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PART9 ナイトメア・センチュリオン(後編)

 ネズカーZZZとアイアスの参戦により、戦況は人類の優勢にぐっと近づいている。

 戦場の中心でマリアンヌと軍神が激突を開始して、それはより顕著なものとなった。

 軍神が次々に繰り出す上位存在の権能を、マリアンヌは砕き、穿ち、破壊して突き進む。


「P小隊前進! 叩き潰せ!」

「承知しました殿下! お任せを!」


 勢いを取り戻した人類側の中でも、ハインツァラトゥスの機械化兵団に指示を下しながら、自身も最前線で戦うユートの活躍は目を見張るものがあった。


「殿下、地上に関してはこのまま押し込めるかと」

「ああ、しかし……」


 ユートと青騎士は、揃って天を仰ぎ苦い表情を浮かべる。

 空を我がものとする空中戦艦。絶え間なく撃ち下ろされる砲撃によって甚大な被害が出ていた。

 ひっくり返りそうな戦況をギリギリのラインで拮抗させているのは、あの浮遊城に他ならない。


(制空権は向こうにある。そもそもこっちに空中兵器はないんだが、真っ向からぶつけられるとこんなにしんどいとはな)


 ユートは厳しい表情で思考を回す。


(……マリアンヌがひっくり返した。鉄火場になればこういうことができる女だってのは知ってた。だが、ダチがそこまでやってるからには──)


 自分の頬をはたき、男が息を吐く。


「俺も覚悟を、決めるしかねえよなあ……ッ!」


 首をかしげる青騎士の隣で、ユートは顔を伏せた。

 飛び交う炎によって生まれた自分の影に、低い声で語り掛ける。


「ベルゼバブ、保留してた契約だが」

『…………』

「いいぜ、結ぶ。結んでやるよ。だから力を貸せ!」

『…………契約、受諾した!』


 瞬間、変化は劇的だった。

 影の中からずるりと姿を現したベルゼバブが、ユートの首に掴みかかる。


「殿下……!?」

「落ち着け。これは契約だ」


 とっさに武器を振るいベルゼバブを引きはがそうとする青騎士を、ユートが制止する。

 彼の首を手でつかんだ悪魔がニヤリを笑みを浮かべた。


『改めての確認だ! オレサマの力を貸してやんよ。代償は闘争……! 燃え滾るような戦いをしろ。そうすればオレサマは満たされる。戦いが激しければ激しいほど、契約に基づきオレサマの力は解放され、お前の使える範囲も広がる……!』

「ハッ、親切じゃねーか。契約を申し込んだ後にももう一度確認してくれるとはな」

『そのあたりは、ルシファー様にガイドラインを作られたからなァ!』

「ガイドライン??」


 基本的には放任主義のルシファーだが、導入できる西暦世界知識(現代チート)は導入しているらしい。

 契約が完了し、ベルゼバブの姿が煙のように消え、ユートの喉にカッと熱が押し付けられる。

 喉元に刻まれた刻印。黒ずんだそれは、ベルゼバブとの契約を結んだ証に他ならない。


「殿下……いいのですカ? 王子自ら悪魔と契約など、知られればことだと思いますがネ……」

「生憎他に手が思いつかねえ。マリアンヌのサジタリウスに撃ち落としてもらうかと思ったが、みたところ物理的な攻撃は全部すり抜けちまいそうだからな」


 ユートの推測に、青騎士も渋い表情で頷く。現状の切れるカードでは、あの空中戦艦に対応できない。

 だから、山札から新たなカードを引くしかないのだ。


「告発するか?」

「ご冗談を。私の忠誠は、誇りある王族のもとにこそですヨ」

「助かるよ」


 青騎士が膝をつき平伏するのを見て、ユートは頷く。

 それから空を見上げると、キッとまなじりを吊り上げる。


「さあいくぜ。多分この戦場での、俺の役割はこいつだ」


 右手をかざす。

 イメージするのは、知る中でも最強の最大火力。

 かつて臨海学校にて、自分のバイクに乗せて『混沌(カオス)』相手に立ち向かっていった、漆黒の翼を広げたマリアンヌ・ピースラウンド。

 彼女が肩に載せて撃っていた圧縮魔力可変速射出装置『ロストレイ・ミーティウムアロー』──本人曰く、悪役魔法少女令嬢ブラスター。


(名前はふざけていたが、威力は本物! あれを再現できれば……!)


 ユートが立つ地面が隆起し、マグマが吹き上がる。

 瞬時に固まっていくマグマが積み重なり、積み上げられ、形を成す。大地に接続した砲台。ユートの右腕をまるごと飲み込んだそれは、ゆっくりと角度を変えて、空を占拠する雲の城へ砲口を向ける。


「的がデカくて、助かるよ……!」


 射線上に空中戦艦を捉えた刹那、頭の中でトリガーを引く。

 砲口から放たれるは赤熱する収束魔力砲撃。それも弾丸ではなく、絶えず魔力を浴びせ続けるレーザービーム。

 放射の余波で一帯の空間そのものが赤熱する。少し離れた場所で、軍神を殴り倒している少女が「えっゲロビ!? 誰のCSですか!?」と絶叫していた。


「ぎ……っ!」


 反動に悲鳴を上げながらも、砲身の固定に全神経を注ぐ。

 放たれた熱波が上空へと殺到し、回避する間もなく空中戦艦へ直撃する。当然実体などないのだから、そのまま素通りして熱波だけが成層圏へ送り込まれていく。

 だが、雲を司る上位存在に対して、高熱で蒸発させるという選択をしたところにユートの直感の鋭さがあった。


(雲は……結局のところ水分! マリアンヌだったか!? 前に誰かがそう言ってたよなあ!)


 果たしてユートの狙い通りに。

 空間そのものを赤熱化させる熱波動を受けて、空中に浮かんでいた戦艦が動きを止めた。

 ぶくぶくと膨れ上がっては端から弾けていく。

 ベルゼバブから貸与された悪魔の権能。それは根本的な出力の向上に寄与している。水分を片端から蒸発させられては制空権を握る存在とはいえたまらない。

 いいや、軍神によって水分の塊であるという属性を強化された戦艦だからこそ、熱波の攻撃には耐えられない。


「ッハ────んだよ楽勝じゃねえか!!」


 本人は強がっているということは誰の目に明らかであっても。

 確かに、ユートの勝利であることに疑いはない。

 片端から蒸発させられていた雲の浮遊戦艦が、ついにコアまで熱波が届き、弱点である沸騰に耐えきれず蒸発していく。

 地上から伸びた赤い閃光がついに、空の支配者を気取っていた戦艦を跡形もなく消し飛ばした。


「ハハハハハッ! やれる! やれたじゃねえか……ッ!」


 膝をつきながらも、ユートは口をガバリと開けて笑みを浮かべる。


(なるほどな! 出力が増えて、やっと分かった……! この禁呪は、本来は大地の環境を維持するためだな!? だからここまで環境を弄れるんだ……!)


 多大な戦果を挙げながらも、ユートの関心は外ではなく内へと向いている。

 禁呪『灼焔(イグニス)』を確実に発展させていく中で、ついに上位存在すら一蹴するまでに至ったユート。

 だが、軍神が用意したコアユニットはまだ残っている──








 時を同じくして。

 氷炎の巨神兵を相手取っていたロイとジークフリートの二人は、戦況の変化を感じつつも、身動きが取れずにいた。


(無限の再生能力。ジークフリート殿ですら突破できないとなると、何らかの相性か……?)


 振り回される剛腕を飛び跳ねて避けつつ、ロイは決定的な働きができずにいる竜殺しを見やった。

 悪性存在が相手ならば瞬時に決まっていただろう。しかし攻撃を受け止めた際から、ジークフリートは立ち回りを普段の騎士としてのスタイルに徹底させていた。


「やはり、悪性ではないのですか!」

「どうやらそのようだ……! 善悪ではなく、ただそこにあるものと感じる!」

「意図的に調整されている!?」

「かもしれん!」


 二人の剣が巨神兵の表皮を切り裂き、神秘の粒子が血しぶきの代わりに飛び散る。

 だがダメージを与えられた様子はない。瞬時に巻き戻し動画じみた再生が始まり、巨神兵は傷一つない姿に戻る。


(まずいな。僕らが足止めされているようなものだ。全体の流れが悪い以上、早く切り上げなくてはならないところだが……)


 そう思いながらロイが振り向いた時。

 ロイの視線の先では、ネズカーZZZが、多勢に無勢と承知しながらも必死に戦っていた。

 弾幕を張り、四肢を振り回し、邪竜種を一匹でも多く叩き落そうと暴れまわっている。


「はあ!?」


 意味不明の光景に、ロイの思考が停止する。


「じっ、ジークフリート殿! あれは一体なんです!? 味方!?」

「……なるほどな」

「え?」


 その光景を見て、ジークフリートが、何かを悟ったように頷いた。

 手に持った大剣を肩に担ぎ、巨神兵を見上げて口を開く。


「今はっきりと理解したよ。あの可愛らしい動物が参加し、必死に戦っている」


 彼の視線の先にはネズカーZZZがあった。

 胸部に残ったネズカーは必死の形相で、目をつり上げて戦っている。


「我々人類のために、必死に戦ってくれている。どちらが正しいかどうかではないんだ。問題は──あの可愛らしい小動物相手に、容赦なく攻撃を加える様が正義のはずがない!」

「なんて?」


 ジークフリートは何かを誓うように目を閉じ、それから口を開く。



「転輪せよ、悪逆の光──不屈(キボウ)の詩歌を響かせよう」



 加護が起動される。

 世界を滅ぼす悪逆相手に振るわれる、今を生きる人々を守護する絶対の刃が光を宿す。



覚醒(めざめ)の時だ──光輪冠するは(レギンレイヴ・)不屈の騎士(ジャガーノート)



 解号の言葉と同時、ジークフリートの全身に加護の光が宿る。

 悪逆を浄滅する輝きを身に纏い、絶対の宣告者として彼は叫ぶ。


「貴様は──悪だ!」

「それでいいんですかジークフリート殿!?」


 かなり恣意的な判断のような気がした。

 巨神兵の腕の一振りに対し、真正面から刃を叩きつける。


『!?』

「ツァッ!」


 巨神兵の腕が半紙を引き裂くようにして断たれる。

 先ほどまでとは違う。明らかにジークフリートの加護が発動し、相手を悪性と認めている!


「これで終わりだ、沈めッ!」


 そのまま腕の半ばから駆け上がり、ジークフリートは巨神兵の頭部へ渾身の一閃を叩き込んだ。

 頭部から胸部にかけてを大剣が切り裂き、コアに刀身が接触。

 刃がコアめがけて食い込んでいく。歯を食いしばり、刀身を押し込む。


『────!』

「邪魔はさせない!」


 腕を振り回してジークフリートを叩き落そうとする巨神兵に対して、ロイが雷撃で行動を妨害する。

 その隙に、竜殺しが加護の輝きを最大限まで高めた。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 ザンッ! と音が響き、コアが両断された。

 ジークフリートが着地する背後で、巨神兵が力なく崩れ落ち、光の粒子に還元されていく。


「やりましたね、ジークフリート殿!」

「ああ……だが休んでいる暇はないな」


 見上げれば、ネズカーZZZとアイアスによって蛇竜種は蹂躙されている。

 機械化兵や騎士たちも上空からの砲撃が消えたことで、十全に動けるようになっていた。

 全体の趨勢は決した。軍神が用意した三つのコアユニットは撃滅され、残るは敵の指揮官のみ。



(これで、マリアンヌ嬢の元へ────!)

「やめておきたまえ、ジークフリート君」



 ゾッと背筋が凍った。

 ジークフリートは息を吐いてから、ゆっくり振り向く。

 自分の背後に、男が佇んでいた。豪奢な長い金髪をそのままになびかせ、黒いシャツに黒いネクタイ、黒いスーツを合わせた男。


「ナイトエデン・ウルスラグナ……!」


 名を呼ぶと、ナイトエデンはちらりとジークフリートを見る。

 神殿から少し離れた荒野だが、彼が佇んでいると神秘的な光景に思える。


「ジークフリート殿。彼は……」

「ああ、ロイ・ミリオンアーク君か。君にも挨拶をしておかなくてはならないな。私は、私たち【七聖使(ウルスラグナ)】のリーダー、『開闢(ルクス)』の覚醒者であるナイトエデン・ウルスラグナだ。以降お見知りおきを」


 優雅に礼をするナイトエデンの姿に、ロイは息をのむ。


「ウルス、ラグナ……?」

「うむ。君はイレギュラーであるがゆえ、まだ覚醒者として不完全……だがいつかは肩を並べて戦う日が来るだろう。楽しみにしているよ」


 微笑みを浮かべた後、ナイトエデンは視線を横にずらした。

 その先では、一騎打ちとなったマリアンヌと軍神が、互いの全てをぶつけ合っている。


「ジークフリート君。これは忠告だが……君が行ったところで結果は変わらない」

「……オレを侮っているのは構わない。だが、大前提としてマリアンヌ嬢が負けると判断するのは気に入らないな」

「いやあ、逆だよ」


 ナイトエデンの言葉の真意が掴めず、ジークフリートは数秒黙った。

 その間に、七聖使のリーダーは深く頷く。


「いやよくやった。本当によくやったよ。ここまでとは思っていなかったんだ。どうにも、私の見込みが甘かったようだね」


 戦友の戦いを眺め、ナイトエデンは唇をつりあげる。


「彼にしては、よくやったよ」








 軍神が繰り出す多種多様な権能。

 いちいち分析するのはダル過ぎるので、もう何も考えずにひたすら蝕み、砕いていく。

 真っ向から削り合う。この身に纏う黒焔は、あらゆる存在に対して、存在そのもののランクを引き下げるような効果を持つ。その果てが自壊や腐食なのであり、本質は徹底的なデバフ効果だ。


「どうにも打ち合いづらいな!」

「すみませんねえ、強くって!」


 触れた端から汚染されていくのだから、軍神は上位存在をほとんど使い捨てている。

 単に顕現させるだけでは何の意味もない。加護を自分の身体に纏って、サーベルで鋭い斬撃を繰り出してくる軍神。その方針は何も間違っちゃいない。

 だがな!


「借りパクしかできないカスに負けるわけがないでしょうが! このフニャチン卿ッ!!」


 裂帛の叫びと共に拳を打ち出す。

 十を上回る加護の防護膜をまとめて貫通し、そのまま彼の腹部に拳をめり込ませる。


「ぐぽっ……!?」


 血を吐いて倒れ伏す軍神。

 そのすぐ手前で腕を組み、わたくしは問いかける。


「トドメを刺す前に、一応聞いておきます。アナタ、何がしたいのですか?」

「……なんだ、急に」

「目的を知らないな、と思いまして」


 世界を始点まで巻き戻し、唯一神として君臨する。分かる。全然分かる。

 だがこれは、あくまで手段だ。

 唯一神になってどうするのかが目的のはずだ。それをまだ知らない。


「……争いをなくす」

「へえ。あなたが世界を完全に管理すると?」

「ああ。強者と弱者がいるから、争いは生まれる。だから全員……全てを、強者とする」


 あっ。ふーん。


「私は唯一神として、生きとし生けるものすべてに、上位存在の強度を与える」


 うわ~、そういう系の思想の人だったの?

 めんどくせえなと思いながら、顔を上げる軍神に、しゃがみこんで視線を合わせる。


「一つ質問ですが」

「なん、だ?」

「アナタみたいな人って、どうして強くしますの? 全生命を、極端に弱体化させる方向性の均質化も可能なはずです。アナタも力に囚われているのでは?」

「……それでは、いけない。弱き者同士では、相対的な弱者になるまいと競争が発生する」

「ああなんだ。分かっているではありませんか」


 鼻を鳴らす。


「競争は発生しますわよ。どれだけ頑張っても、それが生物である限り必ず発生しますわ。均質化すれば争いは起きないって、どう考えても無理でしょう。だってそれ、単なるスタートラインですもの」

「だからこそ、私が神として、競争が起きないように……!」

「はい、その通り。アナタは自由を奪うしかありませんわ。自由と闘争は二つで一つなのですから」


 やっと分かった。

 こいつがなーんにも分かってない、ってことが分かった。

 わたくしは立ち上がり、彼に背を向けて歩き出す。


「闘争を経ることなく与えられた果実は、人間に害しか及ぼしません」

「……!」

「それは人間を堕落させるか、傲慢にさせるかのどちらかです」


 どうにもならない現実をなんとかしたいとき、人間は理想にしがみつこうとする。

 だが理想を実現させようとするのは、理想を現実に落とし込む、ということだ。

 過程で生じるノイズへの対応こそ、統治者として腕の見せどころだろう。その点、わたくしの国の王子たちはメッチャよくやっている。あいつらはなんか知らんけど常時内政チートを発動しているっぽい感じがある。だから、よく知ったグレンやルドガーを比べて、この不沈卿という男は……どうにも格が落ちる。比較対象が悪いんだけどな。


「結局アナタは、Vtuberのオーディションを他人事にしか捉えられない程度の人間ということです」

「は? ぶ、ぶい……?」

「消費するオタクならそれでいいのですが、世界を支配するなどと息巻く人間が、かき消される存在を良しとして、存在を消費する仕組みをただ無知のままに肯定しているのは論外ですわ」


 振り向く。

 十分な間合いを取った。わたくしは右腕に黒焔を集中させると、腕を振り上げた。


「時間の無駄でしたわ。生半可な理想論者の話なんて……」

「────! ゼルドルガ!!」


 最後の一撃を放とうとした刹那、軍神が叫びをあげた。

 ぞわりと全身を悪寒が舐める。まずい。

 最速で放った焔が、地面を伝って軍神へ殺到する。だが彼の直前で焔が静止し、巻き戻されるようにして手元に戻ってきた。


「ゼルドルガの権能!? こんな精度で扱えるのですか……!?」

「神殿には遠いが……背に腹は代えられない! ここからゼルドルガを使って突破する!」

「完全顕現できるだけの力はないはずです!」

「最後の策だ……こちらが追い込まれた時も、計算に入れないはずがないだろう?」


 上空に絶えず展開され続けていた魔法陣が止み、戦場が不気味な沈黙に包まれる。

 立ち上がり不敵な笑みを浮かべる軍神。

 その表情を見て、ハッと気づく。


「そ、そういうことですか!? この戦場に、人間でなく神秘の軍勢を引き連れてきたのは……戦闘の余波で砕け散った神秘を満たし、ゼルドルガが降臨する場を整えるため……!?」


 順当に押し込めたら儀式を行って勝ち。

 追い詰められても、軍神がため込んでいた軍勢が撃破された後、その神秘だけは一帯に残っている。

 つまり、今この戦場に限っては、現代とは思えないほど神秘に満ちた、上位存在の世界になっている──!


「さあ顕現せよ、時上りの龍よ!」


 軍神が両手を広げ、天を仰ぐ。

 戦況が一変する予感に、ロイたちがこちらへ駆け寄ってくる。


「時の流れは一方向ではない。今こそ権能を解き放て、時上りのゼルドルガ」


 空間が拉ぐ。

 大気を歪め、超常の存在が姿を現す。


「リーンラードは滅びた。新たなる主の命令に従う時だ」


 防衛本能が全身全霊で警鐘を鳴らす。

 黒焔を放つが、軍神の元へ届く前に無力化され、こちらに戻ってくる。

 他の面々も直感的に攻撃を放つが、同様の巻き戻しで攻撃が届かない。どうしろと!?


「逆巻きの渦で世界を飲み込め。真なる覚醒者しか抗えぬ、時の波濤を巻き起こせ」


 金色の龍が、現れる。

 西洋の龍ではなく、日本の伝承に語られる龍に形状は近い。大きな翼はなく、ともすれば蛇のように長い胴を複雑に絡ませ、上空を覆い尽くしている。

 天を割り、全長ゆうに3キロメートルはある生命体が、空を覆い尽くして顕現する。

 まずい! 儀式場に到達しなくても、小規模な巻き戻しなら行使できるのだとしたら、止める手立てがない! 何かないのか!? 何か────!



「世界に、正しい形で、正しい秩序をもたらすために──!!」








『おうともさ。儂たちは、人間に求められて顕現する』


 顕現したゼルドルガを。

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 空間そのものを爆砕する衝突音と共に、ゼルドルガの巨躯が弾き飛ばされ、山に墜落する。


「……は?」


 もう一体の龍がいた。

 ゼルドルガに等しい全長の、銀色の巨龍。

 大怪獣バトルが起きていた。


「アナタ、もしかして、ミクリルア……?」

『老い戻らせてもらったぜ。あいつ、儂が復活する条件も整えてくれたからな』


 龍がわたくしの傍まで降下して語る。

 若返る、のではない。

 そうだ。ミクリルアは時下りの龍。

 幼体に弱体化していたのは、つまりこちらの価値観で言うところの、よぼよぼのおじいちゃんになっていたわけか……!


『嬢ちゃんが指輪を持ってきてくれて助かったよ』

「……これは、何なのですか?」


 ポケットに入れていた指輪を取り出しかざす。

 それだけで、二体の龍の存在感が絶大なものに膨れ上がった。


『……昔、世話になった人間がつけてたモンさ。儂とゼルドルガを、世話してくれた人間だ。馬鹿みてえに自信過剰な、馬鹿な女だったがな』

「……入れ込んでいるのですか?」

『フン……』

「やめておいた方がいいと思いますけどね、そんな女」

『なんて? 嬢ちゃんが言う? え?』


 いやわたくしは自信過剰じゃないし。すべて裏打ちされた自信だから何一つ過剰じゃない。

 明らかに抗議のまなざしを向けてくるミクリルア。巨大に過ぎる身体を小さくまとめているから、どことなく可愛らしさすら感じる。


「マリアンヌ、味方でいいんだよね?」

『ああ。あの馬鹿野郎をぶっ飛ばしに来てるぜ』


 駆け寄ってきたロイの質問に、わたくしより先にミクリルアが答えた。


「勝てるのですか?」

『勝つさ。儂が勝たなきゃおしまいだろう』


 そう言って、ミクリルアが戦意を高める。

 だが、どうだろうな。軍神がただゼルドルガを召喚して終わりとは思えない。

 視線を向けると、軍神の元にゼルドルガが身体を寄せていた。


「だからどうした。そんなもので何ができる!?」

「逆に聞きたいですが、アナタこそ何ができるのですか」

「私は神となる。いいや私は既に神だッ! 世界を支配し、正しい在り方にする神だ──ッッ!!」


 雄たけびを上げて。

 軍神が、ゼルドルガの中に沈んでいく。

 その光景に、遅れて駆けつけたジークフリートさんたちが驚愕した。


「……ッ!? 一体化するつもりか!」

「そんな! ゼルドルガクラスの上位存在に自分を溶かしこんで、自我を保てるはずがないわよ!」


 その通りだ。到底できるとは思えない。

 だが、ヤツは【七聖使】の一員。これぐらいできるんだろうなあ……


『フハハハハハハハハハハハハッ!!』


 はい、できてました。

 ゼルドルガの額に、軍神が姿を現していた。

 何これ? デモンゾーア?


『チッ……ゼルドルガの野郎だけならよかったが、そう来たか』


 渋い声を上げるミクリルア。

 どうやら強化の扱いでいいらしいな。

 ……ふーん。龍と合体して竜騎士ガイアごっこか。……ふーん。


「わたくしも戦いましょう」

『へえ! 来るか、儂たちの領域に! 最も新しきもの!』

「当然です。明日を生きる権利を勝ち取るための戦いならば、悪役令嬢が参戦しない理由はありませんわ!」

『ああいいぜ。やってみせな、悪役令嬢ちゃんよ!』


 全身に纏う黒焔を滾らせて、わたくしはゼルドルガと軍神を見上げる。

 気に入らねえ。見下しやがって。


「ミクリルア」

『ん?』


 だからこそ。

 奴と戦うためにも、確かめねばならない。


「アナタは……ゼルドルガによって、時は上るものと定められた今この瞬間、この場所においても、あり方を変えていないのですね」

『……まあな。儀式の結果と言われちゃいるが、殺し合いの果てに……在り方は決まった。それでいい。だが、決まったものに後出しで影響を出すなんざ論外だろう』


 ああ、素晴らしい。

 いいな。その精神性。称賛に値する。

 なぜなら。



「ならば──まさしく、アナタのあり方は流星ですわね!!」

『え? あ、まあそうかもな』

「言質取りました」

『えっ』



〇日本代表 は?

〇幼馴染スキー うわっ気抜いてた今何言った??

〇火星 ちょっと待って! ここから介入するつもりなの? 噓でしょ?



 わたくしは至近距離にあるミクリルアの身体に腕を伸ばし、手を添える。


『えっ!? 嬢ちゃんこんな力使ってたのか!? 普通に儂に干渉できてるがこれ!?』

「さっきから破壊衝動と自滅衝動と虐殺衝動がすっごくてェッ……! 気を抜いたらだれかれ構わず命を命だったものにして辺り一面に転がしてしまいそうなんですのォォオオ」

『力に呑まれそうになってるじゃねーか!』


 力に呑まれそうだったら!

 ついでに他の奴も巻き込んで呑まれてしまえばいい!

 そうすりゃ暴走も分散して、自由に動かせる幅が広がる!


「さあ、勝負ですわ!」


 わたくしは胸の谷間に手を突っ込むと、そこにずっと仕込んでいたブツを取り出して掲げる。


「リベリオンチップですわ!」

「え、何ですかその玩具みたいなやつ……」


 ユイさんが疑問の声を上げ、一同も首をかしげる。

 ただリンディだけが、顔面蒼白になって愕然としていた。


「あっ……あ、アンタそれ……! なんてものを持ってるのよッ!?」

「ふふっ。切り札は最後まで取っておくものですわ!」


 変身ベルトは今回省略。すまんなルシファー。いつか使うから。

 右手でチップを握りつぶし、内部に充填されていたルシファーの端末を構成する要素を展開する。


 ヒントはさっきもらった。

 ネズカーたちが見せたあの合体。

 デカブツを倒すなら、こっちもデカブツになればいい。



〇第三の性別 は?

〇鷲アンチ やめてくれ……

〇外から来ました 怖い

〇みろっく 何してるの?

〇宇宙の起源 本当にやめてください

〇日本代表 頼む 止まってくれ 止まれ



【止まるわけねーだろバーカ! わたくしは今アクセル全開なんだよ!】



〇TSに一家言 止まるわけないっていうかもう止まる気がないの方が正しいのでは

〇無敵 これもう事実上の死刑宣告だろ



 ナイトメアオフィウクスの炎が、飛び散ったルシファーの粒子に対して干渉、存在の位を引き下げ、溶接していく。

 わたくしではない。ミクリルアの鎧となっていく!


『え!? ちょっとタンマタンマタンマ! 嬢ちゃん何やってる!?』

「知れたことォッ! 向こうだけ竜騎士ムーブとか許せませんわ! わたくしもあれやりたい! さあ行きますわよ、レッドアイズ・フュージョン!!」

『質問に答えてくんねえかなああああああああ!!』


 次々に形を成し、ルシファーを構成する要素が鎧として着装されていく。

 わたくしは地面を蹴って飛び上がると、ミクリルアの頭頂部に着地。

 最後に頭部を保護するフェイスガードが顕現し、変化が完了。


「これこそが! 巻き戻しの逃避ではなく、明日を生きる人々のための光! 未来を切り拓く空前絶後の力ッ! その名も────!」


 主導権はわたくしにある。

 ふわりと浮かび上がり、軍神+ゼルドルガに高度を合わせ。

 わたくしとミクリルアは、最高の舞台で見得を切る!




真紅眼の(レッドアイズ・)令嬢竜(マリアンヌドラゴン)ッッ!! ですわ!!」




「なんて??」「なんて??」「なんて??」

「なんて??」「なんて??」「なんて??」



〇宇宙の起源 なんて??

〇外から来ました なんて??

〇火星 なんて??

〇日本代表 なんて??



 応援ありがとう!


『待ってくれエエエエエエッ! 儂の身体どうなってる? これどうなってる!? 元に戻るんか!? なんか関節の数が十倍ぐらいになっとるんだが!?』

「良かったですわね。片付けが便利になりましたわ」

『体積激増してて不便なんじゃねえかなあ!』


 さあフィールド上には一体ずつの融合モンスター!

 正直いつの時代の環境だよって感じだが……いや……ドラグーン……ま、まあいいや。


 とにかく──


「ここから先はわたくしだけに疾走が許された、栄光のロード! 気高き怒りに触れる者、百万回死んでもおかしくありませんわ! 当然ながらファイナルターン!!」



 デュエル開始の宣言をしろ!! 磯野ォッ!!






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[一言] お〜い磯野〜、おい、決闘しろよ。
[良い点] なんて? [気になる点] なんて? [一言] 激アツシーンなのだろうが、軍神窃盗罪者が夜神月に見えてしまった……
[良い点] なんて?? [気になる点] おまんも人!の言質取ったら特攻発動の如く自分が悪と判断したら加護発動するジークフリート。 流星だよねの問い掛けに失言すると言質取ってヒュージョンするマリアンヌ。…
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