コミカライズ発売記念SS:レター・パニック!(前編)
「ラブレタァ~~?」
あれはわたくしが悪魔に意識を乗っ取られた聖女リインを打倒して少し経った時のことだった。
普段通りに登校して教室に入ると、ユイさんが封筒を持って近づいてきて、相談をしてきたのだ。
「そうなんです。下駄箱に入ってて……」
「ふぅん」
魔法学園に入学した庶民主人公に対する手紙って普通に嫌がらせちゃうんか。
訝し気に彼女の手の中を見つめるが、握られているのは確かに、豪奢な金色のシーリングワックスで閉じられた封筒である。
宛名には『ユイ・タガハラへ』と書かれている。
「魔力……は感じられませんわね。開けた瞬間に爆発したりはしなさそうです」
「どういう心配ですか?」
真剣な心配だよ。あるあるじゃねえかよ、開けたら燃え出して、火傷で人前に出られなくするみたいなトラップはさ。
君はそういうのされても全然不思議じゃないポジションでしょ? なんでそんな気楽なんだよ。ああ燃え始める前に封筒を切り裂けるとかかな? 本気でありそうだな……
「まだ中身は見ていないのですか?」
「はい。誰からの手紙かも分かりませんし……ただ、文字の感じは男性かなと」
「なるほど。心当たりは?」
「全くないですね……」
ユイさんの表情は微妙に曇っていた。
知らねーやつに好かれても嬉しかねえんだよな。分かる。
いや厳密に言うと普通に仲良くなってから好意を伝えてほしい、知らない人が知らない人ってステータスのまま告ってきた時には嫌悪感と恐怖と拒絶しか感じねえんだわ。どう考えてもこっちを獲得したらみんなに賞賛されるトロフィーだと思ってんだろ。あるいはヤリモク。毎度毎度よく飽きねえもんだよ。美少女に生まれるとこの辺の経験が最悪になっていく。ロイの直球のキモさが愛おしく感じるよ。
「では中身を見てはどうです? さすがにプライバシーがあるので、わたくしは読みませんが」
「はい」
席に座って、ユイさんが封筒から中身を取り出す。
ちらりと見えたが、文面はそう長くなかった。
「え~っと……放課後、校舎裏の練習場まで来てくれっていう内容です」
「あら、呼び出しだけですか? まるで果たし状ですわね」
キモ長文じゃないだけ良かったと心の底から思った。
思いの丈をぶつける感じだった場合、本格的な勘違い野郎であることが確定する。
「無視してもいいと思いますわよ」
「う~ん……」
手紙を見つめながら、ユイさんは腕を組んで唸る。
おや? これはもしかして、相手によってはアリみたいな感じなのか?
いやでもさっき表情は嫌そうだったし……ということは嬉しいけど嬉しくないみたいなそういう、つまり……
「もしかして、ラブレターをもらって舞い上がったりしています?」
「ひょあっ!?」
図星だったらしく、ユイさんは椅子から数センチ跳び上がった。
……まあ、そりゃ人生初のラブレターならこうもなるか。
「あ、あの、その……憧れがまったくなかったわけではないというか……せっかく学校に通えるんだし……」
「…………」
さらっと主人公っぽいこと言うよね君。
こういう純粋な願いを聞くと、自分がいかに俗物なのかを思い知らされてつらい。あっでも悪役令嬢だし俗物な方がいいんじゃない? 解決! やっぱわたくしって最強だわ。
「では行きましょうか。一応わたくしもついていきますし、さっきからわたくしの背後でこそこそ話を聞いているリンディも連れて行きますわ」
「ちょっ!? なんで私巻き込まれてるわけ!?」
お前がしれっと反対側の席まで移動してきて聞き耳を立てていたからだろうが。
「そんなにユイさんのことが心配でしたか?」
振り向いてから冷たい視線を浴びせると、リンディは光を浴びて踊る花のおもちゃみたいに首をブンブン振り始める。
「違うわよ! 庶民じゃ貴族の流儀ってものを知らないでしょ、相手がそこに付け込むような奴じゃないかしんぱ……心配じゃないわよ!!」
「いやここまで綺麗に語るに落ちるとは思っていませんでしたが……」
なんだかユイさんと同じぐらい心配になってきたぞ、こいつ。
ユイさんが「し、心配してくれたんですね」と照れてリンディが「違うわよ!」と抵抗を試みるのを眺めながら、わたくしは二人に社会性のお勉強を施すべきか悩まざるを得なかった。
◇
授業が終わった放課後。
わたくしとリンディはそれとなく練習場の客席に座り、生徒が魔法の練習に使うグラウンドを見下ろしていた。
「……あの男子生徒でしょうか」
「みたいね。なんかそわそわしてるし」
人気のない練習場の中央には、制服姿の男子生徒が佇んでいる。
ネクタイの色からして同学年だ。まだ入学直後の春だってのに、剛毅なやつである。
「タガハラは告白を受けると思う?」
「まあ、本人の意思次第としか。OKを出す場合はわたくしの面接を受けていただきますが」
「怖……」
別に圧迫面接するつもりはないけどな。生かして帰すつもりもないけど。
春の段階で乙女ゲー主人公に告るなんざ許すわけねえだろ。RTAかよ。
「とりあえず暇ですし、お茶にしますか」
「ハア? 練習場でどうやって……待ちなさいアンタ今どこからティーセット取り出したの!?」
どこからともなくティーカップやらティーポットやらお茶請けを取り出してサイドテーブルに載せるわたくしに対して、リンディが絶叫する。
うるせえな。令嬢のたしなみなんだよ。
「はい、どうぞ」
「えぇ……?」
困惑した様子でリンディは紅茶を受け取り、一口飲む。
すっと彼女の目が丸くなった。
「美味しいわね」
「当然ですわ」
このわたくしが直々にこの手で淹れてるんだからな。
しばし二人で紅茶を楽しみつつ菓子をつまんで時間を潰す。
「あ、来たわね」
そうこうしているうちに、通用口からユイさんが姿を現した。
彼女は封筒を片手に、男子生徒の正面まで歩いて行く。
「お待たせしました。お手紙をくださったのは、あなたですか?」
「ああ、そうだ」
ヒュッ、と鋭い風が吹いた。
二人の間に、緊張の空気が流れるのが分かった。
「不躾な呼び出しに応じてもらってすまない、感謝する」
「いっ、いえ、大丈夫です!」
何かを決断するように、男子生徒は目を閉じて数度息を吸って吐く。
そして開眼し、彼は決定的な言葉を口にする。
「俺と……決闘してくれ!」
ひゅう、と乾いた風が吹いた。
わたくしはティーカップを口へ運ぶ最中の姿勢で硬直し、隣のリンディもまたクッキーを唇で挟む滑稽な状態で停止している。
「結婚ですか?」
「それはそれで問題よ」
念のためにリンディに確認を取るも、彼女は真顔で切って捨てた。ですよねー。
何が決闘だよバカバカしい。このタイミングでユイさんを負かそうとするのって、つまりは気に入らねえからだろ。結局は庶民へのやっかみだったんじゃねえか。
「これどうするの? あいつ連れて帰る?」
「余りにもダル過ぎますもんね……」
もう帰るかとわたくしたちが立ち上がろうとしたその時、ユイさんが口を開く。
「わ、分かりました……! その決闘、お受けします!」
受けるんかい。
思わずリンディと顔を見合わせた。
二人して困惑した後、椅子に座りなおす。とりあえずは見守るか。
結果はぶっちゃけ分かり切ってるまであるが……
「じゃあ、決闘のルールを決めたいんだが」
「はえ? ルールですか?」
必要だろ? という男子生徒の言葉に、彼女はあいまいな表情で頷く。
……ユイさん今、もしかして、ルールのない殺し合いを始めようとしていたのか? まあそんなわけないかハハハ。
「お互いに卑怯な手は使わないこと。相手を必要以上に痛めつけないこと。この二つを要求したい」
「え~っと。卑怯ってどういう基準で判断しますか? 砂利を蹴り上げての目つぶしとかは?」
「それは勝利のための工夫だと思う。例えば人質を取るとかかな」
「あはは、流石に人質にできそうな人がいませんし、やりませんよ」
男子生徒の表情がちょっと歪んだ。
だってユイさん、発言からして人質に取れる人がいたらやってたかもしれないってことだもんな。
「あと、必要以上に痛めつけないこと、という言葉だったんですが、痛みを感じない形での殺害はルール違反ではないと?」
補足の質問がおぞましすぎるだろ。
隣のリンディの顔色が悪くなっていた。多分、自分も決闘騒ぎの時にこういう段取りを踏むべきだったと後悔しているんだろう。実際に殺されかけたわけだし。
わたくしだったらもうそろそろ決闘を撤回して、恐怖に泣きながら帰るよ。
「……て、敵の戦闘能力を奪うって意味だ。骨折ぐらいならいいが、重傷以上の怪我は、ちょっと」
「分かりました」
うおおおお今の言葉を聞いても逃げないのかよお前! やるな!
「リンディ、あの男子生徒意外とガッツがありますわ。これはもしかするかもしれませんわよ」
「……ハァ。アンタって本当にバカね」
「今わたくしにバカって言いました?」
「沸点低すぎない?」
わたくしが視線で抗議している間に、ユイさんと男子生徒は間合いを取って、決闘の準備を終える。
どうやらコインを上げて、地面に落ちたら開始のようだ。
「じゃあ始めるぞ」
男子がコインを指ではじいた。
前回の決闘騒ぎで要領は掴んでいたのだろう。詠唱とは違う領域で戦うユイさんは、硬貨が回転しながら落ちてくる間に戦闘態勢を取る。
「──無刀流、二ノ型」
リンディとの決闘で見せた構えと少し似ているが、前傾姿勢の角度や腕の置き方が微妙に違う。
まあとりあえず、終わったな。
「終わったわね」
わたくしの内心と同じ言葉をリンディが呟いた直後だった。
ユイさんは一陣の疾風となって走り出した。
「ッ!? 立ち塞が──」
詠唱が遅いンゴねえ。
吹き飛ばされて天高く舞う男子生徒を見ながら、わたくしは少し冷めつつある紅茶を一気に飲み干すのだった。
◇
地面に墜落した男子生徒は数分間気を失っていた。
起き上がった彼に、わたくしはタオルと水を渡す。
「マリアンヌ・ピースラウンド……? そうか、本当に見ていたんだな」
「?」
何か納得したようにうなずき、彼は感謝の言葉と共に水を飲み干す。
それから、リンディの隣で所在なさそうにしているユイさんへと顔を向けた。
「完敗だ。勝負にならなかったな」
「そ、そんなことは……」
なってなかったよ。開幕ワンパンで終了してたもん。
いや防御魔法の魔力伝導からして、男子生徒も結構やるっぽいけど……詠唱せずに速攻突っ込んでくるとは思わないもんな。これ、戦闘スタイル割れるまでは初見殺しできるんじゃないの?
「……見くびっているつもりはなかったが、ここまで差があるとは」
「い、いえ、見くびっていたと思います」
苦い表情を浮かべる男子に対して、ユイさんは言葉を詰まらせながらも断言した。
「何?」
「ほ、本気でやるのなら、事前に何節までの詠唱はしていいとか、そういうルールを定めるべき、だったんじゃないかな、と……す、すみません、出過ぎたことでしゅよね」
綺麗に噛みながらのセリフだったが、わたくしは内心で感心していた。
今彼女が言った事前詠唱のシステムは、公的な決闘ではメジャーなレギュレーションだ。知っているとは思えないので、自分の戦闘センスからして、魔法使いが取るべき選択肢を導き出せるのだろう。
「……そう、だな」
「だっ、だから次は、本気で来てください! その……本気だから、戦う意味があるって、そう思いますから……」
ユイさんがこっちにちらりと視線を向けながら言う。
へえ、いい考え方じゃん。
「…………」
男子生徒はその言葉を聞き、じっとユイさんを見つめていた。
こう、何だ。
好感度がギュンギュン上がる音が聞こえるんだよな。
「さっすが主人公ですわね……」
「え? 何がです?」
わたくしのつぶやきに、ユイさんは首をかしげる。
まあいかにもな好感度稼ぎイベントが終わったところで、本題に入らせてもらおうか。
「で、アナタ、もう気は済みましたか? 彼女は実力を証明しましたわ」
「ああ、そうだな」
「これを機に、少し考えを改めた方がよろしいかと。庶民だとしても、強者は強者です。そこが揺らぐことはありません」
腕を組みながら告げると、男子生徒は眉根を寄せた。
「何のことだ、ピースラウンド。別に俺は、強いのなら庶民が入学してもいいと思うぞ」
「あら?」
その言葉に、わたくしとリンディは顔を見合わせた。
どういうことだ?
「では、何故ユイさんに決闘を申し込んだのです?」
「知らないのか? 彼女を決闘で倒そうとするやつは多い、俺は先陣を切っただけだ」
そう言って男子生徒は、懐から一枚のビラを取り出した。
受け取って三人で覗き込めば、ユイ・タガハラが決闘相手を募集していること、勝てば政府が認可した魔法研究所への紹介状を獲得した上で、ユイさんと結婚できるという内容が書かれている。
「タガハラ、アンタこれ……」
「し、知りませんよこんなの!?」
だよなあ。こんなのする性格ではないだろ。
ということは他人が勝手に作ったものであって、その意図はどう考えても、ユイさんを陥れようとするものだ。
「まさか本人の了解を取っていないのか、これ!?」
衝撃を受けた様子で男子生徒が叫ぶ。
それからハッとユイさんに顔を向けると、即座に頭を下げた。
「タガハラ、すまなかった! 事実確認を怠っていた……!」
「い、いえ。流石にこんな堂々としてて不認可とか、意味わかんないですよね……」
ユイさんが曖昧に笑みを浮かべながら、男子生徒に顔を上げるよう促す。
どうでもいいけど剣とファンタジー世界なのに謝る時は頭を下げるの、何なんだろうな。ユーザーフレンドリーと言えばいいのか。まあゲームの世界だしその辺はごっちゃになってるんだろうな。
「ふ~ん……」
ユイさんが男子生徒をフォローする声を聞き流しながら、ビラをよく読みこむ。
印刷元も明記されている。バークライ商会という団体がこのビラを刷っているようだ。
「個人が勝手に作れる品質じゃないわね、これ。証拠品としてもらってもいいかしら?」
「ああ、構わない。敗北した俺にはもう不要な代物だ。それとこのビラは学校の周辺で貼り出されたり、配られたりしていた。次に配っている人間を見かけたら使い魔を飛ばして教える」
「助かるわ、こっちの使い魔の所在コードを教えておけば交信しやすいかしら?」
リンディの言葉に男子生徒が頷く。
どうやらこの騒動、裏で糸を引いているやつがいるらしいな。
最も怪しいのは、この紹介状を出すという魔法研究所だが。
「一応、副産物的な扱いでユイさんと結婚できる権利も得られると書いてありますわね」
「そっちは知らん。何やら教会とつながりがあるらしいが、俺はそういう政治的なやり取りにそこまで興味が持てん」
……あ、いや、これそっちが本命なのか。
まだ公には発表されていないが、ユイさんが教会とつながりを持っていること、というかつながっているも何も教会の中枢に位置する存在そのものであることは、耳ざとい貴族たちの間では噂になっている。
釣り餌としては今一番価値があると言っていいだろう。
「ということはアナタは、自分の将来のために?」
「いや、それは別に……ただ……」
「言いにくければ、大丈夫ですわ」
「いや、事情が事情だ、言うよ」
男子生徒は首を横に振った。
「恥ずかしい話とは思わないし、まだチャンスがあるのは知っているが……兄が政府の文官の試験に落ちてしまってな。来年また頑張るとは言っていたが、俺の手で何かできないかと思っているところで、このビラがな」
ふ~ん、なるほど。
話を聞いたユイさんが、おずおずと手を挙げる。
「でも、それは……」
「ああ、大きなお世話だったようだ。兄は来年受かるさ」
「……はい。そう信じてあげることが、きっとお兄さんも一番嬉しいと思いますよ」
安心したように頬を緩めるユイさん。
彼女を見つめたまま、男子生徒はフッと笑みを浮かべた。
「とはいえ……今は少し、副産物の方にも価値があると分かったがな」
「?」
隣の主人公、「?」じゃねえんだよな。リンディですらあっちゃーみたいな顔してるんだぞ。
というかこいつ、今のうちに潰しておこうかな。
「それはそれとして、わたくしがいることはある程度予想できていたのですか?」
ビラをひらひらとかざしながら、男子生徒に問う。
水を渡した時の言葉、それとなくわたくしの存在に感づいていたようだった。
そりゃ客席にいるのが見えただけかもしれんが、だとしたらああいう言い方にはならない。
「ああ。ビラを受け取った際に、ピースラウンドは妨害に来る可能性がある、と言われていた」
「ほぉ……」
「他の連中はお前を警戒しているから、まだ行動を起こせていないのだろう。俺は例外というわけだ」
なるほどね。つまりお邪魔キャラ扱いされていると。
手配書をギチギチと握りながら、自分のこめかみがビキバキと音を立てるのが分かった。
「なんでわたくしがイレギュラーエンカウントの厄介ユニットみたいな扱いを受けているのですか?」
「え?」
怒りのままに、わたくしは手配書を引き裂きながら叫ぶ。
「この学校で一番強くて一番美しいのはわたくしでしょうがァァァ───!!」
「あああああああ何証拠品破いてんのよオオオオ!?」
お読みくださりありがとうございます。
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8/30に書籍版発売されています。ぜひお買い上げをよろしくお願いします。
コミカライズが連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。
単行本は来週木曜日の10月27日に発売予定!
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