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PART20 共闘-Transformation-(前編)

 王都にて勃発した禁呪保有者同士の激突に、正義の使者たる七聖使のリーダーが割り込んでいた頃。

 対抗運動会が行われているスタジアムにもまた、新生ピースキーパー部隊の実働部隊が姿を現していた。


「退くな! ここを退くと本陣が射程に入る! 押し留めるんだ!」


 ジークフリートは部下たちに指示を飛ばしつつも、相手の思惑通りに進んでいることに歯噛みする。

 不死の兵士たちがその再生能力を全面に押し出して突撃してくる──ことはなく、彼らは魔力の再生という特性を生かし、距離を取った砲撃戦を仕掛けてきていた。


「大丈夫ですか、ジークフリートさん!」


 防御陣形を維持するジークフリートの隣に、小さな影が突如として飛び込んでくる。


「タガハラ嬢か……!? こんな最前線に!?」

「一番動けるのが私だったんです! それよりこれは、食事に何か魔法を仕込まれて……!?」

「……王都からも報告が来ているが、どうやらこちらの屋台で売っていた食べ物にも、向こうの魔法のかかった食材が紛れていたらしい」


 本命が王都であることなど分かり切っている。

 そちらへの増援を送ろうにも、敵部隊の足止めを突破できない。

 

「タガハラ嬢、君は動けるんだな?」

「はい。私はたまたま食べていなかっただけで、ロイ君やリンディさんやユート君は、無理矢理魔法で身体を動かしてるみたいですが……ていうかジークフリートさんは……?」

「体内で増殖する食材を加護ですり潰し続けている。それなりにリソースは持っていかれているな」


 ジークフリートは、もしかしたら彼女単独ならば王都に送り出せるかもしれないと考えた。

 しかし次期聖女である彼女を伝令係のように扱うのははばかられる。


(何より……この場に戦力が集まり過ぎている。打開しないのは、オレたちを巻き込みかねないからか?)


 彼がちらりと視線を送るのは、スタジアムの来賓席中央に腰かける国王アーサー。

 そしてアーサーの両隣に陣取る、国内最強の騎士たち。



「うーん……よく統率された部隊と見えるねェ~。この間合いが実にいやらしいじゃないの。あんまり出力上げ過ぎると、余計な被害が出ちゃうなァ~」


 『透律卿』ことチェルグラス・マラガン大隊長。



「ヨホホ。時間稼ぎに徹したいのは見え見え、それでもなかなか打開できず。ストレスのたまる展開ですナ」


 『髭猫卿』ことミケ・タウ大隊長。



「……私が突撃し、破壊する。陛下の護衛を任せてもいいか」


 『暗天卿』こと、ゴルドリーフ・ラストハイヤー大隊長。



「おいおい……ゴルドリーフさんよ、おかしいだろ~? お前さんの権能じゃぁ~、迅速な打開はできね~はずだが?」

「先日の失態を取り返したいという気持ちがバレバレですぞ。気になさらずともよいと言ったのに」

「しかし、我が身が罰されていないのは温情でしかない。ならば私こそ、最大限に働かなければならないだろう」


 大隊長たちは動揺などみせることなく、敵部隊を目で追いながら会話する。

 彼らも体内に『禍害絶命』を打ち込まれてはいたが、それをジークフリート同様に加護で圧し潰し、普段とさして変わらない戦闘力を維持している。


「ミケさんよ~。あんたの権能なら、どうだい?」

「ヨホホ……打開は簡単ですが。個人的には、ねえ」

「まさかこの場で、部下たちの成長を見たいとでも?」


 ミケ大隊長は髭をいじりながら、ニヤリと笑みを浮かべる。


「私たちも、そろそろ引退が近いですからなあ。これぐらいは乗り切ってもらえると嬉しい……いいえ、乗り切ってもらわねば困りますぞ」

「ったく、相変わらず緊張感のないやつだねェ~。こりゃ俺たちで適当に潰しに行った方が速そうだぜ~? ゴルドリーフさんよ」

「いやだから、私に任せてもらうわけには……」


 三人が迅速に動かないのは、ジークフリートが推察したとおりに、既に展開された騎士や魔法使いの部隊を巻き込みかねないからという理由もある。

 だがそれ以前に、彼らにとってこれは危機的状況ではないのだ。圧倒的実力を有するがゆえに、多少の小細工を噛ませてきた程度では揺るがすことのできない差。


 そもそも、実際のところジークフリートたちとて追い詰められているわけではない。

 デバフをかけられた状態では、逃げ回る敵を捉えきれないというだけ。

 戦闘は続き、砲撃は飛び交っている。だが生死のやり取りには至らない時間が流れる。

 もはやそれは、ある種の弛緩状態と言ってもよく──



「もう、よい」



 声が響いた。

 ただそれだけで全員の身体がギシリと止まった。


「グルスタルクめ……あの魔法をこう使うか。マクラーレンには見せたくないのう」


 その場にいた誰もが、言葉を発せない。

 存在していてもいいという確証が奪われた、そう言うほかなかった。


「全軍後退せい。あとはこちらで対応する」


 魔法使いでもなく騎士でもなく。

 シュテルトライン王国の頂点に君臨する男、アーサー・シュテルトラインが玉座から立ち上がっていた。


「こいつは、なんとも……意外な展開ですねェ~」

「ヨホホ……陛下自らですか?」

「お手を煩わせるわけにはいきませんよ、陛下」


 圧力に押し潰されていない例外はたった三人、王国最強の大隊長たちのみ。

 彼らの制止に対して、アーサーは無表情のまま首を横に振る。


「我慢ならんのだよ、『禍害絶命(アレ)』をああ使うとは……」


 スタジアムの来賓席から敵部隊が展開されている林道を見やると。

 アーサーはその右腕を伸ばし、照準を定めるようにして数秒目を鋭くした。




「──自由を(Si vis)背負い(pacem,)愛と平和を(para)実行せよ(bellum)




 アーサーの『烈嵐(テンペスト)』が、万能の効果を発揮する。

 距離を置いて砲撃を加え続けていた新生ピースキーパー部隊の隊員たち。

 その全員の身体が分子レベルに分解された。


「舐めた真似をしてくれるのう」


 続けざまにアーサーが左腕をかざす。

 分子に還元された隊員たちの身体は、同じ『烈嵐』の効果で、瞬時に元の状態へと復元された。

 当人たちですら気づけない、刹那のうちに完了される御業。


『……えっ』


 アーサーに届くはずもないが。

 ピースキーパー部隊の面々は、一様に困惑の声をあげた。

 彼らを不死の兵士たらしめていた『禍害絶命』が突如として機能不全を起こしていた。

 確実に絶命する攻撃を受けて、だが『禍害絶命』が効果を発揮する暇もなく即座に再生された。結果として再生するべきものが存在せず、魔法を構築する式に矛盾が生じてエラーを吐いているのだ。


「ほれ」


 なんてことはないように数秒ですべての『禍害絶命』を無効化した後。

 アーサーはぴん、と人差し指で空中にデコピンした。



 ──天が割れた。



 巻き起こるは圧縮された超巨大積乱雲(スーパーセル)

 敵部隊が位置取りしていた林道をピンポイントに収める突発的な大災害。

 一瞬のうちに大地が叩き割られ、天高く舞い上がり、その中で敵兵たちがもみくちゃにされていく。


(……殺してもいいが。しかしそれも違うか)


 アーサーは腕を一振りした。

 直後に大嵐がかき消え、意識を失った敵部隊隊員たちが地面にゆっくりと落とされる。


「────ッ! ごほっ、ごっ」


 そこでやっと、ジークフリートはむせながら呼吸を再開した。

 アーサーの魔法が作動している間、一同は生きた心地さえしなかった。戦場を圧倒的な、そして──自国の王に向けるには、あまりにもふさわしくないと分かっていながらも、それしかなかった──絶望的な空気が覆いつくしていたのだ。


「流石ですね、陛下」

「当然だわい」


 ゴルドリーフの賞賛の言葉に鼻を鳴らして。

 アーサーは興味を失ったように林道から顔を逸らし、王都の方向へ視線を向ける。


「向こうは……ふむ。厄介なことになっておるようだの。だがこれは──まさか、そうか。ピースラウンドの娘め、きちんと感づいておったではないか」




 ◇




 王都の一区画にて、ロブジョンとグルスタルクが激しい戦闘を繰り広げている。


「ぐううっ」


 グルスタルクが発動した風属性魔法に吹き飛ばされ、ロブジョンが地面に叩きつけられる。


「その程度で私を止めるつもりだったか、ロブジョン・グラスッ」

「トラヴィス・グルスタルク! まだッ!」


 追撃をかわして体勢を整え、ロブジョンが地面を叩く。


「あの地獄を見てもまだ、戦いたいとでも!?」


 彼らのように正式な軍属を経験し、さらに特殊な機密情報部隊に所属していた者にとっては、一般的な認識とは異なりある程度の詠唱短縮が常識となっている。

 マクラーレンが扱う詠唱破棄とは根本的にシステムこそ違うが──両者は事前の装填枠を拡張することで直接的な詠唱を完全に省略し、四節までの魔法の即時発動を可能としている。

 それだけならばまだいい。だが二人はその身に『禍害絶命』を発動させた状態。単なる四節詠唱とは比べ物にならない威力を発揮する。


「平和を愛すると口先で誰もが言う! だが平和とはなんだ! 何も起きていない小休止の時間に他ならない!」


 ロブジョンを起点として地面が隆起し、波濤となって襲い掛かる。

 だがグルスタルクは三節火属性魔法『火炎薙擲』を発動、その魔法を正面から粉砕した。


「戦争から私は多くを学んだよ。エリンに『禍害絶命』の応用を思いついたのも、最後の戦争が発端だった」

「は……?」

「少しの衝撃で内部から自爆する少年兵。あれをエリンの再生に応用することで、疑似的に時間を遡行させることが可能となった。個人戦闘であの子に勝てる者などそうはいない……!」


 その言葉を聞いて、ロブジョンは愕然とした。


「学んだッ!? あれを……あんなものを後世につなげるだと!?」


 怒りのあまり声が震える。

 多くの人間の人生を破綻させた最悪の戦いから、何かを受け取るのならば、それは二度と引き起こしてはならないという反省以外にあってはならない。


「まだ若造の気分か、嘆かわしいな!」


 間合いを詰めたグルスタルクが踵から魔力を噴射して加速、ロブジョンを蹴り飛ばす。


「が……ッ」

「学ばなければ前には進めない! 戦争も人生も同じだ、全ては闘争の中でしか成立し得ない! あの時私たちは肯定するべきだった、間抜けにも『戦争を繰り返してはならない』などという甘言を受け入れるべきではなかった!」


 血を吐きながら立ち上がるロブジョンの身体が、再生音を響かせる。

 不死の兵士同士の戦い、本来ならば決着がつくことはない。

 だが──


「違う!」


 ロブジョンの脳裏を、喫茶店を手伝ってくれた少女の顔がよぎった。


「僕達は本当は、あの時に畏れるのではなく受け入れるべきだったんですよ!」

「受け入れる──戦団長たちの力をか。それが無理なのは、貴様が一番よく分かっているはずだ!」

「違う! 今なら分かる! 今なら……!」


 彼は多分、戦士よりも、父親であるべき人だったのだ。

 結果、父親としては失格だ。マリアンヌから敬愛されていることは、その帳消しにはならない。

 だが──彼を泥沼の闘争の道へと誘った責任は、ロブジョンにもある。


「あの人は、僕たちとなんら違わない人間だったのに……!」

「今更か? そうだ、そうだとも。アレらは人間だった。人間だったのにあそこまでの力を手に入れた!」


 バッを手を広げて、グルスタルクが歯をむき出しにして嗤う。


「故にだ! 戦火の中で、あの領域へ至る者を私は見たい! エリンでは無理だろう、だがあのマリアンヌ・ピースラウンドたちの世代ならば! 強者が揃う時にこそ最高の戦いが起きる! 私はそれが見たい、無辜の市民をも焼く火の中で生きていきたい!」


 かつての上官の叫びに、ロブジョンは沈痛な面持ちを浮かべた。

 身体の再生が完了したのを確認して、ゆっくりと立ち上がる。


「……貴方では無理だよ」

「何だと?」


 首を横に振って、ロブジョンは両足を肩幅に開く。


「マクラーレン・ピースラウンドは、次代を希望の光としてみていたんだ。自分の計画の部品としか見ていない貴方では及ぶはずがない」

「笑止だな。そんなものが戦士の資質に寄与するものか」


 心のどこかでは、彼にも親としての情があるのではないかと思っていた。

 期待していた、という言葉の方が正確か。どんな親であっても、家族の絆は最後の最後に残っているものだと。

 現実は甘くない。今更だな、とロブジョンは苦笑する。いつだって現実は希望を否定してきた。

 だが、それでも。


「子供を導くこともできない大人が、理想なんて口にするな! 反吐が出る!」


 裂ぱくの叫びと同時に、ロブジョンが再び大地を蹴りつける。

 風属性魔法によって衝撃波が地面を裂き、真空の刃となって飛翔した。


「そんなもの!」


 腕に火を巻き付けたグルスタルクが、一振りで真空の刃を砕いた。

 だがその時、第二派が飛来し、彼の身体を深く斬りつけた。


「ほお……!? さすがだな!」


 肩から腹部にかけてを深くえぐられたグルスタルクが、ロブジョンの波状攻撃に感嘆の声をあげる。

 それでも余裕は崩れない。再生は既に始まっているからだ。

 しかし。


「そこだ!」


 ロブジョンが右腕を思いきり振り抜いた。

 ガバリとそちらを見れば、最初の接触で薙ぎ払われ、身動きを封じられていたピースキーパー隊員が、ロブジョンの風属性魔法でこちらへと投げ飛ばされ、グルスタルクに激突した。


「何を……!?」

「別の『禍害絶命』をぶつけて混同させれば、正しい回復はできないはずだ!」


 ロブジョンが考えていた、『禍害絶命』を阻害する第二プラン。

 それがグルスタルク相手に的中する。


「ぐ、おおおおおっ!?」


 二人の身体をロブジョンが土属性魔法で固定し、身動きを封じる。

 再生中の傷口に二つの『禍害絶命』が干渉、再生先を見失い、奇妙な肉片が突き出るようにして異形の再生をループし始めた。


「この状態なら『禍害絶命』は動作しない……気絶すれば自動的に解除される……」


 肩で息をしながら、ロブジョンはグルスタルクへと歩み寄る。


「ロブジョン……! いや……素晴らしい、やはりお前は逸材だ……」

「……もっと別の場所で聞きたかったですよ、その言葉は」


 かつての上官の満足げな笑みを見て。

 ロブジョンは力なく、悲し気な表情のまま、彼に魔法陣をかざして撃発させた。




 ◇




 全然身体動かーん。

 エリンと至近距離でにらみ合いながらも、全身が意図を無視して槍を突き出そうとする。


「……で、その、今どういう感じ?」


 わたくしとエリンの間に、本当にナイスタイミングで割って入って来た男。

 困惑しっぱなしのナイトエデンへと、気合で視線だけを向ける。

 目でものを語るから目で読んでくれ! わたくしを止めろ!


「──ッ! 意識は覚醒状態か、厄介だな!」


 彼は『開闢(ルクス)』の権能なのか、光の束をワイヤーのように可変させてわたくしに巻き付け拘束すると、飛び上がって半壊した家屋の屋上へ退避する。



〇遠矢あてお あ、あ、あッぶねぇ………!

〇red moon マジで今回はナイトエデンよくやった!

〇日本代表 いやこの暴走何!? エリンの方はギリ分かるんだけどお嬢は何で暴走してんの!?



 暴走状態にあるエリンはこちらを見ることすらせず、ただ無秩序に雷撃をまき散らし、王都を破壊して回る。

 歩く災害と言っていいだろう。止めなければならない。

 だが──まったく身体の制御が戻らん。


「どうすればいい? 殴って気絶させたら止まるかな?」


 ナイトエデンも困り顔になっていた。

 嫌すぎる。でもそれぐらいしか思いつかねえ。

 わたくしが苦い表情で頷こうとしたその時だった。


「ん!?」


 わたくしの身体にサジタリウスアーマーが装着された。

 装着というか、タウルスアーマーの上から無理矢理にくっつけられている。


「……私に対応するために出力をあげようとしている、ようには見えないね。君の中に暴走している力と、逆に暴走を止めようとしている力を感じるよ。上からつけられた鎧は抑制が目的みたいだ」


 ナイトエデンの言葉を聞きながらも、わたくしの意識は別のものへ向けられていた。

 なんかこう……わたくしとナイトエデンの真横。目を凝らすと半透明の存在が見える。


 宇宙人間が7対1ぐらいで喧嘩していた。

 当然1側が、かわいそうなぐらいにボコボコにされていた。


 それとは別に、わたくしの方に向かってぺこぺこと頭を下げまくってる宇宙人間が4人いる。

 合わせて12人……恐らくオフィウクスを除いた、各フォームの担当者たち、だろうか。

 宇宙人間たちは前回同様、エーテル仮定領域(だから何なんだよこれ)を通してわたくしに未知の言語(何語やねんこれ)で語りかけてくる。


「あ~、タウルスフォームの人が先走って、わたくしの身の安全を確保するために『流星』に干渉していたと……なるほど。ていうかその、えっと、ボコボコにしすぎでは? 一応わたくしのためだったんですわよね……?」


 地面に叩きつけられ、総がかりでストンピングされているタウルス君(らしき人)が激しく頷いた。

 じゃ、じゃあしょうがないかなあ~。許してあげようよ、みんな。ね? ちょっといくらなんでも暴力的過ぎるというか。ねえ、聞いてる? 怖いんだよ見てて!



〇一狩り行くわよ 何何何何

〇トンボハンター マジで何が見えてんの!? 学園祭の時も同じだったけど何が見えてんの!?

〇つっきー どっかにアクセスしてる感じすらしないんだよ本当に勘弁してくれないかなあ!?



 とりあえずもういいよ、とタウルス君に言うと、身体からタウルスフォームとサジタリウスフォームの鎧がかき消えた。

 慌てて身体を確認するが、ちゃんと自分の意思で動く。元々発動していたツッパリフォームも健在だった。


「言葉は届くかな?」


 どうなってんだわたくしの身体……と頬を引きつらせていると、こちらの拘束を解除したナイトエデンがストリートを見下ろしながら首をかしげる。


「エリンですか、ちょっと無理そうでしたわよ」

「なら仕方ない、今すぐ殺すよ」

「えっちょっ!? 結論早ッ!」


 いくらなんでもそれは──と、止める暇もなかった。


 予兆も何もなく。




 カチリ、と。


 世界が静止した。




 ◇




「……すまない、エリン・グルスタルク」


 それは光速の世界。ナイトエデンが戦闘モードに突入することで発生する、人智を超え、上位存在ですら寄せ付けないであろう絶理の領域。

 世界でほぼ唯一と言っていいであろう、自発的にそのモードに突入できる君臨者、ナイトエデンは。


「せめて輪廻を越えた先、来世で幸せをつかみ取ってくれ。私には、本当は許されていないけど……そう祈るしかできない」


 泣きそうな顔だった。

 初めて見た。そんな顔をするやつだとは、思っていなかったから。


「……割って入った時に、殺すべきだったんだろう。でも、止めた。止めてしまった。何故なのか分からない、気づいたら身体が勝手にそうしていた。そのせいで君の苦しみを伸ばしてしまった」


 彼は屋上のふちに歩み寄って足をかけると、数秒目をつむった。


「……だから私が決着をつける。許しは請わないよ。恨んでくれていい。それもまた、ナイトエデン・ウルスラグナの使命の一つだ」


 世界を本当に背負えてしまう力を有する男は。

 世界を本当に救ってしまうためにこそ、力を行使する。



「滅相せよ、破魔の鋼……開闢(ルクス)の地平を齎そう」



 彼の全身から莫大な神秘がこぼれだす。

 物理的な圧力すら伴う神威を身に纏い。

 今まさに飛び出そうとして、ちらりとこちらを見たナイトエデンと、視線が重なる。




「……え、こっち見てたっけ」



 見てねーよ目を動かしたんだよ。




「えっ、あ、え? ちょっ!? なんでッ!? まさか時間流体の認識に、この土壇場で成功したのか!?」


 飛び出そうとしていたナイトエデンがパニックに陥った。

 知るか、全然分かんねーよ。

 だが一つだけ、分かっているのではなく、知っている。


 ヒカリを司ると言ったその力。

 はじまりの輝きを意味する『開闢(ルクス)』の力。


 それを知っている。

 二人の男が対峙した時に。

 お父様を守るため、わたくしが生まれて初めて運命をつかみ取った時に。



 わたくしはこれをもう知っているッ!



「ッツアああああああああああああああああ!!」


 気合の叫びと共に、両腕を振り回し、そのまま膝から崩れ落ちる。

 うおおおお身体が重い! 重力何百倍だこれ!? 呼吸するだけで身体の内側で変な音がする!


「馬鹿な、何故動ける!?」

「それ、は、あの子を、助ける、ため、ですわ……!」


 必死に立ち上がろうとするわたくしを見て、ナイトエデンが驚愕に凍り付く。


「そんな、理由でか……!? たった一人、しかも君と戦っていた、君を殺そうとしていた敵だ! おまけに王都でテロを行っている! 何故それだけの理由で戦える!」

「では、アナタのその力、一体何のためにあるのです……!」


 片膝をついて、気合で上体を起き上がらせる。

 視線が重なり、ナイトエデンはバッと顔を逸らした。


「……愚問だよ。私は君たち禁呪保有者を討つために──」

「それは、手段でしょうが、この馬鹿!」


 徐々に慣れる、とか全然ない。一向に身体が動かない。

 それでも、動かす。動かなければならない。

 足に力を入れて、巨大な岩石を背負っているような感覚のまま、筋のブチブチと切れる音を響かせて、立ち上がる。


「ばっ……馬鹿!? 言いがかりだ!」

「禁呪保有者を、討つのは、何のためか、と! ……そう、ぐっ……聞いているのです! 単なる殺戮に終始するのであれば……随分と、安い光ですわねえ……ッ!」


 顔を逸らすな、逸らすなよナイトエデン。

 正義の味方を張るんならこっちを視ろ。


「泣いてる子を、助けないというのなら! アナタの言う正義は、ガラクタの方が百倍マシなゴミクズですわ……!! わたくしは、そんなもの認めない……ッ!!」


 一歩ずつ、彼へと近づいていく。

 そのたびに理解する。光の速さで動けるというのは本質ではない。

 一つ上のステージにたどり着いているのだ。

 この空間で動けることは戦術的なメリットではなく、上位に君臨する超越者の証明にほかならないのだ。


 だったら世界で一番強くて偉いわたくしが動けない理由はねえよなあ!!


「彼女を殺せばいい、それで解決じゃないか……」

「それは、アナタの意思ですか?」


 こちらを見ることもなく、ナイトエデンは唇を噛んで言う。

 馬鹿かよ、嘘をつくという気概すら感じられないんだが。


「彼女を殺して終わりにすればいい」

「ナイトエデン・ウルスラグナではなく、アナタの言葉を言いなさい」


 最初に出会った時なら、もっと違う答えが返ってきたかもしれない。

 でも今のお前は違う。違うはずだろ、ナイトエデン。わたくしはお前のことを、少しだけ知ったぞ。お前もわたくしのことを知っただろ。

 だったら、今のお前が言うべき言葉は違うはずだろう!?


「罪のない少女一人を圧殺して齎される平和を享受するつもりなら、そうしてみなさい。わたくしが見ている前で。さあ!」


 もう痛みや苦しみは感じない。なくなったのではなく、ありすぎて感覚がマヒした。

 奇妙な浮遊感の中で重い身体を引きずり、ナイトエデンの間近まで迫る。


「……ッ! 来るな! 何を言わせたいんだ、どうしろっていうんだ!」

「何度も言わせないでください! アナタが決めることです!」


 拳が届くどころではない、互いの息遣いすら分かる至近距離。


「ナイトエデン! アナタは人々を救いたいんでしょう!?」

「違う! ナイトエデン・ウルスラグナは人々を救うために存在している、だから救うんだ!」


 ガバリとこちらを向いて。

 ナイトエデンが放った声は、ほとんど悲鳴に近かった。


「だからァ……!」


 わたくしは奥歯を噛み砕きながら腕を振り上げ、それからナイトエデンを殴りつける。

 意思に反してまったくスピードが出ず、彼の胸をぽんと叩くにとどまる。

 彼に、それは避けられない。分かっている。


「アナタの願いを聞かせろっつってんですわよこのボケ!!」


 見つめた先、彼の瞳には、必死の形相を浮かべるわたくしが映し込まれていた。


「…………」


 泣きそうな表情でのけぞり、けれど一歩退くことすらままならず。

 ナイトエデンはそのまま唇を小さく動かす。


「禁呪保有者は……殺すべきだ……そう教えられたし、そう、私も、思っているんだ」

「理論の話じゃない! アナタの感情を言いなさい……ッ!」


 少年の表情が歪んだ。


「だけど……」


 視線をさまよわせ、自分の答えを、彼は胸の内から手繰り寄せていく。


「だけど、捨て置けない……」

「──ッ」

「使命とか役割とか、大事なものがたくさんあるのに、それら全部をひっくるめてもかき消せない……!」


 自分の頭をかきむしって、彼は顔をあげる。

 正面から視線がぶつかった。




「ぼくは! ぼくは、あの子を助けたい……ッ!」

「──よくぞ言いましたわッ!」




 直後。

 バツン、と音を立てて。

 身体が崩れ落ちた。地面に叩きつけられる寸前、浮遊感に包まれた。

 しゃがみこんだナイトエデンが、わたくしの身体を抱きかかえている。


「……君のせいだぞ」

「あら、正義の味方なのに人のせいにするんですか」

「よく回る口だ」


 唇をへの字にしながら、彼はわたくしを立たせる。

 それから二人で肩を並べて、眼下の光景を見た。

 暴走するエリンが泣きながら、一帯に破壊の嵐を巻き起こしている。


「──止めよう」

「ええ、その通り。この世界にわたくし以外の悪は不要。ならば、止めてあげないと」


 ツッパリフォームの出力を引き上げる。

 エリンの身体から放たれ続けている稲妻には間隙がある。そこを突き攻撃を加え、殺傷せずに無力化する必要がある。


「ま、止めると言っても、わたくしだけだとぶっちゃけかなり無理ですわね。まずスピードが足りませんし」

「私とていくら疾く動けるとしても、これでは上から押し潰す方策を取るしかないね。その場合は彼女も死んで終わりだ」


 単に叩き潰すだけなら、話は早い。

 でもそれだけじゃダメなんだ。

 だからこそきっと、そのためにわたくしたちは、今ここで肩を並べている!


「演算は君の得意分野だろう! 算出できるか!?」

「攻撃を撃つタイミングは推定0.13秒フラット! リアルタイムで変化する以上、戦闘中にガイドします! アナタは攻撃に注力してください! やれるんでしょう、正義の味方様なら!」

「誰にモノを言っている! 君こそ計測をしくじらないでくれたまえよ!」

「誰にモノ言ってますの!」


 笑みを浮かべて、二人同時に飛び降りる。

 しくじるわけねえだろ。何せわたくしは、最強の悪役令嬢なんだからなあ!








お読みくださりありがとうございます。

よろしければブックマーク等お願いします。

また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。


8/30に書籍版発売予定です。詳しくは作者Twitterを参照下さい。


本日一迅プラス様にて、コミカライズ連載が更新されています。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

ジークフリートさん初登場!めっちゃかっこよく描いてもらってます。

よかったら読み終わった後のGOODもお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] グルスタルク(親)さん、どこぞのマッスル上院議員みたいなこといいなさる…… やっぱりかなり悪いこと言いなさってるよね [気になる点] 王様、その、非常に言いにくいのですが、あのお嬢近くで見…
[気になる点] わたくしのエリンの間 これは誤字?それとも百合? [一言] アーサー強すぎでは 何歳か分からんけど王やりつつ禁呪そこまで鍛えられるの
[一言] やっぱり頭流星女に変な能力見せちゃダメよ。学習して適応しちゃうから ん? 演算装置としてはそれが正しい在り方なのか? こんな事態を予測してたなんて、またセーヴァリスさんの格が上がっちまったな…
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