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PART13 反転する祝宴

 建国の英雄の誕生日であるクリスマス。

 それに先駆けて、王立魔法学園各校は生徒たちが自由に参加する立食形式のクリスマスパーティーを開催していた。


 戦乱の時代に幕を引いた英雄へと、厳粛な空気の下で祈りを捧げる大礼拝とは異なり、パーティーは和やかな空気で進んで行く。

 ドレスコードこそあっても、参加しているのは勝手知ったる学友たちだ。

 雇われたウェイターがノンアルコールドリンクを配る中で、次代を担うであろう学生たちが日ごろの苦労をねぎらい合う。


「ウチの屋敷で雇ってる庭師の息子が、若いメイドに懸想してるって話しただろ? この間そいつにメイドの子が獣に襲われる光景を見せつけてやってさあ。ギャハハ! お前らにも見せてやりたかったよ、覚醒して獣を倒すあいつの姿をよ!」

「怖」

「性癖の骨格がバキバキに折れすぎてお前もう別の生き物じゃん」

「やっぱりあの子を幸せにできるのはあいつなんだよな~……俺なんかじゃなくて」

「身を引くときの反動で起こすイベントじゃないだろ」

「一番壊れてるのはお前の人生だけど大丈夫?」


 もちろんパーティーであるからには、そこには男女の駆け引きも生まれる。

 将来的には社交界での活躍を求められる立場である以上、学生時代は練習の場として割り切っている者も多い。

 口説く者、口説かれる者、隙を伺う者、隙をわざと作る者、それらが入り乱れ意思の矢印が交錯する。


「ミリオンアーク君に誘いをかけたいけど隣にピースラウンド様が立っているのがあるべき姿だと思うから声かけたくないしピースラウンド様が不在であることを私と違ってねらい目だと思ってるカスは一定数いそうでそいつらを殺したい」

「こいつ一週間前からこれしか言ってなくない?」

「楽園の守護者はつらいね」


 後々にはプレゼント交換を控えつつも、一同は並んだクリスマス仕様の食事に舌鼓を打ち、中央に建てられた巨大なケーキを切り分けてもらい食べている。

 そんな中でも、生徒たちのざわめきから切り離され、誰も近寄らない場所があった。


「…………」


 パーティー会場の一角にて壁の花となっているのは、次期聖女の席がほぼ確約状態にあると会場の誰もが知っている少女。

 ワインレッドを基調としたシンプルなドレスに身を包み、髪を編み込んだ姿は、普段の快活さとは打って変わって深窓の令嬢と呼ぶにふさわしい気高さと静謐さをあらわにしている。


「パーティーに庶民が参加してるなんて、今年の一年生はカワイソ~!」


 そうして一人で佇んでいるユイ・タガハラのもとに、上級生であるギャルっぽい生徒数名がわざとらしい挑発的な表情で近づいていった。


「……お気に障ったなら、すみません」

「隣に庶民がいる状態で授業受けてるやつらの気が知れないわね」

「え、今マリアンヌさんの悪口言いました?」

「あごめんそっちは無理」


 教会勢力はともかくピースラウンド家に喧嘩を売る訳にはいかないと、ギャルっぽい生徒たちは真顔になった。


「……でさ。結局ピースラウンドってまだ見つかってないの?」

「……はい。気になるんですか?」

「あんたみたいに個人的なつながりがあるわけじゃないけど。こういう風にいなくなってるの、うちの親が心配してんのよ」


 何故──などと疑問に思うこともない。

 次代の魔法使いの中心、貴族院からすれば便利な象徴なのだ。


「ま、なんか分かったらこっち側にも言いなさいよ。教会側で囲っちゃうとかされたら、本気で内戦だかんね」

「……肝に銘じておきます」


 最初にケンカを売ってくるような真似をしたのは、自分が教会とは立場を異にしているというアピールだったようだとユイは納得した。


「バカバカしいでしょ、魔法使いと騎士でいつまでも争ってんのはさ」

「悔しいけどあたしらじゃ何にもできないから……あんたとピースラウンドには期待してんの。こんな時代終わらせてくれるんじゃないかって」


 かけられる言葉に、ユイは口をぽかんと開けた。

 マリアンヌがいないタイミングというのは、彼女の機嫌を取る必要はないということ。

 自分が魔法学園にいられる理由の半分以上はピースラウンド家とのつながり、即ちマリアンヌの庇護を受けているからだと思っていたのだが──


「……いやモーちゃんその言い方だとマジで何もしないやつ」

「はぁ? いやこいつらが大元を作るとか、方向性を示すとかしなきゃ何もできないのは事実でしょ。あ、そういうこと? そうなってからはあたしらも賛同するからね?」


 危うく上滑りして抜けていきそうになったその言葉を、ユイはなんとか捕まえた。


「……ありがとう、ございます」

「ん、今はまだ全然、まあ気にしなくていーから。あ~庶民がいるなんて最悪だわ~」


 他の人々に聞こえるよう付け加えた後、ギャルっぽい生徒たちは会釈して去っていった。

 心配するような視線が突き刺さる中でも、ユイの思考はまったく別のことに渦巻いている。


(……マリアンヌさんがいないのに、私に声をかけてくれる人は、いる。それは私の立場が立場だからなんだろうけど)


 ゆるゆると視線を巡らせると、パーティー会場には正装姿の騎士も複数いた。

 もちろん自分の護衛であるジークフリートは、一定の距離を取りつつも、常に自分の傍へ瞬時に来られるポジションを取っている。

 彼は会話の内容を把握して介入せずを選んでいたようだ。


 騎士の多くはユイかユートの護衛を任務としているが、顔見知りの学生から声をかけられ、話し込んでいる姿もちらほらと見受けられる。

 一つ上の世代からすればあり得ない光景だ。でもこれは、マリアンヌやジークフリートが作り上げてきた成果だ。それをユイは誰にも否定させない。


(だったら、やっぱり私のやるべきことは……)




 ◇




 ユイが思いがけない切っ掛けを得て、自分の道について考え始めていたころ。

 魔法使い勢力の中心となることが予期されているミリオンアーク家嫡男、ハートセチュア家長女、隣国のハインツァラトゥス王国第三王子は同じテーブルを囲みグラスを持っていた。


「クリスマスってマリアンヌと同じ文字数なんだよね……興奮してきたな」

「ヤバ過ぎ」

「そろそろ捕まるわよ」


 ユートとリンディが顔を引きつらせる中、ロイは物憂げな表情で息を吐く。

 声が聞こえていない周囲の生徒たちは、その絵本から飛び出した王子様のような顔に見とれて黄色い声を上げるばかりだ。


「君たちに言われて捜索に全力を注ぎ込むことはやめてみたが、やはりクリスマスパーティーになっても見つかっていないのは心配だよ。僕が用意したクリスマスプレゼント、等身大マリアンヌ銅像も誰に渡せばいいのやら」

「それ渡していい相手なんざ地上にいねえよ」

「やたら大きい箱があると思ったらあんただったのね」


 一応プレゼント交換会は目玉イベントとして扱われているので、巨大な箱は一体何事かと参加者たちの関心を惹いていた。これを渡された生徒の後先が少し心配になる。


「何にしても、彼女がいないのは少しばかり寂しいね」


 ロイがこぼした言葉に、二人は無言になる。

 それが同意であることなど誰もが理解していた。


「だから考えたんだ……僕らでマリアンヌになろう」

「そうか……あ? なんて?」

「僕らでマリアンヌになろう」

「ユート! 逃げるわよ!」


 マリアンヌが失踪している期間の前半は見ていられないほど消沈し、暴走気味だったロイ。

 彼は後半に突入してから別の意味で見ていられない暴走を繰り出していた。


「黒髪赤目になる魔法を開発したんだ! 付着させた魔力で光を屈折させて見える色を変える魔法で特許も出願している! 潜入用にはもってこいだと思わないかい!?」

「うるせえ! 狂人の話に付き合っていたくねえよクリスマスによ!」

「あんたはサンタクロースから理性でもプレゼントされてなさい!」


 怯えた表情で距離を取ろうとするユートたちを、ロイがじりじり追い詰めていく。

 たまらず、ユートは自分の護衛としてパーティーに参加し、少し離れたところで様子を見守っていたジークフリートの副官に助けを求めた。


「助けてくれ! ジークフリートがいない間はあんたが護衛担当だろ!?」

「ええ……私は君たちの保護者を名乗る資格は流石にないものの、守護者であることが役割ですよ」

「もう今だけは保護者であってくれよ!」

「…………」

「無言で顔を背けるな!」

「あの男、絶対巻き込まれないためにグダグダ守護者だの何だの言ってただけでしょ!」


 ジークフリートの右腕として活躍しているだけあって、副官はリスクヘッジにも長けていた。

 というかよく見ると彼の隣にはクラスのギャルっぽい女子(魔法使い学校なのにギャルっぽい生徒が多すぎる、ギャル性癖のメッカ? とかつてマリアンヌは目を輝かせていた)が自らのポジションをキープしている。


「ね、護衛いーの? あたしに構ってて仕事できなかったりしたら悪いし」

「問題ありませんよ。この広間全体はきちんと監視していますから」

「ああ、そっか。じゃあ、ま……うん。クリスマス、楽しもっか。えへへ」

「そうですね。数年ぶりですよ、こうして穏やかにクリスマスの祝いを────」


 そこで言葉は途切れた。

 広間の雰囲気が不自然に軋んだ。


 各所に点々と待機していた騎士たちが全員、跳ね起きるように姿勢を正し、衣服の下に仕込んでいた組み立て式の武装を抜刀する。


「え?」

「離れて」


 短い一言を発して副隊長も剣を抜く。

 ジークフリートが即座にユイの傍へとやって来た。


「何かあったんですね?」

「……広間入り口を警護していた騎士の加護が消えた。意識喪失状態だ、タガハラ嬢はオレの後ろに」


 学校の入り口付近の警邏は健在。

 であるなら、一度内部に侵入した上で、広間出入口まで到達して牙をむいたということ。


 ギィ、と扉があけられる。

 そこから姿を現したのは。


「──メリークリスマス、いい子にしてたかァ?」


 全身に殺意の鎧をまとった、サンタクロースの少年だった。




 ◇




「何者だ」


 服装だけなら、校舎内ではしゃいでいる学生だったかもしれない。

 いや、恐らくその中に紛れ込んで進んできたのだろう。

 だが彼の背後で廊下に倒れ伏している騎士の姿を見れば、決して幸福をプレゼントしに来た存在ではないのだと分かる。


「君は……!」

「……っ!?」


 ジークフリートはロイが驚愕の声を上げ、ユイが呼吸を詰まらせるのを察知した。二人は知っているらしい。

 黒髪の少年はサンタ帽を片手に脱いで、白い袋を背負いなおして薄く笑う。


「初めまして魔法使いの皆さん。次期教会トップとして教皇から推薦された──リョウ・タガハラだ」


 ざわ、とパーティー会場に小さくないざわめきが広がっていく。

 視線がリョウに集まった後、ユイを交互に見る。


「では何の用だ」

「ユイ・タガハラ相手に宣戦布告をしに来た」


 言うや否やだった。

 リョウは背負っていた白い袋を放り投げた。

 内部から莫大な神秘がぶちまけられる。目くらましだ。


「学生を下がらせろ!」


 閃光の中で突っ込んできたリョウ相手に仕込み剣を振るいつつ、ジークフリートが部下へ指示を飛ばす。

 パニック状態の学生たちが、騎士の誘導を受けて慌てて会場から逃げ出していった。


「宣戦布告──どちらが選出されるのかという話をするだけなら、このような手段を取らずとも!」

「誰かを傷つけたりしたいわけじゃないさ。ちょっと実力を見せてもらおうと思ってな!」


 直後にリョウが右手を振り抜いた。

 鋭く練り上げられた手刀が、ジークフリートの剣をすぱりと断つ。


(……ッ!? タガハラを名乗っている以上まさかと思ったが、この少年も無刀流の使い手か!)


 長さが半分になった剣を放り捨てて、ジークフリートは徒手空拳でリョウの相手をする。

 騎士たるもの剣がなくとも戦えなければ話にならない。しかし。


「ハハハッ! さすがは龍殺し、専門じゃないやつにしてはってところだけどさァ!」


 哄笑をあげながら、リョウが目にもとまらぬ連撃を繰り出す。

 かろうじて致命打を防ぐのが精いっぱいで、まるで追いつけない。


「極限まで高められた加護の鎧だとしてもなァ──絶・破!」


 鋭いコンビネーションの合間だった。

 ぬるり、とすり抜けるようにして、リョウの右手が優しくジークフリートの身体に添えられた。


「がッ……!」


 直後に放たれた一撃が、竜殺しの身体内部を打ち据える。

 衝撃に呼吸が詰まり、酸素と一緒に血が吐き出された。

 傷を負ったところをほとんど見たことのない隊長が明確なダメージを受けた。その姿に、騎士たちに動揺が走る。


(これは──タガハラ嬢が使っていた……!?)

「ジークフリート隊長ッ!」


 痛みに明滅する視界の中で、副官の叫びと、何かが飛来する音。身体はまだ動く。

 投げられた、普段使いしている大剣の柄を掴んで、ジークフリートが構えを取った。

 傷を負った身体を神秘で覆い無理矢理に動かす姿に、リョウは口笛を吹く。


「避難は……!」

「完了しています」


 ジークフリートの声に、副官が頬に汗を垂らしながら答えた。

 見渡せば会場には警護の騎士や魔法使い、そしてユイやロイ、リンディ、ユートといった面々だけが残っていた。

 これでこの場には関係者しかいない。


 即ち、禁呪保有者や七聖使がその権能を行使することが可能になったのを意味する。



完全解号(ホールドオープン)──虚鎧灰燼(サステイナブル)灼焔(イグニス)ゥッ!!」



 全身に灼熱の鎧をまとったユートが、最高速で真横からリョウへ突撃した。

 不敵な笑みを浮かべて、少年がマグマの拳を正面から受け止める。


「噂の第三王子か! オードブルに禁呪保有者を寄越すなんて豪勢過ぎるな!」

「腹パンになるまで馳走してやるよ! テメェにメインディッシュはもったいねえ!」


 ジークフリートが割って入る暇もなく、至近距離での殴り合いが轟音を響かせる。

 攻防を開始して、リョウはすぐに感心したような顔つきになった。


(この手ごたえ……! 無刀流対策か!)


 衝撃が到達しないように、ユートはマグマの鎧の中に、赤熱した液状マグマを循環させている。

 それが衝撃吸収材として作用することで、無刀流が多用する鎧通しの技巧を無効化しているのだ。


「流石は王子殿下! 勤勉だな!」

「あいにく、テメェ以上の使い手と日常的に訓練してるんでなァ……!」


 まさかそれをユイ以外相手にお披露目することになるとは思っていなかったが、とユートは内心で毒づく。

 チラリと振り返れば、ユイは唇を噛みながらも、こちらへ来る様子はない。


(何だ!? 迷ってるのか!? この期に及んで、いやしかしあいつの事情を考えれば──)

「よそ見はだめって王様から習わなかったのか?」


 ハッと気づけば、リョウが腰を沈めてパワーをためている。

 とっさに両腕をクロスさせてガードした刹那に、威力が解き放たれる。



「無刀流改──絶・覇」



 鎧通しの要領で放たれる一撃とは領域を異にした、リョウが独自に改良を加え威力を大幅に増した拳。

 それがユートの身体に突き刺さり、弾き飛ばした。


「ぐううっ……!?」


 まだ幼さすら残る年下の男子から放たれたとは思えない一撃に、意識が飛びかける。


「無事か!?」

「なんとかな……しっかし強いぜあいつ……!」


 慌てて駆けてきたジークフリートに、ユートは呻きながら返す。

 今のところリョウは無傷で、余裕の表情だ。


「さて、いい加減こっちとしては、本命と話をさせてほしいんだが……」


 並みいる強者たちなど意に介さない様子で、リョウは真っすぐにユイを見つめた。

 今まで言葉を発することすらしていない少女が、ごくりと唾をのむ。


 その時、広間の外から足音が響いた。

 廊下を走っていると思しきその音の主は、倒れている騎士を見てギョッとしたのか少し止まった後に。

 恐る恐るといった様子で騎士たちのそばを通り抜けて広間に入って来る。




「あっ、リョウさん見つけた……! 置いていかないでくださいよ、迷子になっちゃって……!」




 ────世界が凍り付いた。


 ユイは自分の心臓がひどく跳ねる音を聞いた。

 ロイは己が目が異常をきたしているのだと思った。


(なんで)


 ユートもリンディも、ジークフリートですら、驚愕に言葉を失っている。

 誰もがこの三文字だけを思い浮かべた。


「そのトナカイ服はどうしたんだよ」


 広間に入って来た少女は、焼け焦げたトナカイ服を着て、長い黒髪を二つに束ねていて、そして綺麗な紅色の瞳だった。


「ここに来る途中で、魔法使いの人と戦う羽目になって……! かに座さんが守ってくれなかったらケガするところだったんですよ!?」

「あ~……ご愁傷様だったな、魔法使いが蟹座の力に勝つのは無理だろうし」

「本当ですよ……え、リョウさん? 今多分ですけど、私じゃなくて相手に同情してませんでしたか……!?」

「うん」

「うん!?」


 愕然とした表情を浮かべる、宵髪紅目の少女──マリア。


「マリアンヌ……さん……?」


 震えるユイの声が、広間に空々しく響いた。

 それを聞いて、マリアはハッした後、表情を引き締めて振り向いた。


「……私はマリアです。あなたはリョウさんのお姉さん、ですよね」

「は……?」


 焼け焦げたトナカイ衣装は布切れ以下の有様だった。

 服として役割をはたしていないそれを投げ捨てて、マリアは普段着姿で一同の前に立ちはだかる。


「今の名前、本当の私の名前なんですか? 知ってるんですよね、リョウさん」

「……ああ、そうだ。マリアンヌ・ピースラウンド。それがお前の名前で、お前はここの学生だった」

「じゃあ、ここにいるのは……記憶を失う前の、私の知り合いなんですね」


 そのセリフを聞いてすべてを理解する。


「記憶喪失なのか!? リョウ、君はそれに付け込んで──!」


 一瞬で沸点を超えたロイが、声色に敵意を超えて殺意を搭載する。

 だがそれを制したのは、ほかでもないマリアだった。


「……分かって、います」


 自分がどういう存在なのかなど、マリアは直感的に掴んでいる。

 記憶を失おうともそこは変わらない。

 他の人間が材料を集め推量を重ねて追い詰めていく結論を、マリア(マリアンヌ)はいつも一足跳びで直接つかみ取っていたのだから。


「今の私は、一刻も早く消え去った方がいい異物です。皆さんからすれば、早く元に戻ってほしいはずです」


 故に、本当の自分こそが世界に必要なパーツであり、自分はあるべき流れをゆがめてしまう不要物なのだと、とっくの昔に理解している。


「でも私には! リョウさんに名前を付けてもらったマリアには……やらなきゃいけないことがあるんです! それは私がこの手で選んで、この心で見つけた道です! 誰にも譲る道理はない!」


 宣誓をぶち上げて、マリアは天を指さした。

 その光景に、彼女を知る者全員が目を見開く。


「だから戦います! どんな人が相手でも、過去の私が誰であっても! マリア(今の私)が駆け抜けるべき道はもう自分で決めたんです! だから──」


 地から天へと駆け上がる美しい線は天使の階のようで。

 文字通りに空を引き裂き星空に己を刻もうとする姿には余りに見覚えがあり過ぎて。




「力を貸して! いて座さん!!」




 世界が爆砕した。

 マリアンヌ・ピースラウンドが『天射装甲(サジタリウスアーマー)』として行使する力が、その純度を落とさないまま降臨した。

 宇宙を歪めてヒトガタを象った、人馬宮の主が姿を現した途端に、対峙していた騎士や魔法使いはすべてを悟った。



 ──これには勝てない。



 ──これは人間が抗うことのできるステージを超越した存在なのだと。




光輪冠するは(レギンレイヴ・)不屈の騎士(ジャガーノート)ッ!!」




 だからこそ、対応できる者は限られていたし、対応できるが故に即座に行動した。


「ちょっと強めに、お願いします!」

「うおおおおおおおおっ!!」 


 マリアの言葉と同時に、神秘という言葉すら生ぬるい光の矢が放たれる。

 一同の意識を刈り取ろうとしたそれを、竜殺しが剣を振るって弾き飛ばす。接触の衝撃で腕が軋みを上げた。


(やはり悪性存在と認識することはできないか!)


 自らの対悪絶対無敵の権能を貫通してくる威力に、ジークフリートは歯噛みした。


「ミリオンアーク君! 動けるか!?」

「し──しかし……!」


 ロイは自然と、極星神将を相手取るために出力を引き上げていた。

 これは一切の防御をしていないマリアの身体を、掠めただけで跡形もなく吹き飛ばしてしまうだろう。


 その逡巡が、切り替えを許す。




「おうし座さん!! お願いします!!」




 世界が二度目の爆砕に軋みを上げる。

 十三領域に存する極星神将、その力を転写された影人形がサジタリウスと入れ替わりに、二本の突撃槍を携えて顕現する。


(これはダメだ! これは皆を巻き込めない!)


 他の面々と協力して制圧しようとしていたジークフリートが、思考を単独戦闘モードへ切り替えた。

 突き出された槍の穂先を、加護をフル充填した大剣で受け止める。

 負荷を極限まで受け流す形での防御だったというに、剣が大きくひび割れる。


(あと少し、指一本分でも受け方が甘ければ、剣が砕かれていたか……!)


 余りに高出力・高密度の神秘は、王国屈指の騎士である竜殺しをして、戦慄の冷や汗を垂らすほどだった。

 何も考えずに正面衝突すれば敗北は必至だろう。


「マリアンヌ嬢とは戦い方がまるで違う! 使っている力も……!」

「そうです、今の私はマリアですから!」


 呼びかけに応じて力を貸してくれる十三領域の住民たち。

 マリアはそれを仮定惑(Nemesis)星摂理(hypothesis)によって観測し、現実世界へと直接転写している。

 強力な神秘的支配(アクセスパス)を有しているからこそ実行できる、暴力的でありつつも正確かつ緻密な術式。


「タガハラ嬢! ひとまずここは……!?」


 金牛宮の主を相手取るには分が悪いと察したジークフリートが、安全のために退避するよう叫ぼうとした。

 だが。


「無刀流────」


 この場から最も避難するべき人間。

 次期聖女であり、リョウが狙っているという最終目的。

 ユイ・タガハラは、紅髪の騎士の真横に飛び込み、マリアめがけて最高速で突撃していた。


(飛び込んできたッ!?)

「──絶・破」


 前に飛び出したユイが全力の神秘を纏わせ、右手の貫手を放つ。

 突き出された巨大な槍と正面から衝突し、火花が爆砕したように散る。

 だがユイの身体は弾き飛ばされない。真っ向からの衝突に耐え、微かに相手を押し込んでいる!


「こ、の人は……ッ!?」

「純度では負けていても、鋭さならッ!」


 迷っていたのではない。

 ユイは道を見失って震えていたのではない。


「戦えます! あなたが相手でも、今の私は──!」

「させるかよォッ!」


 割って入ったリョウが至近距離でユイを迎え撃つ。


「あんたの相手はこっちだろうが姉さんッッ!!」

「邪魔しないでください!」


 姉弟の間で無数の拳が、蹴りが交錯する。

 既にリミッターは解除されている。先ほどの建前とは裏腹にリョウは、そしてユイもまた、当たれば死ぬ攻撃を平然と放ち、受け、返している。


 それはマリアが望んだ光景ではない。


「……ッ! おうし座さん! 野性的に激しく、かつ哀れみを持ってお願いします!」

「それで何が伝わんだよ!!」

『────!』

「伝わってんのかよッ!?」


 二本の突撃槍をガチン! とぶつけ合い、金牛宮の主は神秘のスパークを巻き起こす。

 広間中へと嵐の真っただ中のように稲妻が降り注ぎ、無秩序な破壊をもたらす。


「リョウさん!」

「マリア──チッ。そうだな、熱くなり過ぎたみたいだ。頼む」


 背中越しに告げられた言葉を受けて、マリアは深く息を吸った。


「来てください、おとめ座さん!」


 三度目の激震。

 恐ろしいほど滑らかに、呆れてしまうほど速やかに、今回三体目の極星神将が入れ替わりで顕現する。


(……だめだ、備えていない現状では太刀打ちできない。そもそもマリアンヌ嬢は、こんなテンポで力の切り替えを行ってはいなかった)


 反則行為に反則行為を重ねるような真似をされ、竜殺しですら手が付けられないと判断せざるを得なかった。


(あのおぞましい、見ているだけでひざを尽きそうになる宇宙人間たちの力を行使するという点では、今のマリアンヌ嬢の方がはるかに……!)

「私とリョウさんを、ささっとお願いします!」


 処女宮の主は要請に頷き、そのヴェールを垂らす。

 ゆっくりと、敵味方の境界を引くようにして舞い落ちた荘厳なヴェール。


「マリアンヌ嬢!」


 ジークフリートがそのヴェールを切り裂いた時には、既に二人の姿はなかった。




 ◇




 中断されたパーティー会場にて、ロイたちは顔を突き合わせ頭を悩ませていた。


「まさか記憶喪失になった上に、ユイの対抗馬の味方になってるなんて。道理で僕が探しても見つからないわけだよ」

「ていうか対抗馬って何? 知らないというか、まったく聞いたこともないわよ」


 頭が痛そうに顔をしかめて、リンディは言葉を続ける。


「ひとまず……報告は必要になるでしょうね、しっかしなんて言えばいいのかしらね」

「今後の立場がどうなるか分かんねえな。裏切りとみなされるのか、だが記憶喪失ってのは……洗脳とかじゃないんだよな?」

「あいつにそういうの効かないでしょ」


 マリアンヌに対して精神的な干渉がほとんど無意味なのは、今までの経験から明白だ。

 つまり彼女がレジスト出来ない形での記憶喪失ということになる。

 となれば恐らく……


「あの雪だるまが壊れた時に落下して、頭を強く打ったってことになるのかな?」

「言葉にまとめるとマジで最悪の過程過ぎてめまいがするぜ」

「っていうかこれ全部あいつの自業自得じゃないの!?」


 一同は愕然とした。

 元々リョウがユイとの対立を選ぶのだとしても、事態をややこしくしまくっているのは、どう言いつくろえばいいのかも分からないマリアンヌの自爆が原因だ。

 死んでも止めるべきだったとうなだれるユートを、リンディが肩を叩いて慰める。


「プレゼントは無事……というかこれ、よく見ると床も焦げてすらいないじゃないか」

「マジ? どうなってんだよあれ。人間相手にしか作用しないようフィルターをかけてたのか?」


 一方でジークフリートの部下たちは、めちゃくちゃに破壊された……と思っていた広間が、実のところほとんど無傷であることに首を傾げていた。

 リョウ単体はともかく、マリアが顕現させた神秘の存在たちは、本来ならば余波だけでもこの建造物を粉砕していておかしくない。

 だがむしろ逆、余波が何かを傷つけぬように、自分たちのリソースを割いてまで周辺を保護していた節がある。


「隊長、けが人はいないようです。最初に入り口で気絶させられていた二名も外傷や後遺症はありません」

「そうか。タガハラ嬢を相手取った時だけは違ったが、あの言葉は本当だったか」


 賊の侵入を許したという一点は明らかに落ち度だったが、最悪の事態だけは避けられたとほっとするジークフリート。


 その時だった。


「私、戦います」


 その場にいた全員が視線を一点へ集中させた。

 ドレス姿のまま、ユイは決然とした眼差しで面々を見渡した。


「ユイ、あんたそうは言っても……」

「あの子は……リョウ君は、私を全否定したいと言っていました。多分マリアンヌさんを連れているのも、こっちへの当てつけが始まりにあったはずなんです。だったら今回の騒動の原因は、私に一端があります」


 またそうやって、自分のせいだと決めつけて──と、ロイたちは彼女に言い含めようとした。

 けれど、澄んだ双眸を見れば、違うのだと気づいた。


「だからもう……私のせいだとか、私なんかがとか。そういうの、言ってる場合じゃないんです。私は私のやるべきことをちゃんとやり遂げたいんです。それがきっと、私を認めて、受け入れてくれたみんなへの恩返しだから」


 世の中にはそういうタイプの人間がいる。

 集団の中に所属し、普段からリーダーシップを発揮することがなくとも、肝心なタイミングで道を見つけて仲間たちを率いることのできる人間。


 マリアンヌ・ピースラウンドという強すぎる光が隣にいれば、発揮されないが。

 ユイ・タガハラが確かに持つ、他者を魅了し仲間とするカリスマ性。




「私はマリアンヌさんを……いいえ。リョウ君とマリアさんを倒して、聖女になります」




 役者は揃った。

 決戦の場は大礼拝(クリスマス)当日──教会本部、大聖堂。




 ◇




 アジトの一室にて、リョウはマリアが眠りについたのを見計らって先生の元へと来ていた。


「ひとまず顔見せは終わりました。あとは予定通り、教会幹部の協力者が自分たちを擁立すれば、正式に対抗馬として立候補する形になるかと」


 報告を受けるも、窓辺に立つ先生はリョウへ振り返ることもしない。


「あの、先生?」

「よくやってくれました、リョウ。そしてマリアも大きな働きをしたようですね」

「正直、ビビりましたよ。あそこまで力を引き出せているとは思いませんでした……にしても何なんですかね、あの宇宙人間たちって」


 何気ない疑問に対して、先生はその目に星空を映し込みながら口を開く。


「流星を名乗りながらも、自ら輝きを放つ少女、ですか」

「え?」

「本業は十三領域と唯一繋がり得る巫女、星見の少女だと思っていたんですけど。単なる傍観者に収まらないのは生来の指向性かな」

「……先生には、マリアが一体何なのか分かってるんですか?」

「リョウ、君はどう思います?」


 問いを投げ返されて、少年は腕を組んで唸る。


「分かんない……です。でもあいつは、その、えっとですね」

「君の思ったままでいいですよ」

「……マリアは、意外と自己中心的なんですけど、でも根っこで他人のことを考えてるやつです」


 思いがけない言葉に、先生は目を丸くした。


「すみません、そういう話じゃないってのは分かってるんですが……でもあいつは、いざという時に自分を切り捨てられるような、危ういけど気高いやつです。今のところ自信を持って言えるのは、そこだけなんです」


 どんなに恐ろしい権能を自在に行使していたとしても。

 リョウにとっては、部屋で笑顔で話しかけてくれるマリアの姿こそが本質だった。


「そうですか。ふむ……彼女は人間らしさが、まだ残っているんですね」

「え?」

「いや、いけませんね。これは……欲だな」


 そう語る先生は空を見上げた後、悲しそうに首を振るのだった。




お読みくださりありがとうございます。

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コミカライズが連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前半に狂人たちのたわごとを配置することで突っ込まれないようにするテク この乙女ゲーの住人たちおかしいやつしかいないよ…… 周囲に被害無いの、元々どれだけやったとしても他に被害だして大暴れ…
[良い点] 記憶喪失でも、喋り方が普通でも、ちょっとしたポーズとかはやっぱりマリアンヌなんだなって。 ……本来はこっちが正しいマリアンヌなんじゃない?って思いましたが、頭流星じゃないと満足出来ない体に…
[良い点] ぶっちゃけこのルートが一番追放に近いの笑えるわ、記憶あったらRTA完走できないバグ発生してますよ [気になる点] ユイ・ロイとは敵対するものと思ってるから記憶が戻らなかったしマリアはこの…
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