INTERMISSION22 四体目
蒸気を上げて、蛇女の死骸がほどけるように消えていく。
その光景を眺めながら、わたくしたちは小休止を挟んでいた。
どうやらユートはシンプルに頑張りすぎたようだが、ロイの様子がおかしい。異常に消耗している。単なる負傷だけじゃない。ここまで息の上がってるこいつは初めて見た。
「ロイ、アナタ……」
「ん……大丈夫。得るものは大きかったから、これぐらいどうってことないさ」
「成程。どうやら一つ、何かを掴んだようですわね──ならば話を進めますわ。残る上位存在は二体ですわ、早急に片づけましょう」
「あ、ああ」
ユートの返事は、歯切れの悪いものだった。
どうかしたのかと顔を横に向けると、男子二名は訝し気にワームシャドウの死骸を眺めている。
(おいロイ。マリアンヌは気づいてないみたいだがよ……)
(うん。ルシファーの端末は、内側にルシファー本体が入ってきたから自壊した。ファフニールは混沌が顕現する材料にされて……そして、混沌の死骸は消えることなく、回収されていった。倒しただけで勝手に消滅するのは、道理が合わない)
男二人はなんかひそひそ話を始めていた。ひそひそ? ブーム的にはコソコソ噂話か。
【ここで流星コソコソ噂話! 『カメさんこんにちは』は作詞・作曲共にわたくしですが、歌詞については本当にアイディアが降ってきたと言うほかない代物でしたわ。あんなドラマティックな歌詞が書けるなんて、もしかして作詞家としての才能すら持ち合わせているのでしょうか……?】
〇外から来ました おい
〇無敵 おいこれ
〇日本代表 分かってる後で話すぞ
コソコソ噂話を終えると、コメント欄も男子二人もなんかやけに不気味な沈黙が残っていた。
え? わたくしが何か喋んないとだめ?
なんか空気重くて嫌なんだけど。
「えーとそれじゃあ、どうします? 上のフロアに戻って次の敵へと……」
全体の流れを再確認している、その時だった。
身体が咄嗟に戦闘態勢を取った。コンマ数秒後にロイとユートも続く。
ワームシャドウの死骸が静かに起き上がっていた。
「……仕留めそこねた、でしょうか?」
「いや。もう戦闘能力はないと思うよ」
ロイの言葉に少し警戒態勢を緩める。
確かにワームシャドウは、もうこれ以上は、戦闘行動を一つでも取れば自壊するような有様だった。
ああ、何より、力なく両腕が垂れ下がった蛇女は、腹部に先程会話した少女の顔を残している。
「…………アナタ、ワームシャドウではありませんわね?」
「うん」
一歩進んだ。
ロイとユートが制止する声が聞こえたが、手で制した。今は違うんだ。勘弁してくれ。
コアに据えられた女の子。
彼女の声を聞きたい。
数秒の沈黙が流れた。
「ありがとう」
少女が微笑んでそう言った。
光の粒子に還っていく中で。
彼女は最期に──感謝を、告げていた。
「…………ッ」
「マリアンヌ、聞かない方が……」
隣のロイが、わたくしの肩を抱いた。
だが、そうはいかない。首を横に振った。にじむ視界の中で、なんとか彼女と視線を重ねた。
「ごめん、ね」
「……何を、謝ることが」
「わたし、おねえさんのうた……じゃま、しちゃった……」
まだ齢一桁ほどだろう。
だがこの女の子は、確かにわたくしを見据えて笑っていた。
「あり、がとう……」
「……何が。何がありがとうですか。何も……何も! 何もできていませんわ! わたくしは何もッ」
蛇女全体が光の粒子に還っていく。
少女もまた、笑顔のまま分解されていって、それは数メートルほど宙に浮かんでから、溶けるようにして消えていった。
「……何も……わたくしは」
「ありがとう」
最期の言葉だった。
それだけ言って、彼女の顔は、輝きの中に消えた。
「…………………………」
光の粒子は、空気中に解けていくようにしてかき消えていった。
ロイに肩を抱きしめられながら、その光景を見続けるのが嫌すぎて、乱暴に腕を振り払った。彼もそうだろうなという表情で引き下がってくれた。
「俺たちが倒した個体にも、今の子みてえに……」
「……そう、だろうね」
舌打ちしそうになる。
腕でごしごしと乱暴に涙をぬぐい、わたくしは顔に影を差す男子二名に向き直った。
このバカ共、何か根本的に勘違いしてやがるな。
「どんな戦いだったとしても! 勝利にケチをつけるのはやめなさい! まず結果を誇りなさい!」
うなだれていた二人が、びくんと肩を震わせ顔を上げた。
「何とどう戦うべきかを考えるのもいいでしょう。ですがそれは、今ではありません。なぜなら戦うべき相手は分かり切っていて、戦わなければならない場面にもう入っているからです」
滔々と語る。
自分でもわかっていた。これは半分、己に言い聞かせている。
「さあ、次ですわ……後悔は、五体全てを殲滅した後にしましょう……!」
聞いた概要によれば、あと二体の『虚像骨子』『外宇宙害光線』こそ三対一で順次制圧していくべき相手だ。
前座を片付けるのに、予定より時間をかけてしまった。早く次のステージに進まなくては。
──その時だった。
「……! マリアンヌ!」
わたくしが反応するより先に、ロイが剣を構えてわたくしの前に飛び出した。
気配を察知するのが遅れた。精神的な疲弊もあっただろうか。まず、ここは崩落した先の地下空間。相手からくることはないと思っていた。
「な……」
絶句するユート。だが、彼女が出てくること自体は、予想の範疇である。
「殲滅された神殿から逃げ出した一派……に、所属していたのでしょうか」
「ええ、その通りでございます」
先ほどとは違い、その辺に転がる信者たちと同じ礼服に身を包み。
スカートをつまんで恭しく頭を下げる女性。
ユートの乳母だったというミレアさんは、明瞭なほどに、わたくしたちの敵だった。
「ユートおぼっちゃま。このような形での再会となったこと、深くお詫び申し上げます」
すぐに戦闘が始まるかと思えば。
ミレアさんは無表情のまま、ユートへの懺悔を始めた。
「……やっぱり、そうなのかよ……何でだよ、ミレアおばさん。何でこんな、国を裏切るような真似を!」
「申し訳ありません、ユートおぼっちゃま」
返事として成立してない。
ぐっと拳を握り、ユートは懊悩の吐息を漏らす。
「そう……じゃ、ねえだろッ……謝る、くらいなら……! なんでだ! なんでそんな風なことするんだよ!?」
「幼い貴方は覚えていなかったでしょう。私はもとより、神殿から乳母として派遣された身でした。だからこの敵対は、自明の理なのです」
成程な。背景は大体見えた。
ファフニールの顕現を実行に移す前に、脚本家の少年はこっちの国の神殿を介してルシファーの端末を実験的に召喚していた。
恐らく、目的は達成されたものの、残された神殿の残党は未だに与えられた目標を目指しているんだ──それが果たして何なのかは知らねえが。世界の滅亡とかか?
「頼むミレアおばさん。降伏してくれ」
顎に指をあてて、ミレアさんの挙動を注視する。前に進み出たユートは、どうやら禁呪を解除していなかったらしく、マグマの鎧を瞬時に纏っていた。わたくしの隣ではロイがいつでもユートのフォローに入れるよう、位置取りを調整している。
正直言って、ここで時間は食いたくない。迅速な突破を狙うなら、人間体で来てくれたのはありがたいんだ。今、向こうが反応できない速度で攻撃すれば、それだけでカタがつく。
つくのだが────
(……彼に任せるかい?)
婚約者が視線で問うてくる。
わたくしは嘆息して、肩をすくめた。しょーがねーだろ。わたくしだって散々ワガママ通してるし、これぐらいは大目に見なきゃ釣り合いがとれねえ。
何より、下手に手を出して決定的に決裂しちまえば、ユートに良くない傷が残ることになる。それは友人としてあんまり看過できねえ。
「ユートおぼっちゃま……どうかここで諦めてください」
「何、を」
「後ろのお二方は分かっているようです。私は、上位存在の贄としてここにいます」
やはりな。
問題はどっちなのかっていうところだけど。
うーん。
「アナタは……『虚像骨子』、の召喚用人員ですか?」
「!」
驚愕の表情が正解だと物語っていた。
直感も馬鹿にはできないな。
「……ええ。流石はユートおぼっちゃまの心の闇を払ったお方です。私は、そして既に討伐された三体はあくまでサブプラン。本命である『外宇宙害光線』の降臨を妨げさせるわけにはいきません」
「ご丁寧な解説痛み入りますわ。やることが分かりました」
最速でこの女を倒して、ボスラッシュの終点を目指す。明瞭なルートだ。
だが……問題は、ユートの踏ん切りがつくかどうか。
どうしたものかと唸っていたその時だった。
「では失礼します。【起動】──【簡易召喚術式】」
こいつ今BIOS開かなかった?
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