PART2 その男、熱く激しく
工房「鉄の馬? いやちょっと何言ってるかよく分からない」
〇red moon できるわけねえだろタコ
〇外から来ました 時代考証無視すんな
〇TSに一家言 三輪車から出直せ
〇無敵 こいつに三輪車は早すぎる
「造れませんでしたわ…………ッッ!!」
四つん這いになって地面に拳を打ち付けるマリアンヌを見て。
ロイたち三人はそりゃそうだろうと肩をすくめていた。
いくら騎士団に特注の鎧や剣を卸している工房だからと行って、マリアンヌが勝手に設計した未知の絡繰を受注してくれるわけもない。
だが転んでもただでは起きないのがこの女。
「それで……これは、代用案なのかな?」
「ええ。仕方ないので馬に装着する用の鎧をいただきました。これで擬似バイクにしますわ」
校舎敷地の片隅に置かれた厩舎と、馬用のグラウンドにて。
マリアンヌは実家から学園に連れてきた、幼き頃より共に草原を駆け抜けた愛馬を見せびらかしていた。
通常の馬のなんか三倍近くデカい真っ黒な馬は目立っていた。持ち込んだときに担当者から『馬……? 馬……なんですか……?』と何度も聞かれていたが、マリアンヌにとってこれは馬である。
「どう考えてもマトモに走れなくなるハズなんだけど……」
「ヒヒンン……! ヒヒヒヒヒンンン……!!」
馬は何故かテンション高く荒ぶり、マリアンヌの頬に鼻を擦り付けていた。
漆黒の外装を身に纏い、自重にも匹敵する重りをつけられて尚、馬は余裕そうに見える。
「確かこの子って、『ヴァリアント』よね。アンタが名前つけてたと思うんだけど」
「ノンノン。鎧を装備した以上、新たな名前が必要ですわ。この状態のこの子の名は『流星号』ですわ」
名前を言い放ち、マリアンヌは颯爽と『流星号』にまたがった。
デカすぎて足下に小さな魔力障壁を配置して階段にしなければならないサイズである。
「では早速試走して来ますわ! まあアナタたちのような下々の民は、そこで指をくわえているとよろしいでしょう」
告げて、マリアンヌはそっと配信を始めた。
そう。今回彼女が行うのは、いわゆるドライブ配信である!
〇ミート便器 えっ、何これは……(ドン引き)
〇第三の性別 馬……馬……?
おののいたような反応を見て、マリアンヌは満足げに微笑む。
背後からロイが制止するのも聞かず、愛馬に出発を命令した。
「さあ行きますわよ、流星号!」
「ヒヒン────!」
前方を指さすと同時。
漆黒の巨躯が、ゆらりと溜めをつくった。その挙動を見た瞬間にロイがすぐ傍の二人を地面に引き倒し衝撃に備える。
流星号が第一歩を踏み出す。地面と蹄が噛み合った瞬間、流星号の全身が加速した。
ドバッ!! と空間の破裂する音がした。
「はブォっ」
Gに吹き飛ばされそうになり、咄嗟にマリアンヌは全身で流星号にしがみついた。
え? 何? と考えようにも、凄まじい風圧に晒され顔を上げることもできない。
とりあえず凄まじいスピードで疾走してるのは分かった。ロック機能のないジェットコースターみたいなものである。
当然、マリアンヌは漏らしそうになった。
「いいやあああああああああ! ぎゃああああああああああ! 助けて! 助けて! 助けて助けてぇ!! やだあああああああああ!!」
〇みろっく 悪魔をしばき国王に怒鳴った女の泣き顔、たまらねえぜ
〇鷲アンチ 丁度切らしてた
〇外から来ました 助かる
「無理無理無理無理無理無理無理」
マリアンヌの気迫に逆比例するかのように、『流星号』が嘶きを上げて加速していく。
もう周囲の光景を視認することもできない。猛スピードの加速が物体をマーブル状に溶かし、草原の翠と空の青が混じりつつある。
「め、『流星号』……! どうか正気に戻ってくださいまし!」
必死の呼びかけを聞き届け。
マリアンヌの愛馬の瞳に、光が宿る。
「ヒヒン! ヒヒ……! ヒゥ……ゥ、ァア」
「『流星号』……!」
「────ゥゥゥッァアアアアアアアアアアアクセルシンクロオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」
「なんて??」
スパートをかけつつ、『流星号』が叫んだ。
〇木の根 漫画版なのかアニメ版なのかハッキリしろ
〇適切な蟻地獄 全然そういうつもりなかったのにギャン泣き顔見てるとなんか変な気持ちになってきたな
〇太郎 わかる
「止まって! 止まってくださいまし! ああもううやだあああ止まってええええええええええ」
マリアンヌが必死に手綱を引いて叫ぶ。
しばし暴走していた流星号だったが、主の声がやっと耳に届いた。
「ヒヒン」
ビタァ! と『流星号』が静止する。余波だけで大地が爆砕し、粉塵が巻き上がった。
当然のことながら、異世界とはいえ人々が重力に引かれて惑星の上に生活を営む世界。
慣性の法則がはたらく。
「はえ?」
びゅーんと自分の身体が天高く吹き飛ばされたことに、マリアンヌは数秒遅れて気づいた。
「ちょっ……! 待っ……!」
風圧に叩かれ頬がぶるぶる震えている。
下を見れば流星号がぽかんとした様子で上を見上げていた。もう校舎が豆粒みたいになっている。
広がる草原。クッション効果は見込めない。
このままだと地面に赤い花を咲かせてしまうだろう。
「ふおおおおんん! 星さん助けて!!」
とはいえマリアンヌも一流の魔法使い。
落下しながらも二節の短縮詠唱を発動させ、温度を極限まで下げた『流星』を落下地点に配置した。
(服が少々焦げるでしょうが、もう背に腹は代えられませんわ!)
落下が普通に猛スピードになってきて、怖くてマリアンヌは目をぎゅっとつむった。
ばさばさと制服がはためき、地面が近づいて。
ぽす、と軽い音。
止まった。
違う。受け止められた。『流星』でない何かに受け止められた!
「──おう、無事か!?」
目を開ければ、知らない男の顔がでかでかと映り込んでいた。
「……ッ!?」
マリアンヌを受け止めたのは『流星』ではなかった。
華奢な令嬢の身体をお姫様抱っこの体勢で抱き留めているその男。
黒のざんばら髪。鋭い眼光。鍛えられた身体は大きく、マリアンヌの知る中ではジークフリートに次ぐ高身長だった。
しかしその男は、何故か学ラン姿。それも赤いアンダーシャツが見えるよう上着を短く切り詰めた、元の世界で言う短ランスタイルだった。
彼は落下地点に配置した『流星』をパンチで消し飛ばした後、マリアンヌを両腕で受け止めたのだった。
〇苦行むり そういえばもうそんな時期か
〇TSに一家言 こうして考えるとジークフリートさんのフライング感えぐいな
「ガッハッハ! まさか空からおなごが降ってくるなんてな、王国はすげえ場所だ! それもとびきりの美人ときたもんだ!」
「あな、たは……?」
「うん? 俺か。俺はユート。名無しのユートと呼んでくれや!」
〇みろっく このタイトルには詳しくない。誰?
〇火星 こいつの本名はユートミラ・レヴ・ハインツァラトス。転校生で、隣国の第三王子で、『灼焔』の禁呪保有者だ
「……へぇあ?」
「あんたの名前は!?」
「え、あ、はい。マリアンヌ・ピースラウンドですわ」
「OKだ、マリアンヌ。どうだ──俺と、友達にならねえか!?」
「…………はい?」
マリアンヌは空から落ちてくる系ヒロインとしてデビューした。