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PART14 運命の輪に縋り付いて

 時は少し遡る。


「ぐうう……!」

「焦っちゃだめだよアバラ」

「うむ。じっくり考えるべきだぞ」


 学園祭一日目終了後。

 マリアンヌたちがユイの情報提供をもとに対策を練っていたころ、その仮想敵である騎士たちもまた、ゴルドリーフの屋敷に集まり顔を突き合わせていた。


「黒騎士。君は座らないのか?」

「いえ、私はここで大丈夫です」


 ロックグラス片手に椅子に腰かけているゴルドリーフの言葉を、黒騎士は丁重に断る。

 部屋にいるのは王国が誇る大騎士ゴルドリーフ・ラストハイヤー、そして彼が直々に直轄部隊幹部として選抜した、ジークフリートをもってしても及ばないと言わしめる白馬の三騎士たち。

 シュテルトライン王国を守護する戦力として最上級クラスの面々が集まっている中、黒騎士は部屋の壁に背を預け、その三騎士を眺めていた。


「……すまねえカカリヤ。もう一回だけ言ってくれッ!」

「分かった」


 脂汗をにじませ苦悶の表情を浮かべる筋骨隆々の大男──アバラ・カシリウスに対して。

 細身の伊達男、カカリヤ・フロベールが淡々と文章を読み上げる。


「たろうくんはりんごを15こ、じろうくんはぶどうを9こもっています。そこにはなこちゃんがやってきて、3人はりんごとぶどうを同じかずだけもつよう分け合いました。3人はりんごとぶどうをそれぞれいくつもっているでしょうか」

「チィィッ……りんごとぶどうの二段攻めたあ、やってくれるじゃねえか……ッ!」


 目をぎゅっと閉じ、アバラは必死に思考を回す。


「待てよ……りんごは15でぶどうは9だ。そんでたろうにじろうにはなこか。変わった名前じゃねえか……おい待て、大丈夫か? これは3人とも、りんごとぶどうが食えるガキなのか!? 果実が苦手な奴、よくいるだろ!」

「大丈夫。食べられるよ。大好きなぐらいだ」


 子供と言われても頷ける小柄なおかっぱ頭の騎士、ポール・サイードが返事をする。


「ほお、なるほどな……だったら、もっとりんごとぶどうがあるべきだろ! 1人につき、そうさな……100だ! 100ありゃハラいっぱいになるに違いねえ!」

「業者?」


 問題とはまったく関係のない方向へアバラの思考は加速していた。


「はいはい、ちゃんと考えてみようよ」

「うぐぐ……」


 苦しそうに呻きながら、アバラはちらりと、部屋の片隅に置かれた色とりどりの積み木に視線をやる。

 ポールが素早くそれを見咎めた。


「あーダメだよダメだよ。現物を使って実際に動かしてみる前に、頭の中できちんと考えなきゃね」

「くぅっ……わ、分かってんよ! ちゃんとやるっつーの! じゃねえと意味ねえしなァ!」


 どうしても計算が頭の中で出来ない場合には、積み木をそれぞれ現物と仮定し、実際に配分して考えているらしい。

 名高き三騎士とは思えない知育現場を眺め、黒騎士が首をかしげる。


「……君、どうやって騎士団の筆記試験をパスしたんですか」

「分かんなかったからよ、全部カンで書いたぜ!」

「ゴルドリーフ殿。試験を見直すべきなのでは?」


 その指摘にゴルドリーフは、ロックグラスの中で氷を回しながら苦笑した。


「どうだろうな。結果として合格した彼は、今や有数の騎士だ。王立騎士団において、彼より(はや)い者はいない……」

「結果が優先されると。一理はありますね」


 呆れたような声を上げつつも、黒騎士は鎧を鳴らしながら三騎士の元へ歩み寄る。


「アバラ殿」

「あん?」


 思わぬタイミングで声をかけられ、アバラは首をかしげる。ポールとカカリヤに至っては敵意を隠すこともなく、漆黒の鎧に覆われた男をねめつけた。

 嫌われたものだな、と黒騎士は内心で苦笑する。


「先ほど、3人全員が100個あればとおっしゃいましたね。ではそのためにはいくつ必要ですか?」

「そりゃあれだ。ちょっと待てよ……100個が3人分。分かる。分かるぜ。こいつは300個あればいいな!」

「それの逆ですよ」

「?」

「300個あれば3人に100個を分配できる。では15個は3人にいくつ分配できますか?」

「お、お、おお? 5? 5か? おいこれもしかして5か?」

「……ぴんぽーん」


 ぽかんとした様子でポールが正解を告げる。


「良かったのですかねえ? 先ほどの言い方からして、アバラは騎士団にいるべきではないと思っているようですが……」


 カカリヤの嫌味に黒騎士は首を振る。


「さっきの言葉。試験を見直すべきというのは、同じようなプロセスで、相応しくない者が試験をパスしてしまうのでは、という懸念を伝えたかっただけです」

「おん?」

「アバラ・カシリウス殿。貴公の合格自体は、まったく不思議じゃない。貴公は騎士にふさわしい人物だと、私は考えていますよ」

「ん。お……? よくわっかんねーけど、これ褒められてっか!?」

「うん、そうだよ。正直びっくりしてる」


 自分たちには知らされないまま計画の中枢に食い込んでいた、会議にはめったなことがなければ顔を出さない、怪しく、胡散臭い男。

 それが限りない賞賛を同僚に送っている様を目の当たりにし、ポールとカカリヤも少なからず驚愕していた。


「意外ですねえ。あなたは……もっと、私たちのことを見下してると思っていましたが」

「ま、だから何って感じだけどさ。君、自分で狙ってるよりもずっと怪しく見えてるからね?」

「これは手厳しい」


 隠されもしない敵意を前にして、黒騎士は肩をすくめる。


「そんなに目の敵にしなくとも……私なぞより、貴公たちの方が正しいというのに」

「あー? 強いか弱いかじゃねーのか?」

「強さは簡単に裏返る。だが正しさは反転しませんから」


 襲撃を目前として、黒騎士は踵を返し、部屋を出て行く。


「貴公たちは、そして貴公たちを選んだ大隊長殿は……正しいのです」


 ドアが閉じられ、三騎士はしばらくそちらを見やった後、再度計算問題に取りかかり始めた。

 三人の苦闘を眺めながら、ゴルドリーフはからりとグラスを鳴らす。

 最後に彼が残した言葉が脳裏にリフレインする。


「正しい…………か」




 本当に?




 ◇◇◇




 十数年前のことだ。

 国王アーサーの密命を受けて、ゴルドリーフは三騎士のみを連れ、とあるカルト教団の本部の殲滅作戦を実行に移した。

 大隊長を駆り出してまでの極秘作戦となった理由は単純明快。

 

 教団は『疫死(モルス)』の禁呪保有者を中心とした、死を救いと定義する凶悪な団体だった。


 貴族やそれに連なるもの、日々を懸命に過ごす市民、すべてを問わず教団は殺戮していた。

 子細を聞いただけで三騎士の身体は怒りに震え、ゴルドリーフもまた迅速な処理こそが唯一の解決法だと理解していた。


 当日、殲滅にさほど時間はかからなかった。

 関係者は一人残らず抹殺しろという王の命令を、ゴルドリーフたちは忠実に守った。


『そうか、騎士、騎士か。こんなに強いのか』

『貴様が……』


 教団の主に刃を突きつけ、ゴルドリーフが低く唸った。彼も部下たちも返り血まみれになり、アジトの壁に血しぶきのかかっていない箇所はなかった。


『まだ救いを知らないんだな。哀れな男だ……お前は、救ってはやらん』

『黙るがいい。これは貴様の勝手な救いを押し付け続けた報いだ』

『──厳粛なる否定(quo vadis)を受け入れろ(domine)

『死ね』


 詠唱はそれ以上続かなかった。剣が振るわれ、最後の血が流れ、ゴルドリーフの任務は終わった。

 すべては完璧だった。味方に犠牲は一人もいなかった。三騎士たちもまた、これが仕事だと理解していたし、相手が相手だったが故に行動はスマートに完結した。


 そのはずだった。


 王への報告を終えて、夜遅くに帰宅したゴルドリーフ。


『おかえりなさい、あなた』


 赤ん坊を抱きかかえたまま、玄関まで迎えに来た妻。

 それが最愛の者の、最期に見た姿だった。


『え……』


 返り血がゴルドリーフの身体を濡らした。

 顔の前面を覆うぬらりとした血が、弾け飛んだ妻と子のものだと、遅れて気づいた。


 先ほど、自分たちの手で生み出した血の海。悪しき者たちを討ち滅ぼしたが故の、当然の光景。それが自らの家の玄関に再現されたことを受け入れられず、ゴルドリーフは飛び散った妻と子供だったものを見下ろし呆然とすることしかできなかった。


 最後に聞いた『疫死』の禁呪保有者の言葉は、抵抗のための第一節ではなく、ゴルドリーフ相手に魔法を付与するための起動言語だったのだ。


 ゴルドリーフが最も愛する者相手に炸裂したその魔法が、彼から家族を奪った。

 禁呪。そうだ、禁呪だ。伝承に記されし悪しき呪い。人類史の汚点。大賢者セーヴァリスの唯一にして最大の失敗。


 消し去らねばならない、と思った。

 あんなものがあったから、と思った。


 同時にそれは、個人の憎悪に過ぎないと思った。

 強い力を持つ自分が、なぜ強い力に憤るのか、と思った。


 結論が出ないまま日々を過ごし、騎士として戦い、悪を断ち、正義を執行し続けて。



 ──あの日から十年以上の月日が経った。



『わたくしことマリアンヌ・ピースラウンドが、王国最強の悪役令嬢ですわ!』



 時代は変わったのだ──そう、思った。

 国王に誘われ同席した御前試合で、燦然と輝きを放つ少女。


『私たちの時代は終わりましたね』

『引退するつもりかのう? まだ早いぞい』

『カシリウス卿の加護が育ち切れば、と元より思っていました。それにもっと下には、辺境から来た、紅髪の面白い男がいます。カシリウス卿と彼が次の大隊長になるでしょう』

『後輩の育成に余念がないのう』


 御前試合の感想をアーサーに求められ、言葉はごく自然に出てきた。

 確信があった。次代の希望があそこにいると。


 だからもういいのだと思った。

 ゴルドリーフは、本当はずっと前から、楽になりたかった。

 悪を滅ぼすという大義名分で自分を縛り、身動きを封じて、思考を止めて。

 憎しみに心が焦がされないようにと己を戒め続けるのは、もう、やめられると。




『マリアンヌ・ピースラウンドは『流星(メテオ)』の禁呪保有者ですよ』




 黒一色の鎧と、こちらを見透かすまなざし。

 影から現れた男の言葉が、ゴルドリーフの全てを打ち砕いた。


『よろしいのですか、ゴルドリーフ殿』


 せせら笑っている。

 漆黒の鎧に覆われ表情が見えずとも、彼は初めて出会った時から、ゴルドリーフの激情を見抜いていた。

 黒騎士にとって、ゴルドリーフの葛藤は愚かであり、無意味なものだった。


『何故自分一人だけで背負おうとするのです。貴公には力があるというのに』

『力……だと……?』


 月だけが見降ろす暗がりで。

 打倒され、敗北し、あおむけに倒れたゴルドリーフに対して。

 黒騎士は彼の喉元に切っ先を突き付けながらも、嗤っていた。


『貴公の力は何のためにあるのです』

『私の剣は、王国の民草を守るためにこそ……!』

『ウソだ。私にウソはつけない。貴公の力は斃すためのものだ。言葉はいくらでも並べ替えられる。だが本質までは誤魔化せない。貴公の精神性を反映した加護の摂理は、相手を殺すためのものでしかない』


 剣がどけられ、しゃがんだ黒騎士がずいと顔を寄せた。

 二人の視線が交錯する。


『ゴルドリーフ殿。貴公が真の意味で剣を抜く時が来たのです──!』


 そうして。

 騎士団大隊長は、生まれて初めて、人を憎悪するということを知ったのだ。




 ◇◇◇




「何故止めなかったのですか!?」


 王城最上階、国王の私室にて。

 王国が誇る三人の賢王子が顔をそろえ、本を読みふけっている国王に詰め寄る。


「陛下。いくら大隊長とはいえ、これは明らかな越権行為です!」


 激怒する第三王子グレンに追随し、第二王子ルドガーもまた、はっきりと表情に憤りを見せている。


「まーまー。ちょっと二人とも落ち着いて。流石に陛下が何も考えてないわけねーっすよ」


 一歩間違えれば王子とはいえ不敬となりかねない勢いの弟たちを、第一王子マルヴェリスがなだめていた。


「ね、陛下。何か考えがあって──」

「殺しに行きたいなら殺しに行け、と言っただけなんじゃが?」


 アーサーは椅子に腰かけたまま、視線を上げることすらなしに平然と言い放った。

 絶句。

 王の間に痛いほどの沈黙が流れた。ぺらり、とアーサーがページをめくる音だけが響く。


「……グレン!」

「分かっています兄上! 陛下、それは好きにしろということでしょう。ならば我々も好きにさせてもらいます!」


 見切りをつけ、グレンとルドガーが大慌てで部屋を出ていく。


「あーあー……ルーくんとグーちゃんならこうなるって分かっててやったでしょ絶対。丸く収めようと思ったんすけどね……」

「もうよい。そなたも向かうのか?」

「流石に三人揃っちゃうとまーた話こじれちゃいそうでしょ。こっちは遠慮させてもらうっす」


 ただ、とマルヴェリスは、続きを言いよどんだ。

 アーサーが顔を上げ、視線で続きを促す。


「あーいや……興味本位っちゃ興味本位なんすけど……禁呪に関してっす」

「そうか。ならばわしに聞くべきだわい」

「あっうわ、気づいてること気づかれてたんだ」

「ルドガーとグレンに言わなければ良い」

「言うわけないっすよ」


 へらへら笑いながら、マルヴェリスは問いかける。


「大隊長って、陛下なら余裕で殺せるわけじゃないっすか。んじゃあ……『烈嵐(テンペスト)』と『流星(メテオ)』じゃ全然話が違うかもしんないっすけど、まあそれはちょっと無視すると仮定して。陛下の習熟度を100としたらあの子っていくつなんですか」

「25以上37以下かのう」

「…………」


 数秒硬直し、腕を組んで第一王子が考え込む。

 脳内でアーサーの強さからマリアンヌの強さを逆算し、それとゴルドリーフを戦わせる。


「え……? か、勝てなくない? っていうか百回やって百回負けるレベルっすよ!?」

「禁呪とは、毎日の手入れで強くなるものではない。そうであればどんなに楽なことか……」


 要領を得ない言葉だった。

 しかし話題の流れから、父の言いたいことを息子は丁寧に拾い上げる。


「え? あ、あー? ああ……なるほどね。これぐらいの試練を超えられないようじゃ意味がないってことか。陛下はあの子に、土壇場での覚醒を期待してるんすね」


 息子の言葉を受けて。

 国王アーサーは鼻を鳴らし、首を横に振る。


「あれ、違う? もしかして本気で死んでほしかったり……?」

「馬鹿を言うな。わしは期待などしておらん。わしはピースラウンドの娘に──」




 ◇◇◇




「──命令されてるんだぜ、マリアンヌ・ピースラウンド。逆転勝利を、君はさ」



 黒騎士が嗤う。

 学園祭二日目、校舎の屋上で、黒騎士は朝日に鎧を照り返させながら、全身を震わせ、両腕で自分を抱きしめていた。


「さあ開演だ、第二部にして最終章!」


 バッと右腕が広げられる。 


「卓越した演者たちを使っておきながら、クズみたいな脚本ですまなかった。だが満足させてやろうじゃないか、お前を!!」


 続けて、左腕が広げられる。


「ここで終わりにするぞ。運命なんていらない。泥まみれのレールを疾走し、俺はお前の下へたどり着く……!!」


 天を仰ぎ、黒騎士の双眸が狂気に妖しく光った。




「火蓋を切れッ! 号砲を放てッ! 揃いに揃えた名役者の無駄遣い──終焉まで付き合ってもらおうかッ!!」




 ◇◇◇




 マリアンヌのクラスが出す屋台にて。


「随分と早いじゃない」

「べ、別に何もないけど!?」

「これはあるやつですね……」


 ユイとリンディはにこにこ笑いながら、手鏡を見ながら自分の前髪を触りまくっていた女子を両サイドから捕獲する。

 先日マリアンヌの課題に先生役として付き合った女子である。


「そ、その……二日目は、一緒に回ってくれるって、昨日……」

「えっ嘘!? あんたうまくいったの!? やるじゃない!」

「キャー! どの人ですかどの人ですか!?」

「圧強い強い強い! え? しかも全然腕はがせないんだけど!? ちょっと!?」



 女子たちが楽しく騒いでいる一方で。

 裏口まで赴き、二日目用の材料を受け取っていたユートは、クラスメイトから不思議な話を聞いていた。


「伝説の木の大騒ぎ中に来てた長い金髪のお客さん、すっごいかっこよかったね!?」

「マジでかっこよかったね、私ミリオンアーク君レベルのイケメン初めて見たかも……」

「マジか。ロイレベルってやべえな……」


 美形の王子が感心するのに、クラスメイト達は苦笑する。

 お前もそっち側である。


「でも本当に、どこの家の人なんだろうね。パーティーで見た覚えはないし」

「いや焼きそばパン15個買っていったのを顔にごまかされてない? 明らかに全部自分で食べる気だったぞあれ」

「んだよ。作り置きじゃなくても、俺を呼んでくれたらすぐに作りたてを渡せたのによ」

「ユート君、王子様が焼きそばパン作りにプロ意識を持っちゃダメなんじゃないかな……」



 また別の場所、クラスの教室に荷物を置きに行った帰りの廊下で、ロイは女子の群衆に囲まれていた。


「ミリオンアーク様! 二日目は、ぜひ私と一緒に学園祭を……!」

「いいえ私よ!」

「私!!」

「おいどん!!」


 既に背後は壁であり、逃げ場はない。


「あ、あはは……」


 冷や汗を浮かべ、ロイは頬を引きつらせる。


(これは、参ったな。無下にするだけなら簡単なんだけど、そういうことをする人ってマリアンヌ嫌いだしな……)


 学園祭の空気に当てられ、誰もが騒いでいる。

 ロイはその空気感は嫌いじゃなかった。


 だが──そんな中で。


 一人の大男が、大剣を背負い、肩で風を切るようにして廊下を歩いてきた。


(え……?)


 バンダナで顔の下半分を隠したその姿は、誰がどう見ても怪しい。

 だが今この場で、ロイ以外に彼へ視線を向ける者はいない。


(ち……違う! 一挙一動が隠密行動になっているのか!? 人の意識を逸らしている!?)


 ハッとロイがそのカラクリに気づくと同時。

 男と視線がぶつかり合う。


「────!!」


 大柄な男が、ひょいと得物を抜き放った。

 即座にロイが女子生徒たちを安全圏へと突き飛ばす。


「……ッ!?」

「いい反応だなあ!」


 禍々しい漆黒の大剣がぞんざいに振るわれ、廊下と教室を両断した。


「隊長の言った通り、学生だとナメてかかっていい相手じゃねーな」

「何者だ!」


 抜剣したロイが全身に雷撃を身にまとう。

 彼の問いに対して、男──アバラ・カシリウスは、騎士としてではなく、学校に入ってきた不審者として、叫ぶ。




「賊だぜぇ!」




 あまりにもシンプルで、逆に意味の分からない宣言。

 生徒たちが数秒硬直する。だが。


「フン」


 大男が剣を振るう。雷速で切り付けてきたロイと斬撃が衝突し、火花を散らした。


「なるほど……! 賊が入った、だから騎士による鎮圧が必要だ、そういう名目で大隊長を動かし、招き入れる作戦か……!」

「おっと、一発目に大当たりか。事情を知ってて、金髪で、雷で、イケメン! お前が俺の相手だな、小童(ワッパ)!」


 ロイとアバラが鍔迫り合いを繰り広げている間にも。

 学校の敷地内で、他に二つ、莫大な加護と魔力が膨れ上がった。


(……ッ! 三騎士は既に侵入済みか!?)

「余計なこと考えてると、遅れちまうぜ!?」


 全体の把握に思考を割いた刹那、アバラが渾身の力でロイを吹き飛ばす。


「チッ──」


 空中で回転し体勢を整え、ロイは廊下に滑りながら着地した。


(そうだ、余計なことを考えている暇はない。僕らの基本方針は変わらない、マリアンヌとぶつかる前に相手の戦力をそぐ!)


 強襲の貴公子と最速の騎士が火花を散らす。

 校舎を揺らすけたたましいサイレンが鳴り響いた。


『緊急放送! 緊急放送! 複数名の不審者が校内に侵入しています! 生徒の皆さんは誘導に従って避難してください! これは訓練ではありません! 繰り返します──』


 悲鳴と、それをかき消す爆音や魔法の発動音が学園中で上がり始める。

 学生たちの学び舎は、誰がどう見ても、今この瞬間、戦場になり果てていた。


「おっ、本格的に始まったな」

「……他の三騎士だけでなく、直属騎士の一部もここで投入ですか」

「ああ。ポールとカカリヤもうまくやってると思うぜ? 俺なんかよりずっと頭がいいからなあ!」




「あんたは確か……ポール・サイードだったか。へえ、俺相手に騎士一人か、結構評価されてるってことでいいのかねえ?」

「無論だよ。とはいっても僕、後先のこと考えるタイプだから。他国の王子様を殺すとか絶対嫌だし? すぐ眠ってもらわないとね」




「自分のやっていること、その結果と責任を理解しているのですか? カカリヤ・フロベール卿」

「ええ、ええ。重々承知しております、タガハラ様。ですが譲れません。ここだけは譲るわけにはいかないのです」




 戦場に焔が燃え盛る。


 王立魔法学園中央校、最悪の一日が始まる。


 たった一人の少女を巡って、恐るべき戦端の幕が切って落とされようとしていた。






 で。



 中心人物である、マリアンヌ・ピースラウンドは────






 ◇◇◇






「むにゃむにゃ……後……5億光年……」




〇長男 起きろ! 攻撃されてる!

〇外から来ました いやマジで攻撃されてるんだわ学校が!!

〇火星 お嬢の意識が覚醒してなくても知覚できるレベルで加護吹き荒れてんぞ!? 本気も本気じゃねーかこれ!!




「むにゃむにゃ……アーマードコアⅧ、クッソおもしろいですわあ……」




〇長男 夢だ! それは夢だ! 目覚めろ! 起きて戦え!

〇TSに一家言 それは本当に夢なんよ

〇無敵 寝言選手権を寝言で優勝するな




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― 新着の感想 ―
[一言] アーマードコアⅧを私にもやらせろ!!!!!
[一言] 体が闘争を求めるならさっさと起きろマリアンヌ!
[良い点] 知能指数マリアンヌが増えた……だと!? これは強敵だ……!! 王様、言いたいことはわかるんだけどこいつの場合なぜかじゃんけんしてたり仲間とツッパってたりしてるときの強化具合がおかしいんや…
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