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PART21 共闘-Transformation-(後編)

 王都に火花散る。

 既にピースキーパー部隊は半壊しているようだが、戦闘はまだ終わっていない。


「しばらくは普通に攻撃していればいいんだね?」

「ええ、攻撃のパターンを読む時間をください!」


 わたくしとナイトエデンが共闘して対峙する相手は、暴走する『稲妻(ライトニング)』の禁呪保有者、エリン・グルスタルク。


「即殺以外は不得手なんだが……ッ」


 ナイトエデンは『開闢(ルクス)』の光をワイヤー状に展開すると、エリンが全身から垂れ流す雷撃をこれ以上王都に広がらせないよう、鳥かごのように編み込んで、わたくしたちを囲う形で生成する。


「さっきから思ってたのですが、なんですかそのワイヤー!? わたくしの『流星』のパクリですわ!」

「パクリじゃない! 言いがかりだ、普通に使い勝手がいいだろうこれ! まあ君が使ってるのを見て真似たのは事実だけど……」

「パクリですわ!!」

「違う!!」


 言い合いながらも、わたくしは後衛として牽制の砲撃を撃ち、ナイトエデンは四肢に開闢の光を走らせて突撃を敢行した。

 少女から無秩序に放射される雷撃は、圧倒的な威力と量で簡単には寄らせてくれない。

 ひょいひょいと軽く避け続けているナイトエデンだが、わたくしが援護しているとはいえ、正直その間合いでまだ無傷なのはどうかと思う。わたくしなら何回かガード挟んでる。


「エリン! 聞こえますか、エリン!」


 名を呼ぶも、激しい放電音にかき消されているのか、言葉を発する余裕がないのか、返事はない。代わりにわたくし目がけて浴びせられる攻撃が密度を増した。声をかけた分ヘイトが集まったか。


「フォローは必要か!?」

「このぐらい!」


 わたくしは片足で地面を踏み砕き、流星の壁を突き上げる。

 殺到してきた雷撃をシャットアウトする。視界がスパークに焼かれる。

 あっまずい、牽制打ってないから数秒間ぐらいナイトエデンに攻撃が集中する。


「ナイトエデ──」

「おっと……!」


 名を呼ぶ暇もなかった。

 ナイトエデンは今度は自分がターゲティングされていることを察すると、空間そのものを蹴り飛ばして急制動をかけ、スーツをはためかせながら三次元的機動で稲妻の網をかいくぐった。

 何だ今の動き!?

 速い、強い、そして上手い! こいつホント化け物だな……!


「今のを避けられるんですか……!」

「正直ちょっと自信なかったよ!」


 そもそもこいつの戦闘そのものを見るのが初めてだ。誘拐犯をとっちめたときは戦闘として成立していなかったし。

 分かってはいたがこうも実力を示されると、流石に顔が引きつってしまう。


「だが今の状態なら永遠に持ちこたえられると思う! こちらの心配は無用だ!」


 彼は身体各部から光を自在に放出していた。一見すれば今のエリンに近いが、内実はまったく違う。光の質が違い過ぎる。無形の輝きを時には剣に、時にはワイヤーに、時には盾に、時には推力に。変幻自在に実体化させて適宜活用している。呼吸するように行われるそれらが、暴走状態の『稲妻』を一方的に粉砕し、翻弄する出力なのだ。

 え、もしかしてこれ、できないことがないタイプの異能か?



〇101日目のワニ 開闢強すぎて草

〇苦行むり あのお父様ですら今はもう全盛期が過ぎてる状態というのも納得の強さ

〇火星 これ光速移動なくても何回かエリン殺せてるな……



【一応聞いておきますが!

 『稲妻』自体については原作に出てないという話だったのでいいとして!

 この禁呪のオーバーロード状態については何か知りませんか!?】



〇無敵 知識としては知らないがシステム的に予想はできる、引き出した力に対して本人の制御力が追い付いていない状態だな

〇日本代表 ループ能力を自在に行使してた時点で禁呪の習熟度はめちゃくちゃ高いはずなんだが、それでも扱いきれてないとなると、この子がそもそも『稲妻』に対して適合率がめちゃくちゃ高いんだと思う

〇宇宙の起源 解決法は多分分かってると思うけど、アクセス状態を終わらせればいい、つまり殴って止めろ!



 簡潔で助かるよ……!

 だが、一秒ごとに雷撃の出力も量も増している。

 最初にナイトエデンが展開した鳥かごが、内側から何度も穿たれてビリビリと振動する。


「ぐ……どんどん速く、強くなってきているぞ! 多分アクセス先から引き出せる力が跳ね上がっているんだ! まだかかるのか!?」

「分かっています! もう少しだけ時間を!」


 エリンから放たれる雷撃の一筋一筋を分析し、威力や角度を算出、データとして集計していく。こっちに飛んでくる攻撃を捌きながらっていうのがきつい!

 ……そういやアクセス先って言ってるけど、禁呪ってどこにアクセスしてるんだ。通常の魔法がアクセスする『根源(レコード)』とは違う場所だって誰かが言っていた気がするが。いや、それは今考えるべきことじゃない。


「チィッ……!」


 音を立ててナイトエデンの右腕がスパークする。

 どうやら避けそこなって、とっさに防御したらしい。


「ナイトエデン!」

「大丈夫、これぐらいでは!」


 スーツの袖が焦げ、煙を上げている。

 だが彼の表情に揺らぎは一切ない。


「譲れないんだからな……!」


 割り切って回避だけでなく防御も積極的に行い始めたナイトエデンが、低い声でつぶやくのが聞こえた。

 ああ、そうだ。わたくしも同じ気持ちだ、譲れない。

 だから……!


「見えましたわ!」


 パターンがある。雷撃の放射は幾何学的に配置されている。

 敵の位置取りに応じて多少の変更が入るようだが、逆にこちらでその法則を看破すれば、相手の攻撃をコントロールできる!


「流石だね! 正直私からはまったくパターンとか見当たらないけど!」

「えっ……!? い、いえ、多分それって無自覚に判別してるんだと思いますわよ!?」

「そうなのか!? 勘で動いてるんだが!?」


 いや逆に勘の方が怖い。怖ぇよ。何こいつ。

 戦闘に関してはロジカルに進めていきたい身としては絶対に看過できない発言過ぎるだろ。


「『流星』でガイドビーコンを作ります。タイミングは大丈夫ですわね、威力を抑えるために光速移動はできませんわよ!」

「やるしかないだろう!」


 いい返事だ!

 わたくしは防御用に展開していたビットも牽制用の砲撃も消して、全出力を込めてガイドビーコンを空間に描く。

 稲妻の飛び交う空間に設置するから、ひたすら頑強でなければならない。単なる盾よりもっとだ。四方八方から飛んでくる攻撃に耐えられる代物にするなら、他にリソースを割く余裕はない。


「これで……ッ」


 飛来してきた雷撃が直撃、肩を切り裂く。いっだい!

 血を撒き散らしながら後退、狙いを確定させるための位置取りをする。


「ナイトエデン!」

「────!!」


 名を呼ぶだけで意思疎通は完了する。

 ビーコンの正面に音もなく現れた彼が突撃の体勢を取る。

 わたくしとナイトエデンの位置を確認し、エリンの『稲妻』が迎撃のために紫電を放射する。

 片目の未来予知を発動、飛んでくる雷撃は、わたくしの予測ドンピシャ!


「今ですッッッ」

「──ッツァアアアアアアアアアアア!!」


 刹那だった。

 ナイトエデンがその身に雷撃を突き刺されながら猛然と走り抜ける。

 振りかぶった右手に『開闢』の光が結集。



「必殺! 救世主煉獄浄化ストライク──ッ!!」



 必殺しちゃダメなんだって。

 そのツッコミを入れる暇もなく、彼の一撃がエリンから放射される紫電を砕き、そのまま彼女の身体に直撃した。



〇苦行むり ネーミングセンスは中学生なんだな……

〇適切な蟻地獄 何なら精神状態から比較するとセンスは育ってるまである



「よし! 通ったぞ!」


 ナイトエデンが間合いを取りながら叫ぶ。

 直撃を受けたエリンは膝をつき、顔を伏せていた。


「……あれ。やったんだよ、ね」

「そのはずですが」


 ていうかその発言は『やったか!?』にかなり類似してるからやめろ。怖ぇんだよ。

 言ってる間にもエリンの様子を窺っていたが、どうにもアクションがない。


「ちょっと木の棒とかで突っついてみる?」

「なんてこと言うんですかアナタ……」


 ナチュラルに小学生男子みたいなこと言うのやめろ。

 頬を引きつらせていたその時だった。

 エリンの身体がバチリと紫電を散らす。


「……ッ! まだ!?」


 とっさに身構えた瞬間だった。


「あ──アアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 喉が張り裂けんばかりの悲鳴と共に、エリンからこれまでで一番の雷電があふれ出す。

 今までにない大規模で発生したそれは、瞬時にナイトエデンが形成していた鳥かごを破壊し、王都の複数の区画にまたがって破壊の嵐を巻き起こした。

 即座に防御を展開したわたくしとナイトエデンが余りの出力に吹き飛ばされそうになる。


「なんだこれは……アクセスは切れたはずだろう!?」

「これは……最後に引き出した力だけは残っていて、逆に制御が失われすぎて暴発してるのですか!?」


 だとしたらもう一回叩く必要が──あ。

 違うこれ逆だ。


「『稲妻』からエリンを守らなくてはなりません!」


 制御できていない上に主導権すら失った状態で暴発するんだ、本人を傷つけるに決まってる。

 わたくしの叫びに、ナイトエデンがハッとする。


「だがまずい、あれは流石に飛び込めない! 間隙がないぞ!」

「それでも飛び込まなければ意味はないでしょう!」


 ナイトエデンの制止を振り切ってわたくしは踏み出そうとして。

 

 それよりも早く、何よりも速く。


 わたくしとナイトエデンの隣を影が疾走し、そのまま稲妻の中へと突っ込んだ。



「エリンちゃん────ッッ!!」



 その身がいくら焼き焦がされようと構わないと言わんばかりに、飛び込んできたロブジョンさんがエリンの身体を抱き、代わりに稲妻に穿たれた。


「え……おじさん……?」

「ゴフ……もういい、もういいんだエリンちゃん……!」


 まばゆい光の中で、ロブジョンさんが力強く少女の身体を抱きしめる。

 わたくしもナイトエデンも言葉を失った。

 あれは多分、わたくしたちにはできないことだ。やろうと思ってやれることじゃない。


「……正義の味方でなくて、本当に欲していたのは彼だったということか」


 だんだんと『稲妻』の光が収まっていく中で。

 隣でナイトエデンがこぼした言葉が、嫌に耳に残った。




 ◇




 ぱちりと、少女の瞳が開いた。

 比較的綺麗な壁に背を預け、地面に座り込んでいる姿勢。

 ぼんやりとした感覚の中、自分のものではない上着を着させられていると分かったようだ。

 彼女の視線の先で、わたくしとナイトエデン、そしてロブジョンさんが、瓦礫に腰かけて休息を取っている。

 ロブジョンさんは脱ぎ捨てていた上着をエリンに着せ、戦闘の影響でボロボロになったシャツを脱いだタンクトップ姿だった。


「ひょえ~! めっちゃいいカラダしてますわね、細マッチョってやつですか!」

「あ、ああ、えっと……退役してもトレーニングは習慣として残ってたからね……?」

「どういうトレーニングをしているんですか? いえ、私は既に完成された存在なのでトレーニングしてかっこよくなりたいとか思っているわけではないしそういう欲求なんてひとかけらもないですがどういうトレーニングをしているんですか? どれくらいの期間続けるとこういう身体になれます?」

「君初対面だけどめっちゃぐいぐい来るね」

「息継ぎ忘れてますわよ」


 彼の腕は太く、筋肉の隆起を汗が伝っている。

 完全に意識が覚醒したようで、エリンは気絶したままのふりをしてロブジョンさんの肉体をガン見し始めた。わたくしは即座に気づいたが、見なかったことにした。


「あれ、起きたのかい?」

「馬鹿! しばらくほっといてあげてよかったんですわよ今の!」

「え、そうなの……?」


 同様に気づいて即座にナイトエデンが声をかけたので、エリンのフィーバータイムは終了した。

 まあ終わっちまったもんはしょうがない。真面目な話をする時間だ。


「……負けたのね」

「ええ、わたくしたちの勝利です」


 言いながら、わたくしは隣に佇むナイトエデンの動向にそれとなく注意を払った。

 禁呪保有者は殺すべきだという理念そのものを覆したわけではない。あの瞬間は確かに、エリンを救うべきだという見解の一致があった。

 だがそれが今も通用するかは分からない。また殺そうとしたっておかしくない、のだが。


「ああ、私たちが勝った。敗北者である君は罪を償うしかない。とはいえ事情が事情だからね、恩赦は十分にあり得ると思うよ」

「……あれ?」


 なんか普通にエリンの今後の話を切り出したなこいつ。

 わたくしはそっとナイトエデンの、焦げたスーツの袖を引く。


「ちょっちょっ、いいんですか? 殺そうとしていませんが」

「自分の手で救った人をすぐに殺そうとしたら、私普通に頭のおかしいやつじゃないか?」

「でもアナタ、頭のおかしいやつじゃないですか」

「グーいくよ、グー。光の速さでいくよ」


 いやお前は絶対おかしいって。

 ギャースカ言い合っていると、ロブジョンさんがエリンのもとにしゃがんで、優しく語りかける。


「ひとまずは、自分のことだけを考えるんだ。お父さんとは……後で会えると、思うんだけど」

「……でも、あたしは、失敗した。お父様の命令を果たせなかった。だからもう、あたしに、生きていく理由なんて……」


 その言葉を聞いて。

 胸ぐらをつかみ合っていたわたくしとナイトエデンは動きを止め、苦笑した。というかナイトエデンは苦笑に留めることができず、腹を抱えて笑い始めた。

 涙すら浮かべながら、彼はわたくしに視線を向ける。


「ふふふっ……ほら、言ってやりたまえ」

「えぇ~。人に促されるのはあまり好きではないのですが」


 なんだか読まれているし、逆に読めてしまうな、と感じつつ。

 わたくしもまた笑みを浮かべて、エリンに顔を向ける。


「まあ、アレです。すべてが無意味だったとは思わないことです」

「え……?」

「アナタが父親のために戦ってきたこと、それ自体の価値が損なわれるとは思いません。アナタもまた──自分で定めた道を走り続けた、流星なんですから」

「……でも、そんなの、自分じゃ」

「自分で決めることですわ、エリン」


 視線を重ねて断言した。

 彼女は逡巡するかのように黙り込み、それからロブジョンさんへと目をやる。

 彼が静かに、けれどはっきりとうなずいたのを見て、エリンは息を吸った。


「……考えて、みるよ。自分で決めることなのかどうかを、考えてみる」

「ええ、まずはそこからで大丈夫ですわ」


 エリンの言葉に、わたくしだけではなく、笑いの収まったナイトエデンも腕を組んで頷く。


「その通り。確信したよ、私の判断は間違っていなかった。たとえ禁呪保有者であろうとも……君もまた、私が守るべきヒカリの一つだ」

「光じゃなくて流星ですわ」


 大事なところなので訂正を入れた。

 彼はスッと真顔になって、こちらの顔を覗き込んでくる。


「は? ヒカリだけど?」

「え? 流星ですわよ?」

「何だい? やるのかい? やっちゃうよ?」

「ああん? やるんですか? やっちゃいますわよ?」


 わたくしとナイトエデンは至近距離でメンチを切り合い始めた。



〇日本代表 いい加減にしろ!話が進まねえんだよお前らのせいでよお!



「チッ……ここは引き分けとしてあげましょう」

「フン、上等だ。いつかはヒカリだと認めさせるがね」


 ナイトエデンも、どうやらわたくしと同じ意見のようだ。


「ではエリンを頼みますわ、ロブジョンさん」

「え? ……ああ、なるほどね」


 遠くから戦闘音が響いてくる。

 まだやるべきことは残ってる。ほぼ後始末レベルだがな。




 ◇




 ピースキーパー部隊の面々は、事前にグルスタルクから、本隊からの指示が途絶えた場合にも作戦は継続しろという命令を与えられていた。

 ゆえにグルスタルクが敗れ、エリンが無力化されたというのに、王城を目指して行動を続けている隊員たちはそれなりに残っていた、のだが。


 彼らの前に立ち塞がった、絶望的な存在が二つ。

 マリアンヌとナイトエデンだ。


「この程度でよく王城に攻め込もうとしたな、呆れるよ」


 変幻自在のヒカリを使い、『開闢』の覚醒者ナイトエデンが戦場を荒らし回る。

 彼は光の鞭を振るって中距離の兵士たちを薙ぎ払い、至近距離に踏み込んできた相手は光で構成されたトンファーで打ち据え、地面に叩きつけていた。


「めっちゃ色んな武器出しますわね!?」

「当然だろう? 『開闢(ルクス)』は万能にして至高のヒカリだ。できないことなどない」

「むむむ……わたくしの『流星(メテオ)』だって、それぐらいできましてよ!」


 突然対抗心を燃やしたマリアンヌが、両手に流星の光を結集させる。

 それは流星の輝きで構成されたパイルバンカーと戦斧になり、ピースキーパー部隊の面々へ襲い掛かった。


「はいできましたわっ! あ、これ攻刃Ⅲ+必殺って感じのデザインですわね……」


 適当なことを言いながらも、彼女が腕を振るうたびに隊員たちの身体が宙を舞う。

 最終的にすべての敵を打ちのめして、マリアンヌとナイトエデンが、這いつくばる敵対者たちを瓦礫の山の上から睥睨する。


「ここまでですわ、決着はつきました」

「これ以上無駄な抵抗はやめたまえ」


 降伏を勧告されたピースキーパー部隊の面々は今、『禍害絶命』が作動している。ゆえに戦闘自体は続行可能だ。

 だが、だからなんだというのか。

 目の前にいる二人を、たかが不死であるからといって、どう倒せばいいのか。


(馬鹿な……! 我々が……あんな若者二人に、いとも簡単に……っ)


 抵抗の意思を見せる敵兵がいないことを確認して、マリアンヌはその両手の武器をかき消す。

 それからふと見れば、同様に装備を光の粒子に還元したナイトエデンがバツの悪そうな顔をしていた。


「では私はこれで失礼するよ」

「……その。色々と手伝ってもらいましたし、最後まで一緒に戦っていただきましたが……大丈夫ですか?」

「まあ、大丈夫ではないさ」

「ですよねー」


 ナイトエデンが所属する勢力が彼の教育をコントロールしているのは明白であり、さらに禁呪保有者を打倒するという使命も加味すれば、今日の彼の行いは教えに真っ向から反していることになる。


「だが、学びも得たよ」

「え?」


 打って変わって優しい声色で告げるナイトエデンに、マリアンヌが目を丸くする。


「ヒカリとは選ばれし者だけが振るう、至高にして唯一の存在だと思っていた。でも、違うのかもしれない」

「…………」

「あの少女……エリンは父親のために戦っていた。私のように、使命だけで戦ってきた人間とは違う。あれもまた、ヒカリの在り方の一つだと思ったよ」


 その言葉を聞いてマリアンヌは、どうしようもないほど悲しくなった。

 彼が新たに得たという学びは、きっとみんなが知っていることだったからだ。


(ナイトエデン、それはみんないつの間にか知っていて、けれど現実を生きていく中で忘れてしまうだけで……誰もが光であるだなんて、自明すぎる真理なんだ。なのにお前はそれを、初めて……)

「何にしても……君と共闘するのは、今回が最初で最後だ。そうであることを願うよ」


 マリアンヌが何か言う暇などないまま、彼の姿はかき消えた。

 後には戦闘の意思を失ったピースキーパー部隊と、夕焼けに染まる、破壊された王都の姿だけが残っている。


「……最初で最後、ですか」


 確かに、それがいいと思った。手を組まなければならないような相手が他にも出てくるのは御免だからだ。

 日がゆっくりと落ちていくのを眺めながら、マリアンヌはけだるさから深いため息をついてしまうのだった。




 ◇




「…………っ」


 全ての事態が収拾されていく中で。

 エリンの危機を察知したロブジョンがいなくなったあとに、グルスタルクは吸着していた部下を殺害して自由を取り戻すと、一人裏路地を走っていた。


(役割は……果たした。都市部での緊急事態下で、騎士がどう動くのか……そのデータを取っている連中もいた)


 避難する市民や、必死に抵抗する騎士だけではない。

 それらを俯瞰しつつ、かといってピースキーパー部隊の邪魔をするわけでもない人影たちを、グルスタルクは決して見逃していなかった。


(くくく……楽しみだ。私はその時代の中で何をする? 次の時代、戦乱の中で……また部隊を生み出し、さらなる激しい戦火を巻き起こすのも一興。だが、そうだ、エリン。生きているのなら、少しばかりはあの子と二人で……)


 精神的な疲弊からか、まとまらない思考をぼうっと続けながら、グルスタルクは壁に手をついて路地を曲がり。



「……久しぶりだな、グルスタルク」



 そこに、深紅眼が待ち受けていた。

 マクラーレン・ピースラウンドが、黒のスーツ姿でそこにいた。



「……戦団長。私は!」

「ロブジョンがお前を殺さなかったのは、お前がエリン・グルスタルクの父親だったからだ」


 グルスタルクの言葉には耳を貸すことなく。

 現代最高にして最強の魔法使いは、革靴の足音を響かせながら、ゆっくりと歩いてくる。


「そして……父親として失格の私に、お前を同じ父親として裁いたり、許したりする資格はない」

「そんなことはどうでもいいッ。戦団長、貴方の意見を聞きたい……! 私の新生ピースキーパー部隊の、戦略的評価だ!」


 足音が止まった。

 マクラーレンは眉根を寄せ、それから諦めたように小さく息を吐いた。


「新生ピースキーパー部隊だが」

「ええ、ええ! 如何に見えましたか、貴方にッ」

「──塵だな。存在する価値もない」


 その瞬間だった。

 マクラーレンが右腕を一振りした。それだけでグルスタルクの下半身が消し飛んだ。


「ぬおおおっ!? ……し、しかし! 貴方が生み出した不死の兵士である私には!」


 グルスタルクの言葉を遮るようにして、おびただしい量の血が飛び散る。

 そこで、気づく。

 グルスタルクの身体が、再生を始めない。


「顔を合わせた瞬間に、八節の対抗魔法を撃ち込んで『禍害絶命』をお前の体内から除去した」

「……え?」

「私が組んだ魔法だ、私が解除できないはずがないだろう、グルスタルク……」


 他の面々が理論や経験、あるいは根源的な異なる力を用いて再生ギミックを打破する中で。

 マクラーレンだけは、彼自身が開発者であるという圧倒的な優位性を持っている。

 だから当然、工夫の問題ではなく、彼ならば正面から『禍害絶命』を無効化できるのだ。


「お前が父親なら……私も別の選択をしたかもしれない。エリンという少女が悲しまないようにと。だがそれは、私の希望的観測に過ぎなかったようだ」

「……確かに私よりは、貴方の方が、父親ではあるかもしれませんね」


 なるほどこれは死んだ──グルスタルクは瞬時に自分の状況を理解し、諦めた。

 自分の生命にそれほど頓着があるわけではない。戦乱の種は撒いた、ならば潔く受け入れることに抵抗はない。

 グルスタルクは数度頷いてから、マクラーレンを見上げる。


「戦団長、北の山脈の隠し小屋を覚えていますか。そこにエリンに残した財産があります。どうか届けてやってくれませんか」

「……ッ」


 その言葉を聞いて、マクラーレンは頭に血が上るのを感じた。


「何故そういうことを、生きている間にできないんだ……!」

「……何がですか。エリンは一人で生きてきたわけではない、手助けは必要でしょう。それを用意しておくのは、自明の理です」

「お前のそれだって、親心のはずだったのに……ッ」


 俯いて唇を噛むと、頭を振ってマクラーレンは呻いた。

 その様子を不思議そうに眺めていたグルスタルクだが、ああ、と声を上げる。


「言わなくては、と思っていたことが、一つあります。発言の許可をいただいても?」

「……何だい、グルスタルク」

「戦団長。貴方の娘は、貴方を超えて……世界を壊しますよ」


 それが最期の言葉だった。

 こつんと壁に頭を当てて、グルスタルクの瞳から光が失われていった。

 しゃがみこんで彼の瞼をなでるようにして閉じさせながら、マクラーレンは自分以外にいなくなってしまった路地で小さく呟く。


「そんなこと、どうでもいいだろう。あの子なら大丈夫だ。お前は最期ぐらい、娘を……」


 言葉は途中で続きを失ってしまい、宙ぶらりんのままだった。






 ◇




 こうして王都、並びに対抗運動会会場で勃発した事件は終息を迎えた。

 対抗運動会は、ピースキーパー部隊のテロ行為によって中断。

 閉会式は日を改めて行われることとなった。


 色々あった。エリンの処遇やら、ピースキーパー部隊やら、ロブジョンさんやら。

 でもそれらについて語るよりも先に、わたくしにはやらねばならないことがある。


 唯一残っていたプログラム、『ヴァーサス』の決勝戦。

 つまり、わたくしとロイの対決の行方である。




 ◇






「……」


 わたくしは制服のネクタイがズレていないか、全体的におかしいところはないかを控室の鏡で確認していた。

 どこからどう見ても美少女だ。今日も可愛い。

 息を吐いて部屋を出て、廊下をまっすぐ歩く。ローファーが床を叩く音が、誰もいない空間に響き渡る。


「…………」


 やがて廊下の突き当たりで曲がると、そこはスタジアムの中央ステージへと向かう道になっていた。

 既に相手は舞台上で待っている。だが焦ることはない。

 歩きながらわたくしは、国王アーサーが事態を収拾した後に宣言した内容を思い出す。


『対抗運動会の閉会式は三日後に改めて行う。『ヴァーサス』決勝については、テロ事件を受けて安全面を見直し、関係者のみ参加する方式で二日後に行い、結果のみを周知するものとする』


 なんだか色々と……こう……便乗して好き勝手に決めたなあ、あのジジイ。

 しかもスタジアムの方に行ったピースキーパー隊員たちを蹴散らしたのもあの男らしいじゃん。

 いいな~見たかった! 実際問題あいつが持ってる具体的なカードを見れてないから、絶対に見たかったんだよなあ。ユイさんとジークフリートさんは何が起きたのか分からなかった、って顔を引きつらせてたけど。


「………………」


 そうこうしているうちに、薄暗い通用口の終わりに差し掛かった。

 投光器に近い魔力灯が照らすスタジアムに一歩踏み出せば、肌を撫でる空気が一気に変わった。

 観客席はガラガラ。見知った友人や高位の騎士・魔法使いがぽつぽつと座っているだけ。来賓席も、王族こそ揃っているが貴族院の連中は半分以上姿を消している。

 当然だろう。関係者というのはすなわち、わたくしとロイの全力全開について、ある程度知っている人間を意味するのだから。


「お待たせしましたわ」


 ステージにひらりと飛び上がる。

 正面に佇む金髪碧眼、王子様という言葉から誰もが連想する姿をさらに純化させたような男──我が婚約者が、首を横に振る。


「いいや、こちらも少し前に着いたばかりだ。気にしないでくれ」

「緊張してます?」

「少し、ね。でも今の言葉はよかったな、もう一回言ってくれないか?」

「どういうシチュエーションを連想したのか選択肢が多すぎて嫌ですわ……」


 全然緊張してねーじゃん。

 まあ、御前試合やりまくってるから慣れたもんだよなあ。


「ではお二人とも、事前に詠唱をしたい場合は今行ってください。事前詠唱の上限は十三節までです」


 げんなりしていると、拡声魔導器越しにグレン王子が声をかけてきた。

 普通に考えればありえない数字を平然と言っている。上限十三節なんて許可してたら、決闘は初動で最大火力をぶつけ合うだけのカスのゲームになってしまう。


 とはいえ今回は、禁呪保有者であるわたくしの存在が大きい。

 要するに──


「全力でやっていいのですわよね?」

「うむ」


 アーサーは鷹揚に頷いた。

 おけ! 珍しく気前がいいじゃん。

 わたくしは両足を肩幅に広げると、天を指さして詠唱を開始する。



 ──星の煌きを纏い(rain all)偽天を焼き焦がし(sky done)大地を芽吹で満たそう(glory true)



 様子見をする理由がない。

 今のわたくしが切れるカードの中で、最も強い敵相手に切るカードを切る。



 ──宣せよ(shouting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)



 フィールド上にわたくしの宇宙を展開する。

 だが円形に広げていくと、突如として壁にぶつかった。

 ロイが佇む場所を中心に、彼の半径数メートルで宇宙が上手く展開されない。相手の神秘の密度と拮抗しているのだ。



 ──正義(justice)純白(white)執行(execution)聖母(Panagia)



 ならばますますこのフォームしかない、と確信する。

 何かしらの権能が発動している以上、ひとまずこちらへのデバフをカットするのは前提としてやっておきたいからだ。



 ──悪行は砕け(sin break)た塵へと(down)秩序はある(judgement)べき姿へと(goes down)



 二回目ということもあってか、ぶっつけ本番だった上にズタボロだった前回よりもかなり楽に魔法を組める。

 であるならば、この戦い、雌雄を決するに相応しい!



 ──さだめの極光は(vengeance)唯ここに(is mine)



 詠唱完了。

 銀河の輝きがわたくしの身体から放たれ、余波がステージを砕く。




「────超悪役令嬢マリアンヌ・ピースラウンド(ツヴァイ)ですわ!」




 ワザマエフォーム発動完了!

 即座に体内で魔力を循環させ、余剰分を背中から放出する。バチバチと音を立てて、わたくしの背から光の翼が伸びる。

 その光景を見てもロイに怯えや緊迫の色はなく、むしろ歓迎するような笑みを浮かべていた。


「本気で来てくれるんだね、マリアンヌ」

「当然です。アナタだって既にフル出力でしょう」


 詠唱こそしていないが、先ほどの感覚からして、『七聖使』の権能を展開しているのは明白だ。

 ロイは頷くと、静かに剣を抜いた。



雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)



 彼の身体と剣に稲妻の光が走る。

 エリンが放っていた禍々しい雷光とは異なる、空を疾走する真っすぐな光。


「随分と制御できるようになりましたわね」

「完全じゃないし、意図的に出力を下げているけどね。でも……これが今の僕の最大限だ」


 それでいい。最大限同士の激突でなければ、意味はない。

 互いに準備は終わった。視界の隅でランプが順番に灯っていく。

 赤、赤ときた最後に、緑色の明かりが輝いた。




戦術魔法行使(ENGAGE)を許可します(FREE)




「では王子様、一曲いかがですか?」

「喜んで、マイレディ」







挿絵(By みてみん)

本日書籍版発売されております!

電子もkindleで買えますので、みなさんどうぞよろしくお願いいたします。



コミカライズも連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

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― 新着の感想 ―
[良い点] 書籍おめでとうございます! 書籍化のタイミングが最終回みたいな終わり方で笑ってしまう なんというか、不器用な奴らが多い話でしたね今回…… [一言] よく光と闇、表と裏、隕石と水と言われま…
[良い点] 書籍発売おめでとうございます! [一言] マリアンヌも色々とパクってると思うんですがそれは……。
感想一覧
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