INTERMISSION33 敬虔なる者たち
大聖堂の礼拝堂の懺悔室はイメージ通り、こじんまりとした簡素な部屋だった。
通常の礼拝をするための広間とは別ルートだからか、他に人気はない。
「ありがとうございます」
「い、いえ……その、本気ですか……?」
ここまで案内してくれた小太りな神父さんにお礼を告げる。
彼は冷や汗を浮かべながら、何度目になるかも分からない同じ問いを投げてきた。
「驚くのも無理はないでしょうが、知人の勧めでして」
「なるほど……」
「こう見えて色々と、その。罪深いこともしておりますの」
「あっ違います、懺悔することがあるのに驚いてるのではなくそれを懺悔しに来たことに驚いてるんです」
「どつきまわしますよ」
「そういうところですよ」
確かにこの態度を普段からやってるやつが、突然殊勝にも懺悔しに来たとかそりゃびっくりだわな。
「では私はこれで失礼します……くれぐれもその」
「大丈夫ですわ。一通りの作法は存じ上げております」
「懺悔室は壊さないでくださいね」
「本当に壊してやりましょうか?」
「そういうところですよ」
クソが。わたくしのことなんだと思ってるんだ。
〇red moon 祈りだけで物理的破壊ができるの、強キャラっぽいな。良かったなお嬢
〇宇宙の起源 普段祈りを馬鹿にするような言動をしておきながら心の根っこでは祈るという行為に価値を認めているお嬢、完全に解釈一致です。本当にありがとうございます。
わたくしの解釈とかされてもな……もっと有意義なことあるだろ。ユイさんとか解釈のし甲斐があると思うけど。
神父の背中を見送った後、わたくしは懺悔室の中に入った。
椅子に座り、仕切りを正面から見つめる。ちゃんと声を通すように設計された壁だ。埃っぽくもない。定期的に使われているのだろう。
さてと。向こう側から呼びかけられるまでは待ちだ。
膝の上に手を置いて背筋を伸ばす。今のわたくしは貴族ではないし、学生でもない。懺悔をしに来た一市民である。最低限守るべき礼儀というものがあるだろう。
そうしていると、壁の向こう側から、微かなささやき声が聞こえる。
『おい……本当に来ちゃったぞ……やべえって……』
『誰行く? 私絶対やだよ、王国の守護獣を殺傷してしまいましたとか言われたら失神する自信があるもん』
『大量破壊用魔道具を数百個隠し持ってますとか、そういうレベルで済んでほしいぜ』
この壁ぶち壊して全員の前歯へし折ろうかな。
ビキバキと額に青筋が浮かぶのを感じる。わたくしのことなんだと思ってんだよ。
さすがに何か言い返してやろうかと思っているうちに、向こう側では、わたくしの懺悔の内容を推察する会話が進んでいく。
『他国の王子を半殺しにしました、とか……』
『大量殺人鬼を私情で見逃しましたとか?』
おっと正解が二連続で飛び出てきた。
もしかしてわたくしへの評価、実は適正だった?
『禁呪保有者とか言い出したりしないよな……』
『悪魔と契約してますとかかもしれねえぞ』
すみません、原初の禁呪保有者で、大悪魔の因子持ちです。本当にすみません……
『よし、じゃんけんで決めよう。じゃんけんな』
『私最初チョキ出すから』
『ここで心理戦!? お前本気で行きたくなさすぎるだろ!』
『はいはい、じゃあいくぞ。じゃーんけーん』
『ぐわあああああああああああ』
人死んだ?
断末魔っぽい絶叫を最後に、しばらくの静寂があった。
ごくりと唾をのんで待っていると、壁の向こう側に、誰かがやって来た物音がした。
「お待たせしました」
「あっ……はい……」
しっかりとした声色だった。
『大丈夫かー? 膝震えてるぞ?』
『マジやばくなったらタガハラ様呼ぶから無理しちゃダメよ?』
なんだろうな。マフィアの頭目に謁見するチンピラみたいな構図だなこれ。
流石にこの扱いはあんまりだ、と肩を落とす。
〇つっきー いや仕方ないっていうか私たちも心配だよ。ちゃんと懺悔できる?
【はじめてのお使いを見守るお母さんですか?
確かに懺悔は初めてですが、大丈夫ですわ。進研ゼミでやった気がします】
〇第三の性別 ベネッセ手広いなあ!
〇鷲アンチ こいつの懺悔聞くくらいならケーキが工場で大量生産される工程の動画とか見てる方がまだマシ
〇苦行むり あれ面白いよね、ありえない量のバターとか使ってて笑う
こいつら、舐めやがって……!
見てろよ。完璧に懺悔して、吠え面かかせてやるからな。
「あなたに、神は回心を呼びかけておられます」
「はい」
「神の声に心を開いてください」
ほーん。第一関門だな。
神の声、か。
【何か言いたいことあります?】
〇つっきー はいもうダメ
〇宇宙の起源 「作者の気持ちを答えよ」で作者召喚して正解聞いてるみたいなもんだからなお前
〇無敵 かぐや様は告らせたいをかぐ告って略すの、正直ドラゴボとかジョジョきみょとかと同じ系譜じゃね?
なるほどな。
「かぐや様は告らせたいをかぐ告って略すの、正直ドラゴボとかジョジョきみょとかと同じ系譜じゃね? だそうです」
「え、何が?」
「神の声です」
「………………アナタに、神は回心を呼びかけておられます」
おいなんか選択肢ミスったっぽいぞ。会話がループしてる。
〇日本代表 はいって言っとけ!
「はい」
「ヨシ!」
今ヨシって言った?
「……神の御心は寛大で、海のように広いものであらせられます。慈悲が降り注ぐのを待つために、その間に、あなたは今から、あなたの罪を告白してください」
「…………わたくしは」
罪の告白。やっとだ。
静かに息を吸った。
目を閉じる。今でも明瞭に、瞼の裏に浮かぶ。
「わたくしは、今この時は……素直に懺悔いたします」
刹那だった。
「わたくしは、守れるはずだった笑顔を────おや?」
「え? どうしました?」
瞳を開いた。
座っていた椅子が軋んでいる。身体から放たれる無色の圧力がそうさせている。
わたくしの全身を、神秘的な加護が循環していた。
「これは……!? 力が、漲ってきます……!」
「は?」
「なんということでしょうか! これが、これが懺悔の効果なのですか!?」
「えっ……知らん……え……? 何それ……コワ……」
直後である。
大聖堂中に火花が散った。
壁が一瞬発火し、黒焦げになってからバコンと倒れた。向こう側に口をぽかんと開けたままの若い神父さんが突っ立っていた。彼の髪はアフロになっていた。
何? 何なんすかねこれ。
【もしもしカスタマーセンター?】
〇苦行むり ……ごめん。ちょっとその、こっちとのリンクが強すぎて
〇太郎 お嬢が正規の手順でアクセス可能な場所で祈りをちゃんとささげた場合、なんだけど
〇木の根 こっちからのフィードバックが激しすぎて、余波が破壊現象になるな
【えーと、つまり?】
〇日本代表 お前、手動セーブ禁止な
【あっこれセーブ機能だったんです!?
なるほどセーブ禁止……縛りが追加されるとよりRTAっぽくなってきましたわね……】
腕を組んで頷いていると、若い神父さんがその場にゆっくりと崩れ落ち、同僚たちが悲鳴を上げて駆け寄っていた。
まあ見た感じケガはない。ないんだが、どうしようかなこれ。あちこちで廊下を走る音とか大声とか聞こえる。ちょっとしたテロだと思われてるっぽい。
さっさと説明しに行くか。なんて言えばいいんだろう。ユイさんの友達としてフルにゴリ押しするしか思いつかねえな。
〇外から来ました お前がもともとあんまり祈らない方で良かったよ
【そりゃまあ、祈る暇があるなら自分でつかみ取った方が早いですからね】
〇宇宙の起源 お前教会に何しに来たんだよ……
分かんねえ。このままだと無差別破壊するためだけに来た感じになる。
それは勘弁してほしいところだな……
倒れてしまった神父さんを同僚たちに預けて、わたくしは大聖堂の公開されてる範囲を見て回る。
さっきの小太りの神父さんとかに事情を説明しておきたいところだが……なんか、同僚の人たちから説明行くんじゃない? わたくしから探さなくてもいいかもしれないんじゃない?
とりあえず入口の大広間に戻ろうと廊下を歩いていると。
「……ッ」
呼ばれている。
何だ? 声じゃない。思念にすらなり損なっている。
ただわたくしに向けられた、何かしらの力場を感じる。
〇みろっく 神性系の反応じゃないな。何だこれ?
こっちか?
廊下を曲がり、地下へ向かう階段を下りた。
すれ違う神父たちはあわただしい様子であっちこっちに走り、事態を把握しようとしていた。その混乱の中をすり抜ける。
胸騒ぎがする。力場もあるが、地下に降りるたびに少し息が詰まっていく。
〇つっきー 自覚ないだろうけど、今限りなく理想的なスパイムーブしてるんだよな
〇火星 騒動を起こしてそっちに注意を逸らして地下に潜っていくの本当に手際よすぎて笑う、トム・クルーズかな?
全部偶然なんだよなあ。
地下三階ほどに降りると、いよいよ人気はなくなり、冷や汗が浮かび始めた。何か、空間自体と相性が良くない気がする。
だが何かしらの力場は確実に強くなっている。発信源が近いのだ。
薄暗い廊下を、足音を殺して静かに進む。力場の発信源へ直進する。鉄製のドアをあけ放つと、空気の温度ががくんと下がった。まっすぐに鉄格子の部屋が並んでいる。
独房? 入っている人間こそいないが……大聖堂の地下にこんな施設があるのをユイさんは知っているのか?
〇トンボハンター これ……あれだな……
〇外から来ました 秘密を発見してしまって後ろから襲われるやつだな
……うわ……ほんとじゃん……警戒しよ……
星を纏え、と二節詠唱で周囲に流星のビットを滞空させた。敵意を察知すれば自動でガードする仕様だ。
自分でも周囲に視線を巡らせながら、ゆっくり進む。歩くたびに指先がしびれるような感覚がした。やがて鉄格子の列が終わり、またもやドアが立ちふさがった。
向こう側に人の気配を感じる。誰かがいる。
「誰ですか」
「ッ」
先んじて向こうに呼ばれた。
気配は完璧に殺していたはず。っていうかその声は知った人の声だ。
「どうやら気配察知の技術に関しては、わたくしはまだまだのようですわね」
「え……マリアンヌさん……!?」
ドアを開ける。
そこには、聖女としての、紺色と白をベースとした礼服に身を包んだユイさんがいた。湿った土の廊下に椅子を置き座っていた。
彼女はわたくしが入ってきたのを見て驚愕の表情を浮かべている。
「一体全体なんですの、これは。上は大騒ぎだというのにこんなところにこもって……」
原因であることはいったんさておき、わたくしはユイさんの元へと歩み寄る。
人の気配は一つじゃなかった。
鉄格子越しに彼女と会話していた女性が振り返る。
「な……ッ!?」
「あん? お前……久々じゃねえか。よう、自称聖女様。あたしが豚箱ブチこまれてお前が無罪なの、勝てば官軍って感じでいいよな。あたしは納得いくぜ」
寒くないよう動物の毛を編み込んだセーターを着こみ、膝に毛布をかけて。
彼女は鉄格子の向こう側、冷たい独房で軽口を叩く。
悪魔に憑りつかれ、教会内部で聖女の権限を拡大した女。
禁呪『激震』を用いてわたくしと戦った彼女の名は。
「聖女……リイン……ッ!?」
「元聖女、な。つか元にしたのはお前だろーが」
お読みくださりありがとうございます。
よろしければブックマーク等お願いします。
また、もし面白かったら下にスクロールしたところにある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価を入れてくださるとうれしいです。




