INTERMISSION20 融かし尽くし、疾り抜け
決着は間近。
並び立つ氷結領域と雷撃皇帝は、自らの相手を静かに見定めている。
偶然のかみ合わせから、ほんの短い時間、相手の交換こそあったが……やはり真に打倒すべき相手は変わらない。
「ッシ……ロイ! その金ぴかナイト、やれるな!」
「承知しているよ。必ず僕が勝つ! 君こそ大丈夫かい?」
「ったりめーだろうが、負けるものかよ!」
ユートの全身を覆うマグマが、ぼこぼこと沸騰する。
ロイの身体を駆け抜ける雷撃が、微かな伝達ロスすらないままエネルギーを充填する。
『Ah────』
『形 勢 不 利』
二体の上位存在は、考えを改めざるを得なかった。
眼前の二人の男子は──間違いなく、自分たちを絶命させ得る大敵なのだと。
「さあ行くぜロイ!」
「ああ──勝負だ!」
地下空洞全体が、轟音と共に大きく揺れた。
単なる踏み込み。吹き上がる焔をアフターバーナーの要領で炸裂させたユートと、稲妻の加速を両足に宿したロイならば、それだけで世界を爆砕せしめるには十二分。
異なる方向へ飛び出す両者のうち、当然ながら先行していったのはロイだ。
(普段からクソ速かったのに、あれ以上に至るなんてな……さすがとしか言いようがねえよ。だが俺も黙って見てるわけにはいかねえ!)
その背中を視界の隅に置きながら、ユートはキッと正面の氷像を見据えた。
ロイの手によって両断されたにもかかわらず、感じる威圧感はむしろ増している。
(恐らくだが、身体内部にため込んでいた冷気が、断面からダイレクトに漏れだしてるな)
間合いを詰めるコンマ数秒の間に、ユートの思考は極限まで研ぎ澄まされていく。
氷結こそ回避しているが、禁呪十三節の完全詠唱の鎧越しにも寒気を感じていた。
元より武道家でありつつも策略家の気質が強い彼にとって、戦場とは俯瞰するもの。彼我の位置関係を把握し、広い地下空間のマップを脳内に描く。
(『氷結領域』はほとんど移動しない、とマリアンヌは言っていた。ほとんどってことは移動するタイミングがある! 例えば!)
疾走しながらも、右足の踏み込みを起点に火柱を前方へと放った。
反応は素早い。氷像の唇が微かに動き、空間が拉ぐ。
『Ah────』
「分かってんだよ! 超低温空間を矢のように放つ攻撃だろ!?」
この場にマリアンヌがいれば『れいとうビームじゃないですか!? ファフニール戦の時に持ってきてくださいます!?』と絶叫していただろう。
ユートがぱちんと指を鳴らした。詠唱こそなくとも、十三節の完全詠唱を終えた『灼焔』からの派生。意のままに操ることはたやすい。
(直線四マスを迂回ッ!)
主の指示通りに、焔の柱が左右に裂けた。
ユートはこの空間を、正方形のマス目を敷き詰めたマップとして再認識していた。
狙いは単純。自分の攻撃行動を、数字としてより正確に識別するためだ。
『Ah!?』
迎撃が空振り、左右から炎が迫る。
氷結領域はその場から飛び上がって攻撃から逃れた。だが────
『……!』
今度は歌う暇なんてなかった。
上空に飛び上がったからこそ視認してしまった、ユートの足元から次々と伸びてくる炎の蛇。
逃がすわけがない。赤黒い頭部装甲に隠れて見えないが、彼の両眼は勝利への計算にギラついている。
(ラッキーなことに、俺は散々マリアンヌの戦いを見てこれた。自分がその領域にいるってのは不思議だが……禁呪十三節詠唱なら、直撃すれば上位存在に痛手を与えることは可能だ!)
だからこそ、氷結領域は危機レベルを正確に察知する。張り巡らされた攻撃を看破し、安全なポイントを選択しそちらに退避する。
──ユートの戦術眼は正確だった。氷結領域は着地したと同時、己の失策を知った。
「考えなかったか? ずっと下からの攻撃が続いてて、上位存在だろうと意識の外に置いちまってたか?」
空間が断ち切られた。
氷結領域の半身を貫く炎の矢。それは真上から降ってきて、偉大なる存在をその場に縫い付けていた。
「地面が崩落したタイミングで仕込んでおいたんだよ。どう使うか、どこが落としどころになるかなんて考えてなかった。ただ後々に使えたらいい……使えなくてもいいって感じだった」
崩落した上の広間。壁に塗りこめられていた、焔の魔法陣。
その射線が、確かに氷像を捉えていた。
身動きの取れなくなった氷結領域に対して、ユートは拳を握り真正面から突撃する。
「じゃーな! お前のおかげで俺は、また一つ強くなれた。感謝するぜ……!」
『────!』
思い切り振りかぶり、全てのパワーを載せた右ストレートを解放。
「衝撃拳ォッ!!」
接触の刹那、右拳を覆っていたマグマが炸裂し威力を相乗的に跳ね上げさせる。
狙い過たずストレートが氷像胸部に接触、インパクトを伝達し。
甲高い音とともに──『氷結領域』が、砕け散った。
少し時が戻り、ユートが氷結領域を狙った座標への誘導に成功したのとほぼ同じタイミング。
真っすぐ踏み込んで数度の剣戟を経た後。
圧倒的なスピードと威力を誇るロイの一閃が、雷撃皇帝の右腕を切り飛ばしていた。
『劣 勢 承 知』
仕切りなおすように巨大な騎士が数歩下がる。右腕が瞬時に再生する。
なるほどとロイは頷いた。象りつつも不定形。一見すれば雷が形を取ったような騎士だ、四肢程度なら無尽蔵に再生できるらしい。
「こちらも委細承知した。貴方を黄泉へ送るためには、僕も覚悟をしなければならないらしい──!」
剣を正眼に構え、ロイは身体に魔力を走らせた。
「雷霆来たりて、邪悪を浄滅せん」
開始される詠唱。ロイの両手から浮かぶ魔法陣は、平時の何倍もの輝きを孕み、次々に剣へ突き立っていく。
雷撃皇帝は確かに刹那、たじろいだ。
「今こそ胎動の刻、比翼連理を広げて、軍神の加護ぞここに在り」
眼前の少年から、確かな死の予感を感じ取ったのだ。
防御か攻撃か。迷う時間すら惜しい。
「至高の神威を身に纏い、開闢の混沌を超克し、我はあの流星を撃ち墜とそう!」
選択したのは逆襲の一手。
初めて見せた、明確な防御の構え。雷撃皇帝はその巨躯を沈めるようにして腰を落とした。
ロイが飛びかかってきたのを見切り、先の一手を受けた後の切り返しで確実に殺す。単純な狙い故わかりやすいが、稲妻の如き速度と破壊力があれば絶対の防壁と化す。
「第一剣理・真化、展開」
ロイの腰だめに構えた剣が、瞬時に電流を通した。極限の圧縮。極限の収縮。
解き放たれる刹那のみに威力を発揮する、天を衝く雷光。
静かにロイが走り出した。一歩から音を超え、二歩に稲妻の如き加速。だが雷撃皇帝は確かにそれを予期していた。
『一 刀 両 断』
迸るカウンターの一閃。
疾さと力強さを併せ持ったそれを眼前に、しかしロイの瞳に揺るぎはない。
「────超零電導/自在雷光・鎖閃斬断」
この交錯で、勝敗を分ける上で何よりも大事だったのは。
雷撃皇帝は、ロイ・ミリオンアークの剣理を知らなかったことだ。
ロイの一太刀を、雷撃皇帝は堅実に、しっかりと受け止めようとした。
──刹那に刀身から展開された雷に身動きを封じられていなければ、確かに受け止め、返す刀でロイの首を断ち切れていたかもしれない。だがそうはならなかった。
「!?」
「同じセリフで失礼する──両断、失礼!」
術技は普段使いのものでありつつ、速度威力共に別物。
飛来する真っ向唐竹割。避けられない守れない。
渾身の一撃は、余波に大地を砕きながら、『雷撃皇帝』の巨躯を真っ二つに切り捨て──露になったコアがするりと分かたれた。
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