PART19 吊るされた男の断末魔
生まれた時から、自分の両眼は人に見えないものを見ていた。
父や母は喜んでくれた。兄たちもだ。優れた魔法使いとなる素質に違いないと。
故に、魔眼。
魔の道を進むための眼だと、そう思っていた。
ただし、兄たちとは異なり、人前に出る機会はまったくなかった。魔眼を自分の意思で使いこなせるようになるまでは、王都のはずれにある離宮で過ごし、時折、人目を避けて王城へと向かう生活だった。
思えば兄弟も両親も、確かに愛を注いでくれていたのだと思う。自分がそれを致命的に実感できなかっただけだ。
だって他のものは全て目に見えるのに。
微細な魔力の流れ。物質的ではない神秘の風の流れ。
常に己を呼び続ける、世界の終焉の極光。
愛だけが見えない。見えないものの存在は、実感できない。
魔眼の常時発動面だけでなく、能動的発動の面を知ったのは7歳の時。
利口だったと思っている。人間ではなく動物相手に試した。王城上層部にある屋外庭園に、リスや小鳥の死骸が並んだ。傷一つない形での絶命。ただ視線を重ねるだけで相手を即死させられた。
震えた。
幼いながらに、既にその時、気づいていた。
──この魔眼をうまく使えば、国のためになるはずだと。
だが、三人の兄たちは、一斉にこの魔眼について肯定してくれなくなった。
一つ上の兄が言った。「それに頼らなくても良い国は作れる」と。
二つ上の兄が言った。「魔眼など関係なく、お前は優秀だ」と。
三つ上の兄が言った。「きっとその力は、祝福と同時に呪いなんすよ」と。
魔眼なんて関係ない──それこそが自分にとって呪いの言葉だった。
ならば、何のために生まれ持った力なのか。
活用せず、ただ暴発に怯えながら、人を避けて暮らしていけというのか。
否、否だ。
みんなまだ真の価値に気づいていないのだ。いたずらに罪のない命を奪ってしまったから、印象が悪いだけなのだ。
9歳の時、賭けに出た。
この魔眼の、自分なりの最高の使い方を見せればいい。
そうすればきっと、認めてくれるはずだと。
きっと、この魔眼ごと愛してくれるはずだと、そう信じて。
9歳の夏。
王城を訪れ、父に寄付金をせびりに来た悪徳貴族を、帰りの馬車の中で死なせた。
移動中の心臓発作だと医者は言った。魔法の痕跡もなく、それ以外に考えられないと。
ただその報告を聞いた瞬間の、兄たちが自分に向けた、恐怖や畏怖、あるいは同情の視線がまだ忘れられない。
父は報告を聞いている間、一度もこちらを見なかった。
結局。
この事件がきっかけとなり、第四王子は存在しなかったことにされた。
王城に勤める者たちはみな、王子は最初から三人だった、と言う。
本当に知らない者が大半だし、事情を知る者にとっても、既に過去の存在だった。
けれど──あの時の判断が間違っていたとは、今でも思えない。
◇◇◇
正体を明かしたアルトリウスに対して、最速で反応した人間が一人いた。
魔眼の力を発動され、身動きの取れなくなったユイたちや三騎士。
だがアルトリウスの眼を直接見ずに済んだ男がいる。
「お────」
加護の力が膨れ上がるのを感じた直後。
アルトリウスがさっと身を翻し、突き出された刃をかわす。
「黒騎士、貴様ッ……!」
「死にぞこないの割には元気じゃないか。手加減してもらえてよかったですね?」
大騎士ゴルドリーフ・ラストハイヤー。
サブウェポンである短剣に加護を収束させ、ボロボロでありながらも騎士は叫ぶ。
「貴様、私に何をしていた!?」
「分かっているでしょう」
せせら笑ってから、アルトリウスが右の拳を振りぬく。
とっさに防御を固めた大騎士だが、堅牢な加護の盾は、接触した瞬間砂糖細工のように砕かれ、そのまま拳が彼の腹部にめり込んだ。
「カ、はっ……!」
身体をくの字に折り曲げ、ゴルドリーフがその場に倒れ込む。
「──やっぱり、隊長があそこまで殺る気になってたのは、テメェの差し金か……!」
なんとか飛び出そうともがくアバラの問い。
それを受けて、適当にゴルドリーフの身体を足蹴にしていたアルトリウスは視線を彼らに向ける。
「おいおい……本気で信じていたのか? 王国最強の騎士が、個人的な感情で学生を殺しに来ると」
確かに、マリアンヌはそこを疑問に思いはしていた。
だが。
「彼女にも聞かれたよ、だが俺がその可能性を否定した。何故なら、犯人は『お前がやっただろう』と言われても、否定するからだ」
一つ一つの疑問を、アルトリウスは丁寧に解いていく。
計算ドリルの答え合わせを一緒にしてくれる大人のように、優しく、かみ砕いて彼は語る。
「なぜ彼は感情を制御できなくなったと思う?」
王国最強の三大騎士。
当然ながら、自分の感情を律することなど容易い。現にゴルドリーフは、自分の妻子を殺された後も職務に忠実であり続けた。
ならば何故。
「人間の感情を暴発させる類の呪詛を、大隊長クラス相手でも行使できれば、その疑問はクリアされる」
アルトリウスが自分のこめかみを指で叩き、唇をつり上げる。
その双眸に宿る蒼い光は、人間の領域を超え、上位存在ですら手の届かぬ神秘の色。
「なぜ単なる暗殺計画が、学園を丸ごと巻き込みかねないアンバランスな散発戦闘になったと思う?」
作戦としては、ゴルドリーフを暴徒鎮圧という名目で学園内に招くことで、確実に摂理が発動できるようにするという計算があったはずだ。
だがその裏側に、表側に都合の良い理由を与えながらも、別の思惑があったとしたら。
「各陣営の勢力を絶妙に殺ぎ、最終的な結果を丸ごと手に入れたい存在が、各勢力相手に行動を制限・強制していたんだよ」
名を偽り、黒騎士として騎士団に潜り込み。
名を偽り、味方の顔でマリアンヌに情報を与え。
すべては天秤の傾きを、思い通りに調整するため。
「白馬の三騎士たちが、一人としてゴルドリーフが本気で学生を殺すと思わなかった理由は何だ?」
びくりとアバラたちの肩が跳ねる。
「まさか、僕たちにも魔眼を……!?」
「違う。大隊長だけでなく白馬の三騎士全員にも魔眼をかけるのは……正直無理だった。完全な傀儡にすれば戦闘力の低下による計算外が起きかねないし、適度な暗示に留めた場合は、相互に異変を察知される可能性があった」
というか三騎士にかけるとゴルドリーフに多分気づかれただろうしな、マジでそこは悩みどころだった、とアルトリウスは陰鬱な息を吐く。
「だからもっと根本的なところで解決した──結果として俺の思い通りに動いてくれるだろう人材をリストアップした」
「……は?」
カカリヤが即座に意味を理解して、絶句する。
遅れて気づいたアバラとポールの顔が、面白いぐらいに青ざめた。
「そうだ。君たち三人以外の、他のあらゆる候補者たちを、暗部に所属していたころに排除したんだ。いつか君たちには……ゴルドリーフの部下として、丁度よい強さで、かつ彼を盲信する部下になってもらいたかったからね」
なんてことはないかのように。
さも、自分は最善手を思いついて選んだだけですと、アルトリウスは語る。
しかしそこに、看過できない大前提が生じている。
「──待ってくれ! 貴公はいつから、この計画を練っていたんだ!?」
ジークフリートの問いかけは一同に共通した疑念だった。
アバラたち三騎士は、ジークフリートの騎士団入隊時には既に三騎士だった。
アルトリウスの言葉が真実であるなら、今日というこの日を目標として、彼は数年単位で策謀を巡らせていたことになる。
「……俺は、ずっと世界の『終点』に呼ばれている」
竜殺しの問いに対して。
アルトリウスは笑みを消して、静かに口を開いた。
「パーツがあちこちに散らばっているのは分かっていた。だからそれらが一堂に会するタイミングを逃さないようにしていた。賭けだったよ。いつ来るかも分からない、恐らく一度きりであろう最高のタイミング……それをずっと、ずっと待っていた」
彼の視線は、未だ倒れ伏しているマリアンヌへ向けられる。
「彼女こそ、俺が待ち望んでいた第一にしてすべての前提条件。すべての結末を覆す存在。だが覆せるっていうことは、すべての結末にアクセスできる存在でもある」
その言葉に、ふとロイは思い出す。
彼女は、マリアンヌは、夏休みの戦いで一人だけ次元の裂け目へと突入した。
時上りの龍の権能を得た軍神が開いた道を、彼女は時下りの龍の力を借りることで追いかけることができた──
──本当に?
果たして、マリアンヌはあの時、ただミクリルアの力があったからという理由だけで、『始点』へと至る道に耐えられたのだろうか?
「だから、マリアンヌ・ピースラウンドの存在は必要不可欠だった。エンディングの準備は、彼女抜きでは話にならなかったんだよ」
その時だった。
静止した空間に、足音が響く。階段を蹴り上げるローファーの音。足音から個人を特定したユイが顔色を変えた。
同時、ドアが勢いよく開かれ、アルトリウスの待ち人が飛び込んでくる。
「……どういう、状況なのよ。これは……!?」
短い金髪を翻して、息を切らしながら。
リンディ・ハートセチュアが。
最後の役者が、舞台に上がった。
◇◇◇
「……そう、か。君だったのか」
状況が理解できず、目を白黒させるリンディに対して。
アルトリウスは数秒瞠目してから、そして納得がいったと頷く。
「彼女の周囲にいる人間は、大なり小なり……因果を持つ。禁呪保有者は禁呪保有者と出会うし、七聖使もまた禁呪保有者を抹殺するため、巡り合わせのようにして必然的に出会う。君だけがイレギュラーだったが、なるほど。最大の存在だったとは」
「……アルトリウス・シュペールさんだった、かしら? え? 何でここに」
そこでやっと、他の面々が身動きが取れず、大騎士とマリアンヌが地面に倒れていることに気づく。
立っているのはアルトリウスだけ。結論は明快だ。
「──敵!?」
「ああ、敵だよ」
あっさりと認めて、アルトリウスはゆっくりとリンディへ歩き出す。
「焔矢──って、え!?」
即座に単節詠唱を行使し、右手をかざしたリンディ。
だが魔法陣は現れることなく、発音言語も意味言語も、魔力への干渉を開始しない。
「無駄だ。既存の魔法ぐらい見るだけで完全凍結できる」
「リンディさん逃げて!」
「リンディ!! 逃げるんだ!!」
ユイとロイの叫びはあまりにも遅かった。
散歩のような気軽さだったのに、アルトリウスは気づけばリンディの眼前で佇んでいた。
「…………っ」
「怯えなくていい。君が持つそれを、俺に譲ってくれるだけでいいんだ」
少しかがんで視線を重ねてから、優しく男は語りかける。
それ、が何を指すのか、リンディには分からない。いいや、分かっている。無意識下ではすべてを理解している。自分の存在の根幹であり、自分で自分を全否定する原因であるもの。
「……意味、分かんないわよっ! 何言ってんの!? みんなをこんなふうにして何のつもり!?」
「邪魔が入らないようにするためだ。君は分かっているはずだろう」
アルトリウスはリンディを見つめたまま、天を指さす。
「全力で禁呪保有者と大騎士が激突した余波で、空間が歪んでいる。あのオーロラが証拠だ……今なら、切り拓くことができる。時上りや時下りの権能を使わずとも、『終点』への道を作ることができる。演算用ソフトもある、あとは君から権限を受け取れば、それで全部終わりだ」
「意味分かんないって言ってるでしょ!!」
リンディが思い切り右手を振りかぶった。
平手打ちは、しかし直前でアルトリウスに手首を掴まれ阻まれる。
「いい加減にしろ、子供みたいにグズってる場合じゃないんだ。まさか役割を認識してないのか?」
「役割? 知らないわよそんなの……!」
「……おい、おい、冗談だろ!?」
腕を必死に振り回して逃れようとするリンディに対して、アルトリウスは彼女の眼をじっと見つめる。
「本気か? 本気で知らないと……いや。いいや、なんだこれは。どういうことだ。誰だ? 君は誰だ!?」
「離しなさいよ!! 私の友達を傷つけて、それで私の力がどうのこうのなんて、言ってること強盗よ!?」
「仮想人格? 蓋をしている? 君は……覚醒者でありながら、自ら権限を凍結したのか……!?」
結論にたどり着き、アルトリウスは愕然とした。
「ふ、ざッ…………ふざけるなよ……!」
「ぐっ……!?」
片手で腕を掴んだまま、もう片方の手で、少女の細い首を掴み、その小さな身体を宙へ持ち上げる。
ユイたちが叫び声をあげている。離せと。だが関係がない。アルトリウスは最大の失望と憤怒を以て、リンディに感情を収束させている。
「ふざけるなよお前ェッ!! 俺が得られなかった資格を持ちながら、何をしている!? 俺と同様に、呼ばれているはずだろう!! 世界を滅ぼせと、全てを殺せと、何もかも無に還せといつもいつも起きている間も寝ている間もいつもだ!!」
「ぐ、う、うぅっ」
アルトリウスは満身の力を込めてリンディの首を絞める。
地面から離れた少女のつま先が、必死にじたばたともがく。
「だったら寄越せ! やる気のないまま、ただ摩耗していくだけなら俺に寄越せ! 俺ならやれる、やってみせるさ!」
顔をぐいと寄せて、アルトリウスが魔眼を妖しく輝かせる。
これで完全なるチェックメイトが成立する。
未覚醒状態であるリンディを殺害すれば、彼が求める権限は一瞬だけ宙に浮く。
その一瞬があればいい。
激情のままに最善手を選んだアルトリウス。
全てが、彼の思惑が完璧に────
「それはダメよ」
それが誰の声なのか、誰も分からなかった。
リンディ・ハートセチュアの喉から発せられたと分かっているのに。
冷たく、静かで、ともすれば世界の果てまで響きそうなその言葉がリンディの声だと、誰も理解できなかった。
だが──変化は劇的だった。
「ぐぅあああああああああああっ!?」
リンディの喉から手を放し、アルトリウスが絶叫する。
顔を押さえ、身体をのけぞらせて、彼はよろめきながら数歩後ずさった。
「ぎ、ぃぃああっっっ……!?」
「貴方では『終点』にたどり着けないわ。何故なら、私がいるから」
そこで、ユイたちは気づく。
アルトリウスと相対する彼女の、普段みんなに引っ張り回されて騒ぎながらも、時折こちらを慈しむ様に見つめてくれる優しい瞳。
その両眼が、黄金色に塗り替えられていた。
「き、さまっ……!」
痛みが引いたのを確認し、アルトリウスは歯噛みしながらリンディを見る。
宙に浮かされていた彼女は両足で地面に着地すると、感情のない表情でアルトリウスを見つめていた。
「正体を、現したな……!!」
「ええ、その言葉選びは正しいわよ、アルトリウス・シュテルトライン。私が、私こそがリンディ・ハートセチュアよ」
ユイも、ロイも、ジークフリートも、ユートも。
それがリンディであると認識できなかった。認めたくなかった。
「私こそが、真なる終焉への道案内をする存在。資格を持たない貴方では、私を超えられない」
「いいや超えてみせる! 俺はそのためにこそ!」
「無駄なことよ」
二人の言い争いを、ユイは歯噛みしながら見ていた。
自分には何もできないのかと──拳を握った。動けた。さっきまで指一本動かなかったのに。
(……! 魔眼が解除されている!?)
ハッと周囲を見渡した直後、他の面々も拘束が解けていることに気付き始めた。
「貴様……いや、いいだろう。結果は同じだ。ここで全員殺す。どのみち、この地上を屍で埋め尽くしてやるんだ。全員その先駆けとなればいい」
「貴方にはできないわ」
アルトリウスの言葉を全否定して、リンディが静かに唇を動かす。
「私は完成された案内者。完璧なナビゲーター。この世界の終焉を司り、終点の光を見、全てを……」
その時だった。
不意にリンディの言葉が止まった。
「……?」
いぶかしむアルトリウスは、数秒遅れて、彼女の視線が自分ではなく、自分の向こう側に向けられていることに気づく。
リンディが見ているのは、倒れ込んだ、黒髪の令嬢。
「……すべて、を?」
自分の言葉を一度繰り返して、リンディは途端に頭を抱え、呻き声を上げる。
「……だ、めよ。それは、だめ。いや……あの子を……みんなを、消すなんて……終わりに、なんて……」
よろめき、首を振り、必死にリンディが自分の言葉を否定する。
「……っ。うるさい。消えなさい、消えろ、消えろ……リンディ・ハートセチュア、消えて……っ!!」
「──何が完成された案内者だ。役割に耐えられなくて、仮初の自分に逃げ込んだ分際で」
アルトリウスが双眸を輝かせながら、一歩踏み込んだ。
────二人の間に、光が飛び込んだ。
とっさの反応でアルトリウスが飛び退く。同時にリンディを、我に返ったユイが慌てて引き倒す。
炸裂した閃光が一同の視界を焼いた。
「チィッ、来たか……!」
アルトリウスの魔眼は、その極星の輝く出元を正確に把握している。
前兆なんてない。
それは夜空を突然切り裂いて現れる、一瞬の閃光にして空を照らす眩い使者。
「わたくしの友達に!! 何してやがるんですかこの野郎ッッ!!!」
拳に光を宿して。
真紅の瞳がアルトリウスを捉える。
「アルトリウス・シュテルトライン──────!!」
「マリアンヌ・ピースラウンドォオオオオオオッ!!」
最後の決戦の幕が上がった。
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