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INTERMISSION40 暗闇の中に咲く花(後編)

 わたくしとラカンさんは、マルコの戦意を喪失させることに成功した。

 その時、足音が聞こえた。

 ラカンさんのさらに背後から、ぬうと黒服の男たちが数名入ってきた。


「どちら様で?」

「……ディックか。ボスの命令で?」

「そうです、ラカン様。現時刻をもって、貴方への殺害指令が取り消されました」

「あいつ、最初から分かってやがったな……本当に死んだらどうするつもりだったんだ……」


 ラカンさんはがしがしと頭をかいてから、懐から煙草を引き抜き口にくわえる。黒服の一人が素早くマッチを擦り、そこに火をつけた。

 成程。

 どうやらわたくしたち以外の場所で、きっちりケリはついていたのか。


「マルコ様。ボスからの言伝を」

「ぇ……」

「『最初から分かっていた。もしお前が本当にすべてを成功させたのなら、私は席を譲ってもよかった。だが失敗した。お前はその程度だ』」


 ……言いぶりからして、ここの様子を知ってたっぽいな。

 周囲を見渡す。アジトの壁にかけられた絵画や美術品。それらから微弱な魔力を感じた。


「アナタ監視カメラに囲まれてるの全然気づかなかったのです?」


 指摘すると、マルコだけでなくババアまで面白いぐらい青ざめた。

 がっかりだよ。もう少しはやるかと思ってたんだがな。

 額を伝う血を、その辺に落ちてたハンカチで拭う。全部終わったな、と一息ついた。

 そして。




「まったく、なんでアナタなんかが生き延びて、彼女が……」




 ────意図せず零れた言葉を聞いて、自分で凍り付いた。

 身体の動きが止まった。自分の拍動がいやに聞こえた。


 ああ、そうなのか。


 だからわたくし、ずっと怒ってたんだ。


「……クソッ!」


 固まったわたくしを見て好機と思ったのか、マルコが裏口から走って逃げる。置き去りにされたババアが何か喚いていた。


「あいつ逃げる気だな、ここの倉庫には魔導重機があったはずだぞ……!」


 ラカンさんが戦慄した様子で叫ぶと同時、アジト自体がグラグラと揺れた。

 後を追えば、教会裏手の倉庫を半壊させ、ハートセチュアの家紋を肩に刻んだ巨大なロボが立ち上がっている。

 は?


「これは?」

「ボスが外国から買い上げたっていう最新鋭の重機だ……!」

「重、機……?」


 頭部にV字型のアンテナついてるんですけど。



〇みろっく クソワロタ

〇第三の性別 あ~これあるよあるある、一周目クリアしたらショップで買えるんよ



 原作要素なんかーい! 潜水艦といいどうなってるの? 発展レベルっていうか、考証がガバガバすぎないか??

 巨大ロボが腕を振り回す。教会の塔にそれが当たり、半ばから上をすっ飛ばした。

 空中を滑った建造物が空き地に沈む。砂煙が吹き上がり、大地が激震した。


「って! 普通にこれシャレにならないのでは!?」

「野郎、住宅地に向かってるぞ!? 国境をアレで越える気か!?」

「イカれてますわね……!」


 どうする? 流星でぶち抜くか?

 ただなあ……



〇外から来ました お嬢どしたん?



 自分でもびっくりするぐらいモチベが下がっていた。

 だってさっきまで怒ってたの、完全な八つ当たりじゃん。

 うわあ……心狭っ……


「PUGYU!」

「ん?」


 慌てふためいているラカンさんや黒服たちの背後でうんざりしていると。

 不意にわたくしのスーツの裾を引っ張る何者かがいた。

 振り向く。


 タイヤを足代わりにつけたデカいネズミがいた。


 は?



〇木の根 マジで鼻水吹いた

〇みろっく え……これモル……

〇日本代表 違う違う、ネズカーな。全然別物だから。ほら……なんかこう……違うだろ……?



 ネズカーとやらは裾を器用にはんで引っ張っていた。

 わたくしと視線が重なると、目をつり上げて元気に跳ねる。


「PUGYU!」

「自分を使えと?」



〇red moon なんで意思疎通できるん???



 よく見ると、前世における自動車とかなり酷似していた。

 何だこれ……と戸惑っているわたくしに対して、ラカンさんが神妙な顔で近づいてくる。


「そいつもボスが買い上げた、あの最新型二足歩行重機とは対になる兵器……じゃなかった重機、試作型四足歩行重機『パラベラム』だ」

「今兵器って言いましたわよね?」

「あれもこれも動作には運転手の魔力を必要とする。頼めるのは嬢ちゃんだけだ……!」


 誇り高き掃除屋が、ガバリと頭を下げた。

 わたくしは暴れながら進んでいくロボの背を見た。そうか。姪さんが巻き込まれる可能性だってある。

 みんな必死だ。応援を呼ぶ黒服の人。意味なんてないのに武器を取り出して必死に攻撃する人。

 わたくしだけが勝手に熱を失い、勝手にステージを降りようとしていた。


 それは、違う。


 誰もが多分必死に生きている。

 わたくしもそうだ。


 そして何より。



 ────彼女も、そうだったはずだ。



 視界が揺れた。臓腑の底から何か、熱いものがせりあがってきた。

 パシンと自分の両頬を叩いた。失っていた何かが充填されるのを感じた。

 キッとネズカーを見据える。


「……ッ! パラベラム、やれますわね!?」

「PUGYUPUGYU!」


 ネズカーのまなざしには決意の焔が宿っていた。

 わたくしはラカンさんに頷くと、勢いよくネズカーのピンク色の車内に乗り込んだ。

 ハンドル代わりに備えられた二本のグリップを掴んだ。インジケータが浮かび上がる。魔力を流し込めば、エネルギータンクが急速に色づいていった。

 pipipiと起動音が響く。薄暗かった車内で次々にモニターが点灯し、外部を映し出していった。


 え?

 自動車っぽかったけど普通にこっちもコックピットだわ。何なんだこれマジで。



〇無敵 新令嬢戦記マリアンヌ(ワロタ)じゃん



 名作を汚すな!

 こちらの起動に近づいたのか、ロボが足を止めて振り返る。


『ハッ、そんな燃費最悪の骨董品で──!』


 やつはその辺にあった廃墟をぶん殴り、破片をこちらに打ち出してきた。

 黒服の皆さんが慌てて退避する。わたくしたちの周囲に雨あられのようにがれきが降り注ぐ。

 カンカンと硬質な音が響いた。ネズカーには傷一つついてない。


『何ィ……ッ!?』

「これがわたくしの、いいえ! ☆5スーパーカーの力ですわッ!」


 グリップを一気に押し込んだ。

 ネズカーの瞳がカッと光り、タイヤがフル回転。

 数秒の空転を経た後、地面を噛みとめて、猛スピードで発進した。


「そうか、そういうことですかパラベラム……! アナタもまた、()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

「PUGYU!」


 次々に振り注ぐ瓦礫を巧みなハンドリングで回避。

 距離を詰めるまで十秒もかからない。


『く、来るなッ! 来るんじゃねえイカレ女!』


 雑魚が何か言ってるが関係ねえ。

 道はあのロボが自分で開いてくれている。

 うず高く積もった瓦礫を射出台に見立て、わたくしとパラベラムは最速で乗り上げ、そのまま空中へ飛び出した。


「と……」

「と……」

『飛んだァァ────────ッッ!?』


 黒服の皆さんにラカンさん、そしてマルコが絶叫した。

 何を驚くことがある。翼がなかろうと、自分の道をきっちり分かってる奴なら、いつでも飛翔でき(とべ)るんだよ……ッ!


「さあ、仕舞といきましょう!」

「PUGYU────!」


 車内で叫ぶと同時、パラベラムがまばゆい黄金の光を身に纏う。

 過剰魔力を前面に展開して、まさしく弾丸──いいや!

 流星となって、巨大ロボめがけて真っすぐに飛翔する!

 こいつで決まりだ!




「必殺・悪役令嬢サーバー内1位パァァ────ンチ!」




 狙い過たず。

 交錯は刹那だ。ロボのどてっぱらをぶち抜いて、そのまま道路へと着地。車体を横向きにしてパラベラムが急停車する。



〇宇宙の起源 パンチじゃなくてこれひき逃げって言うんよ

〇無敵 危険の擬人化が危険運転するな



 インジケータを見れば魔力は既にすっからかんだった。

 今ので全部使いつくすってなると確かに燃費は最悪だな。

 だが──最新型と試作型だろうと、勝敗は覆らない。


『ばか、な……! こんな……! こんなワケの分からねえ女と魔獣モドキに……!?』


 がくんと膝をつき、巨大ロボが全身から火花を散らす。

 わたくしはネズカーから降りて頭をひとなでしてやると、ロボに背を向けた。

 背後でカッと閃光が湧き、遅れて爆風が一帯を揺らした。


 ばさばさとはためくジャケットを肩にかけなおし。

 わたくしは右手で天を指さした。






「これこそが10連ガチャの呼吸! 生まれ変わりが貧民スタートでも最強のガチャであっという間に勝ち組! サーバー内に敵なし! 見下してくる人間を全員張り倒して最強の座に君臨するのがわたくしことマリアンヌ・ピースラウンドッ!! よく考えたらガチャなんて要らねえですわ! ☆6だろうと10だろうとかかってきなさいッッ! ☆無量大数令嬢がぶちのめしてあげましょうッ!」






「ガチャが何だか知らないんだが、結局今殴り倒してなかったか?」




 駆けつけたラカンさんのつぶやきに、ネズカーが『PUGYU……』と悲し気な目をしていた。

 よせよ。反論できねえからって弱い顔をするな。聞かなかったふりをするんだよ。











 破壊された貧民街について。

 プライム・ファミリーが土地を買い上げて、新たに公共の避難所を造るそうだ。

 もともと、決まっていたらしい。


「ボスは方針を転換するつもりだった。自分たちだけが甘い汁を啜ってちゃ、未来がないと気づいたんだ。だからマルコは反発してたのさ」


 夜闇に沈んでいる廃墟の中。

 ビルの屋上にて、貯水タンクの傍に座り込んで足をぶらぶらさせていたわたくしの隣に、音もなくラカンさんが現れた。

 彼はくわえた煙草に火をつけると、煙を吐き出す。


「背景なんて知りません。結果としてこの国を腐らせたのはアナタたちです」

「必死だったんだ。俺たちが覇権を握るまで、王都の再犯率は何パーセントだったと思う」

「…………」

「180%……貧しさから犯罪に手を染め、仮につかまっても、釈放されてから他に食い扶持がない。旅行者へのスリや恫喝、他国から他国への密輸……それらをボスが管理した。今の方が、昔よりかはマシになった。別に平和のためじゃない。邪魔だったからだがな」

「必要悪を名乗るには、矜持が足りないかと」

「その通りだ。自己弁護をすることはできない」


 だが、頷ける点はある。

 ……別にどうでもいいけどな、こんなしょうもない国。


「誰にも明日がない暗闇よりはマシだって……若いころは、あいつと一緒にそう考えてたんだ……だけど……間違ってたよ。はっきりと、分かった。俺たちは間違っていたんだ。暗闇の代わりに暗闇を作っていただけなんだ」


 暗闇。

 わたくしは闇に溶けるシルエットだけの街並みを見渡した。

 確かに最悪の都市だったが、それでもまっとうに生きている人はいた。その場所はきっと、ラカンさんたちが生み出したものなのだろう。


 後始末やら事情の説明やらで、夜はあっという間に過ぎていった。

 全身を包帯でぐるぐる巻きにされたマルコが、担架に乗せられてどこかへ運ばれていくのが見えた。


 夜が明ける。水平線の向こう側から光が差す。

 目を細めた後、ポケットからサングラスを取り出してかけた。


「この光を見るのは、夜を生き延びた者の特権ですわ」

「そう、だな」


 たとえ暗闇に咲いた花でも、太陽は平等に照らす。生きてさえいれば日は何度も昇る。


「生きて勝ち取ったのです……生き残れなかった人たちの、彼女たちの代わりに」

「……ああ、そうだ」


 何か逡巡するような気配があった。

 振り向けばラカンさんは腕を組み、難しい表情で唸っていた。


「嬢ちゃんはどうする」

「……え?」

「この光を見ることができなかった人が、いる。俺にもいる。そして嬢ちゃんにもいるんだろう」

「……それは」

「だから、どうする。嬢ちゃんには明日がある。その明日をどうするんだ」


 幾重の修羅場を潜り抜けてきたのだろう。

 彼の問いはずんと腹の底に響いた。


「わた、くし、は」


 視線を逸らした。

 サングラス越しなのに、陽光が眩しかった。


「わたくしは……」


 息苦しいと思った。

 のどにつかえるそれを、必死に吐き出す。


「わたくしは……生きます」


 嗚呼。

 やっと言えた。


 なんで彼女に帰る場所はなかったのにと、帰ってからずっと思っていた。

 なんで彼女は明日を投げ捨てたのにと、彼女の明日を生きながらずっと思っていた。


「生きます。生きてみせます。彼女の分までなんて、安い言葉はいりません。ただわたくしは生きていきます。明日も、その先も、最期の瞬間までずっと……」


 ずっと思っていた。

 背負うって、なかったことにしてしまうんじゃないのかなと。


 あんなに綺麗に消えてしまったんだ。それをそんな綺麗な言葉で包んでしまったら、もう何も見えない。

 飾りだけは綺麗だけどその包の中には何もない。何もないんだ。空虚な空白しか残りはしない。


 だからきっとこれでいい。

 痛いままでいい。

 痛くなきゃいけないとは言わない。

 でもかさぶたすらないまま跡一つ残らないよりは、ずっとずっとマシだ。


「そうか。なら、良かった」


 ラカンさんは静かに紫煙をくゆらせながら、ただそこにいてくれた。

 日の光が眩しい。眩しすぎて視界がにじむ。



 誰かを照らすために、日が昇っていく。

 それをただ見つめていた。

 わたくしじゃない誰かのために、もっと輝け、と願った。


 サングラスをかけていて、良かった、と思った。






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― 新着の感想 ―
[一言] さらっと疾風伝説風のルビを特攻んでくるヤンキー令嬢 ガチャ回さずチェーン振り回してた方がいいんじゃないかな
[一言] 危険の擬人化:『お前を殺す』
[一言] ギャグからのシリアス、この落差が癖になる❨マリアンヌと言う名の劇薬❩
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