INTERMISSION23 今こいつ────
〇red moon は? ……は? やばくね?
〇日本代表 分かってる! 運営プログラムの悪用だこれ!
プログラムの悪用。
確かに詠唱面でドライブの起動順番指定されたら、納得せざるを得ない。え? 本当に納得していいとここれ? そんなことある?? ていうか世界ってそんな雑なの?
〇宇宙の起源 お嬢の認識レイヤーに合わせて言語がすり替えられてるだけで、実際のところ正式な発音は俺たちにしか聞こえない運営用言語で喋ってるな
なるほどなあ。
感心してる場合か!
「しまッ────」
とっさにロイが飛びこもうとしたが、それよりも変化の方が早かった。
右手をかざすと同時、魔法陣が展開される。駄目だ間に合わない! ユートの首根っこを掴んで飛び下がる。
ミレアさんの身体を、吹き上がった煙幕がかき消した。
「ユート! 下がりなさい!」
「ミレアおばさんッッ!」
必死に手を伸ばす彼を押さえ込みながら、顔を上げる。
濃い煙が、二階層をぶち抜いた空間だというのに天井近くまで達している。それは真の姿を覆うのではなく、まさしくこの姿こそが上位存在の顕現。
「これが、『虚像骨子』……!」
我知らずつぶやいていた。
ランプの魔人────を、最初に連想した。
身体として成立しているのか怪しい、おぞましい紫の霧の集合体。だが煙越しに微かに透けて見える、白骨で構成された内骨格。
「ロイ!」
「分かってる! 雷霆来たりて、邪悪を浄滅せん──放射!」
名を呼ぶと同時、ロイが二節詠唱分の魔力を剣に充填し、そのまま振りぬいた。
ソニックブームのように放たれた雷撃。
それを、虚像骨子は。
『……!』
右手をかざし、防御用であろう魔法陣を展開。雷撃を受け止めると、弾くというよりは逸らした。
……ッ。直撃を嫌がった?
戦闘用思考回路が即座に起動するのを感じた。間合い。位置取り。攻撃を受けても仕方ない場面。攻撃をまともに受けたくないならもっとマシなポジショニングをするはずだ。それをしていない。余裕があるから? 違う。そういう感じもない。
ならば。
「アナタ……足止め用に、切り捨てられましたね?」
『────ッ』
動きが止まった。
図星だろうな。
おそらくこの間合いでの直接戦闘には向いていない上位存在なんだ。どちらの自我が今表にあるのかはわからないが、戦闘に消極的過ぎる。召喚されたところで時間稼ぎにしかならないと、命令した側も、された側も分かっていたのだろう。
「……! だったらもう、そっちに味方なんてしなくていいだろう!?」
気がそれた瞬間に、ユートがわたくしの拘束を弾いた。
制止する間もなく前へ進み出て、わたくしたちに向き直る。
「ここでミレアおばさんを倒さなくても……!」
「どうやって進むのですか、その場合」
嘆息交じりに問うた。
言葉に詰まり、王子様が端正な顔を歪める。
答えは持ち合わせていないらしい。そりゃそうだろうな。持ってたら感情より先にそっちを言うよこの男は。なのに感情が先走ってるってことは──理性は、もうどうしようもねえって理解してるからだ。
潮時だな。
「星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ。裁きの極光を、今ここに」
【星を纏い、天を焦がし、地に満ちよ。裁きの極光を、今ここに】
四節詠唱の裏側に、同じ四節詠唱を張り付けた。
二重詠唱により計八節分の詠唱完了。
前方と後方にそれぞれ四枚の魔法陣を展開。幾何学的模様の節々から光のラインが伸び、弓矢のように砲身を象る。
長大なカノン砲を光の紐で補佐するような形。わたくしは即座に砲口を敵へ突き付けた。
「そこまでにしなさいユート。もう撃ちます」
「ふざっっけんな……ッ!」
ちょうど盾になるような格好で、彼は両腕を広げて立ちふさがった。
駄目だ、全然動く気がねえ。
ロイに目配せを送る。彼は奥歯を噛み締めた後、小さく頷いた。
タイミングを合わせる必要はない。この男相手なら、合図を送らずとも完璧にコンマ数秒単位で行動は合致する。
「時間を無駄にできねえのは承知してる。だけど、納得はできねえよっ! 足止め用の相手を順当に蹴散らすだけなら誰だってできる……! だけど!」
「だけど? 禁呪使いが二人もいるからなんとかできると? わたくし達にできるのは、あくまで効率的な殺戮であるということをお忘れですか?」
自分で言葉を並べながら。
いら立ちに、地面を蹴りつけた。
……何を偉そうなこと言ってやがる。しょうもねえ御託を並べて、子供に言い聞かせる大人みたいなことしてやがる。
わたくしはいつからこんなダサい真似をするようになった?
「……時間をかけるわけにはいきません。だから……だから……」
理詰めならいくらでも言い負かせる。実際に、論理的な正しさは全部こっちにあるんだ。
だけど感情は、それでいいわけねえだろと叫んでいた。
「……っ」
思わず、ロイに視線を向けた。
自分でも知らずのうちに、助けを求めていたのかもしれない。
彼はわたくしの目を見て、数秒目を閉じてから、口を開いた。
「僕は、君が君の意志を貫く限り、永遠に味方でいることを約束しよう」
「……いつも、そればっかりですわ」
「うん。だけど、君が君の意志をないがしろにすることは、僕には許しがたい。君は本当にそんなことを言う人だったかい? 君が今考えている決着の図は、本当にそれでいいと胸を張れるのかい?」
見透かされている。
ああそうだろうな。わたくしのことをこの世界で一番理解している男がこいつだ。
だからバレてるだろうな。
「──ユート。譲るつもりはないのですね」
「ああ」
「……ええ、そうでしょう。わたくしだってアナタの立場なら譲りませんわ」
構えた魔力砲が、輝きを強めていく。
「だから最後に一つだけ」
「……最後?」
「ええ。上位存在は召喚のコアに人間を必要としています──引きはがせる可能性はゼロではありません。先ほどわたくしは失敗しましたけれど」
「!」
あとは分かるな? と目で問う。
ユートは息をのんで、それからはっきりと頷いた。
右手の延長線上にある砲口を、上位存在の胸部へ向けて。
「ばん」
ど真ん中。
直撃した数瞬後に、遅れて身体の内側が円状に吹き飛んだ。手ごたえはない。おそらく芯を外した。
舌打ち交じりに、身体ごと砲塔を回頭させる。霧は不定形な分、単純な砲撃で貫通しようとすると難しい。
「星を纏い、天を揺らし、地を砕け」
三節の改変詠唱を瞬時に終わらせ、弾丸として装填。
光の砲身がガコンとスライドし、巨大な砲弾をいつでも放てるよう構える。
空間中に漂う霧と、ふとした瞬間に透けて見える骸骨。
────そこか。
「ばんッ!」
改変詠唱の弾丸が飛翔する。
髑髏が一瞬光った個所から、狙うべきポイントを割り出す。両目に魔力を通して、物理的に見えるもの以外に認識できるよう感覚を延長した。
果たして、狙い過たず。
骸骨の肋骨内側に弾丸が真っすぐ飛び込んで、内側で炸裂した。
『Giッ』
言葉に書き起こしにくい悲鳴だった。
殺傷能力に重きを置かず、炸裂後に霧を光で焼き尽くす方向性に調整した。おそらくこれがビンゴだ。
「ミレアおばさん……ッ!」
そして霧が吹き散らされた先。
ミレアさんの身体が、そこには収められている。
「ユートぼっちゃま!?」
「そこから出てきてくれ! まだ間に合う!」
鎧の出力を最大限に引き上げ、ユートは彼女のもとへと飛び上がる。
彼は霧を焼き尽くしながら、彼女に手を伸ばした。
「意味わかんねえよ突然敵になったとか言われても! 俺の中で、やっぱり敵なんかじゃねえんだッ!」
「……!」
説得の最中にも、霧は無際限に湧き出て、ミレアさんの姿を覆いつくそうとする。
それらをわたくしは、魔力砲撃を繰り返して押しとどめていた。
「ユート! 早く!」
コアを切り離されてはたまらないのか、向こうも必死だ。
わたくしめがけて、地面を這う触手のようにして霧が伸びてくる。
チッ。対応しようとすると砲撃が緩む──が、瞬時に前に進み出たロイが、それらを切り払った。
「君のもとへは指一本届かせやしない! 君は君の役割を!」
「感謝いたしますわ!」
おかげでわたくしは、絶え間ない砲撃に集中できる。
「来い! ミレアおばさん……! まだ俺はあんたに全然恩返しできてない! だから!」
「ユート、おぼっちゃま────」
露になっていたミレアさんの顔が、奇妙に歪んだ。
ああ、その光景。
砲撃しながらも、既視感に脳が痛んだ。知っている。それを知っている。
上位存在が、髑髏がせせら笑うようにこちらを見た。お前たちはいつもそうだと。目の前に見えるもの、それにしか必死にならない。だから、取りこぼすのだと。
「ロイッッッ!」
名を呼ぶだけで意思伝達は完結した。
急加速したロイがユートを引き倒すような勢いで、後ろに引っ張っていく。ユートの愕然とした表情がいやに鮮明に見えた。
霧がぶわあと膨れ上がった。ミレアさんの身体が見えなくなった。
その刹那だ。
わたくしと上位存在との間に、障害は何もなくなり、まっすぐ視線が重なる。
その瞬間を読んだかのように。
前方の虚像骨子は、霧の奥に見える髑髏は。
ハッキリと、笑みを浮かべていた。
『■■■■』
こいつ。
こいつ。
こいつこいつこいつこいつ!!
今……煽った……!!
ガチン、と、頭の奥で音が響く。
多分それは、覚悟という名の撃鉄が落ちる音だった。
「必殺────」
『?』
光の砲身が花開く。
鋭角な刃に転じさせたそれを、右の拳を起点として組み合わせ、巨大なドリルを構築する。
踏み込み一歩で地面を爆砕、ケタケタ笑っていた髑髏のもとへ刹那に到達。
「悪役、令嬢ッ」
頭蓋骨のデッカイ額に、思い切りドリルを叩きつける。
接触のインパクトに空間が軋んだ。
火花に視界が埋め尽くされる。禁呪を再構成したドリルが先端から砕け散っていく。
「ロケット、ドリルッ」
だが、少しずつ、少しずつ。
確実にわたくしのドリルが、押し込まれていく。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
「悪滅激昂パンチ…………ッ!!」
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■』
至近距離。
髑髏の、瞳にないぽかりとした空洞を覗き込み。
「わたくしの前から、消え失せろッ!!」
瞬間。
バチン!! と音を立てて、視界が切り替わる。
ドリルが右手から掻き消える。足場に流星を展開して、空中に佇む。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
「ほざくなよ、死の不確定性の恐怖などという、ごく小さな畏れのみ依代とした低級神格の分際で。アナタのような虫けらが存在する場所などこの世界にはない」
口から勝手に言葉がこぼれていった。
虚像骨子が何か、押しつぶされるようにして、小さくなっていく。
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
「発言を許した覚えはない────アナタは、ここで、死に果てろ」
右手をかざし、握りつぶすように拳をぐっと握った。
それきり、バキベキギキバキギギギギと乱雑な音を上げて、霧と髑髏が一緒くたに潰され。
「────ミレアおばさん!」
その、押しつぶされていく球体からこぼれるようにして、彼女の身体が落ちていく。
慌てて駆け出したユートがそれを受け止めると同時、虚像骨子は跡形もなく、紙くずみたいに潰れて死んだ。
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