INTERMISSION19 氷と雷と恐怖
ロイはふらつきながら、必死に状況を理解しようと努めた。
何が起きたのかわからなかった。
渾身の一撃。間違いなく入ったはずだった。轟音とともに広場が崩れ落ちなければ、あそこで勝負はついていた。
(く、そっ)
視界が明滅する。足の感覚がおぼろげだった。ごふ、と粘っこい血を吐き捨てる。あの崩落で自分の攻撃は逸れ、しかし雷撃皇帝のカウンターの一撃が、確かに腹部を貫いていた。
「しね、るか」
剣を杖にして、立ち上がる。息を吸って、吐いて、顔を上げる。
氷像が目の前に立っていた。雷撃皇帝とは別の、上位存在だと、すぐに分かった。
遠くから自分の名を叫ぶ声が聞こえる。ユートだろうか。
「おれは、しねない」
絶体絶命の窮地。だが。
「かのじょが、おれに、ここをたくした」
運が悪かった。
ただ、タイミングが悪かった。それだけで勝利を逃した。
そんな言い訳は通用しない。
(だから、立て。立つんだ。マリアンヌの信頼を裏切るなんて、死んで償えるような問題じゃない。必ず、何が何でも、勝て!)
立てるのが不思議なレベルだった。
剣を構え、氷像めがけて一歩踏み出し。
「ロイ!! 逃げ────」
『Ah』
一声だった。
ぱきん、と、空間の凍る音がした。
視界が曇っていく。自分の周囲が丸ごと凍り付いていく。ユートの声が遠ざかっていく。
絶対零度の中。一歩進むことしかできないまま。
ロイの意識はそこで、静けさの中に沈んで。
『ロイ。そんなところで終わりですか?』
何度言われたかもわからない言葉だった。
打ちのめされ、地に這いつくばらされるたびに投げかけられてきた。
だから明瞭に想像できる。目の前で自分を見つめる少女。まだだろうと問いかけてくる少女。
彼女の紅眼が叫んでいた。そんな男だったのかお前はと。
ずっと一緒にいたから、知っているぞと。お前はそんなものじゃないだろうと。
言われている。諦めるなと。諦めるような男じゃないだろうと。
ならば────ロイ・ミリオンアークは前に進まなければならない。
「えっ」
事態を把握する前に声が出た。
雷撃皇帝を相手取りながら、なんとかロイのもとへ駆けつけようとしていたユートだったが。
視線の先で、上位存在『氷結領域』────が、縦真っ二つになった。
「な……」
氷結領域の左半分が、そのまま地面にぐしゃりと崩れ落ちた。
残った右半分。美しい女を象った氷像の右半分が、残った目から血を流し、ゆらりとこちらに振り向く。
『Ah』
「もうそれは、僕には通用しない」
指向性をもって放たれた冷気が、断ち切られた。
ユートの前に、いつの間にか立っていた彼は、普段と違って静かだった。
身体各部から過剰雷撃が放出されている光景が見られない。圧倒的なまでの静謐。
だが。
「シッ」
『! ! ! !』
確かに雷撃音が聞こえた。しかしそれは一瞬だ。
ロイの手に握られたロングソード。斬撃の刹那のみ閃く、必要最低限にして、無駄のないエネルギー伝達。
切り飛ばされた雷撃皇帝の右手が、遠くに落ちる。
「お前……何が起きて……!?」
「──さあ、分からない。運に助けられたんだろう……だけど。なんとなく理解出来た。これは僕にとって、最高のコンディションだ」
マリアンヌがこの場に居たならば、驚愕と共にロイの状態を看破していただろう。
温度が急激に下げられ、電気抵抗がゼロとなり、エネルギー伝達のロスがゼロになる現象。
即ち──超伝導状態、と。
「ハハッ……お前、ピンチをチャンスに変えやがったのか! 最高じゃねえか!」
上位存在が。
人の理など意に介さないはずの、天上に棲むものたちが。
二人の少年を前に、後ずさった。
「もう好きにはさせねえ」
「ここからは一気に決めさせてもらう」
顔を見合わせた後、ロイとユートは同時に頷いた。
切っ先と拳を突き付けて、腹の底から叫ぶ。
「神聖な存在だろうが何だろうが! 俺の焔は、そう簡単に消させやしねえ!」
「雷撃は、神々の玩具じゃない! 神聖なだけで従わせられると思うな!」
共に向く方向は同じ。
だから彼らはきっと、友達であり、仲間であり、戦友だから。
そんな存在が隣にいることが、何よりも心強い。
「俺の通る道を──」
「僕の進む道を──」
『────邪魔するなッッ!!』
「カメさん カメさん こんにちは~♪」
広場にわたくしの美しい歌声が響き渡る。
幸いにも観客は向こうが用意してくれていた。少しばかり地蔵が過ぎるものの、いないよりはマシだ。
「一匹のカメは空を飛び~♪ 一匹のカメは地に沈み~♪」
『えっ何この歌』
『怖い怖い怖い怖い』
『急に創世神話っぽくしてくるのやめろ』
観客たちがざわめいた。
おっ反応してくれ始めたな。
「空のカメはそのままいなくなり~♪」
『いなくなっちゃうんだ!?』
『カメの扱い悪くない?』
「地のカメは二番目の墜落。だから観測者は、運営には運営者とシステムの切り分けが必要だと判断した」
『ナレ入れるなら前もって言え』
『サンホラに謝ってほしい』
「悲しみに世界がゆがむなら~♪ どうか目をそらさないで~♪」
『最後だけそれっぽくされても減点がデカすぎてどうにもならんのよ』
1番を歌い終えたが、まだ対バン相手の暗中なんとかに動きは見えない。
わたくしのことを、まさか歯牙にもかけていないとでも?
この野郎!
「HEY! YO! 格の違い分かってますか? カスでもわかるでしょうこのアウラ」
背後の流星に指示を出し、メロディを変更する。
生ライブだからできる、演奏中の楽曲切り替えだ!
「目の前に立っていること自体が無礼千万 失礼 ものが分かってない証拠 無礼者の頭にかけるのはソーダ 帰る気ないならここで地を這っときますかァ!?」
『何? 何? 何? 何?』
『なんて??』
『流星マイクはもう実質違法マイクだろこれ!』
観客が熱狂の渦を描いている。
と、その時だった。
『……私は』
ようやく、上位存在が口を開いた。
『私はそれを理解できず恐怖することしかできない』
「は?」
こいつ何言ってんだ? 同じ音楽を嗜む存在だろ?
思えばリアクションはやけに鈍かった。ライブ中にこんだけノリが悪くて、やっていけるはずもない。
思考回路が高速で回転し、一つの結論を導き出す。
まさかこいつ、白痴系モン娘のアイドルとして人気を確立しているのか!?
「やってくれるじゃありませんか……! ニッチ系とはいえ、狭い界隈はそれだけ強固さを持つ! 王道お転婆アイドルとして、相手に不足はありませんわ!」
マイクを握りなおす。散った汗が流星スポットライトに照らされ輝いていた。
来ていた服のあちこちから、魔力の光がフリルとなってあふれ出す。
アイドルモードへの移行完了!
「ここから先は、わたくしも正真正銘の全力全開ッ! さあアナタも出しなさい、そちらの代表曲を……ッ!」
ライブバトルはいよいよ佳境。
うっかり走者系配信者アイドルのわたくしと、下半身虫のニッチ系アイドル。
王道として、負けるわけにはいかねえ────!
――――――――――――――――――――――――――――――――――
【アイドルデビュー】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【おめでとうこざいます】
『1,872,982 柱が待機中』
【配信中です】
〇苦行むり 誰か助けてくれ
〇TSに一家言 この悪夢覚めるの遅くないか
〇木の根 起きろ俺!頼む!
〇トンボハンター 脳が理解を拒んでるのに過負荷だけは的確に押し付けてくるのやめろ
〇適切な蟻地獄 何なんすかねこれ プロデューサーさんはどう思います
〇日本代表 お前はあさひじゃない
〇宇宙の起源 うおおおおおおおおおお!!
〇太郎 こいつさっきからずっとサイリウム振ってるな
〇みろっく アイドルバトルモードまであるとかすごいゲームだな
〇外から来ました ねえよ!!!!!!
〇日本代表 あるわけねーだろうが!!!!!!
〇無敵 こんな観客全員防御魔法張ってそうなアイドル嫌だよ
〇宇宙の起源 ファンサ流星嬉しいだろ?
〇火星 ファンに残機制求めちゃダメだろ
――――――――――――――――――――――――――――――――――
あけましておめでとうございます。
本年も頑張っていきます。




