PART3 絢爛たる女教皇
中央校は商業地区と切り離された代わりに、学園内部でほとんど生活を完結させられる。
それとは違い、ウエスト校は全寮制でこそあれ、生活面は学校周囲の商業地区に頼っている。
そんな王立魔法学園ウエスト校から歩いて10分ほど。
夏休みが終わり学生たちの姿が見受けられる繁華街の角に、年季の入った、しかし清潔感のあるレストランがぽつんと佇んでいる。
「申し訳ありません」
そのレストランの客席で、コックスーツの男性が深々と頭を下げていた。
初老に差し掛かろうとする年齢である男性の前には、椅子に座りふんぞり返る、ネイビーの学ランであるウエスト校の制服を着崩した男子生徒が4名いる。
「申し訳ありません、で済んだら魔法使いも騎士も要らねえんじゃ!」
「分かっとんのか!?」
「オォン!?」
肩を怒らせ、眉を吊り上げ、男子生徒たちは男性を怒鳴りつける。
他の客たちはそそくさと出ていってしまい、また外にも響く怒号のせいで近寄る人間もいない。
「いい加減にしなよ! 叔父さんが虫なんて入れるわけないじゃない!」
ウエイトレスの少女が言い返すが、男子たちは嘲笑うように、虫が混入した料理を指さす。
見せびらかすようにして、虫はナプキンの上に置かれていた。
「このスパゲッティに入っとったんや。他の三人が見とる」
「身内じゃないの! どうせ支払い踏み倒したいだけでしょ!」
「さっきから聞いてれば舐めた口利いてくれるやんか……お前いい加減に」
男子たちがウエイトレス相手にすごみ始めた時、カランコロンとドアベルが鳴った。
革靴が床を叩く音が響く。
「い、いらっしゃい。えっと今はその──」
慌てて頭を下げたウエイトレスが、入って来た客の顔を見てぽかんとする。男子生徒達も言葉を失った。
入って来たのは、女神でさえ嫉妬に胸を搔きむしるような美貌の少女二人だったのだ。
ワインレッドを基調とした制服に身を包み、彼女たちは悠々と男子生徒と店長の間を通り過ぎ、奥のテーブル席に座る。
「ふむ……ここが評判なのはミレニル中隊の皆さんに聞きましたが、流石は騎士たちですわね。店の雰囲気バツグンですわ。食べログで3.9とかそういう感じですわ」
「いい感じですよね! ロイ君たちが調整で先入りしちゃったの残念です」
「一緒に来たかったですわね。それでユイさん、注文は決まりました?」
「あ、ハヤシライスとハンバーグランチで迷ってる感じです」
「ではわたくしがハヤシライスを頼みます。どちらも食べられるようにしましょう」
「いいんですか? ありがとうございます」
男子たちには一切目を向けることもなく、二人はメニュー表を見てわいわいと話し始めてしまった。
「あー君たち。ここ止めといた方がええよ。料理に虫なんか入れとったからよ」
「そうそう。ウマいとこ知っとるから、オレらと一緒に……」
コックを詰ることなど忘れて、彼らは鼻の下を伸ばして二人に話しかける。
そこで初めて、床につくほど長く、艶やかに照る黒髪の少女が、鮮血を煮詰めたように紅い瞳を向けた。
「その虫」
「あ?」
「熱に弱い種ですね。料理の湯気で熱気のこもる厨房に飛び込むことはないでしょう」
「……!」
ウエイトレスがハッとし、男子たちが表情をゆがめる。
「アンタらやっぱり……!」
「はいはい、悪かった悪かった」
悪びれもしない様子の男子たちだったが、しかしその中の一人がふと気づく。
「ってオイ! お前ら中央校の制服やんか!」
入ってきた二人の少女が着ているワインレッドを基調とした衣装は、中央校の制服だった。
「ええ。練習試合に参りました。アナタたちはウエスト校の方ですね?」
「おう。ワシがウエスト校の『レリミッツ』の選手じゃ」
「お前補欠だろがい」
「うっさいわボケ」
四人の中で最もガタイのいい丸刈りの男子が、席を立って二人の元へ近づく。
「試合前に優雅に食事なんざナメた真似してくれるの。恥もかかされて黙っちゃおれん」
「恥? ……ああ、その下品な顔ですか?」
「お前」
顔が瞬時に真っ赤になり、男子がテーブルをバンと叩く。
ぐいと身体をかがませ、彼は鼻先を寄せて深紅眼の少女の顔を覗き込んだ。
「ちょうどええ。練習試合なんてするまでもねーわ。ここで……」
刹那だった。
身をかがめていた男子生徒の後頭部が掴まれ、思い切り顔面をテーブルに叩きつけられる。
テーブルの天板が真っ二つに割れ、男子生徒の身体ごと床に崩れ落ちた。
「ユイさん。お店のものを壊すのはどうかと」
「すみません」
連れの初動を見てテーブルからお冷を持ち上げていた赤目の少女が、軽くたしなめる。
迅雷の如き動き出しを、ウエスト校の生徒たちは誰も視認できなかった。
「バイトの方でしょうか? オーダー届いてます?」
深紅眼を銃口のように向けられ、他の三人は慄いた。
「なっ……なんやこのヤバい女達!?」
「バイトが店にイチャモンつけてたら意味わからんわ!」
「ってか仮に注文通ってても、アンタらがテーブル壊しててもう置けん!」
男子たちは次々に立ち上がり、身体に魔力を通して身構える。
「あまり怪我はさせたくないんですけど」
セミロングの黒髪を揺らし、少女の一人が立ち上がる。赤目の少女は、お冷を一口すすってから、首を横に振る。
「加護はやめておきなさい。あと骨を折ったりすると問題になりそうなのでそれも駄目です」
「分かりました」
言うや否やだった。
踏み込んだ男子たちが拳を振りかぶる刹那、少女の両腕が消失する。
「びぎゅっ」
「おぱっ」
残像すら残さず、首筋へ正確な当身が入った。
屈強な男子たちが床に崩れ落ちるのを、ウエイトレスとコックはぽかんと口を開けたまま見ていた。
「……え?」
「これはケガに入りませんよね?」
「あっはい……って! 後ろ!」
ハッと振り返れば、残った一人の男子が、席に座ったままだった深紅眼の少女のもとにいた。
背後から首に腕を回して、盾のように立たせている。
「う、動くんじゃねえ! こいつがどうなってもいいのか!」
「きゃー。たすけてゆいさーん」
「えぇ……」
セミロングの少女は身に纏う透明な殺気を払うと、遠慮がちに声をかける。
「あの……やめておいた方がいいですよ」
「やかましい! まだ弱そうなこっちの女なら──」
ブチィという音が、男子生徒の腕の中で聞こえた。
それは明らかに、何かの導火線に火が点き、爆速で火が駆けあがり、起爆する音だった。
「おぶっ」
口から酸素がこぼれた。
必要最小限の動きで放たれた肘打ちが、男子の脇腹に突き刺さっている。ミシリと肋骨の軋む音と共に、臓腑が悲鳴を上げる。
腕が緩むと同時に少女がするりと抜け出し、長髪をなびかせ振り向く。
「今なんて言いました?」
いい音と共に、少女の平手打ちが男子の頬を捉えた。
一撃で視界が明滅。がくんと膝から崩れ落ちる。
その男子の胸ぐらをつかみ、少女が何度も、何度も男子に平手打ちを浴びせる。
「なんて言いました? ねえ、なんて言いました? もう一回言ってみてください。言いなさいな、ほら。言えるものなら言ってごらんなさい」
「ちょっ……死にます! その人死にますって! やめてくださいマリアンヌさん!」
慌ててセミロングヘアの少女が、深紅眼の少女を羽交い絞めにして止める。
それから、頬を腫らして目を回し、地面に顔から倒れた男子に憐憫の視線を向けた。
「だからやめておいた方がいいって言ったのに……この人、私なんかよりずっと強いし、沸点低いんですから」
「低くないですが?」
◇◇◇
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【学園祭の前に】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER4【足を延ばそう】
『1,326,483 柱が待機中』
【次の配信は15分後を予定しています。】
〇宇宙の起源 五校の設定あるの完全に忘れてたわ
〇鷲アンチ ウエスト校、通常プレイだとマジ強すぎて萎えるんだよな
〇木の根 そもそもユイの表向きのスペックで競技出れないしな
〇幼馴染スキー ロイの活躍を見守るイベントじゃん
〇日本代表 ユート√でヴァーサス決勝で負けたの懐かしいわ
〇適切な蟻地獄 そうそう、デートにつき合わせまくったりしてると成長足りなくて負けるんだよな
〇みろっく このタイトルには詳しくない、対抗運動会って重要イベントなの?
〇red moon 重要と言えば重要だけど、練習試合は負けイベに近い
〇火星 世界単位でリアルタイム育成が進むから、こっちがいろんなイベントこなしてる間にウエスト校はみっちりトレーニングして仕上げてくるんだよね。対抗運動会での完全勝利を目指すと他の行動がおろそかになるから、このゲームの難易度をあげてる要因の一つ
〇みろっく はえーサンクス、大変そうだなあ
〇外から来ました 今回はちょっと話が違うけどな
〇日本代表 中央校がこんなに勝ちそうな実況見たことねえよ
〇無敵 お前の責任なんだよなあ
〇日本代表 違うが? 前任者のせいだが? さすがにこの責任取れって言われても無理だが???
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◇◇◇
ウエスト校、『レリミッツ』用アリーナ。
ちょっとした商店街ならまるごと入れられる広さのそこに、わたくしたちの姿はあった。
「整列」
審判の声を受けて、中央校の選手とウエスト校の選手が一列に並び対峙する。
対抗運動会に向けての練習試合。
こちらはユイさん、ロイ、ユート、リンディ、そしてわたくしの五人。
向こうはフィールドジャケットに近いウェアを着込んだ男子四名と女子一名。
「君」
「はい」
審判に顔を向けられ、礼儀正しく応じる。
ウエスト校の教員である彼は眉間を何度も揉み、五度見ぐらいした後、わたくしの椅子を指さす。
「その、多分、失礼なことをしたんだと思う。本当に申し訳ない。そんなだから補欠どまりなんだ……だがその、人間椅子の刑はもう勘弁してやってくれんか」
わたくしはレストランでボコボコにした男をおうまさん兼椅子にして入場していた。
四つん這いになってる彼の腹部に、かかとを一度入れる。
「残念ですわね、お役御免だそうで。もし気に入ったのなら就職も受け付けますわ」
「く、くそ、ふざけ……あ、すみません。ぶひ。人間の言葉喋れませんぶひ」
「いい子です」
わたくしは立ち上がり、どうぞおかえりなさいと手で指し示す。
涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした彼はダッシュで走り出し、同校のスタメン五人の傍を抜けて何度も転びながら消えていった。
「ユート」
「あんだよ、ロイ。随分やる気になってるじゃねえか」
「うん。殺したい奴がいるんだ」
「椅子やってたやつ、補欠だから出てこねえよ。話聞いとけって」
「!?」
ロイは愕然としていた。
「僕だってされたことがないのに……! マリアンヌ! 就職も受け付けると言ったね?」
「ミリオンアーク家の次期当主がこれでいなくなるの馬鹿すぎない?」
リンディの冷たい視線も届いていなさそうだ。
お前、婚約者が椅子になってどうすんだよ……
「いいお灸になりそうやな」
わたくしたちにドン引きしていたウエスト校の面々だったが、一人が口火を切った。
というかその人物だけは、わたくしが四つん這いの男子を蹴って進ませている光景を見て、まず爆笑していた。
「あいつ元々センスだけでやってたから、根性が足りんかったんや。これで一つ殻を破ってくれたらええな」
さっきまでの光景を見てもまったく動じていない彼は、ウエスト校の五人の中でも、圧倒的に格が違う。身に纏う覇気がある。
普通に考えればエースなのだが、衣装が一人だけ違った。特徴的なワッペンがついている。
つまり。
「アナタが指揮官ですね?」
「せやで。クライス・ドルモンドや、よろしゅう頼みます」
「なるほど。わたくしはマリアンヌ・ピースラウンドです。本日はよろしくお願いします。わたくしも指揮官ですので」
一歩進み出て、手を差し出す。
向こうも笑みを浮かべ、握手に応じた。
「本職は『ヴァーサス』の方なんやけど、今は指揮官役の奴が不調でな。俺っちが代行しとる」
「奇遇ですわね。わたくしも出るなら『ヴァーサス』です」
競技『ヴァーサス』とはその名の通り、シンプルな決闘だ。
対抗運動会における花形といっていい競技だが、それと指揮官を兼ねられるとは。
まあわたくしもできるけど。わたくしもできるけどな。わたくしもできるけどな!
「へえ? お互い妙な経緯で指揮官やっとるな。まあ、戦いの感覚を持ってるやつがやるのが一番強いからなあ。ただ……」
そこでクライスは、明るい茶色の髪をかき上げ、真剣な表情でわたくしの眼を覗き込む。
「俺っちの記憶が正しければ、アンタは大昔に『スカイマギカ』のジュニアユースの選手をやっとった気がするけどな」
背後でユイさんがえっと息を漏らした。
そういや言ってなかったな。
〇トンボハンター えっそうなんだ!? その辺見てなかったわ
〇つっきー へー、本当に万能なんだね
〇日本代表 …………まあ
「覚えとるで。俺っちは適性がなかったけど、空をびゅんびゅん飛ぶのはかっこいいと思っとった。同年代の花形選手は憧れやったわあ。今はイースト校でエースをやっとる、学生最強選手のロビン・スナイダー。あいつとコンビでジュニアユースで暴れ回っとったやろ、確か」
「……昔の話ですわ」
苦笑して、一歩下がる。
「マリアンヌ」
「大丈夫。本当に昔の話ですから」
気遣うようなロイの声に、振り向かず返した。
「……もしかして地雷やった? うわ、せやったら申し訳ない」
「いいえ、お気になさらず。もう気にしていないことなので」
そこで会話を切り上げ、お互いに整列へ戻った。
「では通信機を配ります、壊さないように注意しなさい」
手渡されたのはインカム型のデバイス。実はこれ、魔力を編み込んで作られた使い魔である。
特定の結界内で常に共鳴し合い、使用者の声をそのまま他のデバイスも吐き出すという形で遠隔通信を可能にしている。当然混線しないようにチームごとに異なるレイヤーで共鳴する代物だ。
「ふーん。シュテルトラインはこういうのなんだな」
「ええ。マクラーレンさんが作ったのよ」
「マジかよ。あの人凄すぎだろ……」
リンディの補足を聞いて、ユートが頬をひきつらせる。
お父様が特許取ってんだよな。思えばユートはお父様の戦士としての姿しか知らないので、本職が研究者であることなんて忘れていて当然だろう。
いやあ、使用料金あざっすって感じだ。
……まあ作るの相当苦労したらしいけどな。マジで。人生でも五つの指に入るぐらい難産だったって言ってた。結局特定の結界内でしか接続が安定しないから高額だし、何より本来の目的であった実戦で使えない。
そう考えると、単なる使い魔でラグなしに会話してくるアーサーとかいうジジイ、マジで何なんだよって感じだよ。わたくしできねーぞアレ。
「今回のフィールドは本番同様、ランダムで形成します」
こちらは赤いライン、向こうは青いラインの刻まれた使い魔を装着し、動作を確認。
その間にアリーナ全体に魔力が充填され、仮初の試合場を作り出す。やってることはARに近いが、物質的に存在するのが違うポイントだな。
見渡すと、家屋や倉庫が立ち並ぶ市街地が現れている。屋外市街地戦闘──確かあれだ、最もスタンダードなステージだったか。
「それでは両チームの選手は配置についてください」
審判の声を受けて、全員踵を返して持ち場へ向かう。
わたくしとクライスだけはフィールドの端にある指令席、他の四人は陣形を組んでいく。
〇みろっく レリミッツ、って何?
〇第三の性別 端的に言うとフラッグの奪い合いだな
〇火星 模擬陸戦から派生したスポーツなんだよ。敵味方がフラッグを配置して、一人の指揮官と四人の選手が戦って奪い合うだけ
〇つっきー 細かい話をしていくとメインアタッカーとサブアタッカーとタンクランパートとロングスナイパーと……っていう風に役割があるけど、今回はまあ割愛かな
指揮官席の魔力に反応する石版へ手をかざす。全体マップと、味方たちの位置が表示された。
予定通り、四人は等間隔に、ほぼ一列に並んでいる。
〇ミート便器 どういう陣形だよこれ
〇鷲アンチ タンクランパートとロングスナイパーがいねえな
〇宇宙の起源 ていうかこれ、全員アタッカーなんじゃ……
「まあ……すぐに終わるでしょう」
司令室にて腕を組み、わたくしは完全に静観の構えを取る。
だってまあ、言っちゃ悪いけど……さっきの人が選手じゃない時点で、もう障害ないみたいなもんだしなあ。
◇◇◇
開始のブザーが鳴る。
ウエスト校選手、紅一点の女子生徒は、市街地の路地を細かにターンを効かせて走り敵フラッグを目指していた。
「虚構の聖者の息吹、真に純粋な者の不在」
二節の詠唱を紡ぎ、手のひらにふうと息を吐きかける。
魔力を織り込まれた吐息が瞬時に拡散し、一帯に存在する物質を掌握する。
(通りのど真ん中に一人。他は別のラインか……ふふ。私に気づけるかしらね)
隠密魔法も重ねて、女子生徒は音もなく市街地の裏路地を走り、敵をすり抜けて進む。
敵の全滅またはフラッグの奪取が勝利条件である以上、ある程度の交戦は行いつつも、敵フラッグを目指して進むのは『レリミッツ』の鉄則だ。
女子生徒は密かに敵陣へと進むサブアタッカーとして才能を開花させ、レギュラーの座を掴んだのだが──
「そこですね」
目の前に──ユイ・タガハラが、現れた。
現れたとしか言い様がなかった。
「は?」
ユイが腕の一振りを放つ。とっさに後ろへ飛び退いて、吹き飛ばされるだけにとどめる。この一撃をしのげたというだけでも、この女子生徒が学生として卓越したレベルにいる証明。
狭い路地の壁に叩きつけられ、慌てて体勢を立て直す。
「チッ──焔矢、焔矢、焔矢、焔矢」
単節詠唱火魔法の四連射。
リンディと比べれば稚拙なものだ。
(攻撃は30点。とっさに出すのは単節詠唱……)
裏路地は狭く、逃げ場がないように見える。
だがユイは即座に前傾姿勢を取ると、地面を砕いて踏み込み、壁を蹴り三次元軌道で弾幕を瞬時に抜けた。
「そんな……! マリアンヌ・ピースラウンドですらないのに!?」
間合いは既に徒手空拳の領域。
ウエスト校サブアタッカーの生徒が、半ば悲鳴じみた詠唱を紡ぐ。
「立ち塞がる懸崖!」
すべての基本である、単節詠唱の無属性魔法。
展開された防御壁は五枚。学生が瞬時に出せる枚数としては破格。
それも単純に重ね防御力を上げるのではなく、場所を散らして攻撃の選択肢を潰すという応用的な展開だ。
しかし。
(防御は60点。弱くはない、だけど)
ぬうと、ユイの腕が防御障壁をすり抜けた。
余りに速くて、そうとしか見えなかった──瞬時に見極めた敵への直撃ルートを神速でなぞっているのだ。
「!!」
眼前に殺到する手刀に、女子生徒が目を剥く。
(なんで……っ!? 隙間なんて作ったはずないのに! いや、これもしかして私、この場所に五枚出すように誘導され──)
刹那、直撃。首から上が吹き飛んだと錯覚しそうな衝撃が今度こそクリティカルヒットし、壁に叩きつけられる。
何とか立ち上がろうと数秒もがいた後、意識が攪拌されるようにして落ちる。
主を失い防御壁がかき消える中、ユイは崩れ落ちた女子生徒を見下ろした。
「だけど──あの人と戦いたいなら。勝負のステージに上がりたいなら」
「私を殺してからにしてくださいね」
◇◇◇
『あ。レイカ落ちたわー』
「はあ?」
タンク役を務める男子生徒は、指揮官であるクライスののん気な声を聞いて眉根を寄せた。
「あいつが発見されたのか? 珍しい……」
ならば自分たちも前へと進んでいくしかない。
慎重に警戒しつつ大通りを進んでいたタンク役の生徒は、通信用使い魔を起動させる。
「ハルート。そっちに敵影はあるか? 突出しているはずなんだが接敵しない……あいつらもしかして、完全に分散しているのかもしれない。索敵範囲を広げたいんだが」
「うわっ」
声が聞こえた。
タンク役の生徒が見れば、同じ通りの向こう側、曲がり角からリンディが顔を出したところだった。
「ちょ、ちょっとマリアンヌ。やっぱこのルート無理だったじゃない! 何が静かに進めばバレないよ!」
『あれ? おっかしいですわね、あえて真ん中を行けばイケるんじゃないかと』
「あんたその逆張り精神で私に指示出してたの!?」
『まあいいでしょう(マスターロゴス)。接敵した以上は、バレないようにCQCで締め落としてください」
「バッチリ目が合ってるんだけど!!」
どうやら向こうのサブアタッカーのようだ。
「接敵した。ハルート、来れるか」
『すぐ行くけど、お前ひとりだと難しそうか?』
「分からんが……ひとまずやってみよう」
通信を切り上げ、タンク役の生徒が魔力を活性化させる。
攻撃の予兆に、リンディがハッと身を固くした。
「ね、ねえマリアンヌ。下がっていいわよね? 私流石にウエスト校のレギュラーと正面衝突なんて無理よ?」
『ガンバです』
「指揮官の恥よアンタ!!」
「清らかな流れ、痛み恨みは遠く、自若たらん」
タンク役の生徒は小手調べに水属性の魔法を選択した。
三節詠唱水魔法『破穏浪』が形を成し、波濤となってリンディへ殺到する──
「うっ! 豊穣の日差し、車輪を廻せ!」
「!」
直撃寸前で、リンディが二節詠唱土魔法『岩壊轍』を発動。
二つの魔法がぶつかり合い、互いに打ち消し合う。
(対抗魔法での迎撃ができるのか! ウチじゃクライス以外にはできない、高等技巧だぞ……!?)
様子からして正面戦闘には不向きなのかと思えば、違った。
意識を切り替え、タンク役は次の手を打つ。
「拡散する意思、天への階、慄け四つの経典、鳴り響く開幕、襲撃は今宵なり!」
「焔に焼け散れ、いにしえの灰よ、悪しき血を吸いて、悪逆の名騙り、叩き割れ!」
渾身の風魔法『迅吹烈虎』──が、即時発動された五節詠唱炎魔法『炎断斧』の前に砕け散る。
貫通した威力に身体を撃ち抜かれ、ウエスト校タンク役の男子が通りに転がされた。
「ぬぅん……!?」
身体のバネを駆使して即座に立ち上がる。痛みに身体が悲鳴を上げる。
だがそれどころではない。
明らかに、今のは、こちらの詠唱を先読みされ有利を取れる魔法をぶつけられていた!
『どうです?』
「……なんか、見えるわ。イケるわねこれ。アンタまさかこれを織り込み済みで」
『え? 見える? え……? 何それ……知りません……怖……』
「もうこの通信機壊していい?」
消耗した様子もなしに、リンディが通信に静かにキレる。
その様子を見ながら、タンク役は震える膝に鞭を打ち立ち上がった。
「どうやら……エースクラスだったようだな……!」
「……は?」
彼の発言を聞いて、リンディはあっけにとられる。
「謙遜することはない。一節一節の密度が違った……俺なんかとは格が違うな」
「アンタねえ……ほかの連中見てないからそんなこと言えるのよ」
「しかし」
「無礼るなって言ってんのよ。私如きをエースクラスだなんて、あいつらへの侮辱よ」
カチリ、と、視線が重なる/歯車の回る音。
同時、ぞわりと全身を悪寒が舐める。自分の奥底までこの少女に覗き込まれているのではないかという死の感覚。
それを振り払うようにして、片手を突き出す。
「吹き飛ばし、巻き上げ、空へ誘え──!」
「焔の矢、十字架を溶かす熱、闇を照らせ──!」
両者の放った魔法が激突、砕けた魔力が光の奔流となって散る。
ダイヤモンドダストの輝きにも似た眩い激突越しに、リンディがキッとまなじりをつり上げる。
「どきなさい!!」
「……!」
拮抗すると見るや、即座にリンディが出力を引き上げた。
タンク役も食い下がろうとするが、圧倒され押し込まれる。
(抵抗すらできない!? こんな一方的に──!?)
直後、圧縮された突風を焔の矢が貫き、タンク役へ着弾。
彼の姿は爆炎に包まれた後、膝から崩れ落ちた。
◇◇◇
『ルードも落ちた。これはアカンなあ』
「マジか」
指揮官からの報告を聞いて、メインアタッカー役の生徒が頬をひきつらせる。
「今年の中央校は強いと聞いていたが、これほどかよ。クライス、今回の練習試合を組んだのはお前だろう……何が目的だったんだ?」
『いやあ、俺っち以外のレギュラーメンバーが伸び悩んでるっぽかったから、刺激になればええなあと思ったんや』
「下手すれば心が折れるだろこれ……」
周囲を見渡す。フラッグ地点で防衛を担当している生徒を除き、もう動けるのは自分しかいない。
『選択肢は二つやね。ハルート君にフラッグのとこまで引き返してもろて陣を敷くか、あるいは一発逆転を狙って最速で突き進んでもらうか……』
「勝負を捨てる気はねえよ。フラッグ地点まで戻らせてもらうぜ」
踵を返し、市街地を駆け抜ける。
(フン……戦場だと運のない奴から死んでいく)
メインアタッカーを務める男子は皮肉げに唇をゆがめた。
自分が最も運があるというのは分かっていた、運もあってレギュラーになっていた。
しかしこんな場で幸運を発揮しなくてもいいだろうと思っていた、その矢先。
「ああ、本当に来てくれた」
豊かに実った麦が、陽光に照らされているような。
そんな金色の髪をなびかせて、ロイ・ミリオンアークが、行く先を遮った。
「こんにちは」
にこやかな挨拶だった。ただそれだけで、ウエスト校のメインアタッカーは、へらりと笑ってしまった。確実な死を予期したからだ。
(やば……俺マジ運ねーわ……)
挨拶をしたあと、ロイはこつんと通信機を叩く。
「他の二人が落ちれば、引き返して守りに徹する。マリアンヌの読み通りだったね」
『そうでしょう? そーでしょう。そ~~~~でしょう。戦術予報士としてのわたくしの強さを思い知りましたか!』
「いや、他の指示はゴミクズだったと思うよ」
『………………ごみ、くず……』
「本番で指揮官をするわけでもないんだから、落ち込まなくてもいいさ。それより、もうカタをつけよう」
抜剣。
ロイは腕を伸ばし、剣を地面と水平に寝かせる。
「雷霆来たりて、邪悪を浄滅せん」
詠唱が開始される。ロイの剣へ魔法陣が突き立っていき、エネルギーの渦が荒れ狂う。
「今こそ胎動の刻、比翼連理を広げて、軍神の加護ぞここに在り」
メインアタッカーの生徒が即座に防御魔法を展開しつつ、迎撃用に自らも剣を抜いた。
「至高の神威を身に纏い、開闢の混沌を超克し、我はあの流星を撃ち墜とそう!」
(どれだけ早くても……カウンターだ。その一撃に賭ければ勝機はある!)
この生徒は、近接戦闘において無類の強さを誇っていた。
体内の神経に魔力を通すことで誇る圧倒的な反射速度。
人間が出せる速度なら対応できる──はずだった。
「第一剣理・真化、瞬息展開」
「えっ」
消えた。
見えなかった。
ただ気づけば横から斬撃が飛んできている。
(なん、だそれ)
ロイの挙動が巻き起こす衝撃波が、仮想市街地の窓を砕く。
それは、僅か2.1秒間に限定した超伝導状態の再現。
人類が生存し得ない極寒を司る上位存在──『氷結領域』の攻撃を受けて偶然発動した、限界を超越した先の領域。
記憶を取り戻したロイは、夏休みの残り時間をすべてつぎ込み、その状態を極低温なしに引き出すことに成功していた。
防御壁を濡れ紙のように割いて、稲妻の如き一閃が猛る。
「────超零電導/自在雷光・鎖閃斬断!」
◇◇◇
「あいつ……」
知らず知らずのうちに声が漏れていた。
「んんっ」
自分の唇が弧を描いているのを自覚し、咳払いして表情をただす。
ロイのやつ、何かコツを掴みやがったな。
わたくしはフラッグの傍で紅茶を飲みながら、遠方で一刀に勝負を決めたロイの背中を見つめる。
「……三名ダウン。ユート、フラッグは?」
『今終わったぜ』
壁沿いに進ませていたユートが、敵陣左翼奥に設置されていたフラッグを掴んでいた。
防衛用にいたであろう生徒は彼の足元で蹲っている。
『指示通り、まだ戦闘がギリギリできるって具合で、フラッグを取った。お前性格悪すぎねえ?』
「完膚なきまでに勝つべきです。たまたまフラッグが全滅したから。たまたま接敵してしまったから。そういった言い分を潰すためには、限りなく全滅に近い状態に追い込んでフラッグを取ればいい」
『ま、そーかもな。俺が指揮官だったとしても、同じ着地を目指しただろうよ』
というわけで。
「状況終了。わたくしたちの勝利ですわね」
戦略もクソもねーな。何かしらの手を打つ隙間すらないのだ。四人をまっすぐ進ませるだけで勝てるのだから。
いやこれ何のゲームだろうね。将棋で全駒香車で敵陣貫通してるみたいなもんじゃん。
『やー、これは無理。無理やって』
試合終了のブザーが終わると、わたくしの元に一匹の使い魔がやってくる。
聞こえた声は、相手の指揮官であるクライスのものだった。
「わたくしの圧倒的な戦略による勝利ですわね! 跪きなさい!」
『敵をどう倒すのかが戦術や戦略であって、敵を倒した結果がそれらになるわけではないんやで』
マジレスでユニオンバーストしてくんな。
ただまあ……何か、うまく乗せられたなあって感じがある。これ本当に向こう勝つ気あったのか?
『それじゃあ、予定通り』
「ああ、はい」
競技『レリミッツ』の練習試合は終わった。
仮想の市街地が解けていき、戦闘不能になったウエスト校の生徒たちと、勝利した中央校の生徒たちの姿があらわになる。
申請された練習試合は二つ。
一つは模擬陸戦競技、『レリミッツ』。
もう一つは──
『じゃ、次は『ヴァーサス』やね。お手柔らかにお願いしますわ』
「いえ、殺します」
『怖』
◇◇◇
アリーナ中央に佇み、待機する。他のメンバーの姿は観客席にあった。
心身のコンディションは良い。気乗りしない競技とはいえ、負けるつもりはない。
「いやあ、勝てる気はあんませえへんな」
「そんな目をしておきながらよく言いますわね……」
こちらに歩いて来るクライスの両眼には、戦意の炎が宿っていた。
切り替えなければならないな。食らいついてくるタイプだぞこれ。
気を抜けば、醜態を晒す羽目になる。
「まあ、勝負は勝負。せっかくやらせてもらうからには……本気でやるのが礼儀や」
クライスはわたくしの向かいに佇むと、手に持っていた木製のトンファを両腕に装備する。
「それがアナタの武器ですか。珍しいですわね、魔法使いがそんな近接戦闘用の得物を使うなんて」
「言わんといてや。俺っちもハズいねんこれ、悪目立ちするやろ」
「かっこいいと思います。武器を使った方が強いのなら当然使うべきですし。それを使ってウエスト校の頂点に君臨しているのなら、何も恥ずべきことではないと思いますわよ?」
「…………あ、そう?」
口元を押さえてクライスが視線を背ける。
「いやちょっと仰天した。戦う相手を褒め殺しするとか、キミ変わりモンにもほどがある」
「尊敬すべき相手は尊敬するでしょう? 同じです、評価すべき相手は評価します」
わたくしは全身に魔力を循環させる。
十三節詠唱は無理なので、ツッパリフォームもアウトだ。何気にそういう戦闘は久しぶりな気がするな。
木製のトンファをスライドさせ展開し、クライスが口を開く。
「データは確認させてもろた。キミの実力は、文句のつけようもない超一級のSクラスや」
「あら、お褒め頂きありがとうございます」
「唯一の欠点として煽りに弱いとか書いとるけど、これだけ卓越した戦士がまさかメンタルコントロールが甘いなんて、そんなはずないやろ」
「弱くないですが? 喧嘩売ってます? やってやろうじゃないですか!」
「ウソぉ…………」
〇適切な蟻地獄 絶句してて草
〇無敵 この即ギレコンボ発生早すぎだろ
〇宇宙の起源 キレる速度1フレーム単位で争わないでほしい
メンタルコントロールの面でもわたくしが最強なのを分からせてやる!! 殺す!!
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