君と久々に会えて」
「はあ、そうですか」
「それで安心したけど、その……やっぱり君、綺麗だなって……」
「………………ッス」
こっちまで恥ずかしくなってきたので、思わず野球部の後輩になってしまった。
何なんだうちの男子陣は。
「そ、それを言うならロイは本当にロイでしたわね!」
話題を変えるべく、ちょっと声を張り上げてみる。
「……どういうことだい?」
「一応マリアとしての記憶も完全に保持していますけど、普段よりずいぶんと塩対応だった気がしますわ」
これは普通に事実。
他の連中が対応に困ってるシーンをよく見かける中で、ロイは結構すぐに別の人間として対応してきたように感じる。
「単純に記憶喪失になっただけなら別に気にしないけどね……あの時の君は、自分はマリアンヌ・ピースラウンドではないと定義していた。なら別人として扱うというだけさ」
なんてことはない、と言わんばかりに彼は苦笑する。
へー。
「じゃあ別の子からの投げキッスで死んでたんですね」
「…………」
場の気温が一気に下がった。
ていうかわたくしが物理的にも下げた。ワザマエフォームで周囲の温度エネルギーを奪っているのだ。
「良かったですわねマリアちゃんに投げキッスをしてもらえて」
「あ、いや、違うんだ……あれはだね……」
「随分と幸せそうな表情で死んでおられましたし……さぞ可愛かったでしょうねえ、投げキッスをするマリアちゃんは」
こいつは気を抜くとすぐわたくし以外のわたくし(??)相手にデレデレしやがる。お前が真にデレるべきはユイさんなんだよボケ。そこに至るまでの過程としてわたくしにデレるのはいいけど、こうもいい加減だとユイさんを本当に幸せにしてあげられるのかが不安すぎる。
「ねえ、ちょっと二人とも降りてきてくれる?」
冷や汗をダラダラと流しながら『いやでもこれは広義の嫉妬では……? 僕は事実上浮気していないわけだし……』とぶつぶつ言っているロイに対して無言でガン詰めしていると、木材の山をリンディがよじ登ってきた。
「大事な話をしているところなんですが」
「何よ」
「この男がマリア相手にデレデレしていたことに関する処遇です」
リンディは冷たい目でわたくしをじっと見つめた後、ハァと息を吐いた。
「めんどくさ」
「女子が女子との会話中に言っちゃいけない言葉第一位ですわよ!!」
「そんなことより聞いてくれる?」
「流れるように第二位まで叩き込んできましたわね……!?」
たった二言でわたくしから会話の権利を奪い取ったリンディは、聖堂の中央部を指さした。
「決着つけたいから見ててってさ」
死ぬとこ見てての亜種?
◇
半壊した大聖堂の礼拝用空間には、今回の騒動の決着をどうつけるのか、という困惑の空気が満ちていた。
騎士もリョウ一味も顔を見合わせて『で、結局次の教皇誰なんこれ?』と不安そうにしている。
本来ならば『大和』の覚醒者であることが教皇の条件となるのだが、肝心要の覚醒者であるユイが名乗りを上げていない。
だからまだ、次期教皇は空位のままとなっているのだ。
「自分が聖女だーってみんなに加護バラ撒いたら終わりってことか?」
「そのはずですが、そうしていないということは、ユイさんはまだ決めかねている……或いは、これから決めたいんでしょうね」
ユートの問いに応えながら、友人らを引き連れてマリアンヌが人混みをかき分けて進む。というよりも彼女たちの姿を認めて、騎士もリョウ一味の面々もすぐさま道を譲っている。
「あら、マリアちゃん……じゃあ、ないみたいね」
「お世話になりましたわね、ハーゲスさん」
最前列にひょこっと顔を出したマリアンヌを見て、ハーゲスが明るく挨拶をする。
「魔法使いとしての感覚を復旧させてから見ると、アナタかなりの使い手じゃないですか……元軍属ですか?」
「んふふ、それは秘密よ。どっちかっていうとマリアンヌちゃんの方がおっかないわ、そんなにすごい魔法使いだったのね」
見ただけでわかる、自分とは文字通りに格が違う──ハーゲスからすれば、マリアンヌ・ピースラウンドの恐ろしさのほうが目についた。
疑似的かつ部分的な不死性を持っていた現役時代だったとしても、殺し切られていたかもしれないとさえ思った。
「なあ、俺たちってどうなるんだ?」
不安そうな表情でデンドーがマリアンヌに話しかける。
「皆さんはあくまでリョウと共に正式な教皇位争奪戦に参加しただけですから、何かの罪に問われるようなことはないと思いますわ……今までの活動中に犯罪とかしないですわよね?」
「してねえって! いやでも、この感じだと先生は怪しいけどさ……」
首謀者であるジン・ムラサメ──名前と無刀流の宗家だった事実を聞いて、マリアンヌは内心で『超重要人物じゃねえか!』と叫んだ──は既に憲兵団が回収に来たので引き渡している。
第一王子は聖堂内での争いが始まった段階で、既に憲兵団と魔法使いの軍を展開させて大聖堂を包囲していたのだ。
「ただどのみち、外に出る前にケリはつけておかないといけないでしょうね」
そう言ってマリアンヌが顔を横に向ける。
その視線の先には、皆が佇む聖堂の中心地点で向き合う、二人の姉弟の姿があった。
「リョウ、加護なしでやりましょう」
先ほどまでは太陽そのものとして、絶大な神秘を纏っていたユイ。
だが今はすべての権能をオフにしていた。
「……何故だ」
「私は、こんな風にして……選ばれたかどうかだけで、すべてを決めたくない」
最初のフラッグ戦闘では敗北の寸前で邪魔が入り。
地下での果し合いは文字通りに一蹴された。
「与えられたり選ばれたりするのは、確かに大事なことだけど、一番大事じゃないと思うんです。一番大事なのは、勝ち取ることだと思います」
神様に選ばれた特別な存在だから、みんなを率いて前に進めるのではない。
一人の人間として、みんなと同じ存在として前に進んでいきたい。
ユイがその意思を貫こうとするのならば、まだリョウとの決着がついていないことになる。
「だから私は君と、正々堂々殴り合いたい。そのうえで、相応しいのがどちらかを決めたいです」
「……アンタ、殴り合いがコミュニケーションだっていうの、絶対にあそこの頭のおかしい女から悪い影響受けてんぞ」
ドン引きしながらリョウが指さした先では、マリアンヌがリンディから『どうしてくれるのよあれェ!』と激詰めされていた。
かなり言葉を選びつつも、お前ちょっとおかしいんじゃない? と指摘されたユイは表情をムッとさせる。
「悪い影響って言わないでくださいよ!」
「いい影響のつもりだとしたら倫理観まで終わっちまったってことなんだが」
「いい影響だと思うようにしてるんです!」
「ヤバいっていう自覚はあるんじゃねえかよ……」
二人は気難しい時期の姉弟のように言い合いを繰り広げ始めてしまった。
その光景を見て、マリアンヌは(リンディからの説教を聞き流しながら)フッと笑う。
「はいはい、言い合いはそこまでにしておきなさい」
パンパンとマリアンヌが手を叩けば、自然と注目は彼女に集まった。
「ユイさんは改めて決着をつけて、それで次期教皇を決めようと言っているだけです。リョウ、この話はアナタにとっても悪いものではないでしょう。一発逆転の大チャンスですわ。クイズ番組で最後に出てくる100点問題ですわよ」
「言ってる意味は全然分かんねえけど、何を言いたいのかは分かった。つーか分かってるって、受けるよその話」
彼が馬鹿ではないことをマリアンヌはよく知っている。
だから、こうなるだろうとは分かっていた。
「じゃあ観客はわたくしの宇宙で守ります。念のため騎士の皆さんはちゃんと自衛してくださいね。デンドーさんたちは後ろに下がっておいてください」
大聖堂の中心に姉弟を置き去りにして、マリアンヌたちは二人から距離を取る。
「開始の合図はどうします?」
「いつでもいいが……じゃあ、マリアンヌにやってもらおうぜ」
そう言って、リョウは背を向けて歩いている黒髪赤目の令嬢へと顔を向けた。
彼女はいつの間にかコインを指ではじき、宙へと飛ばしているところだった。
えぇ、とリョウが呆れかえる。
話が早すぎますね……とユイが苦笑いを浮かべる。
それから──コインが地面に落ちる。
二人の姿が同時に消えた。
聖堂の壁面のあちこちが砕ける。高速で移動する二人の戦闘の余波なのだろう。
距離を取った観客一同の手前で破壊の痕跡が途切れているのは、マリアンヌが自らの宇宙を展開して皆を守っているからにほかならない。
「……ここからまだ壊れるのか」
ジークフリートの目から光が抜け落ちた。
椅子が宙を舞い、その上で二人分の影が交錯する。
目では追えるけど全部に反応するのは無理だな、とマリアンヌは早々に理解を諦めた。
「これ本当に加護なしでやってんのか?」
ユートが呆れ半分恐怖半分で尋ねる程度には、魔法も神秘も使っていない人間の動きとは到底信じられない光景である。
何せ聖堂の壁を順に伝っていき天井で戦いそのまま落下して同時に逆方向へと距離を取った、というのは分かるが、これを一秒を切り刻んで発生させた一枠の中に圧縮しているのだ。
「あいつが聖女になったら騎士がみんなこういう感じになるのかしら? 貴族院全員発狂しちゃうんじゃないの?」
「流石にあの動きは元々の才能がなければ無理だろう。少なくともオレは無理だ」
リンディのもっともな疑問に、ジークフリートが首を横に振る。
彼で無理なら他の騎士はほぼ無理だろうな、と少しだけロイは安堵した。
「……あ、動きますわよ」
目にもとまらぬ高速機動をぼけーっと眺めていたマリアンヌが不意に言った。
直後、礼拝堂中心で爆音が響き、半ばゴミとなっていた長椅子たちが今度こそゴミになる。
不幸にもその場に置かれていたものが円状に吹き飛ばされた中心点で、ユイとリョウが互いの片腕を押さえつけ合っている。
「アンタが聖女をやる必要なんて──ない!」
「必要かどうかじゃないんです。私は、自分がそうでありたいから望んでいます!」
至近距離で火花を散らしながら、二人が同時に互いの身体へ蹴りを叩きこむ。
激しい衝突音と共に弾き飛ばされ、空中で姿勢を制御して着地。
「思い上がるな、アンタなんかにできるはずがないだろ!」
「できるかどうかじゃない、本当に大事なのは私がどう在りたいかだ!」
「そんなもの──アンタが言うのかよ! 生まれつきの唯一無二が、それ以上を望んで何になるってんだ!」
ユイが発生させた震脚を、リョウが後出しで叩きつけた震脚が上書きするようにして一方的に粉砕する。
「分かってねえだろ! アンタは自分の意思で立つんじゃない、常に誰かに利用されてるんだ! アンタがその強さを発揮すればするほどに、本人じゃなくて力の方が人を惹きつけるぞ!」
「……ッ」
それはユイだって分かっている。
自分の生まれを聞いた以上、誰かの欲望のために生み出された存在だからこそ、分かっている。
「だったら、そんなの圧倒するぐらいに強くなってみせます!」
「まだそんな夢物語を……ッ!」
この分からずやが! と叫んでリョウが神速の踏み込みで間合いを詰めた。
「一ノ型──!」
リョウから繰り出される手刀、完全に虚を突いたタイミング。
防御が間に合わない。かろうじて上体を逸らしたユイだが、その頬がぱかりと裂ける。
(浅い!? 踏み込まされたのか!?)
(ここだ)
鮮血が球となって宙を舞っているのが見える速度感の世界で。
リョウの腕をかいくぐり、ユイが彼の脇腹へと手を添える。
「絶・破」
刹那に放たれるは内部へと威力を浸透させる必殺の一撃。
直撃すれば問答無用で戦闘不能となるそれに対して防御はできない。
リョウは回避以外の選択を選べない。だからこそ、ユイの次の一手が確実に決まる。
(絶・破から逃げた先で二発目の絶・破を叩きこむ。移動先は読める……)
瞬間的に展開されたユイの戦闘理論が、敵の勝ち筋を潰して回る。
だが、リョウはカッと目を見開き。
その場に踏ん張って歯を食いしばり、奥義の直撃を甘んじて受け入れた。
「ごぶっ、うぅぅぅ……っ!」
重々しい破砕音と共に彼の臓腑の底から血がせり上がり、唇の隙間から漏れ出す。
勝負が決したと言ってもいい一撃だというのに、彼の瞳から戦意は消えていない。
(受けた!?)
(受けきれた……ッ!)
掟破りの、無刀流奥義に対して直撃を許容しつつ耐えるという選択。
誰よりも奥義の殺傷力を知るリョウだからこそ、受けてはいけないと分かっている。
だが加護を抜きにした純粋な身体能力のみで発揮される威力ならば、自分の体の筋肉を移動し、臓腑もズラして、致命的なダメージを避けることができる。
(……なるほど、文字通りの、肉を切らせて骨を断つというわけですか)
マリアンヌが感心したように頷く、その視線の先で。
リョウの両腕がブレた。
「無刀流改ッ、徹・螺────ッ!」
至近距離でリョウの独自奥義が炸裂する。
身をよじって回避しようとしたユイだが、体の動きが間に合わない。
(徹・羅の改良型!? もしかして、絶・破を打つと読んで、そこからの動きをすべて読み切られた……!?)
元となった奥義であれば抜け出せただろう。だがリョウが改良を加えたこれは、直接触れずとも視線や呼吸のみで相手の行動を誘導し、発動した瞬間には防ぐ手がない状態に陥っている。
後の先を突き詰めた究極系。
リョウが孤独に研ぎ続けてきた刃が、聖女へと確かに届いた。
「ふ、ぎぎぎ……っ!」
各関節部分に鈍い衝撃が走り、その場に叩き伏せられる。
すさまじい威力は二人の体重を足しても全く届かないほどで、ユイが地面に接触した途端に爆発じみた轟音が響き、床の破片と砂煙が舞った。
「まさか、タガハラ様が……ッ!?」
「落ち着け、まだ終わっていない!」
「さっすがだなあリョウ!」
見守っていた観客たちが驚愕や歓喜を思い思いに口にする中で。
砂煙が晴れた先では、馬乗りになる形で、リョウがユイの体の行動の起こりとなる箇所をすべて押さえ込んでいた。
ユイが差し出した右腕はリョウの腹部に添えられているが、そこからピクリとも動かない。
「み、密着してても打てるやつあったでしょ!? なんで使わないのよ!?」
身動きの取れない、というより抵抗するそぶりすら見せていないユイに対して、リンディが悲鳴を上げる。
それを否定したのは隣に立つマリアンヌだった。
「いえ……多分そういうことじゃないのでしょう。あのリョウが考慮していないはずがない」
「じゃあどうやってんのよ!」
「あのリョウですから……何をしていてもおかしくないです」
「…………え? アンタもしかして分かってないのに声上げた? 普通これ、ギミック見抜いてるやつが説明してくれるところよね?」
「すみません、分かってる感じ出したくて」
もう黙ってろとシバかれるマリアンヌの姿に苦笑した後、リョウは視線を落とした。
キッとこちらを睨むユイ。その瞳に映る自分は、驚いてしまうほどに凪いだ表情だった。
「絶・破は打てない。打つ前に俺が威力の伝導を遮断する。アンタの負けだ」
リョウは淡々と告げた。
人体構造を完璧に把握しているからこそできる絶技。
「俺みたいなガキが対策を練るだけでもアンタに勝てるんだ。もっと多くの大人たちが、寄ってたかって、アンタを利用しようとして策を弄してくるんだぞ。無理だ、そんなの、するなよ。だったら俺が──」
「すごいね」
ぽつり、と。
ユイの唇からこぼれた声に、大聖堂が静まり返った。
「……何、言ってんだよ姉さん。状況が分かってるのか?」
「すごいねって思ったんだよ、リョウは本当にすごい」
「だから、そんな話、今は……!」
「自分にできることを、全部やって。無刀流の使い手として、このレベルに到達しているなんて」
「……ッ?」
ユイの右腕を完全に押さえ込んでいるのは、事実だ。
体のほかの部分だって一ミリたりとも動かせないだろう。完全に詰ませている。
だがマリアンヌたちとハーゲスが顔色を変えていた。
「いいからもう宣言しろ! 自分の負けだって!」
「それは、できないよ」
ユイの瞳に、カチリと焔が宿る。
「今の私は……ユイ・タガハラは、無刀流の後継者じゃない。次期聖女として……みんなと一緒に学園に通って、友達を作って、そしてここにいてもいいんだって思えたユイ・タガハラとして戦うからッ」
だからごめんね、と彼女は謝罪の言葉を口の中に転がして。
「焔矢」
詠唱を撃発させた。
発動した火属性単節魔法がゼロ距離でリョウの腹部に直撃し、文字通りの爆発を起こす。
吹き飛ばされ、床を数メートル転がり、彼の身体は瓦礫の山に叩きつけられてやっと止まった。
「カハッ……」
「私は……入学して、9カ月も魔法を習って、でも単節詠唱が限界だった。それが今の、ユイ・タガハラだよ」
ゆっくりと立ち上がるユイが、掌に展開していた魔法陣をかき消す。
「それでも、他の人から見たらなんにもならないぐらい小さな歩みでも! それが理由で私は君に勝つ! ただのユイじゃない、みんなと一緒にいるユイ・タガハラとしての日々が、私が負けられない理由だ!」
右手で胸を叩いての宣言。
それを聞き──その場にいた誰もが、直感する。
彼女だ。
自分が信仰に基づき行動する組織の頂点。
自分が鎧を纏い剣を振るう理由の象徴。
その座に座る者は、このユイ・タガハラをおいて他にはいない────
「ふざっけんな────!!」
瓦礫の山を吹き飛ばして、激痛に顔をしかめながらリョウが立ち上がる。
「畜生、なんで、分からないんだよッ」
「……リョウ、君は」
「そんなこと、聖女なんて名を背負って争うなんて、あんたに出来るはずがない……!」
その言葉を聞いて、ストンと納得がいった。
彼がずっと何をしたかったのかを、ようやくユイは理解した。
「あんたの存在に、名前なんかないんだ。後付けのユイだけなんだ。だったら、ただのユイでいいだろ、それだけで……」
歯を食いしばり、血を吐きながらも構えを取る。
ジンから教えられたものではない、自分が生み出した無刀流の改良型。
「聖女になるなんて、そして誰かと戦うなんて……そんな悲しくて辛い道をなんで進むんだよ……ッ」
瞳に宿る意思は、嘆きや恐れを塗り固めた悲哀の光。
「そんなことをあんたがするぐらいなら、俺が……ッ!」
誰かを確実に殺すための流派、無刀流。
神速で間合いを詰めるリョウに対して、ユイは動かない。リンディが悲鳴を上げ、ロイが割って入るかどうかを逡巡する。
だがマリアンヌが横に腕を伸ばしてロイを制止した。それが答えだった。
「──私を救おうとしてくれたんだね」
リョウが放とうとした必殺の一撃は途中で速度を失い、ユイまで届かなかった。
身体が限界をとうに超えていることなど分かっていた。それを意志の力で誤魔化していたが──ガタが来た。
崩れ落ちそうになる彼の、ギリギリで喉まで届かなかった貫手を、ユイが優しく握る。
「……違う。俺は、アンタが……あの日々の中で、ずっとつらい目にあってたアンタが、なんで、またって……」
「確かに私、また同じことやってるかも。ふふ……また祭り上げられてる」
「だからっ!」
静かに膝をついたリョウがハッと顔を上げる。
見上げた先で、ユイは優しく、聖母のように微笑んでいた。
「でも、私がどう救われるかは──私が決めます。そして私は……もう救われています」
「…………マリアンヌ・ピースラウンドにかよ」
「そうなのかなと思っていたけど、多分違うんです」
姉の目に宿った気高い光を見て、弟の体から力が抜けていく。
大聖堂のステンドグラスから指す月明かりが、二人を優しく照らしていた。
「私はあの人に直接救われたんじゃない。あの人がいてくれたから、私は私のことを救ってあげられたんです」
リョウの手を優しく握りながら、ユイはそう言った。
「……俺は」
「はい」
「俺も、姉さんみたいに、自分を救ってやれる日が、来ると思うか?」
「来ます。自分を救ってあげるための旅こそが人生だって、今なら分かります」
「…………っ」
その言葉を聞いて、リョウは静かにうなだれた。
顔を上げないまま、彼は大聖堂に響くよう声を張り上げる。
「──俺の、負けだ」
◇
「じゃあ次はわたくしの番ですわね!」
場が凍った。
リョウの敗北宣言、つまりユイさんが勝ったということで、わたくしは意気揚々と二人の元へと歩き出そうとした。
「ちょっ、待っ、待ってくれマリアンヌ嬢本当に待ってくれ」
ガシィ! とジークフリートさんがわたくしを羽交い絞めにした。
「はあ!? 何するんですか!」
「完全にこっちのセリフだ! 何をするんだ!?」
ユイさんとリョウは二人の世界に入っており、こちらには気づいていないっぽい。
今なら不意打ち初動から入れてめちゃくちゃ有利だから時間を無駄にしたくないんだけど、説明が必要なら仕方ねえ。
「ほら、最初に出会った時……入学式のことなんですけど、その時に言ったのです」
『覚えておきなさい。わたくしの名はマリアンヌ・ピースラウンド。貴女がもし、自分の意志を貫こうとした時。或いは天命を理解し立ち上がった時──貴女の障害となる女ですわ』
「というわけで障害になりますわ!」
なんのためにこっちが完全解号を維持してたと思ってやがる。
もうここしかないというタイミングなのだ。ここで負けて追放されるしかねえ。
「やめなさい! 絶対に行かせられないぞこればかりは!」
しかしジークフリートさんは全身からぺかーと加護の光を放ってわたくしを止める。
オイこいつまさか|光輪冠するは不屈の騎士発動してるのか!? っていうか二人の会話を邪魔しようとしてるって理由で悪判定されてるなこれ多分! クソが普段から判定しろ!
「やだああああああ! やりますのおおおおおお! フルスペック『大和』と殴り合いたいんですのおおおおおお!!」
「ダメだろうマリアンヌ嬢! 誰がどう考えてもこれはダメだぞ!」
分かっている!
姉弟が和解する感動のシーンだなんてことは分かっている!
それでも行きたい! 最強なのはわたくしだと証明したい!
「行かせてくださいいいいいい!」
「ダメって言っているだろう!! 行っちゃダメだ!!」
「イキたいんですうううううう!!」
「イクな!!」
ぎゃーすか騒いでいると、人混みを割ってロイが顔面蒼白でこっちに来た。
「なななななななナニしてるんですかジークフリート殿ッッッ!?!?!?!?」
「ちょうどよかった、ミリオンアーク君! 手助けしてくれ、マリアンヌ嬢がイかないように!」
「…………???」
ロイは顔の作画が完全に崩壊していた。FXで全額溶かした人の顔だった。
結局わたくしはジークフリートさんに完全に押さえつけられてしまい、ユイさんが隣にリョウを立たせて次期聖女の宣言をするのを泣きながら見守っているのだった。
ユイさんはそんなわたくしを見て泣き始めていた。あまりにも情けなかったからだろうか、畜生……!
〇無敵 感覚共有
〇無敵 感覚共有は?
〇無敵 なあ
〇無敵 感覚共有お願いします
〇無敵 いくらですか?
〇宇宙の起源 そんな機能ねえよタコ
〇日本代表 お前タイムアウトな
コメント欄はびっくりするぐらいキモかった。
◇
大聖堂地下深く、太古の聖堂──から地下区画を伝って遠く離れた先、王都外周部の排水路。
そこに、マリアンヌとユイの手で砕かれたはずの『混沌』の泥の一部が流れ着き、蠢動していた。
「大悪魔の力を用いず……『流星』と『大和』の力だけでは、完全な浄滅は難しいと思っていたよ」
足音に反応し、泥が隆起して聖像を象る。
外界の視覚情報を得た瞬間に、敵が何者であるかを理解した。
「初めまして……かつてグレイテスト・ワンと呼ばれた存在の一部よ」
『…………』
「まだ逆転できるだろうね、君なら。しかしみんなのクリスマスを、これ以上邪魔させるわけにはいかない。出力全開で、刹那で叩き潰す」
ダークスーツに身を固めた正義の味方が、金色の長髪を翻す。
誰も知らない場所で、善悪が激突する。
「滅相せよ、破魔の鋼──開闢の地平を齎そう」
それは、聖なる意志から力を引き出すための手順をすべて行うことで発動する全開状態。
「我が右手は悪を囁く魔を砕き、我が左手は新たな秩序を祝福する」
それは、単に彼以外知らされていないから使えない、正式かつ正当かつ正義の方程式。
「立ち塞がる者は創世の光を以て塵一つ残さず押し潰し、輝かしい歴史のための犠牲に変えん」
それは、不正を働き悪を成す者相手に、世界を救うためだけに発動する神秘の剣。
「我々が決意することは成就し、歩む道には光が輝くことだろう」
それは、連綿と受け継がれてきた世界を守護するための最終兵器。
「裁きの極光を今ここに──故に悪なる者、照らし上げられ絶滅せよ」
金色の瞳に怒りの炎を宿して。
救世主が輝きで世界を満たす。
「冠絶完了──生きとし生けるもの総てに、光あれッ!」
誰も知らない場所で。
正義の味方は、その役割を忠実に実行した。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。
コミカライズが連載中です、今週更新されています!
良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。
https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686




