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INTERMISSION32 お見舞い・タピオカ・懺悔

 外行き用の服に着替えた。革製のジャケットとジーンズ。

 貴族らしくはない服装だ。髪も一つに結んだ。傍から見れば町娘だろうか。

 屋敷を出て共用馬車に乗り込み、王都にまで来た。

 目的地は王立病院だ。


「……それで、調子はどうだい?」

「見ればわかるでしょう。どん底ですわ」


 ベッド傍の椅子に腰かけて、リンゴの皮をむく。リンゴと勝手に言っているだけの別の果実で、確か別に名前はあった。覚えていない。

 ウサギさん型にキレイに切ると、入院服姿でベッドに横になっているロイは感心したような表情になった。


「君は本当に何でもできるな……」

「基本的に使用人を雇っていませんからね。実家にいる間は自炊せざるを得ません」

「貴族としては型破りだ。あるいは食道楽か」

「どちらでもいいですわ」


 リンゴに楊枝を刺し、皿をロイに手渡す。

 婚約者は唇を少し尖らせた。


「あーんは?」

「目に行きますわよ」

「悪かったよ」


 ひょいぱくと自分で食べ出すロイを眺め、嘆息する。

 検査の結果は異常なしだったが、立場が立場なので、念のため検査入院期間が続いている。もう二日ほどになるだろう。



〇宇宙の起源 リンゴ!!!うおおおおおおお!!うまい!!!うまい!!!

〇つっきー は? ……え? 何?

〇火星 こいつまさか、画面越しのリンゴを自分で食ったと自分に錯覚させてるのか……!?

〇宇宙の起源 うまい!!!うまい!!!うまい!!!

〇無敵 この日輪刀のためにカスタマーレビュー☆0にできる機能実装してほしいわ



 うわっ……キモ……

 一応お世話になったことがあるらしき神様の奇行を、わたくしは見なかったことにした。

 腕を組んで思考を切り替える。あの黄金の翼……恐らくは、神域へのアクセスだ。それも不正アクセスの方である。ジークフリートさんと同枠ということになる。

 デメリットは大きいだろう。だがロイとしては、ひとつ高みに上った認識なようだ。わたくしもその認識でいいと思う。ただ、安易な発動は絶対にしないようにと釘は刺しておいた。


「それにしても」


 周囲を見渡した。

 彼一人に割り当てられた広い病室は、あちこちからの見舞いの品で半分ほど埋まっている。つながりの深い家やらなにやら、見ればクラスメイトの名前もあった。


「人気者ですわね」

「君には負けるよ」

「皮肉ですか?」

「……いや、別に事実なんだけどね……」


 どこがだよ。こちとら悪役令嬢だぞ。

 いかに自分が日ごろから立ち位置を確保するために苦心しているか説教してやろうとしたとき、病室のドアが開いた。


「おや、マリアンヌ嬢も来ていたのか」

「ジークフリートさん……」


 紅髪を一つに結んだ騎士が、私服姿で入ってきた。

 非番か。シャツにベストの服装。目の保養あざす!


「ミリオンアーク君が無事なのは知っていたが、入院と聞いてはやはり心配でな。午後休を取ってきた」

「午後休の概念がある騎士団、かなり驚きますわね……」

「第二王子殿下が職場環境改善のためにいろいろとやってくれているよ」



〇みろっく そんな流れあったの?

〇第三の性別 うーん、覚えてないけどまああっても不思議ではない、かな

〇red moon 相当な現実主義者だしね、あの王子



 へー、そうなんだ。

 メガネの第三王子の方がリアリストっぽい気が……ああいや。思い出した。あいつめっちゃ理想主義者だったわそういえば。


「それはマリアンヌ嬢からの差し入れか」

「ええ。ひとついかがですか?」

「遠慮しておくよ。ミリオンアーク君への心遣いだ、オレが食べるわけにはいかない」


 んんんん、好感度の上昇する音がわたくしの内側から聞こえた。


「差し入れに、部下から聞いた評判の焼き菓子を持ってきた」

「ありがとうございます。今から検査がありますので、終わったらありがたく頂戴します」

「あら、そんな時間でしたか」


 魔力循環とかを見てもらうらしい。

 ロイは自分でゆっくり立ち上がり、拳を握ったり開いたりする。


「感覚は元通りだ。でもあの翼……天空(テオス)、だったっけ。あの時の感覚もまだ、思い出せる」

「忘れなさい」


 自分でも驚くほど自然に即答していた。

 だがロイは軽く笑って、首を横に振る。


「ありがとう。でも大丈夫。僕はあれを多分、忘れるわけにはいかない。いつかの到達点だと思うから」

「…………」


 ジークフリートさんが微妙な表情で、わたくしを視線で諫める。

 こうなったら聞かないぞ、ってか。うるせえな知ってるよ。

 まったく、ままならないことばかりだよ最近。








 検査に向かうロイを見送った後、わたくしとジークフリートさんは二人で病院を出て、街道を歩いていた。


「む。これは……」

「あら。屋台ですか……タピオカ? えっ!? これタピオカですか!?」

「急にテンション上がったな、どうしたんだ」


 看板には東方名物のグレッシェンドティーとある。うるせえよ。何でも東方だの西方だのつけりゃいいと思ってんじゃねえ。これは誰がどう見てもタピオカミルクティーの屋台だろうが。


「これはタピるしかありませんわね……! すみません! タピオカミルクティーを二つ! 片方はシロップタピオカマシマシで!」

「お客さん、タピオカって何ですかい?」


 とぼけやがって!


「あー……このグレッシェンドティーを二つ、片方は砂糖と糖丸を大目で頼む、ということです」

「へい!」


 ジークフリートさんが通訳してくれた。

 ありがてえ。

 さくっと用意されたティーを受け取る。財布を取り出そうとしたら、その時にはもうジークフリートさんが紙幣を店員に手渡していた。


「君は学生、オレは就職済みだ。我慢ならないのなら代金を受け取りはする」

「……ありがとうございます」


 ぐっ……応対完璧かよ……

 そのまま二人で並び、ベンチに腰掛けた。ズズズッとタピオカを吸う。

 ジークフリートさんはおっかなびっくり、ちゅるちゅるとストローから液体を啜っていた。


「どうですか?」

「甘いな……だが、美味しい。飲んだことがあるのか?」

「ええ。一時期家で作ろうと躍起になっていましたわ」

「君のその、フロンティアスピリッツには頭が下がるよ」


 タピオカ、作るの自体は意外と簡単だからな。


「だが、元気が出て良かった」

「……そうですわね」


 ハインツァラトゥス王国での顛末。

 この騎士が知らないはずがない。ユートの友達(ダチ)だからな。


「だが同時に、少々不思議でもあった。君がそこまで落ち込むとはな」

「……それはどこかに、鼻持ちならないほどの慢心があったのだと、思います」

「そう、かもな」


 しばらく無言でタピオカを啜る。

 きゅぽん、と丸っこい黒真珠を吸う音が、間抜けに響いていた。


「君がそんな戦いをしている時に、側にいられなかったことを悔やんでいるよ」


 騎士の声色は心の底からの後悔に濡れていた。

 それは、無理な話だ。

 想像に過ぎない話だが、マイノンさんの言葉では、上位存在を討伐するため派遣された部隊の戦いぶりすら、恐怖の一因となりワームシャドウを強化していたという。

 恐らくジークフリートさんはその枠だ。だから呼ばなかった。代わりに、ワームシャドウに単体で対抗しうるわたくしを呼んだ。ロイは完全に勝手についてきたので、目当てはわたくしとユートだけだったのだろう。

 実際、あの段階の五体なら正直なところ、順番に戦えばわたくしとユートの禁呪で圧殺できたと思う。戦力分析は完璧だった。何せ一度見ているんだから。


「……大丈夫です。あの結果は……わたくし個人が我慢ならないだけで……彼女は……」

「……オレに話すとなると、どうにも本質的な個所に踏み込めそうにないな」

「……ッ」


 そうかもしれないと思った。

 顔見知りだからこそ、言えないことがある。いいや逆か。言わずとも伝わってしまう。多分今のわたくしは、そのあたりを言葉にしなくてはならないのだ。


「いい場所を知っている、送ろう」

「……?」


 ジークフリートさんはズズッ、とティーを飲み干した。

 カップ半ばまで、タピオカだけがうずたかく積まれていた。これ笑っていいところ?


「顔を見ることなく、心の内を吐露する。君に最も必要な場所を、オレは知っている」


 いやその、タピオカそれ食べるんです。全部残ってない? ねえ?








 そうして案内された先。

 ジークフリートさんは建物の前までついてきてくれた後、しばらく時間を潰す、と言ってその場を去ってくれた。

 本当に何から何まで……なんていうか。頼れるお兄さんだ。


 でもタピオカ超絶残って飲み物だけ消えたカップ片手だったからそこマジで笑いこらえるのに必死だったけど。そこを指摘すると彼はマジの真顔になって、『どうやって?』と聞いた。わたくしの食べ方見てなかったのかよ。


「さて、失礼します」


 小声でそう言いながら、建物の中に入った。

 人々が行きかっている。天井が遥かに高く、そこには神話の一場面を直接書き込んだ壮大な絵画が広がっていた。

 そう、ここは王都に位置する教会の総本山。

 ユイさんが次期聖女として勤める、国内最大の大聖堂である。


「おや、ピースラウンド様」


 神父服を着た小太りなおっさんがにこやかに話しかけてきた。

 うん、作り笑いではあるものの、根っこも友好的な笑顔だ。怪しんではいない、礼を失することがないように笑みを浮かべているだけだな。


「タガハラ様にご用事ですかな? 連絡いたしますので、少々こちらでお待ちくださいな」

「何か飲み物をお持ちいたしましょうか。西方から良い葉が届いていますぞ」


 小太りの神父と何か話していた別の神父さんも歓迎してくれている。

 次期聖女の友人であり、さらに現在進行中の、協会の抜本的な改革に関わっているからか、びっくりするぐらい優しく接してくるな。


「ああ、いえ、お構いなく。ユイさ……タガハラさんにも連絡しなくて結構ですわ」

「おや。となりますと、教会に用事が? ……いいでしょう。防音の個室を空けておきます。異端ですか? または何か怪しい金の動きを発見された? ご心配なく、タガハラ様直轄の隠密退魔部の副部長が私です。あらゆる不正を根絶しましょう」

「そういうお話でもなく! ああもう気を抜いたら陰謀やりたがりますわね皆さん!」


 この小太りのおっさんこえぇよ!

 てゆーかわたくし以外の人々、常に難しい話をし過ぎなんだよな。

 咳払いをして気を取り直し、わたくしは神父さんに問うた。


「ええと、懺悔室はどちらでしょうか」

「はい?」


 信じられないものを見た、という目だった。

 なんか周囲もピタッと動きを止めて、重い沈黙が下りている。

 なんだ? こちとら貴族とはいえ、教会相手だと一般人だぞ。そんなやつが来るとしたら、懺悔か礼拝かどっちかだろ。



〇苦行むり お前の祈りは乱数調整っぽくてめちゃくちゃ嫌

〇火星 俺ら相手に舐めた態度取っておきながら礼拝は無理でしょ



 コメント欄はマジで冷めきっていた。

 一応祈祷ってお前らに届くものじゃねーのかよ。


「……失礼、ピースラウンド様。年のせいですかね、耳が遠くなっておりまして」

「いや多分聞こえた内容で合ってますわよ。懺悔室ですわ。懺悔しに来たのですが……」


 再度告げると、彼は何度かまばたきをして、それからゆっくりと周囲に目配せした。

 目配せというか視線で助けを求めていた。彼に助けを求められた人がまた他の人にこれマジ? と目で問い、次の人へ困惑が連鎖する。

 そうして最後に全員やっと、わたくしが何を言ったのかを理解した瞬間。



『『『大変だー!』』』



「聖女様をおよびしろ!」

「偽物なんじゃないのか!? ピースラウンド様が懺悔なんてするはずない!」

「いいや違う! これは悪魔のしわざだ……!」


 本当に大悪魔降臨させてやろうかお前ら。








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[一言] 大悪魔呼ぼうとする奴は懺悔なんてしないと思うんですがそれは……。
[一言] 懺悔しにきた奴はブチ切れで大悪魔呼ばんのよ
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