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PART10 疾走-Run To You-

 ついに始まった対抗運動会。

 各種競技が始まろうとする中、わたくしは本部テントの下で、アモン先生にマジで呆れかえった目を向けられていた。


「……いや、ピースラウンド嬢、流石にあれはないぞ」

「反省してまーす」

「まったくしてないなこれ。もう演技でもいいから反省の色を見せてくれないか?」

「わたくしは悪くないッ! わたくしを最初に追い詰めたのは愚民共の方です! こうなったのは全部全部わたくしじゃない誰かのせいではありませんかァァァァッ!!」

「演技に全振りした上で反省の色がないの、本当に何なんだ?」


 アモン先生はわたくしの迫真の演技力に驚愕していた。

 令嬢たるもの、これぐらいお茶の子さいさいだ。



〇遠矢あてお え? 今の演技メッチャ断罪されてる悪役令嬢っぽくてウケた

〇一狩り行くわよ やればできるじゃないの

〇宇宙の起源 新入りたちへ このお嬢様はどうでもいいところでしか正解を出せないぞ 先輩より

〇一狩り行くわよ 本当に聞きたくなかった……



 何がだよ。わたくしがこうして生きている姿を見れるだけでも光栄なんだぞ。知れよ身の程を。

 というわけで弁明が届いたのか、アモン先生はわたくしへの説教を諦めてくれたようだ。


「……はあ、仕方あるまい。そろそろ借り物競走の時間だ。行ってきたまえ」

「了解です。勝利を約束しましょう」

「我が輩に言われてもな」


 肩をすくめる彼に苦笑し、わたくしは一礼する。

 本部テントを後にしようとして……そこでふと足が止まった。


「どうした? ピースラウンド嬢」

「アモン先生は今、楽しいですか?」

「……フン。まさか我が輩の保護者でも気取っているのか」


 苦々しい表情を浮かべ、アモン先生がシッシッとわたくしを手で払う。

 おいおいそんな態度をしていていいのかよ。


「わたくしってルシファーに見初められたんですわよね? 保護者では?」

「君ッ……自分に都合の良い理論の展開がよどみなさすぎるだろう……!?」




 ◇




 さてさて──運動会初日のプログラム、次は借り物競走である。

 わたくしがアモン先生に説教されている間に、みんなは準備運動を終わらせていたらしい。


「だっりィですわね……」


 入場門で生徒たちの中に並びながら、首を鳴らす。

 わたくしは体操服を着た上で、頭に紅いハチマキを巻いていた。学校によって体操服のデザインからして違うのだが、それ以外でも識別できるよう、学校ごとの色を割り振られたハチマキを渡されている。

 大体の生徒は腕やら足やらに巻き付けていたが、わたくしは迷わず頭に巻いた。これはもうここ以外に巻くものではないんだよ。



【さて。察するに各種パラメータを育成することで、種々のミニゲームをクリアしていくパートなのでしょう。

 ではわたくしの華麗な攻略をご覧あれ! まずは借り物競走ですわ!】



〇火星 ここ運ゲー

〇みろっく ハズレだとどんなお題が出てくるの?

〇red moon 『世界の歪み』とか出てくる

〇太郎 ナメ過ぎだろ

〇宇宙の起源 担当ライターどんな気持ちで書いたんだろうなこれ



【すみません、かなり嫌になってきましたわ】



〇フクロウ これはお前が始めた物語だろ

〇遠矢あてお 借り物競走で激詰めすんの怖すぎるよ



 わたくしのモチベーションが著しい低下を見せている間にも、流れに合わせて入場が終わり、生徒たちが五人ずつ走り出している。

 お題の紙を開いては周囲を見渡して、テントの下で談笑に興じていた生徒を呼んで引っ張っていく、の繰り返しだ。

 時々魔法がビュンビュン飛んで、借り物を探している途中の生徒や、借り物と一緒にゴールへ走り出した生徒を妨害している。



〇みろっく なんで普通に魔法使ってんの!?



【競技に実際に参加している間は、殺傷能力を抑えての三節詠唱まで許可されていますので】



〇みろっく この国もう終わりだろ……

〇TSに一家言 今更?



 まあ……冷静になると、この運動会ヤベーなって思うな……

 ていうか妨害多いなと思っていたが、これ各校一人ずつ出て走ってるのか。思ってたよりもバチバチだな。


「次!」


 スタートの音を鳴らす魔法陣を展開した生徒が、わたくしの列に声をかけてきた。

 五人揃ってスタートラインに並ぶ。わたくしはちょうど中央に立った。当たり前だ、ド真ん中の道を進むことは令嬢の義務なのだから。

 係の生徒が右手を上に向ける。


「位置について、用意……」


 魔法陣に込められた魔力が音波に変換され、甲高いピストル音を響かせた。

 その刹那。


(fla)──」

星を(rain)纏え(falled)


 右足を地面に叩きつけ、そこを起点に流星の光を走らせる。

 わたくし目がけて魔法陣を展開しようとした4校の生徒たちが吹き飛び、ごろごろと転がっていった。


「な……私たちの動きを読んで……!?」

「ぐ、うう……!? か、体が動かねえッ!」


 起き上がることもできないまま、うめき声を上げてのたうち回る四人の姿に、スタジアムが騒然とする。

 まあアレだ、わたくしと一緒の列だったのが運の尽きだったってことだ。


「神経動作妨害作用を組み込んでおきました。傷はつきませんし時間が経てば治りますが、数分間は動けないと思いますわよ」


 そもそも囲んで一人を叩くって発想が気に入らねえな。ちゃんと大乱闘してこいや。

 ライバルのいなくなったわたくしは走ることなく、会場中の視線を浴びながら、お題の紙が並んだ机へと歩み寄る。


「せっかくなので、この真ん中のものを選びますわ!」


 手に取った羊皮紙を天高く掲げた後、折られているところを広げ内容を確認した。

 書かれていたお題は──『美しいもの』。


「フッ、楽勝ですわね」


 一人呟いた後、わたくしは粛々とゴールへと歩いて行った。

 単身でテープを切ると、審査担当である生徒が訝しげな顔で近づいてくつ。


「あの、お題は何でしたか?」

「『美しいもの』です」


 わたくしは羊皮紙をひらひらと見せびらかす。

 書かれている文字は、わたくしが発した言葉と一言一句違わない。

 それを確認してから、審査担当が眉間を揉んで恐る恐る口を開く。


「え~っと。それで、美しいもの、というのは……?」

「わたくしです」

「借りてきてください……」


 審査担当の生徒は心の底から悲しそうな表情で言ってきた。

 誰が借りるかよ。わたくしは持つ者だぞ、道を空けろ。



〇トンボハンター 赤ちゃんなん?

〇太郎 ルールを守って楽しく運動会!

〇日本代表 他のみんなはルールを守ってるから、頼むからお前もルールを守ってくれ



 チッ、めんどくせーな。だが令嬢たるもの、下々の者に合わせてやることも必要か。


「ユイさん!」


 わたくしは右手から流星ワイヤーを伸ばすと、中央校一年生用テントの下にいたユイさんめがけてびゅんと伸ばした。


「引っ張りますわよ」

「は、はい!」


 思い切りワイヤーを引っ張れば、ユイさんは流星ワイヤーを掴んだまま、抵抗することなくわたくしの下へと走って駆け付けた。



〇外から来ました 借りてなくてワロタ

〇つっきー なんかこう……注意しにくいけど、結局ルール守ってないなこいつ……



 今めちゃくちゃ速かったな。なんかF1みたいなスピード感で走ってこなかった?


「ええと、何でしょうか」

「お題が『美しいもの』でしたので、よろしくお願いします」

「……え、私、必要ですか?」


 わたくしもそう思う。わたくしでよくね?

 二人そろって、審査担当の生徒に視線を向ける。彼はユイさんをガン見して、訝し気に眉根を寄せた。


「ユイ・タガハラさんですね……どちらかというと可愛いなのでは?」

「アナタがユイさんの何を知っているんですか?」

「声と顔コワッ! すみません合格でいいです!」



〇宇宙の起源 これがオタクよな

〇日本代表 解釈バトルで威圧勝ちすんなボケ



 勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあよお!

 ユイさんと隣に置いて、一着の者にのみ渡される旗を片手にわたくしは胸を張る。


「……!」

「どうしました、ユイさん。ふふん、一着の栄光を象徴するこの旗が、そんなにわたくしに似合いましたか」


 胸に手を当てて唇をつり上げる。

 だがユイさんはわたくしのことをガン見したまま黙っていた。

 急にフリーズするなよ。怖いだろ。


「あら、アンタも一着だったのね」

「む?」


 声をかけられ振り向くと、紅いハチマキを腕に巻いた少女がいた。

 というか、夏休み明けに美術課題の手伝いをしてくれた子だ。


「そちらも一着ですか、お見事ですわね」

「ええ。アンタはタガハラを……何してんのそいつ……」


 わたくしの首の下? らへんをガン見して硬直しているユイさんに気づき、クラスメイトは頬を引きつらせる。


「そちらは?」

「えーと……まあ、アレよ。学園祭一緒に回った子なんだけど」

「ああ……」


 クラスメイトは手をつないで引っ張ってきたらしい、無表情な女子生徒を伴ってゴールしていた。

 そういや学園祭では無事、意中の相手をデートに誘えたらしいな。調子は上々ってか。


「ちなみにどんなお題でしたの?」


 あわよくば進展の助けになれば、と問いかけてみると。

 クラスメイトは頬を朱色に染めた後に数秒黙りこくった。


「…………なんか言う事とかないの」


 それから、なんとか絞り出すようにして、無表情な女子生徒に問いかける。

 え、お題何だったんだろう。まさか『好きな人』とかじゃあるまいし──


「私も同じ気持ちだよ」

「……ッ!?」

「学園祭誘われて、OKしたのが、返事のつもりだったけど」

「え……あ、え、ええッ!?」


 ぐわあああああああああああああああっ!!

 急に隣から青春を過剰摂取させられている! 助けてくれユイさん!!


「……っ!!」


 ユイさんは目を見開いて、わたくしをガン見していた。

 何なんだよ今ここ! どういう状況!?

 結局全組走り終わってグラウンドから退場するまで、わたくしは青春と謎の凝視魔に挟まれ続けるのだった。




 ◇




 なんか競技自体はあっさり勝ったのに、その後ひどく疲れた借り物競走が終わってしばらく。

 わたくしは生徒用のテント──ではなく、入場口付近の客席に座り、グラウンドを眺めていた。


 今から始まるのは『ヴァーサス』である。

 単純な1VS1の決闘であるがゆえに、競技としては花形だ。

 陸を駆けるレリミッツや空を切り裂くスカイマギカも人気だが、やはりこの国で最も人気なのはヴァーサスだった。


 今年の一年生が目当てなのか、貴族たちだけでなく、軍の関係者や騎士団の知ってる顔まで客席に並んでいる。

 確かうちのクラスから出るのは、女子二人ぐらいと……それと、ロイか。


 今から始まるのがちょうどロイの試合である。オッズとかあったら見たいわ。まあ流石にロイが圧倒的か。わたくしもロイに全ツッパするしな。

 さあ……頼んだよ、ロイポン(この呼び方したらめちゃくちゃ気持ち悪い顔してきそうだな)。

 そんなことを考えている時、ふとわたくしに影が差した。


「お隣よろしゅう?」

「……どうぞ」


 声をかけてきたのは黄色のハチマキを肩に結んだ、糸のように細い目の男。

 クライス・ドルモンド。かつて練習試合で戦った、ウエスト校のエースだ。

 彼は隣の席に座ると、足を組んでグラウンドを見つめる。


「君と俺っちはシード枠やねんな」

「そのようですわね」


 本来出場選手であるわたくしが客席でのんびりしているのは、そういう理由からだ。

 スタジアムはかなりデカく、キャパシティは十分らしいので、地べたに座るのに疲れた生徒は勝手に客席まで行っていいのである。自由で助かるよ。


「一回戦から君の婚約者とノース校の隠し玉の対決か。こりゃあ見ものやね」

「……ノース校でしたか。あの対戦相手、見るからにパワー型ですわね」


 ちょうどスタジアム中央、ヴァーサス用にせり上がってきたステージ上にロイと対戦相手が上がるところだった。

 体操服姿で腰に剣を下げたロイと、大型のアタッチメントを両腕に装着した大柄な男子生徒が対峙する。


「あれは……」

「アナタのトンファーに近い働きをしていますわね。アタッチメントの中で独自に魔力が循環しています、ノース校で開発された装備でしょうか」

「一目でそこまでわかるモンなんか?」


 肩をすくめた。

 観察眼には自信がある。いやこれ陰キャっぽくて嫌だな。

 しばしわたくしを見つめた後、クライスは不意に唇を開く。


「これは興味本位なんやけど」

「はい」

「君が仮に、ミリオンアーク君のスペックやったとして、どう戦う?」


 ふむ、と腕を組んで数秒思考する。


「わたくしなら当然、スピードで弱点を突きますけれど」


 レギュレーションとしては、開幕の合図の前に三節までの詠唱装填が許可されている。ならば加速に必要な詠唱を済ませておいて、開幕速攻で勝負を決めるのが王道の勝ち方だ。

 いたって普通の話だと思って切り出した。

 しかし、クライスはどこか鼻白んだ様子を見せた。


「……なんていうか、アレやな」

「何ですか」

天才(キミら)って凡人(俺ら)のこと全然わかってへんよな」


 心底呆れかえったような声色で、彼は言葉を続ける。


「前にも言ったけど、ウチのデータ部の分析じゃあ君は雷撃属性への苦手意識こそあれど、その他には弱点をまったく予測出来てないねん。完全無欠、パーフェクトオールラウンダーって言っとる」

「お褒め頂き光栄ですわ」

「だからかもなあ。君って自分が関係ない相性の問題とか、全然考えたことないやろ」


 相性の問題。

 言われても、確かにピンとは来ない。

 そんなわたくしを見て、クライスは肩をすくめる。


「あのな。ああいうパワー型はな、当然スピードの対策はしとるんや。考えてみ? あの見た目で相手にすばしっこく動き回られたら対応できません……いやそれどんな気持ちでステージに上がっとんねん! ってなるやろ」

「……失礼。わたくしがバカでしたわ」


 認識が甘かったな。生半可な速度では逆に食われてしまうということだろう。

 そして当然、わたくしが知らずとも、そうした常識はロイも承知していると。



〇みろっく 戦闘システム的には相性ってあるの?

〇火星 まあ、属性魔法で弱点突くとかなら……でも対人戦に関しては、属性ってよりはステ振りの問題だったな



 なるほどね。流石に相性一覧とかあるよりは、ステ振りによる戦いやすさの方が、こっちとしては飲み込みやすいな。

 で、あるならば。


「先ほどの言葉を撤回します──わたくしならば、自分の本領であるスピードを、威力に転換して叩き込みます」

「へえ? スピードを載せて疑似的にパワー型の威力を再現して、それで本職を押し切るっちゅーことか?」

「あの男のスペックならばできます」

「……含みのある言い方やな」


 試合の開始に向けて点滅を開始したランプを見つめ、首を横に振った。

 わたくしなら、迷わずそうすると思う。多分不意を突いて勝てる。

 だが、ロイ・ミリオンアークが本当にそうするかは、自信がない。




戦術魔法行使(ENGAGE)を許可します(FREE)




 ──結論を言えば、わたくしの予想はあっけなく裏切られた。




 隣に座ったクライスが、面白いぐらいに目を見開き絶句している。


「あいつ……」


 口元が綻ぶのが分かった。

 ステージ上には剣を静かに納刀するロイと、地面に倒れ伏した対戦相手の光景があった。

 試合が決着するまで、2とコンマ4秒程度。


「……嘘やろ。対策されてるって分かり切ってるのに、正面からスピード勝負を仕掛けて、そのまんまぶち抜いた!?」


 ロイのやったことは単純だった。

 正面から加速、左右へ揺さぶりをかけた後に左へ回り込んだ。そこまでは相手も察知しており、アタッチメントから魔力の炎を迸らせ、腕を振るった。

 しかし──それは残像。本当のロイは右側へと回り込み、無防備になっていた生徒を居合いの一刀に斬って捨てた。


「……前にやった時から、数段、ううん……なんか十数段レベルが上がっとるな。何を吹き込んだんや?」

「いいえ、何も?」


 正直、わたくしも驚いているはいるのだ。

 あいつは今、暴走の対策として出力を絞っているはずだ。感じた魔力量だって大したことはない。

 にもかかわらず、見違えるほど速度が上がっていた。どうやらわたくしの知らないうちに、殻をいくつも破っていたようだな。


「ですが──流石です。そうでなくては」



〇火星 うおおおおおおおおおお!!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!ロイ最強!

〇日本代表 コメ欄荒らしやめてください

〇鷲アンチ だんだんオタク隠さなくなってきたなお前



 コメントうっさ……邪魔すぎ……


「こういう風に、普段は見ない戦い方も見られるでしょうし、楽しみですわね。わたくしもヴァーサスについては、少し過去の記録を見たりして戦い方を練ってきましたわ」

「へえ! そりゃ楽しみやな」


 クライスはロイの速度に驚きこそしていたが、決して余裕を崩してはいなかった。

 ふふん、お前もお前で流石だな。だがわたくしの戦いを見ても余裕ぶっていられるかな?

 いざ始まればなかなか楽しいじゃねえか、対抗運動会。ま、どっかのバカ共がテロ騒ぎを起こさないまま終わればいいんだけど。


「……ところでなんですが」

「うん?」

「アナタも一杯いかがですか? ワンコインですわよ」


 わたくしは足下に視線をやった。

 そこには一杯あたりの金額を書いた手持ちの看板と、クーラーボックスに詰め込んだコーヒーのボトルがあった。

 ロブジョンさんの店から持ってきたアイスコーヒーである。客席に来たのは、これを売って回るのが目的の一つだった(ちゃんと運営から許可は取っている)。


「君いつから回し者になったん?」

「最近です」

「歴が浅いなら……ええか……」


 微妙な表情でコインを一枚渡してきたクライスは、コーヒーをすすって『うまっ』と破顔する。

 この調子で名前を売っていけば、運動会が終わった後に客が来てくれるだろう。

 そんなことを考えながら、ふとステージを見る。

 歓声の中心に佇むロイの背中がいやに小さく見えた、気がした。




 ◇




(──ダメだ! 足りない!)


 勝者として名前をアナウンスされ。

 生徒たちの歓声や黄色い声を一身に浴びながら、ロイは唇を噛んでいた。


(マリアンヌだったらカウンターで……いいや。こちらの先制攻撃を読んで、後の先を取りに来ている……! こんな速度では追いつけない……!)


 今の彼は権能の暴走を防ぐため、出力を自主的に制限している状態。

 ロイが対抗運動会に向けて行っていたのは、無理に上限を引き上げるのではなく、自らの深くに潜り込んで身体の状態を探り、そこから限界を逆算していく作業。

 自らの挙動を把握し、つぶさに分析してきたそれは、本人が意図しないレベルで全体のレベルを向上させていた。


 ──だが、それでも、なお。


『流石はミリオンアーク家の跡継ぎ……!』『あんなの出場してて、優勝なんて狙えないだろ!』『こりゃヴァーサスは捨てた方がいいかもな……』


 シュテルトライン王国の中でも間違いなく、上位10%──否、今のロイならば上位5%の強者が位置するフィールドへ踏み込めているだろう。

 常人ならばただ仰ぎ見ることしかできない領域に彼は至っている。


(もっと……もっとだ。こんなものは、みんなと比べて……彼女と比べたら、進化なんて言えない……!)


 だというのに、彼はそこで、ずっと上を見ている。

 上昇志向ではなく、己が最強であるという自負でもなく。


(進歩じゃない。おれには、進化が必要なんだ)


 その理由はただ、彼が見上げる先、夜空を切り裂く一筋の光でしかない。


 如何なる栄光も、勝利も、彼にとって大きな意味を持たない。




 彼の疾走の理由はいつも──あの星を見た時からずっと、ただ一つ。





お読みくださりありがとうございます。

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また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。


コミカライズが連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

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― 新着の感想 ―
[一言] 神経動作妨害作用?流星とはいったい… ていうかちょっと前ロイが三節の麻痺魔法開発したことにブチギレてたのに、自分は一節で強烈な妨害使うのどうなってますの
[良い点] ロイくん思い詰めてるなぁ…マリアンヌも認めてくれてるんだけどな… [一言] 最近進撃見た?
[良い点] 肝心なところで実績を作れない女、マリアンヌ。 やはり、反省するべきなのでは? [気になる点] 世界の歪みとか、マリアンヌ連れてけばクリア出来るから楽勝なのでは? なお、本人が引いたら積み。…
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