INTERMISSION21 全身全霊のファンサービス
二つの決着──を、わたくしも感覚的に察知していた。
なんか上位存在の気配が明らかに消えた。あいつら早くない? こと速度に関してだけは負けたくなかったんですけど? RTA走者としてね? そういう面を譲るつもりは毛頭なかったんだけど?
〇つっきー お前をRTA走者として見たことがほぼないんだよ
〇トンボハンター 実績のないプライドほど滑稽なものはないな
言いすぎだろ。ライン超えたぞ今の。
スタンドマイクを蹴り上げて、流星に演奏させながら、ちょうど歌の切れ目に入る。
頬を伝う汗を拭う。会場は熱狂に包まれていた。
「……随分と一方的な展開ですが。不満はないのですか?」
きぃんとマイクをハウリングさせながら、わたくしは正面のワームシャドウへ語りかけた。
断続的に呪詛の歌らしきものは、本体や身動きしない観客たちの口から聞こえてきている。それらを流星音圧ですべて潰し続けているだけだ。
目に見えて向こうは疲弊している。物理的な攻撃方法を持っていないとは聞いていたが、これ以上の防札はない感じかな。
『理解することができない』
「?」
『わたしには わたし わたし? わたし?』
「……やっとですか」
消耗を待っていた。
完全な形として顕現したわけじゃない。息切れまで追い込めば、必ずボロを出すと踏んだ。
〇火星 ……! これが狙いだったのか!
〇日本代表 確かに権限としてはいびつな気もするな……これ誰の担当だっけ?
〇外から来ました あー、一応近いのは俺かな。出典じゃないけど担当を代替できる程度には近しい。だけどリンクはまったく感じない。言われてみれば、目も当てられない劣化具合だなこれ
〇無敵 上位存在相手に消耗戦を強要して競り勝つ女、何?
『わたしとは わたしは なぜ』
「……ッ!」
ずぷ、と。
人間の上体を象っていた蛇女の、腹部。
内側から浮かび上がるようにして、幼い少女の頭部が姿を現した。
〇red moon なんだ、それ!?
〇第三の性別 恐らく、核になってた少女なんだろうけど
〇日本代表 待て待て待て! 人間を核にしての召喚って本気で言ってたのか!? そんな簡略術式あるはずがない!
ふん。アズドゥルパさんから聞いた情報……わたくしも半信半疑ではあったが、今回の五体の顕現に関して、今までわたくしが戦ってきたのとは異なる方法で召喚されたというのは間違いなさそうだ。
──生贄として人間一人をコアに据えての、簡略召喚。
いわば、今までのルシファーやファフニールの方が、ずっと純度が高い。正面衝突で戦わせたら多分勝負にならないだろう。
だがその分、召喚はコスト面や技術面を含めても、幾分か容易になったと推測できる。でなきゃそもそも五体同時召喚なんてできるわけねーんだ。
面倒だな、と思うが、どっちかっていうと最も気になるのは、そのシステムを誰が組んだのかっていう点の方だろう。わたくしたちをぶつけ、劣化の度合いを測りたかったんだ。
『わたし なんて いない』
「そうらぁっ!」
『ギャッ』
なんか蛇女の頭部が喋りだしたので、一足で距離を詰めマイクスタンドで思い切り殴りつけた。
お前にゃもう用はねえんだよ!
「話してみなさい。何か言いたいことがあったから、表に出てきたのでしょう」
少女と視線を重ねて語り掛ける。
彼女は逡巡するような間を置いて。
「わたし」
「はい」
「わたしが わたしがうたいたいのは」
「……!」
「こんなのじゃない────」
見えた。こいつのエゴが、見えた。
「ならば歌いなさい! プロデュース方針もセトリも関係ない! アナタが歌いたいものを歌いなさいッ!!」
「…………」
手を差し伸べた。少女の瞳が揺れた。
人間一人取り込んでの顕現。その仕組みの脆弱性がここにあるのなら、これから先の立ち回りがかなり楽になる。
何より。
歌を歌いたいっていう少女を、狂気の呪詛を出力する装置に据えるなんて、悪役令嬢として見過ごせるわけねえだろ!
「さあ、手を────!」
伸ばした右手。少女がハッとした表情になる。
そして。
わたくしの右手は空を切り。
ずるり、と。
少女の顔が、両脇から伸びた手に覆われ、そのまま腹部へと押し込まれていった。
『わたしなんて いない』
クソッ。
あと一歩だ。あと一歩のはずだった。
上位存在から、召喚の際コアとされた人間を引きはがす。
この形式での対抗ができるのなら、話は大きく変わるはずだ。
……まあカラオケ勝負をしてる最中に思いついたんだけど。あぶねえ、初動で拳叩きこまなくてよかった。物理耐性なさそうだもんなこの虫けら。
『わたしなんて いらない』
向こうの舞台にまで踏み込んだ形。
気づけば周囲を信者に包囲され、蛇女とは超至近距離の間合いだった。
やばい、と感じた時には反応が間に合わない。
『つんちち とにみしい』
「……ッ」
脳髄の奥に、針を突き刺されたような痛み。
至近距離で浴びせられたのは呪詛だった。
「ぐ、ぎぃっ」
全身が沸騰したような感覚。痛みとは違う。明瞭に、精神世界への侵犯が行われている。
常人ならば数秒で鼓膜を突き破るか喉を切り裂き、自死に至ってしまうであろう呪いの濁流。
膝をつく。目の焦点が定まらない。
『とらみらもちもち とにみい』
十三節詠唱の鎧をたやすく貫通されている。おそらくは相性の問題。やはりロイやユートをぶつけなくてよかった。
まあ、別にわたくしが何か対策を持っているわけではないのだが。
……だけど。
だけど!
「アイドルとはああああああああああああああああッ!!」
絶叫を上げながら、スタンドマイクを杖代わりにして、わたくしは立ち上がる。
鼻とか目とか耳とかからボタボタ血が流れ落ちる。
コメント欄が凄い勢いで流れていった。その文字を読むこともできない。数秒の油断でこれかよ。
────ただ。
まあ今は、どうでもいい。
頭の奥底まで声が響いている。音の一つ一つが、『狂え』と叫んでいる。
はあ……? 今さら何?
「アイ、ドル、とはああっ! 舞台に狂った存在ッッッ!!」
びくんと肩を震わせて、蛇女が一気に退いた。
彼我の距離が開く。ステージの端まで飛び退いたシャドウワーム。ダメージ数値とは乖離する形で、趨勢は決まった。
『のなすない とにみいみみに からこにのらもい』
「狂え、深淵に飛び込め、ですって!? 馬鹿も休み休みに言いなさいッ!」
頬を伝う血を乱暴に拭って、わたくしは両足でステージに佇む。
もう相手の声なんて聞く必要はない、聞く価値もない。
ただこちらの信念をぶつけるだけでいい。
「ここは既に、ライブという深淵の地下奥底! アナタまだ気づきませんの!? アイドルはアイドルであるがゆえに、とうの昔に狂っていましてよ!」
スタンドマイクを思い切りぶん投げて捨てる。観客を数人巻き込んで引き倒してしまったが、構うことはない。
今わたくしが相手取るべきは──眼前の蛇女、こいつだけなのだから。
「名も知らぬ少女よ、せめてアナタの心に届く歌を以て、手向けの花代わりとしましょう──」
直後、全身に魔力を循環させる。練り上げた破壊力を右手へ伝達する。
全身にまとうフリルが輝きを強め、形状をより鋭いものへ転じさせた。アフターバーナーの要領で推進器と化したそれの助けを受け、わたくしの身体は一気に加速する。
「これがわたくしのファンサービスですわ! 歯を食いしばって受け取りなさいッ!」
『!?』
右足の踏み込みで大地を爆砕する。今まで一度も物理的衝突がなかったこの空間は、たった一歩であっけなく崩落した。
さらなる地下へと落下していくステージの中。
防御行動を取ろうとしてるみたいだがもう遅い! 具体的には無能と追放したやつが実は特殊スキル持ってて国外で一大勢力を築いてることに気づいてごまをすり始めるぐらいにもう遅い!
わたくしは蛇女の真上を取り、最強の拳を叩きこむ!
「必殺・アイドル悪役令嬢握手会パァァアア────ンチッ!!」
振り下ろすような一撃が、自由落下の速度をぶち抜いて、そのままわたくしごと蛇女を地面へ叩きつけた。
さてどうやってマリアンヌのもとへ加勢に向かうか、とロイとユートが傷をいやしながら考えていたその時。
隣の空間が馬鹿みたいな轟音と共に落ちてきた。
「!?」
「これは……!」
立ち込める土煙の中。
呻き声をあげる、怪しいローブ姿の人間数十人が倒れ伏す地獄絵図の中央。
蛇と人間をミックスしたような異形を足蹴に、輝く右手の人差し指が天を指すのを、二人は見た。
「握手会はきちんと、ソーシャルディスタンスを守って実施! しかし心の距離はいつもアナタの隣に! 今この世界で最もアツイ存在を、脚光浴びるアイドルをご存じないのですか!? 流星アイドル、マリアンヌ・ピースラウンドに並ぶ者なしッッ!! 全ファンは跪き、泣いて喜びなさいッ!!」
「……握手ってグーでするもんだっけ?」
「望むところだ……!」
「お前思考回路電気でバグってない? いやいつも通りか……」
ドヤ顔でアイドルデビューした想い人。
サイリウムはどこだい!? と叫んでそこらへんの地面をひっくり返し始める友人。
ユートは留学先を間違えたのではないかと不安になった。
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