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PART7 襲撃-Buster-(前編)

 朝方に雨が降った後のことだ。

 学校に向かう前、わたくしは学園から少し離れたところにある集合墓地を訪れていた。

 魂が転生するということを身をもって知っているわたくしにとって、死者の弔いについて前世と感覚が異なってきているわけだが、一時的であったとしても、安らかな眠りを祈らない理由はない。


「…………」


 濡れた墓石を見つめた後、花束を墓前に置いた。

 ここに眠るのは『疫死(モルス)』の禁呪保有者だった女性、ハクナだ。

 黒騎士との戦闘に敗北した後、ナイトエデンの手で誅殺された、破壊と殺戮をまき散らすことだけを望んでいた女性。


 何故そうなったのかは推測するしかない。

 身元を調べてくれた第三王子グレンは、苦い表情でわたくしに語って聞かせた。


『恐らくは、我々が近年追っていたカルト教団において玉体と崇められていた存在です。死を操るというのは、禁呪を使っていたわけですね……』

『でしたら審問会を率いているアナタとしては、厄介な問題が片付いて大喜びでしょうか』

『…………』

『ま、顔を見ればそうじゃないのは分かっていますが』

『理想を言えば、保護したかった。経歴をたどると、一般的な倫理について、それを学ぶかどうかの選択肢すら与えられたことはなかったようです。救えたはずなどと傲慢なことを言うつもりはありませんが……手を差し伸べることぐらいは……できたはずなんです』

『……そうですか』

『……すみません。少し、取り乱しました』


 王子らしからぬ顔と声だった。

 理想を追い求める者だけがする、自分への失望だ。

 さすがのわたくしも同情してしまったのは記憶に新しい。

 だがこちとら追放を目指す悪役令嬢。チャンスを逃しはしない。挫折を味わっているグレンに対して心無い言葉を浴びせてきた。


『その考えには賛成も反対もしません』

『……ッ。意外ですね。私ごときにできることはたかが知れている、理想を追うならまず身の程を知れとか言うかと思いましたが』

『そんなのアナタが一番分かっているでしょう。分かった上でアナタは目指している。馬鹿ですわねえ。走り続ける体力も辿り着いた後の安息も保証されていないのに』


 グレンの目はお前が言う?? と雄弁に語っていたが、わたくしのターンなので完全にシカトした。


『であるならば、そこには信頼も嘲笑もありません。わたくしは寄り添うことも突き放すこともしない。何故なら、わたくしが何をどうしようとも、アナタは走り続けると分かっているからです』

『ッ!!』

『だからこう言いましょう──どうぞご勝手に。せいぜい報われるといいですわね?』

『……ふ、ふふっ。そうですか。まったく、貴女という人は』


 というわけで完璧な好感度ガン下げキャンペーンを行ってきたのである。

 明日辺りにでも、もう失望したお前に求婚とかしないし手助けもしないとか書かれた手紙が来るんじゃないかなと期待している。そこからマイナスの評価を増幅させていけば追放なんてイージーだ。


 それはそれとして。

 ハクナという文字を見つめながら、わたくしは懐から、お父様からもらった禁呪の研究ノートを引っ張り出した。


「……禁呪『疫死(モルス)』」


 死を司る禁呪。対象を死に至らしめる、不可視の光。物質を透過する性質すらあり、脅威度としては文句なしに最上級クラス。

 だがその性質上、工夫を凝らしたり、レベルを上げていったりするのが難しい。



【科学的に説明するならば、中性子線の操作が一番近いでしょうか】



〇火星 性質を見ていくと、まあそっち系統なんじゃないかなとは思うよな

〇red moon 魔法を科学的に再解釈すると前提が違い過ぎて色々とダルいんだけど、認識の形として落とし込む分にはそれでいいと思う



 どのみち担い手はもう死んでいる。

 そう、死んでいるのだ。

 校舎の影で、誰かに見つけてもらうのを待っているように倒れ伏していたその身体を思い出す。

 死というのは本当に、寂しくて、冷たい。


「敵でしたし、目的は相容れませんでした。ですが……同じ禁呪保有者ですから。忘れ去ることはしません。アナタの存在を背負って、わたくしは前へと進みましょう」


 自分の中にしこりとして残っていた感覚を言葉にして吐き出し、一つ頷いた。

 どんなに悪しき者でも、どんなに矮小な存在でも。

 誰にも見つけられないまま倒れ伏していたあの姿を見て、少しだけ、嫌だったのだ。

 彼女には彼女の疾走があった。その果てが暗闇だとしても、せめてそれは……もっと……


 空を鉛色の雲が埋め尽くす中、わたくしはしばしの間、墓石の前に佇んでいた。




 ◇




 いよいよ対抗運動会が目前に迫ったある日。

 変わらず『喫茶 ラストリゾート』のお手伝いをしているわたくしは、ロブジョンさんと一緒に買い出しに来ていた。


「いい加減、客の一人や二人ぐらい来てもらわないと困りますわね。もうわたくしがバニーガールの格好で表に立ちますか?」

「絶対にやめてくれ。いかがわしい店じゃないんだからさ」

「既にいかがわしいのでセーフです」

「いかがわしくなんかないんだけど!?」


 道徳的によろしくないって意味の言葉だろ。

 大正解もいいところじゃねえか。


「それで、今日は食器を新調しに来たわけですが……」


 王都の商業区画はいくつかあるが、今回はいわゆるBtoBというか、市民相手ではなく業者相手に卸売りをする店が並ぶ区画に来ていた。


「大丈夫ですか? なんだか動きがぎこちない気がしますが」

「思い通りに身体が動かないんだよね、最近さ」


 ロブジョンさんはずり落ちそうな眼鏡を指で押さえながら、ぎくしゃくした動きで歩を進めていた。


「何か魔力の循環に不全でも?」

「いや、立ち上がっただけで腰が軋んだりするんだよ」

「老いてるだけでは……?」


 三十代から四十代だろうと見ているものの、確かに前世では、二十台後半の段階で身体には多くの不具合が発生していた覚えがある。

 気持ちは分かるよ、受け入れられないよな、とわたくしは生ぬるい目を向けた。


「なんだかひどく不愉快な同情をされている気がするな……」

「気のせいでしょう」

「まあ、いつか君にもわかるさ……」

「うら若き乙女になんてこと言いますの!?」


 こちとら運動会を控えた学生だぞ。その前で言うことかよおっさん。


「で、食器だっけ。あそこにお店があるみたいだけど」

「バズらなさそうなので却下です」

「は? なんて?」


 この場合のバズらなさそうというのは、『写真を共有しても問題ない程度に清潔感があって奇をてらい過ぎていなくて、料理をきちんと主役にできるかどうか』という観点で評価すると微妙であるという意味だ。



〇TSに一家言 お前にインフルエンサーの感性があるのか?

〇木の根 前世オタクでよく言うわ



【ド失礼な連中ですわね!

 前世ならともかく、貴族令嬢として研鑽を積んだ今世を舐めてもらっては困りますわ!

 貴族として教養を深め、礼儀を知り、伝統を学びトレンドを押さえてきたのがこのマリアンヌ・ピースラウンド! 正直今西暦世界に戻っても大バズ連発する未来しか見えませんわねえ! オーッホッホッホ!!】



〇無敵 でもお前社交会サボり倒してるじゃん



【………………】



〇無敵 反論がないなら俺の勝ちだが?

〇外から来ました やめてやれよ、かわいそうだろ



「どうしたんだい? 急に黙り込んで真顔になってしまったけど」

「わたくしは流星、明日この世界を粛清します(54687)」

「なんで!?」




 ◇




 ちょうどそのころ、レリミッツの練習が行われているアリーナのミーティングルームにて。


「やっぱウチのチームで一番足りてねえのは、機動力なんだろうな」


 ユートは机に並べた羊皮紙に万年筆を走らせながら頭をかいた。

 いつも通り、マリアンヌだけが最速で帰宅した放課後のことである。


「大変そうねそっちは」

「まあやりがいもあるからいいさ。どっちかっていうと、お前にマネージャーみたいなことやってもらってるのが申し訳ないぐらいだ」

「私は競技に出る側としては頑張るつもりないし、これぐらいどうってことないわ」


 体側服姿のリンディは、練習中に生徒が水分補給できるようウォータージャグを新しいものに交換してくれていた。中に入っているのはマリアンヌ直伝スポーツドリンクである。

 今回はマリアンヌが差し入れに用意した柑橘類の果汁に加えて、ハートセチュア家が関係している農家から取り寄せたハチミツをブレンドしている。運動後の身体に効率的に水分と栄養を補給できるだろう。


「加えて戦術の相談にも乗ってくれてんだから、頭が上がらねえよ」

「今更気づいたの? 普段の扱いが雑過ぎるだけよ」

「おっと……藪蛇だったか」


 肩をすくめるユートを見て、リンディは苦笑を浮かべる。

 それからテーブルに手を突くと、彼が書き連ねていたメモたちを覗き込んだ。


「へぇ……レギュレーションの変更でだいぶん変わったみたいね……」

「ああ、前にウエスト校と練習試合をやった時とはまるで別の競技をしてる気分だぜ」


 以前行った練習試合では、もはや戦略が入る余地などなかった。ボードゲームだとすれば、片方のチームの駒は、もう片方のチームの駒全てからの攻撃を受け付けず、一方的に撃破可能なのだ。

 使用できる魔法の種類・出力ともに均質化された従来のレギュレーションに戻ったことで、個々の資質面で圧倒的な有利を誇っていた中央校は、逆に連携訓練の浅さからレリミッツでほとんど最弱と断言していいポジションに陥っていた。


「──だけど。こっちの方が断然オモシレェよ」


 無数の戦術ノートを見渡して、ユートは歯をむき出しにして笑った。

 幾十幾百もの試行錯誤を経たところで、それでもなおスタートライン。

 その戦術を選手たちに伝えて実践し、現地で問題点を洗い出し、同時に選手たちの動きも修正していく。


「世の中の物事って、飛び込んでみりゃ大体オモシレェもんだよな。将来に影響ねえし嫌いな家のやつがいるからってサボろうとしてたやつが、今じゃその嫌い嫌い言ってた相手とタッグ組んで前衛やってんだぜ」

「あらあら……随分と青春してるじゃないの。でもそれ、アンタの立ち位置先生みたいになってない?」

「熱血教師役だろ? 任せとけって」


 実際問題、ジャージ姿で首に笛をぶら下げた格好であるユートは、かなり典型的な体育教師スタイルだった。


「アンタって……結構、男の子よねえ」

「今更かよ」

「そういうのもっとマリアンヌの前で見せた方がいいわよ。あいつなんだかんだそういうの好きだし」

「本当か? 俺はてっきり、王子様系が好きなんだろうなと思っていたが……」

「アレは好みとかそういうのじゃないから」


 リンディは首を横に振った後、ふと表情を真剣なものにした。


「……その本人はどうかしらね、調子は」

「さあな。あればっかりはユイを信じるしかなさそうだ」


 七聖使の権能の暴走──禁呪保有者であるユートにできることはない。

 教会の加護システムを扱っているユイの方が適任だろうと冷静な判断ができている。


「…………」


 羊皮紙に向き直るユートの横顔から視線を逸らして、リンディはそっと自分の手を見つめた。

 あの時、アルトリウスに寄越せと、権利を持っていながら何をしていると言われた力。


「………………」


 リンディ・ハートセチュアはそれを知っていた。

 だからこそ確信している。



 自分を振り回してくるし訳の分からないことばかりしているあの黒髪赤目の令嬢ならば。

 空に輝き未来を切り拓く彼女ならば。




(きっとあいつなら、リンディ・ハートセチュアを殺して(すくって)くれる)




 ◇




 ミリオンアーク家が所有する広大な敷地の中、農地として利用されている山々が並ぶある場所。

 その山道を、冷たい水の入ったバケツと、清潔なタオルを何枚か抱えて歩く少女の姿があった。


「ふう……」


 息をついて、山道からそれたけもの道を進んでいく。

 人が何度も通った結果できたルートだが、使っているのはミリオンアーク家の嫡男一人だ。

 進んだ先、山腹にぽっかりと空いた洞穴の前でユイは立ち止まった。


「調子はどうですか~?」

「……ッ!!」


 刹那だった。

 正確に首を狙い飛んできた刃は、音を置き去りにしていた。

 ユイが自らの身体に四重の加護をかけていなければ、今頃首と胴体が泣き別れになっていただろう。


「あ、すみません上限の見極め中でしたか?」


 パシッと軽い音が響く。無刀流を修め、近接戦闘に置いて無窮の領域に達した少女が、切っ先を人差し指と中指で受け止めた音だ。


「……ッ!」


 切っ先から根本へと辿り、柄を握る手、そして剣士の顔へと視線を向ける。

 殺意の光を両眼に宿したロイ・ミリオンアークが、至近距離でユイを睨んでいる。


(……初動が直線的なのは助かるんですけど、速度が明らかにこの間から上がってますね)


 鍔迫り合いに近い力比べを続けながら、ユイはマリアンヌに頼まれた『暴走状態にあるロイの観察』というミッションをこなしていた。


(懸念していた、駆け引きを用いての戦闘は仕掛けてきませんが……そこまでリソースを割く余裕がないっていうマリアンヌさんの推測は正解な気がしますね)

「……うっ!?」


 そこでロイが我に返り、慌てて魔力の放出を打ち切る。

 訓練用の動きやすい服装で洞窟に閉じこもっていたロイは、ひとまず自分の状態を確認することに時間を費やしていた。結果として訓練によって自分の上限を高めるのではなく、より深く自分の限界値を探っていく時間をロイは過ごしている。


「す、すまないユイ」

「いいえ、こういう危険性を見越して私が来てますから」


 バツの悪い表情で納刀するロイに、バケツの中の冷水にタオルを浸して渡す。


「やっぱり一定以上の魔力を扱うと、暴走しちゃう危険性が跳ね上がります?」

「……ああ。暴走しないギリギリのラインは見極められてきたよ。少なくともこの程度なら大丈夫だ」


 一息ついてから、バチバチとロイの身体が雷撃を放つ。

 平凡な魔法使いが扱う、実に九節に匹敵するであろう超高出力状態だ。

 それでもなお、今までロイが扱えていた最大出力には程遠い。


「ビハインドを抱えて戦うことになりますけど……大丈夫ですか?」

「試練だと思うしかないよ」


 お礼と共に受け取った冷たいタオルで顔を拭きながら、ロイは言葉と裏腹に苦い表情を浮かべていた。


(とはいえロイ君の実力なら、安全に戦闘できる出力に抑えていても優勝ぐらいできそうですが……あ)


 脳内で見知った生徒たちや王国の平均的な学生の戦闘力を比べていたユイだが。

 ふと、一人の男子生徒の姿が脳裏をよぎった。


(あのクライス・ドルモンドっていう人相手だと、流石に無理かな……)




 ◇




 ある程度まとめて食器を購入し、店舗への郵送をお願いした。

 最低限の目標を達成したわたくしとロブジョンさんは、敵情視察も兼ねて区画内にあった飲食店を見て回っていた。


「活気があるね……人々の往来も多い」

「アナタの場所を見るセンスがゴミクズだったということですわね」

「そこまで言うことなくない?」


 露店で買ったホットドッグを頬張りながら事実を告げると、ロブジョンさんは頬を引きつらせた。

 それからふと表情をフラットなものに戻して、じっとこちらを見つめてくる。


「……聞いていいかな」

「はい、なんでしょう」

「昨日までと空気が少し違うけど、帰ってから……いや、一夜挟んだにしては違い過ぎるな。今朝、何かあったのかい?」


 思わず舌打ちしそうになった。

 経営センスがなさ過ぎてつい舐め切った態度を取ってしまっているが、最も重要な価値基準である強い弱いの評価軸においてこの人は相当上に位置している。

 少しの違い、少しの違和感を元として、こちらの異変を察知するなどわけないだろう。


「今朝、ある方のお墓参りをしてきたのです」

「……そうか。知り合いだったのかな?」

「いいえ、敵でした。直接対決はしていませんが。でも……」

「ああ、分かるよ。敵の死は、僕らから遠いようで近い。僕も何度も、この手で屠った敵の死体を埋葬するべきかどうか悩んだ」


 さらりと言い放たれて、思わず言葉に詰まってしまう。

 この人は、ロブジョンさんは、乾いた声でこういうことを自然に言う。カタギの感覚に戻れていないと思ったのは、あの時感じたよりも、ずっと深刻にそうなのだと気づかされる。


「……っと、ごめん。暗い話になってしまったね」


 ストリートを歩きながら、ロブジョンさんは首を横に振った。

 わたくしはふと足を止めた。彼もつられて立ち止まり、何事かと訝し気な目を向けてくる。


「いや、ごめんよ。せっかく案内してもらったのに……」

「ああ、いえ、その……」


 聞いてみたい、と思った。

 人を殺めることを生業としていたこの人は、一体全体、何のためにその道を選んだのだろうか。



「ねえ、ロブジョンさん────」




「ロブジョンだと?」




 横から声が飛んできた。

 振り向けば、レザージャケットを着た大柄な男が、じっとこちらを──正確にはロブジョンさんを──見つめていた。


「ロブジョン・グラスだな?」

「え、あ、はい。ええと、どこかでお会いしましたかね……?」


 明らかにロブジョンさんと知り合ってそうな系統の人ではない。

 カタギの雰囲気はなく、暴力の臭いがする。立ち位置を変えようとした際、逆にロブジョンさんが先んじてわたくしの前に立った。

 ゴキ、と首を鳴らして、レザージャケットを着た男が唇をつり上げる。


「名乗らせろよ、センパイ」

「は……?」

「新生ピースキーパー所属、七番二号カート・ビガンだ」


 ピースキーパー? なんだそれ。

 ロブジョンさんに聞こうとして、わたくしは彼の顔を見て、硬直した。


「……新生、だって?」


 短い付き合いだが、彼は基本的に穏やかで、困り切った表情や半泣きで喚く表情を見せてくれた。割と顔に出る人だなと思っていた。

 だが初めてだ。

 目に剣呑な光を宿した彼は今、相手の一挙一動をつぶさに観察し、明らかに眼前の相手を脅威として認識していた。


「ピースキーパー部隊は僕が退役した二年後、グルスタルク隊長の懲戒処分によって解散となったはずだ」

「おうおう、オールドタイプの認識はそこで止まってるんだな」


 カートと名乗った男は大げさに肩をすくめ、ロブジョンさんを嘲笑する。


「だがよ。解散して、だから何だよ。それでピースキーパーがなくなると、あの人がそれを認めたと思ってたのか? とんでもない大馬鹿だなアンタ」


 見たところ正規の軍人という空気感はない。

 そもそも彼を、公職についている魔法使いと認識するのにはかなりの違和感があった。

 ──だが何かしらの魔法を使っているのは事実だ。魔力の流れが全身を循環している。


「非正規軍……いいや! グルスタルク隊長の私兵団として……!?」

「お察しの通りだよ。俺の上官はトラヴィス・グルスタルク、アンタがかつて共に戦っていたあの人だ」


 そこで言葉を切ってから、カートはぐいとロブジョンさんに顔を寄せた。


「隊長は放置しろって言ってたが……あんたみたいなのが町をうろちょろしてると気が散ってしょうがねえんだ」

「……待て。ここではやめろ。関係のない人々を巻き込むな」

「知るか! 今ここで、目障りなオールドタイプには消えてもらうって言ってんだよッ!」


 男が魔力を可視化するまで増大させると、思い切りロブジョンさんの腹部を蹴り上げる。

 酸素の零れる音と共にロブジョンさんが崩れ落ち、周囲にいた市民たちが悲鳴を上げる。

 ここは商業区画だ。通行人はほとんど平民で構成されている。明らかな魔法使いの暴挙に、なすすべはない。



 馬鹿が! 魔法使いの誇りがねえなら今すぐ死ね!



「ガチ迷惑行為はやめなさいパ────ンチッッ!!」

「ぶぎゃ!!」



 直後だった。

 わたくしの右ストレートが、カートとかいう男の右頬にめり込んだ。

 大きく吹っ飛んだカートの身体が、きりもみ回転しながら露店の陳列棚に突っ込む。あ~あ、弁償だわこれ。


「わたくしを完全に放置して、ハリウッド映画みたいな話を続け過ぎですわ」


 10%の威力で右ストレートを叩きこんだ。

 いくら相手が特殊な魔法使いであっても、防御魔法なしに直撃した以上は、しばらく動けないだろう。

 と、思っていたのに。


「……んだよ、そっちも魔法使いか! カタギになり損なったみたいだなあオールドタイプ!」


 倒れた陳列棚を蹴とばして、無傷のカートが立ち上がる。

 ──効いてない!?


「お前学生だな? 教えてやるよ。これは十節の禁止指定魔法、『禍害絶命(かがいぜつめい)』だ」

「……ッ。見たことも聞いたこともない魔法ですわね」

「当然だろうな、今となっては使用はおろか、研究や伝承も法で禁止されてるらしいぜ」


 誇示するように両手を広げるカート。

 全身を循環する魔力に違和感を覚えた。余りに緻密過ぎる。人間が意図的に循環させているのではない。そう循環するように、魔法を構築した段階でプログラミングされているのか……!


「今の俺の身体は痛みや傷に反応して超高速で再生する……想像つかねえだろ?」

「な……!?」


 それはロブジョンさんが前に言っていた、拷問用の魔法はずだろ!?

 自分にかけて回復魔法に転用しているのか! いいや回復なんてものじゃない、文字通りにこれは……!


「この魔法の主目的はなァ、自分にかけて不死身の兵士になることさ」


 ロブジョンさんが呻きながら立ち上がる。

 混乱に陥った市街地の中、わたくしたちの前で、カートはその顔を狂喜に染めた。



「世紀の天才が極秘部隊ピースキーパーの設立のために開発した特別(スペシャル)中の特別(スペシャル)だ……! とくと味わってくれよ、オールドタイプと紛れ込んだモブ子ちゃん……!!」









 こいつ今、わたくしのことモブつった?




お読みくださりありがとうございます。

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また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。


コミカライズが先日更新されています、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

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― 新着の感想 ―
[一言] 実際の戦闘能力はともかくとして、挙動の格の低さがウエスト校の補欠選手とか洗脳ユート兄並みですわね… まあマリアンヌのパンチに吹っ飛ばされてる時点で戦闘能力もあまり期待できないんですけども
[良い点] 色々気になることあったのに、超回復とかいう手垢のついた能力を誇ってモブ子ちゃん呼びのほうが全てもっていってしまった おわったわあいつ……
[一言] その一割でいいからロブジョンさんが殴られたことにももうちょい怒ってやれ
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