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2021誕生日特別編:マリアンヌ・ピースラウンド(中編)

『無国籍地域 大陸極北生存限界ライン 通称ノーセンドベース

 新大陸歴151年 12/31 16:00』



 出港の時が来た。

 港と呼べはしない砂浜を離れ、豪鬼天覧丸が静かに海を滑りだす。


「……!?」

「ハッ。疾いだろう、嬢ちゃん! つかまっときな!」


 海面を割るようなしぶきはない。だというのに──なんだこれは!

 イメージするなら、等速直線運動とはこういうことなのか、と思った。高速で移動する物体は、摩擦がなければ理論上ずっと同じ速度で移動する。スペースデブリなんかはこの理論で超高速での公転を繰り返しているのだが、それを思い出した。


「いいえ、いいえッ! 慣れればどうってことありませんわ!」

「ッ……!? 大したもんだな!」


 操舵席から前方を覗き込み、ゲンさんは驚愕の声を上げた。

 何せわたくしは腕を組み、仁王立ちで、船の舳先に佇んでいたのだから。



〇土曜22時 漁船でガイナ立ちすなー!

〇苦行むり 良い子はマネしないでね



 船体自体は小さい。

 冷静に考えれば、こんな小舟に出せるスピードではないのだが、恐らくゲンさん独自の改良が施されているのだろう。

 マグロを確実に仕留めるため、老人がずっと研ぎ続けてきた狂気の刃。

 ならばこそ、気圧されるより並び立たなければ失礼というもの!


「その絶海というところへはどれくらいで!?」

「一応くくりとしちゃ、離岸した時点で絶海ではある! マグロの姿を見かけるのはもっと奥だ!」


 高速で海上を滑りながらなので、風の音が激しい。

 必然、互いに怒鳴り合うような声量で会話することになる。


「チッ……揺れが激しいですわね! 腕が鈍ってるんじゃありませんの!? ご老体には少々厳しくなくて!?」

「そう思うなら椅子でも作ってくれりゃ助かるんだがな! モノ作りは不得手かねえ!」

「ハッ、ご冗談を! 付き合いで行った人間国宝の陶芸家のワークショップで真剣にスカウトされたことがありましてよ!」

「マジでか!? 超すげえな嬢ちゃん! 陶芸の人間国宝って……すまん! 教養なくて誰かわからんかったわ!」


 ガハハ、とゲンさんが豪快に笑う。

 まあこんな極北にいて知る機会もないだろう。お互い様だ。

 ……あと、その。ゲンさんのこの豪鬼天覧丸も結構ヤバいというか、知られなくてよかったねと言うか。

 彼の執念の結実とはいえ、さっきから速度の出方とかおかしいもん。これ下手したら国家指定のアーティファクトみたいな出力出てない? 法的に大丈夫? 法定速度とか……その……ああそうか国家ねえわ! 解散!


「マグロを釣ったらどうします!? 売りさばいて内陸の土地を買い上げて別荘でも建てますか!」

「そりゃあいいな! 大賛成だぜ! 老後の予定が決まっちまったな~~!!」

「もう老後でしょうに!」

「テメェ! ワシはまだまだイケるんだよ!!」


 本当かよ。

 振り向くとゲンさんは哄笑を上げながら舵取りをしている。手つきに淀みはない、こいつ定期的に船を走らせて、腕が錆びないようにしてやがったな。


「ならば一生船の上で戦い続けなさいな! 本望でしょう!」

「いや……生涯現役として尊敬されつつも、老人として啜れる蜜は啜っておきてえ……!」

「えっ、最悪」


 理論上最低点のジジイだった。

 お前が啜る蜜なんてねえよ! わたくしに吸わせろ!

 わたくしがドン引きしていることに気づいているのかいないのか、彼は緻密に舵取りしながらも気を取り直すように叫ぶ。


「よーし嬢ちゃん! 絶海はここからが本番だ! 歯ァ食いしばりな!」

「親父にもぶたれたことないですのに!」

「殴るわけじゃねえぜ!?」


 しまった。会話の先の先を予期してしまった。

 潮風が目に染みる。ゲンさんは何の影響もなさそうだが、陸戦をメインとするわたくしにとっては完全なるアウェーだ。

 ここから先の激戦を想像して、わたくしは気取られないように、微かに身震いした。








『絶海 人類未到達圏域

 新大陸歴151年 12/31 17:00』



 波が荒ぶる。

 風が渦を巻く。

 空は鉛色の雲に覆われ、横殴りの雨が身体を打つ。


「なんだ、こりゃァッ……!?」


 船が今にもひっくり返るんじゃないかという荒れ具合だ。

 さすがにガイナ立ちできず、わたくしは船体に取り付けられた姿勢固定用のポールにしがみついている。


「ちょっ、これは大丈夫なのですか!?」

「全然大丈夫じゃねえ! こんなに荒れてやがる海は初めてだ……!」


 さっきから船がガタガタ言っている。

 あれだけの魔法防護を重ねてたというのにこのザマだ。並大抵の戦艦なら木っ端みじんになっていただろう。


「どういうことだ……ワシが準備を重ねているうちに、やつもより強大になりやがったってことかよ……!」


 明確にゲンさんの顔つきや声色が変わった。

 余裕がそぎ落とされている。だがそれを窮地と断ずるには早計か。


「生まれてこの方、こんなに荒れてる海は初めてだ……」

「血が騒ぎますか?」

「そう見えるか?」

「ええ、とっても」


 唇の端が目に届くのではないかというほど、彼はハッキリと笑みを浮かべていた。


「波が心地いいんだよ、これぐらいがちょうどいいのかもしんねぇな……!」

「マゾ……」

「何か言ったかぁ!?」

「言ってません」


 いちいちうるせえジジイだな。

 荒れ狂う波を縫うようにして進んでいけば、少しは雨風がマシな地帯(海域か?)に到達した。

 ゲンさんは舵を制御しつつ、片手で懐からチョコレートのような物体を取り出して口に含む。これはもしかしてあれか、かみ煙草か。


「嬢ちゃんもやるかい?」

「やるわけないでしょうが」


 差し出されたかみ煙草をシッシッと片手で払う。

 美少女だから酒も煙草もやんねーんだよ。まあ美女になってからはやるかも分からんがな。


「……少しは休めそうですわね」

「ああ。今のうちに英気を養っときな」


 ごそごそとそこらの荷物を漁り、わたくしは漁の始まりに備え始めた。

 ゲンさんたちの集落に伝わるのは、伝統的な一本釣りだ。餌となる魚をテグスの先に何匹か仕掛け、そこに食いついたところで、人の手で加減しつつ釣り上げる。

 ただし。


「やつのデカさからして、陸地で用意できる餌じゃまともに相手されねえ」

「ええ。そのために、どこかで餌となる中型の魚を用意しなくてはならないと」

「生餌の方がいいのかの判断もつかんからな。できれば生け捕りも十分な数を確保しておきてえ」


 そこでだ、とゲンさんは、船体に無造作に置かれていた木箱を顎で指した。

 サイズ感自体はクーラーボックスに近い。魚の生け簀か? しかしサイズが小さい気もするが。

 訝しみながらふたを開ける。異常事態が発生した。箱の中身は暗闇で、底が見えなかった。


「そいつはもらいもんでな、魔法で中の空間を拡張してるらしい。詳しいことは分かんねえけど、そこそこ大きな魚でも百匹ぐらいは入るんじゃねえか?」

「言い値で買います」

「金持ちの道楽は分かんねえな……」


 アイテムボックスじゃねーか!



〇第三の性別 アイテムボックスじゃねーか!

〇外から来ました アイテムボックスじゃねーか!

〇みろっく えっここでこんなヤバイブツ入手できるの?

〇日本代表 できねーよ! どっから生えてきたんだこれ!



 異世界転生の必須アイテム!

 正直いつになったらもらえるのか、ていうかもしかして存在しないのか? とか疑っていたが、こんなサブクエでもらえてしまうとは……!


「……って、もらいもの? ご自身で作ったわけではないと?」


 小舟の姿をした違法アーティファクトを眺め、わたくしは腕を組んで唸った。

 正直ここまでやれるならゲンさん自身も、まあ執念による補正があるとはいえ、魔法使いとしてそこそこの技量があると思ったんだが。


「あー、大前提を聞くべきでしたわね……どこで魔法を習ったのです」

「フン」


 ゲンさんは鼻を鳴らして、かみ煙草をゴミ箱に吐き捨てた。

 別に魔法が使えること自体はいい。王国でも、平民が魔法に関する素質を持って生まれることは稀にある。何よりここは無国籍地帯。その辺の農民が魔法適性を持つ血筋であっても、そこに不自然さはない。


「嬢ちゃんとは少し似たやつだったが……だいぶん前、まだ集落に大勢いたころだ。魔法使いの男が訪ねてきたんだ。名前は聞いてもはぐらかされたが、人を探しているとかだった」

「黒スーツでオールバックで赤目じゃありませんでした?」

「……!? よ、よく分かったな」


 お父様じゃねーか!



〇一日寝太郎 お父様じゃねーか!

〇red moon お父様じゃねーか!

〇みろっく すごい偶然だなあ

〇無敵 偶然と呼ぶには因果が収束しすぎてて怖い、これ運営システム完全にフル稼働で辻褄合わせに来てない?



 正直どこふらついてるんだか、ていうか現世じゃないとこメインで回ってるのか? とか疑っていたが、きっちり極北まで制覇しやがって……!


「うおおおおい嬢ちゃん! 何が怒らせちまったのか分からねえがさすがに暴れるのだけは勘弁してくれェ!」


 八つ当たりにテグスをバンテージっぽく拳に巻いて船体をガンガン殴っていると、泡を食ってゲンさんに止められた。


「……失礼。アナタの最大の武器を徒に傷つけるわけにはいきませんわね」

「ったく。まあなんだ、アレか。知り合いだったのか? どうも人の話を聞いてねえようで聞いてるあたり、似ちゃいるが」

「家に帰ってこない父親です」

「…………そうか」


 言葉を発してから、やっちまったと気づいた。

 ほぼ初対面相手に突然家庭環境を暴露してしまった──だけではない。

 さっき確かに言っていた。妻子もここを出ていったと。つまり奥さんと、子供がいたんだ。


「…………」

「…………」


 船が静かに、休みつつも前へ進んでいく。

 しばし無言で、お互いのやるべきことをやった。


「ワシの子供は、カンのいいやつだった」


 沈黙に耐えきれなかった、という声色ではなかった。

 自然にするりと言葉がこぼれたような感じだった。


「一を教えて、十も二十も察せる子だった。だから、心配はしていない」

「…………」

「だからなんとなくだが。お嬢ちゃんの親父さんの考えは……すまねえ。分かる。わかっちまう。アンタは器量も良いが、中身がべらぼうに優れてる。少し話しただけだが分かるぜ」

「ええ、そうでしょうね。今年の夏に、ちゃんと話す機会を得ることができました。だから……あの人の使命は何よりも重いのだと、理解できています」


 物わかりの良い子供が言う言葉──言いながら吐き気がした。

 こんなの、クリスマスに父親がいないことを、自分で勝手に納得して諦める、大人のフリをしたクソガキそのものだ。


「嬢ちゃん、それは」

「ええ、ですから、全部終わらせてきたら、そこで一発ぶん殴ってやりますわ」

「!」


 邪魔はしない。したくもない。使命を以て前へ進む人間の邪魔など、この世界で一番愚かしい行いだからだ。

 だからあの人にはきっちりと望みを果たしてもらう。わたくしのワガママパートは、その後だ。散々待たされた分思いっきり振り回してやろう。


「……本当に、いい嬢ちゃんだな。ワシの息子の嫁に欲しいぐらいだ」

「ふふっ。今の発言、わたくし以外の人間がいる場所で言うと国が傾きますわよ」

「え……怖……」


 全然冗談になってねえんだよな。

 テグスに餌を取り付け終わり、わたくしは船体の左右に数本ずつの釣竿を設置した。

 餌に使う用の魚をそろそろ釣っていかなくてはならない。


「何かを追いかける人間っていうのは、実に執念深いもんだ」

「何ですか。自己紹介ですか?」

「うるせえな。ワシが言いたいのは……それを恐れて遠巻きにするか、応援するかは人それぞれだ。しかしだぜ。めったなことがなけりゃ、『気持ちはわかるから思う存分にやればいい』なんて言えねえ。これはまったくもって、同様に何かを追いかけてるやつの言葉だ」

「……ええ、ええ。そうでしょうね」


 釣竿が早速しなり始める。片っ端から、この海域の魚を絶滅させる勢いで、わたくしは強化した身体で魚を一気に海上まで引っ張り上げた。

 船体にふたを開けた状態で固定したアイテムボックスめがけて、我ながら器用に、直接魚を放り込み続ける。


「嬢ちゃん、アンタは何を追いかけてんだ」

「愚問ですわね。追い求めるは、(ソラ)に煌めく一筋の瞬き。夜闇を切り裂き、世界を照らす原初の光」


 左手で釣竿を操り、わたくしの上半身分ぐらいある魚をビュンビュン釣り上げながら。

 右手で大空を指さし、わたくしは胸を張って告げる。


「それこそが流星の輝き! 天空を駆け抜ける光輝こそがわたくしの到達点に他なりませんわ!」


 中型の魚──前世で言うところのカツオクラスはあるんだけど──をガンガン釣りながら叫んだ。我ながらテレビ東京が泣きそうな光景だ。

 そんな啖呵を聞き終えて、ゲンさんは、なんか微妙な表情でわたくしを見た。


「……病院行った方がいいぜ」

「殺してやりましょうか!? オォン!?」


 こいつ! 精神異常者を見る目をしてやがる!


「や、なんつかーよぉ……それってあれか? 魔法使いが魔術的な探求をしてる、ってことでいいのか?」

「厳密には違いますが、そういう認識で理解できるならそういうことで構いません」

「なるほど。そりゃワシには分からんわけだ」



〇第三の性別 なんでこんなクソどうでもいいサブクエで本質的な話してんの?

〇太郎 驚くほどになんていうかこう、かみ合ってるんだよな、相性



 苦笑を浮かべていたゲンさん。

 だがふと、彼は一切の表情を消した。


「なあ」

「はい?」

「ここ、随分と落ち着いてるから、長居してるがよ」


 落ち着いているというのは天候のことだろう。

 空の色こそ鉛一色だが、波は比較的穏やかだし、風も強くない。雨に常に晒されているが、先ほどまでの銃撃じみた痛さは感じない。


「そうですが……何か?」

「おかしくねえか。何でこんなに荒れてない? ピンポイントにここ一帯だ。見ろよ、向こうはひどいもんだ」


 言われてみれば確かに、見える範囲ですら、荒れている場所は荒れている。


「自然現象ですから、わたくしたちで量るには難しい気も……」

「それだけじゃねえよ。さっきから嬢ちゃん、入れ食いじゃねえか。大したもんだと思っていたがおかしいぜ。そのサイズの魚がここまで群れることはありえねえ」


 アイテムボックスに、さっきから無尽蔵に中型魚を詰め込んでいる。

 さすがに転生前も、本格的な漁業に参加した経験はない。せいぜい人付き合いで川やら海やらの、いわゆる釣りスポットで少々嗜んだぐらいだ。

 だからこちらの世界ではこういう感じなのかな、と思っていたが、どうやら違うらしい。


「ならば、どうお考えで?」

「ああ、あの時もそうだった。いやに静かだったんだ────」


 あの時と言われて連想するものなど一つしかない。

 その、刹那だった。



「────嬢ちゃん!!!!」



 言葉を返す余裕はなかった。

 アイテムボックスに飛びついてふたを閉めると、抱きかかえるように保持しつつ、固定用ポールにしがみつく。

 視界がぐわんと揺れて、一気に持ち上がった。海面が突如として上昇した。高度、ゆうに十数メートルだろう。

 海面? 違う。

 海の底にいた()()が身体を起こして、わたくしたちはそれに巻き込まれているんだ。


「真下ですって!?」

「気づかなかった……ッ!」


 ゲンさんが舵を思いっきりぶん回しながら、船体各所の魔法に指示を走らせて姿勢を制御する。


「クソッ、舌噛まねえように歯を食いしばってくれ!」

「親父にもぶたれたことないですのに!」

「さっきの話聞くとなんか深読みできちまいそうだからそのフレーズ使うのやめてくれ!!」


 絶叫しながらも、ゲンさんのリカバリーは神がかっていた。

 船体各部に魔法陣が浮き上がり、ため込んでいた魔力を推力として放出する。

 さすがにわたくしも、恐怖に全身が震えた。


 ────魔力放出による、一時的な飛行。


 いまだ人類が到達できていない大空を、豪鬼天覧丸は確かに飛翔していた。


「着水ショック注意!!」


 迅速な指示に従い身体を丸める。

 果たして数秒間の滞空・水平移動を終えて、船体は隆起した海面から距離を置いたポイントに着水した。

 視界が跳ねた。アイテムボックスを手放さないよう踏ん張る。固定していた釣竿たちが数本すっぽ抜けて飛んで行った。


「ぐううう……!」


 唸り声をあげ、老人は船体がひっくり返らないよう必死に制御する。

 縦にも横にも、しっちゃかめっちゃかに視界が揺れる中。

 わたくしは確かに見た。

 海に突如として顕現した、巨大な山を見た。



〇火星 は?

〇苦行むり 責任者、もしかしてクソデカMODとか導入した?

〇日本代表 知らん知らん知らん



 あまりにも巨大だった。

 あまりにも強大だった。

 もはやそれは一つの島だった。


「……なんです、か、あれは」


 単体の生命として頂点であることを示すのが神ならば。

 これは神なる存在が足場とする、神殿そのものだった。


「……ッ! 間違いねえ! 間違えるわけねえ! マグロだ! マグロ・ポンテンヴィウスだ……!!」


 憎悪入り混じった声を聴きながら、現実味のない光景に唖然とする。

 これが、この世界のマグロか。


「まさか、この個体がいるから、天候すら変わっていた……?」

「ああ、そうだろうな。周囲を遊泳してたのは、こいつのおこぼれにあずかるためか。自分が食われるかもしれねえってのに……」


 幾分か衝撃を受け流し終えて、ゲンさんはマグロの様子をうかがっていた。

 起き上がったというのは語弊があった。どうやら少し海面に顔を出していたようだ。その時点でもうわたくしの知ってるマグロじゃないんだよな。どっちかっていうとこれクジラ。環境保護団体に怒られないかこれ。いやファンタジー世界だし許してくれるか。駄目ならもうツイッター永久BANされるしかない。


「釣るという概念があるんですか、これ」

「馬鹿言うんじゃねえ。海の生き物を引っ張り上げることを釣りと思ってんのか? 海での狩りを釣りっていうんだよ」

「……なるほど」


 含蓄のある言葉だった。

 わたくしは頭の中で装備を確認する。釣り糸や餌は、実際問題としてそろっている。あとはこいつらを活用して、やつが力尽きるまで戦えばいい。

 簡単に言ったがかなり厳しい戦いになりそうだ。何せ……


「体力勝負となるのなら、ここにはか弱い乙女と耄碌したジジイしかいません。いささか不利ですわね」

「事実を捻じ曲げることに関しちゃ百年に1人レベルの天才だなアンタ」


 ゲンさんは半眼になっていた。

 だが別に全部嘘ってわけじゃない。体力勝負となった際に、これだけのデカブツを釣り上げるほどの優位性はない。

 どうしたものかと腕を組んで唸っていると。


「あ? なんだこの音」

「音?」


 波の音しか聞こえない。

 だがゲンさんは眉根を寄せ、海を覗き込んだ。


「アナタにしか聞き取れない音ですか」

「ああ。波音に紛れちゃいるが、確かに聞こえる。こいつは……魚の泳ぐ音じゃねえぞ。どういうことだ、水中から雷の音がする!」

「えっ」


 直後だった。

 海面に輝きが走った。

 見間違えようもない。それは雷撃の光だ。


「なんだこりゃ……!?」

「あー……」


 驚愕しているゲンさんの隣で、わたくしはなんとか船体に残っていた釣竿を拾い上げると、針を外してからひょいと海に投げ入れる。

 しばらく待てば、釣竿が大きくしなった。


「そうら! フィーッシュ!」



〇つっきー ついに言いやがった!



 気持ちよく叫びながら、思いっきり釣り上げる。

 ザバァ! と海面を破って飛び出したシルエットが、そのまま船体へ打ち付けられた。


「……おい。嬢ちゃんこれ通報した方がいいか?」

「水死体ではないですわね」


 全身ずぶ濡れのそいつは数秒びくんと跳ねた後、ドゴンと鈍い音を数度立てて──多分、雷撃魔法を遅延発動させて、心停止した際に自動で心臓マッサージするようにしてたなこいつ。前にわたくしがそういうことできるかもねとか言ったのを覚えていたようだ──のそりと二本の足で立ち上がった。


 鉛色の空の下でさえ輝きを失わない金色の髪と碧眼。


 見慣れた、爽やかな王子様スタイルを浮かべて、彼は言う。



「フッ……どうやら僕は、君に釣られてしまったようだ」

「チェンジで」



 やせいの ロイが あらわれた。







お読みくださりありがとうございます。

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また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。


コミカライズが連載中です、良かったら読み終わった後のgoodもお願いします。

https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何度読んでもマグロ回はイカれてる。中でもロイがヤバい [一言] コミカライズ読みました。マンディ・マサチューセッツもといリンディママよかった。次回あの殺意マシマシ聖女が目醒めるのか
[良い点] 速報 ロイ氏、魚雷になり、マリアンヌに釣られる。 [気になる点] こりゃあ、ロイがいるなら他のメンバーも居るな…… [一言] はぇ〜、お父様は何処にでも介入しているんですねぇ。
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