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PART19 選ばれた運命

 完全に『大和(ヤマト)』の覚醒者となったらしきユイさんが、全身から太陽フレアの如き神秘を撒き散らして佇んでいる。



〇日本代表 やばい

〇日本代表 泣きそう

〇日本代表 最高

〇日本代表 生きててよかった



 コメント欄は阿鼻叫喚……になってると思ったんだけど。

 なんかうるさいオタクが一匹、ひたすらに泣き叫んでいた。



〇日本代表 このために、あのとき言ったんやなって

〇鷲アンチ テメェふざけんな無敵モード入ってんじゃねえよ

〇つっきー お前の権能が原因なんだよ馬鹿が

〇無敵 ごめんその無敵モードって文字通りの無敵?それとも俺のこと弄ってる?

〇適切な蟻地獄 どっちもだよ

〇無敵 ざけんなボケナス共

〇日本代表 高まり過ぎてJアラートみたいな声しか出ない

〇第三の性別 は?

〇外から来ました 言動が気持ち悪すぎる上に普通に迷惑

〇つっきー うるっっっっっせえ!!!

〇苦行むり なんで担当者が本業ほっぽり出してオタク高まりしてんだよ

〇気持ち良すぎだろ 責任はどうなってんだ責任は

〇生徒会長 責任を負う者について話したことがありましたね(詠唱開始)



 ああ、発狂してるオタクのせいで色んなオタクが便乗してカオスになってしまった。

 こんなに混沌としてたら混沌(カオス)が来ちゃうよ。いや心の底から来てほしくねえけど。


「あれは……私より、ずっと高出力で……なぜ……」


 何はともあれユイさんの晴れ着姿に恍惚としながら心のシャッターを切りまくっている、その時だった。

 権能を奪われた先生がふらふらと彼女に歩み寄ろうとしているのが目に入った。


「おっと、アナタはこちらでわたくしとダンスですわ」


 彼の行く先を遮って、わたくしは横から割って入る。

 もうお前もわたくしも今回は出番ないんだよね。


「……マリアンヌさん。君から見て、私とユイの間には差がありますか?」

「かなり明確に。アナタは間抜けなクズで、ユイさんは最高です」


 ビッ、と親指を下に向ける。

 それをトリガーとして背部に魔法陣を展開、流星の砲撃を叩き込んだ。

 先生は体を微かに揺らすようにして──えっそれどういう動き? 分からんことしないでくれ──回避する。しかし甘いな。


「イイイヤッホォーウ!!」

「……!?」


 砲撃戦を意識させた刹那に距離を詰め、体当たりをぶち当てる。


「ぐっ!? なんですかそのスピードと明らかに壊れているテンションは……!?」

「原作主人公の覚醒イベントの邪魔とか死んでもさせませんわよ!」

「何の話ですか!?」


 聖堂の壁を破壊して、そのままわたくしは先生と二人まとめて、廃棄された地下区画へと転がっていった。

 さあユイさん、アナタのオンステージだ、思いっきりぶちかましてやれ!




 ◇




『……っ!』


 地上の大聖堂においては、既に戦いの音は止んでいた。

 暴れていた天使たちの姿がかき消えて、全員の加護が復活したのだ。

 そう、全員。騎士だけではなく、リョウ一味もまた再び加護の鎧を纏っている。


「どーする? 第二ラウンドかしら」

「いや……やめておくべきだろう。そちらにも、もう戦意を感じない」


 ハーゲスの目の前で、ジークフリートは剣を背にもどす。


「あらあら……いいの?」

「既にオレたちの戦いでは、何も決められない段階に移行しているようだからな」


 大聖堂から地下区画へとつながる大穴へと全員の視線が集まる。

 地下深くから感じる圧倒的な神秘は、地上の戦いは小競り合いに過ぎなかったのだと嫌でも思い知らされるほどだった。


「終わったか、あるいは本番が始まったかだね……」


 剣を納めつつ呟くロイに、ユートが訝し気に声をかける。


「おい、行かなくていいのかよ?」

「いや……もうこれは、彼女たちの戦いだ」




 ◇




 目の前に立つ少女の姿に、リョウは心が折れそうだった。

 太陽の熱と光を全身に纏う天体そのもの──人間が単独で対峙することなど、許されないどころかあり得ない。


「……っ!! 絶・破ァァァッ!!」


 踏み込みで大地を爆砕して、リョウは間合いを殺した。

 戦闘において、速さは重要だ。また別に、鋭さも威力に大きく関与する。

 それらが一級品であるリョウが、戦士として卓越したレベルに位置することは論をまたない。


(見た感じ、神秘を装甲のように纏うタイプの権能! 騎士の加護の大元なんだからそこが変わらないのは論理的に通っている! だったら鎧通しで内部を破壊すれば!)


 リョウの戦闘用思考回路は、普段とまったく変わらず働いている。むしろ普段よりキレはいいかもしれない。

 だが。


 いくら速くても、いくら鋭くても。

 それを理由として太陽は砕けない。


「リョウ……」


 添えるようにしてかざされたリョウの手から、人体を破壊するのに特化した威力が放たれ──蒸発した。


「は?」

「権能を失ったあなたでは、もう、何もできません」


 ユイの冷たい言葉に、思考が止まりそうになる。

 放った攻撃が消えた。何かの異能? 違う、ただ圧倒的な存在によって圧し潰された。


「……っっ!! 烈・嘩!!」


 目にもとまらぬ猛ラッシュが死角を含めた多方向からユイへと襲い掛かり、そして消える。

 二度目ともなれば分かった。


(姉さんが纏っている加護が、接触した瞬間に俺の攻撃をまるごと飲み込んでいるのか!? だが、どれだけの密度があればそんなことを……)


 考えるだけ無駄なのだと、思いそうになる。

 どう考えても自分の何かが通用するとは思えない。何か工夫すれば、何か突破口が見つかれば……いつもなら存在する希望が、見当たらない。


「徹・羅──」


 第三の奥義を発動しようとして、そこでついにリョウの動きが止まった。


(……発動しない)


 徹・羅が他の奥義と違う点は明白にある。

 対象の身体構造を把握して、接触時に意図した動きへと誘導するのが『羅』の動き。

 であるならば、リョウが積み重ねてきた観察眼は、それを見抜いてしまっていたということだ。


 ユイの身体構造を把握できないということは。

 見た目は変わっていないけれど、今の彼女は概念として、人間ではないという事実を浮かび上がらせる。


(何も、通じない)


 愕然とした。

 生きているステージが切り替わってしまっていた。


「……これが、『大和(ヤマト)』の力なんですね」


 呆然と立ち尽くすリョウの前で、ユイは自分の手を見つめた。


 第二天『大和』のフルスペック。

 それは自身を太陽と定義することで生じる、太陽エネルギーの掌握。


 莫大な熱と光。核融合反応。プロミネンスやフレアといった天体現象。

 全てをひっくるめて自分のものとする──人間個人が持つには有り余ると言っていい代物。


「何なんだよ、それは」


 だがその本質は、天体が持つ性質の再現ではない。

 対峙していたリョウは、直感的にその権能の本質を見抜いていた。


「なんでまだ、人の善性なんてものを信じられるんだよ……!?」


 当然ユイも、引き継いだ瞬間に理解している。

 大元の力、つまり何者かによって『大和』という権能が構築されたタイミングではやはり、太陽の熱と光をそのまま攻撃に転用する虐殺用の権能だったはずだ。


 しかし初代聖女はそれを、太陽から降り注ぐ光を使って生きる全生命体とのリンクに読み替えた。

 ユイは今、地上に生きるあらゆる生物とリンクして、それを力に転換している。


(多分、初代聖女様は……こっちで使うことを想定していたんだ)


 教皇もまた権能の幅を理解しつつも、全生命体とリンクできるという特性を利用してその因果に干渉、縁を切断してその人間が今まで行ってきた行為を歴史上から消去していた。

 それはあくまで、初代聖女が育ててきた使用法を反転させた応用に過ぎない。

 本質はやはり──人と人とのつながりを、自らの力に昇華することだ。


「なんで信じられるんだ、という問いに答えます。私は……多くのつながりが、縁があってここにいる。だからこの力は自然です、私が今まで紡いできた縁すべてが、私の力になっている……!」

「違うだろ! 俺たちはずっと光なんか差さない場所にいさせられたっ! 目に見えない形で誰かが支えていたのだとしても、それにありがたみなんか感じるかよ! 感じさせたいなら俺たちを幸せにしてみせろ、じゃなきゃおかしいだろう!?」


 悲鳴と絶叫を混ぜこぜにしたような、聞いただけで胸が痛くなる凄惨な叫びだった。

 リョウには分からない。認められなかった、虐げられる側だった彼は、善なる人々が生じさせる絆なんて代物は、自身の孤独を対照的に照らし上げる目障りな概念だと思っている。

 そしてそれはユイも同じだと思っていたのに。


「……それでも、信じられるっていうのかよ……! なんで! どうして!」


 数秒悩んでから、ユイはへにゃりと笑った。

 仕方ない、惚れてしまったのだからもうどうにもならないと、幸せに諦めている笑みだった。


「この世界の善をすべて背負うような……そんな人を間近で見てきたからです」

「────」


 リョウの思考回路は捩じ切られた。


(そんな理由で、信じられるっていうのなら、なんで、おれは──……)

「確かに、善で吹き払えない悪は存在します。でも悪が善を脅かし、滅ぼすことはあり得ません」


 聖女に相応しき神威を身に纏う少女が、キッとまなざしを鋭くする。


「私たちが、自分の定めた道を見誤らず走り続ける限り。人間の善性が悪性に駆逐されたり、誰かの悪意が世界を覆い尽くしたりするなんて、絶対にありません!」


 堂々たる宣言に、リョウはふらふらとよろめく。

 もう、彼女は別の世界で生きているのだと分かっていた。思い違いをしていたのは自分だった。

 自分がただ、日陰に居座ろうとしていたのだ。眩しすぎる世界に顔を背けて、確かに手は伸ばされていたはずなのに、意地で振り払っていたのだ。


「私の勝ちです、リョウ」


 覆すことのできない勝利宣言が下る。

 だがそれを聞いて、少年がカッと頭を白熱させる。


「まだ、まだだっ! まだだ姉さん、俺はまだ倒れていない!」


 諦めてたまるかと、リョウが瞳に覚悟の炎を猛らせる。

 だが太陽の輝きに比べて、その明かりのなんとか細いことか。

 ユイは悲しそうに首を横に振ってから、刹那のうちに構えを完了させた。



「全身全霊で受け流してください」



 死を覚悟した。

 リョウは一秒後に自分が生きていることはあり得ないと感じた。


「一ノ型」


 放たれるは太陽エネルギーを圧縮した一撃。

 何も考えずに放っただけで惑星の質量をそのままぶつけるに等しい威力になるそれを、ユイは極限まで抑え込んで放った。


「がっ……」


 文字通りの全身全霊で、リョウはその一撃を受け流した。

 受け流し切れなかった微かな威力だけで体が吹き飛ばされ、聖堂の壁に激突する。


「私はもう否定しません。リョウ、だから君も否定しないでほしい……私たちが今生きていること、それだけでもう、私たちは自分を祝福していいはずです」


 勝敗は明らかに決した。

 壁にめり込んだリョウが、がふと音を立てて酸素を吐き出す。

 既に戦闘力は残っていないだろう。


「…………」


 決着をつけたのに、ユイは悲しかった。

 彼がこうなってしまった責任の一端は自分にある。

 だからこそ、彼にとっての明日がよいものになるように、考えなくてはならない。


(……そういえば、マリアンヌさんたちは?)


 戦闘の音が聞こえなくなっている。

 遠い区画まで行ってしまったのだろうか。

 ユイが静かに視線を巡らせた、刹那だった。



「悪役令嬢スマッシュレバーブローパーーーーーンチ!!」

「がああああああああッ!?」



 聖堂の壁がまた外から粉砕された。もう吹き抜けの空間みたいになっている。

 壁をぶち壊して入って来たのは、ごろごろと勢いよく地面に転がされるジンの姿だった。


「……ぐ、がっ!」


 瓦礫の山にぶつかって止まるジンから、ユイは視線を破壊された壁の方へと向けた。

 彼の顔から放り出された丸眼鏡を、遅れてやって来た誰かがバキリと踏み潰す。

 聖堂の中へと入って来た影が、ばさりと長い髪をたなびかせた。


「その、圧倒的な力……神だとでもいうのですか……!」


 頭部から血を流しながら、ジンが膝を震わせながら立ち上がる。

 彼の視線の先で──宵髪赤目の令嬢が、腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。




「神ではありません! 流星ですわ!」




 ◇




 適当に先生をタコ殴りにして、そろそろ時間いいかなと思って聖堂に戻れば、リョウが半分ぐらい壁のシミになっていた。

 エグくてワロタ。弟分にも容赦ねえな、流石は命の軽いゲームの原作主人公。


「終わりましたか?」

「はいっ」


 ユイさんは朗らかな笑みを浮かべて、こちらにぴょこんと飛んで近寄って熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!! アッヅイ!!


「あああああああっづい!! 何!? 何ですか!? 攻撃を受けている!?」

「あっすみません、フレアしまってなかったです」


 フレアしまってなかったですって何?

 危なかった、宇宙を展開していなかったら全身焼けどして包帯ぐるぐる巻きのミイラ人間になっているところだった。



〇火星 これマジで太陽なの?

〇日本代表 当たり前だろ

〇火星 いや肯定ではなく説明が欲しかったんだが……

〇つっきー マジで太陽なんだけど単純に太陽をするだけじゃなくて地上の全生命とリンクして縁全部を威力に転換してるっぽい。めっちゃ手加減しても地球をぶつけるぐらいの威力は出せそうだな……いや、この権能の読み替えはかなり頭いいぞ……

〇鷲アンチ 納得してるところ悪いけど太陽をするって何?

〇無敵 これマジ?権能の規模に対して担当神の知性が貧弱過ぎるだろ

〇宇宙の起源 今日もクソデカいブーメランが飛んでるなあ



 本当に迷惑。

 天体規模の異能をどしどし発生させるなボケ共。


「にしても、派手にやりましたわね」

「あはは……ちょっと加減が分からなくて」


 地下の聖堂はもう見るも無残なほどに荒らされていた。

 長椅子は片っ端から粉砕されているし、戦闘の余波で聖像もいつの間にか消し飛んでいる。床のあちこちはユイさんの仕業だろうけどドロドロに融解していた。


「リョウはともかくとして、先生は拘束しておかなくてはなりませんわね」


 チラリと視線を向けると、彼はわたくしとユイさんをギロリと睨みつけていた。


「それだけの強さ……素晴らしいですね。羨ましいですよ、流石は殺人マシーン」

「違います」


 前歯全部折らないとだめかなと間合いを詰めるよりも先に、ユイさんがこちらを手で制しながら言う。


「前は、ううん……本当はそうなのかもしれません。でも今の私は違います」

「……自分の運命に逆らうと?」

「今の私がどんな存在なのかは……私が決めたいです。もしそれが運命っていうものと相反するのなら、私は運命が相手でも戦います」


 ちょっと、驚いた。先生も目を見開いているが、それよりわたくしの方がびっくりしていると思う。

 ユイさんの意思がなんだかんだで強固なのはよく知っているつもりだった。どうでもいいところで譲らなかったりするし。変なところで意味不明なこだわりを見せること多いし。

 でも、ここまで強かったか?

 ……いや、強くなったんだろう。この戦いを通して。


「そう、ですか。君は……本当の先生を見つけたんですね」

「はい。でも、ジン先生の教えがなかったら、どこかで死んでいたと思います。だから……ありがとうございました!」


 ユイさんが勢いよく頭を下げるのを、わたくしと先生は呆気にとられながら見つめた。


「……ふ、ふふっ。感謝されたのは初めてだよ」


 先生は肩を落とした。

 だけどその表情は、つきものが落ちたように晴れやかなものだった。


「運命は、そちらを選んだ……いいや、違うのかな?」


 彼に視線を向けられ、わたくしは笑みを浮かべて指を振る。


「その通り、全然違いますわ。わたくしたちが運命を選んだのです!」


 完全勝利だ。ぶい!

 まあどっちかっていうとわたくしじゃなくてユイさんの勝利だな。


「……あ、ユイさんユイさん」

「はい?」

「天使って消しておきましたか?」


 そういえば上のこと完全に忘れてたわ。

 ロイたちが負けるとは微塵も思ってないが、既に決着がついているのに上で無駄に戦ってもらっていたら流石に悪い。

 だがユイさんは、ぽかんとした表情になっていた。


「え? あれ『大和』の力で呼んでたんですか?」

「え? 外殻は違いましたけど中身は『大和』ですよね?」

「多分そうです。だから消えたと思うんですけど、単体だとできないというか、こっちで呼んでいたわけでは……」



〇みろっく えっ

〇TSに一家言 おい

〇外から来ました あっ嘘これ俺ェ!?



 ──見落としている、と気づいた。

 二人して言葉を止めて顔を青くした。完全に見落としていた。


「せ、先生! あの外殻はどうやって引っ張ってきていましたか!?」


 先生に顔を向けると、彼は首を微かに傾げた。


「え……ウルスラグナ家が『開闢』の力でエテメンアンキとの部分的なアクセスを可能としているらしくて、そこから『混沌』の一部を転送してもらって、外殻としていたんだけど……」


 その直後だった。

 聖堂のステンドグラスがどろりと溶け堕ちた。


『────っ!!』


 壇上に泥がかき集められていき、奇怪な像を象る。

 頭部と片腕を失った聖像の形を再現しているのだ。


「そんな馬鹿な! もう接続は切ったはず……いいや、エテメンアンキからあふれ出しているのか……!?」


 先生の絶叫が遠くに聞こえる。



『秩序を、破壊すべき秩序を。世界を、まだ終わらぬ世界を確認した』



 知っている。あの時とは違って、最初からこちらの言語にチャンネルを合わせてきているけど、その在り方は何も変わっていない。



『未来を混ぜろ。筋書を破綻させよ──そのためにこそ、私は存在する』



 規模は小さくとも、あふれ出したのは一切手をくわえられていない純粋な状態。

 わたくしは、わたくしたちはこのおぞましき泥の奔流を知っている!




「──『混沌(カオス)』……ッ!」




 ユイがその名を呼んだ瞬間、顕現が完了。

 冒涜の聖像を起点として『混沌』の泥が氾濫し、聖堂を穢していく。

 こいつほんとどこにでも出て来るじゃん。ゴキブリか何か?




 ◇




「先生!?」


 どーすっかなーこれ普通に上の連中と合流しないときついなーと考えていると、ユイさんが悲鳴を上げた。

 見れば先生の姿が見当たらない。呆然と『混沌』を見上げてる間に、泥の中へと呑み込まれたんだろう。


「そんな……!?」

「ユイさんこっちです! ひとまずリョウを回収しなくては!」


 わたくしは壁にめり込んでいたリョウを引っ張り出すと、ビビビと往復ビンタをかました。

 神秘を有さない彼はここにいるだけで危険だ。とっとと逃げてもらわにゃならん。


「おおああっ!? いっだい、何だよ……マリア……っ?」

「起きてくださいリョウさん! あっ間違えた、起きなさいボケ!」

「……っ、そうだな、後者の方がめちゃくちゃ助かるよ」

「え、マゾ?」

「違うに決まってんだろ馬鹿!」

「今わたくしに馬鹿って言いました?」

「あああああああもおおおおおおお話が進まねえ!!」


 よし、意識はハッキリしてるっぽい。


「フーッ、フーッ……で、だ。マリア……ンヌ。こいつは何なんだよ」

「邪神です。先生はこいつの力を間借りしていたんですがさっき飲み込まれてしまいましたわ」

「……そうかよ」


 どうやらもう先生に対する尊敬とかは消え去っているらしく、リョウは鼻で笑ってから退避経路を確認し始めた。

 ひとまずは先生が開けてくれた大穴を地上めがけて駆け上がる感じでいいだろう。

 ただ、ちょっと気になることがある。


「なんか前回よりかなり凶悪になってませんかねこいつ」

「ですよね、私も思いました。場所とか、出現方法とかが違うからですよね……?」


 臨海学校で遭遇した時よりも明らかに純度が高い。出力も根本的に違う。

 前回は枠組みに押し込められての顕現だったが、先ほどの先生の言葉が正しいのなら、エテメンアンキから一部が漏れ出したのだろう。



〇火星 うわこれ出て来る方法としては最悪じゃん! 一番こいつの本質通りの顕現じゃん!

〇外から来ました サーセン



 謝って済むわけねえだろうがよおなあお前よおなあ!


『秩序を破壊せよ』

「ッ! リョウ伏せなさい!」

「……っ!?」


 視線が重なったような気配がした刹那、泥の一部が飛んできた。

 彼の上に覆いかぶさると同時、背中スレスレを『混沌』の攻撃が掠めていった。

 本能が防御を真っ先に拒否した。受けるなと叫んでいた。なるほど邪神というのは本当に人間が触れてはいけないものなんだな、と痛感する。

 ていうか背中がめっちゃ痛い。嘘だろ掠っただけでこれかよ痛い痛い!


「いっだいんですけどお!! もう帰ります!! わたくし帰りますわ!!」


 なんで新フォームで気持ちよくなることもできず八つ当たりに雑魚を轢き逃げしただけでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

 おうち帰る!


「とにかく、ここにいたら危な過ぎるな……!」

「えっちょっなんでわたくしまで!?」

「避難するからに決まってんだろ!」


 リョウは言うや否や、わたくしを引っ張るようにして地上目指して移動を開始した。

 さすがの身体能力だ、地上へとつながる大穴を、微かな凸凹や尖った鉄柱などを足場にひょいひょいと登っていく。こいつ加護なしでも強すぎるだろ……


「──っ!? 姉さんついてきてなくねえか!?」

「まだ下にいますわね」

「なんでだよ!?」


 わたくしとリョウが避難を開始した一方で、ユイさんは動かない。先生を飲み込んだ泥の奔流、その奥にてこちらを睥睨する泥の聖像をじっと見つめている。

 地上への逃走の足を止めて、リョウは眼下の姉へと必死に叫ぶ。


「姉さん何やってんだ、逃げるぞ! あんなやつ放っておいていいだろ!」

「…………」

「──ッ! 何考えてんだよ馬鹿かアンタは!? 行かなくていい、行かなくていいよ姉さん!」


 リョウの悲痛な悲鳴が響く。

 ……あー、なんかこれ、アレか。

 普段のわたくしって傍から見るとこんな感じで馬鹿げた戦いにばっか挑んでんのかなあ。


「リョウ、後はわたくしたちに任せなさい」

「はあ!? あっ、ちょ──」


 わたくしはリョウの腕を振りほどいて地下へと飛び降りた。

 地下区画の最下層である太古の聖堂、ユイさんの隣へと着地する。


「はいはいユイさん、帰りますわよ」

「……ダメです」


 聖堂の中で荒れ狂う泥の奔流を見つめた後に、ユイさんがこちらに顔を向ける。


「一緒に輝きましょう、マリアンヌさん」

「嫌ですが……」


 一緒に輝くって何? 何語? どういうことだよ。


「彼はあなたの人生をめちゃくちゃにした人です。責任を取ってめちゃくちゃになってもらいましょう」

「それは、責任を取ることじゃないですよね?」


 ……わたくしは鉛よりも重い溜息をついてから、頭をかいた。


「助けたいんですか、そこまでして」

「情があるとかじゃないんです。あの人がこのままいなくなっても、私はちっともスッキリしないんです!」


 ユイさんは一歩踏み込んで、わたくしを至近距離で見つめる。


「だから──ワガママ言わせてください、一緒にあの人を助けましょうマリアンヌさん!」


 馬鹿か。あんなもんに二人で対抗しようとするのは間違ってる。

 普通にありえないでしょ。いったん退いて、その間に先生がどうなろうと知ったこっちゃないが、ロイやジークフリートさんやユートと合流した後に全火力をぶつけるべきだ。それで倒せるかも分からんけども。

 ユイさんだってそんなことは分かっているはずだ。分かったうえだからこそワガママと言っているんだ。


 ……ったく。いくら性格最高で美少女だからって調子に乗らないでほしい。

 ここは高貴なる令嬢として、ビシッとユイさんに言ってやらなくてはならない。

 緊張した面持ちでこちらを見つめる原作主人公に対して、わたくしは息を吸ってから、腹の底から叫んだ。




「しょうがないですわねえ!!」




〇トンボハンター バカ

〇一狩り行くわよ 文脈って言葉知らないの?



 ユイさんはわたくしと二人ならできるって思ってる。信じているんだ。

 その信頼に応えず、何が令嬢なものかよ!


「……ッ! ありがとうございます!」

「わたくしの協力を取り付けるところが終着点ではないでしょう。具体的な方策はあるのですか?」

「え……多分私もマリアンヌさんも、出力を最大限に引き上げれば『混沌』が押し付けてくるルールに対抗できると思うんです。だから殴り合いに持ち込めるかな、って……」


 なんて野蛮な発想だ。

 まあ考え方としては間違ってないか。


「二人とも、何して……っ!?」

「ちょうどいいですわね。リョウ、危なくなったら逃げなさい。でもそうじゃなかったらそこで見ておきなさい」

「……何を、だよ」

「この世界には光が存在するという事実をですわ」


 さて、いっちょうやってみるとするか。

 普通に殴り合って……直感的には削り負けしそうなんだよな。わたくしは限りなく無限に近いリソースをフル活用できているが、本当の無限の領域にはまだたどり着けてない気がする。でも、相手は多分、本当に無限のリソースを持っているはずだ。

 ならば質で圧倒しなければ何にもならない。


「ユイさん、ちょっといいですか」

「え、なんです?」

「わたくしと全力でリンクしてください」

「はい」


 ノータイムノーモーションで『大和』の権能がこちらを補足した。


「……拒絶されている気がします」

「あこれわたくしの宇宙が自動で防御してますわね」


 マザマエフォームってわたくしの知らない箇所が無制御で動いてる節があるからな。

 しゃーない、ちょっと詠唱改変してアクセスパス渡してあげるか。


悪行は砕けた(sin break)塵へと(down)秩序はある(judgement)べき姿へと(goes down)……ごぶっ」


 詠唱した刹那、がくんと膝をついて、そのまま吐血した。


「えええええええええええっ!? だ、大丈夫ですかっ!?」


 全然大丈夫じゃない! 負荷が想定の百倍ぐらいかかっている!

 外にあるものを新しく宇宙の中に取り込むってこんなに負荷かかるのかよ! 絶対に今のユイさんの魂の質量がおかしいだけだからな!



〇日本代表 そりゃ無理だろ世界丸ごと一つ飲み込もうとしてるんだぞ無理だって!



 は? 無理? 無理じゃないが?

 じゃあやってやるよこの野郎!!


「ふーっ、ふーっ……」


 肩を借りてなんとか立ち上がり、口元の血を乱暴に拭う。



「──さだめの陽だまりは(vengeance)いつも傍に(is ours)



 完了した直後。

 わたくしのユイさんの間で、バチリと火花が散った。


「……ッ!! これって」

「感じますわね──ユイさん、アナタの心を」


 単なるフォームシフトではない。

 かつてミクリルアと行った深層連動状態(ディープシンクロ)とやらよりもずっと深く、深い場所で、ユイさんとつながっている。



「マリアンヌ・ピースラウンド──ワザマエフォーム・サンライズドライブ」



 お前が七聖使の一席っていうのなら、確かに聖堂で一番偉いのかもしれない。

 だが今は、今を生きる人々が信じるべきは、お前じゃない。


 一度ユイさんと視線を重ねて、強く頷く。

 さあバッチリ決めて、不定形の絶望集積体なんかにはお帰り願おうか!




「わたくしたちが!」

「私たちこそが!」








「「悪役聖女令嬢シャイニー☆シスターズッ!!」ですわッッ!!」








〇第三の性別 なんて?

〇無敵 なんて?

〇red moon なんて?

〇火星 なんて?

〇トンボハンター なんて?

〇みろっく なんて?

〇外から来ました なんて?



「……なんて??」


 頭上から、完全に宇宙猫の顔になったリョウの言葉が聞こえた。

 応援ありがとう!


「ソウルユニゾンとかユナイトとかそういう名前を付けたいですわね」

「よく分からないんですけど、多分それ駄目だと思います」

「チッ。じゃあ連理で」


 改めて二人して並び立ち、『混沌』と対峙する。

 直後、背後に気配を感じた。めちゃくちゃダルいやつの気配だ。ユイさんも顔を引きつらせている。


【フハハハハハハハハッ!】


 はいはい大悪魔ルシファー大悪魔ルシファー。

 新フォーム本当に好きだねお前。


【久しいな、そして流石だなマリアンヌ、まさしく特異点そのもの……! 禁呪保有者と七聖使(ウルスラグナ)の権能を重ねて、ゼロの極点へ手を伸ばすとは!】


 振り向くと、半透明の仮顕現であろうルシファーが哄笑を上げている。

 こいつ、マリアの時にも思ったけどそれっぽいこと言うムーブが板につきすぎだな。


「何言ってるかあんまり分からないのですが、具体的にはどういうことですか?」

【今のお前は電源泥棒だ】


 最悪じゃん。



〇みろっく これ、『大和』の権能を上乗せしたってことでいいの?どれくらい強いの?

〇宇宙の起源 いやヤバいなこれ生命体とのリンク能力を使ってマリアンヌの中の宇宙でリンク広げて使えてないリソース全部引っ張ってこれるなこれ

〇みろっく つまりどういうこと?

〇宇宙の起源 ガメラぐらい強いギャオスが無限に増えてる

〇みろっく 終わりじゃん

〇日本代表 バカ!!!!



 人の強さを怪獣に例えんなよ。戦ったら勝つつもりなんだから。


「大丈夫ですわ、了解は取ってますし」

「は、はいそうです! ちゃんと同意しましたよ!」

【傍から見るとタチの悪い詐欺だな】


 大悪魔にだけは言われたくねえよ。

 ああもう神も大悪魔もうるさいな! 今はお前らに構ってる暇はねえっつーの。


「こんなバカは放っておいて、ユイさん!」

「はい!」


 いそいそとペンライトを取り出し始めたルシファーを意識の外に追い出して。

 わたくしとユイさんは手をつないで、地下聖堂の主のようにふんぞり返っている『混沌』を睨みつけた。


「邪神の一体や二体、さっさと殲滅してみんなのところへ帰りましょうか!」

「マリアンヌさんがいない間寂しかったので……無傷で終わらせて、先生も取り返して! それでしてもらいます、膝枕をッ!!」


 二人でつないだ手を突き出して、全身から神威を撒き散らす。



「「だから──邪神滅ぶべし! 星と太陽の輝きに焼かれて、無為の世界に帰りなさい!」」



 さあ、神殺しの時間だ!






 ◇






────────────────────────

【宇宙中が】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER6【シャイニー☆】

『5,265,284 柱が視聴中』


【配信中です】


上位チャット▼

〇第三の性別 分からないものと分からないものが手を組んじゃった

〇鷲アンチ 知らないローカルヒーロー同士のコラボみたいな感覚

〇遠矢あてお いや……これ……

〇TSに一家言 禁呪保有者と七聖使ってリンクできんの!?!?!?

〇ミート便器 どっちが悪いと思う?

〇火星 元々『大和』が人と人のつながりを司ってるのはかなりデカいっぽいんだよな

〇苦行むり でもまあ結局何が悪いかで言うと明らかに『流星』サイドに責任がある

〇宇宙の起源 謝罪会見を開きたいぐらい申し訳ない

〇気持ち良すぎだろ なんで禁呪保有者と七聖使が手を組んで戦う相手が七聖使なんだよ 勢力図はどうなってんだ勢力図は

〇トンボハンター 勝手に戦え!結果だけ教えろ!

〇red moon いや結果だけは気になってんのかよ

〇一狩り行くわよ このバカげたプリキュアごっこの勝ち負けで世界の行く末が決まるのよね……

〇日本代表 チェキとか撮ってもらえるのかな やばい興奮してきた

〇火星 なんか女児いんだけど

〇つっきー 女児はチェキなんて言わねえ

〇無敵 プラスにマイナスをかけるとマイナスになるんだな

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[良い点] 何人かの脳が壊れるタイプのタッグフォーム 真後ろでみせられる側の気持ちになって いやペンラおじさんじゃない。キミは座ってて。キミ日本文化余計なことしか学んでないからアーマードコアの新作動画…
[一言] 太陽と流星なんて天使と悪魔? 恒星は銀河の一部でしか無いんだから取り込めるのは当たり前だよなぁ 皆城くん謝って
[良い点] 太陽をするとかゆーパワーワード。 頭流星女が宇宙をしてなかったら一生理解出来ないワードだったわ……。 [気になる点] ユイとリンクして心の声漏れてない?大丈夫?アーマードコア6する? [一…
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