PART5 煮え立つ憎悪
行き当たりばったりに逆借り物競走を中断して雪だるま大作戦を開始してしばらく。
わたくしは雪だるまの肩に立ち、王都を見下ろしていた。
「これこそがシュテルトライン王国の冬の新名物!! 超巨大雪だるまですわ~~~~!!」
全長60メートル!
王都のどの角度から見ても、王城の影になっていない限りはこの雪だるまが見えるだろう。
即ち! この冬に限っては王城よりこいつの方が目立っている! つまりは象徴になっている!
「フフ……フフフ、フハハハハ! ハーッハッハッハッハ!!」
これでこの国の冬の名物はわたくしのもんだぜ!
達成感のままに、笑みを浮かべながら、反対側の肩へとのぼっているユートへ顔を向ける。
「見ましたかユート! これが世界を運営するということです!」
「……もうお前国王にでもなれば?」
めちゃくちゃ投げやりなことを言われた。
アーサーをブチ倒せるようになったら考えておくか。
でも実力での引継ぎって認めてもらえるのかな……?
「つーかどうすんだよ。普通にほら……見ろよ。騎士の皆さんが呆然としていらっしゃるじゃねえか」
ユートは沈痛な面持ちで、雪だるまの足元に集まった騎士たちを指さす。
ゴミみたいな点が集まっているな。
「思い知らせてやりますわ」
「何が?」
「超巨大雪だるま、自在戦闘騎兵モード!」
「何が!?」
「スイッチ! ONですわ!!」
「お前まさか魔法で動くように仕込んでる!? おまっちょっやめろ馬鹿!」
わたくしの叫びと同時に、雪だるまの眼がグポーンと音を立てて光を宿す。
さあ行くぞ超大型雪だるま!
「運動会での事件以降、騎士団も対テロ戦略を色々と組みなおしたらしいですが……それがどれだけ仕上がってるか、確かめてやろうじゃないですか!」
「これ俺も片棒担いだことになんの!? マジでやめてくれェッ!! 本当に国家間の関係に緊張が走っちゃうからさあ! おい聞いてんのか!! 聞け!! 止まれって!!」
「いやスイッチONしたらもうわたくしも制御できないので……」
「あああああああああああああああああああああああああ!!」
◇
ユイとロイ、そしてリョウは、三人で王都をずっと歩いていた。
二人に対して無防備な背中を晒したまま、リョウが先導した先に待ち受けていたのは、王都の一区画を眺望する丘だった。
「こうして見ると、王都は本当に広いねえ」
転落防止の柵に手をかけながら、リョウが無邪気に言う。
「……王都に来るのは初めてかい?」
「いやいやまさか。王都で暮らしてますよ僕、一人暮らしとかじゃないけど」
「保護者でもいるのかな?」
「命の恩人と一緒に暮らしてるんです」
表面上は警戒を解きながら、ロイはリョウから少しでも情報を吸い上げようと言葉を探す。
「君が、ユイと同門なのは分かっていたけど……すまない。生き残りというワードからもう、僕の認識とは違うんだ。君たちが習得していた無刀流はもう続いていないのかかい?」
「教会に滅ぼされたんですよねえ~」
ロイは数秒間、完全に硬直した。
それから勢いよくユイに振り向く。
「……待ってくれ、ユイ。君は。いや……君の出自が複雑だろうとは分かっていたけど、しかし」
「姉さんにその辺を聞くのはやめてくださいよ。自分が育った道場を殲滅した団体に所属してるし、これからはその団体の象徴になるんですよ?」
リョウの声色には、少しばかりの嘲りの色があった。
その言葉を聞く次期聖女は俯いており、表情をうかがうことはできない。
「ミリオンアークさん。あなたは無刀流についてどれくらい知っていますか?」
「……正直、何も知らないと言っていい。卓越した技巧がなせる技だろうとは認識している」
「素晴らしい理解度だと思います」
ぱちぱちと、リョウは気のない拍手を送った。
「付け加えて一つだけ。無刀流は人体を完全に把握することで成立します。それは動かし方とかだけじゃなくて、壊し方まで全てです」
「そのためには、実際に壊すこともあったというわけかな」
「門弟同士の組手は、一般的には殺し合いと呼ぶべきものでした。上手く壊せた方が技術を発展させることができるし、壊された方は、もう二度と動かない」
武術の流派が育つ過程としては、あまりにも血なまぐさいものだった。
とてもではないが、法律を順守しているとは思えない。むしろ正反対だ。
「僕たちは歴史の闇に葬られた、存在していてはならない流派だ。教会がやっきになって……子供が虫を何度も踏みつぶすみたいにして、全滅させるのも分かるよ」
自分の手を見つめるリョウの表情は、驚くほどに穏やかなものだった。
今まで、その手を何度血にぬらしてきたのだろうかとロイは戦慄する。
「まあそういう話をしに来たってわけじゃないから……一応、このあたりで納得はできましたか?」
「あ、ああ。悪かったね」
「なら、これからの話をしましょう」
リョウは笑みを浮かべた。
都市を焼き尽くす天使のような笑みだった。
「僕たちは王都を殲滅したいと思ってるんです」
リョウは世間話のように言い放った。
「……殲滅?」
「シュテルトラインという国を作り変えます。王政を否定して、貴族の特権を否定して。僕は仲間たちと一緒に、全ての現実を否定します。これから先の政治体制のことは、民主制と呼ぶつもりです」
民が主権を持つっていう意味ですよ、とリョウは朗らかに説明した。
「……つまり君は、僕たちの敵ということになる。だったら」
「覚醒を果たした人間を相手取って戦うつもりはありませんよ、余波なんかで姉さんを殺すわけにはいかない」
腰元の剣に手を伸ばしたロイを見て、表情を変えることなくリョウが肩をすくめる。
「それよりも、本当はマリアンヌ・ピースラウンドが一緒じゃないかと思ってきたんですが。今日は不在ですか?」
「……そういう危険な話をしてくる相手に、彼女は会わせられないな」
「どうですかね。今までの行動を鑑みるのならば、立ち塞がるのは彼女に他ならないと思っていますが」
その言葉を聞いて、ロイは静かに自らの権能の出力を引き上げた。
存在の密度が変わる。地上に住むモノではない、天より見下ろす者たちの身体へとロイの中身が再構築される。
「……それが『七聖使』とやらの力ですか」
「そこまで知ったうえで、やるつもりなのかい?」
「どうせ本番では倒さなきゃいけないので」
ロイは踏み込むタイミングを見つけようとした。
リョウはそれを見越して防御を取ろうとした。
そして、ユイが────
『ハーッハッハッハッハ!! これこそがシュテルトライン王国の冬の新名物!! 超巨大雪だるまですわ~~~~!!』
その瞬間のことだった。
馬鹿みたいな声が響き渡り、両者の緊張感がブツンと途切れた。
「~~っ、う、うるさいなあ、何だよ!?」
リョウが顔を横へ向ける。
視線誘導ではないことを確認したうえでユイとロイがそちらを見れば、王都の建造物を超えてそびえたつ超巨大雪だるまと、その肩にあたるであろう部分に載っている良く知った少女の姿があった。
「……あれが流星の禁呪保有者か。噂にたがわず破天荒というか、常識知らずというか」
呆れかえった様子で肩をすくめるリョウ。
どう考えても王都の中心部に爆誕した超高層雪だるまは異常極まりない光景である。
「禁呪保有者は一般的な傾向として、常識や秩序を破壊する側に回るって知ってました?」
「……知らないな」
ロイの脳裏をユートの顔がよぎった。
彼という反例以外は確かに非常識であったり、世界を乱そうとする側だったが……
(──いや、待て。もしかしてこれは逆なのか? 僕らが気づいていないだけで、ユートがイレギュラーなんじゃないか?)
瞬間的な気づき。
だがそれについて考えを深める前に、リョウが言葉を続ける。
「これはそういうものだと決められている……というわけでもないらしいんです。ただ傾向として、禁呪を持つものはいつも、彼らが成功していれば世界が一変していたであろう、革命的かつ破壊的な行為に走ろうとすると」
そのセリフを聞いて思い出すのは、臨海学校で対峙したカサンドラの姿。
あるいは、学園祭に現れていたという『疫死』の禁呪保有者。
「だったら……もしかして君も、禁呪保有者ということかな?」
「違いますよ、禁呪保有者の企みは今も昔も、それなりに上手くいきはするけど、最終的に粉砕される運命にある。僕らは違うということです」
一拍置いてから。
「僕たちは違います。目的は確実に達成するし、そのための障害はすべて排除します」
右腕をゆっくりと持ち上げて、彼はユイを指さした。
びくりと彼女の肩が跳ねる。
「聖女ユイ・タガハラは俺がこの手で殺す。衆目の前で、アンタの全てをすり潰して殺す」
煮え立つような憎悪が宿る言葉だった。
声色に滲む覚悟と情念が、空間そのものを歪ませる。
「アンタはどうなんだ。運よく生き延びて、運よく救われて……その命をこれからどう使おうって思ってたんだ」
「……わ、たしは」
「まさか流されるまま、子供のあこがれみたいに、自分も自分の意思で生きていくとか言って、祭り上げられるのを諦めていたわけじゃないだろ? 」
「ちが、う! 違います、私は私自身の意思で!」
「それならそれでいい、正面から叩き潰してやる。だけど……」
リョウの眼光に剣呑な色が混じる。
「迷いなく、顔も知らない誰かたちのための供物になるような女なら、負けることはない。その程度だったんだね」
「……! 君に、何が!」
二人の視線が交錯し、火花が散る。
ロイは制止しようとして、だが無刀流の二人の方が動き出しは早い。
絶死の戦闘が始まろうとした──
その背後で。
超巨大雪だるまが突如として動き始め、王都の通りを激走し始めた。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
三人は停止し、黙り込んだ。
リョウが恐る恐る振り向いた後、何度も指で目をこする。
ユイとロイが『あっ、やらかしてる』と顔を引きつらせる。
直後、王都中に大音量で警報が響き渡った。
◇
わたくしとユートを乗せた超大型雪だるまが、騎士の皆さんを跳ね飛ばしながら大通りを疾走する。
やべ、マジで止め方分かんねえ。
「うおおおおおおい! どーすんだよこれ!」
「まあ、王都ですし、誰か止めてくれると思いますわ」
「努力を放棄するな!!」
だってわたくし、この雪だるまを作り上げるために魔力ほぼ枯渇寸前まで使っちゃったし。
疲労感と倦怠感が凄い。ぶっちゃけ指一本すら動かしたくない。
そうこうしているうちに、王城がどんどん迫って来る。
あれ、目的地設定してたっけ……してたな、目標王城だったわ。
「でもこれでアーサーに止められたら興ざめと言うほかありませんわねえ」
そんなことをのんきに呟いた、その刹那だった。
視界の隅から黄金色の魔力砲撃が飛んできて、雪だるまの進路に着弾する。
「この魔力の感じ……ロイか!」
炎属性魔法で雪だるまを溶かそうとして全然溶けないことにキレ散らかしていたユート(当たり前だろ、弱点属性の対策練らなくてどうすんだ)が声を上げる。
避難する市民やそれを誘導する騎士たち、その人混みの流れに逆らうようにして、見慣れた婚約者がこちらへと駆けてきていた。
ものすごいこう……変身ヒーローっぽさがすごいな。逃げる人々とすれ違う形で全力疾走するのなんかヒーロー以外にあり得ないもんな。
あれ? その理屈だとわたくし、怪人側にならないか?
「この一撃で、足を砕く!」
ロイが叫びと共に権能を発動する。多分言ったことが現実になるやつだ。
何度考えてもチート過ぎるなこれ……
「ユイ、リョウ君、下がっていてくれ!」
リョウ君って誰?
見ればすっ飛んできた我が婚約者の後ろには、ユイさんと見知らぬ少年が並び、こちらの様子を眺めていた。
ユイさんは目を左右に泳がせながら、少年は心底下らなさそうな表情を浮かべながらだ。
三人はどういう集まりなんだ?
「第三剣理、展開──破雷覇断:烈光衝砲ッ!!」
詠唱はここに来るまでに済ませていたらしく、ロイは魔力を充填させた剣を迷いなく振るう。
放たれた稲妻の波濤は視界を焼くまばゆい光と共に、こちらへと向かってくる。
「うーん……出力的には明らかに足りていないとは思いますが」
しかしそのあたりを無視してくるのがロイの権能だもんなあ。
ちゅどーん、といい音を響かせてロイの剣理が着弾。
文字通りに雪だるまの足、即ち下の雪玉部分が粉々に消し飛んだ。
「あっ」
「うわっ!?」
そうなると、まあ、普通に当然のこととして。
わたくしとユートが乗っていた頭の部分も余裕で地面へフリーフォールするわけだ。
「あああああああああ! 何も悪いことしてねえのに最後はこれかよ畜生!」
「覚えていやがれですわ! 次の雪だるまは絶対に概念防御まで仕込みます!」
「お前は少しは懲りてくんねえかなあ!!」
落下しながら言い合っている間に、地面が迫って来る。
防御魔法を足場に着地しようとして──魔法が動作せず、真顔になった。
あこれ、わたくしが全身全霊で雪だるまに詰め込んだ魔法妨害魔法が空気中にばらまかれて、わたくし自身の魔法発動も阻害してるわ。
というわけで生身でフリーフォール確定。概ね地上まで20~30メートルか。
これ死ぬんじゃね?
「ぎゃああああああああああああああああああああ!?」
天から地へと真っ逆さまに落ちながら、わたくしの視界は雪によって埋め尽くされるのだった。
いやホワイトアウトってこういう意味じゃねえから! ────ぶぎゃあっ!!
◇
視界に光が差す。
そこで少女は、自分が雪の中に閉じ込められていて、外から掘り当てられたのだと理解した。
「ほえ……?」
「ったく、こんな調子じゃ、姉さんを任せていられないな」
顔を上げる。
夕日に照らされ、空気中に撒かれた雪が淡く輝いている。
煌めくダイヤモンドダストの中で。
少女が見上げた先では、黒髪の少年、リョウが呆れた様子でこちらを見下ろしている。
「いいよね、姉さんは。この人に救われて……薄暗い場所から、勝手に抜け出していってさあ」
独り言ちた後に、リョウは心底嫌そうに手を差し伸べた。
「ほら、とっとと出てこいよ。アンタほどの女が何やってるんだ、まさか足でもくじいたのか?」
「えっ!? あ、あ、いえ、大丈夫です、動けます」
その声色に、リョウは眉根を寄せた。
何かが違う。
自分が集めていたデータと照らし合わせた時に、自分の手を恐る恐る取る少女が、一致しない。
「あの……ここ、どこでしょうか?」
「はあ? アンタが作った雪景色だろ、ふざけてるのか?」
「私……?」
そこで初めて少女は自分の手や服を見て。
顔を青くしたまま、周囲を見渡して、最後にリョウへと視線を戻した。
「あの」
「なんだよ」
「私は……私の名前……何ですか……?」
数秒間、意味が理解できなかった。
「──嘘だろ」
リョウの顔がさっと青ざめた。
自分の手を取ったまま、少女は不安そうに、おびえた様子でこちらを見ている。
その深紅の瞳に、世界を切り拓くような強い輝きは、宿っていなかった。
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