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閑話 空転する正義の秤

 決闘競技『ヴァーサス』の練習試合が終わり、わたくしとクライスはアリーナのエントランス、ロビーとして使われている空間で握手を交わす。


「流石やな。手も足も出えへんかった」

「出てましたわよ。手も足もフル稼働だったじゃないですかアナタ」


 マジで気を抜いたらやばかったと思う。

 ここまでやれるとなると、いよいよ全力も見てみたいという気持ちになるな。わたくしで言うところの十三節詠唱やそこから派生する各フォームに該当する札を伏せているのは分かり切っている。


「ま、ウチとしてはいい経験させてもらいましたわ。本番ではこうはいかへんからね」

「無論です。こちらも今回以上の全力で挑みましょう。楽しみにしていますわ」


 ギチギチ……と音が鳴る。わたくしもクライスも額に青筋を浮かべて、互いの手を握りつぶそうとしていた。


「おい、マリアンヌ。威嚇はいいがそろそろ手を放して……え? すげえ音してない?」

「そうよクライス。いつまでその女と手なんか握り合っちゃって……あら? え? 全然離れない!」


 ユートと向こうの紅一点がわたくしたちを引きはがそうとする。

 馬鹿が! こいつの手を握りつぶすまで梃子でも動かねえぞ。



〇鷲アンチ 勝手に延長戦始めんな

〇幼馴染スキー 場外乱闘は基本



 リンディと向こうのタンク役も加わって、最終的にわたくしとクライスは互いの手を放す。

 その間、ユイさんとロイは後ろに突っ立ったままだった。


「珍しいですわねロイ。アナタが最初に止めに来るかと思いましたが」

「……いや、別に」


 何拗ねてんだこいつ。

 婚約者の様子が明らかにおかしい。


「ユイさん。ロイのやつ、何か……ユイさん?」

「……あ、はい」


 何かあったのか聞こうとしたが、ユイさんまで何やら上の空の様子。

 話になんねーな。ユートとリンディに向け肩をすくめてみせるが、二人はお前のせいだぞみたいな冷たい視線を送ってきた。

 え? わたくしのせいなの? 全く身に覚えがないんだが……


「おっ、いつから見てらっしゃいました?」


 その時、クライスがわたくしたちの背後に声をかける。


「今来たばかりだ。だがその様子からして敗北したようだな……」

「へへ、言い訳のしようもないですわ」


 どうやら誰か来ているらしい。


「おっと失礼。あちらにいらっしゃるんは、俺っちたちのOBで、たまーに指導に来てくれるメッチャ強い人。()()()()()()()()()()()さんや」



〇第三の性別 え? なんて言った?

〇火星 あ~そういや設定画集の余白にウエスト校出身って書いてあったような……



 クライスの紹介を聞いて後ろに振り向く。

 詰襟を着込み帽子をかぶったそのOBと視線が重なり、わたくしと彼は同時に目を見開いた。


「あ、アルトリウスさん……!?」

「マリアンヌ・ピースラウンド……!?」


 互いの名前が口からこぼれ、クライスが首を傾げた。


「あれ? 知り合いなん?」

「ちょ、ちょっと縁がありまして……」

「ほーん。まあ確かにシュペールさん、王都で働いてるって話やったしな」


 王都で働いてるっていうか、王都のど真ん中の城で働いてるんじゃねえかなあ。嘘は言ってないのが地味にタチ悪ぃな。

 誰? という顔のユイさんたちにちょっと離れると言って、わたくしたちは慌てて誰にも聞かれないようロビーの隅っこへ行く。


「何だってこんなところにいらっしゃるのです」

「それはこっちの台詞だ。俺は後輩たちに、対抗運動会に向けて指導に来てくれと頼まれたから……」


 本当にOBみたいなことをしている!!


「ということはあれか。君がドルモンドを倒したのか」

「フフン。手強い敵でしたが、楽勝でしたわ」

「どっちだ? 心が二つあるのか?」


 アルトリウスさんが眼鏡越しに半眼を向けてくる。


「まあ大悪魔ルシファーが住み着いているので、2つあると言えなくもないですが」

「退魔部所属の俺にそれを正面からいう度胸が凄いな……」

「それで結局、これから指導ですか? でしたらお暇しますわね」

「いや、試合直後で連中もつかれているだろう。お土産にゼリーを買って来たからひとまずこれを食べて休憩だな」

「本当にOBみたいなことをしている!!」




 ◇◇◇




 マリアンヌがアルトリウスと会話している間、ユイはじっとクライスを見つめていた。


(あの格闘技術。独学じゃない……教会の隠密退魔部の動きに似ていた……)


 ユイの戦闘スキルは無刀流に基づくものであり、教会直轄の隠密退魔部とはやや異なる動きをする。だが内容に関しては大まかに理解しきっていた。先の『ヴァーサス』でクライスが見せたトンファ捌きは、明らかに退魔部の格闘術と似通っている。


(ううん、似ているなんてものじゃない。根幹は一緒だ。教会式格闘術を基本に置いて独自に発展させている)


 ならばつまり、彼は退魔部に近しい者から教えを受けたということになる。

 静かに、ユイの視線が、マリアンヌと会話し、吹き出しそうになるのをこらえるアルトリウスにスライドした。


(この人だ)


 ヒントは十分だった。クライスのレベルで教えを乞う実力、王都勤務、そして先ほどから足音一つ立てない、ユイからしても見事と言わざるを得ない身体の動かし方。


(この人、恐らく教会の退魔部とつながりがある。実働部隊リストで見たことはないから……あり得るとすれば……こっちから人材を出向させている、憲兵団内の極秘退魔部隊)


 ユイは決して馬鹿ではない。むしろ、頭の回転スピードは凄まじいものがある。

 結論にたどり着き、だからこそとユイは訝る。


(どうしてそんな人とマリアンヌさんが知り合いになっているのか……少なくともマリアンヌさん側からとは考えにくい。王子殿下たちの紹介? いや、憲兵団とのつながりは薄かったはず。ならやっぱり、あの人からマリアンヌさんにコンタクトを取ったと考えるべき。まったくの偶然という線も捨てきれないけど……)


 視線の先では、何やら熱心に語るマリアンヌとそれにあきれるアルトリウスが、ごく普通の友人同士のように話している。


(何のために……少し、教会で確認を取るべき……?)


 その光景がユイに、なぜか胸騒ぎを覚えさせるのだった。




 ◇◇◇




 ユイがアルトリウス相手に疑いの目を向けている隣で。

 ロイは自分への失望から、奥歯が砕けてしまいそうなほどに歯噛みしていた。


(何を──何をしているんだ、ロイ・ミリオンアーク……!)


 近づけたと。

 少しは進めたんじゃないかと、思っていた。


(甘かった。余りにもヌルかった。僕は……おれは、なんておめでたい頭をしているんだ)


 とんだ勘違いだった。

 無自覚のうぬぼれに膝まで浸かっていた。


(分かっていたはずだろ。それなのに、とんだお笑い種だ。彼女は、マリアンヌは、おれなんかよりずっと前にいる。前にいて、そしておれ以上の速度でずっと走っているんだ)


 ロイ・ミリオンアークの、マリアンヌへの認識は正しい。

 いつか来る最後の瞬間、夜空を疾走し燃え尽きるその刹那まで、マリアンヌは走ることをやめない。常に進化し続ける。


(こっちも全力疾走しなきゃ、追いつくどころか引き離されてしまう。だというのに、おれはあんなちっぽけな進歩で達成感を得て、立ち止まっていた……)


 ロイ・ミリオンアークの、自分への認識は誤っている。

 彼の進歩には目覚ましいものがある。練習試合での戦いぶりも、夏休み以前とは見違えていた。真化(ドグマ)状態を2.1秒間とはいえ自在に引き出せるようになったのは大きな躍進だ。

 だがそれを、マリアンヌの進化と比較してしまえば、確かに、僅かに半歩進んだだけと言えるだろう。


(だから……おれと彼女の間に。そうだ、おれと彼女の間に誰かがいるなんていう屈辱を味わう羽目になる……)


 どろりとした視線が、チームメイトと歓談するクライスに向けられる。

 見ただけで分かった。殺し合いでない競技のバトルなら、自分は彼に勝てない。仮に真化状態の札を切ったところで、勝利を手にできるかどうかは怪しい。


(許せない。一番許せない。同世代で、おれより彼女に近い。彼女が飛翔する空に、おれより彼の方が近いんだ。絶対に許してはいけない。これはおれの怠慢が招いた結果だ)


 感情が衝動に転換され、意思の炎に薪としてくべられる。

 ロイの胸の内でずっと燃え盛る炎。

 今日この日まで、ずっと彼の心臓を動かす内燃機関として働く炎。



 その炎を、人は、執着と呼ぶ。




 ◇◇◇




「ではそろそろ本当に、わたくしたちは帰りますわね」

「ああ、また会おう」


 アルトリウスさんに一礼して、わたくしは背後のユイさんたちに帰るぞとハンドサインを送る。

 荷物を抱えたところで、ふと気づく。


「クライスに格闘術を教えたのはアナタですか?」

「ああ。元々自己流でやっていたが、基礎から叩きなおした」

「ヘエ~……」

「センスだけでやっていたんだよ。だがそれだけではスペックを生かし切ることはできない。何と言うべきか……センスと技術は持ちつ持たれつであり、また互いに緩衝材でもあるというかだな」


 アルトリウスさんの話に、思わずふふっと笑みがこぼれる。


「……何か、変なことを言ってしまったか?」

「いえ。なんというか、本当に教育者みたいというか。外部コーチとしていい空気を吸っていますわね」

「ああ、なるほど……まあ、後世につないでいけるものが、俺なんかでもあると信じたいじゃないか」


 なんとなく引っかかる物言いだった。

 だが直後、別方向のひらめきが、その引っ掛かりを打ち消した。 


「そうか……そういうことでしたか」

「ん?」


 わたくしはアルトリウスさんと視線を重ねて、笑みを浮かべる。


「スペックを生かすためには、緩衝材が必要……その通りだと思いましたわ。感謝いたします」

「何かしらのヒントになったのか? そうだとすれば嬉しいが」


 まあ駄目なら靴舐めてなんとかするしかねえな。

 踵を返してロビー出口に向かいながら、背中越しにひらひらと手を振る。


「学園祭が俄然楽しみになってきましたわ。ぜひアナタも来てくださいな」

「ああ、もちろん……行かないわけがないだろうに」


 そういや襲撃について言ってきたぐらいだし、当日もいるのかな。

 ……改めて、教会騎士がわたくしを狙っているというの、ユイさんに教えるべきなのかなあ。しかし信じてもらえるのか? ていうか問題がデカすぎてなんかこう、何も考えたくねえな。

 実際問題として、アルトリウスさんが勝手に言ってるだけって線もある。


 ……いや、さすがに言うべきだよなあこれ!

 ちょっと明日にでもちゃんと身内には話そう。

 そうわたくしが決意し、先を歩くユイさんたちを早歩きで追いかけようとした時だった。


「お疲れさまだな、マリアンヌ嬢」

「ウワッ」


 アリーナ外に出た瞬間、ドアのすぐ傍で壁に背を預ける高身長イケメンに声をかけられた。

 屋内戦闘用の軽装備は纏わず、私服姿で佇むジークフリートさんである。


「び、びっくりしましたわ……ジークフリートさん。いらっしゃったのですね」

「ああ。オレはユートの護衛だからな」


 言われてみればそりゃそうだ。

 だが彼にしては珍しく、姿を隠していたようだ。

 そして、わたくしのことをじっと見つめてくる。


「何か?」

「アルトリウス・シュペール。恐らく偽名だな。君は面識があったのだろう、本当の名も知っているんじゃないか?」

「…………」


 恐ろしい速度で本題に切り込まれ、一瞬言葉に詰まる。


「やはり知っているか。そして言えないと」

「……反応だけで返答を読み取らないでくださいな。アナタとの会話が減ってしまいますわ」

「む、失礼だったかな」


 ちげえよ! 令嬢っぽい妖艶ムーブしただけだろ! 素で返されたらこっちが恥ずかしいんだよ!

 最近すっかり忘れてたけどこの人そういや天然入ってたな……!


「ともかくだ。マリアンヌ嬢、気をつけなさい」

「何にです?」

「あの男だよ」


 ああ……と相槌を打つ。


「何をもくろんでいるのかまではつかめていません。ですが、分かりやすい敵ではないと言いますか……」

「分かりやすい敵?」


 無意識に選んだ言葉を聞きとがめ、ジークフリートさんが眉根を寄せる。

 あーそうか言ってなかったっけ。ていうか学園祭でわたくしを殺しに来るのって騎士だからジークフリートさんと同じ勢力のはずなんだよな。


「ねえ、ジークフリートさん」

「?」

「王立騎士団が、禁呪保有者だからという理由でわたくしを討伐対象としたらどうします?」

「む…………」


 彼は顎に指をあて、数秒考えこんだ。


「……穏便に済ませたいところだな。君が死んだと偽装して他国に逃げてもらうのが、パッと思いつく限りでは現実的に思える」


 それ追放じゃね!?!?!?!?

 えっあっ……そ、そうかァ~~ッ! 今回の学園祭のイベント、真っ向から叩き潰す気満々だったけど、追放イベントにできちゃうのか……ッ!!

 勝った。これは勝ったぞオイ。追放全然狙えちゃうじゃん。


「だが、マリアンヌ嬢」

「はい?」

「君がそれを、良しとしないのなら」


 良しとするよ。全然良し。最優まである。

 だからそれ以上に良い選択なんてない。何を言われても心は揺るがない!



「君と一緒に逃げるだろうな」



 さらっと彼は告げた。

 明日の天気でも言うみたいな声色だった。


「…………ぅぁっ」


 カッと首から上に熱が集まる。



〇無敵 おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

〇つっきー スチルやん

〇無敵 ヒューッ……フーッ……スゥーッ……

〇TSに一家言 過呼吸なってんな

〇無敵 待ってくれ……いつ個別√入ったんだ? これ個別√でしか聞けない台詞のはずなんよ……

〇日本代表 この女はもう全員と個別入ってるよ

〇外から来ました 純愛ハーレムみたいな雑な言い方やめろ



「じ、じーくふりーとさん、そういうのは禁止です……!」

「??」


 顔を背けてわたくしが言うも、彼は首を傾げるばかり。


「……すまない、何か気に障っただろうか?」

「気じゃなくて琴線ですわ」


 わたくしの要領を得ない解答に、この鈍感系騎士サマはただただ戸惑うばかりなのだった。




 ◇◇◇




「それでは、屋台はこの焼きそばパンで決まりってことですね~?」


 翌日、学校の職員室を訪れたわたくしは、パンで挑発してきた女子と一緒に担任の下を訪れていた。


「ええ。全クラスをぶっちぎる最高の屋台になるはずですわ。ねえ?」

「フン! か、勘違いしないでほしいわ! ウチの小麦で作ったパンは完璧よ! ただ、祭りの熱狂の中で味わうには、もっとパンチが必要だと思っただけ!」

「ええ。ですからわたくしたちは手を組める……手を組めば無敵ですわよ。スペックを生かし切るための緩衝材が互いに必要、そうでしょう?」

「……フン!」



〇トンボハンター これは……百合!

〇太郎 でも焼きそばパンだから、間に挟むってことは百合の間に挟まる男のメタファーじゃないの?

〇トンボハンター は? サンドイッチじゃなくて焼きそばパンだからどっしりと焼きそばを受け止めるパンと自分の味を前面に出しつつもパンがいなければ完成しない焼きそばの組み合わせなんだから百合だろ

〇宇宙の起源 草

〇red moon ガチで論破してて草

〇太郎 俺、今、こんなくだらないコメントで論破されたの?屈辱過ぎる

〇トンボハンター 馬鹿が、静かにしてろ

〇太郎 すみませんでした……



 治安最悪すぎるな、わたくしのコメント欄。


 担任の先生が笑顔で書類を受け取り、ハンコを押す。

 出し物は決まった。後はまあ、生徒会の方に探りを入れていきたいところだな……

 そんなことを考えているわたくしに、先生が話しかけてくる。


「あ、ではピースラウンドさん~」

「はい、なんでしょうか先生」

「出し物とは別に学年全体での展示物がありまして~。ピースラウンドさんだけ絵画が未提出ですので、今日居残りです~」


 ウゲー完全に忘れてた。

 しょーがねーだろ。お父様に才能もってかれた感じがある。絵は描けないわけではないんだけど、なーんかしっくりこねえんだよなあ。

 先生の言葉を聞いたクラスの女子が嘲笑を浮かべ、わたくしを見やる。



「あらあら。アンタともあろう者が課題未提出!?」



 殺す!!



「ふふん。王国美術コンクールで8年連続入賞の私が教えてあげてもよくってよ!?」

「よろしくお願いいたしますわ!!」

「食いつき早っ」






お読みくださりありがとうございます。

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[良い点] ジークフリートさんが最推しの自分からすると今回最高ですね!ジークフリートさんの何でもない感じでめっちゃカッコいいこと言うのホントに好きなんですよね笑今回も面白かったです!めっちゃ最高でした…
[良い点] ロイの脳が毎回破壊されるたびにどんどん電撃の速度で治るうえ変に強化されてる……こわ…… そして主人公絶対やること多すぎてあれこれ忘れてるよ、チャートはちゃんと書いとけって言われたじゃないで…
[一言] これが……素材の味……っ!
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