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PART22 星が輝く場所

 ふざけたオーロラが晴れ、空が元の色を取り戻してからしばらく。

 避難していた生徒たちがアリーナから出てきて、校舎のほとんどが半壊した惨状に唖然としている中。



「アオオオオオオオオオンンンンン」



 わたくしは新フォームの代償であろう激痛に、叫び声を上げながらのたうち回っていた。


「イダイ! アッ……アッ、アオオオオオオオン!! オオオオン!! オォン! アォン!」

「うるっさ………」


 のたうち回るわたくしの隣で、地面に横たわったリンディが迷惑そうな顔で呟く。

 しょうがねえだろ! 叫ばないとやってられないようなタイプの痛みなんだよこれ!


「あはは……祝福は一応かけたんですけどね……」

「どうも単なる筋肉痛とは違うらしい、オレたちにできることはなさそうだな」


 地面をゴロゴロと転がるわたくしを覗き込みながら、ユイさんとジークフリートさんが苦笑を浮かべる。


「フーッ……フーッ……ま、まあいいでしょう」


 歯を食いしばりながら立ち上がる。

 正直歯を食いしばりすぎて歯並び大丈夫かなと思うことが多々ある。令嬢ってあんまり歯を食いしばったりしないんじゃない? 大丈夫?


「にしても、また新フォームかよ。お前ちょっとした博覧会みたいになってんな」


 声をかけられた先に顔を向けると、ユートが器用にロイの手当てをしながらわたくしに話しかけてきていた。

 普段の王子スタイルから一転して上裸になった我が婚約者は俯き、されるがままに平ラ式で包帯を巻かれていた。


「…………ッ!!」


 思わずガン見してしまった。滝で修業をしていた以来だが、やはりこいつの肉体美は目に毒だ。わたくしは毒を食らわば皿までという心意気で生きているのでこういう毒は全然受けに行く。


「おい、話聞いてるか」

「静かにしていてください」

「会話する気ゼロかよ!?」


 それはそれとして、随分とロイのやつ、反応が薄いというか、どうしたんだ?


「……え、何でしたっけ。新フォーム?」

「ああ。さっきまで翼生やして……ワザマエフォームだっけか。あれはサジタリウス系列とは違って、ツッパリだとかいうのを発展させたやつなのか?」


 さすがはユートだな、説明してないのに観察眼のみでサジタリウス系統とツッパリフォーム系統が別物だと理解している。


「そのようです。十二……いえ、十三星座はルシファーの口ぶりからして、大賢者セーヴァリスもシステムとして組み込もうとしていたようですから。それらとは外れたわたくしオリジナルのフォームです」

「禁呪をオリジナル改良すんの、マジでお前イカれてるよ」


 ユートはドン引きしていた。

 今更だろ。


「ただ……アレ、多分なんですけど。ツッパリフォームの一つの到達点ですわね」

「え!?」


 わたくしが腕を組んで告げると、隣でユイさんが驚愕の声を上げた。

 何事かと見れば、ジークフリートさんやリンディも目を丸くしていた。


「何か? 一応肌感覚としては、間違ってはいないと思うのですが」

「あ、いえ……その。マリアンヌさんがそういう、到達点だって自分で言い出すことなんてないと思ってました……」


 なるほどそういうことか。


「無論、ここで完全に頭打ちとまでは思っていませんわ。ですが正直、完成度でアレを超えるフォームはちょっと思いつきません」


 十三星座たちは、明白に役割が割り振られていた。リソースを最適化しているなと思う。この辺りは魔眼使いからの指摘でも確信を得られた。

 その点で言えば、ツッパリフォームはこう、自分で言うのもアレだがそんなにシステマティックではない。単に目の前の相手を殴り倒すために必要なパーツを集めて、なんとか成立させたという感じがデカかった。


 しかし──ワザマエフォームは違う。

 どう違うのか。体感だがマジでロスが全然ない。過剰な出力が体外に放出されることもなく、あらゆるパワーを効率よく循環させ、その一環として飛行用の翼すら顕現していた。


「十三星座の各フォームでしか突破できない敵はいると思うのですが、それぐらいピーキーな敵でない限り、基本的にはワザマエフォームで対応できそうですわ」


 汎用性を極限まで突き詰めていくと、シンプルに出力が高く、防御力が高く、飛行能力のある形態になる。

 ……なるほど。悪役魔法少女令嬢を無意識のうちに理想のフォームとしていたのかもしれないな。

 あとあれだ。徹底的にデバフを無視できていたのは、正直自分でもどうかと思うぐらいだ。


「なるほど、言われてみればアレは汎用フォームの最上クラスと言ってもいいわけか」


 頷いてから、しかし、とジークフリートさんが眉根を寄せる。


「その割には……反動が大きすぎないか?」

「本当ですよ! めったなことがないと使ったらだめだと思います!」


 ぷんすこしながらユイさんも乗っかって来た。

 んまあ……はい。全然反動に耐えられてないね。うん。汎用フォームのくせに負荷がデカすぎる。本当の意味で使いこなせるのは当面先になりそうだ。


「……マリアンヌ・ピースラウンド」


 その時だった。

 影が差した。振り向けば、王国最強の騎士が佇んでいる。


「すまなかった」


 手当を終えたゴルドリーフさんが、のそりとわたくしの前にやって来て、頭を下げている。

 利用され、もてあそばれたというのに、謝れる。なるほどこれは騎士だ。


「アナタ、魔眼の支配下にあったという自覚や、その間の記憶はあるのですか?」

「ああ、ある。屈辱だ……王国を守る盾である私が、このような形で利用されるとは……」


 その言葉を聞いて、後ろで三騎士たちが気まずそうな顔になる。

 お前らが気づけなかったのもトリガーの一つではあるしな。

 ただ、気になっているのはそこじゃない。


「わたくしと戦った時のことを明瞭に覚えていますか?」

「え?」

「あの、摂理反転とかいう超次元テニス技をしてきたときです」

「あ、ああ。覚えている。え、何? 超次元テニス技……?」


 覚えているのなら話は早い。


「あの時と普段のアナタ、どっちが強いですか?」

「普段の私に決まっている」


 憮然とした顔で告げられ、思わず唇がつり上がった。


「当たり前だ……意思の指向性を奪われた騎士が真骨頂など、あるものか」

「……良かった。安心しました」

「ん?」

「ならば、正真正銘、全身全霊のアナタは、まだ倒せていないわけですわ」


 どうやら言いたい意味が分かったらしく、ゴルドリーフさんはぽかんと口を開けた。


「……君は。最初から、いつか、私を倒すつもりだったのか」

「ええ、ええ。当たり前でしょう。何故ならわたくしはいつか最強を証明する者」


 一度、天を見上げた。

 橙色に染まる空は、じきに夜のとばりを下ろすだろう。


「そういう意味では、今回の事件、一つ勉強になりましたわ」

「え?」


 首をかしげるユイさんに、優しく微笑みかける。

 アナタがいなければ、あの時……完全に出力がオーバーロードしていたあのタイミング、どうなっていたか分からない。


「確かに、必ずそこにあるという安息の保証はあります。わたくしを日常へと引き戻してくれる唯一つの旗印」

「え、はあ……?」

「ただし、本質的には、わたくしが目指す流星の輝きは、夜空を切り裂くもの」


 必ずそこに帰れるという温かさ。

 それを感じるたびに、喜びと、ほんの少しの悲しみがよぎる。いつか壊す安息。

 頭を振った。


「そして、学びました……星の輝く場所は、空だけじゃない。足下にだって星の光はあるのですね」


 わたくしはみんなに背を向けた。

 屋上の片隅で、拘束され、魔眼殺しの眼鏡を完全に固定されたアルトリウスさんの姿があった。


「それを踏まえて、だからこそ、わたくしは天に輝く道を選びたい。自分の意思で改めてそう思いました」


 ユイさんはわたくしの言葉を聞いて、少し間を空けてから頷いた。


「はい。きっと……マリアンヌさんが目指す輝きは、そういうものだと思います。道を照らしてくれる光ですから」

「ええ。つまりは、アクシーズファム着てる女でも許せるということです」

「なんかだいぶん前に同じフレーズを聞いたような気がしますね……」


 そうだ、随分と長い時間をかけて歩いている気がする。

 なのに今更気づくなんて──思わず笑ってしまう。


 静かに夜が訪れようとしている。

 学園祭は大きな損害をもたらしながらも、最後は緩やかに、幕を下ろすのだった。




 ◇◇◇




「ふっざけんな……! これで終わり!? そんなのあり得るわけないでしょうが……ッ!!」


 校舎と校舎のはざま、星明りすら届かない影の道。

 そこで、這いつくばりながらも必死に壁を支えに立ち上がる一つの影があった。


「殺す。全員殺してやる、そのために来たんだから……!」


 黒騎士、もといアルトリウスが用意した一枚のカード。

 彼の計画上必須だったのは、マリアンヌとゴルドリーフが直接対決の末、互いの出力をオーバーロードさせて『終点』へ届きうる次元のゆがみを発生させることだった。


「ふざ、けろ……許さない、ボクをコケにして、許されると思うなよあの野郎……!」


 そのために、ゴルドリーフにとって最大の鬼門、妻子の仇と直接的に重なり得る『疫死』の禁呪保有者を用意した。歴代の保有者の例にもれず、彼女もまた死を司るその能力上、一人静かに暮らすことなどせず、無意味に命を奪い、無作為に略奪と凌辱を繰り返す人格破綻者となっていた。

 王国暗部に精通したアルトリウスが彼女の動向を掴むのはたやすく、伏せ札の一枚として声をかけ、連れてくることに成功した。


 だが──その後始末を彼はし損ねた。

 十三節詠唱をする体力が残っていないというのは、アルトリウスの計算が最後の最後で甘かったことを意味する。

 彼女は今、立ち上がった。他でもないアルトリウスへの怒りを原動力として。


 大気中の魔素を悉く吸い上げ、暴発寸前の魔力が練り上げられる。

 世界を砕きかねない波動を放出しながら、彼女は致命の禁呪を構築していく。



 ────星の終わり(stars end)天の裂け目(sky end)地の暗がり(ground end)



 誰も気づけない。

 すべては終わったと、幕が下りて大団円を迎えたと錯覚しているから、分からない。



 ────諦めろ(abandon)膝をつけ(fall on)叫べ(shout on)絶滅(extermi)せよ(nation)



 舞台上に佇む人間は、観客の一人が狂乱しながら飛び込んでくるなど予期できない。

 これはほとんど事故に近い、全員が同意したルールをわざと無視するが如き蛮行だから。



 ────不可(irrever)(sible)左足(left)汚泥(mire)犠牲(sacrifice)



 『流星(メテオ)』の禁呪保有者が筋書きを無視しながらも、舞台に上がってから勝負を挑む役者なら。

 『疫死(モルス)』の禁呪保有者は筋書きを知ることすらせず、舞台に火を放つ部外者であり、そうあれかしと位置付けられた禁呪なのだ。



 ────罪業すら慰(sin pass)めに遠く(away)私は楽園に(paradise)たどり着けない(get away)



 故に。

 あらゆる命の火を、希望を、それら一切を破却する者は。

 大上段から、傲慢にもこう言うのだ。




 ────厳粛なる否定を(quo vadis)受け入れろ(domine)




 遠い遠い平行世界。

 あるいは科学的解析が進んだいつかには『中性子線』という名を与えられるその光。




完全解号(ホールドオープン)──虚鉾滅尽(ディザスター)疫死(モルス)




 十三節の詠唱が完了する。

 自分の生命力のほとんどを転換した絶死の嵐が、いま彼女を起点として巻き起こる。

 学園中を飲み込み、気づくことすらできないまま、マリアンヌたちさえも即死する滅亡のフィールド。




「────何をしている」




 その前に。

 正義の味方は、間に合う。


「ハ?」


 少女が振り向けば、光の差す道からこの路地裏へ歩いてくる影があった。

 長い金髪。黒一色のスーツ。

 彼はその瞳に確かな激情を宿して、静かに進んできた。


「そうやって……どうして、破滅を呼び寄せようとするんだ」


 背筋を悪寒が走った。

 死を司るはずの自分が、全生命が怯える存在であるはずの自分が、明白に恐怖していることに、膝の震えからやっと気づいた。


「安寧を壊して、何が楽しい。笑顔を奪って、何故貴様が代わりに笑う?」


 闇の中ではっきりと輝く、黄金色の瞳。

 射すくめられ、息が詰まる。かひゅと無様な音が喉からこぼれた。


「貴様のような存在は、生きていちゃいけないんだ」

「────ッッ!!」


 その言葉は致命的(クリティカル)だった。

 権能を振るい、誰かを殺すことでしか存在を認められなかった、自分自身ですら自分の存在を証明できなかった少女。

 彼女は悲鳴を上げて取り乱す。


「何、だっていうんだよ……ッ! どいつもこいつもボクの邪魔ばっかりして!! いい加減にしろよォッ!!」


 既に禁呪は完成している。

 少女は目に涙を浮かべながら、手始めに眼前の青年へと死を集約させようとして。



「人間を舐めるな」



 ナイトエデン・ウルスラグナは、その一言だけを告げた。


「……えっ」


 無視だった。

 ナイトエデンは直撃した即死効果を完全に無視していた。


「絶命しろ」


 直後、ナイトエデンが腕を振るう。

 刹那に顕現した光のワイヤーは、狙い過たず少女の胸を貫き、心臓を一瞬で爆砕していた。


「────」


 しゅるりと光の線が彼の手へ巻き戻された後、少女は声もなく崩れ落ちた。

 ナイトエデンが路地を進み、彼女の体を見下ろした時、『疫死』の保有者は既に事切れていた。


「……せめて、輪廻を越えた先、次の命を授かった時に、幸せをつかみ取ってくれ。私にはそう祈るしか、君にできることはない」


 目を閉じ、青年はしばし少女の安息を祈った。


「ウルスラグナ殿」

「……」


 彼が目を開けた時、路地には影が一つ増えていた。

 白いローブに身を包み、顔を見せない男性。しわがれた声から、最低でも初老には差し掛かっているだろうと推測できる。

 ローブの男は、バツが悪そうにするナイトエデンへ忠告する。


「あまり、ナイトエデン・ウルスラグナらしからぬことを、なされぬように」

「……何のことかな?」

「禁呪保有者に、情けをかけるなどあり得ません」

「ああ、あり得ないでしょうね。そんなこと、したことないな」


 とぼけてみせたあと、ナイトエデンはスーツを翻して歩き出す。


「私は、ナイトエデン・ウルスラグナだ。禁呪保有者を殺戮し、世界を守る存在だ……」


 その言葉は、誰かへ向けられたものではなかった。




 ◇◇◇




 学園祭が終わってから数日後。

 わたくしは馬車に揺られていた。


「だからアナタ、幸せを掴もうとする能力が足りてないのですわ」

「それは罵倒じゃないか?」

「罵倒です」

「確認するんじゃなかった、普通に傷つく……」


 隣に座る青年は、わたくしの言葉を聞いてうなだれる。

 両眼を魔眼殺しの包帯でぐるぐる巻きにされたアルトリウスさんである。


「それにしても……幸せを掴もうとする能力……か」

「ええ。何か文句でも?」

「そういう君はどうなんだ」


 返す言葉に、腕を組む。


「具体的にどういうことでしょう」

「具体性のない話を切り出した君が言うのか……まあ、例えば。ロイ・ミリオンアークは君の婚約者だったな」

「ええ、そうです。あんなでも一応婚約者ですわ」

「彼が、君の知らない女を選んだとして」

「わたくしの知らない女!?!?」


 ユイさんじゃなくて!?

 そ、それはちょっとしんどいかな……しんどい? しんどいっていうかキツい。普通に泣きたくなる。それはちょっと、いくらなんでも、お前何してんだよってなるわ。


「…………君、結構しっかり彼のこと好きじゃないか?」

「ハ??」

「あ、いえ、何でもないです」


 ちげーよ! ユイさん相手ならいいの! ていうかそうなってほしいしそれが一番あいつにとっても幸せなの! だってわたくし追放されるし!

 まあ仮定の話にキレてても仕方ないか。


「……幸せを掴もうとするのなら、受け入れるのは難しいんじゃないか」

「まあ、そうですね……ですが……やつがそれを望むと言うのなら、祝福するのが道理でしょうね……」

「──道理?」


 意外な言葉だったようで、アルトリウスさんは顔をこちらに向けて訝し気な声を上げた。

 これこの人こっち見えてるな。魔眼、全然殺せてねえじゃん。


「わたくしにとっての道理ですわ。それを守らなくては、自分が幸せになることなどあり得ません」

「…………」

「ただ幸せになろうと、なりふり構わないことなんて誰でもできます。でも本当に幸せを掴もうとするのなら……自分の意思で、自分のルールに則って戦うべきです。そしてわたくしは、わたくし以外の誰かを選んだのなら、それはルールとして祝福すべきだと思います」


 そういうものなのか、とアルトリウスさんは黙り込む。

 しばらく、馬車の車輪が回り、地面を進む音が響いた。


「今、魔眼、使おうと思えば使えるでしょうアナタ」


 わたくしの言葉を聞いて、アルトリウスさんは唇をゆがめる。


「あと、使ってない能力がいくつかありますわね。いいえ……使ってはいたけれど、わたくしたちが感知できていないのでしょうか」

「ああ、一応な。例えば……記憶を奪うことができるんだ。奪われた側は実感などないだろう」


 なんだそれズル過ぎないか!?

 ほ、本当に何でもできるなこの人……え? なんでわたくし勝てたんだろう……


「では誰からどんな記憶を奪ったのですか? まさかわたくしから──」

「いやいや、禁呪保有者相手に記憶操作はヤバ過ぎる。どんなエラーが起きるか分からない」

「では……うーん……ゴルドリーフさん?」


 あてずっぽうに、とりあえず厄介なユニットの名前を上げた。

 わたくしならゴルドリーフさんに、偽りの仲良し記憶とかを植え付けて裏切れないようにすると思う。


「……まあ、正解だ」

「あらあら。わたくし運ゲーには強いようですわね」


 当たっちゃった。


「どういう記憶操作をしたのです? もちろん墓までもっていきますわよ」

「小さい頃、ゴルドリーフさんに、剣を習ったことがあったんだ」

「────!!」


 絶句した。

 そうか。元王子なんだ、元々顔を合わせたことがあってもおかしくはない。

 ただ……わたくしの発想とは、逆だった。それは場を有利に運ぶためというよりは……


「だが、その記憶があると、俺の正体がバレかねない。だから、その記憶を奪った。さらに言えば、本当は伏せ札だったんだよ」

「と、言いますと?」

「魔眼のタネが割れた状態で、あの人と正面から戦うことになったら……戦いの最中に記憶を返せば、間違いなく混乱する。安全に勝つことが出来る……」


 思わず鼻を鳴らした。

 馬鹿か。そんな嘘でわたくしを欺けると思ってんじゃねえぞ。


「言い訳ですわね」

「フン」


 反論はなかった。


「他人にするため。手駒として支配するうえで、情を排除するため、恩人を他人にしようとしたのですね」

「うるさいぞ」

「返さないんですか、その記憶」

「返す必要性はない」


 そこで言葉を切って、彼は窓の外を見た。

 馬車は進む。処刑場への道のりだ。


 略式裁判で、アルトリウス・シュテルトラインの死刑は即時確定した。元王子の死罪は、そのスキャンダル性から極秘のうちに決定し、そして極秘のうちに執行される。

 万が一にも道中で逃げ出さないように、わたくしは魔眼に対応できる人間として、処刑場まで付き添い、そして処刑場で待機する。


 一応執行現場に居合わせなくていいように、第二王子と第三王子が壮絶に抗議して取り計らってくれたらしい。アーサーとかいうジジイはできれば執行人もやってほしいとか言って来たけどあいつマジ頭おかしいよ。

 ……いや。その裏側の意図は、ちゃんと分かっている。


「……アナタにとって。その記憶。剣を習ったという過去の残像は、輝いていますか」


 かつて彼と共に読んだ詩を思い出した。


「白鳥にとって、幸福とは、単に記憶の残像でしかなかったんじゃないかとアナタは言いました。逆説的に、アナタにとって記憶こそが、幸福の象徴だったのではないでしょうか」


 返事はない。

 彼はずっと窓の外を見ている。


「黒騎士として、そしてアルトリウス・シュテルトラインとして。アナタは本気を出した時には、剣を振るいませんでした。それは、師から習ったそれを汚したくなかったからではないのですか」

「……才能がなくて、実戦レベルにならなかっただけだよ」


 馬車が速度を緩めていく。

 きっと着いたのだ、彼の人生の終点となる場所に。

 誰も見守らない、裁定者と執行者だけが待つ刑場。そこが彼の終着点。


「ねえ、アルトリウスさん」

「これは」


 発作的にでた言葉だと、声色で分かった。

 わたくしは押し黙り、続きを待つ。アルトリウスさんは絞り出すようにして、顔をこちらに向けないまま呟く。


「この記憶は……持っていきたいんだ……」


 素朴な声だった。洟をすするでもなく、涙を流すでもなく。

 でも──彼は泣いていると思った。


「大丈夫」

「え?」


 わたくしは彼の手に自分の手を重ねて、ぐいと身を寄せ顔を覗き込んだ。

 いま魔眼打たれたら対応できん。ワザマエフォーム発動してないし。

 要らない。ここで魔眼使われるのなら、もういい。それでも伝えなくてはならない。


「罪科は、きっと許されるためにあるのです。わたくしの判断は、やっぱり間違っていませんでした」

「……何の、話だ」

「後でわかりますわ」


 見えているだろうと思い、わたくしは彼に微笑んだ。




 ◇◇◇




 アルトリウス・シュテルトラインは、拘束されたまま刑場に立たされた。


「装填完了です、タグノーⅡ型毒性薬の塗布も完了しています」

「貴方の来世に祝福が満ちていることを祈ります」


 神父が最後の言葉を言い渡す後ろで、執行人が麻痺性の致死毒を塗り込んだ矢じりをボウガンにセットしていた。

 魔法による処刑では無効化されるかもしれない。だからこそ、処刑は原始的な方法を起点として発展してきた。


 その様子を、包帯に覆われた瞳で、彼はずっと眺めていた。

 おめでたい連中だな、と嘲笑いたくなる。やろうと思えばこの瞬間に、自分へ怯え交じりの視線を向けている関係者一同を皆殺しにできるのだ。


 だが、もういい。

 輝きを見つけることができた。自分が進んできた道にも意味はあったのだと、少しでも信じることができた。

 だから、もういい。


「何か言うことはありますか」


 確認のため、二階席から音声が届く。

 ふと気が向いて、それらしきことでも言ってやろうかと思った。


「──私が斃れようとも、誰かが意思を継ぐ。アーサー・シュテルトラインが愚かにも続けている悪政は、根絶される定めにある。その時、今ここにいる人間全員も裁きを受けるだろう」


 心にもない言葉だった。

 それでも、全員の表情に動揺が走ったのを見て、アルトリウスは内心でほくそえんだ。見たことか。


「構え」


 指示を受けて、執行人がボウガンを構える。

 今度こそ、アルトリウスは自らの瞳を閉じた。世界が暗闇に閉ざされる。


(悔いはない……)


 胸の内から、それは違うと声が聞こえた気がした。

 これからだったのに。初めて、あの少女との戦いの果て、少しだけ歩む先が見えたような気がしたのに。


(今更だ……)


 せめて胸を張って死のう。

 心が折れることすらできなかった。それでも確かに、心が折れないまま、走ってきたのだと。

 破滅を導くことができずとも、人生をかけて疾走した末がこれなのだと、受け入れるために。



 アルトリウス・シュテルトラインが深く息を吐く。

 その瞬間に、執行人はトリガーを引いた。








「────赦しの(resurr)明星(ectio)を、今ここに(is coming)








 ……遅い。

 何も感じない。気づかないまま死んだのか。

 アルトリウスはゆっくりと目を開けた。

 直後、包帯越しに、強烈な魔力の波動を視た。


「何……ッ!?」


 事態を把握する。放たれた矢が空中で静止していた。

 それは水のヴェールに絡め取られていた。


『緊急事態発生、緊急事態発生──』

『処刑中止! 侵入者を確認! 殿下たちの避難を最優先──!』


 さらに、かく乱用と思われる爆発が刑場施設のあちこちで起きていた。

 間違いなく何者たちかによる妨害。

 首を振って周囲を見渡そうとした時、アルトリウスの魔眼は、自分の隣に佇む人物の存在を感知した。


(……!? いつの間に!)

「低品質な魔眼殺し……ということは、やはり、受け入れようとしていたのね」


 はらりと、包帯が解かれる。

 久方ぶりに肉眼で光を受け、思わずアルトリウスは目を細めた。

 その間に拘束が水流の刃によって切り裂かれ、彼の身体は自由を取り戻した。


「何者だ」

「スカウトよ。世界征服をもくろむ悪の組織に興味はないかしら?」


 佇む少女。

 銀髪をたなびかせ、青い両眼でアルトリウスを見つめる──悪逆令嬢。


「君は、噂のゼールの元皇女か」

「あら、耳ざといわね。元王子殿下、初めまして。(わたくし)、カサンドラ・ゼム・アルカディウスと申します」


 優雅に一礼する彼女の背後で、執行人たちが魔法を撃ちまくっている。

 だがそれらは自動で変形する水のヴェールに悉く受け流され、防がれ、無力化されていた。


「……俺に、スカウト? それに世界征服だと? 興味ないな、他を当たってくれ」

「言うと思ったわ。でも当面の目標を聞けば、きっと興味を持っていただけるかと」


 カサンドラは顔を上げて、言葉を続ける。


「とりあえずの目標は、障害を……世界征服の最大の邪魔を排除すること。そのために、貴方の力が欲しいのです」

「……障害?」

「ええ」


 頷いて、カサンドラは女神の如き微笑みを浮かべた。



「流星を撃ち落としたいの」



 言葉の意味を理解するのに数秒かかった。

 そして理解した後に、アルトリウスは、腹の底からの哄笑を上げた。


「ハハハハハハハハハハハハハ!!」


 流星を。

 あの輝きを撃ち落とす。

 なるほど。それは──痛快だ!


「まあ、その張本人からのリークというのが、格好のつかないところなのだけれど……お気に召したかしら?」

「ああ、最高だ……それはいい」

「話は決まったわね」


 カサンドラがアルトリウスに何かを投げてよこす。

 キャッチしたそれを、魔眼使いはまじまじと見つめた。愛用していた、魔眼殺しの眼鏡だった。


(……もう一度。走ってみてもいい、ということか)


 罪は、罪だ。

 しかしアルトリウスは、走り続けた満足感から罰を受け入れただけ。

 まだ走れる、走っていいというのなら、罰をいったん保留にする程度には、悪人だった。


「ではこちらにどうぞ」

「ああ」


 カサンドラは瞬時に水の竜を顕現させると、アルトリウスをその体躯に乗せた。

 翼がはためき、音もなく二人を乗せて水竜が飛翔する。捕縛用の魔法一切が無効化され続けたまま、執行人たちは空を見上げることしかできない。


「こちらカサンドラ。目標を確保したわ。先行隊も引き上げさせて頂戴」

『フッ、どうだった? 脱獄系サスペンスだってお手の物だったろう!』

「チャチなシナリオだったわ」

『ふふん──え!? 上手くいったのにガッツリけなしてこなかったか!?』


 悪逆令嬢は耳につけた端末──ハインツァラトゥスからの技術流出で作り上げた、魔力を用いた通信インカムである──に何事か話しかけている。


 そのやり取りを聞き流しながら、アルトリウスは自分が飛翔する空を見渡し、それから眼下の大地を見下ろした。


 ずっと下を見て生きてきた。視界は狭く、光は差さなかった。

 なのに今は、広大な世界を見下ろせる。それが、なんだかひどく、くすぐったかった。






 ◇◇◇






「我ながらお節介すぎましたかねえ……」


 わたくしは処刑場の屋上にて、カサンドラさんとアルトリウスさんを乗せた水の竜が飛び去っていくのを見守っていた。

 もらった命令は『アルトリウス・シュテルトラインが魔眼を用いて抵抗した際に対応すること』なので、これはわたくしの仕事ではない。なので意図的に見逃したとかそういう罪に問われることはないのだ。



〇第三の性別 や、やりやがった……

〇red moon お父様経由で情報流すのは普通に足がつかなくて賢いのが困る



「とはいっても、そもそも唯一の経路ですからね、カサンドラさんたちにコンタクトを取るうえでお父様を介するのは自然な選択でしょう」


 周囲には誰もいないので、わたくしは脳内発声モードではなく肉声でコメント欄に返事をする。

 お父様の書斎にアルトリウスさん関連の資料と執行日時、場所をメモして置いといたら翌朝には消えてた。結構マメに帰って来てないかこれ? じゃあ顔出して挨拶ぐらいしていけよ! 畜生!



〇遠矢あてお それはそれとして、ワザマエフォームって何?

〇一狩り行くわよ 権能侵犯罪にもほどがあるのだけれど



 すっかり常連になってくれた新規さん二柱の質問に、フフンと胸を張る。


「当然、わたくしの新たなる力ですわ!」



〇遠矢あてお あれ? 会話拒否された?



 ちゃんと答えただろうが!

 まあ何はともあれ、一仕事を終えた満足感のまま、わたくしはどこからともなくテーブルとイスとティーセットを取り出す。


「開けた屋上でのティータイムは格別ですわ」


 てきぱきと準備を終えてから、わたくしは茶葉のむらし時間をはかるため砂時計をひっくり返した。



〇宇宙の起源 お嬢!! 前!!



「前?」


 顔を上げた。

 眼前にはメッセージウィンドウが立ち上がっていた。






 SYSTEM MESSAGE ▼

 条件を満たしました ▼

【劫火の葬送/愚者は立ち尽くす】ルートが ▼

 解放されました ▼






「うわああビックリした!!」


 もう頼むからいきなり出てこないでくれ!



〇みろっく おっ、隠しエンドだよね? こういう形で出てくるなら

〇日本代表 あばばばばばばばばばば

〇つっきー あばばばばばばばばばば

〇みろっく いつも通りっぽい! おめでとうお嬢!



「その反応、本当におめでとう案件ですか……?」



〇一狩り行くわよ え~っと、何だっけこのエンディング……

〇火星 クーデター√の隠しエンド。王国を真正面から転覆させるんじゃなくて、それなりに暗部と交流を持ったうえで策謀の果てにアーサーを打倒する、難易度の高いエンドだな

〇外から来ました アルトリウスは本来関係ないんだけど、かなり原作と違うから、連結する形で発生したんだろうな



「っていうとつまり……アーサーの野郎を倒せるかもしれない……ってコトですの!?」



〇鷲アンチ まあ、一応はそうなるんだけど



 なんだ、随分と歯切れが悪いな。



〇火星 端的に言うと全滅エンドですはい



「はあ!? クーデター成功なんじゃありませんの!?」



〇火星 いや……主人公がシュテルトライン王国の王城で厳重に保管されてるクリスタルを破壊してしまうので、その余波で世界が滅ぶ

〇つっきー 完全な闇堕ちエンドやぞ

〇TSに一家言 終焉に追放が勝つつってたけどお前は終焉側なんだよな

〇無敵 追放さんの味方面すんなよおこがましい



 クリスタル!? 何!? 知らない情報が出てきた!


「え、ええと……それってつまり、追放エンドにはなるのでしょうか……」



〇日本代表 だからお前を追放してくれるものをぽんぽん滅ぼそうとしてんじゃねえよ馬鹿が

〇スーパー弁護士 お前、バットじゃなくて大根振り回してるってわけ



 ああああああああああああああああああああああああああああああ!!






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― 新着の感想 ―
[良い点] 間接的とはいえテロリストを国内に招いた上に死刑囚の国内逃亡を助けている いいね、悪役令嬢らしくなってきた。この調子でどんどん伸ばしていこう。 国外追放も夢じゃないぞ! ただまあマリアンヌ…
[一言] 死罪人を逃すとか今までで一番悪役っぽいことしてるじゃん! いや悪役っぽいっていうか普通に大犯罪だったわ
[良い点] なーんで毎回世界を追放RTAしたがるんですかねえ [一言] 流星たる者強制バフはカサンドラにかかったら滅茶苦茶ヤバくなりそう でもあっぷあっぷにもなりそう
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