INTERMISSION31 明日を迎えた少女
「────ありがとう、マリアンヌさん」
花冠を胸に抱いて、彼女の存在が虚空へと還元されていく。
為すべきことを為し遂げたという満足げな表情だった。
それもそうだろう。すでに悲劇で終わったはずの彼女が、反則じみた方法で舞台にしがみつき、ついには起こるはずだった悲劇を食い止めてみせたのだ。
その光景は眼前ではない。スクリーンに映し出されていた。
なるほどこれは夢なのだな、と、すぐ分かる。
肘掛けに頬杖をついて、わたくしはこのお涙頂戴のシーンを冷え切った目で見ていた。
くあ、とあくびをする。IMAXだろうか。シートが揺れたりはしねえのかな。見るなら4DXで逆シャアとかF91とかが見てえよ。
電気が落とされた劇場で、ただ彼女が消えていくのを眺める。
周囲の席からはすすり泣く音が聞こえた。
居心地が悪く、席にもぞもぞと座りなおす。ひじ掛けの飲み物置き場に手を伸ばすと、ちょうど反対側の席に座った人が手を伸ばすのが見えた。あっこっちじゃなかったっけ。
静かに視線を上げる。隣に座っているのはわたくしだった。何でもありかよ。
軽く会釈して、行き場を失った手を膝の上に戻した。なんとなく、もう反対側に手を伸ばしても、そこに自分の飲み物はない気がした。
背筋を伸ばす。服の内側に定規を入れたみたいに、ぴしっとした。そうする必要があると思った。聞こえる音が身体の中で膨らんでいるように、胸がいっぱいになる。
画面いっぱいに映し出された少女の笑顔。最後の最後、ラストシーン。映画のクライマックス。ビターエンドと呼ぶべきなのだろうか。主人公が誰なのかという前提によるか。
少女は消えていく。願いを成就させ、勝ち逃げしていく。
凄い子だ。
その努力を、結実を、誰も否定することなんてできない。
彼女は確かに勝利した。望むものを手に入れた。他の誰よりも彼女がそうなることを望み、結果として引き寄せた。
だからこの笑顔には価値がある。
だから──わたくしはこれを、悪夢だなんて絶対に呼ばない。
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タイトル未設定
『7 柱が待機中』
【配信は二時間後の予定です。】
〇日本代表 さすがにこれはまずいな
〇雷おじさん あの、また力を引き出される感覚があったんですけど
〇日本代表 多分不正アクセスが常態化してるんだよな
〇雷おじさん マ?
〇日本代表 マ
〇外から来ました 誰か時間操作気づいた?
〇火星 いやーマジで気づかなかった、うわあって感じ
〇宇宙の起源 ここまで権能落ちてるんだな俺たち……やっぱつれえわ
〇雷おじさん ?????
〇外から来ました お嬢がいる世界で時間遡行があったらしい。それでも世界全体でのロールバック。俺たちが喪失した権限をまだ保持してるやつがいるな
〇雷おじさん えええええ!? ってことは、アレですか、もしかしてゼルドルガくんが……?
〇無敵 多分な
〇宇宙の起源 ゼルドルガとミクリルアの権能が、完全な形で生きてるんだとしたら……そりゃこんな状態の俺たちが気づけないのは当然だ
〇無敵 だがどうするんだ、あれは単体では動かねえぞ。契約した奴がいるってことだ。そいつに好き放題やらせるのか?
〇日本代表 現段階だと私たちからは手出しのしようがねえ。それとなく、お嬢に調べてもらうしかないだろうな……
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ピースラウンド家邸宅。
わたくしは屋敷内を多くの人影が行ったり来たりしてるのを、応接間のソファーに腰掛けてぼうっと眺めていた。
「おい、これさあ……壊れてからちょっと日数たってんじゃねえか?」
「割れた断面に雨風がしみて大変なことになってるわよ。これ、壁ごと施工する必要ある箇所があるけど大丈夫なの?」
夏休み初日、謎の集団によって破壊されていた我が家。
重い腰を上げてやっと修理を発注した。相手は王立工房を持つレーベルバイト家の建築部門だ。
「……依頼が遅れたのは、立て込んでいたので。支払いに関しては好きにしてください、いくらでも支払います」
「ああ、ハインツァラトゥスで一悶着あったらしいな」
向かいのソファーに腰かけているのは、先ほどまでは修理の概算をはじき出すべく現場を見て回っていたアキトとジェシーさんだ。二人揃って来たあたり相当にヒマだったのだろうか。にしても親子で来てるはずなのに若夫婦感半端ないな。
「異国に表彰されるなんてそうあることじゃないわ。アンタ何したわけ?」
「まあまあ、ジェシーさん。別に何したっていいだろ? 少なくとも褒められることだってのに間違いはないんじゃねえか?」
「それは、そうだけど」
…………二人は明らかに、どこまで踏み込んでいいのか分からないといった様子だった。
どうやら既に貴族の間で噂は広まっているようだ。ハインツァラトゥス王国からの表彰。まだ詳しくは聞いていないが、どうやら名誉貴族の椅子も用意されているかもしれないらしい。
ピースラウンドの家の名は、またその格を高めたと言っていいだろう。
だからどうした。ふざけんじゃねえぞクソが。
「まあ、ちょっと世界の危機を救って来ただけですわ」
「……そう」
来客用に出した紅茶も、自分用の紅茶も、テーブルの上で既に湯気を失っていた。
レーベルバイトの職人たちが屋敷を歩き回る物音に、しばらく耳を澄ませた。
「……気持ち悪いわ」
「はい?」
ジェシーさんはわたくしを睨んで、組んだ腕を指で苛立たし気に叩いている。
「賢しい嘘のつきかたね。でも賢しいだけよ。事実しか言っていないけれど、真実は伏せている。だから声色に嘘偽りはない。ピースラウンド、だけど貴女そんなことをするタイプだったかしら? 随分としょぼくれているじゃないの」
「……ッ」
図星だった。
世界の危機を救ったのは嘘ではない。だがそれは、胸を張れる結果とは直結しない。
「ジェシーさん、その辺で……」
「いいえ。アキトも言ってやりなさい」
それとなくとりなしに入ってきた息子をミサイルにしようとしてやがる。
アキトは複雑そうな表情を浮かべた後、冷めきった紅茶を一口すすった。渋そうに頬を歪めた後、わたくしの目を見る。
「お前、ひどい顔だぜ」
「……ッ」
「なんつーか、分かんねえ。俺は戦闘の方は、やる気そんなになかったし。誇りとか……譲れないものみたいなの。お前ほどに考えたことはねえ。だから正直お前がそんな顔をしてるのには、想像も及ばねえ理由があると思う。だから……その、あれだ。心配っつーかさ……」
言葉を探して、アキトは唇をしばらくぱくぱくと開閉させ、頭をかいた。
……ああ、そうか。
心配をかけてしまったのか。
「アンタは無数の勝利に裏打ちされた自信を持ってる」
無言のわたくしに対して、かつての好敵手が淡々と語りかけた。
「私もそうだった……一応これでも先輩だから、分かるわよ。アンタ以外には負けなしだし」
「……そう、ですわね」
「勝つたびに削ぎ落とす人間もいる。勝つたびに……背負うものが増える人間もいる。アンタは間違いなく後者ね。だからどんどん、弱点が増えていく。脛の傷も増えていく」
「…………」
「割り切れとは言わないわ。でも現状の貴女は、健全な状態じゃない」
何から何まで、的を射ている。
このままでいいはずがない。だが、あの時何もできなかった。今までの自分を全否定されたような気分だ。吐き気がする。
「とにかく、ピースラウンド。依頼主にしみったれた顔で居座られても仕事の邪魔なのよ、どっか行きなさい」
「……それは……その。どこか、と言われましても」
「あー。ピースラウンド、これはあれだな。気分転換に行ってこい、って言ってんじゃねえか? マジ伝わりにくいから言い方考えなって」
アキトは苦笑いを浮かべ、隣のジェシーさんを小突いた。
彼女の頬にさっと朱が差す。図星だったのか。まさか今の接触で照れたわけじゃねえよな?
「軽々しく触るんじゃないわよ」
「は? この間髪乾かせって……」
「あー! あーーーー! あああああーーーーーー!!」
ビンゴだったっぽい。
成程確かに、二人がいちゃつくのには邪魔かもしれない。
わたくしは苦笑を浮かべると、ティーカップを手に持った。
冷めていても紅茶は紅茶。一息に飲み干した。苦くて渋い。微かに残った茶葉の切れ端が、カップの底にこびりつく。
きっとそれを捨てることが、今のわたくしにはできない。
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