INTERMISSION47 仮面の怪盗団VS仮面の軍勢VS名探偵
カジノ『フューチャーヴィジョン』が業火に包まれる数日前。
わたくしは一つの岐路に立っていた。
【皆さんこんにちは。本日も配信の時間が始まりましたわ】
〇青色申告は4月25日まで 今更急になんだ?
〇木の根 どうせろくでもないことでしょ
〇red moon 配信切ってる間に銀行強盗でもした?
いつになく真剣な表情のわたくしを見て、コメント欄がざわめく。
一部失礼な指摘もあったが、今回はそれに取り合っている余裕はない。
わたくしは咳ばらいを挟み、『戦闘の半分は最初の一撃で決まる』と書かれたTシャツとショートパンツの姿で正座し、背筋を伸ばす。
【実はわたくし、ゲーム配信をやってみようと思うのですが……】
〇火星 今やってるだろ
〇つっきー ふざけんなクソボケ女
〇日本代表 今まで何を配信してるつもりだったんだよ
配信が大炎上した。
「チッ」
正座を崩してあぐらに組み替えて、わたくしはそばに置いていた魔法論文の熟読に戻る。
なんだよ。レーベルバイト家からわたくし監修のボードゲーム(人生ゲーム全部パクった)を出す話がまとまったから、それのプレイ動画でも上げようかと思ったのにさ。
「あームカつきますわ、そこのおせんべい取ってください」
「はいはい……じゃねえよ!? 人の部屋で何くつろいじゃってんのお前!?」
何してんのって、あぐらかいて座り込みながら魔法論文読んでるだけだよ。
「お前商談終わってからの態度最悪だぞ……!? 服もいつの間にかスーツじゃなくなってるし……ていうか、年頃の娘が恋人でもなんでもない男の部屋でそんなだらけたカッコするのは、いくらなんでもだめじゃねえか?」
「長文の上に全部正論とか、やる気ないんですか?」
〇適切な蟻地獄 こいつ正論が相手になった瞬間当たり判定消失するよな
〇無敵 あまりにも判定がデカすぎて逆に当たった認識ができないに一票
「いくらなんでも俺は正しいこと言ってんだろ!? 少しは自覚持てってことなんだよ! ていうか商談終わったんだから帰れよ!? なんでしれっと部屋まで来てんの!?」
机をバンバン叩いてアキトが吠える。
ここはレーベルバイト家の三男坊、アキト・レーベルバイトの部屋である。
「はあ……それにしても暇ですわね」
「は? 俺の声だけ遮音してんのか?」
「ベッドの下に何かあったりしませんかね……」
「あ!! あっ…………! クソバカ!! やめろボケ女!!」
どうやらあるらしいな。
ニヤニヤ笑いながらベッド下に手をのばすわたくしを、アキトが羽交い絞めにして止める。
2人でギャイギャイ騒いでいたところ、部屋のドアがノックされた。
「入るわよ」
「あっちょっ」
アキトの制止もかいなく、ジェシーさんが部屋に入ってくる。
「い、今は入ってきてほしく、なかったんだけど……」
わたくしに背後から抱き着いているような姿勢で、アキトが冷や汗をダラダラ流しながらつぶやく。
おっ。
これはもしかして、入ってくんなよババアパターンが始まるのか?
わくわくしながら見守っていると、ジェシーさんは部屋を見渡し、勝手に居座っているわたくしを見て、完全に据わった目になった。
「何、してんの?」
あっ違うこれ誰よその女パターンだ!
「フン。まあ、そういうのじゃないのは分かってるからいいけど。とりあえずピースラウンド、アンタに来客……というには、びっくりすると思うけど」
「え? えーっと、こいつに客が来てるってことか? 俺の部屋なんだけど?」
「今回はお忍びだから、礼式は省略でいいそうよ」
ジェシーさんが促すと、彼女の背後から、黒いシャツにスラックスというイケメンにしか許されない服装の青年が入ってくる。
「えっ」
「は?」
彼の顔を見て、わたくしとアキトは同時に素っ頓狂な声を上げる。
そこにいたのは、水色の髪に眼鏡をかけた、第三王子グレンだった。
「ふむ……」
部屋を見渡し、引っ付いてるわたくしとアキトを見て、彼は絶対零度の視線で告げる。
「レーベルバイト家を取りつぶします」
「うおおおおおおおおああああああああ!? 離れろ!」
「アナタがしがみついていたのですが!?」
「ちっ……違わなくないけど説明してる暇がねえマジでやめろ!! クソが! お前本当に震源地みたいな女だな!!」
震源地みたいな女って何??
ものすごい勢いでアキトがわたくしから距離を取り、平伏する。
わたくしはとりあえずあぐらのまま、頬杖をついてグレンに座れば? と促した。
「というかグレン殿下、いくら王子とはいえ無作法にもほどがありますわ。わたくしとアキトは部屋でダラダラするという重大なミッションに取り掛かっていたと言いますのに……」
「貴女の世迷言よりは百倍重大な話がありますよ。何せ王国政府の……査問会だけでなく、憲兵団からも合同での極秘依頼ですから」
「は?」
〇太郎 ガチのガチじゃん
〇鷲アンチ 横槍がぶっ刺さって死んでる……
グレン王子は部屋の中に入ってきて片膝をつくと、手に持っていたスーツケースを開く。
そこには異様な気配を漂わせる仮面が三枚収められていた。
「つけた人間の認識を誤魔化せる魔導器です。お三方にはこれを着けて、第十三区画のカジノ『フューチャーヴィジョン』オーナーが倉庫に隠している国宝級の魔導器を奪取していただきたい」
「い゛っ……!? お、俺らもですか!?」
アキトが思わずジェシーを見る。彼女は王子の命令なら断れないと肩をすくめていた。
「一度つけてみても?」
「どうぞ」
仮面を一枚手に取り、顔につける。
おっ、いい感じのフィット具合だ。
「っ!?」
「……!? うわ、気持ち悪ぃ! ピースラウンドがいたのにピースラウンドじゃなくなった!」
「成程。あらかじめ認識していてこれなら……問題なさそうです」
三人がわずかにわたくしから距離を取る。
なるほど、部屋に突然知らない人が生えたらそんなリアクションになるのか。
顔の上半分しか隠さないデザインだが、どうやら効力は抜群のようだ。
「どうやら使えそうですわね」
「あ、戻った……」
仮面を外し、スーツケースに戻す。
それからわたくしはグレン王子をじっと見つめた。
「あの」
「はい?」
「これ、上位存在の体皮を使っていませんか?」
「……! な、なぜ?」
どうやら当たりのようだ。
「それも相当に強力な個体で、出現してから自然に消滅し、その際に表皮の一部だけが残った。それを加工したものですね」
「え、ええ。その通りです。ですが一体どうして……」
【……つまり、神域権能保持者の持つ支配法則は、二つの軸を持つと考えられますわね……
なるほど、なるほど。大悪竜が『不死・再生』と言っていたのはそこですか。死なないという状態の固定に、身体の完全復元という異能の付与……そういうことでしたか……】
〇トンボハンター え?
〇みろっく 何? 急に何? あっもしかして賢いモード入ってる!?
〇宇宙の起源 お嬢ちょっと待って、お前の左脳が回りすぎててついていけてない
【要するにはパッシブスキルとアクティブスキルがあるのです】
仮面を見ながら、わたくしは思考を言葉にまとめていく。
【今回の仮面なら、単なる擬態効果だけではありません
まずは『特定不可能な個人という状態の固定』があり、更に『対象の感覚器官に対するジャミングという法則の発露』が発動していると考えられます】
でなければ、既に認識が固まっていた相手すら欺くことはできない。
理にかなっている。相手への作用だけでは、弾かれた場合に旨味がない。まず自分の存在を書き換えて、そこから滲むように外部へ作用していく。
〇外から来ました こいつ誰?
〇無敵 思考の落差で逆落としするな
ちょっとこれ楽しいな。ギアスの効力とか条件とか調べてる気分だ。
「命名するなら、『改竄・欺瞞』といったところでしょうか」
「?」
仮面のデザインもいい感じだ。
かつてわたくしが着けていたピースラウンド仮面に勝るとも劣らない。
面白そうじゃねえか。乗ったぜ!
「いいでしょう。その申し出、受けますわ!」
「王子からの命令を申し出呼ばわりしやがったぞこいつ!? あ、ほんとすみません、ほんとすみません」
隣でアキトがへこへこ頭を下げている。
グレンはメガネを光らせて微笑んだ。
「いえ。そういうところを高く評価しているので。何ならもっと馬鹿にしてもらった方がお得感があっていいと思います」
「……へ、変態だ……!」
アキト、お前の方が失礼なこと言ってるからな?
そういうわけで、わたくしたち月下の怪盗団は、王子からの密命を受けてカジノに参上したのである。
仮面だけでは物足りなかったので、今日までわたくしが夜なべしてお揃いの戦闘向け改造燕尾服も仕上げた。
わたくしはもちろん赤を基調にし、他は青と黄である。VSチェンジャーが欲しいところだな。
「くそ……せめて仮面のデザインだけでも変えたかった……こんなダサイ仮面付けて捕まったら末代までの恥じゃねえか……」
「はあ? イケてるデザインじゃないですか。わたくし気に入りましたわよ」
「どこかだよ。ああ、そういやあんなの着けて喜んでたもんなお前。いやあ、流石ピースラウンド仮面様は言うことが違うわ」
あったまきた。
お望み通り、今すぐ仮面を砕いて全裸にして王都を引きまわしてやろうか。
「アキト。言い過ぎよ」
「ジェシーさん、だけどよお」
「それにこの仮面はかっこいいわ」
「ジェシーさん!?」
衆目を集めた状態で仲間割れが始まってしまった。
眼下では避難したカジノの客たちと、あらかじめ呼び寄せておいた騎士たちがごったがえし、ほとんどパニック状態になっている。
ギャーギャー言い合うわたくしたちを見上げる中には、先ほどまでわたくしにイカサマカードを配っていたディーラーもいた。
「男1女2!? 馬鹿な、これではノンケラブコメの黄金比ではないか……! 女怪盗バディのレズはどこに!?」
あのディーラー、性癖更生のためにカジノで働かされてたわけじゃねえよな?
「コホン。それでは、ショータイムといきましょう。お二方、よろしいですわね」
「準備は万全よ」
「ああくそ、やるしかねえか……!」
条件はクリアした。内部で煙幕を張った挙句爆発なのだ、誰もが避難している。
そしてこうしてわたくしたちが姿を出せば、全員こちらに来るだろう。
「それでは! 堂々と正面から──お邪魔しますわ!」
わたくしたちは踵を返すと、まだ無事なカジノ棟に向けてワイヤーアンカーを射出、アンカー部を壁に突き刺し固定する。
もちろんここは、『フューチャーヴィジョン』の倉庫が入っている建物だ。
「……っ! 内部に残っている騎士は!?」
「い、いません! 客の避難で……!」
ジークフリートさんの声を聞きながら、わたくしは不敵な笑みを浮かべワイヤーの巻取りを開始する。
ジェシーさんとアキトより先行してわたくしは建物の窓へと加速した。
「さあ、楽しいショーの始まりですわ!」
意気揚々と叫びながら、革靴で窓を蹴破り中に突入する。
受け身を取って身体を起せば。
カジノの廊下には──夏休み初日にピースランド邸宅を襲撃した仮面の連中が、うろうろしていた。
は?
「あそこに……よりにもよってあそこに! あんな場所に入られて、根こそぎ持っていかれたら……!」
オーナーが路上に膝をつき、悲鳴を上げる。
「隊長、どうしますか?」
「……不本意だがチャンスだ。騎士を突入させ、怪盗団を捕縛しろ。無論、本来の目的も果たせ」
「ハッ! A小隊、B小隊、突入! 怪盗団を捕縛せよ! 道中で回収可能な宝物或いは資産は回収せよ!」
『了解!』
ジークフリート中隊副隊長の指示を受け、騎士たちがこぞって突入していく。
カジノは炎に包まれているものの、王国騎士は火災如きでは止まらない。
「隊長はどうされますか」
「……派手過ぎるな」
「え?」
「恐らくこれも陽動だ。最後の逃げ道を確保しているからこその動きだろう……それを探る必要がある。C小隊を一帯の捜索に回せ。不審な馬車などは全て停めろ」
「……! 了解!」
副隊長に指示を告げた後、ジークフリートは腕を組み唸る。
カジノは派手に爆破したが、建物の倒壊レベルではない。消火は容易だろう。むしろ延焼しないような心配りすら感じる。
(ピースラウンド仮面の目的が不明瞭になった。金銭目当てならこの派手さは不自然だ。何より大掛かり過ぎる。何だ? これは……)
ちらりと横を見れば、先ほどまでそこにいた名探偵とその助手はいない。
恐らく内部へ突入していったのだろう。この状況に持ち込まれては推理もへったくれもない。
「……難儀だな。治安維持程度にとどめた方がよさそうだ」
たぐいまれな直感を持つからこそ分かる。
どうにも、ピースラウンド仮面は確かに治安を乱す存在だが……その最終目的は、自分たちと重なるような気がしていた。
「何なんだよこいつらっ!?」
「いいから、倒すわよ! 焔矢、焔矢、焔矢!」
仮面の軍勢はわたくしたちを目視すると、一斉に襲い掛かってきた。
ジェシーさんが瞬く間の三連射で軍勢を足止めした。普段のパーティーと比べて火力不足は否めないが、それでも二人は相当な使い手だ。
「倉庫はこのフロアなのよね!?」
「ええ、そうですわね」
発動していたツッパリフォームの出力を20%まで引き上げ、わたくしも腕の一振りで仮面の男を数名まとめて投げ飛ばす。
「何者ですか、アナタたち!」
「我々は、大勢であるがゆえに」
「質問に答えなさいよ!?」
仮面の両目は妖しく輝いている。
ジェシーさんの早撃ちを受けた個体やわたくしに殴り倒された個体は、動かなくなってから光の粒子に還っていく。
やはり同じ。
【七聖使】──軍神の加護によって生み出された軍勢!
「我々は、我々のものを取り戻しに来たがゆえに」
「……ッ!? どういうことです!」
「我々は、大勢であるがゆえに」
取り戻しに来ただと!? ここの倉庫、何を隠してやがる……!?
「どうすんだ!? 倉庫は目前だが……!」
アキトもまた、炎属性の魔法を使って敵を打ち倒している。だが数が多すぎた。
ここで時間を食うのはおいしくねえな。
「チッ……らちがあきませんわね。舞い踊れ、羽根持つ者たち、聖なる泉の傍で、驚きを齎すもの」
「……ッ!? ジェシーさん伏せろ!」
四節詠唱の風属性魔法『疾風響』を放ち、廊下の隅から隅まで衝撃で薙ぎ払う。
道は拓けた。後は進むだけだ。
「部屋は!?」
「手前から三番目よ!」
ダッシュで廊下を駆け抜け、厳重にロックされた個室の前にたどり着く。
これが闇カジノの倉庫か。
アキトが即座に扉の前にしゃがみ、鍵穴を触り始める。
「どれくらいで開きます?」
「鍵としては上等な部類だな。だがハイエンドモデルじゃない、一分……いや40秒くれ」
ガチャガチャと工具を弄り始める男の姿にわたくしは感心した。
メカニックとして優れているのは知っていたが、この手のピッキングにも精通しているとは。
「……アンタ、心当たりがありそうだったわね」
「…………心当たりだけです。何者かは、本当に分かりません」
周囲を警戒しながら、ジェシーさんはそれ以上追及してこなかった。
助かるよ。
そうこうしているうちに、レーベルバイト仮面2号の手元で、カチャンと甲高い解錠音が響く。
「よっしゃ! 開いたぜ──」
「そこまでです!」
刹那、小さな影が横から突っ込んできた。
警戒はしていた。廊下の端に人影はなかった。
なら単純だ、廊下の向こう側からここまで、一瞬で走り抜けてきやがった。
「っっっ!」
とっさに右腕で防ぐ。
互いの身体が弾かれ、下手人が距離を取る。
「ピースラウンド仮面……御用改めです。おとなしく縛に就いてください」
そこには名探偵スタイルの服装を着たユイさんが、臨戦態勢でこちらに目を向けていた。
あっぶねえっ! 今の加護乗せた右ストレートかよ!
仮面がなければ即死だったぞ!?
「レーベルバイト仮面1号さん2号さん! ここはわたくしが食い止めます!」
「了解した、死ぬんじゃねえぞ!」
なんかかっこいい感じになっちゃったけど、わたくしたちが悪者なんだよな……
二人が倉庫の中に入り、ドアを閉める。
廊下に残ったのはわたくしとユイさんだけだ。
「騎士たちを待たなかったのですか。随分と自信のあることで……」
「シッ」
問答無用とばかりに拳が撃ち込まれる。
無刀流は人体内部を破壊する絶技。流星の鎧を身に纏っているわたくし相手でも、その鎧を貫通して内側にダメージを与えてくる。
要するに。
相性最悪! さっきからガードしてるとこメッチャ痛い!
この原作主人公、強すぎ……!
「この人、強い……!」
連撃を極力受け流し、捌く。タキシードの裾から麻酔針を飛ばすが、彼女は首を軽く振るだけでかわす。えっ今の対応すんの? 動体視力どうなってる?
「ぐっ……! 名探偵の戦い方としては、物騒ですわね!」
「あいにく、私は助手なので!」
防戦一方では押し切られる。
間隙に拳を放つが、叩き落とされ、あるいは逆に腕を極められそうになる。
明らかに分が悪い。格闘戦を極めたような少女相手に、真っ向から格闘戦を挑むなんて。
挑む、なんて────楽しい。
分が悪い。悪すぎる。だから、楽しい。
このカードでガチにやるのは、初めてかもしれねえ。
「クク、クククッ────」
テンションが上がる。
唇が吊り上がる。
「貴女が誰か知りませんけど……! 許せない……!」
「あら。ピースラウンドにそんな思い入れが? 戦闘しか能のない、殺人鬼の血筋でしょうに」
「ッッ! 私の前であの人を愚弄したな!?」
ユイさんの振るう腕にいっそうの力がこもった。
それでいい。
こちらの迎撃も、どんどんキレてきた。圧倒的な敵を目の前に、身体が全身全霊で、今この瞬間に進化することで勝とうとしている。
そうだ。全身の細胞一つ一つが叫んでいる。
──勝てと!
「ツァッ!」
向こうの拳を打ち払い、裏拳を頬に当てる。
だがユイさんは顔色一つ変えずに完全に衝撃を受け流し、そのまま攻撃を続けてくる。
さっきの発言撤回したくなってきた。肉弾戦でどうやって勝つのこれ?
「その巫山戯た仮面を砕いて素顔を晒し、王都を引きずり回します……ピースラウンド仮面……!」
原作主人公が独力で市中引き回しを思いつくんじゃない。
足元のガラスのかけらを蹴り飛ばす。ユイさんは無視して突き進む。あっそうかあの服に防刃加工したのわたくしだわ。
ワンテンポ反応が遅れ、踏み込みを許す。
「ッ! 汚泥を清め、あさましきを寄せず、威光を讃えよ!」
「魔法使い!? しかし!」
三節詠唱風属性魔法『天険圧』を発動。『疾風響』と比べ範囲は狭まるが、取り回しの容易な魔法。
それを腕に巻き付ける形で、ユイさんの渾身の右ストレートを受け止める。
風のヴェールが、加護の光に削り取られて異音を響かせた。
「ピースラウンドを名乗っておきながら、貴女は、あの人とは真逆だ……!」
「……はい?」
至近距離でわたくしを睨み、彼女は両眼に激昂の焔を滾らせる。
「その何もかも諦めたような……! 今ここで、仮に負けて全部終わってもいいと考えている目が許せない! ピースラウンドの名から、一番かけ離れた目……!」
「────────」
思考が完全に止まった。
そしてその隙を、彼女は見逃さない。
「無刀流──烈・嘩」
直後、ユイさんの両腕が消失した。
「──ぅっあ」
情けない声を上げながら、とっさの反応で身をよじる。
ダメージを受けると致命傷になりかねない臓器を守りながら、ギリギリで、攻撃らしきものを掻い潜る。
何!? 何今の!? 何!? 本当に何!? 何もわからねえけど一手ミスったら死んでたのだけは分かる! いや本当に何!?
「!? しのがれた……っ!?」
間髪入れず後ろに転がり、間合いを取り直す。
ドッと冷や汗が噴き出た。
こいつ一ノ型とかじゃなくて、ノータイムで奥義ぶっぱしてきやがった! せめて必殺ゲージ貯めてからにしてくれねえかなあ!
「ピースラウンド仮面、あったわよ!」
そのタイミングで、倉庫のドアを蹴破ってレーベルバイト仮面たちが出てくる。
……ふん。最後の言葉はかなり効いたが。まあいい。やることはやったからな。
視線だけでこちらの喉笛を嚙み千切りそうな勢いのユイさんに、わたくしは仮面越しに語る。
「実のところ、我々はもうお宝をいただきました」
「っ!?」
「なので、後は任せます……アナタたちもあるのでしょう? 目的が」
ユイさんの背後から、複数の騎士たちがこちらに駆けてくる。ギリギリだったな。
パチンと指を鳴らす。背後の仲間たちはすでに詠唱を終えている。
「しまっ……」
「それでは皆様、御機嫌よう」
スカートをつまんで恭しくお辞儀をする。
同時、背後のレーベルバイト仮面たちが天井に魔法を放ち大穴を開ける。
タキシードの各部からめくらましの煙幕が撒かれた。
「タガハラ様、お怪我は!?」
「私は大丈夫です! だけど……!?」
騎士たちが煙幕を切り裂き踏み込む。そこに怪盗たちの姿はない。
まさかと穴を見上げれば──カジノの上空に巨大な飛行船が浮かんでいた。
「……は?」
サーチライトに照らされるそれは、用は済んだとばかりに、悠々とその場を離れていく。
「な、なんですかあれ……ッ!?」
「ハインツァラトゥス王国の方では実用化が近いと聞きましたが……怪盗団如きが何故飛行船を……!?」
ユイさんや騎士たちの驚愕を置き去りにして、飛行船は夜空を滑るようにして去っていくのだった。
というのを、わたくしは、煙幕を張ってから倉庫に飛び込み、二人が開けておいてくれた穴で地下に潜りつつ聞いていた。
「では、ここからは別行動で」
「任務完了ね」
「ッハァ~~……マジ、もう、二度とやんねえから……」
とアキトは言うものの、これが後世にも名高い仮面の怪盗団の伝説の1ページ目だとは知るよしもないのであった……」
「妙なナレーションで嫌がらせしてくんのやめろ!」
カジノの排水路を使った逃走経路である。
飛行船なんて用意できるわけないだろ。あれはダミーだ。デカい布を膨らませて、魔法を付与してぷかぷか浮かせているだけ。人が五人ぐらい乗ったらぐらついて墜落するんじゃねえかな。
「ふぃ~……」
レーベルバイト仮面たちと別れ、首を鳴らして息を吐く。
目当てのブツはわたくしの手の中にある。綺麗な指輪だ。念のため地下での移動も二手に分かれ、後日捜査された際に足取りを分からなくさせる。
大体のプランニングはわたくしがやった。あのメガネ、丸投げしやがって……ていうかわたくし意外と犯罪者の才能あるな。いらね〜。
「それにしても、この指輪にそんな価値が……」
王子の話を聞く限りだが、どうも軍神の軍勢もこれを狙っていたような気がする。
倉庫に別のお宝はごまんとあるだろうが……グレンが語った指輪の概要を合わせて考えると、連中の取り返しに来た、という言葉に納得がいくのだ。
「まあ、詳しくは本人に聞けばよいですかね」
派手に飛んで行った飛行船だが、間もなく魔法使い部隊の砲撃で撃ち落とされるだろう。
異臭漂う王都地下区画を、のんびりと進んでいく。騎士たちがここに気づいた時には、もう地上に戻ってる頃合いの計算だ。
鼻歌交じりに進み、曲がり角を右に折れる。
「待っていたよ」
ぴたりと、わたくしの首元に、白銀の切っ先が突き付けられる。
「……マジですか」
「おや。馬鹿にしていた割には、口調も彼女そっくりだ」
地下水路の暗闇から、のそりと男が顔を出す。
インバネスコートに鹿撃ち帽をかぶった、名探偵スタイルの男。
ロイ・ミリオンアークが、逃走路を看破し待ち伏せていた。
「……どう、して?」
「裏口や別の棟にも、騎士団の方々が向かったよ。飛行船に気を取られてはいたけど、やはり君の動きはどこか演技めいていた。口調だけじゃない。一挙一動が、視線を集めるためのものだった」
それは、まさしく名探偵が真犯人に推理を聞かせるような、穏やかな口調だった。
「腹立たしいが……君の視点は、彼女に似ている。空間の把握が、彼女の言葉を借りるなら三次元的なんだ。地面だけじゃない、上下の幅をごく自然なものとして認識に組み込んでいる」
「……随分と、ピースラウンドの長女に詳しいのですね」
「世界で一番詳しいよ。だから、悔しいことに、彼女ならどうするのか……そう考えたらわかったんだ。上にばかり注目を集めさせて、本命は下だ」
切っ先を向けたまま、彼はわたくしを取り押さえる機会を窺っている。
チッ。変に名探偵の服なんて作るんじゃなかったぜ。妙なバフがかかってんじゃないだろうな。
この場を切り抜けるべく視線を巡らせ周囲の様子を窺い、思考をフル回転させる。
「ああ、なんとかしようとしてるみたいだけど、無駄だ。ジークフリートさん……騎士団の中隊長が間もなく来る。仮に君が僕を打倒できたとしても、彼は絶対に倒せない。なぜなら君は悪人だからだ」
……最後の詰めまで抜かりねえと来たもんだ。
そりゃそうだな。こいつの雷撃属性魔法なら、敵がどれほど格上でも、人間相手ならある程度の時間稼ぎはできる。
「分かりました」
「投降してくれるかな?」
「アナタを一瞬で無力化すればいいのですね?」
「できるならね──」
わたくしは仮面に手をかけ。
ほんのかすかに、それを肌から浮かせ。
ロイにぐっと顔を寄せた。
「……お、おはようございます、ア・ナ・タ」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」
がくんとその場に膝をつくロイ。よっしゃ楽勝ォ!
即座にその場をダッシュで離れる。
「ちょっ、まっ、もう一回──もう一回!? 違う、マリアンヌじゃないはずなのに……マリアンヌだった!? いやしかし! マリアンヌか……!? いや……マリアンヌじゃない……! いや──マリアンヌか!? マリアンヌなのか!? いや……マリアンヌじゃない……いや──マリアンヌなのか!?」
仕掛けたわたくしが言うのもなんだけど、多分、それはもう幻術だと思うよ。
危なかった、最後の最後にアドリブが必要になってびっくりした。
無事合流ポイントである別区画の家屋の屋上までたどり着き、わたくしたちは仮面を外してグレン王子と向かい合う。
「いやもう、地下に騎士が降りてくるなんて聞いてなかったぜ……」
「見つからないよう気配殺すのに必死だったわね。まあ、その、悪かったわよ」
「い、いや別に……役得っちゃ役得……って、義母に何言ってんだ俺……!」
こいつらドキドキロッカーハプニングとか起こしてただろ。
こっちは真剣にピンチだったというのに、何イチャコラしてくれんだ。
「確認しました」
いちゃこらしてる親子二人はともかく。
指輪を確認して、グレンは頷く。
「しかるべき手順を踏んだ後、私の方で、あちらの国にお返ししましょう」
「……ハインツァラトゥス王国の神殿から流れたもの、ですか」
かつてユートの兄や国王たちに洗脳を施して、ルシファーの端末顕現を唆し。
正気に戻った国軍に壊滅寸前に追い込まれつつ、今度はリーンラード家を掌握して上位存在顕現の儀式を行った連中。
だからこそ、わたくしの推測には説得力が生まれてしまう。
「王子殿下」
「何でしょう」
すっとメガネに身を寄せ、いちゃいちゃしてるレーベルバイト親子に聞かれないよう声を落とす。
「倉庫突入時に……別の勢力が機に乗じ、その宝物を奪取しようとしていました。交戦し撃滅しましたが、発言から推察するに取り戻そうとしていたかと」
「……! 神殿の残党が? 先日、貴女が上位存在五体ごと殲滅し、あらかた捕縛したはずですが」
「どうにも、本質的な部分では叩けていないようです」
グレンは考え込み、数度頷いた。
「この件、私が預かります。兄上たちにも相談する必要がありそうですね」
「……失礼ながら。国王陛下には?」
「俗事ですから。気にもかけないでしょう」
「いいえ、そうでもないかと。おそらくわたくしが直接話せば……」
何せ禁呪保有者に対するカウンターの連中だ。
ジジイがいくら戦争のことしか頭にない狂人であっても、いいや狂人だからこそ見逃せないはずだ。そう思っての発言だったが。
グレン王子は数秒じっとわたくしを見つめ、ふいと顔を横に向ける。
「前からずっと思っていたのですが」
「はい?」
「貴女は……私や兄上ですら知らない、父上のことを知っていますよね?」
「!」
「踏み込みはしませんよ。ですが……いえ……」
言葉を濁したところで、分かる。
父親に秘密を作られて、いい気がするわけもない。
「いつかきっと、話してもらえる日が来ます」
「…………」
「ほら、まったく……前にも言ったでしょう。険しい色を取り除かねば、アナタもまた修羅道に落ちてしまいますわよ」
「もが」
王子の両頬をつまんで、びよんと伸ばす。
うわ……肌超絶スベスベじゃん……うらやま……
「あいつアレ、マジでやってんの?」
「まあ……恐れを知らない性格だから……ちょっと頭イってるのよ」
レーベルバイト仮面二名が何か言っているが、その気になったらこの瞬間に殺せるので許した。
心のゆとりは大事だ。ゆとりのないやつから死んでいく。訳わかんないぐらい承認欲求に支配されて自分の話しかしなかったり、相談の体で自分の話しかしなかったりする。余裕がないと、これが当人にとっては自然なのだ。誰かに認められないと死んでしまうような気持ちがする。心身の健康としてもよろしくないが、他人との関係も悪くなる。マジで良くない。余裕だけは持っといた方がいい。
でも……いくら余裕持ってても許せない悪口はあるし……レーベルバイト家、潰してよくね?
わたくしはどこか幸福そうな表情で意識をあらぬ方向へ飛ばしているグレン王子を見ながら、そう思うのだった。
「──っていうことがあったんですよ」
翌日、王都の喫茶店。
夏休みの宿題をみんなでしようと集まった場で、ユイさんが憂鬱そうに語っていた。
「すげーなお前ら。めちゃくちゃでかいイベントやってんたんじゃねえか」
ユートがアイスコーヒーをすすりながら感心したように言うが、残念なことに登場人物大体ここにそろっていることに気づいてほしい。
「結局カジノは騎士に裏金を発見されて取り潰されたんでしょ? なんだか怪盗団の思惑通りって感じがするわね」
リンディが相も変わらず勝手に本質を見抜いている。
まあ、それはともかくとして。
「……意外です、けど。マリアンヌさんって、こういう話には興味がないんですか?」
ペンを止めてユイさんがわたくしに問う。
そりゃそうだな、ほとんどリアクションをすることなく、黙々と宿題をやってたし。
まあ興味があるとかじゃなくて全部自分の行いだから客観視できないだけなんだけどね。
「意外でしたか? ですが、どう取り繕っても王都のカジノなど興味がありませんので。わたくし特許とかでガッポガポですし」
「憧れてる人から聞きたくない言葉ワースト2とかですね、ガッポガッポ」
ユイさんが悲しげにこちらを見てくる。
うるせえよ、貴族たるもの何かしらで利権は手に入れとくもんなんだからさ。
「それはともかくとして、ですが」
「はい?」
「いえ。ユイさんだけでなく、ロイもありのままに起きたことを話していたので……」
当日あったことを、ひどく語りづらそうにすべて語り終えてから、ロイは沈痛な面持ちでペンを止めていた。
言っちゃなんだけど止まってる理由はひどく分かりやすい。
「わたくし以外の人間相手に欲情する能力を持っているのだなあと思いましたね」
「……そのことなんだけど」
若干イライラしながら言うと、ロイはわたくしをまっすぐに見つめた。
「ユイに聞いたんだけど。極東の古いしきたりには、腹を切って詫びる方法があるらしい」
「ああ、それ勘違いしてますわね。切腹は本来は武士の誉れなので、謝ると言って切腹するのは結構図々しい感じのこと言ってますわよ。謝る気あります?」
「…………ッ!?」
わたくし相手に切腹で詫びようとするなよ。
ていうか別にお前の認識で他の女になびいちゃっただけじゃん。は? ムカつく、腹切れよ……
「だ、だけど本当に勘違いしないでほしいんだ!」
「何がですか? 何が? 具体的に何をどう勘違いされたら嫌なのです?」
「あっ……お、思ってたより、嫌なんだね」
「なんで嬉しそうにしてますの?」
ロイはわたくしの反応を見て若干口元が緩んでいた。
「こっちは真剣に怒っているのですが!? 何が面白いのです!?」
「あ、ああ……いや、自分を殺したくって仕方がないのは本当なんだけど……君のそういう姿を見ることができるとは思っていなくて……ふふ……」
何笑てんねん。
……ま、まあ?
結局わたくし相手だから許してやらないこともないが? しかし頭ではわたくしじゃないと認識していたはずなのにそれでも欲情するというのは……
「……っ」
思考がまとまらず、頭をかきむしる。
「……うぅ……!」
いや何考えてんだよ!!
あいつがわたくし以外に欲情してるのはむしろ超いいことだろうが!
夏休みの宿題を手当たり次第に解きながら、わたくしは自分にそう必死に言い聞かせるのだった。
「……本当に欲情したんですね。驚きました」
「ああ。ユイも同じ声で同じことを言われたら動けなくなると思う。それぐらい……完璧な精度の声真似だった。自分を殺したくて仕方ないよ」
「じゃあ、マリアンヌさん以外の女性でも、マリアンヌさんに似てたら目移りするかもしれないんですね」
「………………だから?」
「いえ、別に……」
「ふうん…………」
「………………いっそ、ロイ君が私に欲情してくれたら話は簡単なんですけどね?」
「……ハハ。まずは目の色を変えるところから始めたらどうだい?」
「ふふ……」
(なあリンディ、こいつらこれでいいのかよ?)
(ユート、聞かなかったことにしなさい。あんたが勝ちたいならこいつらは触らないのが正解よ)
(まあ確かにな……)
(ファミチキください)
(ファミチキって何!? ていうかあんたは当事者だからこれには参加しちゃだめよ!?)
リンディに言われたからには、そういうことになった。
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