INTERMISSION30 長い長い旅の終わり(後編)
上位存在たちとのケリをつけた。つけて、丸く収まったはず。
だというのに状況が叫んでいる。違うと。わたくしの考えているような終わり方と現実は、明らかに乖離しているぞと。
「……っ、ぅあ……」
絶句。
なんだ、これは。
おかしい。それはありえない。二人が、助けを求めた。屋敷にいたはずだ。そのタイミングで顕現が始まった。
道理も、時系列も、何もかもが矛盾している。
わたくしもユートも、騎士たちも狼狽に言葉が出ない。
「終わったようだね」
「よかった、間に合ったわ」
聞いた覚えのある声。だが、今この瞬間に聞こえるのはさすがに違う。
恐る恐る視線を横に向けた。
やはり、記憶に違わず、アズトゥルパさんとマイノンさんが静かに佇んでいた。
コアの中には二人が、互いを抱きしめるような体勢で丸まり、静かに瞳を閉じている。
そしてその隣に、二人が歩いていく。
さあ、と風が草原を抜けていった。いやに湿った、不愉快な風だった。
「……ッ。おか、しいでしょう。道理が通りません。何ですかこれは。アナタたちは、何をして……なんで、二人いて……」
「マイノンは……ううん。私たちはね、亡霊みたいなものなんです」
マイノンさんの声色は凪いでいた。
悲しそうな顔ではない。二人は晴れやかに笑っている。為すべきことを為した人が浮かべる表情だった。だからこそ納得がいかない。
何をした? わたくしたちは何をさせられた?
「巻き込んでしまったこと、改めてお詫びいたします」
アズトゥルパさんが深く頭を下げる。
同時、青騎士さんがわたくしとユートの前に飛び出した。
「アズトゥルパ・リーンラード……! どういうことだネこれは!?」
「我々は召喚の生贄にされました」
端的な事実だった。
それは見てわかる。そこまではいい。
だが生贄にされた二人が助けを求めたこと。
わたくしたちに情報を与えたこと。
そしてコアの外に今もなお存在していること。
「……あ」
一つだけ。
この状況を説明できる方法が、あった。
「時間、逆行?」
『…………ッ!?』
禁呪ですらなしえない空前絶後。
だが前提に、もし可能だったら、という文言を組み込めば。
「さすが、ですね。その通りです。我々は身体をコアの生贄とされ……魂だけになったことで、リーンラード家の守護魔法を発動させる資格を得ました」
淡々と。
乾いた砂漠の砂を集めるように、アズトゥルパさんが語る。
「リーンラード家は代々、二つの守護精霊の庇護を受け、研究を進めていました。時上りの竜と、時下りの竜。平時はフラスコの中における時間を加速させたり、逆流させたりする程度でしたがね」
時間の操作。
まさしく究極の秘儀だろう。
「もともと私たちはそれを研究していました、そしてその過程で上位存在に関してのデータをも得ていた。だから神殿の残党に目をつけられたんだと思います」
マイノンさんの口調は穏やかだった。
待ってくれ、と声を上げそうになる。違う。それは違うと、何かを否定したくなる。
彼と彼女の中ですべてが終わっているのだという事実を、受け入れられない。
「……お前たちは、精神体となって、時を逆行し、俺たちに助けを求めた。そういうことか?」
「その通りです、王子殿下」
「この身体も、精霊の加護によって魔力を編み込んで形成した仮のもの。強い衝撃を与えるとすぐにほどけてしまう脆弱な代物です。ただ、これだけあれば十分だった」
自分の手を握ったり開いたりしながら、アズトゥルパさんは言葉をつづけた。
「我々の時間軸……逆行する前。五体の顕現を察知できなかった場合。観測データ目的の進攻で、ハインツァラトゥス王国は王都まで攻め込まれ、最後には国王殿下自らの手によって我々は討たれました。ですが被害は甚大だった。隣国……ピースラウンドさんたちの国も巻き込んで、実に三年以上の戦火が広がった」
「……ッ」
「最後に討ち果たされ、コアからも解放されたそのわずかな時間。そのタイミングでやっと、時上りの竜へアクセスすることができた。だからこうして、結末を変えるために我々はやって来た」
〇火星 ……そうか。不自然なタイミングだと思ったんだ。未然に防ぐなら遅すぎる
〇TSに一家言 だけど、二人にとってはこれが最速だったんだな
ユートの身体が震えていた。
でも多分、わたくしの方が、顔色はひどかっただろう。
だって。
こうして無事解決したのに。
多分今から、ハッピーエンドに、ケチがつくのだ。
「マリアンヌさん、ありがとう」
マイノンさんは真っすぐにわたくしを見据えていた。
「やっぱり貴女で良かった。ちゃんと全部やっつけてくれました」
「…………なぜ、わたくしを」
「私たちが経験した未来だと、大勢犠牲になったんです。完全な五体召喚はとってもひどかったんです」
「だったら! だったら……! もっと前に巻き戻すことはできなくとも、国王にすぐ助けを求めればよかった!」
「言ったでしょう。私たちの経験した未来でもっとも被害をもたらしたのは、『暗中蠢虫』よ。五体の討伐に、多くの強者がやって来てくれた。けれど彼らのありようは余りにも強力すぎて……戦場そのものが、かえって世界中の恐怖をあおる結果になってしまいました」
天真爛漫な空気はどこにもない。すでに霧散していた。
ただ当たり前の平和を享受しているだけだったはずの少女は、沈痛な表情で視線を下げる。
「たくさん死んで。罪のない人々が、たくさん犠牲になって」
「それ、は」
「その時の……前回のマリアンヌさんは本当に怖かった。自分たちが負けたら世界が終わるって、命を削って戦ってました」
「……ええ、ええ。きっと、そうでしょうね。少数精鋭で一気に仕留めなければ、泥沼になっていたでしょう……」
「ナイトメアオフィウクスフォームになって……」
「何?? 何ですそれ?? マジで何??」
なんか知らん言葉出てきた。
「だから、こんな良い結果にたどり着けるなんて。願っていたのに現実味がないんです。これもすべて、マリアンヌさんが頑張ってくれたからです」
「…………」
何、言ってんだよ。
できたこと、なんて。
思い出が欲しい、何でも眩しい、だからいつも笑顔だったっていうのか。
「最後に思い出もできました。貴重な時間だったけど、あの時私を助けてくれたかっこいい人に、一緒に遊んでほしかった……」
「それなら、あんな花冠なんかではなく……!」
もっとできた。もっといいものを贈れたはずだ。
何もできてねえよこんなの。何も。何も! 何一つわたくしはできてない!
「マリアンヌさんに暗い顔をしていちゃだめだって言われて、明るく振る舞ってみたんですよ。だからわた……マイノン、こういう風にしてみたのだわ! ……えへへ。ちょっと恥ずかしかったですけど、変じゃなかったですよね?」
「そんなの! そんな……そんなもの……」
身体がふらつく。視界が揺れている。
ユートがぎゅっと、きつく抱き留めてくれた。そうでなければ崩れ落ちてしまいそうだった。
「マリアンヌさん、そんな顔をしないでください。私、大丈夫です。私たちの旅は、意味があるものだったから」
その言葉を発したと同時だった。
二人がつま先から、だんだんと薄くなっていった。
光の粒子にすら、ならない。なれない。最後の力を振り絞って構成した身体を失えば、二人はただ消えるだけ。
ゾッとした。消えるのだ。何も残さない。
「やめて! マイノンさん、諦めないで!」
「諦めなかったんです。だからたどり着けた」
「まだ……! まだどこにでも行けますわよ、これからでしょう!?」
こんなものが。
こんなものが、彼女たちの、旅路の果てなのか。
「~~~~ッ!!」
理由もなく何もかも破壊したくなる。彼女に帰る場所はない、無為の闇に還元されるだけだ。それを前に何もできない。
「あ、あの、流星で身体をわたくしが構築しますわ。そこに入れば、きっと」
「それはできません……魂も既に、消滅しかかっている。器を用意すればどうにかなるというものではないのです」
アズトゥルパさんは事実だけを言っていた。
見れば、分かる。魔力の流れを見れば、もうどうにもならないのなんて分かる。そもそも流星で身体を構成するなんて最大級のでまかせだ。ただ、まだ何かができるはずという希望にしがみつきたかっただけだ。
「感謝します。そして……リーンラード家として、迷惑をかけてしまったことを、深くお詫びします。本当に申し訳なかった」
やめろ。
やめてくれ。
前に踏み出そうとした。ユートも同じ気持ちだったと思う。
「これ以上は、キミたちも余計に傷ついてしまう」
青騎士が手で制した。
身動きが取れなくなった。
「ありがとう、マリアンヌさん」
透けて向こう側の、夜闇と、煌めく星空を映しながら。
マイノンさんは最期まで。
どこまでも綺麗で、穏やかで、どこにでもいる少女の笑顔を浮かべていた。
ハインツァラトゥス王国、王城。
多くの困難を乗り越えた。
一部の情報は伏せられたまま、わたくしとロイは、大きな反乱を未然に防いだという名目で、後日この国に表彰されることとなった。
だがひとまずは帰国していいということだ。
馬車がやってくるのを、王城前で待っていた。
「マリアンヌさん」
ぼうっとしていた。もう馬車は来ていた。迎えに来てくれたのか、ユイさんが痛ましい表情でこちらを見ている。
「大丈夫、ですか」
ユイさんが心配そうにわたくしの顔を覗き込む。
唇を噛み締めた。口の中に血の味が広がるほど噛んだ。握った拳は今にも爪が肌を食い破ってしまいそうだった。
気づけば背伸びして、ユイさんがわたくしを抱きしめてくれていた。
彼女の肩に鼻を押し付け、必死に嗚咽を押し殺す。
少し離れたところで、ロイとユートは無言で地面を見つめ、唇をかんでいた。
一番頑張ったのは誰だ。
突然不幸に巻き込まれ、末路をたどり、それを覆すために時すら遡ったのは誰だ。
そんな彼女に帰る場所はもうなかった。
わたくしには帰る場所があった。
こんなもの。
こんなもの、わたくしが求めていた勝利には程遠い。
相対的な幸福が、今は、絶対に認めがたいほどの不条理だと感じた。
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