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PART14 宣戦-Emergency-

──────────────────────────────

【勝手に生えた男】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER5【勝手に壊れる性癖】

『1,938,345 柱が待機中』


【配信中です。】


上位チャット▼

〇トンボハンター 当然のようにロビンと張り合ってたけど、何?

〇みろっく 全然動き理解できなくてワロタ 動き理解できないと話題に

〇遠矢あてお 才能の不法投棄場だな

〇木の根 さすがにライン越えだろ

〇みろっく でもなんだかんだで張り合おうと思ったらできるんじゃん?

〇宇宙の起源 できねえんだよ! ロビンを動かすCPUの演算能力が終わってて、動きについていけないの!!

〇日本代表 そのはずなんだけど、なんで対応できたんだろうな……

〇みろっく 同じぐらい演算能力があったってこと?

〇第三の性別 何その同じぐらいデカいなら同じぐらい強いみたいな理論

〇red moon それはもう人間じゃない

〇みろっく ですよね~

〇外から来ました …………

〇日本代表 …………いやない、流石にそれはない、人間が持つ演算能力じゃない

〇無敵 いやこれほぼ本線だろ

〇日本代表 うるせ~!!知らね~!!

──────────────────────────────




 ◇




 対抗運動会1日目終了のアナウンスが響き渡る。

 さすがに一日中屋外で動き回っていたとあって、更衣室で着替える時には全員くたびれた顔をしていた。


『あ~もうサイアク疲れた汗だらけなんですけどお』

『香水使う~?』

『ううん、今日は風だけでいいや』


 ちらりと聞こえた会話の風、というのは風属性魔法のことだ。

 空間そのものに作用するので、単純にハンディファンのように涼しいだけでなく、魔力を練り込んだ風で汗などの嫌なにおいまで流してくれるという優れモノである。誰が開発したのかは知らんが、これを作った奴はマジで教科書に載っていい。


「マリアンヌさん」

「はい?」


 ブラウスのボタンを留めていると、目隠しをしている状態で隣で着替えていたユイさんが話しかけてくる。

 何で目隠ししてんの? バカ?



〇第三の性別 逆だ逆

〇TSに一家言 TSしたお前がするべき行為なんだよ



【そうは言っても……面倒くさいし……】



〇TSに一家言 最近のお前にはTSした自覚がない、たるんでいる

〇太郎 こいつキモ

〇TSに一家言 そんなんじゃTSした意味がないってAmazonレビューに書かれて死ぬぞ

〇適切な蟻地獄 どういう着眼点で物申してるんだ……

〇芹沢 作る側が評論家じみたことを言い出すのは衰弱の兆候だ

〇木の根 だから何でラーメンハゲがいるんだよ



 気を抜くとすぐにレスバが始まるな。イエローフラッグ(地の果て)かよ。


「で、どうしたんですかユイさん。まあどうかしているのは見て分かりますが」

「今日この後はどうするんですか? まっすぐ帰ります?」

「一応そのつもりですわ」


 特にやることもねえしな。

 まあ……競技に参加しながらも、何かが起きた時のために気を張っていた分、人一番疲れたというのはある。ぶっちゃけ家に帰ってさっさと休みたい。


「それがいいんじゃない? 正直くたくただし、明日もあるわけなんだから」


 一足先に着替え終わっていたリンディが、ベンチに腰掛け足をぱたぱたさせながら言う。


「ああそれと、さっきすれ違ったから伝言。ミリオンアークとユートは、今日は先に帰るらしいわよ」

「はいはい、どうも」


 さすがに女子の着替えを出待ちする度胸はなかったらしいな。

 ……あ。クーラーボックスとか、そもそもコーヒーの売り上げをロブジョンさんに渡さないとだ。


「すみません、わたくしは寄るところがありましたわ」

「そうですか、じゃあ途中まで一緒に帰りましょう」

「いいから目隠し外したらどうですか? ものすごい浮き方してますわよアナタ……」

「いえ! 他の人もマリアンヌさんの下着姿を自由に見られる環境を直視した場合、自分を律しきれない可能性があるので」

「ああそういう!?」

「その目隠しは自分を縛るリミッターだったのね!?」


 サイコパス診断テストみたいな回答が返ってきて、わたくしとリンディはかなり怯えた。

 制服の袖に腕を通すと、更衣室を出て、闘技場の廊下をしばらく歩く。

 二日間に及ぶだけあって、わたくしたち中央校を例外として、大半の生徒は少し離れたところにある宿などを取っているようだ。

 その地区からしたら、年一度のかき入れ時である。やる気のない生徒は王都観光気分で来ているしな。


「……? あの人、マリアンヌさんに手を振ってませんか?」


 闘技場を出て、学生たちの列に流されるまま歩いていると、ユイさんがわたくしの袖を引いた。

 ファンの人でもいたのかなと見てみれば、そこには見慣れた、くたびれた眼鏡姿の男性が佇んでいる。


「あら、ロブジョンさん」

「やあ。クーラーボックスを抱えたまま帰らせるのは忍びなくてね……」


 三人で近づくと、彼は頭をかきながら、空っぽになったクーラーボックスを見て苦笑した。


「凄いな。本当に売り切ってしまうなんて」

「ふふん、どんなものですか。名前は売れたと思いますわよ」


 と、そこで両サイドの女子二名がロブジョンさんをガン見していることに気づいた。


「今日配っていたアイスコーヒーを作っている方です」


 わたくしがユイさんとリンディに彼を紹介した、直後だった。


「…………ッ!!」


 反応は迅速だった。

 リンディが最大限に警戒度を引き上げたのを見て、連動するようにユイさんがわたくしの前に出てロブジョンさんに立ちはだかる。

 え?


「えっちょっ、急に何してるんですか?」

「リンディさんが彼を警戒しています」


 あ、ああなるほど。確かにリンディの警戒センサーは信頼できるもんな……って、ロブジョンさん警戒対象なの!?

 リンディとロブジョンさんを見やるが、二人は見つめ合ったまま、微動だにしない。


「……最近の学生は本当にすごいな。見ただけで分かるものなのかい?」

「……失礼かもしれないけど。それ、どうなってるの?」

「見ての通りだよ」


 ロブジョンさんが両手を挙げ、錆びついた笑みを浮かべる。


「危害を加えるつもりはない。何か企んでるわけでもない。信じてもらえないとは思うけど」

「……っ。ごめんなさい、こっちもぶしつけだったわ」


 ぺこりと頭を下げるリンディを見て、ユイさんも緩やかに警戒態勢の段階を下げていった。

 微妙な雰囲気に、わたくしとユイさんは顔を見合わせる。


「結局、あの人の何を警戒してたんでしょうね、リンディさん」

「そこを把握しないまま全力で行動に移せるアナタも大概ですわよ」


 今日はもう荒事は店じまいなんだからさ、勘弁してくれよな。




 ◇




 ユイさんたちと別れ、わたくしはロブジョンさんと二人、人気のない道を歩いていた。

 空っぽのクーラーボックスは彼が持ってくれている。ありがたい限りだ。


「先ほどはわたくしの友人がとんだ失礼を」

「いいや、あれぐらい平気だよ」


 軽い様子で流すロブジョンさんに、どうしたものかなと腕を組む。

 リンディに警戒される心当たりがあるといった具合だったわけだ。

 そこを聞きたいような、聞くべきではないような。

 踏み込ませてくれない。そこはお父様にそっくりだと思う。わたくしの意思とは違うステージで、わたくしに必要かどうかを判断されている。

 気に入らない──が、そこで無理に何かを吐かせたいとまでは思わない。


「運動会は楽しかったかい?」

「ええ、もちろん。勝ちに勝ちましたわ」

「カジノの感想じゃないんだからさ……」


 呆れたように乾いた笑みを浮かべるロブジョンさん。

 彼とわたくしは『喫茶 ラストリゾート』へ向かう人気のない道をゆっくりと歩いている。

 歩行スピードは落ちていき、やがて、わたくしたちは往来の中央で立ち止まった。


「ロブジョンさん」

「背後にはいない」


 人気がなさすぎる。

 確かに店を出す上で優れた立地とは言えないが、ここまで往来のない道じゃない。

 視線を周囲に巡らせながら、詠唱の準備をする。


「気配は?」

「建物の中からこっちを見ている。数は13……15だ」

「そして正面に2」


 わたくしたちがここを通ることを見越して、人払いをしておいたのだろう。

 近づいてくる2つの人影を見ながらそう考えていた、その時だった。


「……グルスタルク隊長」


 ロブジョンさんの掠れたつぶやきを聞いて、ギョッとした。

 正面にやって来たのは成人男性1名、少女1名。


「久しぶりだな、ロブジョン」


 ハンチング帽の下で、男──グルスタルクが澱んだ目をセンサーのように動かす。


「その子が、カートの言っていた大層な使い手か」


 帽子を外し、左右を刈り上げたくすんだ金色の髪をあらわにするグルスタルク。

 ロブジョンさんの前に出て、わたくしは彼の視線を遮る。


「どうもこんにちは。アナタが新旧ピースキーパー部隊の隊長で合ってますわね?」

「その通りだよ。『禍害絶命』についても聞いているんだったか」


 ……レオフォームを、今、発動させておくべきか?

 恐らくあのパイルバンカーなら、例の蘇生魔法が発動している状態でも殺害できると思うんだよな。


「カートが言うには、君は我々相手でも殺傷能力がありそうな魔法を使うそうだな」

「お望みとあらば、今ここでご覧に入れましょうか」


 魔力を練り上げながら問いかけると、グルスタルクは不敵な笑みを浮かべる。


「君に打倒できるかな?」

「できます。むしろ、そちらにどこから自信が湧いてくるのか不思議でなりません」

「この魔法を組んだのが誰か聞いただろう」


 またそれか。

 わたくしは息を吐いてから、キッと彼を睨みつける。


「ええ、マクラーレン・ピースラウンド。世紀の天才にして現代魔法を体系化した史上最高の魔法使い──即ち、わたくしの父親ですわね」


 時が止まった。

 背後でロブジョンさんが絶句する気配を感じる。一方で、グルスタルクは静かに目を閉じるばかりだ。


「……まさか、そんな、君は、だって」

「やはりそうか。データにあった外見と特徴が一致しているから、よもやと思ったんだ。マリアンヌ・ピースラウンド……マクラーレン戦団長の娘だね」


 戦団長? なんだその呼び方は。

 眉根を寄せていると、ロブジョンさんが私の肩を掴む。


「ほ、本当に言っているのか!? 君がマクラーレンさんの娘……!?」

「ええ、そうですわ。アナタもお世話になったということですし、そろそろ敬意を持っていただいていいのですよ?」


 ふふんと胸を張っていると、不意に噴き出す音が聞こえた。

 見ればグルスタルクが、耐えられないとばかりに口元を押さえて肩を震わせている。


「……わたくし今、爆笑ギャグを放った覚えはないのですが」

「フ、フフ……いや失礼。だが、お世話になったという言葉があまりにもおかしかったものでね」


 帽子を小脇に抱えたまま、彼は不愉快な視線をこちらに向けてきた。


「マクラーレン戦団長のお世話になった? 彼の場合は違う、人生をめちゃくちゃにされたと言わなくてはならない」

「……?」

「『禍害絶命』はその特性上、人体へ過剰に干渉する。適性のない人間では扱いきれず、自壊するケースすらあった。開発者の戦団長本人すら、理論上の適性値にギリギリ届くかという具合だったよ」


 なるほど、お父様がこの魔法を使っているのを見たことがないという点で引っかかっていたが、やはり人を選びすぎるらしい。

 そういえばロブジョンさんは、ゴミみたいな適性だったと言っていたが──



「ロブジョン・グラス。彼こそが、『禍害絶命』の、唯一の完成適合者だった」



 ガバリと勢いよく振り向いた。

 彼の瞳には何の感情も宿らず、ただ、昏い光だけがぽつんとあった。


「……ゴミみたいな適性と言っていましたが」

「ああ。ゴミみたいな適性だ。人の理を捻じ曲げて生き延びて、ただ誰かを……女子供問わない殺戮を補佐するのに特化した適性だ」


 笑えるだろう、とロブジョンさんは唇をつり上げる。


「ッ! ロブジョンさん、そんな顔をしてほしいわけでは──」

「無駄話はそこまでよ」


 今にも壊れそうな表情を見て、とっさに言葉が口から転がり出た瞬間だった。

 わたくしの台詞を遮って、グルスタルクの隣にいた少女が声を発した。


「さっきからずっとあたしを放置して、いい御身分じゃない」


 腕を組んで尊大な態度で語りかけてくる少女。

 わたくしとそう変わらない、いや、印象としては数歳ほど年下だろうか。


「まさか……君は……」

「久しぶりね、ロブジョンおじ様」

「そんな! エリンちゃん、なのか……!? 何故!? どういうつもりですか隊長……!」


 知り合いなのか。

 訝し気な目で二人を交互に見ていると、グルスタルクが口を開く。


「エリン・グルスタルク。私の自慢の娘だ」

「……娘、ですか」


 どう考えても、自分の子供を連れてくる場所じゃねえよな。

 で、あるならば。


「アナタもピースキーパー部隊のテロに加担を?」

「ええ。だってあたしは、お前と同じだからね」

「同じ? どういう意味ですか──まさか」


 こちらの問いに、エリンという少女は薄く笑みを浮かべる。


「あたしはエリン・グルスタルク。『稲妻(ライトニング)』の禁呪保有者よ」

「……!」



〇苦行むり おい!! なんか出てきたんですけど!!

〇トンボハンター これが最後の禁呪保有者……!



 お父様のノートに、名前は載っていた。天より撃ち下ろされる稲妻を司る、後発の禁呪だ。

 ついにこれで、七種類が出揃ったってわけかよ。


「同じ──同じだって!? まさか、君も……!?」

「ええ、ええ。相手が名乗るのならこちらも名乗りましょう。『流星(メテオ)』の禁呪保有者マリアンヌ・ピースラウンド」


 両足を肩幅に広げ、わたくしはエリンを正面からねめつけた。


「先輩には敬意を払いなさい。まあ、わたくしより強いのならその態度も許してあげますけど」

「へえ……」


 鼻を鳴らして、少女が唇をつり上げる。


「確かめてみる?」


 安い挑発だ。

 だが悪くない。分かりやすさは大事だ。


『……ッ!』


 コンマ数秒の沈黙を挟み、わたくしとエリンは魔法陣を展開する。



 ──星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

 ──包め(wraping)縛れ(binding)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 ──裁きの極光を(vengeance)今ここに(is mine)



 わたくしを中心として宇宙を広げ、流星のフィールドを展開する。

 今日のヴァーサスで検証したが、意識的に環境を上書きすることで、その内側で『流星』を活性化させ、性能を向上させることが可能らしい。

 まだ試せていないが、この性質からして恐らく、上位存在が押し付けてくるその個体特有のルールに対しても抵抗力が見込める。相手がそういうタイプだった時のために先んじて展開したが……



 ──星を(stars)薙ぎ(break)天を貫き(sky crack)地を穿て(glory hack)

 ──切り裂け(slash)光れ(flash)轟け(astonish)完遂せよ(accomplish)

 ──我が生は(vivere)雷鳴の如く(militare)疾走する(est)



 相手も同じく七節詠唱+起動言語の構築。

 ルールの押し付けは感じない。単純に攻撃用に展開しただけらしいな。

 視線が重なると同時だった。

 互いの足元を起点に地面を魔力の光が疾走し、激突した。


「……! へえ、同じタイプですか!?」

「残念なことにね!」


 激突は一度に留まらない。各方向に走った魔力の光が地面から跳ね起き、空間に無数の線となって描かれた。

 互いに同じ戦法を選んだらしく、三次元的に躍動する魔力ラインが空中でぶつかり合い、絡め取ろうとし、断ち切り、断ち切られていく。


「技巧派ですわね! それもかなりやるようで……!」

「こういうので負けるつもりはないわ!」


 言うなれば、流星のワイヤーと雷撃のワイヤーによる陣取り合戦だ。

 速度で負けているところを、柔軟性と配置の妙でカバーし押し込まれないように耐える。

 そう、耐えさせられている。こちらの動きをことごとく予測し、向こうが先んじて手を打っている!

 どうなってる!? 思考を読まれているのか!?


「これならどうよ!」


 蛇のようにしなった一筋の雷撃が、包囲網をかいくぐってわたくしに殺到する。

 とっさに首を傾げて避ける。掠った頬が裂け、血が飛び散る。


「今のも避けるのね……」


 感嘆するような声を上げるエリン。

 こいつ、何が確かめてみるだ。やれそうならこの場でわたくしをブチ殺す気満々だったんじゃねえか。


「結構な腕前ですわね。そこは素直に認めてあげましょう」


 ワイヤー陣形を防御用に密集させて、息を吐く。

 今の攻防で分かったのは、禁呪『稲妻』は確かに強いんだが、それ以上に保有者が上手いってことだ。遭遇したことのある禁呪保有者たちと比較して、完全にカサンドラさんタイプである。恐らく長い時間をかけて、習熟度を上げてきている。

 つまり……このグルスタルクという男、かなり時間をかけて、下準備をしてきているのだろう。


「エリンの禁呪、『稲妻(ライトニング)』はセーヴァリスの開発系譜の中でも若干後期でね……良いバランスの取れた構築をしている」


 娘の肩に手を置いて、グルスタルクが誇らしげに語る。

 状況は──悪い。タイマンで押し潰せない以上、包囲されているのがネックとして大きすぎる。

 どうしたものかなと思案している間に、エリンが父親の顔を見上げた。


「お父様。でもあの『流星』使い、想定よりも遥かに強かったわ」

「エリン」


 びくんと少女の肩が跳ねた。


「大丈夫だ。お前なら勝てるさ」

「……ええ、そうね。あたしなら勝てるわ」



 ──突然のことだった。

 自分の頭の奥でブチリと音が聞こえた。感情が理屈に先行した。目の前の光景を絶対に認められないと心が叫んでいた。



「大丈夫だ。お前は最高の戦闘力を持つ兵士だ。お前が勝てない相手はいない」

「ええ、そうね。あたしは最高の戦闘力を持つ兵士。あたしが勝てない相手なんていないわ」


 突発的な激情に遅れて、理性が、それを理解した。

 今のやり取りにエリンの思考は反映されていない。彼女はただ、グルスタルクが言うことをそのまま繰り返している。

 我が子の勝利を祈る親の言葉に聞こえるが、内実は違う。ただ事実として告げて、それを彼女の内側に刷り込んでいるのだ。


「あなたは! あなたは何しているんですか、隊長!? 僕たちが戦ったのは、そんな子供がもう生み出されないようにと……!」

「そうだ。世界の未来のために、他国の子供たちを虐殺する手引きをした」


 悲痛な声を上げていたロブジョンさんが硬直した。


「だから考えた。今でも考えている。この世界に必要なのは何だ? 本当に平和か?」

「平和に、決まっているでしょう……!? 戦いなんか、あってもいいことは一つたりともないじゃないですか!?」

「ロブジョン……お前の結論は一面的だ。この世界には更なる破壊と混乱が必要だ。そっちの方が楽しいだろう?」

「は────??」


 うるさい。

 何を訳の分からないことを言っている。

 お前は、その意味不明な思想のために、何をしているんだ。



「ふざけないでください」



 展開した流星のビットが、バチバチと音を立ててドス黒い火花を散らした。

 臨海学校の際にも見た、わたくしの精神を反映した、憎悪の色だ。


「そうやって……どうして、他人を縛り付けてまで野望を果たそうとするのですか」


 ロブジョンさんがギョッとこちらを見る。


「自由を奪って、何が楽しいのです。笑顔を壊して、何が面白いのです」


 グルスタルクが薄く笑みを浮かべる。


「何故アナタのような人間が、のうのうと生きていられるんですか?」


 はっきりと分かった。

 この男が率いるピースキーパーとやらは、端から端まで何もかもが死ぬほどわたくしを苛立たせる、クズの集まりだ。

 父親を守るようにして、エリンが一歩前に出る。気に入らない。気に入らない! 父親面のカスが誰の許可を得て息してやがる!


「お父様に手出しはさせないわ」

「どきなさい! それはアナタの父親でもなんでもありません、ただアナタをコントロールしたがっているだけでしょうッ」


 憎悪に呑まれることはない。臨海学校でそれは克服した。

 だが──憎悪を無理に押さえ込む必要もない。


「ほォ。『流星』にはそのような力も──」

「質問に答えなさい。アナタはその子の意思を奪い、縛り付けて、何がしたいのです」


 一歩前に出た。

 正面からグルスタルクを睨みつける。


「実験だよ」


 彼は肩をすくめて、あっけらかんと答えた。


「禁呪保有者の精神性は禁呪へ大きな影響を与える。ならば自我を外部から完全にコントロールできれば、禁呪保有者はランダム性のある魔法使いではなく、禁呪という強力な戦略兵器を運用するためのユニットになるのではないかと思ってね」

「…………」

「結果は、先ほど君が身をもって知った通り、大成功だった」

「そうですか」


 目を閉じた。

 憎悪のボルテージを、意識的に引き上げる。



「ここで死になさい」



 流星の輝きが放出される──寸前のことだった。


「やめなさい、今日は顔見せにしておきたいのよ」


 ひときわ強い雷撃が視界を焼いた。

 防御用のビットを活性化させるが、攻撃が飛んでくる気配はない。


「チッ……」


 視界が復旧してから周囲を見渡す。わたくしとロブジョンさんを囲んでいた連中もいなくなっている。

 どうやら逃げ去ったようだ。


「……お互いに色々と、言っていないことがあったようですわね」


 安全を確認して『流星』を消す。

 それからわたくしは、ロブジョンさんへと視線を向けた。


「……うん、どうもそうらしいね。戦団長の娘さんで禁呪保有者とは驚いたよ」


 確認のための独り言に近い、がらんどうな声だった。

 彼は地面を少しの間見つめた後に、力なく首を横に振る。


「場所を変えないか? それから、少し、話をしよう」




 ◇




 クーラーボックスを喫茶店に置き、しばらく歩いた。

 連れてこられたのは、王都の隅も隅にある、瓦礫の山が積み重ねられたゴミ捨て場だった。

 王都に暮らす人々が生活する上で、どうしてもゴミは出る。それを集積して、火属性魔法で焼却する場所だ。


「……これは?」


 それなりに広いそのスペースを迷わず進んでいったロブジョンさんは、瓦礫の山に横たわるブロンズ像の前で足を止めた。

 随分と前に捨てられているようだ。このあたりのゴミは全体的に年季が入っている。処理が後回しになっているのだろうか。


「これは、抹消された英雄のブロンズ像だよ」

「え?」

「君のお父さんと同じ部隊にいた人だ。僕にもよくしてくれた。多分、マクラーレンさんと同じぐらい強かったんじゃないかな」


 そ、そんな人がいたのか……


「本名は知らない。部隊でのコードネームは『最も偉大なる者』を意味する、グレイテスト・ワン」

「少なくとも、その名前を聞いてもピンとは……」


 そこで言葉を切った。

 お父様が執着していた、『混沌』に覚醒したというかつての仲間。

 ヴァーサスの記録に残っていた、その名を消し去られた決勝戦の相手。

 点と点が繋がっていく。


「マクラーレン戦団長、クロスレイア副戦団長、そして現ミリオンアーク家当主、現国王陛下、そこにグレイテスト・ワンを加えた部隊……それが、僕たちピースキーパー部隊を直轄する、シュテルトライン王国最強の部隊『星振を描く者(スターライナー)』だった」

「……まさしくオールスターですわね」

「ああ。すべての栄誉と輝きを背負っているんじゃないかと思ったよ。それでも皆、優しくて、話してみたら……人間だった」


 数秒の沈黙。

 空を見上げた。日が没する中、それとは別に、夜闇に溶け込むようにして鉛色の雲が広がっている。


「その最強部隊が解散した最後の戦いは、隣国との戦争だった。僕たちピースキーパー部隊にとっても最後の戦いだったそれの、最終攻撃目標は敵国王城」

「教科書で読みましたわ。和平交渉が決裂した後、戦争は一カ月で終結した……現国王アーサーがその辣腕で終結させたと」

「彼らと僕らは、王城で数百に及ぶ少年兵を虐殺した」


 息が止まった。


「そうだ。見事な勝利だったと言っていい。だが、本当に最高の結果なら、何故マクラーレン戦団長は軍を抜けた? 何故国王陛下の性格は大きく変わった? 何故あの至高の部隊から、グレイテスト・ワンは出奔した? 何故ピースキーパー部隊は解散した?」


 矢継ぎ早に繰り出される問いかけ。

 わたくしが何一つとして答えを持ち合わせていないそれらに、彼は、ロブジョンさんはきっと答えをその目で見ている。


「間違えたからだ。すべてを間違えたからだ。あの日、僕たちが──あらゆる理想を踏みにじり、現実の前に屈したからだ」


 雨が降り始めた。

 罪を洗い流しもしない、無責任な雨に打たれながら、わたくしとロブジョンさんはただ立ち尽くすことしかできなかった。







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― 新着の感想 ―
[良い点] >──突然のことだった。 >自分の頭の奥でブチリと音が聞こえた。感情が理屈に先行した。目の前の光景を絶対に認められないと心が叫んでいた。 今までのは瞬間ティファールではない、ただのヤカ…
[良い点] 稲妻って、流星よりも輝いてるよね!(クソ煽り [一言] ここまで来るとユイのサイコパスっぷりに驚きはするけど、まぁユイだしなぁと納得出来てしまうのがなんとも……。
[良い点] ついに出揃った禁呪。並べてみると疫死の異質さが半端ない気が あれだけ殺意が高すぎる 何らかの自然現象をモチーフとするわけでもなく、ただただ「死」を叩きつけるだけっていうね まあ役割も何もな…
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