PART11 女帝による高精度文化祭運営事情(後編①)
世界を滅ぼす厄災。
存在が一つの階層として成立しているという、異次元の超越存在。
「……大悪魔、ルシファー」
それが今、人間に似たカタチを取って、アルトリウスの前にいた。
マリアンヌが横たわるベンチの傍でゆっくりと立ち上がり、彼は真正面からルシファーと視線を重ねる。
【ほぉ。おれを相手に、一瞬で冷静さを取り戻すか】
「…………」
元より退魔機関に所属するアルトリウスにとっては、いわば敵の総大将。
悪魔相手には視線を重ねることすらリスクを伴うが──彼にとってはリターンが勝る。
(ここで──!)
蒼い双眸が妖しい光を宿す。
魔眼を無効化するための眼鏡、それを微かにずらし、彼は必殺の呪詛をぶつけようとした。
【よせ】
鋭い制止の声に、アルトリウスの動きが凍り付く。
確かに意識は発動へと踏み込んだ。しかし身体が、意思に追随しなかったのだ。
【端末顕現ですらなく、イメージを投影しただけのおれを相手に、そう熱くなるな】
「……だとしても、貴様は悪魔の頂点に君臨する者。現世への介入を許す道理はない」
【道理だと? クククッ……】
ルシファーは含み笑いすると、黄金の瞳にはっきりと嘲笑の色を浮かべた。
【愚かしいな。人類の道理でおれを縛れると? そろそろ気づけ──均衡は既に破られている。マリアンヌ・ピースラウンドがいなければ、今すぐにでも終末は訪れる】
大悪魔は、世界を相手に死刑を宣告できる。
大言壮語でもなんでもなく、純然たる事実として、彼は世界を滅ぼす者なのだから。
【まあ、お前を脅しても意味はないか。とにかくそれを使うのなら、こちらも反射でお前を殺してしまうかもしれん】
「……ッ、何故貴様が、俺の心配をする」
【見た目が見た目だっただけについ顕現してしまったが、マリアンヌを救ってくれたのだろう。それも、おれの因子を打ち込んでいたが故の事故……むしろ詫びたいぐらいだ】
どの口で、とアルトリウスは吐き捨てる。
本当に申し訳ないと思っているのなら今すぐ因子を抜き取ればいいはずだ。
「好き勝手に言われても困る。しくじるかどうかなんて度外視するべきだろう、大悪魔の首を獲れるかどうかなんだぞ」
【……まあ、おれを殺せるという絵空事はともかくとしてだ】
大悪魔はそこで言葉を切り、首を横に振る。
【それを仮に実行可能だとしても、甘いな】
「何?」
【お前が失敗したところでお前が死ぬだけ──そう考えているのなら、想像力の欠如と言わざるを得ない。本当におれを怒らせてみろ、おれは世界という一つの階層を余波で轢き潰してでも、お前を殺すぞ】
酷薄な声色だった。
それは完全な事実であり、彼の中では確定事項なのだ。
「俺が、世界なんてものを引き合いに出されて大人しくするように見えるのか?」
【?】
「……ッ!」
屈辱にアルトリウスの視線が鋭くなる。
ルシファーは今、当たり前だろうと表情で物語っていた。
【故に、ひとまず、ここでは手を引け】
「……分かった、そうさせてもらう」
魔眼を発動させる動作の準備を解除し、アルトリウスは息を吐く。
彼の蒼い瞳から輝きが失われるのを、腕を組みながらルシファーはしげしげと眺めていた。
【お前のそれは、随分と複雑だな。多層的で、融合的で……フム。この状態では流石に、完全には理解できないようだ】
何に対する言葉なのかを理解しつつ、アルトリウスは意図的にそれを無視した。
それから跪くと、マリアンヌの額に手を当てて簡単な治療用魔法を発動させる。
【治療も一級品。本職は聖職者か?】
「真逆だ。とはいえ本職にしようと思えばできただろうがな」
揺れない。アルトリウス・シュテルトラインは、巻き込まれて大声を上げてはいたが、それでも軸がまったく揺らいでいない。
呼吸、視線、手の震え、それらに一切動揺がない。世界を滅ぼす大悪魔を眼前にしてすらだ。
【人間にしては、肝が据わっている……いや。何だ? 不思議な感覚だな】
ルシファーは腕を組んで、自分の中に生じた違和感を丁寧に手繰った。
パーソナルなことを話しているにもかかわらず、彼の身体の反応はまるで他人事だ。マリアンヌが初めて会った時に感じたものと同じ感覚。間違いなく、マリアンヌが今まで出会った人々の中で、最も自己の掌握に長けているのはアルトリウスだ。
【…………そうか、成程成程】
しかし──ルシファーははたと気づく。
【お前、マリアンヌと似ているな】
「え?」
【自分で自分の結末を決めた者だけが持つ傲慢さだ】
「──────」
やはりそれでも、揺らがない。
たとえ核心を突かれたとしても、アルトリウスの表情に変わりはなかった。
【しかし逆だ。マリアンヌは……己の結末に矜持を抱いている。それは十分に伝わってくる。お前には、それがない】
「……ああ。そうだな」
アルトリウスは、唇をはっきりと歪める。
それは何かしらへの指向性を持って、侮蔑と嘲笑をまぜこぜにした冷酷な角度だった。
「俺と彼女は違う。誇れよ、大悪魔。この子は嫌になるほど正解ばかり選ぶぞ」
【正解?】
「ああ。俺が選べないものだ」
アルトリウスが制帽を被りなおした時、既にルシファーの姿は向こう側が透けて見えるほどに薄くなっていた。
「大悪魔からすれば人間なんて皆同じだろう? その中でこの子を選んだわけだ……その理由、得心がいった」
横たわったマリアンヌの、宵闇のように深い黒髪に、アルトリウスは指を通す。
「この子は、お前が選ぶのに相応しい。お前が自分の考える滅亡を譲らないのと同じだ、この子は自分にとっての正解を、迷いなく選べる子だ……それは少しだけ。ほんの少しだけだろうが、分かったよ」
【おれの方が分かっているが?】
「…………」
【あと、髪を触るのやめろ。次やったらマジで殺すぞお前】
「……ッス。すみませんでした」
怖すぎてアルトリウスは思わず野球部の後輩になっていた。
黄金の瞳に殺意を充填させ『いやもうこの場で殺した方がいいか? しかし仮にも恩人だしな……』とかぶつぶつ言いながら、ルシファーは静かに空気へ攪拌されていく。
「うう……」
大悪魔の姿がかき消えると同時だった。
呻き声をあげて、少女が目を開く。
「あ、あれ……? 射撃場にいる……え……?」
そこでアルトリウスは、ぶわりと射撃場の外で気配が膨れ上がるのを感じた。
(……なるほど、大悪魔め。人払いの結界を張っていたのか、俺が気づけない精度で! 何がイメージの投影のみだ、そりゃいつでも俺を殺せるだろうよ)
改めて隔絶した存在であることを実感し、思わず乾いた笑いが出そうになる。
「君の保護者は……怖いな」
心の底からの言葉だった。
相対して生存しているのは奇跡以外の何物でもない。もっと有意義に奇跡を使わせてくれとアルトリウスは内心で嘆いた。
しかし。
「は? 保護なんてされていませんが??」
マリアンヌは起きて一発目に死ぬほど不機嫌そうな声でそう言った。
「……うん。そうだな」
肩をすくめて、アルトリウスは首を横に振った。
言われてみれば──あれは保護ではなくストーキングだった。
◇◇◇
空き教室にて。
窓際に立つロイと視線を重ね、ユイは静かに口を開く。
「知っています。黒騎士──ゴルドリーフ・ラストハイヤー大隊長が抜擢した凄腕の傭兵です」
「傭兵? 騎士団が傭兵を……?」
次期聖女の言葉を聞いて、ロイは眉根を寄せた。
本来、シュテルトラインの騎士自体が他国と比較すれば超級の戦力である。にもかかわらず外部の人間を戦力として雇った、それは明確な異常事態だった。
「経歴は不明です。ゴルドリーフ大隊長の下に直談判で、そして認められたと──把握しているのはそこまでです」
「……既に黒騎士は校内に侵入している。そして生徒会役員と密談を交わしていた」
「えッ!?」
苦々しい表情でロイが告げた内容に、ユイが顔色を変えた。
「そ──それは!」
「推測が正しいのなら、だけど。黒騎士……いや。少なくとも、ゴルドリーフ大隊長がマリアンヌ暗殺計画に携わっていることになる」
「そんな……!」
王国が誇る三大騎士が一人。
少なくともそれは敵である、という情報は二人の警戒度を跳ね上げさせた。
「ゴルドリーフ大隊長直轄部隊の規模は?」
「……管轄の中隊を除外した、大隊長親衛隊ですか? 騎士27名、幹部騎士3名の計30です」
「戦力評価は?」
「騎士たちは卓越しています。ジークフリートさんの中隊と比べ平均戦力値は1.5倍程度かと」
ロイは大きく舌打ちした。
他に誰もいないから許されているが、普段の貴公子然とした彼からは程遠い行動だ。
「なら幹部はもっと、ってことだよね」
「白馬の三騎士と呼ばれる、ゴルドリーフ大隊長に長年仕えている騎士たちです。それぞれが加護を自己生成する領域まで押し上げています」
聞きなれない単語に、ロイは眉根を寄せる。
「加護の自己生成?」
「はい。加護は教皇から授けられるものですが、騎士の成長につれ、加護自体も成長していきます」
ユイの話を聞いたロイは、親交の深い紅髪の騎士が、鉄火場を乗り越えるたび爆発的に強さを増していったのを思い出した。
「なるほど……確かに、どこかのタイミングで聞いたことがあるような気もする……」
「自己生成にまで到達した場合、単に加護の出力を増してきた騎士と比べても、頭一つか二つは基礎出力が飛びぬけて増強されます。そしてそれだけには留まりません」
淡々と、ユイは言葉を続ける。
「加護──魔を祓うための力に、個性が宿ります」
「個性……?」
「特定のルールを保持するんです」
内容は、至った騎士によって千差万別。発現させた騎士の精神性にも左右されるため、発現する前に内容を予測することは難しい。
だがこの場にいるのは、そうした騎士たちの頂点にいずれ立つ次期聖女である。
「ゴルドリーフ大隊長、そして配下の白馬の三騎士の加護については当然把握しています」
「分かった。後でみんな……マリアンヌ、ジークフリート殿、ユート、リンディには共有しておいてくれ」
「はい」
「ちなみになんだけど、ジークフリート殿はその自己生成の領域に?」
「出力だけを見れば間違いなく到達しています。ただ、それ以外の要因が変に噛み合っているというか……正直我々の方でも精密検査を何度か行っていますが、原理はまだ解明できていません」
直立不動の体勢で、ユイは光のない瞳で語る。世界が終わった後の夜空のような瞳だとロイは思った。
わざとらしくならないよう咳払いをして、ロイは彼女に歩み寄る。
「ユイ、君は……」
「はい」
「仕事の時、そういう口調なんだね」
「……!!」
ハッと面を上げた後、ユイの頬が朱に染まった。
「か、揶揄わないでくださいロイ君っ!」
「ははは、すまなかったよ。でも、なんだか新鮮でね……うん。君はそっちの方がいい」
「分かってますっ。マリアンヌさんだって、そう言ってくれましたし」
情報共有は終了した。
ロイとユイは、空き教室を出ると連れ立って歩きだす。
「そうだ、マリアンヌを探そうか。隠れているのならそれに越したことはないが、まかり間違っても、目立つような騒ぎを起こしていないか心配でね」
「あはは……流石に大丈夫だと思いますよ? 自分の命が狙われているかもしれないっていう状況で、学園祭の騒動の中心になったりとかあるわけないじゃないですか──」
◇◇◇
「悪役令嬢パアアアアアアアアアアンチッッ!!」
「ぐわーーーーーーっ!!」
わたくしの右ストレートをモロに食らい、グランドボウル部(前世で言うとアメフトに近い)の部員たちが数十人まとめて吹き飛ばされる。
「ッシャアアアアアッ!! 学園において最強のパワータイプもわたくしであると証明できましたわね! デラシウム光流の練習でもするとしますか!」
『ヒューーーーーー!!』
『さっすがはピースラウンド家の長女だ!!』
『クソオオオオッ!! 俺の万馬券がアアアアア!!』
衆目たちも大盛り上がりである。
どうやらわたくしが逃げながらも各追っ手を叩きのめしていることから、誰がわたくしを捕まえるかのダービーが開かれているらしい。ふふん、スピード1200パワー1200スタミナ1200根性1200賢さ1200のわたくしを捕まえるなんて絵空事を本気で信じてるなんて、おめでたいやつらだ。
「君、何かのトーナメントで戦っているのか?」
隣に佇むアルトリウスさんはドン引きしている。
アルトリウスさんに解呪してもらったあと、今は射撃場を出て、襲い掛かってくる各部活を蹴散らしているところだ。
いやまあ、十三節詠唱完了してツッパリフォーム展開してるから、力持ちかっていうとそうではないけどもさ。
「しかし……いいのか? 校内で十三節の完全詠唱を」
「ああ、強すぎる魔法は、確かに誰が使ったのか分かりやすいですわ。でもそれはあくまで外部へ指向性を向けた時の話。時には相手に発動を全く気取らせないことも、魔法使いとして重要な技巧です」
「なるほど……」
「なので最強の魔法使いとして名高いわたくしにとって、こういうのはお茶の子さいさいですわ」
「俺がなるほどと言ったところでもう言い終わって欲しかったな。おかげで感心して損した気分だ」
眼鏡越しにもはっきりと憐憫の視線を向けてくるのが分かった。うるせえよ。
「あと、普段は分かりやすく強い魔法を使い続けているだろう。あれはわざとということだな?」
「勿論。ただ勝つだけでは不足ですから」
強さを証明する立場はつらいね。
そう思っていると、前方に人影が現れた。挑戦者が現れましたってな。
「……って、あら。あらあら」
見慣れた短ラン姿の男を前に、わたくしの唇が弧を描く。
知らずのうち、ギャラリーたちも静かになっていた。
「ユート、立ち塞がるつもりですか」
わたくしは静かに問うた。
衆目の前で、彼は肩を震わせて……キッと顔を上げる。
「そいつは誰なんだよ」
「え?」
「いや……知ってる。ウエスト校のOBだろ。それが何で!! お前と二人でいるのかって話なんだよォッ!!」
やべ~~~~めっちゃ話拗れてる!!
「い、いえ。こう、そういう話ではなくってですね……ね、ねえ!? アルトリウスさん!!」
「さっきまでピースラウンドの唇に指で触れていた」
「アナタこういう時に面白がるタイプだったんですのお!?」
ギャラリーがわっと黄色い歓声を上げる。
やめろ! ユートをこれ以上刺激するな! この場が怖い! あとこの後もめちゃくちゃ怖い! 主に次期聖女と婚約者が怖い!
「ってかそんなことしてましたの!?」
「君の体内に入った聖なる要素を取り除くにはそれしかなかった。案ずるな、大悪魔に死ぬほど怒られたよ」
「はあ……え? ちょっと待って? 学園祭中にあいつ出てきましたの?」
頬がひきつった。
バッと周囲を見渡せば、やはりというか、いつでも割って入れるようについてきてくれていたアモン先生の姿がある。
『もう吾輩家帰って寝込んでいいか?』
彼は口パクで、まあまあ青ざめた顔で伝えてくれた。
うん、はい。すみません。なんかこう、本当にウチの大悪魔がすみません……
「マリアンヌ……もう我慢の限界だぜ。ここではっきりと決めようじゃねえか」
「え?」
顔を向けて、ギョッとした。
ユートの身体からあふれ出る膨大な魔力。一度に扱える量としては破格中の破格、規模に絞ればロイをはるかに上回るだろう。
周囲の魔法使いたちも、我知らず、一歩後ずさっていた。彼の卓越性を証明する光景だ。
「つまりよお、マリアンヌ」
「え、あ、何でしょう」
「──学園祭でテメェと逢瀬すんのは俺って結論だ! ──刹那、瞬息からはよぉッ!」
威勢良く叫び、視線が重なる。
眼光を見れば分かる。こいつ、本気も本気だ!
「星よ震えろ、天よざわめけ、地に我在るが故!」
莫大な魔力が練り上げられ、ユートの身体から嵐のように吹き荒れる。
温度すら伴った熱風に、ギャラリーたちが顔をかばうように手を突き出す。
「奮起せよ、打倒せよ、勇み、出動せよ!」
ユートの足元に魔法陣が広がる。
ん? 詠唱完了した感じだな。あれっ……
「愛、群青、満開、微笑み。数多の罪業を踏破した果て、新世界をここに切り拓かん。未来を志す者よ、不屈であれ」
あ!!
こいつ、小声で六節と起動言語付け足して完全解号しやがった!
「完全解号──虚鎧灰燼・灼焔」
「ちょっ……ず、ズル! それはズルでしょう!?」
ユートを肩に乗せ、超大型のマグマゴーレムが姿を現した。
学校でやることじゃねえよ! さすがに抗議の声を上げざるを得ないだろこれは!
「これが禁呪……!? 想定を超えている……!」
アルトリウスさんはアルトリウスさんでなんか愕然としてた。
ああもうしょうがねえ。これ以上騒ぎがデカくなってもアレだ、一気に片づけるしかあるまいよ。
「星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ」
右手に巻き付けるようにして禁呪構築開始。
魔力の光が腕全体を覆うようにして展開される。
「悪行を告げる鐘が鳴り、秩序の目覚めが雲を散らす」
完了と同時、わたくしは地面を蹴り上げ、ゴーレムの頭部まで一気に跳び上がる。
前回通りにぶち壊してやるよこのデケぇガラクタをよぉ!!
「必殺・悪役令嬢ロケットドリルパァ────ンチ!!」
裂帛の叫びと同時、右ストレートを叩き込む。
ゴーレムも応じるようにして腕を振りかぶり、拳をこちらへ振るった。
衝突──衝撃波が校舎を揺らし、ギャラリーたちが吹き飛ぶ。
だが。
かつてこのゴーレムを粉砕したパンチより格段に強化されたはずの、わたくしの拳が。
「な……ッ!?」
動かない。止められて、そこから一ミリも進めない。
「怠慢かったな、お前にしちゃあッ!」
勝利の確信に唇をつり上げ、ユートが声高に叫ぶ。
不覚った!? このわたくしが!
「オォラァッ!!」
ゴーレムの腕が一閃し、ロケットドリルパンチが砕かれ、わたくしも吹き飛ぶ。
「ぐぅっ……!」
地面を転がり、なんとか体勢を立て直す。
ゴーレムの肩に乗るユートが不敵な笑みを浮かべた。
「み、見下ろして……ッ! 今すぐ引きずり降ろしてやりますわよ!」
「できるもんならな」
こいつ! いや……憤ってる場合じゃない。
明らかに出力が跳ね上がっている。今までのわたくしでは正直難しい相手だ。
夏休みを経てみんな強くなっていたとは知っていたが、こいつだけ別格だ! 明らかに、成長を通り超えて進化してやがる!
「……ピースラウンド。助力が必要なら」
「いいえ、いいえ! これはわたくしの喧嘩です!」
アルトリウスさんの言葉を突っぱねる。
それをしたら、勝っても負けになっちまう。だが現状、勝ち筋が見えていない。
ここまでなのか……!?
【マリアンヌ……聞こえるか……マリアンヌ……】
愕然としているわたくしの頭蓋骨の内側に、不意に声が響いた。
……っ!? ルシファーの声が聞こえる!
「なんですかこの忙しい時に!」
【オーズの完結編が完全新作で出ることが決まった】
「──っつうあああああああああああああああああああああッッ!!」
全身全霊だった。
過剰魔力が一つの柱となって天を衝き、雲を散らした。
「な……ッ!?」
わたくしの全身から迸る魔力の奔流に、ゴーレムでさえもが、無自覚な主の精神性を反映したのか、わたくしから後ずさった。
「マリアンヌ、テメェ……! ここでまだ限界突破ってのかよ……!」
「ええ。生憎……勝つ理由ができてしまいました。なのでここは、アナタに敗北てもらいます」
こんなところで、終われない!
いつかの明日はいつかの明日であってほしい気持ちはある。だがいつかが来たというのなら……それを見届けなくてはならない。義務感や使命感じゃない、そうすることが当然だからだ!
「渡部くんとりょんくんがわたくしを待っていますので」
「誰?」
決意を新たにし、わたくしはキッと顔を上げる。
「アルトリウスさん、防音結界をお願いできますか?」
「分かった」
モブが「流石ピースラウンドさん、詠唱を聞かれないよう対策は万全だわ!」とかなんとか言ってるが、ユートは『こいつ十三節詠唱するつもりだな……』と頬をひきつらせている。
わたくしはツッパリフォームを解除すると、新たな詠唱を紡ぎ始める。
────星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ
夜空を切り裂く流星の輝き。
魔力が展開され、滞留し、わたくしの身体に纏われていく。
────射貫け、暴け、照らせ、吶喊せよ
わたくしの身体を中心として魔力が荒れ狂う。
過剰魔力がその指向性を失い、無秩序な破壊を周囲にもたらしていく。アルトリウスさんがさっと身を翻し、魔力の雷を避けていた。
────獣の王、白、断罪、聖母
はっきりとわかる。
まったく新たなる形態変成。それゆえに、漏れ出した理が、微かながら周囲のルールを上書きしていく。
────悪行よ逃れる場所を探せ、裁定者が牙を剥くぞ
詠唱改変完了。
ユートの表情が驚愕に彩られる。
────極光が形を成す、お前の罪を食らうために
他のフォームと違い、変化はシンプル。
わたくしの右腕を装甲が覆った後、肘から手先にかけての添え木のように増設武装ユニットが取り付けられる。
形態変成完了!
「マリアンヌ・ピースラウンド────レオフォームッ!!」
祝いの場で良かったなあオイ!
他国の王子をブチ殺しても許されそうだ!
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




