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PART19 使命-Awake-

 王都で勃発した新生ピースキーパー部隊によるテロ。

 市民や騎士を無力化して王城を目指す部隊は、乱入した二人、マリアンヌとロブジョンを前にして、足止めを食らうどころか半壊レベルの損耗を負うに至っていた。


「隊長、どうしますか」


 部下からの報告を受けても、グルスタルクの顔色は変わらない。

 彼の目的は既に達成されたと言っていいのだ。


「作戦は継続する。後詰めの部隊を投入し、クリスタルの破壊を目指せ」

「了解です」


 死ぬことのない部下たちに突撃を命じ、グルスタルクもまた軍勢を率いて前進を開始する。

 彼にとって予定外の出来事があるとすれば、先行させた部隊の損耗率が余りに高すぎることだ。


(碁盤状に整理された王都の各区画を、水が浸透するように複雑なルートで進ませているはずだが……)


 個々が不死の兵士であることを差し引いても、根本的な遭遇率が高すぎる。

 少なくとも5ユニット分は王城へ到達し、従者たちを虐殺して混乱を与える腹づもりだった。

 しかしこの状態はおかしい。原因として考えられるのは──


「──そうか。私の思考を読んだというのか、ロブジョン」

「そうですよ」


 返事が返ってくると同時だった。

 放たれた六節土属性魔法『落弩聳動』がピースキーパー部隊の面々を薙ぎ払った。

 不死の兵士たちを地面に貼り付けて動きを封じると、家屋の屋上から飛び降りたロブジョンがグルスタルクの前に降り立つ。


「戦力を分散させて網目状に進ませると思いました。その分、一つのユニットに対応する時間が短く済みましたよ」

「最終目標は私を孤立させることだな?」


 せせら笑うグルスタルクに、ロブジョンは深く頷く。


「ええ。貴方にはここで倒れてもらいます」

「殺さないのか?」

「それはできない。エリンちゃんが悲しむ」


 両者の視線がぶつかり合う。

 罪のない人々の悲鳴やうめき声が響く中で、ロブジョンは全身に魔力を循環させた。


「何のためにこんなことを、と聞く意味もないでしょうね……」

「その通りだ。そして私の望みは、既に最低限のラインは果たされた」


 突然の言葉に、ロブジョンは眉根を寄せる。


「分からないか? 王都でこの規模のテロが起き、騎士も魔法使いも対抗できていない。変わるぞ、時代が……! 自分たちもやれるんじゃないかと立ち上がる勢力が現れるぞ!」

「……ッ。何がピースキーパー部隊だ、今の貴方はまるで逆だ!」

「いいや。気づいていなかっただけだ。あの頃から私はこの光景を望んでいた!」


 言葉をぶつけあいながら、二人はゆっくりと歩み寄る。

 既にそこは魔法使いの間合いではない。

 グルスタルクが袖から刃を突出させ、ロブジョンが拳を握る。


「お前に戦い方を教えた人間が誰か忘れたか!? しかも、そのなまりようではな!」

「なんとでも言ってください、貴方を止めるのは僕だ!」


 同時、二人が地面を爆砕して踏み込むと、高速の攻防が火蓋を切った。




 ◇




 魔法陣を展開し、そこから魔力砲撃を放つ。避けられる。放つ。避けられる。その繰り返し。

 正面からはもちろん、移動先に置いても、不意を突いても、完璧に対応される。


「チッ」


 思わず舌打ちが出てしまった。そりゃそうだ、ここまで手ごたえのない戦いは初めてと言っていい。

 互いにノーダメージだが、完全な膠着状態──だが内実を見れば、わたくしが圧倒的に不利だ。

 何せこちらは工夫を凝らして攻撃を続けているのにかすりもしていない。相手はさして策を巡らせることもなく、真正面から攻撃を捌いているというのに。


「来るとは思っていたけど、意外だったわ」

「?」


 魔力を編み込んで形成された『流星』と『稲妻』が飛び交う中。

 不意にエリンが口を開いた。


「もっと遅いと思っていたの。スタジアムに向かわせた別動隊を突破して来るものだと……でも、先んじて王都で待機していたなんてね」

「わたくしの読みが当たっていたのです。とはいえアナタがたの思考ぐらい猿でも読めますわ」


 連中は世界に混乱と破壊をもたらすと言っていた。

 ならば狙うものは一つだけだ。


「国王アーサー・シュテルトラインの命を狙っているのでしょう」

「え?」

「確かに今のシュテルトライン、ひいては大陸全土に満ちている小休止にも近い平穏な時代。それを形成しているのはあの男に他なりません。そこを崩せば、一気に国と国が争い、戦火が広がるでしょう。さしずめオペレーション・デイブレイクといったところですか」

「……え?」


 沈黙が流れた。

 わたくしも向こうも攻撃を止めて、見つめ合っている。

 エリンの目は明らかに困惑していた。


「……いや国王は運動会見に行ってるでしょ」

「えっ? あ……」


 あ~。

 そういえば来賓席にあいついたな。


「…………勘違いでこっちに来たの?」

「………………」



〇日本代表 わたくしの読みが当たっていたのです(当たってない)

〇宇宙の起源 アナタがたの思考ぐらい猿でも読めますわ(読めてない)

〇無敵 オペレーション・デイブレイクといったところですか(マジでこれ何?)

〇木の根 無能無能アンド無能

〇適切な蟻地獄 もうお前ドヤ顔で口開くのやめろ



 死にたくなった。

 完全に頭からすっぽ抜けていた。アーサー、今王城にいねえわ。ハハッ。

 ……いやだって! だって運動会を王様が身に来るとか、普通あり得ないじゃんッ!


「と、ともかく結果は変わりませんわ! わたくしの手によって、アナタたちの野望は砕かれる!」

「まだ決まってないでしょ? お前を倒せばいい!」


 刹那の出来事だった。

 弾幕に隙間を作った覚えなどないのに、相手の稲妻がすり抜けるようにしてわたくしを急襲した。


「ぐっ!?」


 左手で弾き飛ばす。服の焦げるにおい。神経が焼かれたのか、左腕が痺れる。

 マジどーなってんだよこれ! わたくしだってこんなことできねえぞ! そりゃ、まったく同じ状況を十数回ぐらい試行すれば、可能かもしれないがよお!


「……この間の顔見せでも思いましたが。アナタには未来予知の権能でもあるのですか?」


 先ほどからわたくしはそれとなく片目の権能を発動させ、未来予知を行っていた。

 だが不具合が発生しているのか、自分の攻撃が直撃した場合、その場面から先を見ることができない。ブツンとモニターが切れるようにして未来が途切れてしまうのだ。

 相変わらず大して使えない権能だなと思うし、同時に、恐らく向こうが何かやってんな、とも思う。


「どうかしら。端的に読み合いが得意なのかもよ?」


 エリンが不敵な笑みを浮かべる。

 読み合いが上手いのは認める。普通に撃ち合っていても、今まで御前試合で戦ってきたこういうタイプの連中と比べて群を抜いて精度が高い。

 だがそれだけではない、何かしらのギミックの存在を色濃く感じる。


「単純な正面衝突では、負けるつもりなんてないわよ! ここでくたばりなさい!」

「誰が……ッ!」


 攻防が加速し、撃ち合う砲撃の数が爆発的に増える。

 そのどれもが一方的に砕かれ、適切な配置と適切なタイミングによってイニシアティブをとられ続けている。

 やはり向こうのギミックを見極めない限り、本当にじり貧に押し込まれかねない。



〇木の根 正面衝突でここまで強い奴は久しぶりだな……

〇TSに一家言 なんで殴りにいかないんだ?



 脳内言語出力モードを起動させる余力がない。コメント欄の文字こそ視界の隅に映っているが、返事ができない。

 殴りにいかないのは、殴りにいかせてもらえないからだ。わたくしが距離を詰めようとした瞬間に牽制が入る。恐ろしい精度の読みだ。

 そして、これだけ完璧に読み切られている状態では、うかつにフォームシフトするわけにもいかない。相手がどれだけ情報を持っているのか、こちらの行動がどういう形で情報を与えてしまっているのか、それらが分からない限りはカードを切れない。



〇苦行むり さすがにここまで読み切られていると、その……

〇火星 もしかして、予知系の能力か? だが『稲妻』にそんな特性があるのか?



 その通りだ──『稲妻』という禁呪に、未来予知のような効果があるとは思えない。今までの禁呪の傾向からして、あまりにも妙だ。

 そもそも時間遡行系の効果はわたくしには効かないはずだ。いや効くか? 分かんねえ。でもそういうことをやれるのはゼルドルガとミクリルアだけと神様連中やルシファーから聞いている。前者はともかく、あの大悪魔が言ってるのなら信頼していいだろう。

 ならば未来予知系かと読めるのだが、その割には綺麗すぎるというか。


 ……冷静に考えろ。これはあくまでフィクションのゲームだ。

 権能、つまり異能バトルにおける異能は限られている。神様が作っていたのだとしても、今までの傾向からして、確実にわたくしはこの力について知っているはずなのだ。まったく新しい異能があるとは思えない。類似したものはあるはずなんだ。


 絶対にカラクリはある。あるはずなんだ。

 今は相手の挙動を観察し続けて、少しでもピースを集める。


 こんなところで負けるわけにはいかない。終わるわけにはいかない。


 だから──勝利のために、歯を食いしばって耐えるんだ。




 ◇




 戦闘こそままならない騎士たちだが、歯を食いしばり痛みに耐えながら、市民の避難は済ませていた。

 そのため禁呪保有者同士の激突は、幸いにも無人となった区画で行われている。

 激化の一途を辿る戦闘は余波だけで周囲の建造物を基礎構造から爆砕し、道路に深い地割れを作っていた。


「もう邪魔しませんごめんなさい、って謝るなら許してあげるわよ!」

「許しを請う理由はありませんわねえ! 愚かで思考の浅いテロリスト相手に下げる頭もありません!」


 エリンが腕を振るうと、『稲妻』が彼女の周囲に浮かび上がり、砲撃ではなく鎖を投げつけるように伸びる。

 それをかいくぐりながら、マリアンヌが踏み込もうとし──顔色を変えて転がりどいた。

 数瞬後、踏み込んでいた場合のマリアンヌがいたであろう地点で、エリンがセットしていた雷の槍が地面を突き破って現れる。


「雷撃魔法に苦手意識があると聞いていたけど、割と動けるじゃない。やるわね」

「……ッ。今の、どうやって、いいえいつから……」

「あたしたちはずっと前から準備していたってことよ。あたしはお前を撃破する準備を、お父様たちは王都を突破し王城を破壊する準備をね」


 全身に紫電を纏い、エリンが笑みを浮かべる。


「どうしても父親の味方をしたいのですね……そうであるならばこそ、アナタはアナタの父親が何をしているのかを知るべきです」

「何をしているのかなんて知ってるに決まってんでしょ! 世界に破壊と混沌をもたらしているのよ!」


 エリンのセリフを聞いて、マリアンヌが視線をキッと鋭くする。


「それは、単なる言葉だけでしょうッ! 何が犠牲になるのか考えたのですか!?」


 直後、撃発。

 視界の外からカーブを描いて突っ込んできた流星がエリンの身体を捉えた。



 ──次が始まる。



「それは、単なる言葉だけでしょうッ! 何が犠牲になるのか考えたのですか!?」


 直後、撃発。

 視界の外からカーブを描いて突っ込んできた流星をエリンは半歩ずれて回避する。


「またその回避……ッ」


 完全に読み切った動きを見せるエリンに、マリアンヌは距離を取り直して歯噛みする。

 攻撃が当たらないだけならいい、だが見極められ方に明らかなギミックの存在を感じる。


「これならどうですか!?」


 マリアンヌは数十に及ぶ魔法陣を背後に展開すると、そこから魔力砲撃を放った。

 通りを埋めつくすような拡散弾であり、さらにマリアンヌ自身の思考を排除した完全なランダム機動の砲撃だ。

 放たれた流星の光が無秩序に飛び散り、予測不可能な軌道でエリンに迫り。

 回避の余地なく、直撃。



 ──次が始まる。



「これならどうですか!?」


 マリアンヌは数十に及ぶ魔法陣を背後に展開すると、そこから魔力砲撃を放った。

 通りを埋めつくような拡散弾であり、さらにマリアンヌ自身の思考を排除した完全なランダム機動の砲撃だ。

 放たれた流星の光が無秩序に飛び散り、予測不可能な軌道でエリンに──迫るよりも早く、エリンの姿が消えた。


「上!?」


 瞬時にマリアンヌが顔をあげると、建造物の屋上に佇むエリンの姿があった。


「やるじゃない。初見殺しね」

「……初見で回避されたものを初見殺しと呼べるわけがないでしょう」


 頬を引きつらせる令嬢の言葉に、エリンは肩をすくめる。


「工夫自体は、さっきからすごくいいわよ、お前。さすがは御前試合無敗って感じ」

「……そういった挑発も、グルスタルクから教わったのですか」

「ええ、そうよ」


 マリアンヌは息を吸った。

 意識を切り替える必要があった。静かに溜まっていく、勢いを増していく激情の波を、コントロールしなければならなかった。


 父親に言われるがまま、兵器として扱われ、兵器として行動する少女。

 何から何までが気に入らない。


「速度を上げていきますわよ」

「……ッ」


 数秒後、互いの砲撃が交錯する。

 威力も速度も質が違う。エリンの腹部に流星の輝きが直撃する。



 ──次が始まる。



「こんなことをして……アナタ自身に同じ思想があるわけでもないのにッ!」



 ──次が始まる。



「自分が作り出した光景を見なさい! 混乱も破壊もただの言葉です! 傷つき、倒れた人々を表すことなんかできはしない! これを望んで引き起こすことに、どんな正しさがあるというのですか!?」



 ──次が始まる。



「そちらに理念があるのなら! 譲れない信念があるのなら! わたくしも全身全霊をもってお相手しましょう! ですがそうでないのなら……!」



 ──次が始まる。



「そうでないのなら、立ち塞がるのはもうやめなさい! 泣くことすら知らない子供相手に振るう拳はありませんッ!」



 ──次が始まる。



 二人の攻防は王都の街並みを破壊しながら突き進んでいく。

 攻撃が直撃するごとに死んでいるエリンは、いわゆる死に覚えの要領でマリアンヌの攻撃を捌いているが、内心の驚愕を顔に出さないよう必死だった。


(何なのこの人!? 読み合いのレベルが違いすぎる……というか、レベルの問題ですらない……!)


 細やかな読み合いとは別次元にして、マリアンヌは戦闘の方向性、ある種の、大局的な予測を敵と共有している。

 撃ち合いを続けながらも、隙があれば踏み込んで近接戦闘に持ち込むぞという動きを見せている。

 例えるならば、常に次の球種を宣言してから球を投げているようなものだ。


(大きく梯子を外すことはない、なのに全く読み切れる気がしない……! 方向性が分かって読み合いをしていく段階のはずなのに、細かいところで全部上回られてるから、正攻法で勝ち目が見えない!)


 死んでいく。

 読み合いに負け、攻撃を一方的に通されてエリンが次々と死んでいく。

 そのたびに動きを修正し、打つべき一手を再計算するがマリアンヌには届かない。


(突飛さなんて何もない……この人と魔法の撃ち合いをしたら勝てる人なんていないんじゃないの!?)


 エリンの死体が積み上げられていく。

 死んで、死んで、死んで、それでもまだ足りない。




 ◇




 既にマリアンヌとの戦闘が開始されてから、エリンの死亡回数は3桁に突入している。


「お父様の願いを叶えたいと思うことの、何が悪いの!?」


 なんとか突破口を探りたいマリアンヌと、なんとか一瞬の隙を見出したいエリン。

 互いに追い詰められているのは自分だと認識する、いびつな攻防戦。


「あんなものは願いではなく呪いでしょうに!」

「それこそただの言葉じゃない……!」

「違います! 願いには輝きが、光がある! 何故ならそれは、明日をより良いものにしていこうとする力を秘めているからです!」


 カッと目を見開き、マリアンヌが空中にセットしていた魔法陣を遅延展開、多方向から狙いを定める。


「でもエリン、アナタのお父様の目的は、そうした光を汚そうとするものですわ!」

「な……ッ!?」

「だから! 世界を混沌に陥れるのが手段ではなく目的なのなら! それは誰も、何も救えはしない! 単なる暴力装置になって、それだけで終わりなのです! そんなもの!」


 マリアンヌの魔力砲撃が直撃し、エリンが内側から弾け飛ぶ。




 ──次が始まる。




「違います! 願いには輝きが、光がある! 何故ならそれは、明日をより良いものにしていこうとする力を秘めているからです!」


 カッと目を見開き、マリアンヌが空中にセットしていた魔法陣を遅延展開、多方向から狙いを定める。

 その瞬間だった。

 エリンは魔力砲撃の準備をしているマリアンヌに向かって叫ぶ。



「でもこの世界を壊すことでしか、お父さんは救われないのよ!」



 悲痛な叫びだった。

 それを聞いたマリアンヌの肩が、ビクンと跳ねた。


「……ッ!!」


 攻撃動作を即座に中断。

 空中の魔法陣をかき消して、エリンから大きく間合いを取り直す。


「な、何のつもりよ。急に手心を……」

「…………」


 目まぐるしい魔法の読み合いを中断して、マリアンヌは息を吐いて、思考を回転させる。

 マリアンヌは今、1つのピースを手に入れた。



(──今、わたくしが言おうとしたことに対してレスポンスが返って来た。やっぱり未来を見ているんだ)



 極限の戦闘中であるからこそ、彼女の思考回路は最高速で機能する。


(でも、単なる未来予知ではない。ここまで使いこなしている人間が、未来の発言に言い返してしまうなんて、そんなのわたくしもやらないミスだ。というかそれはもう現在と未来の区別がつかなくなっている。であるなら、区別がつかなくなってもおかしくないような見方をしている)


 推測と推測がかみ合い、現実を説明するうえで最適化された理論を導き出す。


(会話の先取りをされた。視覚限定の未来予知じゃない。例えば、五感すべてを使った没入型の予知だとしたら……待て。それはもう短期的に未来に自分を送り込んでいるということになる)


 そんなことがあるはずない、と誰もが可能性を排除する。

 だからエリンが発動させているギミックに気づくことはない。


 だが、ここに例外がある。


 死に戻りなんていうふざけた権能を──メタ的に知っている者にとっては。

 たどり着くのは、ただ一度だけの発想の転換を経れば容易い。


(逆なのか! 未来を視ているというのが先入観に過ぎないのだとしたら!)


 深紅眼がエリンを捉えた。



「アナタ、未来を見ているのではなく、過去に戻ってきているのですね?」



 背筋が凍り付いた。

 絶対に戦いの途中で言われてはならない言葉が聞こえた。


「──ッ!!」


 突然、ギミックを見破られた。心臓が一気に鼓動を速めた。

 右手に魔法陣を展開、即座にエリンは自分の頭部へ突きつける。

 だが発動する寸前、流星のワイヤーが巻き付いて魔法の動作を妨害した。


「しまった……!?」

「させませんわよ!」


 ワイヤーの出どころであるマリアンヌが唇をつり上げる。


「今の動作! なるほどトリガーは自分の死亡! つまりアナタの先読みは読んでいるわけではなく、実際に受けているからこそ成立する代物……アナタ、スバル君だったのですね! なるほどなるほど! そういうことでしたか!」


 推論が確信へと移行する。

 マリアンヌの戦闘用頭脳は既に答えへたどり着いていた。


「……まさか、全部分かったなんて言わないわよね」

「全部分かりましたわ。そして、答えは既にアナタ自身が言っていますわね。『稲妻』と『禍害絶命』の応用……そういうことですか。アナタはこの二つをかけ合わせている。恐らくは『稲妻』の速度を『禍害絶命』に適応するような形式で構築していますね?」

「────!!」

「言うなれば超過回復。アナタは『禍害絶命』の再生速度が上限を超えたことにより、元の状態に戻る以上の速度感で回復する。その超過分のつじつまを合わせるために時間がアナタ視点で回復している」


 かなりメタ視点が入ってこそいるが、むしろそれはマリアンヌ独自の強みを発揮した推測。

 導き出した結論を語った後、マリアンヌは自身とエリンをつなぐワイヤーを輝かせて叫ぶ。



「要するにバグ技じゃないですかこのカス!!」



 十三節詠唱を既に済ませているマリアンヌが展開するのは、簡易的ではない宇宙。

 完全解号(ホールドオープン)状態の彼女にとっては、エリンが彼女自身に仕込んだ爆弾の位置を特定するなどクライスの呪詛を破壊した時よりもイージーだ。


 エリンが何かする暇などなく。

 ワイヤー越しに叩き込まれた魔力が、エリンの心臓に付着していた自動炸裂魔法を破壊した。


「え……」

「これでもう戻れませんわよ」


 呆然とするエリンからワイヤーを引き戻して、マリアンヌは声のトーンを下げる。


「降伏しなさい。無限に死ねるのならいいですが……でもやっぱり、アナタが命を懸けるような戦いではありません」


 優しい声色だった。

 遠くから響く戦闘音ぐらいしか騒音のない中で、彼女の声は静かに響き渡っていた。


「ねえ、エリン。アナタの願いが、父親を救いたいというものであるなら。そのためにこそ、アナタは自分が進むべき道を考え直すべきです」


 視線に憐みの色はない。事実を指摘しているだけだった。

 それでも自分よりまだ年下の少女を、誇り高き令嬢が捨て置くことはできない。


「だと、しても……」

「?」

「お父様の願いを、あたし、あたしは、そのためだけに……!」


 ──その時だった。

 不意に背筋を悪寒が走った。強敵と対峙するたびに戦場で感じる死の気配とはもっと別の、もっと根源的な嫌な予感。


「……え」


 エリンの全身から、あふれ出すようにして無数の稲妻が発生した。

 無数の雷撃が王都に広がり、無作為に破壊をもたらす。

 比にならない出力で『稲妻』が展開される。エリンを起点として、王都が雷撃の波にのまれていく。


「『稲妻』がオーバーロードしている……暴走状態……ッ!?」


 誰かに説明を受けたわけではない。

 だが同じ禁呪保有者として、マリアンヌは即座に、エリンの身に何が起きているのかを察知した。


「エリンさんやめてくださいっ! その出力は、避難の済んでいない区画まで……!」


 静止の声は届かない。


(だめだ! 彼女を殺さずに彼女の暴走を止めるには、ツッパリフォームでは出力が足りないし決め手に欠ける……! 一旦フォームシフトを……有効なのは、アクアリウスフォーム!)


 マリアンヌは冷静だった。

 既にエリンのことを、敵ではなく助けるべき相手として認識していたからだ。

 自分が切れるカードを確認したマリアンヌは、迅速に行動へ移ろうとして。


「え」


 間抜けな声がこぼれた。

 バチリと全身に魔力の光が走る。彼女が意図したものではない。

 エリンから放たれる稲妻の軍勢を、マリアンヌが纏う流星の光が撃ち落とす。


 ──そこに、マリアンヌの意思は介在していない。



(『流星』が制御できないッ!?)



 明らかに『流星』が、マリアンヌに対して意思を伝えている。

 戦えと言っている。眼前の少女は対話できる相手ではなく、撃滅するべき敵だと告げている。


「待って、彼女を殺すつもりは……!」


 悲鳴を上げる間にも、飛来した稲妻を流星のビットが全自動で叩き落とし、砲口を形成すると魔力砲撃を撃ち込んでいく。

 直後、マリアンヌは己の身体を包む輝きにギョッとした。


(……ッ! まさかこの感じ、フォームシフトッ!? それもわたくしの知らないものが、勝手に……!)




 ──前提として。

 この世界における詠唱とは、万物の情報を集積する『根源(レコード)』、あるいはそれに類する存在へのアクセスを補佐するためのものだ。

 マクラーレン・ピースラウンドの詠唱破棄は簡易アクセスを確立したことによってもたらされる、究極的な技巧の一つである。

 だが、今マリアンヌの身に起きている事態は、彼の詠唱破棄とも異なるものだった。



 端的な事実である。


 向こう側が自らアクセスしてくる際は、詠唱など必要ない。




 輝きが収束して像を結ぶ。

 マリアンヌの身体を覆う光が深紅のマントとなって背中に流れた。

 その右手と左手に握られるは、敵対者を貫く突撃槍(ランス)



 ────純聖顕現、天衝装甲(タウルスアーマー)



「……っ!?」


 間合いを詰めるのに刹那も要らなかった。

 視界を埋め尽くす雷撃を切り裂き、貫いて、槍が突き出される。


「何、を!?」


 王都中へと広がる規模の紫電を。

 マリアンヌの槍が一振りごとに粉砕し、溶断していく。

 実態を持たない雷を断ち切るという空前絶後。それを成し遂げられる理由は単純明快、天衝装甲は十三の形態変成(フォームシフト)の中でも、単純出力に置いて最大値を誇るからだ。

 突撃し、敵を滅ぼす。そのシンプルさを突き詰めた工程と、それを実行するための頑強さを持った姿。


「ちが、う! あの子を殺すために発揮していい力なんて──!」


 身体の制御権を奪われたマリアンヌの悲鳴が響く中。

 槍の穂先が、エリンめがけて加速する。


(だ、だめだ……止まらない……!)


 世界がスローモーションになる。

 無数にも思える電撃越しにエリンの顔が見えた。


 泣いていた。

 少女は、寄る辺も道しるべもない少女は、一人で泣いていた。


(だ、め! だめなのに!)


 だが身体は止まらない。泣きじゃくる少女目がけて凶器が殺到する。


(違う! わたくしの力は! 他の悪を滅ぼし、いつか滅ぼされるためであって! 泣いてる子を、傷つけて、殺すなんて、そんなこと────)


 眼前の敵を一片たりとも残さず殲滅するために。

 人類史に七つ刻まれた汚点の一つ、命を奪うために作られた権能。

 忌むべき最悪の殺戮魔法が、その牙を突き立てようとした。






「フッ。この感じ、禁呪保有者が二人もいるとはね。しかも片方は暴走状態と来た。だが不足はない。この私が、平和をもたらすヒカリそのものたる存在が、二つの大いなる悪意をここで討つ。そのためにこそ私はそんざ────うおおおおおおおおいなんで本気で殺そうとしてんのッ!? ちょっとタンマ!!」






 刹那の出来事だった。

 二人の間に影が飛び込んだ。マリアンヌの攻撃が止まり、エリンの雷撃が砕かれる。


「………………あの~、えっと。いやすまない私何してるんだこれ。あ、いや……なんで止めちゃったんだろう……ていうか暴走してるの君の方だったの? 逆だと思ってた……」


 突撃し、エリンの身体を貫こうとしたマリアンヌの槍を手でつかみ、押し留め。

 いきなり割って入った男は余波に金髪を揺らしながら。

 頬を引きつらせて、口を開く。



「……それでその、これ、あれかな。百合の間に入る男ってやつになってしまうのかな?」



 禁呪と禁呪が激突する絶死の戦場に。


 正義の味方が──ナイトエデン・ウルスラグナが降臨した。





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8/30に書籍版発売予定です。詳しくは作者Twitterを参照下さい。


コミカライズが連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] スバル君ってことは、アホ流星が青いメイド……ってコト!?
[一言] 種明かしが済んだあとだから言えるが、死に戻りで逐一メタ張ってくるエリンよりも、技見せたら即座に上位互換コピーを繰り出してくるカサンドラさんのほうが無法だったなあ 何で勝てたんだっけ…
[良い点] バグ技が重なりすぎるとな、ゲームに負荷がかかってバグるんや…… それにしても向こうから力の介入があるとは。はーい神様会議の時間ですよー! [一言] 初期の頃、バグはないと豪語していたメンツ…
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