PART5 恋人には足りずとも
学園祭を目前とした放課後。
美術室で、わたくしは学園祭展示用の絵画を仕上げていた。
「へえ? 基本を習ってない割にはうまいじゃないの」
「やはりセンスがあるのでしょうか」
「今の一言までなんでそこまで思い上がれるの?」
〇無敵 思考の上昇気流エグ過ぎ
〇第三の性別 ポジティブシンキングで台風が発生する
わたくしってやろうと思えば大体センスでやれちゃうからな。
自分の資質が怖いぜ。
「ただまあ基本がおろそかだから、そこはやむなしね。デッサンが狂ってるのよ。骨格理解だけはなぜかばっちりなんだけど」
「どこを殴れば壊せるか勉強しましたから」
「血に濡れた芸術センスね。まあそれはそれでアリだと思うけども」
コンクールで8年だか100年だか入賞し続けているクラスメイトは、さらっと頷いた。
いいのかよ。割とツッコミ待ちなところはあったんだけど。
「まあ……うん、いいんじゃないかしら。心を開くのは上手よね。基礎より大事なものがもう身についてる……アンバランスだけど、そこも魅力に転換されてる……」
「はあ。褒められているんですかね?」
「ベタ褒めよ。芸術全般に通じる姿勢が出来上がってるのよね。絵に関してはちょっと未熟が過ぎるし、天才とは言えないけど、それでも十分。他の分野で資質があれば一気にそっちで開花してもおかしくないわね」
なんか聞いたことのある言い回しだなと思って、ハッとする。
陶芸の先生と同じこと言ってる!
え? もしかしてこいつ、あの領域にもう到達してんの? 怖……
「まあ着色が終わればひと段落かしら。この貸しは高いわよ」
「分かっています。助かりましたわ」
「アンタお礼とか言えるんだ……」
「張り倒しますわよ」
このクラスメイトにはラフ段階からアドバイスをいただいた。
さすがに構図段階から仕上がりまでを見通したり、仕上がりから構図を逆算したりする能力は持ってないからな。正直メチャクチャ助かったよ。
「それにしても」
「はい」
「アンタの取り巻きたちは随分とこだわってたみたいだけど、さらっと決めたわね?」
「異常者集団と一緒にしないでください」
「異常者集団の中心がアンタなんだけど」
そう返されるとぐうの音も出ない。いや出そうと思えば出せる。全然負けてない。
戦略的な観点から一時撤退するだけである。
「特にタガハラさんとミリオンアークさんはエグかったわね」
「何で二人には敬語でわたくしにはタメ利いてるんですかね」
「ナメてるから以外に理由がある?」
「わたくしが甘い飴でないことをもう一度周知させる必要がありそうですわね……」
「冗談、冗談よ。だから拳下ろしなさい、下ろして」
ただまあ、彼女が言う通り、ユイさんとロイの課題はちょっと、どうかしていた。
『ユイさん、もう八時間ぐらいぶっ続けで作業してますわよ? そろそろ休憩を』
『駄目だ、こんなんじゃ駄目だ!! マリアンヌさんの高潔さをちっとも表現できていない……!』
『ほら、お茶にしましょう? 現実のわたくしと一緒なら何かインスピレーションが降ってくるかもしれませんし』
『……ッ! うるさいです……! 現実のマリアンヌさんに及ばないのは百も承知しているんです! でも、私の中のイマジナリーマリアンヌさんですら再現できないのは看過できない……ッ! こんな私に、マリアンヌさんとお茶をする資格はない……ッ!』
『イマジナリーわたくしって何ですか??』
『あの、ロイ……アナタは何をしているのです? ゲルニカ用みたいなサイズのキャンバスを学校の課題で使うことあります?』
『これは幸福というタイトルだよ』
『ヘェ~……森の奥にある湖畔でしょうか』
『幼いころ、君と一緒に避暑地に行ったことがあるだろう? 記憶は薄れつつあるが、あそこをモデルにして描いてるんだ』
『結構しっかり考えてますのね』
『あとはこの湖畔に小さく僕と君を描いて完成だ』
『キモッ。え、びっくりしてそのまま声に出てしまいました。え? キモッ。匂わせやめてください』
〇トンボハンター 身内がことごとく芸術家気質過ぎる……
〇red moon リンディとユートはさらっと仕上げてただろ
〇外から来ました 中核3人がこだわりモンスターなだけなんよ
しかも二人はきっちりと課題提出日に仕上げてたからな。
最後の方は二人だけで美術室にカンヅメしてたらしいけど。
その間わたくしは気晴らしにレーベルバイト家に遊びに行ったり王城に遊びに行ったりしてたからまあ、そりゃ仕上がってないのも当然というわけなのだ。
〇日本代表 普通にサボりって言え
【はいはい。サボってました
チッ、反省してまーす】
〇幼馴染スキー 謝罪ヘタクソ選手権やめろ
〇木の根 参加者こいつしかいないトーナメントなんだよなあ
物事には優先度があるだけだろ。
「何ぼけっとしてんの。さっさと仕上げなさい」
「はーい」
まあ教師役には恵まれたから、結果オーライです。
◇◇◇
それから数時間ほど経過し、わたくしは無事最後の仕上げを終わらせていた。
「んじゃ、片づけは自分でやりなさいよ」
「分かっております。本当に助かりましたわ」
「はいはい……それとなんだけどさあ」
立ち去り際に、先生役をやってくれた女子が言いにくそうに切り出す。
「学園祭一日目、伝説の木の下で告白すれば絶対にうまくいくって聞いたことある?」
「そんな噂があるのですか? 迷信ですわね」
「で、でも先輩たちもうまくいったカップルがいくつもあるって言ってるのよ! ていうか生徒会がガードしてるってぐらいだしマジだと思わない!?」
やけに必死に肯定してもらいたがってるな。
……うーん。
「お相手が?」
「っ! そ、そうなんだけど……その、アンタのファンなのよね。だからその、もし木の下に行こうって言われても……」
「それをわたくしに言ってどうするのですか。アナタが引きずってでも行きなさい」
女子生徒はハッと顔を上げた。
「結果とはつかみ取るものです。傍から見れば降ってきたように見えて、結局は当人が積み重ね、築き上げた結果が来ているだけ。ですからわたくしへの根回しは戦略としてアリですが、肝心のアナタが動かなければ何も起きませんわ」
「……うん、そうよね。分かった」
「いい顔です。頑張りなさい」
思わずこちらの口元まで緩んでしまう。
そういえばここって学園だし、こういう青春イベントが起きて当然なんだよな。
【やっぱりモブ同士がくっついて会話が変化したりするのですかね?
わたくしそういうの好き……】
〇火星 戦乱√に入ると片割れが死んだり敵国にいたりしてる悲痛なモブの悲鳴が聞けるぞ
【は?】
は???
許せねえ……絶対にわたくしが守護らねばならぬ……
人知れず決意を固めていると、気持ちのいい表情で出ていこうとした女子生徒がドアを開け、完全に凍り付いた。
「……ガールズトークしてる…………私以外の相手と……」
「うわっびっくりした」
美術室のドアを開けた先にいたのは、先ほど話題に上がっていたユイさんだった。
噂をすれば影……と言うには若干のラグがあるか。
「おっと、悪いな。様子を見に来たんだが、込み入った話をしてるみてーだったから……」
彼女の後ろにはロイとユートの姿もある。
ユイさんが随分と恨めしそうな表情を浮かべていなければ、さぞ絵になっただろう。
「あ、す、すみません」
女子生徒が陽キャに話しかけられた時の陰キャみたいになっていた。
そら他国の王子相手だとそうなるか。
「ほら、怖がらせるんじゃありませんよユート」
「怖がらせてたか!? やっぱ目つきか!? ほ、ほんとすまねえ……」
「……ふふっ。全然気にしないでください」
動揺するユートの様子に、クラスメイトは小さく噴き出す。
「じゃあ、これで。ピースラウンド、さっきの件はくれぐれも」
「言いふらしたりしませんわよ」
頷いて、彼女は今度こそ立ち去っていく。
にしても伝説の木ねえ。そういう噂話興味ないから、なんだか新鮮だな。
【魔法による効果とかじゃありませんわよね?
そんな夢のない話嫌なんですけど……】
〇鷲アンチ 残念ながら魔法なんだよなあ
〇火星 余りにモテなかった学園創立メンバーがあの木に千年は続く大規模儀式魔法をかけたんだよな
【なんて??】
え、えぇ……?
想像の百倍ぐらい夢のない話だった……
「もう、マリアンヌさんってばガールズトークなら私とすればいいじゃないですか」
わたくしが衝撃の事実に呻き声を上げそうになっていると、ずかずかと部屋に入って来たユイさんが机に座る。
「様子を見に来ていただいたのは嬉しいですが、もう仕上がりましたわよ」
「ああ、そうみたいだね。これは……海かい?」
キャンバスに描いたのは、夜の海だった。
すべてを呑み込んでしまうような深い色と、そこに映り込む星空。
「……カサンドラ・ゼム・アルカディウスだな」
「ええ、その通りですわ」
ロイとユートがわたくしの絵を見て腕を組む。
砂浜には、銀色の髪の美しい少女が、こちらに背を向けて佇んでいる。
「いいんじゃないかな。きっと彼女も喜ぶよ」
「お、ロイにしては余裕のある態度じゃねえか。俺はてっきり自分が描かれていないことにキレるもんだと」
「まさか。今の僕が描かれるはずがないだろう」
「…………ふうん?」
二人が何やら会話している横で、ユイさんは何やら机の上にプリントを取り出した。
「あら? 進路希望調査ですか」
「せっかくならここで決めようかなあって……」
えへへと笑うユイさんは、羽ペンで第一希望欄に『聖女』と書く。ここで決めるも何も最初から決まってなかったかそれ。ていうか聖女って進路でいいのかな。どうなんだろう。
わたくしはバケツの水を流し場に捨てながら、男子組に声をかける。
「進路希望、アナタたちは……あっ、決まってそうですわね」
「僕は当主だね」
「俺はまあ、卒業すれば向こうに戻って政治に携わることになるな」
「最強貴族と王族は違いますわね」
何気なく感想を言うと、二人からものすごい視線が飛んできた。
え、何?
〇宇宙の起源 お前も同枠じゃい!
〇苦行むり ていうか普通に考えるとお前の方が将来のルート決まってるだろうが!
あ、ああそうか、そういやそうだった。
まあ追放されるからそこにはたどり着けないんだけどな。
「君も一瞬で当主と書いて出したそうだけど。一応、もう譲られていただろう?」
ロイが苦笑しながら言う。
「まだ相応しくありませんので」
「そうか」
彼らに背を向け、パレットから絵具を落としながら返事をする。
ロイは不自然な一呼吸を置いた。
「……本当は、何を考えているんだい?」
急にシリアスな声出すな。感情が追い付かねえだろ。
パレットを洗う手を止めて振り向けば、三人が静かにこちらへ視線を向けている。
「本当は、とは?」
「君が進路希望を一瞬で決定するわけがないんだよ」
「……私も、そう思いました。マリアンヌさんは、お父さんのことが好きだから、だからこそあんな簡単には出せないと思って」
「別に問い詰めようってワケじゃないぜ。ただ……大丈夫か、と思ってよ。禁呪とか、そういうので、色々悩んでるんじゃねえのって話になってな」
そうか、なるほど。このために来たんだな。
道理でリンディの姿がないわけだ。あいつはこういう時、わたくしの意思を尊重するというか、あえて触らない傾向にあるからな。
パレットに落ちる水の音だけが、美術室に響く。
え、えぇ……?
それ以外に言いようがないんだよ。お前らに追放されるから将来のこと考えてませんとか完全に馬鹿の言うことだし。は? 馬鹿じゃないが?
【あーもう面倒くさいですわね! 黙ってわたくしを追放すればいいんですよ馬鹿共が!】
〇木の根 ひ、人の心が分からない案件過ぎる……!
〇TSに一家言 戦闘力百点対人力0点の女
【は? わたくしは対人最強なんだが?】
〇ミート便器 もう分かってねえじゃん!!
〇つっきー お前が言ってるのは対面力なんだよなあ
「悲観的に考えたりはしていませんわ。ですが、あくまでわたくしの問題です」
「……そう、ですか」
「まあ、余計なお世話とは言いません。気遣いはありがたいですわよ」
肩をすくめると、ロイが静かに唇を開く。
「……僕はずっと、君は君の望む道を進むべきだと思っている。思っていた」
「はい、はいはい。そうでしょうね」
「だけどもしかしたら、間違っているのかもしれない」
「はあ?」
思わず顔を上げて彼を見た。後悔した。
ロイは見たことのない表情をしていた。感情が混ざりすぎていた。絵の具を混ぜ切った黒色みたいだった。
「別にそんな大それたことを考えているわけではないのですが……」
頭をかいて唸る。
なんか空気が悪いな。ユイさんたちには、騎士が来るって言っておきたかったんだがな。
今切り出していい? どう? でも今切り出すしかないよなあ。
「そもそも別の心配事があるのです。ユイさん」
「えっ? あ、はい、何でしょう」
「一部の騎士が学園祭当日にわたくしを狙うこと、ご存じですか?」
「……っ」
うわこの反応知ってるやつじゃん。てことはアルトリウスさんが勝手に言ってた妄言じゃないってことかよ。
ロイとユートは驚愕に目を見開いている。こっちは知らなかったっぽいな。
「あえて言わなかったということは、内々に潰したかったのでしょう。ですが向こうの準備の方が周到なようですよ」
「……そうですね。当日の侵入は避けられないようです。ジークフリートさんに依頼して、別口の騎士を送り込んで対抗するつもりですが」
「はあ!? 学園祭を戦場にするつもりですか!? ちょっとそれはいくらなんでも駄目でしょう。あとで当日どうするか話し合いましょう」
それだけ言い切り、わたくしはバケツとパレットと筆を天日の当たる場所に置くと歩きだす。
「ではわたくし、職員室に行ってきますので」
そもそも居残り補習だったんだから、こっちが優先で合ってるよな?
◇◇◇
「……ユイ、ユート」
「何ですか?」
「あんだよ」
「僕の気持ち、もしかして100分の1ぐらいしか、伝わってないんじゃないだろうか」
「……気持ちは、痛いほど分かりますよ」
「……難儀だな、俺たち揃いも揃ってよ」
◇◇◇
「ようこそ~。初めましてだね、ピースラウンドちゃん」
「どうも」
職員室に行ったら居合わせた生徒会の人に生徒会室まで引きずられたでござる。
「私がこの学校の生徒会長だよ~。よろしくね」
頷いて、周囲を見渡す。
教室2つ分ぐらいの広さの生徒会室では、あわただしそうに役員たちが行き来している。学園祭関連の準備だろうか。
──この中に1人、エネミーキャラがいる!
なんてな。
だが生徒会役員の中に、わたくしの命を狙う敵がいる。騎士と結託してわたくしを殺そうとしている人間がいる。それは事実っぽい。
「それでね、ピースラウンドちゃんにお願いがあるんだよね」
生徒会長の席にすわる先輩に声を掛けられ、背筋を伸ばす。
会長さんは桃色のロングヘアと爆乳を揺らして、ゆるふわっとした笑顔を浮かべた。
「中央校の創立から、きっかり5年周期で、学園祭シーズンに発生する現象があるんだよね」
「……今年がその周期だと?」
「はいそのとーり!」
元気な人だなオイ。
隣に控えている副会長っぽい美人な先輩が、会長の天真爛漫さに眉間をもんでいた。
「中庭に咲き誇る伝説の木の下で告白すれば絶対にうまくいく。聞いたことはあるかな?」
「つい先日耳にしました。そして、事実だそうですわね。魔法による効力だとか」
「え? 何で知ってんの?」
「お父様に聞きました」
「ああ、マクラーレン氏なら見抜いてて当然かあ」
嘘です。コメント欄から吸い上げた原作知識です。
今のやり取りすげえオリ主っぽかったな。最高の気分だ。
「とはいっても、告白を狙うペア、全部が全部を排除すればいいってものじゃないんだよね」
「持続する儀式魔法のリソースを枯渇させないためですわね? 過ぎた量の水を与えれば草木は腐ってしまいますが、水を切らせば当然枯れると」
「理解が早くて助かるよ~。で、今回は腐ったり枯れたりしちゃえば、この儀式魔法がどんな風になってしまうのか分からない。規模から考えて最悪の場合、王都全体に暴発しちゃうとかあり得るかもね」
〇101日目のワニ え? このイベントの発生条件満たしてたっけ?
〇日本代表 満たしてない満たしてない! 生徒会コミュ一つもやってねえだろ!?
〇火星 完全に無からフラグ生やしてるのほんとやめて……
思わず舌打ちが出そうになった。
とんでもねえ話だ。つーかこっちは命を狙われてて忙しいのに、やってられっかよ。
「君には学園祭1日目……中庭に咲き誇る、告白すれば必ず成功する伝説の木を適切に防衛してほしいんだ」
「あの、わたくしもそれなりに忙しい身ですので。ちょっと引き受けるのは……」
「今年最も木の下に連れ込まれそうなの、ミリオンアーク君とタガハラちゃんだよ」
「全員殺します」
「だから全部はダメなんだって。二人が関係してないペアなら……あ、ダメだ聞いてないねこれ」
わたくしの了解を得ずにユイさんやロイを!?!?!!?
……いやいや。違うけどね。
二人は二人でくっつくからそういうのがよくないっていうだけで。
そもそも木を使ってカップル成立させようという魂胆があさましくて気に入らないっていうだけで。
はい理論武装完了。
「お任せください。このマリアンヌ・ピースラウンド、必ずや会長様の期待にお応えしてみせましょう」
「うんうん、お願いするね」
「決して個人的な感情に依拠することなく、わたくしは木の下にユイさんやロイを引きずり込もうとするカス共を撃滅してみますわ」
わたくしは今年一番のシリアス顔で言い切る。
会長と副会長が、ゆっくりとわたくしから顔を逸らし、互いの眼を見た。
「会長、他の人を探しましょう」
「あはは……ま、まあ期待値は高いってことで、ね?」
当然だ。期待値全一女とはわたくしのことだからな!
〇無敵 お前は期待値の前にSAN値を回復しろ
上等だ! ダイスぶち壊してクリティカル出してやるよ!
お読みくださりありがとうございます。
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