PART18 世界が廻る(後編)
全身を、かつてない純度の力が循環していた。
悪役魔法少女令嬢の時に感じた無限とも思える出力とは別の、これ以上はないほど研ぎ澄まされた感覚。
何せ、視覚や聴覚は復旧していないのに、分かるのだ。
自分がどこに立っているのか。相手はどこにいるのか。
──見るだの聞くだのが、いかに煩雑なプロセスを経て実行される処理なのかがよく分かった。本来はあんなもの要らないわけだ。
今なら、理解る。理解ってしまう。
かつて特級選抜試合において、ルシファーの端末相手に初めてツッパリフォームを発動させた時、わたくしは自分の身体を一つの宇宙と仮定、無数の流星を体内に発生・活性化させていた。
正確な言葉を使おう。
わたくしは、あの時、この世界を生きるキャラクターには使用を許可されていない演算リソースを解放した。
魔法が根源から現象を引っ張ってくるのを応用し、現象再現を細胞スケールに圧縮することで世界運営に用いられるタキオン粒子の擬似再現を狙ったのが、あの時にやったこと。
かつてのわたくしは、時間流体の認識に失敗して普通に自我の危機に突入し、単なる上位権限の解放へと──恐らく無意識のうちに──シフトして、ツッパリフォームの制御に成功していた。ちなみにここまで勝手に言葉が出てくるだけでわたくしはまったく理解できていない。
だがあの時とは違う。
身体内部に仮定されていた宇宙。馬鹿じゃねえのか。そんな矮小化は、本来は不要だ。無理矢理枠に押し込まなくたって使える。めちゃくちゃ非効率的なことをしていた。
仮定なんかしなくていいんだ。あると思えば、それはあるだろうが。
血の一滴が蒸発・気化して拡散したこの空間。
だからここはわたくしであり、わたくしである以上は宇宙であり、宇宙であるならわたくしだ。
宇宙の海をかき分け、宇宙の風を浴び、宇宙の炎が道を照らす。
完全にすべてを理解した。
要するに。
【ふおおおおおおおおお! 気持ちいい~~~~!!
Foooooooooooooo~~!!】
〇第三の性別 テメェ! 領域侵犯も大概にしとけよ!
〇火星 力に呑まれるな、呑まれるにしてもせめて抵抗はしろよ
〇一狩り行くわよ おい人間、ちょっと一旦落ち着け
【あれ? なんか初見さんがいますわね。】
〇日本代表 どんな神経してたらここで挨拶できるんだよ
〇一狩り行くわよ 初見です
〇つっきー この状況で普通に挨拶で返すな
【お初さんいらっしゃいませ~。
マリアンヌ・ピースラウンドのTS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTAチャンネルへようこそ!】
〇遠矢あてお なんて??
〇一狩り行くわよ 何か今、6チャンネル分ぐらい統合した言葉が……
【マリアンヌ・ピースラウンドのTS悪役令嬢神様転生善人追放RTAチャンネルへようこそ!
……あっやべ配信って抜けてましたわね】
〇宇宙の起源 コメント返しでそこ忘れてたら一番意味わかんなくなるんだよ
〇遠矢あてお これもしかして親父がやらかしたチャンネル?
〇苦行むり うん
〇red moon そうだよ
〇日本代表 お前らんとこのアレのせいでマジでオワオワリになって私がしりぬぐいをやらされているチャンネル
〇一狩り行くわよ ああああああああああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!本当にすみませんでした!!!
なんか謝られた。仕方ない、わたくしは器がクソデカいので許してやろう。
……とまあ普通にコメント欄に反応していたが。
これもまた、普段のわたくしにしか見えない配信画面を介しているわけではない。
光でも音でもなく、コメント欄を認識している。頭の中に直接流れ込んでくるというかなんとかいうか。
「……まあ、分かるのならばそれで良しとしますかね」
パンパンと手を叩いて、わたくしは先ほど吹っ飛ばしたゴルドリーフさんへ視線を向ける。
五感を奪われる前ほどの圧力はない。こちらのフルパワーも、全然普段通りに出せる。つまりは。
「摂理、解除されたままですわね。先ほど言っていた……摂理反転でしたか。あれと通常の摂理は共存できないと見ました。ここで投降しておいた方がよいのではなくて?」
「ふざけろ……!」
反転状態であろうとも、大騎士の出力はその辺の騎士をまとめてゴミにできる代物。1万倍単位のバカみたいな強化がなくたって、彼は卓越した騎士だ。
ゴルドリーフさんは低い姿勢のまま、剣先で床をひっかくようにして最速の抜刀剣技を行使する。王立騎士団の格闘術だ。
──おっせぇ!!
「悪役令嬢流星炸裂パァァ──────ンチ!!」
「ぐばあっ!?」
鋭角なターンでわたくしの死角を突いてきた彼に対し、振り向きざまに右ストレートを叩き込む。普段と比べても威力が跳ね上がっている。これがフィールドバフの力だ! トワイライトゾーンをナメるな!
ていうか、さっきまでの1万倍ゴルドリーフさんと比べればカスだな。一円玉を息を吹きかけて動かすより簡単だ。
「馬鹿な……! 摂理は確かに解除したが、それでも通常の加護は最大出力で……!」
「要するには、全身全霊ではないのでしょう? ハッ、安く見られたものですわ」
向こうが何をしようとするのか全部分かるんだよ。
ここはわたくしの世界にしてわたくしの宇宙。ナメてもらっちゃ困るな。
「いいですわよ。納得いくまで付き合ってあげます」
拳を構えて。
わたくしは愕然とする大騎士に対して、唇をつり上げた。
「──インプラント治療代の残高は十分ですわね?」
◇◇◇
顕現した悪魔城、『魔狗痛魔火羅捩歪城』。
黒騎士めがけて繰り出されるのは、どこまでも伸びる悪魔の骨の腕。
「おっと」
軽くステップを刻むようにして、黒騎士は徒手空拳で攻撃を捌いていく。
「さっきまでとは違うな。『疫死』の出力が増している……あらかじめ超高密度の魔法を付与して、疑似的に魔導器としているのか?」
「分かったところでどうしようもないぞ、手遅れだ!」
少女の言葉に、男は甲冑の下で渋い表情を浮かべる。
足取りによどみはない。だが確かに、先ほどまでと比べると動きづらい。
相殺できるという確証がない。単純に、相殺をしくじれは即死が待っている。圧倒的な超越存在でない黒騎士にとって、自分の命をベットする賭けはリスクが大きすぎた。
「……! これは!」
その時、二人が争うグラウンドに再びジークフリートが姿を現す。
少女が顕現させた神殿から伸びる腕。そこに込められた死の呪いは、離れていたとしてもうすら寒い濃密さだった。
さらには悪魔の死骸が、攻撃の最中に組み合わせを変えることで、不自然なほどに腕が伸びていく。リーチを見切ったつもりで近づけば、絡めとられるようにして死へ誘われるだろう。
(これでは近づけないし、迂闊に距離を取り直そうとした時にやられる! じり貧だぞ、黒騎士殿……!)
(お、竜殺し殿。役割は果たせたかな?)
(ああ、君のおかげで一帯に生徒はもう残っていない! …………!? オレの脳に直接!?)
(こっちの方が色々と楽でね)
突然頭の中に響いた黒騎士の声。
驚きながらも、ジークフリートはすぐにその会話の形式を理解して、音にならない言葉を発する。
(黒騎士殿、オレは貴公の素性を知らない。ゴルドリーフ大隊長殿に与している、と事前に聞いていた。だがオレは、生徒を救うことを手伝ってくれた君を、悪だとは判断できない! 援護できることはないか?)
(…………はいはい。まあ、そうなるよな。君も大概、あの子から影響を受けているみたいだし)
(?)
黒騎士はそこで念話を打ち切ると、少女に向き直る。
迫り来る死の腕をかいくぐりながら、意識のスイッチを切り替える。
「さっさと終わらせようかな」
『……!!』
ジークフリートと禁呪保有者の少女、二人の背筋が凍り付いた。
黒騎士が明確に、殺意をあらわにした。それだけで世界が激変した。
「君は、死を恐れているということは、死は殺せないのだろう」
「……!?」
「かわいそうに。死角とかも怖いんじゃないか?」
「馬鹿にしてェッ!!」
侮蔑の色すら込められたその言葉に、少女が歯を食いしばり、腕を振るう。
黒騎士は自分の右腕を、矢を放つがごとく引き絞る。
「──濁濤装填」
攻撃が放たれるのは同時だった。
十数本の骨の腕が束ねられ、死神の鎌となって振るわれる。
漆黒の甲冑から淀んだ焔が噴き上がり、三日月状になって射出される。
(……まずい!)
両者の中間地点で激突したそれの余波で、空間が軋む。
ジークフリートは剣を盾のように突き出すと、加護の出力を限界まで高めた。
周囲に生徒がいないことが確認できたから、黒騎士は周辺へと攻撃が逸れるのを覚悟で強引に突破する方針へとシフトしたのだ。
「──なんッで!! なんで殺せないんだよ、お前ッ!!」
「やはり想定の範疇──『灼焔』と『流星』が異常な成長を遂げているだけだったか」
悪魔の死体を組み合わせた武具が、淀んだ焔に焼かれて消えていく。
直後、黒騎士が大きく距離を詰めた。地面を踏み砕いての加速、一瞬だけ少女の視線が追いつかない。
「どこ!?」
甲冑を着込んでいるとは思えないスピードで黒騎士が少女の周囲を駆け回る。
少女があてずっぽうに骨の腕を振るい、即死の光をまき散らすが、僅かな隙間をかいくぐるようにして捉えられない。
その光景に、思わずジークフリートは目を丸くした。
(これ、は……?)
卓越した騎士の目だからこそ、気づける。
少女の攻撃には穴があった。それも意図的に作ったものではない。
まるで、見える範囲にとにかく攻撃をばらまいているから、見えないところだけぽっかりとスペースができているかのような、不自然な空白地帯。
「こっちだ」
「ッ!!」
『疫死』の保有者が、声のした方へと勢いよく振り向く。
その刹那に打ち出された手刀。黒騎士の手首までが、少女の腹部に突き刺さった。
「……ぇ、あ?」
気づけば接近されていた。
警戒していたのに、どうやって──
「言葉遊びかと思ったか? 君の視界を一部殺して、死角を作っておいた。もう死んでいるものは殺せないのだろう?」
こぷ、と少女の唇の隙間から血がこぼれだす。
力が抜け出ていくように、彼女を守護していた神殿がガラガラと崩れ落ち、消滅していく。
「い、いや……しに、しにたく、ない……」
たたらを踏んで、少女が真っ赤に染まっていく自分の腹部を手で押さえる。
「君、自分の力のことぐらい、もっと真剣に考えておけ。何が死の恐怖を一番知っている、だ」
「来ないでっ!!」
トドメを刺すべく歩み寄る黒騎士。
それから逃れようと、少女が遮二無二腕を振り回し、不透明なヴェールを展開した。
「チッ」
舌打ち交じりに黒騎士がヴェールを拳で砕く。
しかしその先に、少女の姿は既になかった。
「彼女は……!」
「放っておけ。もう助からない、あの負傷では十三節詠唱を行使する前に力尽きるよ……まあ、『流星』や『灼焔』の保有者なら話は別だろうが、あの子にそこまでの精神力はない」
極限の戦闘を続けた結果ボロボロになった甲冑が、一歩動くたびに嫌な音を立てる。
黒騎士は校舎に背中を預けると、そのままずるずると地面に座り込んで深く息を吐いた。
「っふああ~~~~~~……つ、疲れた……」
「……あの、黒騎士殿?」
「いやもう今日は店じまいだ。黒騎士は帰ったとでも言っておいてくれ。見てただろう? 一発でも相殺し損ねたら即死の戦闘をしばらくやってたんだ、今日はもう正直何もやりたくない……帰って寝たい……甘いものが食べたい……綿菓子まだあったら買いたいぐらいなんだ……あるかな……」
「流石に今は、買えないかと思うが」
剣を構えた姿勢のまま、ジークフリートは困惑する。
油断なく視線を向けたままとはいえ、流石に分かる。黒騎士は本当に戦闘の意思を失っていた。
「私などに構っている時間はあるのか? 竜殺し」
「え?」
面倒くさそうな声色で、黒騎士はジークフリートをシッシッと追い払うそぶりを見せる。
「言ったはずだ。貴公は貴公の役割がある。それは生徒たちの犠牲を零にすることであり、次はこうして時間を無為にすることではなく、あの少女の元へ向かうことだ」
「……!」
「三騎士たちの戦闘も終わっている。全員、君の自慢の友人たちに打倒されたようだ。しかし……ゴルドリーフ大隊長はまだ戦っている。止めたいのなら、三騎士や学生たちも連れていくと良い」
黒騎士は続けざまに、3つの交戦ポイント──ロイ、ユート、ユイがそれぞれ勝利した場所──を告げた。
「……感謝する。だが、君は」
「ほっといてくれ。少なくとも、ここから私に何ができる? 避難場所に乗り込んで生徒を虐殺する? 学園の機密情報を盗み出す? それはもう諦めてくれ、別にやらないが」
ジークフリートは三人のそれぞれの場所を脳内の校舎地図に投影する。
一刻も早くマリアンヌの元へ向かわなくてはならない以上、三人をそれぞれ拾って向かうのなら、一分一秒が惜しい。
「……少なくとも、感謝は言わせてくれ。貴公のおかげで生徒に犠牲が出なかった、感謝する」
「勝手にやっただけだ」
「それでもだ。ありがとう」
紅髪を翻して、騎士が走り出す。
その背中がどんどん小さくなっていくのを見送りながら、黒騎士はしゃがんだまま、甲冑に手をかけた。
「クソ、大失敗もいいところだ、本当に運が悪いというか、いいや俺の見込みが甘すぎたということなんだろうけれど……」
重い甲冑を外しては投げ捨て、外しては投げ捨て、黒騎士は鉛のように重く嘆息する。
「詰めの一手として用意した『疫死』が、状況が加速し過ぎて逆に不要なダブ札になるとか分かるわけないだろ……いい加減にしてくれマジで……」
俯いて、黒騎士は本当に悲しそうな声色でぶつぶつと呟く。
人気のない校舎で座り込んで一人反省会を開く姿は、その実とは対照的に滑稽に映った。
「……まあ、いいか。切り替えていこう、ここからだここから。うん。俺はここからが強い」
やがてすべての鎧を外し終え、兜も脱ぎ捨てて、黒騎士はその身から一切の黒を取り除いた。
一仕事を終えた男は立ち上がると、懐から取り出した眼鏡をかける。
それから彼は髪をかき上げて、視線を空へと向けた。
──それは、マリアンヌとゴルドリーフの神秘が激突した余波で、奇妙に光が屈折し、崩れかけのオーロラに覆われつつある空。
「それじゃあ、黒騎士はこれで退場だけど……俺はもう一仕事、頑張らせてもらおうか」
彼は漆黒の兜をベキリと踏み砕くと、浅く笑みを浮かべた。
◇◇◇
ごろごろと転がっていくゴルドリーフさんの身体を、しらっと眺める。
戦いの場を次々に移した末、わたくしたちは校舎屋上にたどり着いていた。当然、わたくしを中心として宇宙は展開されたまま。
校舎自体に人がいない状態で、最も余計な流れ弾で何かを破壊することのない場所。
「まだやりますの?」
「──まだ、まだだ! まだ私は!」
普段は体内で魔素を魔力に転換し、魔力を用いて魔法を構築する。
だが今この場は、全部わたくしの体内みたいなもの。
「ひれ伏しなさい」
詠唱ではない言葉。だがそれを起動トリガーとして、無数の流星が四方八方から襲い掛かり、大騎士の身体を打ち据える。
意味言語と発音言語で根源へとアクセスすることで発動する、魔力を用いた現象の再現──即ち魔法。
だがわたくしの宇宙でなんで他からデータ引っ張って来なきゃいけねえんだよ。全部自前で用意できるっつーの。何せここはわたくしの宇宙だからな!
「ふふ」
一音一音がトリガー。引き金を引きまくる。
空中で魔素が魔力へ返還され、即座に砲撃魔法を編み込み撃ち出される。
しかもそれぞれが五節か六節分ぐらいの威力を持っている。大騎士は防戦一方だ。
「ふは、ふはははっ」
直線軌道も曲線軌道も、可変速も思いのまま。
頭に思い浮かぶ動きが詠唱を挟むことなく、寸分の狂いもなく再現される。
断言していい。この宇宙において、わたくしは魔法使いとして、平時とは何段階も違うステージに立てる。
【いいですわねこれ!
初めて自分の部屋を用意してもらえた時みたいなワクワク感でしてよ!】
〇みろっく 正気か??
〇苦行むり 自分の部屋の延長線上に自分の宇宙が来るわけねえだろ起きろ
【いやでもほら、自分の部屋だからこそやれることはたくさんありますし
ついに無詠唱ごっこができますからね……!!】
〇火星 そこかよ!いやまあそうか……お父さんと同じことができてるもんな……
〇外から来ました えらい楽しそうでよろしおすなあ
〇トンボハンター 逆に技術的な研鑽のみでこれやってるパパはマジで何?
若干コメント欄が生暖かい空気になったのを感じた。
うるせえよ。
あと最後のコメントにはマジで同意。今のわたくし、反則に反則を重ねてルール違反を超えたルール創造まで突っ込んでやっと詠唱破棄してるんだけど、あの人なんでこれを素でやってんの? 一時的に強くなった分、あの人のヤバさが分かってしまって言うほど優越感とかに浸れない。
つ、強くなりてぇ……
〇一狩り行くわよ いやいやいやいやいや!! さっきからこの人言ってることもやってることも全部おかしい!! 自分の世界を展開してるのよ!?
〇TSに一家言 そうだぞ
〇一狩り行くわよ そうだぞ、じゃないんだよ!! なんでコメント欄も普通にツッコミ入れて終わりにしてんの!? 何なのこのチャンネル!! おかしいでしょ!?
〇ワートリが気になるなら試しに9巻まで読んでみましょう 初見の悲鳴は健康にいい
〇無敵 悪魔みたいなアカウント名のやつがいるな……
さてさて。
正直、もう弱い者いじめみたいになってる感じすらあるので、わたくしとしてはいい加減に切り上げたいところなのだが。
「マリアンヌ嬢、無事か!?」
「あら」
その時、屋上へ入るためのドアが蹴破られた。
ドカドカと入って来るのは見慣れた顔とそうじゃない顔。ジークフリートさんが連れてきたのか、服を真っ赤に染めたロイ、なんか顔色の悪いユート、ピンピンしてるユイさん。さらには白馬の三騎士たちである。え? なんで一緒に来てんの? 拳を交わして仲良くなったりしたの?
「……!? 何をしている!! 剣を抜いて戦いに加われ!!」
だがわたくしが何か言う前に、ゴルドリーフさんが三騎士たちへ怒号を飛ばす。
「……隊長。何、やってるんすか」
愕然とした様子で、三騎士はわたくしとゴルドリーフさんを交互に見る。
そういやお互いにズタボロだ。普通に死んでてもおかしくないレベルの負傷はたくさんあった。
「そんな……隊長、ウソ、ですよね」
「殺す!! この小娘を殺さなければ、私は、私は……ッ!!」
血走った目で、部下を一顧だにしないままゴルドリーフさんが叫ぶ。憎悪を煮詰めた声色は、もはや粘着質な質感すらともなっていた。
「まーだ絵空事を口にしてるのですか」
わたくしは宙に指を走らせ、魔法を行使する。
四方八方から撃ち込まれる流星の弾丸を素早い斬撃で斬り捨てると、ゴルドリーフさんは血を吐きながらも、真正面からわたくしを睨む。
「私は、私は倒れない! 私は──勝つ!」
刹那だった。
わたくしの宇宙に、不愉快な感触が混じった。
「……! マジですか!?」
この感覚、まさか、いやまだ覚醒してくんの!?
流石にもういいって!
「私は、私は、負けられない! 正しいと思って剣を持ったのだ! 最強の騎士として……ッ! ならば、退くことも降りることも許されるはずがない……!」
そう言って、ゴルドリーフさんの存在感が膨れ上がる。
これは、まさか──
「どちらかが倒れるまで、強い弱いは分からない。そうだろう!?」
「……ええ、もちろん」
大騎士に敗北の二文字はない。
だからこそ、この土壇場で、通常の摂理と、新たなる反転摂理を両立させてみせた。
相手の五感を奪いつつ、一万倍のバフやデバフを行使するクソユニットの出来上がりである。
マジで嫌になってくる。負ける時ぐらいスッと負けとけよ。
追い詰めるほどに毎回立ち上がりやがって。どうなってんだよこの国の騎士はよ!
ふざけんじゃねーよ! インチキ性能も大概にしろ! このボケ!
──なんて言うわけねえだろ。
「それ、もう見たことがありましてよ」
「何……!?」
力を同時に発動させてるだけで、パワーアップしたわけじゃない。
相反する存在を共存させるというのは、今のゴルドリーフさんみたいに、無理やり並列させることじゃない。
それは例えば、光と闇のどちらも居られる、茜空みたいな優しい光景であるべきだ。
「最強の騎士としての誇りがあっても、アナタはわたくしには勝てない!」
「……!」
「だってわたくしにとっての最強の騎士は、アナタじゃないから!」
わたくしがかつて見た輝きは、もっと上質で、もっと劇的なものだった。
豪雨に滲む視界の中、運命相手にだって打ち勝ってみせると宣言した、鮮烈な紅髪。
目を閉じれば瞼の裏に浮かべられる光景。
自分のために戦う騎士が、彼がわたくしを助けたいと思って発動した、エゴに基づく権能。
だから──やっぱり、揺るがない。
わたくしにとって最強にして最高の騎士とは彼であり、お前じゃない!
「認めます、アナタは正しい」
国の政治の中枢に食い込む名家の後継者の婚約者で、次期聖女と仲良くて、自分も名家の一人娘で。
禁じられた大悪魔の外法を操り、正義感が強いわけでもなく、諸外国相手も余裕で喧嘩を売りまくる。
常識的に考えれば、こんなやつをのさばらせておく方がおかしい。早く追放しろってマジで。
──だけど。
「だけど! 正しいだけの相手には、負けられない!!」
拳を握って、宇宙を広げる。
ジークフリートさんたちも巻き込む範囲にまで広げる。
「……ッ!? これは、マリアンヌ嬢の魔法!?」
「今までと違うぞ!? あいつ、また強くなりやがったのかよ……!」
単なる広さに意味なんてない。単なる正しさに意味はないように。
宇宙の輝きに限りはない。どれか一つが正解なわけじゃないから。
強い輝きや弱い輝きはある。でもそれは地球から見た、見かけの明るさに過ぎない。
だから、宇宙は最高なんだよ!
すべての光は星であり、星が輝く限り、宇宙に終わりはない!
「それが──それが、君の答えか」
「ええ。正しさがすべてではない、だから、アナタがどんなに正しくとも……勝つのはわたくしです!」
「よく言ったッ!」
半壊した鎧を軋ませながらも、彼は立ち上がり、顔の血を拭って剣を構える。
分かっている。この状態、宇宙を展開した今の時間は、そう長くは続かない。向こうだってもう限界だ。
つまりは正真正銘、これがお互いのラストアタック!
「マリアンヌ・ピースラウンド────!!」
「ゴルドリーフ・ラストハイヤァアァァアアアアアアアアッ!!」
互いの名を叫ぶ。間合いが詰まるのには刹那も要らない。
わたくしはすべての力を結集させた右の拳を。
彼はすべての加護を集約させた剣を。
真っ向から、叩きつける!
「必殺・悪役令嬢銀河閃光スマッシュパァァァ────ンチッッ!!」
激突の余波で、校舎が大きく揺れ、全ての窓ガラスがぶち割れた。
互いの神秘が、互いを削り合う。砕かれた輝きが空へと昇っていく。
「ぬうううううううううう!!」
歯を食いしばりながらも、大騎士の身体がじりじりと押し込まれていく。
当然だ。今のわたくしは宇宙! 宇宙に歯向かえると思うなよ矮小な人間がよお!
「せりゃああああああああああああッ!!」
一気呵成に押し込む。
ビキ、と向こうの剣が根元から嫌な音を立てた。
直後に訪れる決壊を予期して。
不思議と、爆発じみた衝突音の中で、わたくしとゴルドリーフさんは、言葉を交わしていた。
「────君、は」
「覚えておきなさい、マリアンヌ・ピースラウンドの名を。次に会った時は……ちゃんとアナタの分のサンドイッチを、作っておきます」
「……それは、楽しみだ」
刹那。
正義の刃が根っこからへし折れて。
わたくしの右ストレートが、そのまま彼の鼻っ面へと吸い込まれた──
◇◇◇
倒れ伏した大騎士は、ピクリとも動かない。
その身体から、摂理は解除され、通常の加護すら大気中に攪拌されていくように薄まり、ついには消失した。
すべては終わった。
それを理解して。
流星の少女が、右腕を伸ばして天を指さす。
「王国最強の騎士がなんのその! 真なる最強とは! 真なる最高とは! このマリアンヌ・ピースラウンドこそが────」
「あっ、ここにいたのかピースラウンド。探したぞ」
「…………………………」
「え? 何その顏……え? いや、やっと手が空いたから、応援が必要かと思って……」
「アルトリウスさん。ドア閉めて外に出て、30秒ぐらい待っていただけますか?」
「なんで!?」
◇◇◇
つ、疲れた…………
展開していた宇宙は、気づけば跡形もなくなっていた。
すべてが終わった。ゴルドリーフさんの元へ三騎士が駆け寄り、息があることを確認して安堵しているのを、ぼうっと眺める。
「……ぁ」
ぐらり、と視界が傾いだ。
膝から崩れ落ちそうになる。
「マリアンヌ!」
「マリアンヌさん!」
駆け寄ろうとしてきたロイとユイさんだが、直後に足を止める。
「まったく……無理をしたものだな」
倒れそうになったわたくしを、一瞬で距離を詰めたアルトリウスさんが優しく抱き留めてくれていた。
「ふふ……」
「何だ?」
「いえ。見ていなかったでしょうけども。勝ちましたわよ、わたくし。王国最強の騎士に、真っ向勝負で……少しは褒めてくださるかしら?」
「上出来だ。素晴らしいよ、ピースラウンド。お前はよくやった」
彼の肩に手を置いて、気合で姿勢を立て直す。
勝ったのにぶっ倒れてちゃ、カッコがつかないからな。まあ今まで大体ぶっ倒れてたような気もするけど。
「皆さんもまあ、いい顔をしていらっしゃいますわね」
級友たちの顔を見渡す。
三騎士と戦い、勝ったのだろう。ロイも、ユートも、ユイさんも、表情は晴れやかだった。
「苦労したよ。でも、君の言葉のおかげで戦えた。それはそれとしてその人となんでそんなに仲良くなってるんだい?」
「ったく、二度とごめんだぜこんなの。学園祭ぐらい普通に過ごさせろって話だ」
「ホントですよね。でも、最後にはちゃんと戦って勝つのが、私たちらしいような気がします。それはそれとしてその人となんでそんなに仲良くなってるんですか?」
「そんならしさを学生の君たちに持ってほしくはないんだが……」
苦笑するジークフリートさんも五体満足。黒騎士を倒せたのだろう、ただ姿は見当たらないので、撃退した感じかな。
うむ。完璧に、わたくしたちの勝利だ。
最高の結果と言っていいだろう。
「で・す・が! その点、アルトリウスさん!」
「ん?」
「アナタも戦っていたのでしょうが、強めの敵とは会わなかったようですわね! ちょっと腑抜けているのではなくて!?」
「いやいや、そりゃあ俺は君たちと比べれば見劣りするだろうけどだな」
苦笑して、彼は肩をすくめる。
「俺なりに頑張らせてもらったんだ、本当だぞ」
「ホントですか~~?」
「ああ。禁呪保有者を一人倒したんだ。褒められてもいいぐらいだろう?」
思考が止まった。
「……へ?」
「もう本当に大変だったんだぞ。君のせいで何から何まで計算外になりかけて……」
ぶつくさ言い続けるアルトリウスさんの言葉が、まったく頭に入ってこない。
最初の一言で、完全に頭が凍結していた。
禁呪保有者? わたくし? ユート? いや違う。誰か他にいたってことなのか、え、誰?
アルトリウスさん越しに、ユイさんたちも困惑しているのが見えた──いや。一人だけ、ジークフリートさんだけが、一瞬で顔色を変えている。
〇日本代表 ──待てお嬢!! おかしいぞ、そいつの反応が明らかにおかしい!!
〇一狩り行くわよ 急に神域権能クラスに引き上げられた!? いいや、意図的に改変していたのか!?
「ああ、それが神託か」
ぶわっと一気に流れていくコメント欄。
それを見たアルトリウスさんがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「最果ての極光、光と闇を生み出した母なる存在たちから下る神託、昨日言っていたな。君にはその文字が読めているわけか。なるほど……巫女というのは、当たらずとも遠からずだったらしい」
「アナタは、何を」
「言葉にしないと分からないか? そんなわけがない、理解を拒んでいるだけだろう」
可能性と可能性が結びつく。
急激に息を吹き返した思考回路が、今この場にいる人間と、いない人間を照らし合わせて、唯一残っている可能性を声高に叫ぶ。
彼は制帽を脱ぎ捨てると、わたくしに顔を寄せ、唇をつり上げた。
「うん。俺が黒騎士で、今回の黒幕だ」
至近距離──アルトリウスさんと視線が重なっている。
蒼い、
蒼い、
大地を呑み込むような深海色の双眸。
「マリアンヌさん!!」
「目を逸らせ!!」
ユイさんとジークフリートさんの悲鳴が遠くに聞こえた。
本能的に目を閉じた、が。
「魔眼に釣られてくれてありがとう」
直後。
「浄焔装填」
腹部に叩き込まれる拳。そこから浸透するように、身体内部へ聖なる光が流し込まれる。
抵抗することもできず、わたくしは数メートル吹き飛ばされ、そのまま地面に倒れ込んだ。
◇◇◇
「……!」
「えっ、ハートセチュアさん? まだ私たち、避難場所から動いちゃ……」
「誘ってきてるやつがいるわね」
「あっ! ちょ、ちょっと!?」
「……あれ? ハートセチュアってあいつ、目、あんな色だっけ?」
「目?」
「なんか……あれ? 金色に光ってた、ような……」
◇◇◇
校舎屋上を、沈黙が満たした。
「ありったけの聖なる要素を叩き込んだ。しばらくは起き上がれないだろう……弱点を把握できて助かったよ、単に火力で押すよりずっと効率的でいいね」
彼は魔眼殺しの眼鏡を懐にしまうと、パンと手を叩いた。
とっさに一同、警戒の視線を向け、そこでコンマ数秒遅れて失策を悟る。
「俺の魔眼は特別でね。単なる即死だけではなく、麻痺やら洗脳やら、色々とできるんだ」
動けない。
身体へ神経を介した信号が届かない。首から下を氷漬けにされたかのようだった。
学生たちだけでなく、ジークフリートや三騎士ですら、魔眼の力に抵抗すらできない。
「やっと条件を全て満たした──禁呪保有者と大隊長の激突で、終焉への道は切り拓かれた。そして必要なパーツも一つを除いて、今ここにすべて揃っている。そして最後の一つもじきに来てくれるだろう」
言っている言葉の、半分も意味が分からない。
だが一つだけ、明瞭な真実がある。
彼は。
アルトリウス・シュテルトラインは──敵だ。
「最終章もついにクライマックスだ」
彼は大空を抱きしめるようにして腕を広げる。
崩れかけのオーロラに覆われつつある異形のソラ。待ち望んだ解放のステージ。
「超一流の演者たちだ、俺如きの脚本ではやはり筋書き通りには進まない。このザマではカーテンコールには程遠いだろう。それでもここまで来た、やっと来たよ、だから……慈雨をもたらす稲妻の閃きではなく、破滅へ直行する雷電をここに落とそう」
アルトリウス・シュテルトラインは。
唇を吊り上げ、蒼い両眼に輝きを宿し、笑っていた。
「ヌルい牧歌は終わりだ! 始めるぞ、最悪の終焉を──!!」
最終章の幕が、演者たちを置き去りにして、今開かれる。
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




