INTERMISSION49 悪役令嬢の艶美なる夏休み
「ここをキャンプ地としますわ!!」
「ここキャンプ場ですけど……」
まだまだ夏真っ盛りという暑さだが、夏休みも終盤。
一泊二日のキャンプに来て、わたくしは堂々と叫んだ。ユイさんのもっともな指摘は無視した。
〇鷲アンチ ちゃんと半袖短パンで寒空の下車中で寝ろ
〇第三の性別 キャンプ地で言っちゃいけねえんだよそのセリフは
なんでこいつら世界の運営が仕事なのにどうでしょう見てんだよ。
「まずは夕食用に火にくべる枝葉を集めてきましょう! このキャンプ場は指定された場所の中でならどこでも火おこし可ですので、かまどを組むための石も集める必要がありますわ! ユイさんとロイは石集め! わたくしとリンディは枝葉集め! ユートとジークフリートさんは火であぶる魚を捕ってきなさい!」
前世ぶりのキャンプにテンションが上がる。
ビシバシ指示を出すわたくしに対して、リンディが不思議そうな顔で見てくる。
「こういうのは初めてっていうか。基本的にやったことないしやる予定もなかったんだけど……あんたなんか慣れてるわね……」
「ふふん。令嬢の嗜みですわ」
「絶対違うわよ」
この日のために購入した高級ブランドのアロハシャツ(売ってるもんだな……)の裾をぎゅっと結ぶ。
腹部が露になった瞬間、ユイさんとロイがお互いの目を潰そうとして取っ組み合いになった。
「ぐっ……!? 何をするんだユイ! 僕は婚約者だ! 見る権利がある!」
「ちっ……! 婚約者ならもっと堂々と落ち着いてたらいいものを……!」
何やってんだあいつら……
「ま、まあ、まだまだ暑いしな。うん。しょーがねえだろ」
ユートはめっちゃチラチラわたくしのおへそを見ていた。顔だけ背けて眼球運動がエグいことになっている。お前それでバレずに見てるつもりなのか……?
「先が思いやられますわね。ジークフリートさんはこうした野営に慣れているのではなくて?」
「無論だ。騎士として野営の訓練は済ませている。だが、こうしたカジュアルなキャンプは久しぶりだ。ここは君の指揮に従うとしようか」
アロハシャツで姿を現してから、ジークフリートさんはめちゃくちゃ上機嫌だった。頭の上に花とか咲いてるレベル。
そういやこれこの人の要望だったっけな……
「さあ、それでは取り掛かりますわよ!」
パンパンと手を叩いて、まとまりのない集団を諫める。
流星の禁呪保有者、次期聖女兼無刀流の使い手、強襲の貴公子、竜殺しの騎士、灼焔の禁呪保有者、ハートセチュア家の長女。
6人揃ってメテオレンジャーである。
「なあ、ジークフリート……今からどっかの国滅ぼしに行こうって言っても納得いくメンツだよなこれ……」
「言うな。お前が他国の王子なせいで話が百倍ぐらいややこしくなっているんだぞ」
ユートとジークフリートはなんか頬をひきつらせていたが、別に単なるイツメンなだけでしょ。
かまどを組み始めたユイさんとロイに背を向け、わたくしとリンディは枝葉を拾い集めながら川に沿って歩き始めた。
「にしてもこのキャンプ地、どういうツテで予約したわけ? 普段なら避暑に来る貴族でごった返してるはずなのに、綺麗に1ブロックを貸し切りなんて……」
「? グレンに貸しを作ったので」
「グレン? ……っ!? あんたまさか第三王子殿下のこと呼び捨てた!?」
「やべ」
「やべじゃないわよ!! 極刑モノの不敬を二文字で流せるわけないでしょ!?」
つっても無茶ブリしてきたのはあっちだし。おかげで犯罪の才能を開花させる羽目になったし、ユイさんに本気で殺されかけたし。
〇みろっく そういやアレ、なんで仮面被ったらユイに諦めた目って言われたのか不思議なんだけど
〇日本代表 多分認識阻害の結果、「ユイにとってのマリアンヌの要素」がこしとられたんだと思う
〇みろっく あ~なるほどね。うん? じゃあユイたちには追放されたがってるの一ミリも伝わってないってこと?
〇日本代表 まあ……
〇無敵 世界の危機何度も救ってるやつに自滅願望があるとか思う方が無理
ふうん、まあ予想通りだな。
上位存在そのものならまだ話が違うかもしれないが、表皮の一部を加工しただけなら限界もあるだろうと思ってたし。
……帰ってから鏡をにらみ合って、そんなに死んだ目をしてるか確かめたりしたけどな。
「水が綺麗ね」
「そうですわね。ちょっと休みましょうか」
「全然まだ歩いてないけど?」
清流に足を浸す。
リンディも少し悩んでから、サンダルを脱いで川にそっとつま先から足を入れた。
「のんびり釣りをしても悪くはなさそうですわね」
「そうね」
あくまでたき火用の枝葉を探しに来ただけだが、わたくしとリンディはそろって涼み始めてしまった。
こうして落ち着いて話すのは久々かもしれない。多分、家のことには踏み込まない方がいい。本人が望まない限りは。
「夏休み、あっという間だったじゃない。まああんたはいろいろ大変そうだったけど」
「イベントが目白押しでしたわ」
「二学期もそうよ」
夏休みが終わればまず休み明けの課題提出やらテストやらがあり、それを終えると早速行事がやって来る。
「まず学園祭に、運動会……どうせ派手にやるでしょ?」
「わたくしのことお祭り人間だと思ってませんか?」
「そこに反論があるの驚きよ……まあとにかく、イベントが楽しみね」
「ええ、それはそうですわね」
リンディが屈託のない笑顔で言い、わたくしも頷く。
それからハッと気づく。いやRTAしてんだから楽しみにしちゃダメだろ。
自分の立場も考えず、何言ってんだわたくし……
「……自分の立場も考えず、何言ってんだろ私……」
「え?」
リンディの小さな声は、せせらぎの音にすら埋もれてしまうほどだった。
何を言ったのか問おうとした時。
「ッシャァァッ!!」
「うひゃぁっ!?」
「きゃあっ!?」
わたくしたちが足をつけていた川から、突然ユートが飛び出してきた!
「っと、悪い悪い、そこにいたのか。驚かせちまったな」
びちびちと跳ねる魚を手づかみに、彼は陸へ上がってくる。
本当に王子か? ワイルド過ぎるだろ。
〇外から来ました ユートは二人きりのキャンプイベントとかあるから……
〇red moon 立場が消えても元気というかむしろイキイキしだす系の王子だからな
へ~そうなんだ。
まあ言われてみれば、こいつは頭が良い割には頭使わないときの方が生気があるよな。そもそもみんな立場が重しにしかなってないまである。いちいち設定が重いんだよこのゲーム!
「にしても悲鳴の温度差ありすぎだろ。うひゃぁってお前、婚約者が聞いたら……まあ喜びそうだな……」
頭を振って水気を飛ばしながら、何気なくユートが言う。
わたくしとリンディは真顔になって顔を見合わせた。
「あ?」
「……逆よ、逆。うひゃって言ったのは私よ」
憮然とした態度でリンディが告げた。
「……あー……その……悪かったよ」
「は? 何を謝る必要があるのです? わたくしが悲鳴を上げたらおかしいのでしょう? すみませんね~リンディみたいに可愛い声じゃなくて~ほらリンディもう一回叫びなさい。きゃぁって」
「ちょっ、悪かった、悪かったわよ! いや私何も悪くなくない!?」
すごい勢いで頬をツンツンしながらにじり寄ると、リンディが絶叫した。
可愛い悲鳴は女子だけの特権じゃねえぜ! あ、わたくし女子か。
「じゃあこっちの意味言語と発音言語の違いは、魔法使いの精神内部における優先度の違い……?」
「筆記問題であれば不十分でしょう。音と光の間に絶対的な速度差があるように、意味言語と発音言語の間にも速度差があるのは分かりますわね?」
「は、はい」
かまどを造り、枝葉を集め終わり。
川に石を並べてつくった生け簀に魚を放ってから、わたくしたちは借りたテーブルに学校の宿題を並べていた。
わたくしはもう終わらせてしまっていたが、ユイさんやロイはこの日のためにわざわざ少し残しておいたらしい。胸を張ってま~だ終わってないのですか!? と馬鹿にしたら『お前空気読めよ……』みたいな顔で見られてつらかった。
「単純にこれは使っている神経が違うのですが……踏み込んだところまでいえば、そもそも魔法とは『根源』にアクセスし、現象を魔力を用いて再現しているという点にまで立ち返る必要があります」
ユイさんは頷きながら、ペンを走らせていく。隣ではロイとリンディ、ユートがテスト対策の問題を黙々と解いていた。
ジークフリートさんは宿題とか関係ない身だが、興味深そうにわたくしの話を聞いている。
「では問題となるのは、どうやって『根源』にアクセスしているのか」
「……それは、詠唱では?」
「その通りです。ですが詠唱が必ず必要かと言うと、そうではありません。お父様が詠唱破棄を習得しているように、あくまで詠唱とはアクセスを補佐するためのものです。そもそも現代魔法が体系化される前、大陸統一戦争の時代なんかは詠唱ができない魔法使いもいたようですからね」
「ほう? それは詠唱破棄とは異なるのか?」
「いい質問ですわねジークフリートさん。要するには言語化できない、感覚的な力で『根源』へアクセスしていたのが古典魔法の時代です。もちろんこれは、現代魔法とは比にならないぐらい低い精度の魔法ですわ」
教科書のページをめくり、図解された根源との経路を指し示す。
「まず根源があって、その後に言語があります。いわばアクセス方法として人間が言語のトンネルを整備したのです。その中でも大別して二種、日常会話で用いられる発音言語による詠唱と、日常会話では用いない意味言語による詠唱。この後者こそが、アクセス方法としてより本質的なのです」
「……なる、ほど?」
「例えばわたくしなら、まず意味言語で対象とする現象を指し示し、発音言語でその形を整えるようなイメージで詠唱していますわ」
この発音言語を認識・使用できるかどうか、というのが魔法使いの条件である。
貴族は生まれつきこの認識能力が発現する血筋を持つ者が、長い歴史の中で特権階級として育ってきた結果に過ぎない。平民の中にも、突然この認識能力を持って生まれる者はいる。
「なんとなく分かりました。やっぱりマリアンヌさん、座学も抜群ですね……!」
その言葉に、ジークフリートさんは苦笑する。
「本人の努力によるものだろうが、しかし。この仕組みを整理し、体系化したのは、マクラーレン氏だからな。数奇な運命を感じるよ」
「ああ……」
そうなんだよなあ。この辺全部お父様が一人でやったんだよな。
マジで歴史の教科書に名前載ると思うよ。いや載るに決まってるわ。
「ひとまずこれで記述の問題集は終わりでしょうか」
「はい! ありがとうございます」
ちらと横を見ると、ロイは無言で首を横に振っている。
予想問題集か、テーブルの上の砂時計で時間計ってやってるんだろうな。キリが悪いんだろう。
「ではオレたちで調理を済ませてしまうか」
「そうですわね」
とはいえ魚をシメて火にかけるだけだ。
一応野菜も採ってきたので、バーベキューに近い形になる。
「ふふ……楽しいですね、こういうの」
ユイさんが生け簀から取り出した魚をブチ殺しながら笑顔で言った。
「…………」
「…………」
多分、日常が愛しい文脈なんだろうけど。
やってることがやってることなので、わたくしとジークフリートさんは顔を見合わせ、思わず一歩彼女から距離を取ってしまうのだった。
「あ~、食べた食べた。あんたたちこんなに魚を採ってたのね」
「七割はユートの成果さ」
魚はよりどりみどりだった。
キャンプ場なので釣り上げる数に制限があるが、その制限いっぱいまでユートは素潜りで捕まえてきたらしい。
こいつマジで王子やめた方が人生楽しそうだな。
「王都から離れると……やっぱり、静かですね」
「そうだね」
ユイさんの言葉に、ロイが頷く。
わたくしたちは夕食を終えると、火を消して、少し歩いた高台まで腹ごなしの散歩をしていた。
「で、あの流星馬鹿は星見に夢中?」
リンディの呆れたような声が背中に飛んでくる。うるせえよ。
みんなの会話を聞きながら、わたくしは高台の柵に手をかけてじっと空を見上げていた。
満天の星空だ。
星の輝きは、前の人生でも、今生きる世界でも、変わらない。
それが無性にうれしい。
「あれは狩人の星座だね。三ツ星が特徴だ」
「ロイ君、結構詳しいんですね。なんだか意外です」
「はは、昔は興味なかったんだけど……今つまんない男って言われたら、かなりショックだからね……」
「?」
「ふっ。ミリオンアーク君は勤勉だ、という話だろう。まあ、星の名前はすごくロマンがあっていいじゃないか。オレも好きだ」
「そうですね。確か大陸の北の方の国だと、星座の由来になった神話があるんですよね」
「ああ。マリアンヌに聞くといいよ、異常に詳しいからね。時々原典と違うとか訳の分からないキレ方をしてくるけど」
「本当に無数の星があるんだな」
「天星学には詳しくないけど、一応数に限りはあるらしいわね」
「……あの上位存在は、この星空のどこかにいたんだろーな……」
「え? それって外宇宙害光線のこと?」
「ああ……あ? リンディ、お前知ってたっけ?」
「……えっと、あれよ。マリアンヌから聞いたのよ」
瞳に映る輝きを、忘れたくない。
今こうして生きているという一つの奇跡を、最後の瞬きまで抱きしめていたい。
こんな風に思えるのはきっと、みんなのおかげだ。
自然と微笑みが浮かぶのが分かった。無数のきらめきを見上げながら、わたくしは笑っていた。
それが何よりも、うれしかった。
こうして、夏休み最後のイベントは、穏やかに終わるのだった。
「隆興せよ、正義の鉦──軍神の号令を打ち鳴らそう」
「時の流れは一方向ではない。今こそ権能を解き放て、時上りのゼルドルガ」
「リーンラードは滅びた。新たなる主の命令に従う時だ」
「逆巻きの渦で世界を飲み込め。真なる覚醒者しか抗えぬ、時の波濤を巻き起こせ」
「世界に、正しい形で、正しい秩序をもたらすために──!!」
「完全な巻き戻しに成功したんだね」
「ナイトエデンか」
夜闇の中。
儀式場に姿を現した長い金髪の男に、人影が顔を向ける。
「記憶の保持は?」
「万全だ。元より開闢の真なる覚醒者であり、建国の英雄の子孫である私は今までの巻き戻しも記憶を保持している」
「流石だな。血筋に胡坐をかくことなく、ただ世界のために刃を研ぎ澄まし続けてきただけはある。だが、貴様の出番は俺が奪ってしまうぞ」
その言葉に、男──ナイトエデン・ウルスラグナはおやと腕を組んだ。
「君がこのまま仕留めると?」
「その通りだ。貴様の手を煩わせるまでもない」
「分かった。期待しておこう」
頷いて、ナイトエデンは微笑む。
「我々は闇を照らす光」
「我々は悪性なる者たちへの対抗装置」
「我々は穏やかな営みを望む者たちの祈りを聞き届ける存在」
「希望を諦めない人々の背に立つ者であり、悪夢の手を打ち払う鉄槌だ」
「軍神よ、ゆめゆめ忘れないようにしたまえよ」
「我々に敗北は許されない」
「──禁呪保有者と、大悪魔に連なる者たちは一人残らず殲滅する。それが我々の唯一にして至上の存在理由なのだから」
「くわ……」
窓から差し込む朝日で、目が覚める。
いよいよ二学期初日である。
わたくしはベッドから起き上がると、水差しからコップ一杯の冷たい水を飲んで完全に脳を覚醒させる。
「結構早い時間ですわね……」
部屋で制服に着替えてからコメント欄を立ち上げる。一回気を抜いてる時に配信中に着替え始めちゃって垢BAN行きかけたからな。
姿見の前に佇み、くるりとターンする。世の中興奮することたくさんあるけど一番興奮するのはスカートがふわりと膨らむこの光景だね。間違いないね。
〇日本代表 朝っぱらから何してんの?
なんだよ寝起きかよ。早朝配信に耐えられる生活にしといた方がいいぞ?
何やら困惑しているコメント欄を流し見ながら、寝室を出て廊下に出る。
窓が大体ぶち割れていた。
「…………」
わたくしは真顔になった。
顔を横に向けて廊下の先を見る。
戦闘の余波で壁のあちこちが砕け、破片が床に散らばっていた。
「はああああああああああああああああああああああああああ!?」
わたくしはブチギレた。
何で!? え!? また襲撃されたの!?
全然気づかなかったんだけど!?
〇TSに一家言 うるせえ!
〇木の根 今更何を騒いどんねん
何が? 何でこいつら平然としてんの?
呆然としていると、来客を告げるベルが鳴った。
「……はい」
思考がまとまらないまま玄関に向かい、扉を開ける。
「おはようございます、マリアンヌさん」
そこには教会の制服を着こんだ一団がいた。
先頭に佇むは、やたらでかいカバンを抱え、礼服をしっかり着こなしたユイさんである。白を基調とした清潔な礼服がよく似合っている。小動物系の雰囲気を残しつつも、清楚な美少女に仕上がっていた。
「って、なんで制服を着てるんですか?」
「え……」
きょとんとしている少女の目に。
頬をひきつらせ、冷や汗をダラダラと流すわたくしの顔が映り込んでいた。
考えないようにしていた。
即座に、その可能性にはたどり着いていた。だけど荒唐無稽過ぎたから、無視した。
知っている。
だって、この状況をわたくしは知っている!
「……あの、ユイさん」
「はい?」
「今日って夏休み何日目ですか?」
「もう、何言ってるんですか」
ユイさんは呆れたように嘆息した後、その事実を告げる。
「今日から夏休みじゃないですか! 一緒に遊ぶ約束だってあるんですから、寝ぼけてちゃだめですよ?」
ああそうだ。
状況は仮面の軍団に家を襲撃され、ユイさんに調査依頼を出した時と同じ。
わたくしの意識以外の全てが、夏休み一日目だと示している。
つまり。
夏休み、リトライ! ってことだ!
「……はあああああああああああああああああああああ!?」
〇スーパー弁護士 騒音で法廷に出ろってわけ
〇無敵 お前が仕事してるの初めて見た
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