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PART20 悪役はただ一人

 意識飛んでた。

 血が足りない。魔力で出血箇所を覆い、圧迫して止血する。

 どれくらい飛んでた?

 気づいたら聖女リインが訳の分からない魔法を展開してる。

 禁呪の十三節、完全詠唱か。


 世界がぐらぐらと揺らぐ。

 視界が明滅する。

 恐らくわたくしが食らった攻撃は、わたくしと同様に十三節詠唱の禁呪を切り詰めたものだろう。『流星(メテオ)』で防いだ上でこれほどのダメージとは、流石は禁呪だ。

 だが。


「その領域で、わたくしが負けることはあり得ません……!」


 感覚が復旧されていく。世界に色が戻る。焦点を絞り、聖女リインの顔を真っ直ぐ見つめた。

 震える両足に力を込めて、立ち上がる。

 そうだ。こと暴力性能という面において、悪役令嬢が誰かに負けるなんてあってはならない!


「……マリアンヌ嬢、君は……」

「退いてください。退きなさい、騎士ジークフリート! わたくしはあの光を認めない! わたくしの信じるもののためには、絶対に負けられないのです!」


 腹の底から叫ぶと、ジークフリートさんは数秒黙った後、頷いて道を譲ってくれた。

 すれ違いざま、赤髪の騎士はフッと表情を緩める。


「大丈夫だ、マリアンヌ嬢。オレは……君が、君の優しさが勝利することを、信じている」


 励ましの言葉だった。

 背中を押されるような心持ちさえした。コロシアムのど真ん中に立てば、聖女リインと正面からにらみ合う形になる。


 やってやる、やってやろうじゃねえかこの野郎!

 わたくしとこのババア。

 どちらが真の暴力装置(せいじょ)か……白黒つけようじゃねえか!




──────────────────────────────

【早く来てくれ】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【本物の聖女】

『1,168,449 柱が視聴中』


【配信中です。】


〇鷲アンチ    これ配信画面見えてる?

〇木の根     だめっぽい

〇苦行むり    完全に頭に血が上ってますね……

〇ミート便器   聖女を名乗る異常者VS聖女を名乗る異常者

〇太郎      真聖女不在ってマジ?

〇適切な蟻地獄  一生勝手にやってろ

〇日本代表    偽物が本物にかなわない道理はない!

〇red moon     どっちも偽物なんだよなあ

〇みろっく    もうキレにキレ倒してる顔じゃん……

〇外から来ました 5人ぐらい殺ってる顔

〇火星      やっとらしくなってきたな

〇日本代表    聖女から全力疾走で遠ざかる女

〇無敵      本当に追放のこと覚えてるのかこいつ

〇日本代表    予備策用意したのをいいことに絶対覚えてないぞ

──────────────────────────────






「まずいわよあんた! 禁呪相手にどうやって立ち向かうつもり!?」


 リンディは貴賓席からマリアンヌに向かって叫んだ。

 禁呪という存在そのものは王国に広く周知されている。大賢者セーヴァリスが生み出した、人道に反し、倫理を踏みにじる、計七種に及ぶ超弩級戦略魔法。

 たった一発で戦場そのものを破壊しかねない、封印された魔法だ。


「そうだマリアンヌ! 聖女リインの使っている禁呪は、恐らく不可視性に優れた特性を持つ隠密攻撃! 正面から挑むのは下策だ……!」


 何か自分にもできることがあれば、とロイは貴賓席からコロシアムに飛び降りようとして。


「よせ、ミリオンアーク君」


 マリアンヌから距離を置き、見守っていたジークフリートに止められた。

 何故、とくってかかろうとして。

 赤髪の騎士の視線の先を見て、ロイはハッとした。


「…………ッ!」


 魔法使いだからこそ、分かる。

 マリアンヌの全身を循環し、魔力が躍動している。これまでに見たことのない活性状態だった。

 本気も本気。幼馴染であり、恋い焦がれる少女は今──まさに、今に全てを賭けている!


「これは、彼女の戦いだ」

「それ、は……」

「譲れないものがあるんだろう。自分こそが最強であると証明したい少女が。自分のために誰かに優しくなれる少女が──奇蹟を切り売りする、まがい物の聖女に負けるわけにはいかないんだ」


 過剰魔力がオーバーロードし、彼女の身体から零れ出す。

 それを見て聖女リインもまた、再度魔力を練り上げ始めた。


「ふん。令嬢が楯突くか。お前が何かするよりも早く、こちらは国王を殺せるんだぞ」


 脅し文句だった。王が渋面を作り、王子たちが青ざめる。

 だというのに。


「あら。あらあら。随分とまあそれらしい口調になってますわね。そちらが素ですか。やっぱりそちらの方がよく似合っていましてよ、聖女様」


 口元をつり上げ。

 魔力の奔流に身を委ねながら、マリアンヌが不敵に言い放った。


「随分と堅苦しく、似合わない演技でしたわ。今の方がずっと生き生きしているのではなくて? すぐに人質を取りにいく小物っぽさなんて抜群ですわね」

「────吠えたな、小娘!」


 聖女リインがその身から漆黒の魔力雷撃を放出する。無秩序に客席を破壊するその中で、彼女は手をかざし魔法陣を展開。


「ええ。そうでなくては。アナタのような存在相手に雌雄を決するならば!」


 それとマリアンヌが魔力を練り上げ終わるのは、まったくの同時だった。

 頂点に達した戦意に呼応し、黄金色の魔力光が、漆黒の魔力光を薙ぎ払う。


「その聖女という立場! 真に相応しい者に返しなさい──ッ!!」


 聖女リインは、いいや彼女の中に巣食う悪魔はぎょっとした。

 マリアンヌの貌を照らす光。彼女から溢れ出す威光。それは正しく神の如き神秘さを携えていたのだ。

 大地の中心に佇み。

 彼女は右手を起点に十三の魔法陣を展開、幾何学的に配置しながら詠唱を紡いでいく。




 ────星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

 ────射貫け(shooting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 ────正義(justice)(white)断罪(execution)聖母(Panagia)

 ────悪行は砕けた(sin break)塵へと(down)秩序はある(judgement)べき姿へと(goes down)




 何を詠唱しているのだという困惑。

 だが『それ』を知る者は、一様に顔色を変えていった。

 聖女リインも追随し、十三節に及ぶ詠唱を展開する。




 ────星の瞬き(stars rise)天は花開き(sky glory)地は砕(ground)ける(lost)

 ────怯えろ(frightened)震えろ(trembled)祈れ(prayed)歓喜せよ(delighted)

 ────不可視(invisible)右手(right)銀貨(coin)(compen)(sation)

 ────罪業は(sin)ヴェール(hide)に包まれ(out)私は悪魔の(nightmare)目を欺こう(get out)




 そんな馬鹿な、とロイは呻いた。

 リンディは何が起きているのか分からず、目を白黒させることしかできない。

 執拗なまでに、執念を感じるほどに精査された十三節の詠唱。敵対存在を欠片も残さず灰燼に還すための虐殺権能。

 七つ存在する、人類史の汚点。




 ────裁きの極光を(vengeance)今ここに(is mine)

 ────今、汝(forgive)の罪は(your)赦される(heart)




 禁呪と禁呪が相対した。

 一手早く、マリアンヌが力を解放する。



完全解号(ホールドオープン)──虚弓軍勢(マグナライズ)流星(メテオ)ッ!」



 降り注ぐは天を砕き、大地に満ちる流星群(メテオ・シャワー)

 普段使っている流星(メテオ)とは比にならぬ質量、数。

 大陸の半分を覆い尽くすほどの最大レンジが今この瞬間、聖女リインという一点に集中する。



完全解号(ホールドオープン)──虚笛光輝(エリミネイト)激震(クエイク)ゥゥッ!」



 遅れて聖女リインが解き放ったのもまた、十三節完全詠唱の禁呪。

 ロイの推測は正しい。彼女が使う禁呪は『大激震(アースクエイク)』。一切の予兆なく、前動作なく、地面だけでなく空間すら伝播する震動衝撃を発生させる魔法だ。

 大陸が砕け海が割れるほどの大地震すら再現可能。

 あるいはそれは、こう言い換えることもできる──あらゆる分子運動の操作。


 神話の如き光景だった。術者二名を除き、全員が棒立ちになり、呆然と見守ることしかできなかった。

 天空から降り注ぐ流星群と、空間に張り巡らされた大激震が激突する。

 流星が砕かれ、割れていく。次から次へと無尽蔵に現れる火の星は、しかし聖女リインの元に届かない。余波でコロシアム付近の山々が根こそぎ蒸発していく。


「くははははははははっ!! やはり! やはりこの『激震(クエイク)』こそが最強の禁呪!」


 一方的に流星が打ち消されていく。

 その光景を見て、聖女リインが哄笑を上げた。


「不可視の衝撃波は攻防一体にして絶対無敵! 貴様の『流星(メテオ)』など、最も恐るるに足らぬ禁呪の恥さらしだ!」


 そこには技術などでは覆せない、圧倒的な相性差があった。

 勝利の確信に瞳をギラつかせながら。

 聖女リインはコロシアムを見下ろす。


 いない。

 マリアンヌ・ピースラウンドの姿がない。


「……は?」

「どこを見ていますの?」


 声が聞こえたのは上からだった。

 ガバリと顔を上げる。

 流星群と大激震の激突する、天地開闢の刻に等しい超爆発が咲き乱れる空を背に。

 コロシアムの中でも最も天に近い場所。

 国旗を掲揚するポールの上に、マリアンヌは佇んでいた。



〇苦行むり ば──

〇鷲アンチ ば──

〇日本代表 馬鹿だこいつ──────!!

〇みろっく 煙のお友達じゃん



 あの破壊の嵐に誰もが目を奪われている隙に。

 マリアンヌはしれっと移動し、ポールの上までよじ登っていたのだ。

 右腕を掲げ、天を指さしてマリアンヌは言う。


「一族の誇りにかけて、断言しましょう──勝利の栄光は、もうわたくしの手の中にあると」


 同時。

 上空で行われている大規模魔法激突とは別に。

 彼女の右の拳が──光を放つ。


「……は?」

「──第二完全解号(デュアルオープン)


 禁呪のエネルギーを充填した拳。

 令嬢に勝利をもたらす必殺の拳。

 先日クッソ適当に悪役令嬢パンチと名付けられたその拳。


「ば、馬鹿な。あり得ない! それは、それも禁呪だというのか!? 一体何時!?」

「分からないなんて、とんだお馬鹿さん。禁呪を詠唱しながら、裏側で禁呪を詠唱したのですわ!!」

「なんて???????」



〇太郎 禁 呪 重 ね が け

〇外から来ました ウッソだろおい

〇無敵 『流星』に『流星』を重ねて、自称聖女特有の暴力と極限の低能さが加われば1200%だーーっ!!



 ポールの頂点を蹴り、令嬢が宙を舞う。

 咲き誇る破壊の花たちを背に一回転、拳を矢のように引き絞った。

 落下先には聖女リイン。二人を阻む者は何もない。


「そんな、そんなことが──」


 禁呪の重ねがけ? 馬鹿な! あり得ない。悪魔を以てしても不可能な芸当だというのに。


「一体──何なんだ貴様は!?」


 ニィと口元をつり上げ。

 マリアンヌは、流星の如く駆けながら叫ぶ。



「──必殺・聖魔女令嬢パァアアアアアアアアアアアンンチッッ!!」



 最後の一撃は、それなりに重々しい爆砕音と、極めて著しい低知能発言と共に放たれた。

 頬にめり込んだパンチが、リインの身体を丸ごと弾き飛ばす。観客席からコロシアムへと叩き落とされ、グラウンドを数十メートル砂煙を上げて転がっていく聖女の身体。

 上空で流星群と大激震が勝利のファンファーレ代わりに一際大きく弾けて、それきり消えた。


 右手で天を指さし。

 いつものポーズを取り。

 血に濡れようとも変わらぬ美しさと尊大さで、マリアンヌは叫ぶ。




「世界の頂点に君臨する、魔の道を究め、聖なる意志に導かれた女! 最強の魔女とは! 最強の聖女とは! それはほかでもない──このわたくし、マリアンヌ・ピースラウンドですわッ!!」








「どっちだよ…………」


 ロイの呟きは虚空に溶けていった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なんて???????頂きました [一言] ロイ君、啓蒙がまだ低いな…後の君ならその通り!とかイエッス!とか意味不明な追従と共に婚約者マウントをしているだろうに…
[良い点] 低能ゴリゴリパワー1人インフレお嬢様、大好きです!
[良い点] 遠距離広域殲滅魔法の流星を腕にこめて殴るとか謎過ぎるけれど、偽聖女も詠唱短縮した大激震で騎士団全員を強化していたのだから何も不思議ではなかった むしろ人数を考えると強化するのがメインと言っ…
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